2020年05月

記憶の彼方に

 今から遙か未来。人類は輝かしい繁栄を享受していた。爆発的な人口の増大も未知のウイルスの登場などがあり、少しは抑えられたが、それでは追いつかず、地球の軌道上に衛星型の繁殖コロニーを打ち上げており、そこに移住する喪のも多かった。コロニーは全部で12ありそれぞれが月の名前で呼ばれていた。つまり5番目ならMayという訳である。
 殆どの未知のウイルスは根絶したと思われたが、新しいウイルスは宇宙空間から持たらされた。つまり繁殖コロニーで発生したのだった。
 そのウイルスに感染すると脳の記憶分野に入り込み、記憶領域を破壊して繁殖を繰り返すのだった。つまりこのウイルスに感染すると人は、それまでの記憶をなくしてしまうのだった。これを人々は記憶破壊のMemory destructionの頭文字を取って「MDウイルス」と呼ばれた。
 それでも人々は対抗作を考える。ウイルスに感染した者で症状の軽い者や未感染の者が予防の為に自分の記憶をバックアップするようになったのだ。人類の技術はそこまで進化していた。そのためには脳にICチップを埋め込む必要があるが、人々はこぞってその手術を受けたのだった。
 Meyコロニーに住んでいる神山雅士は、勤務先の会社の健康診断でMDウイルスに感染している事が判明した。神山は妻と3歳になる娘と住んでおり、コロニーと地球を結ぶ通信回線の会社に勤務していた。彼は家族とも相談の上、記憶のバックアップを取ることにした。ICチップの手術も順調に終わり記憶のバックアップを行う。これはバックアップを行った後はウイルスの治療を行うのだ。これが一連の流れになっている。 
 リクライニングの椅子に腰掛け頭にシールドを掛けられ、左耳の後ろに作られたICチップの接続口に長いコードが差し込まれた
「では記憶のバックアップを開始します。何もしなくて結構です。あなたは意識することなく終わります。そのままリラックスしていてください」
 電脳医師がそう言ってバックアップ装置のスイッチを入れた……。

 神山は清々しい気分で目が覚めた。
「はじめまして神山さん。ご気分は如何ですか」
 電脳医師がシールドを取りながら語りかけると神山は
「清々しい気分です」
 そう笑顔で答えた。
「治療は終わりました」
「そうですか。ありがとうございました」
 神山はそう言って病室に帰された。入れ替わりに神山の妻が入って来る
「奥様、この度はご愁傷さまでした。こちらに来られた時はウイルスが蔓延してしまつていて、既に手遅れでした。記憶領域が尽く破壊されていました。仕方なくICチップに以前バックアップしておいた記憶を入れましたが、それは神山さんが仰るよりも古いものでした。今度のことで家族と相談されてバックアップを取ったというのは既にウイルスに侵されてしまった記憶だったのです」
 電脳医師はそれまでの経過を話して行く。神山の妻は
「それは判っていました。それでもお願いしたのは、あの人の人間性までは変わらないだろうと思ったからです」
 妻はそう言って医師の方を見た。
「今後ですが、少しずつ奥様が望む記憶を植え付けて行きます。なるべく拒否反応が出ないように致しますが、何分にも最先端の治療ですので万が一の時もあります」
「万が一とは死ぬこともあると言うことですか?」
「いえ、命には関わりありませんが、記憶の混在状態。時系列位の不具合が起きる可能性があります。それはご承知ください」
 医師はそう言って妻に誓約書にサインさせた。
「よろしくお願い致します」
 妻はそう言って頭を下げてから夫が居る病室に向かった。病室のドアに手をかざすと登録してある情報を読み取りドアが開いた。中のベッドでは夫が横になってモニターを見ていた。入って来た妻を見て
「やあ、はじめまして。でも何だかあなたとは初対面の感じがしませんね。何か親愛なる者という感じです」
 そう言って笑顔を見せた。夫の神山がバックアップしてあった記憶は妻と出会う前のものだったのだ。
「これからまた一緒に歴史を作りましょうね」
 妻はそう言って微笑むのだった。
そうなのだこれからは自分に都合の良い偽りの記憶だけを植え付ければ良いと思っていた。
 
                   <了>

女料理人香織 20(終)

