「苦い感触」

 この国が内戦に突入してもう3年いや5年は経ったと思う。左翼政権が軍のクーデターで倒れ、軍政が敷かれて10年。その軍政に反発して民主化を叫んで立ち上がったのが解放戦線なのだが、初めは勢いも良かった反政府軍もここのところ戦線は膠着状態だ。国内の地域でも虫食い状態のように支配地域を持っているが、以前として政府軍のほうが圧倒的に有利に進めている。
 俺はそんな政府の役人で、住人の移動調査をしている。これは内戦によって、住民が移動してしまったか、どうかを調査する仕事だ。
 ノートとタブレットを持たされ、国内をあちらこちらと歩いて調査しているのだ。勿論、裏の仕事として住民が反政府ゲリラかどうかを調べるのも仕事のうちだった。いや、それが本当の仕事だったかも知れない。
 国内や市内にはあちこち瓦礫と化した市街地の中で、ゲートを儲登録してある、指紋認証で通行出来るという訳だった。

 ある日、俺は市内の中央にあるゲートに近づいていた。そこから先は反政府ゲリラが多い地域と云われていて、この先に入るには俺も多少緊張を強いられる。胸に忍ばせた護身用の拳銃のありかをもう一度触って確かめた時だった。
「おじさん! ねえおじさん!」
 声を掛けられた方向を見ると、カワイイ顔をした少年……と思ったが少女だった。いや、大きな胸の膨らみを見るともう二十歳ぐらいはいってるのかも知れなかった。髪を短くして、野球のヤンキースの帽子を被っている娘だった。
 色の抜けたTシャッの下は弾む様に胸が踊っていて、ショートパンツから伸びた脚が俺の欲情をそそった。一説によるとボーイッシュな女を好む男は男色の気があるとか本で読んだ事があるが、当たっているかも知れないと実は思っている。だけど、俺はボーイッシュでもひとつだけ条件がある。それは胸が大きい娘が好きという事だ。それだけは違う……

「ねえ、ねえおじさん!」
 娘の声で我に返る。
「うん? なんだ」
「おじさん、政府の役人でしょう。それも住人の調査の」
「ああそうだ、何だ人探しか?」
 実際俺にはそう言う事を訊いて来る人間が多い。無理も無い、買い物に出かけて帰って来たら、一家の者が皆行方不明になってしまった家。学校から帰ったら親がいなくなってた子供……言えば切りが無い……
 だから、その時もそのたぐいだと思っていたのだ。
「違うよ。でも頼みがあるんだ……」
 娘は大きな胸を揺すって媚びたような笑顔で俺を見る。正直、そそられる。
「言ってみな、俺に出来る事なら考えてやる」
「叶えてくれたら、対価は払うからさ……」
 娘はそう言って俺の手を取って自分の胸に導いた。豊かな感触が俺の官能を刺激した。そう云う対価も悪くは無い……
「あたしを、おじさんの助手と言う事にしてゲートの向こうまで連れて行ってくれないかな?」
 俺たち政府の役人には助手を雇う権利が与えられている。その者は俺が助手と申請するだけで、俺と同じにフリーパスでゲートを通行出来るのだ。
 そうか、そうなのか、こいつは美味しい話だとその時思った。
「駄目かな。あたし体には自身あるんだ。おじさんの期待を裏切らないと思うけどな……」
「向こうに何の用事があるんだ?」
 そう俺が訊くと娘はややはにかんで
「彼氏、に逢いに行くんだ……一緒に住む為に。でもここを中々通れなくて……ずっと誰か頼める人が通らないか待っていたんだ」
「どのくらい待ってたんだ?」
「3日……この辺で待っていたの」
 俺は、この娘に同情はしなかったが、よく誰かに襲われないかと思った。
「お前、彼氏と一緒に暮す為に赤の他人の俺に抱かれるのか?」
「だって、それしかお礼出来ないし、ゲートで捕まったら、悪ければ殺されるし、良くても係員にレイプされるし、それなら……おじさんちょっとカッコイイし……」
 多分褒められたのだろうが、実感は湧かなかった。
「ああ、いいだろう!但し、ゲートを抜けたら。すぐにヤルからな」
「本当!? ありがとうおじさん!」
 娘はそう言うともう一度自分の胸を俺に触らせた。

