あした晴れたらいいね 4

 病院に到着すると話が通っていたので、準備が整い次第診察となった。レントゲン等も撮影して三十分ほど待たされ診察の結果が出た。診察室には和子が横たわっていて、その側に座らされた。
「では診察の結果を述べます」
 胸に「入来」と書かれたプレートを付けた医師は
「右股関節の変形ですね。年齢からいって手術は出来ないでしょう。それにウチではその手術はやっていません」
 医師の告白に泰治は
「ではどうしても手術を望めばどうなりますか?」
「何処か出来る病院を紹介しますが、リハビリ等もかなり辛いので完治はしないと思います」
「ではこのままと?」
「そうですね。一週間から十日ほど入院して頂いて、その間にリハビリをやります。そうやって、これからの付き合い方を学んで頂きます。それが現実的だと思います。リハビリですがお母さまは片肺ですので厳しいリハビリは困難だと思われますので、何が出来るのか、あるいは、どうやったら日常生活に復帰出来るのかを探って行きたいと思います」
 入来医師はそうって和子が元のようになるのは困難だと語った。
 入院が決まり、後から来た亜由美と一緒に、準備をする。家に帰ると和子は病院から貰った「入院の手引」を見ながら
「必要な買い物は私がするから、取り敢えず入院保証金を降ろして来て」
 亜由美がそう言って近所の大型スーパに車を走らせた。泰治は自転車で和子の預金がある銀行に向かった。そこある程度纏まった金額を降ろした。というのもこの病院の入院保証金がかなり高いと聞いていたからだ。
 買い物から帰って来た亜由美と車で一緒に再び病院に向かう。
「ええと、タオル二枚、コップが二種類。お茶や薬を飲むのと歯を磨くやつね。それから着るものは病院のレンタルを頼むから良いとして……」
 病院から貰った入院の手引の紙を見ながら、細々としたものを確認していた。
 病院に到着すると泰治は事務室の「入院手続き」と書かれた所で保証金を払い手続きをした。保証金の金額は聞いていた額より安かったが他の病院よりは高額だった。
「退院なさる時に精算」致します」
 十日ほどでは返金の方が多いかなと泰治は思った。病室の番号を聞いて病室に向かう。既に亜由美が和子と話をしていた
「ああ、こっち、こっち」
 亜由美が手招きするのでその方向に向かうと、八人部屋の一番隅に和子のベッドがあった。
「テレビのカードも買ったわよ。見ると思うし、退院の時に残っていれば精算してくれるそうよ」
 それを聞いて、確か昔自分が入院した病院は精算はしてくれなかったので同室の人にあげてしまったことを思い出した。
「そうか、とりあえず良かった」
「お義母さん、リハビリ頑張るんだよ! パパは毎日は来れないけど私が変わりに来るからね」
 コロナが蔓延していたので面会は家族のみで一日十分のみと決められていた。病棟に入るにも消毒をしてマスク着用でなければ入れない。
「悪かったねえ。ありがとうね」
 二人は必要なものをベッドの脇の棚に整理して、病室を後にした。今日は制限されないとは言え、時間が三十分は過ぎていたからだ。
「じゃまたね」
「じゃーね」
 二人の言葉に和子は小さく手を振った。
 帰りの車の中で亜由美は
「とりあえず、十日は安心出来るわね。パパもこの間は休めるわね」
 亜由美は助手席に座ってそんなことを言った。確かにここ数日泰治はろくに眠っていなかった。体力的にもそろそろ限界が近づいていた。
「確かにな。でも今回は助かったよ」
「まさか野老くんが理事の一人とはね」
 入院した病院の関係者に亜由美の高校の時の同級生が居て、その筋から頼んだからだった。通常なら外来を通さないと受付て貰えないからだ。寝たままの状態の和子を外来には連れて行けなし、ここの外来は、その様な患者を受け付ける事は想定していない。つまりストレッチャーが入らないのだ。ストレッチャーが入る外来の整形外科は全国でもそうはないだろう。だから最初に救急車で運んでしまえば簡単だったのだ。この点で泰治は見通しが甘かっ。和子の状態を前にも治ったから今回も治るだとうと甘く見てしまったのだ。今回はそれが裏目に出て、面倒臭い事態になってしまったのだ。
「お互いに何かあったら救急車を頼もうね」
 亜由美が呟くように泰治に語りかけると泰治も
「そうだな。お互い何時来るか分からないからな」
 泰治と亜由美は同じ年齢だから、今は良くても何時何が起きるか分からないという事を改めて思ったのだった。

