落語シリーズ

受け継ぐ想い

受け継ぐ想い」

 落語シリーズの新作です。今回は上方落語なので関西弁が出て来ますが、色々と考えて書いてみました。標準語と混じってる設定なので、多少おかしい所は大目に見て下さい。余りにも変な箇所があればご指摘戴けると助かります(^^)


  窓から金木犀の香りが秋の風とともに編集部に入ってきていた。そろそろ陽も傾き、夕暮を編集部の窓から眺めていて、ふと上方落語の人気者、桂孔雀が亡くなってもう十五年になると気がついた。あの自殺からもう十五年と言う想いだった。
 それと言うのも、先日孔雀の弟子の桂雀枝師から電話を貰ったからだ。雀枝師は数年前に関西での自分の地位も立場も捨てて東京に進出して来たベテラン噺家だった。
 何故、関西での人気者の地位を捨ててこちらに来たのかは俺には当初さっぱりと判らなかった。別な雑誌やスポーツ新聞のインタビューを読んでもはっきりとしなかったのだ。
 表向きは「関西ではもうやり残した事はありません。向こうだと安住してしまうからです」
 等と語っていたが、それだけで伝手のない東京に出て来るはずが無いと俺は思っていた。それに、こちらではどちらかの協会に入るのか、と思っていたら両方とも入らず、完全フリーで活動をするのだと言う。どう見ても厳しくなると思った。
 ところが、当初は暇だったようだが、三月もするとあちこちの落語会から呼ばれるようになった。本人も個人的に親しい東京の噺家と組んで落語会等を行ったりして、それなりに活動をしていたのだった。
 そんな雀枝師が先日編集部に電話を入れて来たのだ。最初は落語会の掲載情報の事かと思ったのだが、話を訊いてるうちにそれとは関係ない事だと気がついた。
「神山さん、実は相談があるんですわ。こっちでこんな事話せるのは神山さんしかおらしませんから、頼んますから訊いてやって下さい」
 標準語と関西弁が混じった妙な言葉で師匠は俺に頼んで来た。ここは是非とも訊いてやらねばならないだろう。快諾をする。
「いいですよ。俺でよければ何時でもお話お訊きしますよ」
 二つ返事で引き受けると雀枝師は
「ほなら、お宅に伺わせて貰ろうてもかましまへんか?」
 別にそれは構わなかったので、それも承知するが、ひとつだけ付け加えた
「もうすぐ妻になる者が居ますけど構いませんよね」
 俺のその一言に驚いたのか
「あれ、そうでっか……それはおめでとさんでございます。まあ、そういう方なら余計訊いて欲しいですわ」
 そう言って時間と日時を約束した。

 約束の日時と時間ピッタリと雀枝師はやって来た。家の中に入ると台所で料理を作っていた薫が顔を出した。驚く師匠
「あれ、婚約者というんのは、もしかして橘薫子さんでしたか! いや~知りまへんでした。噺家の桂雀枝言います。よろしうお願い致します」
 如何にも上方落語家らしい自己紹介の仕方だった。
「橘薫子です。いつも神山がお世話になっています」
 流石に薫は業界人なので、こんな時はきちんとする。
「さあ、奥に入って下さい」
 俺の言葉で、奥に通って貰う。用意した座布団に座ると雀枝師は
「早速話しても構いまへん? ほなら話させて貰います。実はわてが東京に出て来た言うのは、他所で話した事ばかりでは無いんですわ」
 雀枝師は薫の出したコーヒーにクリームと砂糖を入れると美味そうに飲む。俺はその姿を見ながら
「やはり本当の理由があったのですね」
 思っていた事が思わず口をついて出る。
「これから話す事は他言無用に願います。これが一門に漏れたらエライ事やから……まず、師匠が亡くなってもうかれこれ十五年経ちます。私ら孔雀一門は師匠 の教えを守って今でも修行しているんですわ。弟子の中でも師匠と同じ高座に上がった経験のある者は今でもその当時の事を忘れるもんではありまへん。でも当 時、まだ修行中だった者は師匠の高座をちゃんと見た者が少ないんですわ。その点、わては一番数多く一緒に出させて貰いました。それはごつう財産になっており ます。
 でも、ある時の事です。わてが師匠から稽古を付けて貰ろた「高津の富」をやってましたんや。丁度、富くじの抽選の場面に差し掛かると、舞台の高座に師匠が座って「高津の富」をやってはるんですわ。驚きですわ、もうパニックになりそうで……
 でも、おかしいのは誰も騒が無いんですわ。これはおかしい? もしかしたら見えるのはわてだけなのかもと思いましてな。何とか噺を終わらせると、高座の 袖で訊いていた弟弟子に訊いたんですわ。そしたら「そんなもん見えしません」と言いよったんですわ。つまり、わてだけに見える幻ですわ。それが、それから 幾度となく出ましてな。良く考えると、師匠と良く共演した場所に限って出るんですわ……
 それで、もう怖いやら、疲れてしまいましてな。それで、東京で修行のやり直しと決めましたんや」
 雀枝師は重い口を開いてやっとの想いで語ったのだろう。全てを語り終えた安堵感が漂っていた。
「間違いなく、師匠だけしか感じなかったのですか? 例えば他の兄弟子なんかは感じなかったのですか?」
「それが、ホンマにそうなんですわ。何処でもわてしか感じないんですわ」
 特別雀枝師が霊感か何かが強い訳ではなかろう。恐らく師匠孔雀に対する想いが一番強いのではないのだろうか? 俺はそう考えた。その事を問うてみると、やはり否定はしなかった。師匠を強く思っている雀枝師が引き込んだ幻だったのかも知れない。
 同じ高座で師匠と共演をする。それは噺家にとって、どんな思いなのだろう? 
「師匠、ここまで出来るようになりましたよ」
 そんな想いを持つものだろうか……
「それは、一門でもさまざまですわ。妙にクールな奴もおれば、わてみたいに、年中師匠の事ばかり言っている者もおりますやろう?」
「師匠は、例えば同じ高座に出た事がある会場で、孔雀師が亡くなってから再びその会場の高座に上がった時に、昔の事を思い出したりしてましたか?」
 そんな事を訊いてみると雀枝師は当たり前と言う顔をして
「そんな事当たり前ですわ」
 そうか、やはりそうなのか……雀枝師は自分で自分の中にある幻影を呼び込んでいたのだ。間違いは無いだろうと思った。
「師匠があないな亡くなり方をして、色々と思わない弟子はあらしません人気絶頂の時に何故……人気が重荷だったのやろか?」
 雀枝師はそこまで言うとコーヒーの残りを口に流し込んだ。

