今日も二次創作です……すいません……
「二人の距離」
春未だ浅い3月、俺は放課後になり、帰ろうか古典部に寄ろうか思案していたが、教室に伊原がやって来て
「折木、ちーちゃんは家の用事で今日は部活休むそうよ。伝えておいて欲しいと頼まれたから伝えたからね」
それだけを言うと伊原はさっさと教室を出て行った。出て行く時に俺の方を何回か振り返っていた。別にわざわざ言いに来てくれなくても良かったのだ。千反田が今日早く帰ると言う事は大体想像がついたからだ。
それは昨夜俺の所に電話を掛けて来て
「明日は、もしかして古典部に行けないかも知れないのです。申し訳ありません」
恐らく電話の向こうで頭でも下げて居るのではないかと思った。
「判った。わざわざ言う程ことなのか?」
俺の言い方が悪かったのか、あるいは千反田には別の理由があったのか
「すいません。わたしの本意では無いのですが、家の用事も兼ねていますので……」
何とも歯切れの悪い言い方だった。それが何を意味するのか、俺は深く考え無かった。いや正直に言えば考えたく無かったのだ。
千反田が来なければ恐らく部室には誰も来まい。ならば俺も帰るしか無いと言う訳だ。のろのろと昇降口で靴を履き替えて家に向かう。歩きながら千反田が昨夜言っていた事の意味を考える。
金曜の夕方から夜にかけての用事だそうだが、色々と想像がつく。そしてわたしの本意ではないと言う事と千反田が俺に謝ると言う事を絡めて考えると、正直あまり良い気分はしない。
伊原が何も言わずにそれでいて未練たらしく帰ったのは、その理由を千反田から訊いていたのではないか?
まあ、今の俺にはいかんともしがたいのだが……千反田は今夜、鉄吾氏の仕事がらみで見合いに近い事をする。あるいはその為に人と合う。
それが俺が出した結論だった。多分そう間違ってはいないと思う。それに俺が何かを言う資格も無い訳だし、致し方無い。
それが判っているから伊原はさっさと教室を後にしたのだし、千反田が、直接俺に言わずに持って回った言い方をしたのもそのせいだと俺は理解した。
俺と千反田の関係は、春の「生き雛祭り」の状態から大して進歩していない。色々な事があり、千反田は多少、俺と言う存在を信用してくれているが、それから先は未だにあまり進歩はない。
それは、部室で二人だけで本を読みながら色々な事を話すが、それで一層千反田の考え方が良く判る様になったが、それは千反田も同じで、何時かの稲荷神社の掃除の時に俺が何故「省エネ主義」を唱える様になったかを話したし。その事で千反田に礼も言われた。
関係は恐らく少しずつ近づいているのだろうとは思うが、その物差しが良く判らないと言うのが正直な処だ。
家に帰ると案の定誰もいなかった。恐らく姉貴は大学へ行っているのでは無いと思う。親父は仕事で今夜も遅いのだろう。故に俺は一人なのだ。課題でもやって時間を潰すかと思い、自分の部屋では無くリビングに課題を持ってきてすることにした。
思いのほか捗ったので、予定よりも早く終わってしまった。そろそろ夕飯の支度をしなければならないと思い冷蔵庫を点検すると、人参と馬鈴薯、それに玉ねぎ、更に牛肉があった。
牛乳もたっぷりあるし、シチューのルーも見つけた。今夜はクリームシチューにすると決めた。
材料を切って水を入れて火に掛けると玄関の呼び鈴が鳴った。こんな中途半端な時間に来訪するのは誰だろうと思いドアを開けると千反田が立っていた。
「どうした? 今日は家の用事があるんじゃ無かったのか?」
わざと気がつかないふりをして尋ねると千反田は
「そうなんですが……お邪魔しても良いですか?」
その目は俺に何かを訊いて欲しいと言ってる感じがした。
「まあ、上がれ、歓迎するよ。良かった丁度シチューを作っていたんだ。量が多いから食べて貰えると嬉しい」
半分は本当の事だった。正直言えば、一人で食べる食事より千反田と一緒に食べた方が旨いに決まってる。だがそうは言えなかった。
「はい、ありがとうございます。それじゃお邪魔します」
千反田はコートの下はオフホワイトのワンピースを着ていた。そのデザインからして普段着では無いと思った。
ダイニングに座らせ、ティーバッグの紅茶を入れて千反田の前に出す。