 その後、二人で色々と話し合ったのは言う間でもない。俺の部屋で週末に限らず平日でも店が終わった後で話し合った。香織は
「高梨さんさえ嫌で無ければ、私は一緒に住みたいです。そして許されるなら結婚したいです」
 香織は戸籍上は、普通の人間としての状態だ。法的には何の問題もない。
「いっそ、籍を入れようか。そして一緒に住んで落ち着いたら式をあげようか。やはり花嫁衣装は着たいだろう。どっちが良い?」
 今の段階では話が速いが、それでも尋ねてみると
「白無垢も良いけど、どっちかと問われれば、ウェディングドレスですね」
 少し恥ずかしげな表情を浮かべながら、そんな乙女心を吐露した。
「よし会社にちゃんと報告しよう」
 俺は香織と一緒になることを決意した。酒井専務にそのことを報告すると、意外なことに大層喜んでくれた。
「いや、色々と言ったが一番理解してくれる君と一緒になってくれれば我々としても願ったり叶ったりだ」
 そう言っていたのが印象的だった。この時俺は、これはもしかして会社側の予定調和だったのでは無いかと考えた。それも充分にありえるが、今やそんな事はどうでも良い。俺は香織と一生付き合う決心をしたのだ。そこに迷いはない。
 驚いたのは、二人の住む場所だが、会社が用意してくれると言う。三田博士は
「いや、仕事以外の時間は干渉はしないが、通信の弱い地域に住まわれると、何かあった時に連絡が取りにくいので、最低でも5Gが通じてる地域にさせて貰った。監視カメラなどは置かないが、緊急連絡用の連絡装置は取り付けさせて貰う」
 5Gだと通常の光回線より光速な通信が出来る。物件はマンションで、会社の関連会社の物件だそうだ。家賃は只と言うことだ。カメラ等は無いと言っていたが、それを鵜呑みには出来ない。カメラという形では無くとも、何らかの装置は置かれていると考えるのが普通だろう。
 部屋は3LDKで八畳のキッチンダイニングと八畳のリビングに六畳が二部屋だ。どちらかが寝室になる。仕事場からも遠くないので香織は
「場所と言い、部屋と言い悪くないですね」
 そう言って喜んでいた。俺は
「これだけの部屋の家賃が只という事は、それだけお前に会社の存亡がかかっているということなんだな」
 それは確かに事実だったようで、緊急連絡装置を置きに来た研究所の研究員が
「この部屋に5のルーターを置いて置きます。緊急連絡装置は研究所にも通じますがこのルーターは普通にインターネットに通じていますので、PCやスマホでも利用出来ます」
 それを聞いて香織が
「利用料金は?」
「無論無料というか会社が持ちます。お二人には会社の存亡がかかっていますからね」
 そう言ったので香織が
「私の義体の成功にですね」
 そんな意味のことを口にすると研究員は
「香織さんと呼ばせて戴きますが、あなたから得られるデーターは非常に貴重で世界の研究所に送られています。反対に各国の研究所からはその国で得られているデーターを我々は受け取っています。だから前回のアップデートもその賜物なのです。会社は今後本格的なアンドドイドの生産に乗り出します。最初は単純作業だけしか出来ないでしょうが、やがて危険な作業などは人に替わって行くことが出来るようになると思います。その為には香織さんは重要なのです」
 真顔になってそんなことを言って帰って行った。緊急連絡装置はキッチンの壁に取り付けられていた。これは何かあった場合の非常用ボタンと部屋の温度が上がった場合に作法するセンサー等色々なセンサーが入って居るという。からなっていた。他にも機能がある。
 期日を選んでお互いの荷物を運び込む。それと平行して香織の両親に挨拶をする。俺の肉親は誰も居ないので挨拶はそれだけだ。香織の両親は、まさか義体となった娘に貰い手が現れるとは思っていなかったらしく、俺がオッサンなのにも関わらず大層喜んでくれた。その後役所に婚姻届を出しに行った。職員の
「おめでとうございます」
 という言葉が妙に嬉しかった。
「今日からは高梨香織ですね。宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しく」
 部屋に帰って来て、お互い向き合って頭を下げた。
 これからどうなるのかは誰にも判らない。聞いた話では欧米ではセクサロイドが密かに発売されたそうで、富豪家の間では中々の人気だそうだ。勿論それに我社の技術が入っているのは言う間でもない。
 更に数年後には日本でも単純作業用のアンドドイドが発売された。途方もなく高価だったが、人件費と比べればそれほどでもないという考えから結構な注文が入ったそうだ。現場に投入されたアンドドイドからも色々なデーターが入る。それは香織の義体にもフィードバックされる。定期的に香織の義体は交換され、その度に目覚ましい程の進化が伺える。もはや香織を見て義体だと思う者はいないだろう。香織の振る舞いも進化していた。
 だが、たったひとつだけ困ったことがある。それは香織が何時までも若々しいことだ。いずれこれも解消されると俺は思っている。

