彩果が店を手伝うのは学校の授業が無い時に限られる。主に土日や祝祭日となる。それと学校から帰ってから数時間は手伝う事にしている。
 彩果の通う食物高専は食品科学科と食物科とに別れている。食品科学科は微生物の研究などを行い醤油やヨーグルト、チーズや味噌などの発酵食品などを作っている。これらは学園祭の時に販売される。数が限られている事もあるが品質の高さで人気があり毎年直ぐに完売してしまう。
 食物科の方は調理実習や栄養学を納める。彩果が所属しているのはこちらの方だ。食物科の方でも学園祭の時には生徒が作ったカレーやハヤシライス。それにシチューなどがレトルトパウチされ販売される。こちらも人気だ。
 日曜に店を手伝った翌日の月曜、彩果は学校に行く道を歩いていた。
「おはよー彩果」
 後ろから声を掛けたのは幼馴染の水谷茉莉(まり)だった。
「おはよう茉莉」
「ねえねえお店に芸能人が来たって本当?」
「まあ」
「誰が来たの?」
「茉莉が知ってるかどうか判らないけど、二人来たのよ」
「誰と誰?」
「一人はおじさんで高見公造って人」
「高見公造って世界的な俳優じゃない。もうひとりは?」
「ええと誰だっけ……秋庭……秋庭美乃里って人だった」
「秋庭美乃里って元TKB48のセンターやってた人で、卒業して女優になったんだよね。物凄く人気があって有名だよね」
 茉莉は興奮して彩果の周りを跳ねるように歩いている
「どうしてどうして? あ、そうか丸山スタジオに撮影に来たんだ。それでか! 凄いじゃん」
 茉莉は興奮しているが彩果はそれを不思議そうな表情で見ている。
「茉莉、どうしてそんなに興奮しているの? 誰が来たって同じだよ。同じお客さん」
 彩果の超然とした態度に茉莉は
「だって芸能界でも超有名人じやん。お店の宣伝になるじゃん」
 そんなことを言って興奮しているが彩果にはそれが不思議だった。
「気に入って貰えたんだ」
「まあ、満足はしてたみたい。私が作ったからね」
 彩果はそう言って生姜焼定食を出した日の事を思い出していた。あの後、この次に美乃里が仲間を大勢連れて来ると言ったのだが彩果は
「他のお客さんに迷惑がかかるから遠慮して欲しい。貴方とか友達程度だけなら構わないけど」
 そう言って美乃里の提案を拒否したのだ。そのやり取りを見ていた公造が
「だろう」
 そう言って嬉しそうな顔をした。それを見て美乃里は
「大勢が来ると味が落ちるから?」
  そう言ったのだが彩果は
「それは違う。何人来ようと私は平気だけど、他に食べに来るお客さんが、通常と違う環境に置かれたら満足に食事が出来ないでしょう。それが判らないの? だから貴方とか友達程度なら大丈夫と言ったのよ」
 美乃里は彩果の言葉に反論が出来なかった。
「今度お店に行ってみようかしら」
 茉莉の言葉に彩果は牽制をした。
「別に良いけど、騒がないでね」
「彩果は全然変わらないのね」
 感心するやら呆れる茉莉だった。

 食物高専でも他の高校と同じように部活動があるが何を活動するのかは任意とされており、必ずしも何処かの部にはいらなければならないと言うことではない。だから彩果は帰宅部となっている。それは学校が終われば早く帰り店を手伝うつもりだからだ。でも今日は茉莉が
「ねえ、帰る途中に出来たタピオカの店に寄っていかない?」
 そう誘って来たのだ。タピオカは今ブームとなっており、彩果も興味があった。
「何処に出来たの?」
「駅の近く。バス通りよ」
「へえ。出来たんだ」
「だから行ってみようよ。メーカーが売ってる奴じゃなくて、ちゃんとお店で売ってるのを食べてみたいじゃん」
「そうね。試して見るのも悪くないかも知れない」
 彩果も満更でもないので二人で学校が終わった後に寄ってみることになった。
 学校から駅行きのバスに乗り込むと中学の時の同級生と一緒になった。茉莉は正直余り顔を合わせたくない人物だった。
「茉莉、気にしない方がいいよ。知らんぷりしてな。私の後ろに隠れていれば良いよ」
 彩果と彩果は殆ど体格が同じだから、茉莉は彩果の影に完全に隠れるという訳には行かない。だから直ぐに見つかってしまった。
「おやおや水谷と光本じゃん。久しぶりじゃん」
 声を掛けて来たのは中学の時の同級生でタカシだった。中学の頃から乱暴者で茉莉は特に虐められていたのだった。
「タカシじゃない。相変わらず馬鹿なことやってるのね。進歩ないのね」
 彩果が直ぐに牽制をする
「何だよ光本。お前相変わらず生意気だな。殺すぞ!」
「へえ〜それは見ものだわ。私ね今カバンの中に調理実習の包丁が入っているんだ。あんたの皮でも削いであげようか」
「何だ! 俺を脅かすのか」
「アンタが殺すと先に言ったのでしょう。中学の時みたいに私の包丁さばきが見たい?」
 彩果がそう言うとタカシは黙ってしまった。
「別にアンタをどうこうしようとは思って無いわ。私たちこれから駅前のタピオカの店に行くのよ」
 タカシが完全に戦意を無くしたと見た彩果はこれからの予定を口にした。
「ああ、あそこか。俺もこの前行ってみたけど普通だったな。特別お洒落な」感じはしなかった。都心の店のようには行かないな」
 彩果はタカシがそんな店に行った事が予想外だった。
「彼女と行ったんだ。だから予想よりお洒落じゃなくてガッカリしたんだ」
 彩果がそう言うとタカシは驚いて
「お前何でそんな事まで判るんだよ。気持ち悪い奴だな」
 そう言って直ぐの停留所で降りてしまった。茉莉が安心した表情を見せた。
「聴いた茉莉? それほど期待出来そうにないみたいよ」
 彩果の言葉に茉莉も思わず
「そうみたいね」
 そう言って笑った。
 駅前でバスを降りてタピオカの店に向かう。店は何人かが列を作っていた。
「何にする?」
「茉莉は?」
「私はアイスミルクティーかな」
「じゃあ私はアイスカフェオレにしようかな」
 二人共タピオカを入れて貰うのは同じだ。
 順番が来て、それぞれを注文する。それを受け取って店先のベンチに腰掛けて太いストローですすってみる。口の中に不思議な食感が広がる。それを楽しんでいたが彩果は
「これタピオカだけを何かのソースで絡めたら美味しいかも知れない」
 そんなことを口に出した。茉莉は
「そうね、タピオカそのものには味が無いからね。もちもちした食感を楽しむものだけどね」
 そう言って頷いていた。
「和風なら黒蜜ときなこ。チョコレートソースでも良いし、抹茶を入れた生クリームで食べてもいい感じがする」
 茉莉は彩果の言葉を聴いて、この子はやはり普通ではないと感じるのだった。

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