自作小説

「夏にて」 5 (終)

 僅か一日にして関係を皆に隠す必要がなくなったので、伯父の家では純子さんと普通に接していた。
 夕食の時に伯母が純子さんの事を自分の姉に告げたことを話してくれた。
「それでどうなったの?」
 思わず先を尋ねてしまう
「姉が言うには、任せるって。もう大人なんだし、離婚して半年過ぎていれば結婚出来る自由も手に入れたのだから、特に何も言わないって。一つ訊かれたのは彰ちゃんの事」
「僕の事?」
「そう。だって姉はあなたの事何も知らないんだから。どんな人物なのかって。だから一通りのことは教えたけど、近いうちに挨拶に行くように言っておいたわ」
 そうなのだ。そのあたりを忘れていた。そんなことを考えていたら純子さんが
「きっと厄介払い出来たと思っていそう。本来なら私に原因があるから私が何か言えた立場では無いけど、母は最初から『家には戻ってこないで』って言われたし」
 突然そんなことを言い出した。僕は彼女なりに色々な想いが腹に溜まっていたのだと判った。思えば純子さんの性格もよく判ってはいないのだと思った。それが通じたのか純子さんは
「母に恨みがある訳じゃないけど、傷ついた時にもう少し優しくして欲しかったって思ったの」
 その言葉は僕と伯母に向けられたのだと悟った。
「だからおばちゃんには本当に感謝しています。この半年本当にありがとうございました。正直言うと、私、彰さんと最初に逢った時に『この人が運命の人』だと直感したの。だから積極的に出たのです。ごめんなさい彰さん」
 別に謝る必要はないとは思うが、積極的とは僕が酔いつぶれていた時に介抱してくれたことだろうか。それともあの時浴衣の下に何も身に付けていなかったことだろうか。
「まあ、いい人が見つかったのいなら何も言う必要はないわ。彰ちゃんは本音ではどうなの?」
 伯母は今度は僕に尋ねて来た。こうなれば僕も正直に言うしかない
「そうですね。簡単に言うと一目惚れってヤツですね。最初に逢った時に風が吹いたんです」
「風?」
「はい。それで純子さんの髪の毛がふわっと揺れて彼女の顔に掛かったのです。その時に惚れました」
 最初、伯母は黙って聴いていたが、やがて吹き出した
「あははは、そうなの。そうなんだ。そんなものかも知れないわね。理屈じゃないからね」
 確かに理屈では説明出来ないだろう。僕もそして、おそらく純子さんも同じだろうと思った。
 その夜は堂々と二人で離れの部屋に居た。彼女は僕に背を向けて着ているものを脱ぎ始めた。そのうしろ姿を抱きしめる
「ああん。まだ脱いだだけです。寝間はこれからです」
「判ってる? これから毎晩こうするんだよ」
 半分は冗談で半分は本気だった。僕は出来れば毎晩彼女を抱きたかった。そして完全に僕だけのものにしたかった。今の彼女には離婚した亭主の影がある。それを払拭したかった。
「望まれる女になります。それが私の喜びになります」
 彼女の体を抱きしめたまま布団に倒れ込んだ。そしてお互いが求め合うように交わった。彼女は僕の胸の下で何度も喜びを表し。僕も彼女に全てを注ぎ込んだ。
 気分が落ち着くと寝間を着て普通に布団に横になる隣には愛しい純子さんが眠りにつこうとしている。その彼女が僕に問かける。
「東京に行ったら二人だけの生活が始まるのですね」
「ああ、そうだよ。僕はスケベだから毎晩求めるよ。覚悟していた方がいいよ」
「大丈夫です。私も彰さなら何度でも嬉しいです」
 人とは不思議なものだと思う。つい三日前の僕には想像もつかない出来事が起きているのだから。
「私とりあえず落ち着くまでは奥さんになります」
「落ち着いたら?」
「仕事を探して、少しでも彰さんのお役に立ちたいです」
「永久就職というのは第二弾だけど」
 その意味が判った時の純子さんの表情が見ものだった。
「芦田純子から柳瀬純子になっても良いということですか?」
「ああ」
 純子さんは抱き合ったまま僕の胸に顔を埋めてしまった。僕はその空きに彼女を再び生まれたままの姿にしてしまう
「ああ、彰さんて」
「なんだい。本当にスケベだって言いたいのかい」
 その返事は唇を求めて来たので聴けなかったが彼女も僕の寝間を脱がせ同じように身につけていない状態になったから、おあいこだと思った。
「今夜は朝までさ」
 その夜は何度も求め合いそして果てた。