あした晴れたらいいね 3

 和子が「要介護2」に認定されて半年が過ぎ、「介護会議」が開かれた。議題は和子の介護の今後の方針なのだが、ケアマネージャの和田は
「お母さまですが、最近の様子を見ると、もう少し上の判定が出ると思うのですが、泰治さん如何なされますか?」
「認定が上がるとどうなりますか?」
 泰治としては具体的にどう変わるのかが知りたかった。和田は
「そうですね。ます要介護3になりますと、デイサービスの使用料が若干上がります。それと出来ることが増えます。具体的には介護ベッドなどが借りられるようになりますし、その他の介護用品も借りられるようになります」
「介護ベッドですか?」
 泰治が呟くと介護用品の会社の綿貫が
「電動で起き上がらせたり、ベッドの高さも変えられるモノですね。それがリース出来るようになります。それと今お使いの車椅子ももっと機能的に優れたものに変更も出来ます」
 そう言ってパンフレットを泰治に見せてくれた。今後これが役に立つとはこの時は思わなかった。
「デイサービスの使用量が上がるとのことですが具体的にはどのぐらいですか?」
 泰治はそのあたりもちゃんと把握しておきたかった。
「はい、一回の仕様が数十円ですね。100円は上がらないと思います。それとデイサービスでの訓練出来る項目も増えます。」
「それは?」
「例えば『口腔訓練』ですね。所謂、お口の訓練です。誤飲やその他を防止して更に脳への刺激を与えます」
「その費用はいくらぐらい掛かりますか?」
「一回五十円で、週1回です。それと毎月は出来ませんので隔月になります」
 つまり月に二百円ということだ。それで誤飲防止になるならと思った
「ではお願いします」
 介護会議では今後も和子の日常生活復帰を目指すことが確認されて終了した。
 翌月の判定会で和子は要介護3になった。判定の見方もあるが要介護3になれば誰かの介添を伴わない限り日常生活を行えないと認知されたということで、一人では生きられないということなのだ。和田は泰治に
「辛くなったら施設という方法もあります。無理に頑張り過ぎて体を壊しては元も子もなくなります。最初にショートステイという考えもありますので頭の隅に置いておいてください」
 和田は新しい介護保険証の確認をしながらそう言って泰治に無理をしないように忠告をした。
 その後和子に半分冗談でショートステイのことを言ってみたら
「絶対に嫌」
 とけんもほろろだった。妻の亜由美は
「友達のところなんか、温泉に行こうね。ってショートステイに連れて行くそうよ。たまには息抜きしないと駄目になるって言っていたよ」
 そう言って友達や知り合いの情報を仕入れては泰治に教えるのだった。でもこの時までは和子はシルバーカーを押して自分でトイレにも行けたし、台所の冷蔵庫から好きな缶酎ハイを持って来て飲む事も出来た。食事も泰治が作ったものを用意しておけばレンジで温めて好きに食べていた。一応家のことは出来る範囲ではやっていたのだった。
 