                                               <了>
2011-107-2桜モチーフ婚約指輪

女料理人香織 19

21783-20120115010255-p 俺の心の中で腹は決まったが香織の胸の内はどうなのか、直接尋ねてみた。
「なあ、お前は結婚とか考えているのか?」
 ベッドで事が済んだ後に言う言葉ではないと思ったが、香織の答えは俺の予想とは少し違っていた。
「結婚って役所に婚姻届を出すだけでしょう。正直言うと、結婚という制度そのものには余り興味はないです」
「じゃあ一生このままか」
「ううん。高梨さんが良いならこのままずっと続けていたいですけど、それに『結婚』という形式が必要ならそれでも構わない。でも一緒に住むとなると高梨さんにも理解というか、我慢して欲しいところが出て来るから、私からは簡単には言えません」
 それは香織は、研究所の監視が付き纏っていると言うことだろうと推測した。
「私の脳は研究所のサーバーと繋がっているから、私が、何処で何をしているのかは、簡単に判ってしまいます。だから私は大事な時間は私の方から通信を切っているけど、一緒に住めば、大事な時間は色々と多くなるし、研究所に人の家の懐まで探られたくないし、必然的に切る時間が多くなるけど。それを上が許すかどうかだと思うのです」
 香織の考えは良く判った。
「じゃあ、色々な問題が解決したら、一緒になるのは問題無いのだな」
 確認を取ると香織は
「はい!」
 そう言って裸のまま俺に抱きついて来た。
 翌週は連休だった。土曜が休日で連休となったのだ。俺は香織を通じて、過研究所の三田博士にアポを取った。目的は二人の今後について研究所や会社の考えを訊く為だ。
 約束の時間に中央研究所に到着する。受付で要件を話すと別な職員が案内をしてくれた。どうやら地下の施設ではく、通常の応接室に案内されるようだ。
「こちらの部屋でお待ちください」
 ドアを開けると10畳ほどの広さの部屋で、向かい合わせのソファーの間にガラスのテーブルが置かれていた。窓は無く、この部屋が秘密の会話の為の部屋だと推測出来た。暫く待つと、ドアが開き三田博士と酒井専務が入って来た。
「専務!」
 驚いている俺に専務は
「この会社の将来に関わる話だから、当然私も同席させて貰うよ」
 香織のプロジェクトの責任者でもある酒井専務まで出て来るとは思わなかった。俺と香織の向かい側に二人が座って話が始まった。まず三田博士が
「二人揃って来たので、大凡は判るが、ちゃんと話して欲しい。二人の想いも考慮しなくてはならないしね」
 博士の言葉を受けて俺が話し出す。
「伺ったのは、私と珠姫くんの将来です。直接的に言いますが、珠姫くんには結婚の自由があるのですか?」
 俺の質問に酒井専務が
「勿論、珠姫くんは結婚の自由もある。その点では他の日本人と何ら変わりはない。だが彼女の躰が問題であるから、相手は自由に選ぶという訳には行かない。それは理解して欲しい」
 つまり、香織は香織の意思で自由な恋愛をして結婚をするということには問題があると言うことなのだ。
「その相手が、もし私だったら如何ですか?」
 ハッキリと言ってしまう。今度は博士が
「高梨くんだったら問題は無いが、それでも我々研究者が、どこまで珠姫くんに干渉するのを認めるのかに、掛かっていると思う」
「それは二人の私生活に干渉すると言う意味ですよね」
 ここが問題だと思った。博士は
「珠姫くんの義体は我々のメンテナンスを受けないとならない。それは理解していますよね」
「勿論それは判っています」
 俺の返事を聴いて香織が俺の手をそっと握った。俺も握り返す。
「今は彼女のプライベートな時間以外は常に監視しています」
「それは仕事の時間という意味ですか」