「師匠、実は孔雀師の事なのですが、私が自分なりに気がついた事があるのですが、訊いて貰えますか?」
 俺は、長年孔雀師が自殺した原因について考えて来た事があった。今日はそれを弟子の雀枝師に訊いて貰おうと考えた。
「なんですか? 神山さんが師匠の事で……是非訊かせて下さい! それが分かれば、わての師匠の幻も消えるかも知れまへん」
 そこまで話した時に薫が「何もありませんけど」と言って酒と肴の用意をして持って来た。
「ああ、これはどうもすんません。どうか、お構いなく……」
 恐縮する師匠にビールを注ぐ薫
「じゃあ、三人でまずは孔雀師を偲んで献杯しましょう」
 薫がそう言うので、俺も師匠もグラスを傾けた。
 少し呑んだ処で俺は本棚から俺が録画した「落語研究会」のDVDを出して、目の前のプレーヤーにセットした。VHSで録画したのをDVDに落としたの だ。市販されてるバージョンとは違う。演目は「三十石夢の通い路」だ。演者は勿論、桂孔雀師匠だ。突然の出来事に雀枝師は驚いている。その姿に俺は
「今から孔雀師の『三十石夢の通い路』を掛けますから目を瞑って聴いて下さい。これはDVDですから映像が勿論ありますが、今日は音だけを追って見て下さい」
 俺の言った事に頷いて雀枝師は目を瞑った。俺の隣の薫も真似をして目を瞑る。勿論俺も同じだ。
 やがて、静寂の後、出囃子の「昼まま」が流れる。陽気な出囃子だ。出囃子に乗って孔雀師は出て来るのが手に取るように判る。
 マクラからやがて噺へと入って行く。既に何かを雀枝師は感じているみたいだと気配で判る。さすが本職だと感心する。
 噺はやがて伏見の船着場でのやりとりになった。活気のある場面で笑いも一番多い場面だ。きっちりと笑わしている。
「師匠、きっちりとやってはる……普段と違う……」
 更に噺が進み、船頭さんの最初の唄の場面になった。そろそろ終わりも近い……
「師匠が泣いてはる! 噺をしながら泣いてはる! ボロボロと涙を流していなはる……」
 雀枝師の言葉で薫が薄っすらと目を開けて画面を確認したのを感じる。今までと呼吸が変わったからだ。俺にもそれぐらいは判る。
 やがて、三番目の唄が終わり「三十石は夢の通い路でございました」と語り拍手で終わった。
「全く普段やっていたのと違うバージョンですわ。普段はもっと笑いの多い噺で、それこそ、これでもかとくすぐりを入れてるんですわ……それがこれには全くありまへん。正直、こないな噺やったら向こうでは受けませんわ」
「そして、演じながら孔雀師は泣いているように感じましたでしょう?」
 俺の言葉に雀枝師は頷いて
「それも、驚きました! あないな師匠は初めてだす。いったいどうしたのか……」
 俺はここで自分の推論を展開した。
「私はこう考えました。違っているかも知れませんけど聞いてやって下さい。
 爆笑落語で天下を取った孔雀師匠は一躍人気者になりました。それは、あの頃は毎日TVに師匠が出ていました。噺家として大成功と言っても良いと思います。でも売れる前に師匠は一度精神的に参っていた時期がありました。それはご存知でしたよね」
 俺の言葉に頷く雀枝師
「その頃は落語の事、噺を分析し過ぎて少し病んだそうです。でもあの形の噺を作り上げて成功した。
 でも、それで終わりでは無かった。孔雀師の目標はもっと高いものでした。それをずっと追い求めていました。そして完成させたのが、あの「三十石」です。聴かれてどう思いましたか?」
 雀枝師は聴いた噺を思い出しながら、頷き
「凄かったですわ。大師匠も負けるのではと思いましたわ。素晴らしかったですわ!」
「そう、素晴らしい噺でした。でも、それを演じる場所が孔雀師には残されていなかった。唯一あったのが国立小劇場での「落語研究会」でした。あそこでは至 高の噺だけが演じる事が許されるからです。孔雀師は思っていた噺が出来た喜びと同時に、ここでしか演じられない絶望を感じていたのでしょう。泣いているよ うに感じたのはそのせいだと思います。本当は、爆笑落語では無く、ああいった噺を孔雀師匠は演じたかったのだと思います。でも、普段の高座やTVでは笑い を求められる。それが高じて……それが俺の結論なんです。如何ですか?」
 俺の話を最後まで訊いて雀師は
「全くそうだと感じましたわ。弟子として本当はそれを理解してやらねばならなかったはずやのに、それが出来しませんでした……何時の間にか逃げていたんで すわ。情けない……神山さん。いいもの訊かせて戴きました。桂雀枝、生まれ変わります! もう師匠の幻影に怯える事はあらしません。強く演じて行きます。 師匠が最後に完成させたがった噺をわてが完成させて演じて行きます……」

雀枝師は憑き物が落ちたようにさっぱりとした表情で帰って行った。俺の横で薫が
「同じ噺でも同じ演者でも全く違って聴こえるものなのね。奥が深い……」
 そう言って俺の手を握って来た。これから俺はこいつと夫婦になり長い旅を一緒に過ごして行く事になる。今回の様な事も何度もあるだろう。それを言うと
「そんな事は何でも無いわ。私も勉強になるしね。楽しみなの」
 それを聴いて俺は、握った手を更に強く握りしめたのだった。
 窓からまた金木犀の香りが漂って来た。
「もうすっかり秋ね」
 薫がうっとりとしながらつぶやいた……
 後に、雀枝師は師匠の名前三代目「桂 孔雀」を襲名する事になる。

 了

残すということ…… 

「残すということ……」

 先日、人間国宝に柳家小しん治師匠がなることが決まったが、この時巷の一部で「なるのではないか?」と噂されていた師匠がいた。
 噺家芸術協会の会長の桂音丸師匠だ。入門当初は新作派だったが、途中から古典に切り替えて、今では第一人者と目されている。
 特に圓朝師の残した作品の復活に情熱を持っており「真景累ヶ淵」では故六代目圓生師が「聖天山」までしか演じていなかったのだが、音丸師はこの先も高座に掛けて、録音も残していて、題を「お熊の懺悔」と名づけている。
 噺は前半部分は、高利貸の鍼医・皆川宗悦が金を貸した酒乱の旗本・深見新左衛門に斬り殺されたことを発端に両者の子孫が次々と不幸に見舞われていく物語 で音丸師はこの噺の一応の決着がつくまで演じたのだった。後半部分も名主の妻への横恋慕を発端とする敵討ちの物語は圓生師も音丸師も「今ではつまらない」 と同じように言っていた。
 以前、音丸師匠に佐伯がインタビューしていた。確か「真景累ヶ淵」の「お熊の懺悔」のCDを発売した時で、その意義を訊いたのだった。だがインタビュー は脇にそれてしまい、音丸師匠が何故六代目圓生師がやらなかった処まで演じたのかかがイマイチ良く判らなかったのだ。俺は、これは訊いて見るしか無いか な? と思い始めていた。

 そんな時だった。音丸師匠から直々に編集部に連絡があった。丁度、俺が電話に出ると師匠は
「ああ、神山さん!? ちょうど良かった。実は圓朝師がらみでお話があるのですが、実はスケジュールが忙しくて、時間が作れないのですよ。そんなに急ぐ話でも無いのですが、この前の事件聞きましたよ。それも圓朝師の噺を語っている者として是非お訊きしたいのですが……」
 音丸師がワザワザ電話を掛けて来た理由が判った。要は、この前の盛喬の一件を直接俺から訊きたいのだろう。ならばこちらも佐伯が上手く引っ張り出せなかった師匠の本音を引き出すまでだと思い直した。
「お時間さえ作って戴けたらこちらから伺いますよ。そんなに遠くでは無理ですがね」
「では、申し訳無いのですが、今度の土曜に茨城の五浦温泉で私の独演会があるのです。日曜は朝のうちだけ用事がありその後は時間が取れますから、おいで願えないでしょうか?」
 茨城の五浦温泉は俺も何回か行った事がある。だがそんな場所で師匠の独演会なんて少しおかしいと思ったら
「私の「後援会」の行事を兼ねていまして、バスで行くのですが、私も一緒に行くんです。向こうで到着して温泉に入ったりして、本番はその夜なんですよ。翌日の日曜は見送りだけですから、その後は帰るだけなんです。どうでしょうか」
「判りました。私もその晩は同じホテルに宿を取りましょう。そして翌朝お話をお伺いするという手はずで如何でしょうか?」
 俺の提案に師匠は喜んで承諾した。土日は本来なら取材の日ではない。それはそうだ「東京よみうり版」は公には土日は休日となっている。だが、そんな事は 言っていられない、電話を取り、師匠が泊まるホテルに電話を掛け、二人分の予約を取った。もう一人は薫を連れて行くつもりだった。
 俺と薫は、この前二人で薫の実家に正式に挨拶して「お嬢さんをください!」と頭を下げたのだ。勿論何回か遊びに行き顔なじみになっている薫の両親は『こ んな娘でいいんですか?』と逆に言われてしまった。結納などは無いが、式の日取りだけは決めて薫の実家の近くの式場を予約した。だが未だ式までは半年あ る。そこで俺は給料の三ヶ月分を叩いて婚約指輪を拵えた。
 それを薫に渡すと柄にもなく、あいつは目を潤ませた。
「大事にするね……」
 涙声でそれだけをやっと言って、俺に抱きついて来た。
 俺達は婚約者となった訳だった。初めて会ったあの時からどのくらい経ったろうか、就活の女子大生だった薫は、今や立派な女優業をしている。時が経ち女は変われば変わるものだと思う……