 歳が明けて泰治の仕事も忙しくなった。毎年1月や2月は新年会で忙しいのだが、今年は何時もなら暇になる3月も予約がかなり入っていた。
 だがコロナウイルスで一変した。すべての予約がキャンセルになり3月以降全く仕事がなくなってしまったのだ。
 色々な保証の申請をだして取り敢えずは凌げたが先が全く見えなくなっていた。そんな時に仕事から帰って和子の様子を見ようと一階に寄ってみると、和子が何やらうめき声を出している。
「どうしたの!」
 呼びかけると
「ああ、泰治。起きられなくなっちゃった。立てないんだよ」
 見ると和子はちゃぶ台に手をついて立ち上がろうとしているのだが、脚が立たず苦しんでいた。前のような状態になったのだと泰治は思い、取り合えす隣の部屋のベッドまで運ぼうとしたが、今度は重たくてとても無理だった。和子が全くのマグロ状態だったからだ。
 後から思えばこの時に救急車でも呼んで救急病院にでも行けば良かったのだが泰治は前の時と同じように数日経てば戻るのではないかと思ったのだった。
 取り敢えずその場所に布団を敷いて和子を寝かせることにした。最近和子は缶酎ハイを日に4本飲んでいた。それもアルコール濃度9%のものだった。
「調子に乗って飲ませ過ぎたな」
 そう反省はしたが、重大なことなるとは思わなかった。
 数日経過しても和子の状態はそのままだった。これは何処かに入院させなければならないと泰治は思い始めていた。ことの重大さにやっと気がついたのだった。
 色々と手をつくして、亜由美の高校の同級生がやっている病院が見てくれることになった。しかし連れて行く方法がなかった。
 救急ではないので救急車は頼めない。自分の家の車には乗せられない。和子は寝たきりなので、とても普通の乗用車には乗せられなかった。和田に相談すると
「仕方ないので介護タクシーを頼むしかありませんね。予約しましょうか?」
「お願いします」
 和田翌日来てくれる介護タクシーの予約を取ってくれた。
「料金なのですが、ここから病院まで10000円です。これが基本料で今回はお母さまを運ぶ為に介護人が必要ですので他に6000円かかります。よろしいでしょうか?」
 泰治としては宜しいも何もなかった。どうしても病院に連れて行かなくてはならないからだ。
「お願いします」
「判りました」
 翌日予約した時刻に介護タクシーはやって来た。寝ている和子を毛布に包み、その外から大きな布を巻き、両方を肩からぶら下げるようにして持ち上げ家の外に停めてあるワゴン車に乗せたのだった。泰治も同乗し亜由美に後から車で来るように言ったのだった。