「仕方ないな。でも本当なんだな?」
 もう一度念を押す。
「大丈夫だよ!前金代わりに触らせたんだから……ね!」
 娘は片目でウインクすると俺に腕を絡めて来た。
「いこう! ね!」
 俺はゲートに近づき
「住人調査員だ。こいつは助手だ」
 そう言って身分証を見て
「随分カワイイ助手じゃないか。仕事以外はお楽しみって事か? 羨ましいぜ」
 そう苦笑いをして「通りな!」と言ってゲートを開けてくれた。俺と娘は何の問題もなくゲートを通過して市の反対側に出た。

「さあ、どこでヤル? そうだこの先にいい所がある」
 俺はそう言って娘の手を掴むと脇の路地に入って行った。その時だった……背中に固くて冷たい感触を感じた。反射的に両腕が上がる。ノートもタブレットもショルダーのカバンにいれたまま手を上げる。
「ここまでゲートを通過させて貰って悪かったね」
 若そうな男の声が後ろからした。俺の目の前で娘が小さな声で
「ごめんねおじさん」
 と言い片目を瞑った。

「素直で、良いネ。私は反政府組織軍のものだ。勿論この娘もそうだ。悪いと思ったがあんたを利用させて貰った。このゲートは我々の面は割れているし、この娘の住民登録証は政府にチェックされているからね、ここを通って我々と合流するのが難しかったのだ」
 男は俺の前に周り、AK47を俺に突きつけている。やられた……そう言えばやけに調子の良い娘だと思ったんだ。話が旨すぎるとな……風が埃を巻き上げて行く。
「おじさん、本当にゴメンね。今度会ったら本当に抱かせて上げるから」
 娘がそう言って俺の腕を後ろに回し両手首を縛りに掛かる。
「あまり強く縛らないから、私達が居なくなるまで、ここで大人しくしていてね」
 そう言って俺の手首を後ろで結いた。

「それじゃおじさん、じっとしていてね」
 娘がそう言って男と連れ立って行こうとしたその時だった。いきなり、男の頭から血が吹き出した。続いて娘の腹に穴が開き血が滴り落ちた。ほんの少しだけ遅れた感じで銃声が耳に入った。
 崩れ落ちる二人……音をした方を振り返ると、ジープに乗った政府の狙撃兵が三人こちらへ向かって来た。俺の前まで来ると俺に
「危ない処だったな。こいつらはあちこちで悪さしているゲリラの奴等だ。男は幹部候補らしいし、女は色気で男達を騙して政府軍の秘密を入手していたそうだ。上の方から極秘に、見つけたら射殺する様に、と命令が出ていたんだ。あんたも助かって良かったよ」
 中のひとりが俺にそう言って、これが政府の命令だと俺に告げた。俺は恐らく呆けた顔をしたいたのだろう。
「あんた、大丈夫か?」
 そう言って俺の腕の縄を切ってくれた。切ってくれなくても、簡単に解けたのだが……
「何も殺さなくても……」
 それが俺が最初に口にした言葉だった。
「あんた、そう思うかも知れんが、この娘は結構悪質だったんだぜ。カワイイ顔とイカシタ体に誤魔化されてはいけないな……後で処理隊をよこすから」
 それだけ言うと狙撃隊は砂煙を立てて去って言った。

 殺すことはなかったんだ……同じ国の同じ民族じゃ無いか……多少考えが違うだけで、何故、何故殺し合わないとならないのだ……この娘が誰かを殺したのか?
 そりゃ、色気で沢山の男を誑かしたのだろう……でもそれくらいで……
 気がつくと娘の体が少し動いた。俺は傍に行くと娘の体を抱き上げた。腹の血は止まってはいなかったが即死じゃなかったみたいだ。
「おい!大丈夫か?」
 そう叫ぶ様に言うと娘は
「おじさん、あがとうね。やつらに抗議してくれて……嬉しかった……こんな戦争なんか無ければ、おじさん、正直言ってあたしの好みだったんだ……」
「ばかやろう、俺は未だ30だおじさんじゃ無いぞ、それにお前は俺のドンピシャだったんだ」
 そう云うとかすかに娘は笑って
「やっぱりあたしのこのみだ……」
 それだけを言うと目を静かに閉じて体から力が抜けた……
「せめて、まっすぐ天国に行ってくれよ」
 俺はせめてそれだけを願うのだった。

 それから、俺の中の何かが壊れたのだろう。三ヶ月後俺は反政府軍に参加していた。そして今日も、AK47を持って俺は前線に参加して行く……