「ありがとうございます。紅茶の入れ方も出来る様になったのですね」
茶色い液体に口をつけながら半分笑いながら言う。まるで『その事はわたしだけが知ってる事ですよね』と言外に語ってる様だ。
「美味しいです。濃さと言い味と言い丁度良いですね。このティーバッグは高級品ですから、味が良いですね」
千反田は恐らく料理だけでは無く、紅茶にも詳しいのだろう。もしかしたら俺よりもコーヒーに詳しいかも知れないと思った。
「実は、用事先から、『急用を思いだした』と言って別れて来ちゃいました」
やはり、用事とは俺が思っていた事なのかと思い
「意に沿わなかったのか?」
あからさまだと思ったが、直接訊いてみた。
「……さすがに判ってしまいましたか……実は、仕事がらみでの半分お見合いみたいなものだったのです。でもわたしが居るのは此処じゃないと思い、二人だけになった時に先ほど言った理由で別れて来て仕舞いました。……気がついたら折木さんの家の前に立っていました」
千反田はやや俯いてスプーンでカップの中をかき回している。その姿を見て、恐らくそうだったのだろうとは思っていたが、ずばり正解だった。
「千反田、正直昨日の電話の言い方で、大体は想像ついた。それに今日の伊原の感じでもそう確信した。だが俺は何も出来なかった。いやしなかった」
俺の言葉を訊いて千反田は頭を振り
「そ れは違います。折木さんは勘違いなされています。正直言います。わたしは折木さんに好意以上の感情を抱いています。そして折木さんも、わたしの欲目でしょ うが、わたしに対して好意を持ってくれていると感じています。それに、そう思ったのはわたしの方が先だと思います。だからわたしは今日、ここにやって来た のだと思います。わたしが想う人の所へ行かなくてはと……」
千反田の決意の表れだった……俺は千反田が悩んだ末に此処に来たのだと判った。
「千反田、考えた末なんだな?」
「はい、折木さんでなければなりません」
「鉄吾さんは……どう思うだろうか?」
「父は早くから判っていたみたいです。初詣に折木さんを誘った時点で見抜いていたみたいです。もしかしたら今日の事もわたしの決断を早めさせるのが目的だったのかも知れません」
台所で鍋が沸騰していた。俺は火を小さくして、席に戻ろうとすると千反田がやって来て
「しめじとかエリンギは無いのですか? 入れるといい味が出ますよ。台所拝見しますね」
そう言ってあちこち探していたが、そのうち見つけたようだ
「ありました。エリンギとしめじです。これを入れましょう」
その後は千反田が作った様なものだった。台所中をあちこちと探して色々なものを探し出すと鍋に入れたりしていた。
「さあ、出来ましたよ」
千反田が作り上げたシチューは俺の想像とは大分違っていた。コーンがはいっていたり、先程のきのこが入っていたりして風味豊かだった。
更に千反田は冷蔵庫の残り物で2品のおかずを作り上げていた。
「お姉さんはお帰りじゃ無いのですか?」
「ああ、何処へ行ったか検討もつかん」
「お父様は?」
「仕事で帰りは遅い」
「じゃあ、二人だけなんですね」
「そういう事だ」
千反田はそれを訊くと嬉しそうにして
「じゃあ二人で食べましょうか」
そう言ってシチュー皿を出してシチューを入れて俺の前に置く。良い香りが鼻をつく
「いただきます!」
そう声を合わせて手を合わせて、スプーンを口に運ぶ。勿論味は俺が作ったのとは段違いの旨さだ。
「美味しいよ千反田」
そう言って褒めると千反田は耳まで真っ赤にして嬉しそうに
「はい! 気に入って貰い良かったです」
そう俺に告げる……その笑顔も悪く無い……俺はそう想い始めていた。
この先、俺と千反田の関係は進んで行く……それも俺が望んだ事だ。恐らく後戻りは出来ないだろし、そんな気持ちも俺は持ちあわせて無かった。
今まで千反田の好意を感じていなかったと言うのは正直嘘だが、決断出来ない俺が居たのも確かだ。
気が付くと千反田の顔が目の前にあった。
「どうした?」
「頬にシチューが付いています」
そう言ってハンカチを出して俺の頬を拭いてくれた。悪くはないと想った。
「今度は、うちでご飯を食べて下さいね」
笑顔でおかわりをよそう千反田は本当に嬉しそうだった。
