短いお話です。

「至高の蟹しゃぶ」

images 金沢の実家に生のズワイガニを食べに来た。毎年のこととは言え、母や父には感謝で頭がさがる。何と言っても我が家は蟹大好き一家。
 結婚の競争相手が多かった主人を落としたのも蟹のちから! 
「ねえ、一緒に朝まで蟹しゃぶしない? ついでに私も?」
 この殺し文句で並み居る美女軍団を蹴落として私がゲットしたのだ!
 主人はそりゃいい男。百九十センチ近い身長に、八十キロの体重。程よい筋肉がついた肉体は美しさを感じる。街を歩くとすれ違う女が皆振り返る程のイケメンで、恐らく今まで女性に不自由したことって無いと思う。
 それほどのいい男なのだが彼には弱点がひとつだけあったの。それは……死ぬほど蟹が大好きだということ。
 蟹の為なら命もいらない……そう言いかねないほどの蟹好き。私達は一緒になる運命だったのだと思う。だって私の実家は網元で、冬になれば蟹は沢山手に入る。その蟹しゃぶの魅力を語ってあげるだけで、彼は目の色を輝かす。
「身の締まったズワイの身ってね。プリプリしていて、透明で、白くないのよ。白いのは古いのよ。そんな蟹に囲まれて生きて来たの。あなたも一緒に暮らしてみない?」
 口説き文句は簡単だった。私が経験した蟹の魅力を語るだけで彼は私を離そうとしなくなった。そして、実家に連れて行き、獲りたてのズワイガニを食べさせる。
 まずはお刺身。透明のズワイの脚の身は滑らかで艷やかでそれでいて、無垢な少女のように透明なの。生きたまま剥いた脚の身は氷水に漬けると花が開いたようになる。それをお醤油なんてつけない。レモンを絞って剥いた身に掛けると口に持って行く。
 舌の上で甘みと酸味がワルツを踊るように旨味が溢れて行く。これ以上の官能はないかも知れない。
 お刺身を楽しんでいると、その間に鍋の昆布の出汁が湧く。ズワイガニの脚の第一関節から先は殻付きのままにして、そこを掴むと沸いているお湯に素早く潜 らせると最初は何も付けないで口に入れると温まったことにより一層濃厚な甘みが口に広がる。生まれてから毎年食べて来た私でさえ、堪らないのだ。蟹好き命 の彼がまともでいられるはずがない。
 私がしたことはそれだけ。他に甘い言葉も彼に与えていない。でも彼は私を選んだ。それは、彼にとっては必然だったのかも知れない。私と彼は結婚した。

 それから、毎年時期になると休みをとって私の実家に行く。勿論ズワイ蟹を食べるためだ。今日も彼はカニしゃぶをにこにこしながら食べている。でも、私は彼が見向きもしない蟹味噌を美味しく戴く。蟹の一番美味しいのは蟹味噌だと我が家では伝えられているのだから……

  了

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