あした晴れたらいいね 2

 どうするか泰治は考えた。着替えはベッドに寝た状態で着替えさせるのは、かなり困難に思われた。
 それにトイレのこともある。急いで薬局に行き大人用のオムツを買って来た。しかしこんなモノ扱ったことが無いのでオムツの充て方も分からない。急いでスマホで検索をしてやり方を学ぶ。この時ほどスマホが有り難いと思ったことは無かった。
 具体的には介護される人をベッドの横に寝かせる。もちろん下半身は何も身に付けていない状態にする。
 次にベッドの中央にオムツを広げる。そして介護される人を転がすようにしてオムツの上に体を乗せる。この時介護される人が仰向けになるようにする。あとは両脚を掲げて普通にオムツを充てるだけだ。少し考えれば思いつくかも知れないが、泰治には分からないことばかりだった。
 デイサービスに行くまで数日しかなかった。先日施設長が来て面接をしたばかりだったので、こんな状態を見たら驚くだろうと考えた。そしてこのままなら、折角決まったデイサービスも断らないとならないと思った。
 その数日泰治はお先真っ暗という感じだった。このままなら、どこかこのような状態でも入れてくれる施設を探さないとならない。多分それは月に数十万かかるだろうと思って気持ちが萎えるのだった。
 結果から言うと和子は三日ほど寝たら嘘のように元の状態に戻った。酒が抜けたからだろうかと泰治は思った。
 何でも良かった。一応元の状態に近くなったら取り敢えずデイサービスには行けると考えた。
 その当日の朝、和子は玄関まではシルバーカを押して行き車椅子に乗り換えでリフト付きの送迎車に乗って出て行った。
 そこは朝は八時半に迎えに来て送られて帰って来るのは夕方の五時半だった。色々ある施設でも時間が長い方だった。だからその間泰治と亜由美は家の掃除やら洗濯に精を出した。
 夕方帰って来た和子はご機嫌で
「行ってみたら楽しかったよ」
 そんなことを言っていた。それを聴いて亜由美は泰治に
「ほらね。私が言った通りだったでしょう」
 そう言って自慢げな表情を見せた。
 それからは特に何も無かったのだがケアマネージャの和田が
「お母さまですが、どうも『要支援2』という感じでは無いと思いますので宜しければ再申請してみようと思いますが?」
 そんなことを言って来た。どうも和田の観察では少なくとも「要介護1~2」ぐらいにはなるとのことだった。
 ランクが上がると施設の使用量も若干上がるのだが出来ること。ようするに介護保険が使える項目が増えるのだった。
「多少の値上げは構いませんからお願いします」
 泰治は和子の先の事も考えて和田にお願いをした。
 暫くしてまた判定員がやって来て同じような質問をしていく。だが和子は今回は片足で立つ事も出来なかった。両脚でもやっと立てる程度だったからだ。
 その後の判定は「要介護2」だった。このクラスになると色々なことが出来るようになる。泰治としてはデイサービスに行く回数も週三回に増やせたのがありがたかった。
 この頃までは和子は自分で台所に行って冷蔵庫から何かを持って来る事も出来たし、自分でトイレに行くことも出来た。いろいろな事が出来るようになって来ると、またお酒を飲みたいと言い出した。
「お酒ぐらい飲まないとやってられない」
 そんなことを嘯いて泰治に酒を強請った。泰治としてみれば酒を与えておけば煩い事も言わないので一日一本ぐらいなら、と買って与えてしまった。思えばこれが間違いの元になるとはこの時は全く思わなかった。
 和子は茶の間のコタツのテーブルの前に座って泰治が用意した食事を食べていた。自分で立ってトイレにも行けたし、隣の部屋のベッドにも行けたのだ。
 そんな期間が暫く続いた。泰治はこのまま暫くこの状態が続くと思っていた。事実一年ほどはそのままの状態が続いた。しかし和子の状態は少しづつ悪化していたのだった。事実この一年で和子は物忘れが酷くなりボケが始まっていた。痴呆症とは違う年齢によるボケだが、会話が噛み合わなくなって来ていたのだ。それは頭の状態だけでは無かったのだ泰治達はそれには気が付かなかった。
 介護保険は基本半問に一度見直すことになっている。大抵はケアマネージャが事務的なことをやってくれるのだが、時に審査が必要になる場合もある。
 その度に介護される者と介護者(家族)施設長、介護用品を扱ってる業者とケアマネージャが一同に集まって今後の相談をするのだ。これを「介護会議」と呼ぶ。
 