 家に帰ると薫が自分のマンションから荷持を運んでいた。そうなのだ、結婚してもここに住むそうだ。このようになるなら引っ越さなければ良かった。
「お帰りなさい。ご飯出来てるわよ」
 実際、家に帰って何もしないで夕飯が出て来るのはありがたい。薫はこれでも料理は結構やるのだ。これには俺も驚いている。
「じゃあご馳走になるかな」
 そう言って食卓につき、食事をしながら土曜の事を言う。例の音丸師匠の件だ。
「行く! 孝之さんとなら何処でも行くわ」
「仕事はどうなんだ? 大丈夫なのか。土日が潰れるぞ」
 薫の仕事の心配をすると薫は
「大丈夫! 今度の土日はオフなの」
「仕事がらみだけどな……」
「うん、大丈夫! それでも嬉しい!」
 全く、こういう事になると薫は本当に健気だと思う。そんな部分に俺は惹かれるのかも知れない。
「今日はカレーを作ったの。後はサラダと……」
 薫が作った夕食の献立を言いながら並べている。それを見ながら俺はこいつと俺の過ごした年月を思い出していた。諦めの良い俺に対して諦めの悪い薫。中々ユニークな組み合わせだと思った。
 そのまま泊まって行くのかと思ったら
「明日も荷物運んで来るから、今日は帰る。旅行楽しみにしてるからね」
 そう言い残して帰って行った。明日も来ると言う事だ。

 土曜日、俺はツインスパークの助手席に薫を載せて常磐自動車道を北に走っていた。五浦温泉は北茨城ICで降りてその先にある。野口雨情の記念館が傍にある。
「いい天気ね。取材は明日の朝なんだ。私はそこら辺で時間潰してる? それとも邪魔じゃ無かったら居ても良い?」
 薄い色のサングラス越しに横目で俺を見ながら薫は俺の事を気にしている。以前はこうではなかった。自分のしたい事が真っ先で、その次に俺の事情を考えていた。薫の意識が少しずつ変わって来たのだと理解した。
「どっちでも良いよ。でも師匠はお前のファンらしいぞ」
「なら、一緒に居てサービスしちゃおう」
 嬉しそうに言うその表情は、もうすぐ俺の妻になる事を充分に理解している感じだった。
「五浦観光ホテル別館」の駐車場にツインスパークを駐めたのは午後三時を少し回った頃だった。取材する約束をしてあると申し出、身分を明かし、フロントで音丸師匠の一行の事を尋ねると
「午後四時頃の到着です」と告げられた。
 チェックインして先に部屋に入る事にする。海に面した眺めの良い部屋だった。
「混む前にひとっ風呂浴びて来よう」
 そう言って二人で大浴場に行く。ここの大浴場は太平洋が眺められるのが特徴だ。ここの他に本館があるがそちらは海は見えないそうだ。まあここは混浴ではないので騒ぎの元がないので安心出来る。
 風呂から上がってロビーで薫を待っていると、音丸師匠一行が到着した。今夜はここの六階の多目的会場で落語会が開かれる。後援会の人達の他に地元の人に も開放されていて、千五百円の料金で師匠の独演会を聴く事が出来る。会場は300人程入るそうだ。落語の会場としては丁度良い大きさだ。
 ファンクラブの人達が皆降りて、チエックインした後に師匠が降りて来て、ロビーに居る俺を見つけた。
「神山さん早いですね。今夜の高座、見て下さいね」
「何をやるんですか」
「今日は「牡丹灯籠」の「お露と信三郎」の下りから「御札剥がし」までをやります。一番面白い処です」
 そうなのだ。「牡丹灯籠」もお露と信三郎の噺と宗悦殺しの下りの敵討が複雑に絡み合っている噺で、これも最近はちゃんと演じられた事が余りない。敵討の 方がおざなりにされて、お露と信三郎の件と伴蔵の悪事がメインとなっている。噺の中でも特に面白く笑いも多い箇所だ。きっとお客も喜ぶだろうと思ったの だ。
 師匠と話をしていると、女風呂の方から薫がやって来て音丸師匠に挨拶をした。驚いたのは師匠の方だった。まさか女優の橘薫子が俺の連れでこんな場所にいるのが信じられないと言った顔をしていた。
「神山さんと橘さんは一緒に旅行する仲だったのですか?」
 驚きの表情で問い掛ける師匠に薫が
「先日、婚約したんです。やっと捕まえました」
 そう言って笑ってる
「そうですか、それはお目出度うございます。未だマスコミには流れていないですよね。なら私が一番先に知った訳ですね。これは良い! 今夜のマクラで使わせて貰っていいですか?」
 俺も薫もそれを了解した。いずれ劇団から正式な発表がある。それまでのネタだが……
 師匠は「それじゃ、後で……」 そう言って別れた。

 師匠の独演会は午後七時半から九時までとなっていた。途中十分の休憩を挟む。前半の「お露と信三郎」が三十分程で、後半の「御札剥がし」に時間を割り当てるつもりだと思った。
 会場は満員で、俺と薫は一番後ろの隅に何とか座る事が出来た。出囃子が流れて、師匠が登場すると一斉に拍手が起こる。赤い毛氈を引いた高座に師匠が座ってお辞儀をするとまたもや拍手が沸き上がった。
「今夜は、ここ五浦温泉での独演会でございますが、私の後援会の方の他に地元の方も沢山お見えになって、本当に有難いと思っております。一段高い場所からですが、改めて御礼を申し上げます」
 師匠が今夜の礼を言って噺のマクラに入った。途中で俺たちの事にも触れて、会場は一斉に驚きの声が上がった。当然俺たちは立ち上がって挨拶をする。そして、その後噺に入って行った。
 お露と信三郎との出会い。そしてお互いに一目惚れしてしまった様子が語られて行く。音丸師匠は圓生師や正蔵師ほど自分の個性を出さない。だが女性の表現は中々上手いと思う。今日の高座でもお露や下女のお米の演じ方は上手いと思った。
 そして仲入り後にいよいよ今日の本編とも言える「御札剥がし」に入って行く。これは今更あらすじの要らないほど有名な噺だが、ここでもお米の不気味さが良く出ていた。これで、信三郎の描写がもっと真に迫ってれば、歴代の大師匠に引けは取らないと思うのだがそこが惜しい。
 俺は記事や明日のインタビューに使う為に色々とメモをしながら今日の高座を聴いた。

 終演後楽屋を訪れ、明日の十時に後援会の方を見送ってからロビーで取材のインタビューをする事が決まった。師匠は薫のファンだと言ったので、薫がサインをして二人で一緒の写真を撮影した。師匠は大喜びだった。
 薫も師匠の高座に影響を受けたみたいで、部屋に帰ってからも俺に色々と訪ねたり自分の感想を述べたりした。
「圓生師匠のはCDで聴いた事あるけど、生の高座で聴いたのは始めてだったから、ちょっと噺にのめり込んじゃった」
 薫はそう言って敷かれた隣の布団にうつ伏せになりながら俺に今日の感想を述べると
「お噺なんだけど、解決方法って無かったのかしら? 今だったら恋しい人の所には自分から進んで行く子が多いけど、昔はそんな事思いもよらなかったのでしょうね」
 薫はまさに自分が言った通りの事をやったので、今ここに居る訳なのだが……
「まあ、今の常識で考えると噺の理解は出来ないな」
 そう言って部屋の灯りを消すと、隣の布団の薫が滑るようにこちらに移って来た……
 