「そうです。本来一番大事なことですから。仕事を行う上で義体のトラブルが無いか、監視しているのです」
 それを聞いて疑問が湧いた
「では仕事が終わったらどうなのですか」
 博士は俺がその質問をすると判っていたように
「基本は無干渉です。但し今は定時連絡をして貰っています。それは、プライベートな時間で何か問題が起きた場合の対処ですね。だから彼女が住んでる部屋にも一応カメラがありますが、定時以外は通じていません。そもそもカメラのスイッチは彼女の部屋にあります。我々に出来る事は、彼女から定時連絡が無い場合に一定時間を過ぎると、こちらに非常警報が鳴ります。彼女に何か問題が発生したと判断されるのです。その時だけは、こちらから通じることが出来ます」
 そんな仕組みとは知らなかった。そもそも香織はそれを知っていたのか。香織を見ると小さな声で
「そう言えばこちらからスイッチを入れてました。そもそも、そこまでは知りませんでした。私のPCの方では、いつも部屋では切っていましたから」
 思ったより人間扱いしていたようだった。博士は続けて
「彼女は第一号なのです。彼女の成功で各国の研究所が色々なアンドロイドを作り初めています。研究結果はフィードバックされます」
「もうそこまで行っているのですね」
 俺の言葉を受けて今度は専務が
「今、彼女が使ってる義体はフランスの研究所が制作したものでね、それが母体となっている。フランスでは警察の職員として考えているそうだ」
「警察ですか?」
「ああ、凶悪犯とやりあって亡くなる刑事や警官がかなりの数になるそうだ。その役目をアンドロイドに担って欲しいそうだ。それと各国で待望されているのがセクサロイドでね」
 専務の後を受けて博士が
「その趣味のお偉方は実は結構多く居るみたいでね。今回の彼女のファームウェアのアップデートも、そっちの研究結果が元になってる。どうやら使えそうだと判りました」
 やはりのぞき見していたのかと思ったら
「メンテンナスの時のログを見ればアップデートが成功だったと判ります」
 博士は事もなげにそう言った。続けて専務が
「だから会社としては二人が一緒になってくれれば幸いということなのだ。まあ、こちらの条件を呑んでくれたらという意味だけどな」
「条件ですか」
「基本的には今のままだが、何かあった時はこちら側が優先する。そういうことだ。君も妻がいきなり病気になれば、治す事を最優先にするだろう」
 専務の意味は理解出来る。だが……。
「では住む場所も勝手には決められないということですか?」
 専務は香織の方を見ながら
「場所はどこでも好きにすれば良い。だが定期連絡用の設備は入れさせて貰う。これが条件という訳だ。それ以外は別にない。そもそも君も珠姫くんと一緒になるなら、ある程度の事は覚悟していたのでは無いかね」
 専務の言うことは理解出来るし、会社のメンテなくしては香織は生きる事すら出来ない。
「少し時間を貰えませんでしょうか?」
 俺の言葉に専務は
「君から申し出たことだ。好きにすれば良い。会社としてはこれは基本的なことだから変更は出来ない。それだけだよ。研究は非常に上手く行っている。それには上司である君の存在もある。それだけは覚えておいて欲しい」
 専務ほそう言って部屋を出て行った。博士も
「余り深く考え過ぎない方が良いですよ。色々と隠してもメンテの時に判ることですから。それに耐えられるかどうかですよ」
 そう言って専務に続いて出て行った。それを見送ると香織が
「高梨さんゴメンね。面倒くさい女で」
 そう言って俺の胸で涙を流した。その肩を両手で抱きしめ
「俺が一生付いていてやる」
 そう耳元で告げた。香織は俺の背中に回した腕に力を入れた。時間が停まったように感じた。
 後日、俺は専務に対して香織と一緒になる旨を通告した。