あした晴れたらいいね 1

 まだ世の中は「平成」だった。
 今上天皇陛下が天皇の地位を退きたいと述べられて、新しい年号に変わることが政府から示された頃のこと。亜由美は夫の泰治に夕食後のコーヒーを入れながら話をし出した。
「ねえ、お義母さんだけど、家にばかり居るとボケちゃうから、デイサービスか何かに行かせた方がいいと思うの」
 泰治はブラックのコーヒーを口に運びながら
「前にも話したのだけど、そのこと言うと良い顔しないんだよね」
 泰治の母親の和子は今年米寿を迎える。昨年まで家業の飲食店に顔を出していたのだ。実際は何もしないのだが、お客が和子が居ないと
「女将さんはどうしたの?」
 と一々尋ねて来るので本人も、それならと顔を出していたのだ。だがさすがに体力的にもキツくなり、ここ半年は家に閉じこもっていた。夫の茂雄は十年前に亡くなっていた。
「でも私の知り合いの姑さんは、いざ行って見たら気にってしまって、今じゃ楽しみにしてるそうよ。お義母さんも同じだと思うのだけど。それに家に居てボケたら私嫌だからね」
 亜由美としたら、既に八十を過ぎた自分の母親の面倒を見なくなるかも知れないのに義母の世話までは御免だった。
「そうかぁ。そうかも知れないな。じゃあ介護保険の申請してみるよ」
 泰治は翌日から介護保険の申請を調べてみた。すると、まず申請用紙を用意して書き込み、役所の老人福祉課に申請する。この課の名前は自治体によって変わる。
 それには医者の「診断書」等が必要になる。これは掛かり付けに医師となっていた。
 泰治は自分も係っている近所の医師に和子を連れて行き診断書を書いて貰った。申請すれば役所からこの医師の元に連絡が行き、意見書を書いて貰うことになる。
 泰治は必要な書類を揃えると役所に申請をした。その後の流れは、少し経つと役所から判定員と呼ばれる人が派遣され本人の状態を確認する。その後判定会議を経て介護保険が使えるようになる。この時にケアマネージャが選定される。このケアマネージャとは基本的に、今後本人が亡くなるまで付き合いが続く。
 自治体によっては申請用紙を役所のホームページからダウンロード出来る所もあり泰治の自治体でもそれが出来たが、泰治は申請にあたって何も知らないので役所の窓口で色々と尋ねたいので役所まで取りに行ったのだ。
 申請から少し経って判定員が来る連絡があった。その後、本人から連絡があり日時の打ち合わせをする。やがてその日がやって来た。
 基本的はこの判定員も何処かのケアマネージャーをしている人だそうだ。
「御免ください判定員の本庄と申します」
 本庄と名乗った判定員は首から下げた名札を見せた。
「あ、宜しくお願いします。多田野泰治です。奥に座っているのが母の和子です」
 挨拶を済ませると本庄判定員は家に上がって来た。そして和子にも挨拶をする。
「それでは始めましょうか」
 この言葉で判定の為の審査が始まった。審査と言うほどのものでは無いが、それでも生活の上で色々な事を和子に尋ねてチェックして行く。その中には片足で立って三十秒立てるか? と言うような物もあった。この時和子は未だそれを何とかこなしていた。
「判りました。実際の生活はご家族にやって貰っているのですね」
 そう言い残して判定員は帰って行った。大凡小一時間ほどの時間が係った。
「別にデイサービスなんか行かなくても良いからさ」
 和子はそう言ってどうでも良いというような態度だった。
 判定会議は月に一度なので今月は終わっているので翌月になる。だから判定員が来てからほぼ一月後に自治体から連絡があった。判定が通った事とケアマネージャが決まった事。そして判定が「要支援2」だったこと等が告げられた。翌日介護保険証等の書類が送られて来た。それと同時に新しくケアマネージャとなった和田陽子という人から泰治に連絡が入った。
「新しくケアマネージャとなりました和田と申します。お母様の今後について御相談をしたいので日時を調整したいのですが」
 声からすると若い感じがした。物の言い方も悪くない感じだった。泰治は良い印象を受けた。
 約束の日和田さんは泰治の家にやってきた。泰治の家は三階立てで一階を和子が使っていて二回を泰治夫婦が使っている三階はアパートとなっていて二所帯に貸している。泰治はこれまでは食事などは泰治が世話をして掃除などは妻の亜由美が行っている。最近になり洗濯も行なっていた。
「こんにちは。初めましてこの度ケアマネージャーになりました和田陽子です」
 和田は小柄だが明るく人当たりの良い容姿をしていた。泰治は
『可愛い人だな』
 という印象を持った。上がって貰って和子を含め話をする。制度上はこれは「介護会議」と呼ばれるのだそうだ。
「まずご希望を伺います。お母様の今後についてどのようなご希望がありますか?」
 ソファにちょこんと座りながら和田はファイルを開いて色々と書き込んで行く。
「そうですね。週に何回かデイサービスを受けたいと思っています。このままだと人とも会わないのでボケてしまうのではと思っています」
 泰治は最初の目的でもあるデイサービスのことを口に出した。
「お母様は家では手押しの車を使って移動なされたいるのですね」
 昨年から和子は家の中でも捕まり歩きしか出来なくなっていた。それを見て泰治は小型のシルバーカーを買って和子はそれを使って家の中を
移動していた。
「デイサービスは送迎つきですが、どうなされます?」
「どうとは?」
「つまり、今日拝見致しましたところ、歩いてご自身で車に乗るのは少し困難ではないかと思いました。表に出る時は車椅子を使われては如何でしょうか」
 和田に言われて確かに今の状態では和子は車には乗れないだろうと思った。
「じゃあお願いします。車椅子なら母を医者にも連れて行けます」
 泰治は先日の診察を受けに行った時の苦労を思い出した。どうしても歩けないので、知り合いから車椅子を借りたのだった。
「ではそうしましょう。玄関までは手押し車で歩いて貰って、そこ車椅子に乗り換えて貰いましょう」
 その他の細かい所を決めてその日は終わった。程なく和田からデイサービスの施設の連絡が入った。隣街にある施設で日常的なことをする施設ということだった。デイサービスには日常的なことをする施設と、リハビリに特化した施設とがある。リハビリの方はかなり辛いとの事なので泰治は日常的な方を選んだのだった。基本的は週二回と決まった。始まる日だが泰治の仕事の関係で翌月からとなった。これがその後大きな問題となるとはその時は思わなかった。
 