 翌朝、約束通り十時に俺と薫、そして音丸師匠はロビーに居た。まず最初に、盛喬の一件を俺がありのままに話す。圓朝師の墓で線香の煙の中に師匠が浮かんだ事も含めて語ると音丸師匠は大層感心をして
「やはり、噺家の端くれとして、圓朝師の思いは良く判ります。それは私が圓朝師の噺を復活させて残している事に繋がります」
 話は以外にスムーズに俺が訊きたかった方向に向かっていた。
「師匠はそもそも何故、故圓朝師の噺を残そうと思ったのですか?」
 ずばり核心を訊く。それに対して音丸師匠は少し考えて
「そうですね。最初に圓生師の「圓生百席」がありました。あれは私達噺家にとって、素晴らしい贈り物でした。スタジオでの時間を気にしない録音。それはまさに噺の全てを残してくれたのです。
 あれだけの物になるとコアな落語ファン以外はおいそれと手が出せません。今では図書館にも収められていて気軽に借りて聴けますが、全部を一気と言う訳には行かないでしょう。
 それに、内容は必ずしも高座で掛けているものとは内容が違っています。あれは本来は「落語の教科書」だと思っています。
 ならば、我々はそれを利用し、伝えて行かなくてはなりません。圓生師亡き後それを実行した者は数える程しかおりません。
 ならば、私が力及ばずともやって見ようと思ったのです。ですから、「真景累ヶ淵」の「聖天山」以後の圓生師が残していない部分も含めて録音したのです。
 正直言って、私の力量は圓生師や正蔵師には及びません。でも、逆に私のような色の無い噺家が残しておけば、将来、どの噺家も自分なりに演出を出来ると思ったのです。
 売る側としてはこんな話は載せる訳に行きませんので、今まで黙っていました。でも、先日の一件を聞いて、今日、神山さんから事のあらましをお伺いして、私ははっきりと理解しました。
 私のやった事は間違っていないと……」
 言い切った師匠の顔は晴れ晴れとしていた。俺の横で薫が
「音丸師匠、昨夜のお露さんの描写、女優としてとても感じました。今回一緒に来て師匠の高座を拝見出来てとても良かったです」
 そんな事を言ったのが印象的だった。他に今後の抱負等を訊いてインタビューを終了した。別れ際に音丸師匠が笑いながら
「神山さん。もし、もう一度圓朝師が出て来たら、宜しく言っておいて下さい。こんな老いぼれでも頑張っていますと……」
 その顔はとても晴れやかで、ちょっぴり自負が伺えた。そしてそれは俺の心に何時迄も残ったのだった。

   了

降りて来る……

降りて来る……

 噺家の世界、最も東京の場合だが、前座、二つ目、真打と階級がある。昔は上方にもあったのだが、終戦後に上方落語がほとんど滅びかけた時に無くなってしまった。今では大きな名前を襲名する事がその代わりとなっている。
 東京の場合はそのほとんどが修行年月によって年功序列となっていて、そこに偶にだが抜擢昇進が加わる。
 その為真打が大勢溜まってしまうという現象が起きている。寄席などもそのほとんどが真打で占められていて、二つ目等のもっと経験を積まなければならない若手などの出番はあまり無い。
 そこで、協会は例えば新宿の末広亭などでは「深夜寄席」といって、それぞれの協会が交互に土曜夜の二十一時半から二十三時までの間に四人の二つ目を出演させて経験を積ませている。これなどは、本興行よりもお客が入ることで有名だ。
 又、上野の鈴本では日曜の午前十一時から十二時半まで「鈴本早朝寄席」と出して「噺家協会」の若手二つ目が四名出演する。

 俺は、紙面の「若手紹介」というコーナーの取材で高梨を連れて日曜の朝、鈴本に来ていた。今日の出演は、古今亭志ん七、柳家かかし、三遊亭松葉、林家芍 薬の四名だった。芍薬は協会の動画配信でおなじみの女流だ、彼女だけが若干香盤が上だが、他の三名はほぼ香盤順で真打昇進まではもう少しある。
 古今亭志ん七の最初の師匠は。元は古今亭志ん六という志ん生の最後の弟子と言われた期待の中堅だったが、半年程前に急死してしまい、志ん六の兄弟弟子の古今亭志ん強の預かり弟子となっていた。

 やがて、最初のかかしが登場して「粗忽長屋」が始まった。これは、そそっかしい人ばかりが住んでいる長屋の住人が浅草に遊びに来て。友人の死体を見て驚 き、家に帰って隣の友人に「お前の死体が浅草にあって皆迷惑してるから、引取に行こう」と言って誘い出し、浅草でその死体が自分だと確認してる間に訳が判 らなくなると言う話だ。かかしは柳家らしく、上手くまとめて高座を降りた。
 次は、芍薬で「たらちね」だ。これは八五郎に馬鹿に言葉が丁寧なお嫁さんが来て、言葉が判らずに騒動になる話だ、芍薬はこのお嫁さんの京都言葉を良く出していて、流石に真打間近と思わせた。
 その次が松葉だ。演目は「天狗裁き」で、これは家で寝ていた八五郎が妻に揺り起こされ夢の内容を訊かれるが夢を見ていないので「見ていない」と言うと怒 り出す。長屋の隣人が夫婦喧嘩に割って入るが、経緯を聞いた隣人も夢の内容を知りたがる。「そもそも夢は見ていないので話しようがない」と八五郎は言うが 隣人は納得せず、またも押し問答から喧嘩になってしまう。と言う具合に段々騒動が大きくなり、大家、そして奉行の所にまで行ってしまうが見ていないものは 仕方無い、やがて処刑されそうになったところを天狗に救われるが、また同じ事になる。あわやという場面で目が覚めるので、女房が「どんな夢みたの?」で下 げる噺である。
これも松葉は無難に纏めていた。
 そしてトリの志ん七となった。演目は「片棒」である。この噺のあらすじは……石町の赤螺屋吝兵衛さんは一代で身代を築いたがケチ! 悩みはこの身代を誰に譲るか?。
 自分が死んだら、どのような葬式をするかを、息子三人に聞いて見ることにした。
長男は贅沢三昧でお話にならない。続いて次男は、葬儀と祭りを混同していてこれも駄目。次の三男は……極限まで簡素な方法を考るが、早桶は菜漬けの樽で十 分。運ぶには人手が必要ですが、これだとお金がかかりますから片棒は僕が担ぎます。でも、私一人では担げません、そこが困りものです。すると親父が「な に、心配するな。片棒は俺が担ぐ」
 と言う筋なのだが、志ん七の元の師匠の志ん六は「与太郎噺」で世に出て、売れっ子になった噺家だが、本当は「片棒」のような噺が得意だったのだ。その辺が案外知られてはいない。
 志ん七はまるで二つ目とは思えない落ち着きで噺を進めて行く。余裕たっぷりに見えた。噺の進行を見ていると、次男の場面での神輿の囃子などは師匠の志ん六そっくりだった。俺は正直目を剥いた。
「何だか見事なものですね。こんなに上手でしたっけ?」
 高梨が俺に疑問をぶつけるほど、今日の高座は優れていた。高座を降りると急いで片付けて、通常の昼の部の支度に掛かる。俺は訊きたい事があったので、鈴本の脇で志ん七が出て来るのを待っていた。来月の紙面は志ん七を載せようと思ったからだ。
 待つこと十分余りで志ん七は出て来た
「志ん七さん。お時間ありますか?」
 俺の声に驚いて振り返り
「ああ、『よみうり版』さん。取材ですか!? いいですよ」
 その声に俺と高梨は近所の喫茶店に入り、奥の四人掛けるの席に落ち着く。
「昼未だですか?」
「ええ」
 訊くとそう答えるので、三人とも「ランチセット」を頼む。一応取材費で落とすつもりだが……
「今日は何でしょうか?」
 志ん七は改まって俺に尋ねて来た。
 俺は運ばれて来たコーヒーに口をつけると
「実は今日の高座なんですが、非常に良い出来だったので少しお話を伺いたいと思いましてね」
 そう言って志ん七の顔を見た。すると志ん七の顔が綻び
「今日は師匠が高座に降りて来てくれましたから」
 そう言ったのだ。
「師匠って……まさか志ん六師匠ですか?」
 隣に座っている高梨が驚いて尋ねる。
「ええ、偶にですがあるんです。高座で師匠に教わった噺をしていると、私の後ろの方に師匠が降りて来て、細かいところを教えてくれるのです。今日も、次男の時に師匠が降りて来て祭りの囃子なんかを教えてくれました」
 高梨はどう返事をして良いのか完全に困惑していた。まさか、落語の取材に来てオカルトまがいの話を聞こうとは思わなかったからだ。
「師匠が降りて来ると言うのは、具体的な声が聴こえるとか?」
 代わりに俺が尋ねると
「そうですね。私自身には聴こえるんですよ。あくまで私の心にですよ……」
 そう言って笑っている。どうやら志ん七独特の表現なのかと思っていたら
「稽古を付けて貰った時の注意点なんかを、もう一度言ってくれたりすると『ああ自分は進歩無いな~』なんて思います。でも師匠の注意点は確かなので確実に出来が良くなるのですよ」
 どうやら、志ん七が昔の記憶を蘇らせているのだと思ったのだが
「でも、たまにですが、自分では無い、それこそ師匠が自分に乗り移っている感じになることもありますよ。そんな時は自分でも不思議です」