了
「二人の距離」
春未だ浅い3月、俺は放課後になり、帰ろうか古典部に寄ろうか思案していたが、教室に伊原がやって来て
「折木、ちーちゃんは家の用事で今日は部活休むそうよ。伝えておいて欲しいと頼まれたから伝えたからね」
それだけを言うと伊原はさっさと教室を出て行った。出て行く時に俺の方を何回か振り返っていた。別にわざわざ言いに来てくれなくても良かったのだ。千反田が今日早く帰ると言う事は大体想像がついたからだ。
それは昨夜俺の所に電話を掛けて来て
「明日は、もしかして古典部に行けないかも知れないのです。申し訳ありません」
恐らく電話の向こうで頭でも下げて居るのではないかと思った。
「判った。わざわざ言う程ことなのか?」
俺の言い方が悪かったのか、あるいは千反田には別の理由があったのか
「すいません。わたしの本意では無いのですが、家の用事も兼ねていますので……」
何とも歯切れの悪い言い方だった。それが何を意味するのか、俺は深く考え無かった。いや正直に言えば考えたく無かったのだ。
千反田が来なければ恐らく部室には誰も来まい。ならば俺も帰るしか無いと言う訳だ。のろのろと昇降口で靴を履き替えて家に向かう。歩きながら千反田が昨夜言っていた事の意味を考える。
金曜の夕方から夜にかけての用事だそうだが、色々と想像がつく。そしてわたしの本意ではないと言う事と千反田が俺に謝ると言う事を絡めて考えると、正直あまり良い気分はしない。
伊原が何も言わずにそれでいて未練たらしく帰ったのは、その理由を千反田から訊いていたのではないか?
まあ、今の俺にはいかんともしがたいのだが……千反田は今夜、鉄吾氏の仕事がらみで見合いに近い事をする。あるいはその為に人と合う。
それが俺が出した結論だった。多分そう間違ってはいないと思う。それに俺が何かを言う資格も無い訳だし、致し方無い。
それが判っているから伊原はさっさと教室を後にしたのだし、千反田が、直接俺に言わずに持って回った言い方をしたのもそのせいだと俺は理解した。
俺と千反田の関係は、春の「生き雛祭り」の状態から大して進歩していない。色々な事があり、千反田は多少、俺と言う存在を信用してくれているが、それから先は未だにあまり進歩はない。
それは、部室で二人だけで本を読みながら色々な事を話すが、それで一層千反田の考え方が良く判る様になったが、それは千反田も同じで、何時かの稲荷神社の掃除の時に俺が何故「省エネ主義」を唱える様になったかを話したし。その事で千反田に礼も言われた。
関係は恐らく少しずつ近づいているのだろうとは思うが、その物差しが良く判らないと言うのが正直な処だ。
家に帰ると案の定誰もいなかった。恐らく姉貴は大学へ行っているのでは無いと思う。親父は仕事で今夜も遅いのだろう。故に俺は一人なのだ。課題でもやって時間を潰すかと思い、自分の部屋では無くリビングに課題を持ってきてすることにした。
思いのほか捗ったので、予定よりも早く終わってしまった。そろそろ夕飯の支度をしなければならないと思い冷蔵庫を点検すると、人参と馬鈴薯、それに玉ねぎ、更に牛肉があった。
牛乳もたっぷりあるし、シチューのルーも見つけた。今夜はクリームシチューにすると決めた。
材料を切って水を入れて火に掛けると玄関の呼び鈴が鳴った。こんな中途半端な時間に来訪するのは誰だろうと思いドアを開けると千反田が立っていた。
「どうした? 今日は家の用事があるんじゃ無かったのか?」
わざと気がつかないふりをして尋ねると千反田は
「そうなんですが……お邪魔しても良いですか?」
その目は俺に何かを訊いて欲しいと言ってる感じがした。
「まあ、上がれ、歓迎するよ。良かった丁度シチューを作っていたんだ。量が多いから食べて貰えると嬉しい」
半分は本当の事だった。正直言えば、一人で食べる食事より千反田と一緒に食べた方が旨いに決まってる。だがそうは言えなかった。
「はい、ありがとうございます。それじゃお邪魔します」
千反田はコートの下はオフホワイトのワンピースを着ていた。そのデザインからして普段着では無いと思った。
ダイニングに座らせ、ティーバッグの紅茶を入れて千反田の前に出す。