女料理人香織 18

 日曜の遅い朝、二人で朝食を食べている時に、香織が妙なことを言い出した。ちなみに今の香織は食べ物から水分を補給する機能が備わったそうだ。だから一見人と同じように食べられるのだ。
「私ねテレパシーが使えるのです。でも相手を選ぶけど」
 脳と肺機能以外は、全身義体で、近代の思想の権化とも言うような香織の言うことではないと思った。
「なんだそりゃ」
 意味が判らず尋ねると香織は
「私の脳に入っているPCは外部と接続出来るのは知っていますよね」
 コーヒーを口に運びながら俺の目を見ている。
「ああ、それは知っているよ。データベースと繋がっているのだろう」
「そうですが、それとは別に脳内で考えたことを、同じ機能を持った者に伝えることが出来るのです」
「それがテレパシーということか」
「そうです。例えば遠くに居ても会話が出来るのです。今までもその機能はありましたが、ファームウエアが追いついていなかったのす。今回のアップデートで使えるようになりました。でも今のところ通じる相手がいません」
 それはそうだろう。今のところ世界には判らないが、俺の周りには香織しか居ないのだからな。
「高梨さんは将来脳を電脳化する考えはありますか?」
 最近脳にPCを埋め込んだりすることを「電脳化」と呼ぶらしい。メンテンナスから帰って来てから香織も使うようになった。https://kakuyomu.jp/works/1177354054895091181/episodes/1177354054896586301
「今のところは無いが、そんなことをした人間が居るのかい」
 何かの病気になって無ければ通常は考えないだろうと思う。
「先日ですが、脳に腫瘍が出来て手術した人が試みたそうです。尤も私のような高性能のではなく「高密度ICチップ」だそうです。それでも効果は絶大だそうで、ご本人は喜んでいるそうです」
 だから俺がやらねばならないとは限らない。
「高梨さんが埋め込んでくれたら、いつでも脳内で高梨さんとお話が出来ます」
 つまり、いつでもイチャつけるという事だと理解した。
「今の俺では想像すらできんよ」
 その俺の言葉を香織は悲しそうな表情で頷いた。
 香織の身体能力は人以上で、例えば荷物などでも男が一人では持てないモノも軽々と持つことが出来るし、走ったりしてもかなり速い。香織に聴いたら平均時速40キロ以上で走られます」
 そんな事を言っていたつまり、短距離走では金メダル選手より、かなり速いという事だ。恐れ入る。
「でもジャンプは人並ですし、泳ぐのは基本得意ではありません。スイムスーツに浮く機能の何かを備えれば大丈夫ですけどね」
 そんなことも言っていた。俺は冗談で
「それじゃ水着姿が拝めないな」
 そんなことを言ったら香織はニヤリとして
「高梨さんと二人だけなら、小さな布切れなんか無くても構いませんけど」
 そんな事を言って、その時飲んでいたコーヒーを吹き出させた。
「こうやって週末だけだが、二人だけの時間を共有してるのだから、これで良いじゃないか」
 俺としては今の関係で暫く続けた方が良いと考えていたのだが、もしかして……。
「お前、俺と結婚したいとか?」
 充分に考えられることだった。香織は
「正直言うと三十路になる前に結婚出来ればしたいけど、相手は選ばないと」
「子供の産めない体だと知ってる相手か」
「それもあるし、躰が人間ではないと理解してくれる人……そんな人、私の知ってる限り一人しかいません」
 香織の気持ちは良く理解出来た。俺もこの歳で子供が欲しいとは思わない。それに香織と出会うまで生涯独身で居るつもりだった。
「だが問題があるな」
「会社ですね」
「そうだ。すんなりと許可を出すとは思えないし、研究材料としてはお前を手放せないだろう」
 会社側は、今まで香織に巨費を投じている。簡単に手放すとは思えない。それに結婚してもメンテンスは受けないとならないだろう。
「それでも私、高梨さんと一生一緒に居たいです」
 それを聴いて俺の腹も決まった。
「すぐとは言わないが、少しずつ準備をして行こう。例えば許可が出ても、暮らす部屋は研究所の監視があるとかな」
 現に今の香織の部屋には研究所の監視装置が付いている。トイレや浴室、それに寝室以外は全て見られて居るという。それに俺が耐えられるかが重要になる気がした。
「嬉しいです」
 香織は食卓を越えて俺に抱きついて来た。
 
 それから俺は常に頭の中に香織との暮らしを考えるようになった。店ではそれまでと変わらない態度を貫いていたが、毎週末に一緒に過ごすのは変わりがなかった。
「この間、研究所の所長に問い合わせてみたのです」
 ベッドで毛布に包まりながらそんな事を呟いた。何を訊いたのかは判った。
「それで」
 続きを尋ねると香織は以下のように続けた。
「所長は、結婚は本人の自由だから構わないが、相手が君の事を十二分に理解している必要がある。例え結婚しても君は我々の管理外にはならない。それを理解してくれる相手でないと困る訳だな。と言ったの。私は」
「研究所がですか? と聞き返すと所長は」
「君だよ。困るのは。我々は君の秘密が漏れるなら、いっそ君を見捨てても構わない。メンテンスを行わないと君はやがて死ぬ事になる。と言うのよ。だから」
「じゃあ、私の秘密を知ってる人ならOKということなのですね。って返したの。そうしたら」
「そんな人物は一人しか居ない。今の君の恋人だよ。って言うのです。つまりバレていました」
 研究所には判らないようにしていたが、バレていたとは知らなかった。
「何もかも忘れさせて!」
 香織が俺に抱きついて来て唇を重ねた。この時俺は
『この行為も香織の電脳を通じて研究所には判っているのだろうな』
 と考えた。そうなると香織の感情の起伏や電脳の脳波の変化を察知して、何が行われているのか判っていたのだと思った。つまり、丸見えの状態だったということだった。
「香織、この行為の時も電脳の回路は開いているのか」
 香織は俺の質問を察したようで
「心配ありません。私これを持ち歩いています」
 そう言ってベッドの頭に置いていた、少し大きめのモバイルバッテリーのようなものを俺に見せた。
「これは?」
「電波遮断器です。この機器の半径5メートル以内の全ての電波を遮断します。だから二人が愛してる行為もその時は判っていません。メンテンナスの時に記録は後で判りますけどね」
 そうか、香織は判っていたのか。
「これの機能の大きいのは良く色々な場所で使っていますでしょう。これは半径は小さいですが6Gの電波も遮断します」
 そう言って香織は再び俺に抱きついて来たのだった。