 取材を終えての帰り道で、高梨は
「どうやって記事にします? まさか、そのままは載せられないですよね」
 そんなことを言いながら俺の方を見る
「前半の部分を引き伸ばして書けば良いと思うぞ」
「そうですね。そうします」
 そんな事を言いながら編集部に帰ったのだが、俺は以前に同じような事を聞いた気がしていた。今日は日曜なので社員は出て来ていない。高梨も「お先に」と 言って帰ってしまった。俺はバックナンバーを探しだして調べて見る気になった。どうせ家に帰っても今日は暇だ。薫の芝居も始まり、あまり来なくなったから だ。芝居は好評らしく、大入りが続いているという。良い事だと思った。
 目的のバックナンバーは直ぐに見つかった。一昨年の六月号だ。ここに志ん七の噺家としての叔父にあたる古今亭志ん丞(しんすけ)師のインタビューが載っている。確か、同じような体験の事が書いてあった。
 志ん七の師匠は最後の志ん生師の弟子であったが、その息子の志ん朝師の最初の弟子でもあったので、その弟弟子の志ん丞師は叔父にあたるのだ。
 インタビューの記事で師匠は
「最近ですね。師匠が乗り移るように降りて来てくれる事があるんですよ」
 そう言っていた。まさか同じ一門で同じような事があるとは……俺は顔なじみの志ん丞師にメールを打って、明日取材の約束をした。

 編集部で残りの仕事を済ませると真っ直ぐと家に帰った。明日はどんな事を訊こうか考えてメモに纏める。
 夜になったので、何処かで食事でもしようと思い、出かける支度をしていたら玄関の呼び鈴が鳴った。誰だろうと思いながらドアを開けると薫が荷物を持ちながら立っていた。
「えへへ、やっぱり家に居たね。お弁当買って来たんだ。一緒に食べようよ」
「お前、芝居はどうした? いいのか、抜けだして?」
 俺の質問に薫は笑って
「今日の夜の部は無いの。それに明日は第一月曜なのでお休みなんだ。だから今夜は泊まって行くから、宜しくね!」
 そう言ってズカズカと家の中に入って来る。
「もう少し遅かったら行き違いになっていたよ。飯を食べようと出かける所だったんだ」
「ふふん、いいタイミングだったのね。やっぱり繋がってる人とは何かあるんだよね」
 薫は鼻歌を歌いながらダイニングに弁当を広げている。
「今夜は結構奮発したんだ……」
 そう言いながら、セットする姿が嬉しそうだった。そんな姿を見るだけでも心が癒やされるのを感じた。

 薫の買って来てくれたお弁当を二人で食べている。薫は種類の違うお弁当を買って来ていて
「この方が少しずつ色々なものを楽しめるでしょう。お得な感じがするの。量を食べる年頃じゃないし、それにお酒の肴にもなるしね」
 薫は俺が買っておいた白ワインを出して来て飲んでいる。無論俺も飲んでいるのだが
「孝之さんは、明日仕事でしょう?」
 そう訊くので
「今日、取材したので、明日は午後からでいいんだ」
 そう言って今日の事を話すと
「じゃあ少しゆっくり出来るね、うれしい~」
 そう言って笑顔を見せた。それは俺に取って悪くなかった。
「芝居は順調みたいじゃないか」
 そう尋ねるように言う薫は笑いながら
「だって、野沢先生、舞台袖でいつも見ているんだもん。でもね、この前なんか舞台袖では無く、照明を当てる部屋で見ていたのだけど、演じてるわたし達、そ の日も舞台袖で先生が見ている感じがして、中には『確実に舞台袖に居た!』って言う子も居てね。それじゃ生霊か幽霊だって言ったのよ」
 俺はそれを訊いて、今日の取材の事を話した。どこか共通する感じがしたからだ。薫は全て訊き終わると
「そういう事ってあると思うな。特に落語は口伝でしょ、想いも伝わると思うな」
 薫は舞台女優らしい事を言って俺を納得させた。

「今日は一緒にお風呂入ろう……ね!」
 そう言ってウインクする。こういう時は何か狙いがあるのだ。
「お風呂でマッサージして! ね、お願い! 孝之さんのマッサージ上手だから」
 やはりそうだったと思った。俺は若い頃、近所にマッサージや針をやる名人がいて、俺はそこに通って色々と教えて貰ったのだ。だから、商売にこそしてないが、ツボ療法やマッサージは本職並なのだった。
「ああ、いいよ」
 頷くと薫は俺に飛びついて来た。やはりこれも悪くない……
 風呂に入ってマッサージをするのは、お湯に入って血行が良くなり、ほぐし易くなるからだ。マッサージしてみると、薫の体は相当疲れが溜まっていた。きっと俺の家に来るのもシンドかったかも知れない。無理して来たなと思った。
 マッサージし終わって湯船に入っていると船を漕ぎ出した。
「おい、湯船で寝ると危険だから上がって、ベッドで寝ろよ」
 そういうと「ウン」と頷いて風呂から上がり、簡単に髪を乾かし、肌に化粧水をつけると風呂場から出て行った。
 俺が風呂場から出てベッドに行くと、既に薫は毛布を纏って寝ていた。例よってその下は何も身につけてはいない。薫に寝られるとこいつの匂いがベッドに染 み付いて、一人で寝る時には思い出して仕方がないのだがな……そう言えば、薫も「俺の匂いのするベッドだと熟睡出来る」なんて言っていたと思い出した。 おっと、これは詰まらぬ惚気だな……
 こんな時、ダブルベッドを買って於いて良かったと思う。隣に潜り込むと「ゆっくり眠れ」と言って軽く髪を撫でて俺も眠りにつく。

 翌日、出社前に志ん丞師の出番のある浅草で待ち合わせ、寄席の隣の喫茶「ナポリ」に入る。
「どうしたんですか、神山ちゃんからメールなんて驚きましたよ。何か悪い遊びの誘いですか?」
 何時も陽気な師匠だが、今日はやけに嬉しそうだ。
「師匠こそ、何かあったのですか? 何か今日は感じが違いますが……」
「うん、それがね。今朝、稽古していたらね師匠が降りて来たんだよ」
 とんでもない事を志ん丞師匠は言った。
「なんですって! 今朝、稽古中の師匠に志ん朝師が降りて来たんですか?」
 俺は、驚いていた。落語会や寄席などの高座なら兎も角、普段の稽古にでも降りて来るのかと思ったのだ。
「そんな驚かなくても、いいよ。一心不乱に稽古をしてると降りて来てくれるんだよ」
 コーヒーを飲みながら師匠は笑って言うが、そんな事日常茶飯事なのだろうか?
「まさか……滅多にあるもんじゃ無いから、嬉しいんじゃない。今朝は『お見立て』をやっていて、師匠が『そこはそうやってやっちゃ駄目だぞ』と言って来た んですよ。私の口から言葉は出てるけど『そこは早過ぎる、もっとゆっくりやれ』とか、『そこはもっと速く、お前の言葉でしゃべれば大丈夫だ』と師匠が傍で 囁くんですよ。そう云う事があるので降りて来るって表現してるんですがね」
 確か似たような事を前にも伺ったと思いだした。そこで俺は昨日の志ん七の事を話したのだ。すると師匠は
「そうねえ……兄さんも本当に心配していたからね……無理ないと思うよ。でもね、これは私の個人的な意見なんだけどね……」
 師匠はそこまで言って残りのコーヒーを飲み干して
「結局、それこそが師弟の強い結びつきだと理解しています。私の事も含めてね。そんな師匠の幻影を呼び込んでしまう程の強い結びつきだったと言う事なんですよ……今はそう理解しています。まあ、今日のように偶に出ますけれどね」
 志ん丞師匠はそう言って爽やかに笑ってくれた。