 和子の楽しみは缶チューハイを飲むこと。お酒には強く本人は親譲りと言っている。調子の良い時は350ccの缶を日に四本飲む。昼の間に二本。夕食時と寝る前に一本ずつという具合だった。
 缶チューハイは最近ではアルコール度数の高い物が人気でスーパーなどでも前列に並んでいる。基本的にアルコールを受け付けない体質の泰治はそんなことは意識もせずに最前列に並んでいるものを買っていた。商売上色々な店で仕入れるのでそのついでだった。
 デイサービスに行く日も近づいて来たある日。仕事を終え二階の自分の家に帰る前に一回の和子の様子を見る為に一階に寄ってみたのだが、そこには居間でひっくり返ってる和子の姿だった。
「どうしたの?」
 泰治の声に
「分からないんだよ。急に腰が抜けて立てなくなっちゃった」
 まるで蛙のように手足をバタバタさせて藻掻いている親の姿を見て泰治は
「やはりアルコールが多すぎたかな?」
 というのも先日缶チューハイのアルコール濃度の高い製品の危険性についてネットで読んだからだった。
 とにかく、隣の部屋のベッドまで連れて行かなくてはならない。抱き上げようとしても七十キロ近い体重の和子を抱き上げることは出来なかった。シーツを持ってきて広げ、その上に和子を寝転して乗せた。そしてシーツごと引っ張って少しずつ運ぶことにした。
「もういいよ。このままにして! このまま死んでも文句言わないからさ」
 和子は人の気も知らずに呑気なことを言っている。冗談じゃないと泰治は思った。
 距離にして数メートルなのだが今から廊下に出てそれから隣の部屋に入り、そしてそこに置いてあるベッドに乗せる。考えるだけでも気が遠くなりそうだった。
 少しずつ引っ張って運んで行く。全身汗まみれになっていたが止める訳には行かない。
 一時間近くかかり何とか隣の部屋のベッドの前までは連れて行くことが出来た。そこでベッドの脇に和子を起き上がらせた。和子は力が全く入っていにので、通常よりかなり重く感じる。それでもやっとの思いでベッドによりかからせた。そして和子を抱きしめて持ち上げた。
「ううううん」
 絶叫みたいな気合を入れて何とかベッドに寝かせることが出来た。もう着替えさせる気力も残っていなかった。

ubuntu日記 26

番外編7 レッツノートCF-SX2をwindows10で使えるようにする(Bluetoothとかホイールパッドとか)