 翌朝は太陽が眩しかったは事実だ。
「それではおじさんおばさん。本当にお世話になりました。正孝さん恵子さん、ありがとうございました」
 純子さんはそう言って頭を下げて伯父の家を後にした。バス停に行くまでに
「本当に明け方近くまでするとは思いませんでした。一晩であんなにしたの初めてです。最も経験の回数がそれほど無いのですが」
 純子さんが言うには前の夫は結婚前から彼女がいて、そっちと結婚するつもりだったそうだ。だから結婚の初夜から純子さんはほったらかしにされたそうだ。だから結婚生活でも交わったのは数えるほどだと言う。それなら妊娠などし難いはずだと思った。まあ僕はその事に関しては全く気にしていない。と言うより出会う前のことなぞ考えても仕方ないと思う。誰にでも過去はあるものだし。僕も一時は結婚の約束をした女性が居たのは事実だから。
 バスに乗り一番後ろの席に並んで座る。僕と純子さんの新しい第一歩だ。これからのことは誰にも判らない。神様だけが知りうることさ。僕は純子さんの白いワンピースの背中に手を廻して肩をそっと抱き寄せる純子さんも僕により掛かる。僕はこんな感じがいつまでも続けば良いと漠然と考えていた。


                                            
                      <了>

「夏にて」 4

 翌朝、早々に早起きをする。というのも昨夜のまま純子さんと一つ布団で寝ていたからだ。
「今日、時間を作って伯母さんに話してみるから」
 純子さんはブラを着けてTシャツを被り
「私も一緒にお願いしますから」
 そう言って僕より一足早く離れから出て行った。僕も着替えて出て行こうとすると、隣に住んでいる正孝が顔を出して
「覚悟決めたのかい? バツイチだし彰の両親も賛成するかな」
 僕の顔を横目で見ながら、そんなことを口にする。
「別にバツイチだから反対するようなことはしないと思うけどな」
 そんな反論にならない反論を口にすると正孝は
「まあ純子さんは美人だしな。性格も悪くないから、ここに居ても遅かれ早かれ母さんが誰か世話をするつもりだと思ったけどね。ま、頑張れよ。密かに応援してるから」
 そう言って自分の家の方に戻って行った。僕の知らない間に正孝は色々と情報を仕入れていた。僕でなければ純子さんしかいない。純子さんは正孝に相談していたのだろうか?
 母屋に行くと朝食の用意が出来ていた。伯母と純子さんが用意をしてくれた。
「彰ちゃん。ここに座って」
 伯母に言われた通りの席に座ると純子さんがご飯と味噌汁をよそってくれ僕の隣に座った。
 正面には伯父と伯母がやはり並んで座っている。伯父は最初は新聞を読んでいたが、僕と純子さんが座ると新聞を横に置いた。僕は二人に
「伯父さん伯母さん。法事が終わったら話があるのだけど」
 そう口火を切ると伯父が
「俺もお前に話があるんだ。それも大事な話が」
 この時僕は事態が既に知られているような気がした。ならば先に口火を切ることにした
「僕と純子さんは東京で一緒に暮らそうということなりました。ついてはそれを認めて欲しいのですが」
 単純に伝えた方が良いと思い余計な感情は入れなかった。
「正直驚いたぞ。昨日初めて逢った当人がもうそんな関係になっていたとは」
 伯父の口調は半分呆れ、半分驚いた感じだった。
「夜中、あんなに声が聴こえちゃねえ」
 伯母が薄笑いを浮かべながら呟くと伯父が
「そう母屋まで声が聴こえたぞ。今夜は気をつけろよ」
 そう言って笑って味噌汁に口をつけた。今度は伯母が
「純子も彰ちゃんもお互いが良いなら何も言わないけど、陽子ちゃんが何と言うかだね。純子の母親はあたしの姉だから何とでもなるけどね。あんたからも何か言う?」
 陽子というのは僕の母親の名前で、伯母は僕の母親が何と言うか心配しているのだ。だから兄弟でもある伯父さんに口を利くように言ったのだった。
「まあ、あいつは反対しないだろう。自分だって親の反対押し切って結婚したのだしな」
 僕としてはそれは初めて聞く話だった。
「伯父さんそれ本当なの?」
 驚いている僕の他は三人ととご飯に口を付けている。
「知らなかったのか。陽子さんは親の決めた婚約者が居たんだが、その相手が嫌で友達を頼って親元から逃げて来たんだ。それが弟の友達の彼女のところでな。その縁で知り合ったんだ。確かそう聴いてる」
 初めて聴いた話だった。親は僕にはそんな事情は全く言ってくれていなかった。テーブルの下で純子さんが僕の手を少し強く握った。僕も握り返した。
「しかし、似るのかねえ」
 叔母が伯父のご飯のお代わりをよそいながら言う
「ま、好きあったなら仕方ないんじゃないのか。別に純子さんに問題がある訳じゃないし」
 伯父と叔母は兎に角、賛成してくれたみたいだった。
 食事がお終わると法事の準備をする。昨日のうちに正孝がお寺に花や御盛物などの物を持って行ってるので今日は体だけだった。
 離れで夏の喪服に着替えようとしていたら純子さんが部屋に入ってきて
「着替え手伝います。私は今日は留守番ですから」
 そう言って僕のシャツを脱がそうとしていたので、両手を取って抱きしめ唇を重ねる。純子さんも予感していたのか素直に反応した。
 お互いに絡めあってから唇を離すと
「私うれしいです。彰さんと一緒に住めるなんて」
「明日一緒に東京に帰ろう! 親には後から何とでも説明するから」
 その言葉に純子さんは僕の胸で少しの間咽び泣いた。駄目だ、朝なのにこのまま離れたくなくなってしまった。その気持ちを封印する。
 着替えを手伝って貰って母屋に行くと伯父が
「彰。悪いが今日は運転してくれるか?」
 そう言って来た。もとよりその積りだったし、昨夜自分としては深酒をしたので今日は飲むつもりはなかった。
「いいですよ。今日は飲みたくありませんから」
 それにしても伯父も正孝も僕より遥かに飲んだはずなのに二日酔いの素振りも見せないのは凄い。
 今日の法事には伯父の家族と、隣町に住んでる次男の伯父夫婦が来る。二人の子供は仕事で来られない。後は祖母の姪や甥達だ。僕が運転する車(ワゴン)には僕と伯父夫婦二組と正孝夫婦の七人となる。ワゴンは八人乗りなので問題ない。
 午前十一時から法事が始まるので三十分前には寺に着くように家を出る。門の外で純子さんが見送ってくれた。
 寺は僕も以前に数回行ったことがあるので道は判っていた。二列目に長男の伯父と伯母。と正孝。三列目に次男夫婦という配列だった。正孝の奥さんの恵子さんは助手席に座っている。お互いが声を出して話しているので車内は賑やかだった。すると助手席の恵子さんが
「彰さん聴いちゃった! 凄いね。恋に時間なんて関係ないのね。私何か凄いものを見た気がするわ。だって純子さんて固くて色々な人が声を掛けても素知らぬふりだったのよ。それが……本当に驚き!」
 恵子さんはそう言って嬉しそうに語る。すると正孝も
「そうそう。俺もチャンスがあればと思っていたんだけど、取り付く島もなかったよ」
「ちょっと冗談はやめてね。帰ったらちゃんと説明してね」
 恵子さんが少し中っ腹で言うと正孝は
「だから冗談だって」
 そう言って恵子さんをなだめていた。そうこうしているうちに車は寺について、間もなく法事が始まった。
 墓参りを済ませると「精進落とし」のために予約している料理屋に向かう。ここも前に来たことがあるので道は知っていた。考えると伯父は僕なら道を知ってるからと事で運転を頼んだのだと思った。
「精進落とし」も済むと。引き出物をそれぞれに渡して解散となる。祖母の甥や姪はそれぞれが車で帰って行った。僕は長男の伯父夫婦と正孝夫婦を降ろすと隣町の伯父の家に向かって車を走らせた。来る時は正孝が迎えに行ったのだが飲んでしまったので送るのは僕の役目になった訳だ。車の中で伯父は
「彰、何かいいことがあったそうじゃない」
 そんなことを言ってニヤついている
「もう知ってるんですか。みんな口が軽いな」
「それは柳瀬家の伝統だから」
 伯母が横から口を挟む。僕は仕方ないので
「まあ、一目惚れってやつですかね。そんなことがあるなんて初めてでしたよ」
 そう言ったら今度は伯父と伯母による恋愛論が語られてしまった。ようは皆、僕を肴にしたかっただけなのだと判った。
 伯父の家に戻ると純子さんは幾らも無い自分の荷物を纏めていた。ボストンバッグに二つ程度の量だった。兎に角今日は、もう一泊して明日帰る予定だった。こうなるなら父から車を借りて来れば良かったと思った。
 その日の午後、僕と純子さんは昨日の小川に居た。河原の大きな石の上に二人で座って足を川に着けて涼しんでいた。
「今度来た時は水着を持って来て泳ぎたいですね」
 僕も同じ気持ちだった。
 明日は二人で東京に帰るという想いでいっぱいだった。