「ありがとうございます。紅茶の入れ方も出来る様になったのですね」
茶色い液体に口をつけながら半分笑いながら言う。まるで『その事はわたしだけが知ってる事ですよね』と言外に語ってる様だ。
「美味しいです。濃さと言い味と言い丁度良いですね。このティーバッグは高級品ですから、味が良いですね」
千反田は恐らく料理だけでは無く、紅茶にも詳しいのだろう。もしかしたら俺よりもコーヒーに詳しいかも知れないと思った。
「実は、用事先から、『急用を思いだした』と言って別れて来ちゃいました」
やはり、用事とは俺が思っていた事なのかと思い
「意に沿わなかったのか?」
あからさまだと思ったが、直接訊いてみた。
「……さすがに判ってしまいましたか……実は、仕事がらみでの半分お見合いみたいなものだったのです。でもわたしが居るのは此処じゃないと思い、二人だけになった時に先ほど言った理由で別れて来て仕舞いました。……気がついたら折木さんの家の前に立っていました」
千反田はやや俯いてスプーンでカップの中をかき回している。その姿を見て、恐らくそうだったのだろうとは思っていたが、ずばり正解だった。
「千反田、正直昨日の電話の言い方で、大体は想像ついた。それに今日の伊原の感じでもそう確信した。だが俺は何も出来なかった。いやしなかった」
俺の言葉を訊いて千反田は頭を振り
「そ れは違います。折木さんは勘違いなされています。正直言います。わたしは折木さんに好意以上の感情を抱いています。そして折木さんも、わたしの欲目でしょ うが、わたしに対して好意を持ってくれていると感じています。それに、そう思ったのはわたしの方が先だと思います。だからわたしは今日、ここにやって来た のだと思います。わたしが想う人の所へ行かなくてはと……」
千反田の決意の表れだった……俺は千反田が悩んだ末に此処に来たのだと判った。
「千反田、考えた末なんだな?」
「はい、折木さんでなければなりません」
「鉄吾さんは……どう思うだろうか?」
「父は早くから判っていたみたいです。初詣に折木さんを誘った時点で見抜いていたみたいです。もしかしたら今日の事もわたしの決断を早めさせるのが目的だったのかも知れません」
台所で鍋が沸騰していた。俺は火を小さくして、席に戻ろうとすると千反田がやって来て
「しめじとかエリンギは無いのですか? 入れるといい味が出ますよ。台所拝見しますね」
そう言ってあちこち探していたが、そのうち見つけたようだ
「ありました。エリンギとしめじです。これを入れましょう」
その後は千反田が作った様なものだった。台所中をあちこちと探して色々なものを探し出すと鍋に入れたりしていた。
「さあ、出来ましたよ」
千反田が作り上げたシチューは俺の想像とは大分違っていた。コーンがはいっていたり、先程のきのこが入っていたりして風味豊かだった。
更に千反田は冷蔵庫の残り物で2品のおかずを作り上げていた。
「お姉さんはお帰りじゃ無いのですか?」
「ああ、何処へ行ったか検討もつかん」
「お父様は?」
「仕事で帰りは遅い」
「じゃあ、二人だけなんですね」
「そういう事だ」
千反田はそれを訊くと嬉しそうにして
「じゃあ二人で食べましょうか」
そう言ってシチュー皿を出してシチューを入れて俺の前に置く。良い香りが鼻をつく
「いただきます!」
そう声を合わせて手を合わせて、スプーンを口に運ぶ。勿論味は俺が作ったのとは段違いの旨さだ。
「美味しいよ千反田」
そう言って褒めると千反田は耳まで真っ赤にして嬉しそうに
「はい! 気に入って貰い良かったです」
そう俺に告げる……その笑顔も悪く無い……俺はそう想い始めていた。
この先、俺と千反田の関係は進んで行く……それも俺が望んだ事だ。恐らく後戻りは出来ないだろし、そんな気持ちも俺は持ちあわせて無かった。
今まで千反田の好意を感じていなかったと言うのは正直嘘だが、決断出来ない俺が居たのも確かだ。
気が付くと千反田の顔が目の前にあった。
「どうした?」
「頬にシチューが付いています」
そう言ってハンカチを出して俺の頬を拭いてくれた。悪くはないと想った。
「今度は、うちでご飯を食べて下さいね」
笑顔でおかわりをよそう千反田は本当に嬉しそうだった。
了