 薫が言った事も含めて考えると、確かに本当にその師匠の霊が降りて来るのかは兎も角、そんな事が起きても不思議では無いほど強い結びつきで繋がっているのかと考えた。
 そんな事も書いて高梨に記事を渡した。それを読んだ高梨は
「『師弟の繋がり』と題して来月号に載せますね」
 そう言って志ん丞師と同じように笑った。
 一件落着して俺は薫の事を思った。もしかしたら未だ家に居るかも知れないと思い連絡をしてみると
「うん、今夜一緒にご飯食べようと思って買い物してるの。だから早く帰って来てね」
 携帯の向こうでは薫がやはり嬉しそうだった。今日は早引きしてもいいかな? 帰りにはワインを買って帰ろう……そう決めていた。
 
  了

伝説の噺

 少し予定を変えて落語をメインにした話を載せます。「圓朝奇談」と言う話の続編の様なものです。
「圓朝奇談」

「伝説の噺」

 我が「東京よみうり版」は中小出版社だ。自慢じゃないが編集部の狭さでは中々のものだ。それは人の使い方にも現れていて、本来はカメラマンの高梨もその職種での業務が無い時は、色々な仕事をさせられる。今日、彼に与えられたのは、我が「東京よみうり版」には毎号巻頭に噺家のインタビューを載せているのだが、創刊以来過去三十年間のインタビューのリストを作る事だった。
 その高梨が首を傾げながらリストの一部を俺に見せて来た。
「神山さん、これ見てくださいよ。この今から二十五年前のインタビューなんですが、六月号の相手が、柳家柳丈って言う噺家なんですけど、僕全然知らないんですよ。録音なんかも残って無いみたいで……知ってました?」
 柳亭柳丈……随分久しぶりにその名前を聞いた気がする。柳丈は確か最初の師匠は八代目春風亭柳枝で枝太とか言っていた。師匠が亡くなった後に柳家小しん師匠の預かり弟子となり名を、しん左と名乗り、柳丈で真打に昇進。それからは余り名を聞かなかった。
「久しぶりに聞いた名だよ。記憶を手繰ってた」
「どんな噺家だったのですか?」
 高梨は興味深そうに俺に尋ねて来たので、覚えている限りの事を話して聞かせた。
「地味だがしっかりとした噺をしていたと思う。ところで、そのインタビューは何か特別な事でもあったのか? その時期じゃ真打昇進では無いと思うし、何か賞でも取ったのかな」
 俺の疑問に高梨は
「いや、それが記事を読む限りでは協会を抜けて、名前も師匠に返してフリーで活動するって書いてありました」
 そう言ってその六月号の記事を見せてくれた。確かにそのような内容だった。これは引退では無いのか?……フリーになるなんて体の良いことを語っているが事実上の引退宣言だろう。名前も無く、協会の後ろ盾も無い……そんな状況では寄席や落語会は勿論独演会だって出来やしない。第一、その個人的な会の前座だって回して貰えないだろう……そこまでやるなら普通は「廃業」だ。
 今までに廃業する噺家は結構多い。毎年「噺家協会」だけでも二桁は居る。もう一つの「芸術噺家協会」も合わせると、かなりの数になる。珍しいことでは無いが、真打になった噺家が廃業というのは、無いことはないが珍しい。一旦廃業しても、また戻って来た例も数多い。
 だが柳丈という噺家はどうなったのだろうか? 俺は非常に興味が出て来た。そんな俺の様子を見ていた佐伯は
「神山、また余計な事に首を突っ込むなよ。くだらない事にうつつを抜かしてるなら、薫ちゃんを幸せにしてあげろよ。あんだけのいい女を放りぱなしなんだから」
 佐伯は良い奴だが口うるさいのが玉の疵だ。
「ああ、大丈夫だ。変な事に首は突っこまないよ。それに薫は大丈夫だ」
 その時は、それで話は終わったのだが、俺の心の隅に残っていた。

 その事は取材の時についでに柳丈の事を訊いていたのだが、五代目小しん師亡き後、実力ナンバーワンと目されていた小しん冶師匠が人間国宝を授与される事が決まった。そのインタビューの時の取材で、小しん冶師匠が
「そうねえ、もう十年ぐらい前だったかなぁ~ あいつの田舎の近くで落語会をやった時にね。楽屋に尋ねて来てくれた事があってね。名前なんかは師匠が許してくれたからそのまま使ってるって言ってたね……まあ、そうだよね、真打になった名前だからね。捨てちゃうのは勿体無いよね」
 そう言って情報をくれたのだ。
「それで今でも噺家やってるんですか?」
「ああ、確か訊いたら、何でも地元で頼まれればやってるそうだよ」
「それって何処でしたっけ?」
「会津の……」
 師匠がそこまで言った時に思い出した。
「会津から日光に抜けるあたり……」
 俺は何回も礼を言って下がろうとしたが、師匠は
「う~ん、あんまりね、追い詰めない方がいいよ」
 そう言ったのが印象的だった。そして、その言葉に何かを感じたのだった。
 小しん冶師匠は何かを知っている。それが何かは判らないが、普通のことでは無い。そうで無ければ、師匠は何故復帰を薦めなかったのだろう? 今や大勢の噺家が居て、それぞれが皆上手くやっている。ウチの様な情報誌は、そのおこぼれに預かって食べていける情勢だ。一人くらい暮らして行ける余裕のある業界だ。それも下手な噺家ではなかったのだ……やはり疑問が残った。

 家に帰りネットで色々と情報を探るが、これと言ったのは出て来なかった。
 俺の思い過ごしか……そう思いかけた時だった。マンションのブザーが鳴った。こんな時間にやって来るのは一人しかいない……俺は黙って玄関のドアを開けた。
「やっほう! 元気だった? 明日休みだから来ちゃった」
 玄関のドアの先に立っていたのは芸名「橘 薫子」(たちばな ゆきこ)本名「立花 薫」という腐れ縁、もとい俺の大事な彼女だ。この頃は良く俺のマンションにやって来る。無論泊まって行くのだが、最近はニュースバリューが無くなったのか、芸能マスコミの話題にもならない。
 薫は自分の家のように上がり込み、自分でグラスを出して冷蔵庫から梅酒を出して。ソーダで割り、それを二つ作り俺に差し出した。
「孝之さんは明日仕事だから、少しね」
 ソファーに保たれながらも片手は俺の肩に手を差し伸ばして来る。俺も片手を薫の脇腹に回して、二人だけの甘い夜が始まるはずだった。
「今度ね、劇団でお芝居をやるんだけど、わたし、主人公の妻役なの」
「ほう、どんな芝居なんだ?」
「孝之さんなら知ってると思うけど、明治の落語家で談洲楼燕枝って人の話なの」
 談洲楼燕枝は三遊亭圓朝とほぼ同時期に活躍した噺家だ。当時の東京の落語界は三遊派と柳派に別れており、お互いが自分達の寄席で興行を行っていた。中にはこの両派を交互に出演させている寄席もあったが、お互いが一緒に出演するということは基本無かったのだ。その柳派の頭領が談洲楼燕枝で三遊派の頭領が三遊亭圓朝だった。
 一般的には三遊亭圓朝の名前が有名だが、実は談洲楼燕枝も落語界には大きな影響力を持っていたのだ。
「じゃあ、稽古が始まったら忙しくなるな。ドラマはどうしたんだ?」
「うん、今のクールはもう撮影終わったから。次のクールなんだけど、今度は舞台中心だから、大した役は無いんだ。だから……ね!」
 薫はグラスを置くと唇を近づけて来た。抱き寄せて重ねると甘い吐息が漏れる。
「お風呂入って来るね」
 薫はそう言い残すと自分の衣服が入っているタンスから着替えを出すと風呂場に消えて行った。俺はぼおっとしていたが、不意に談洲楼燕枝について調べてみる気になった。燕枝は基本的には柳派だが、今の柳本流ではなく春風亭の系列だ。そして春風亭一門でも柳枝の系列だ。燕枝の師匠は初代柳枝だ。弟子には三代目春風亭柳枝がいる。俺はここに何かを感じたのだ。理由は無い。しいて言えばかの柳丈も柳枝の系列に入る。考えすぎだろうか……

