第24回ゆきのまち幻想文学賞落選作です。死蔵させるつもりでしたが、ここでひっそりと公開します。
 どうも、「雪の妖精」とか「雪女」とか「雪の女王」等とタイトルがついていたり、内容がそうだと、最初から落選なんだそうです。完全にそれに当てはまるのでした(笑

でもとりあえず公開します。


 臨月を迎えていた妻が陣痛の痛みを訴え、顔から痛みを堪える汗を流していた。
「痛いか?先程の陣痛から丁度十分だ。病院に連絡をする」
 そう言って、病院に電話を入れた。
「それじゃあ気をつけて奥様を連れて来てください」
 電話の向こうで、看護婦さんの事務的な声が耳に届いた。
 やがて陣痛が収まると俺は表に止めてあった車に妻をそっと乗せて静かに走り出した。恐らく十分も掛かっていないと思うのだが、まるで小一時間近く掛かった気がした。
 ヘッドライトに照らしだされる闇夜は何処か幻想的で、神秘に満ちている様に見えた。
  病院に着くと、急いで妻はストレッチャーに乗せられ「分娩準備室」に運び込まれた。俺はする事も無く、只待合室で待つだけだしかすることが無かった。外に出ると暮れの冷たい風が俺を襲った。
「雪でも降りそうな冷たさだな」
 そう独り言を呟いていたら、空から白いものがチラホラと落ちて来た。
「案の定降りだしたか、積もらなければ良いがな」
 と思っていると、雪は段々降り方を強め、本降りとなりそうだった。俺は煙草を吸い終わると病院の待合室入って我が子が生まれるのをじっと待っていた。
 どれくらい経っただろうか?ハッキリとは覚えていないものの、その時はやって来た。
「生まれましたよ!女の子さんです。母子共に元気ですよ!」
 看護婦さんが汗を一杯掻いて俺に伝えてくれた。
 俺は急いで分娩室に顔を出すと、やつれながらも嬉しそうな妻の横に真っ赤な顔をした赤子が白い布に包まれていた。
 その小さな赤い顔を見た時に自然と
「ありがとう」
 そう妻に語り掛けていた。殆んど無意識に……
 「名前考えなくてはね」
 妻のつぶやきに俺は
「外は雪だ。この時期に雪は東京では珍しいから、どうだ雪美という名前は?」
 妻に問うと妻は
「意味は?」
 と訊くので俺は
「雪の様に美しく、白い汚れの無い心の持ち主になるように、という意味だが」
 尤もらしく答えると妻は、大層喜んで
「貴方が良いなら、そう決めましょうか」
 そんな訳で俺達の最初の子の名は「雪美」と決まった。

 雪美は元気の良い子だった。手間がからないと言うか、楽な子だった。
 重い病にもならず、スクスクと育ってくれたが、小学校へ上がった年に家庭内で大変な事が起きてしまった。
 妻が肺がんで亡くなったのだ。
 発見された時はいわゆるステージⅣで、切除したが転移が認められて、正直手の打ちようが無かった。
 発見から半年後妻は帰らぬ人となった。雪美は未だ事情が良く飲み込めておらず、母親は何時か帰って来るものだと思っている様だった。
 野辺の送りを済ませて帰る途中で、空から雪が降って来た。
 不意に雪美が落ちて来る雪を見て
「あ、お母さんがいる!雪の中にお母さんがいるよ。そうかお母さんは雪の妖精さんになったんだね」
 そう言って両手に落ちて来る雪を受けていたが、やがて
「お父さん、わたし寂しくなったら雪を思い出すね。だってお母さんは雪になったのだから」
 そう健気に俺に言ったのが、何とも不憫だった。
 それからは父子家庭となってしまったが、俺は朝保育園に雪美を連れて行き、帰りに受け貰って毎日を過ごしていた。夢中で過ごした十数年だった。

 そして、いつの間にか雪美は二十歳となっていた。
 今日はその雪美の成人式だから、誂えた振り袖を美容院で着付けして貰い、髪も綺麗に結いあげて貰った。
「大学で、お昼からお祝いの式典があるの」
 それを知っていたので、車で送って行く積りだったのだが、午前九時頃から雪が降りだした。
 不味いな、と思ったが、天気には勝てやしないと思い空を見上げていたら、段々と激しく降り始めた。
「積もらないうちに大学へ行くか?」
 その言葉に雪美は
「ねえ、お父さんわたしが生まれた時も雪が降っていたんでしょう?」
 そんな事を訊いてきたので
「ああ、そうだ、十二月なのに早いと思ったのさ」
 俺がそう答えると雪美は
「お母さんが亡くなった時も雪が降っていたね?そしてお母さんは雪の妖精になったんだよねわたしはそう信じているんだ。そしてわたしの準備が終わったら又雪が降りだしたね。
 わたしね、きっとお母さんがわたしの姿を成長した姿を見に来てくれたんだと思うのよ。お父さん、どう思う……」
 雪美は真っ白になった庭を眺めながら嬉しそうに俺に言うのだった。
「お母さんの姿が見えるかい?」
 俺は雪美にそう問いかける。すると雪美は笑しながら嬉しそうに
「うん、今日はお母さんもいっぱい喜んでぃれているよ」
 言いながら窓から外を指さすと、雪の残像の中に俺は一瞬だが亡き妻の姿を見た。それは幻なんかでは無く、確かな姿だった。
「ねえ、お母さん居たでしょう?」
 嬉しそうに言う雪美に俺は
「ああ、確かに母さん居たな。お祝いに来てくれたな」
「うん、だからもういいや、大学行かなくても。写真も撮ったし、晴れ姿をお母さんにも見せられたし、わたし満足だよ」

 その後も雪は降り続き、交通網は麻痺し、道路も通行不可能となった。各地のお祝いの催しも殆んど中止となった。
 だがその晩、雪明かりの中で俺達は親子三人水入らずを過ごしたのだ。
 その晩は積もった雪で夜になっても雪あかりで外が明るく、まるで昼を思わせる様だった。
お祝いの日という事で多少奮発した夕食のテーブルには雪美の好きなものが並んでいたが、雪美はそれを前にして
「お父さん、ありがとうね。お父さんが居たからわたし道を誤んなかったと思うの。勿論向こうの世界からお母さんが何時も見守ってくれていたと思うけど、やはりお父さん、感謝しきれないくらい感謝しています。そして大好き!」
 今更だが雪美の言葉は照れ臭くてまともに顔さえ見られなかったが、言葉は胸に確かに届いた。
 泳ぎがちな俺の視線を雪美は見て笑っていたのだった。
「ほら、お母さんがそこに居るよ」
 窓の外には降り積もった雪が優しく家の中を覗いている。
 雪美は少しだけ窓を開けて外の冷たい空気を部屋に入れ
「これでお母さんも一緒だよ」
 そう言って微笑み、その横顔は何処か母親に似ていて、雪あかりの中で俺は二人の面影が重なるのを感じたのだった。
 俺は心で雪の妖精になった妻に報告する。
 「雪美は心の優しい人に育ったよ……と」

 

  了