 PanasonicのレッツノートCF-SX2を使用して少し経ちました。そこでこの機種はwindows10 に対応していないので色々な機能を使えるようにした顛末を書いてみたいと思います。

 まず、やったことは三つ。
 一つはホイールパットを使えるようにしたこと。次にDVDドライブの認識。三番目にBluetoothを使えるようにしたことです。では最初から説明して行きたいと思います。
 まずこのレッツノートCF-SX2はwindows10に対応していないのですね。そこで色々な不都合が出ます。その最たるものがレッツノート特有の丸いホイールパットがちゃんとは使えないということですね。
 レッツノート特有の丸いホイールパットは普通のとは違い、とても使いやすいのです。特に外周をくるくる回すと画面がスクロールする機能は有名です。でもこの機種では、win10に対応していない為に普通のドライバーがインストールされてしまいます。正直これは嫌です。調べるとPanasonicのHPから機種ごとのドライバーを選んでインストールすると使えるようになるということなので、それをやってみることにしました。
 https://askpc.panasonic.co.jp/s/download/install/sx2adhcs.html
 ここから型番を調べて(底に書いてあります)windows8用のドライバーのページに飛びます。(私の場合はhttps://askpc.panasonic.co.jp/s/download/install/sx2adhcs.html#model1)
 ここの下の方にある「ホイールパッドユーティリティ」をダウンロードして入れてください。アップデートも入れた方が良いですね。
 再起動すると「くるくる」が使えるようになります。
 
 次にですが、これは私の機種だけかも知れませんがwindowsアップデートをして再起動すると今まで表示されていたDVDドライブが認識されなくなりました。色々とやったら、デバイスマネージャーから「表示」の「非表示のデバイスを表示」にすると出てきました。
そこでDVDの階層を下げて一番下のところを右クリックして「デバイスの再構成」をするとちゃんと認識して使えるようになりました。困るのは再起動の度にこれをやらないとならないことです(まあほとんど使わないのですがねw)
 一度ドライバーをアンインストールして再起動すると認識するとありましたが、どうもダメですね。
 一案困ったのがBluetoothです。DVDドライブと同じことをしてもダメです。
 HPからBluetooth Stackをダウンロードしてインストールしようとしても「この機種にはインストールできません」の表示が出てしまいます。このドライバーは自己解凍なのですが、それもできないみたいです。
 色々と調べると、どうもアーカイバーで強制的に解凍してインストールすると使えるようになると分かりました。そこで7zipで強制的に解凍してexeファイルを実行します。するとwinidowsのメニューにBluetoothのメニューが載りました。あとはそこからドライバーをインストールすると使えるようになりました。あと「Bluetooth control component」も同じようにして入れてください。
 これでCF-SX2の機能をちゃんと使えるようになりました。Bluetoothの接続もちゃんとできています。Windowsからは自動接続はできないのでアプリから接続してください。
 今、レッツノートは中古でかあなり安く出ています。程度の良いものが手に入ればまだまだ現役で使えますので、ちゃんと使いたいものですね。
 同じような現象で困った方の為にここに記しておきます。何かの参考にして下されば幸いです。

追記……この機種の最大の弱点ですが、それはやはりモノラルのスピカーでしょう。しかも音質が悪く音が小さいので音楽を聴くなんてもっての他で、youtubeの動画の声さえ良く聴こえません。まあ外部スピーカーを接続すれは良いのですが、出先とかだと辛いですよね。そこで一応音質は兎も角、音がちゃんと聴こえるようにする方法があります。それはwindowsのコントロールパネルからサウンドを選び、イコライザーを出して音質を操作する方法です。やり方を詳しく書いてあるブログを貼って起きますので参考にしてください!
https://algorithm.joho.info/windows10/equalizer/
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