 薫が風呂からバスタオル一枚で出て来た。入れ替わりに俺が風呂に入る。湯に浸かりながらガラス越しの隣のパウダールームを見ると、薫が鼻歌を歌いながら髪を乾かして、とかしている。
「なあ、こんどやる舞台ってどういう話なんだ?」
 ガラス越しの薫に問い掛けると
「あら、珍しい! 何時もは私のお芝居やドラマなんて興味も示さないのに……どうしたの?」
 別に何時も無関心だった訳ではない。画面の向こうで芝居とは言え薫が他の男とラブシーンをしているのを見たくは無いだけだ。
「う~んとね。明治維新のゴタゴタで新しい時代になったら落語なんて、無くなってしまうと考えた初代春風亭柳枝が弟子の談洲楼燕枝に自分が作って好評だった「子別れ」という噺を稽古して伝えるの。談洲楼燕枝は未だ柳亭燕枝の時代で二つ目なんだけど、その噺の才能を師匠に認められて受け継ぐの。背景には戊辰戦争や各地での戦火が描かれて、それこそ命がけで噺を伝えるのよ……そんな話。来週の後半から本格的な稽古に入るんだけどね。見に来てね!」
 無論言われなくても見に行くつもりだ。そうか、面白い話を野沢せいこうは考えるんだと思った。
「野沢せいこうの作か?」
「うん、何でも変な噂を訊いて、それを参考にしたって言ってた」
 変な噂……なんだろう?
「なあ、その噂って知ってるか?」
 薫はガラス戸を開けて
「どうしたの? やけに乗り気で……答えはベッドで待ってるからね」
 髪をとかし終わり、寝る前の肌の手入れも終わった薫はガラス越しにその姿を消した。俺はシャワーを頭から被りながら、やはり柳丈が半場引退同然になったのは訳があると思った。

 薫はその言葉通りベッドの中で俺を待っていた。風呂あがりの火照りを冷ますと俺もバスタオルを脱いでベッドに滑り込んだ。
「その噂って何だ?」
 薫の頭を左手で支えて、右手を顎から体の方になぞらせると
「あん、それはね。先生が言ってたのだけど、そんな事が実際にあったらしいと言うのよ」
 一見何でも無い事のようだが、とてつもない事を言っている。
「芝居の話は野沢せいこうの作なんだろう?」
「そうよ。先生のオリジナルよ」
 でも、本当にそんな事があったらしいと言う噂がある……
「わたしが知ってるのはそこまで……ねえ……」
 その晩、二人は何もかも忘れた……

 翌日、編集部に出ると、高梨に言ってもう一度そのインタビューを見せて貰う。何かヒントになるような事は書いていなかったが、当時の編集長が
「前の師匠の柳枝師からは色々な噺を教わりましたか?」
 という問いに対して
「そうですね。色々と教わりました。「それはとても多くて、言えない演目もあります」
 そう言っていた。一見すると『多すぎて言えない』と言う意味にも取れるが、そのままの意味だったら話は違って来るだろう。
 俺はもしかしたら、柳派には代々伝われている門外不出の噺があるのではないかと思い始めていた。
「まさかな……」
 自分でもおかしな妄想だと思う。第一、そんな事をしても意味が無いだろうと言う事だ。実際落語の噺なんて、その当時のお客に受けなくなると自然に淘汰されて行くものだ。明治からこちらだって演じられて無い噺は沢山ある。かって三遊派の大師匠が演じていたという「名人比べ」と言う噺はかの古今亭志ん生師匠が抜読みで演じただけで、今では通しで演じる噺家は居なくなってしまった。そのようにして朽ち果ててしまった噺は膨大にあるのだ。
 だから、たった一つの噺を代々伝えて行く。なんて言うのは割に合わない事なのだ。だが、俺はこの考えを捨てきれなかった。

 俺は柳丈に会ってみたくなった。田舎に引っ込んだというが、会津と言うが、どの辺なのだろうか? それに未だ存命なのだろうか……編集部の資料では住所等は判らなかった。
 俺は思い切って「噺家協会」に電話してみた。幸い、馴染みの事務員が出てくれた。
「どうしました神山さん。今日は何か?」
「ああ、すいません。実は昔、小しん師匠の弟子で柳丈さんという真打になって間もなく協会を辞めた人がいるでしょう?」
 俺はてっきり辞めたと思っていたのだが
「いいえ、辞めて無いですよ。今でも協会の会員です」
 これは驚いた! てっきり辞めてフリーになったと思ったのだが……
「実はですね。今だから言いますが、柳丈師匠から、『暫くの間、自分が良いと言うまで、協会を辞めた事にしておいてくれないかな? そう対外的に……』そう言われたんですよ。だからこちらの記録は変わりなかったのですが、「よみうり版」さんなどにはあの当時辞めたと言っていたのです。それが昨年ですかね。『長い事ありがとうございました。もう結構ですので堂々と会員である事を公表して下さい』って連絡が来たのですよ。今年、「よみうり版」さんは演芸年鑑出さなかったでしょう。だから判らなかったんですよ」
 俺は本当に驚いてしまった。そしてやはり、これには何かあると、確信を強めたのだった。

 事務員さんは今の柳丈師の現住所を教えてくれた。しかも電話番号もだ。早速電話を入れて、自分が「東京よみうり版」の記者であること。そして取材したい事を申し込むと
「こちらに来て戴けるなら色々とお話しますが」
 と拍子抜けするほど簡単にOKの返事が貰えた。
 だが、これが出張扱いにはならないと覚悟していた。取材する内容が万が一公表出来ない類のものならその価値は無くなるからだ。
 結局自費で行く事に決めた。自費なら薫も連れてってやろうと思う。もしかしたら芝居の糧になるかも知れないと思った。
 薫に連絡すると二つ返事で乗って来た。
「うれし~い。孝之さんとなら何処でも行く! 今度の土日なら未だ暇だから大丈夫よ。また、温泉に泊まりたいな」
 場所は、会津田島だ。泊まるなら少し会津若松方面に戻った所にある「湯野上温泉」だと思った。もう少し行って「芦ノ牧温泉」でも良いが、薫に選ばせたら「湯野上」だと即決した。何でも学生時代に国道121号線を通って、その時「泊まりたい」と思ったそうだ。何処に縁があるか判らない。
 柳丈に連絡をすると「土曜で構わない」との事だったので、「お昼前には伺います」と連絡を入れた。

 金曜の夜に薫は泊まりに来ていた。明日の朝早く出発するからだ。
「今夜は早く寝るんだぞ。明日は温泉だからな」
 俺の言葉をどう受け止めたかは知らないが、やけに素直に薫は言うことを聞いた。俺が風呂から上がってくると、俺のベッドで夏掛けを掛けて寝息をかいていた。そっと夏掛けをめくると何も身に付けていなかった。こいつ、何時もこうして寝るのか……意外と知らない事があると思った。
 俺も夏掛けに入りながら考える。昨年、協会にも会員だった事を公表しても良いと言ったのには訳があると思う。それが何なのかは判らないが、何か代々伝えていくべきものが次の世代に継がれたという事なら、もはや柳丈の役目は終わったのかも知れない。
 そんな事を考えていたら、薫の寝息が首筋に掛かったので、寝返りをして薫の寝顔を見る。舞台が終わったら結婚の準備でもするか……そう思ってるうちに眠りについた。