 電脳

女料理人香織 17

 先週の週末、香織は土曜日に休みを取った。元より土曜は暇なので彼女が休んでも問題はなかった。
 理由は表向きは「法事」だったが、実は義体のメンテナンスだ。月に一度なのだが、今回は色々とイジるそうで、二日かかるとの事だった。先月は単なる定期点検なので一日で済んでいる。月曜に顔を合わせた時に
「どうだった?」
 と尋ねると
「後で色々とお話します。楽しみにしていて下さい」
 そんな事を言って意味深な笑みを浮かべた。そんな週末。土曜の夜に香織は俺の部屋を訪れた。
「二週間ぶりか」
 招き入れてソファーに座らせ香織用に調整して煎れたお茶を出す
「ありがとう。私がどう変わったか興味あるでしょう」
 思わせぶりな事を言う
「見た目は特に変わったことは無いと思うが」
 正直な感想を口にした。
「今回は躰のセンサーソフトのファームウェアを更新したの。その為センサーの感度が上がったのよ」
「つまり」
「感度が良くなったのよ」
 そう言いながらブラウスのボタンを外す。そして脱ぎ去り、壁のハンガーに掛けた。見事な二つの双丘がブラジャーに包まれていた。
「それと、触って貰えば判るけど……」
 言いながら背中のホックを外す。何時も通りの見事さだった。
「触って」
 香織はそう言って俺の手を掴んで自分の胸に持って行った。
「これは!」
 これまでの香織の胸は良く言えば、プリンプリンで弾力が少し強かった。香織に言わせると中学や高校生の胸の感じだと言っていた。だから横になっても通常なら横に崩れるが、それほど崩れなかったのだ。だが今日の香織の胸の感触はもっと自然で同年代の女子の胸の感触だった。
「そんなに揉まれると感じてしまいます。センサーの感度が高くなったので、今まで以上に感じるの」
 香織は既に頬を染めていた。香織が俺に抱きついて来て唇を重ねる。糸を引くような感じとはこんな感じなのだろう。
「体液も水では無く、粘りも僅かですか出るようになりました。大分、人に近づいて来た感じです。試して下さい」
 香織を抱き抱えてベッドに運んで行く。
「少し軽くなったのですよ。判りますか」
 正直、言われるとそんな気もするが、ハッキリとは判らない。
「痩せたと言われたいのか?」
「はい」
 俺の腕の中で香織は嬉しそうな表情を見せた。
 ベッドに寝かせると見事な胸が僅かに横に流れた。全く自然な感じで、これまで合った僅かな違和感はそこには全く感じなかった。
 自分の衣服を脱ぎながら
「じゃあ、この先も感度が良くなってのかな」
 当然な想いだった。
「それも含めて試して下さい」
 目の前の香織は一糸纏わぬ姿になっていた。 
 その後、香織は今までより喜びを露わにした。
「わたし、好きな人と一つになる喜びは判っていたつもりですが、今日は認識を改めました」
 そんなことを言って来た
「どんな認識なんだ」
 未だ一つになったままの姿だった。
「好きな人と交わる事がこんなにも喜びに溢れているなんて想像も出来ませんでした。これ癖になりそうで怖いです」
 そう言って俺の背中に手を回して激しく求めて来たのだった。
 今回、香織と交わって見て判ったのは、普通の人間と同じような感覚になって来たこと。体液も普通の人間と同じようになったこと。それ以外にも色々とあったが、一様にそれまでの不自然さが影を潜めたことだろう。
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