 翌朝は暗いうちに家を出た。薫は出発して高速に乗る頃にはまた寝てしまった。疲れているのかも知れない。そのままにする。
 行き方は、東北道を白河ICで降りて国道4号から289号に入り更に121号で会津田島に到着する。今夜泊まる湯野上温泉は眼と鼻の先だ。
 地図で調べておいた柳丈師の家を探して行くと程なく見つけた。何と家の前に本人が立っていたからだ。
 道の脇に車を止めて挨拶をする。
「どうも初めまして『東京よみうり版』の神山孝之と申します」
 そう言って名刺を渡す。
「すいません。劇団『役者座』の橘薫子です。今日は落語のお芝居を今度するので、勉強の為に神山さんに連れて来て貰いました。お話の邪魔はしませんのでどうぞ宜しくお願い致します」
 薫が気の効いた挨拶をすると柳丈師は少々驚いて
「いや~橘さんでしたか、我々夫婦でファンなんですよ。後でサイン下さい!」
 逆に喜ばれてしまった。
 柳丈は昔見た時と体格等はあまり変わって無かった。芸人としては華が無い感じだったが、逆にそれが堅実な印象を与えていた。

 家に上がらせて戴くと、柳丈師の女将さんが
「まあ、まあよく遠い所をいらっしゃいました。どうぞ上がって下さい」
 言われて上がるとそこで、薫の事を橘薫子と気がついたみたいで、やはり「後でサイン下さい」とねだっていた。本当にファンなのだろう。
 お茶を出されて口をつけると、いよいよ俺は自分の仮説を話始めた。
「まず、これは私の妄想なのですが、もしかしたら、柳派には一子相伝みたいな門外不出の噺があるのでは無いですか?」
 そういきなり訊いてみると、柳丈師はあっさりと
「ええ、確かにそのような噺はあります。でもそれと私がここに引っ込んだのは関係が無いです。ここは私の故郷なんです。真打になって暫くしてですが、カミさんが喘息になりましてね。色々と医者を変えて見て貰ったんですが、一向に良くなりませんでした。そこで都会ぐらしを諦めてここに引込みました。ここは環境には申し分ありませんから、カミさんの喘息も直ぐに良くなりました。でもここでは噺家としては辛いです。近所の公民館で独演会をやったり、湯野上や芦の牧で演芸の余興で一席噺をする事ぐらいしかありません。そこで土地だけはありあますから、農家をやって生計を立てていました.協会を止めようかどうしようか迷っていたのも事実で、本当は辞めないですぐに復帰を公表するつもりでしたが、こっちで暮らしてると、どうでも良くなりましてね。昨年まで忘れていたんです。それが真相です」
 俺は、多分そのような暮らしをしていたのだろうと思っていたが、やはりその通りだったし、事実はミステリアスでも無かった。
「師匠、その門外不出の噺とはどのような云わくがあるのですか?」
 俺の質問に柳丈師は遠くを見ながら
「そうですね。最初からお話しましょう。これは私も師匠柳枝から聞いた話です。
 その昔、初代柳枝は色々な噺を作りました。一番有名なのが「子別れ」です。これは一門や柳派に広く伝わって行きました。実は、その時に「子別れ」と対になる噺を作ったそうです。でもそれは演じるのが難しく誰でも演じる訳には行かなかった様です。そこで、弟子の中で、これは、と思う者を選んで伝える事にしたそうです。そして、最初のその弟子が談洲楼燕枝だったそうです。
 それから代々、その噺は一人の弟子や、弟子にその候補がいない時は代々の柳枝を継ぐ者が受け継いで行きました。
 そして、私の師匠八代目柳枝は、普段から血圧が高かったので、将来が不安だったのでしょう『枝太、この噺をお前が受け継いでくれないか、私の弟子は皆達者な者ばかりだが、この噺を受け継いで行く器量があるのはお前だけだと思う』そう言ってその噺を私に教えてくれたのです」
「それで、受け継いだのですね」
「そうです。ゆくゆくは私も柳枝を襲名していたかも知れませんが、ああいう形で師匠が亡くなってしまい、襲名も消えて仕舞いました。私は同じ柳派の小しん師匠の所に行きました。他の兄弟弟子は圓生師の所に行きました。やはり彼らには受け継ぐ資格が無かったのですね。その点では私で良かったです。でもそれも、昨年で終わりました」
 それを訊いて、俺には昨年の事がピンと来た。
 柳家小しん治師の弟子の柳家三四師だ。若手ナンバーワンと言われる噺の上手さで、落語会や独演会の切符は直ぐに売り切れる程である。
 その彼が昨年「三四 談洲楼 三夜」と題し、通しで「島鵆沖白浪」(嶋千鳥沖津白浪)(しまちどりおきつしらなみ)を演じたのだった。そうか、考えれば判る事だった。
 あの時で、三四に伝説の噺は受け継がれたのだった。あの会は自分が柳家の正当な後継者だと言う証だったのだろう。あの時の口上でも良く訊けば、色々な意味に取れる発言をしていた。
 今になって気がついたのは、遅かったという事だろう。
「やはり、彼が受け継いだのですね?」
「そうです。彼は師匠に付いて会津田島での落語会に荷物持ちや前座、あるいは共演者としていつも付いて来ました。その時に、彼の筋の良さを見て決めました。それだけの度量がありましたね」
 そうだ、三四なら間違いはあるまい。門外不出の噺はこれからも続いて行くのだ。
「良かったらお聞かせしまようか?」
「良いのですか? 私達門外漢が聴いても……」
「聴くだけなら構いません。その代わりここで聴いた事は秘密にして貰えますね」
「それは、確実に……」
 俺がそう言うと今まで黙って聴いていた薫が
「わたしも誓って……」
 そう言って頷いた。
「なら、それでは……」
 それから、柳丈師匠は俺たち二人を百五十年前の世界に連れて行ってくれた……

 薫が、柳丈師が買って来た三十枚の色紙にサインをして「お昼でも」と言うのを固辞して、俺と薫は会津田島を後にした。
 街道沿いのドライブインで昼食を済まして「塔のへつり」等を見物して旅館に着いた。
 ガイド雑誌によると、この湯野上温泉は「国道121号に並行して流れる大川の渓谷沿いに旅館や民宿などの宿泊施設が25軒点在し、湯の街を形成している。江戸時代には、街道を行き来する旅人たちが、ひと足延ばしてここまで旅の疲れを癒しに訪れたという。源泉が8本もあるほど湯量が豊富だ」
 としてあった。その中でも一番良いとされる旅館に予約を取った。部屋に案内されると、窓の外は渓流が流れていて、露天風呂も全て渓谷が眺められるとの事だった。
「ああ、気持ちが良いなあ~、それにしてもさっきの噺凄かった……落語と言うものに対して考えが変わったわ、わたし……きっと良い演技が出来ると思う」
 薫がそう言って喜んだ。それに対して、俺はどうだろうか? たしかに凄い噺だが、お客に聴かせることの無い噺は果たしてそれで幸せなのだろうか? と思うのだった。
 まあ、良い、とりあえず喜んでいる薫を見るだけでも吉としようと思うのだった。
 未だ陽は高い。今夜も長そうだと思った。

 了
タグクラウド
ギャラリー
  • 氷の音
  • カラスよお前は……
  • テケツのjジョニー 1
  • 浮世絵美人よ永遠に 第二十一話  未来へ (終)
  • 浮世絵美人よ永遠に 第二十話  吉原格子之先図
  • 浮世絵美人よ永遠に 第十九話  広重の得たもの
  • 浮世絵美人よ永遠に 第十八話  広重、江戸の空を舞う
  • 浮世絵美人よ永遠に 第十七話  センターへ
  • 浮世絵美人よ永遠に 第十六話  蔦屋の狙い