「夏にて」 3

 薄明りの中で純子さんは手に何かを持っていた。灯りに目が慣れるとそれが氷の入ったグラスだと判った。
「お水を持って来ました。お飲みになります?」
 純子さんの気遣いに感謝する。
「ありがとうございます」
 起き上がり、受け取って飲もうとすると、純子さんはグラスの水を自分の口に含み僕の唇に重ねて来た。
 口の中に冷たい感触が広がる。それは水だけではなく氷のせいだった。唇が離れると視線が純子さんと重なる
「いきなりすみません。水がお布団に零れたら大変だと思いまして」
 正直、僕は純子さんに女性の部分をかなり感じていたのは事実だ。豊かな胸の谷間や美しい脚に魅力を感じていたのも事実だ。でも出会った初日に唇を重ねるとは思ってもみなかった。
「ご不快でした?」
 上目遣いで僕を見つめる。その眼差しがとても艶っぽかった。
「いえ……でもいきなりなので驚きました」
 それが正直な感想だった。でも今日出会ってからこの時まで僕と純子さんは気が合うと感じていたのは間違いない。
「すみません。実は彰さんが眠っている顔をずっとここで眺めていたのです。そうしたら綺麗な唇にどうしても触れてみたくなってしまって」
 純子さんは正直な人なのだろうか。それともあからさまに心情を吐露する性格なのだろうか。寝ている間ずっと見られていたとは知らなかった。
「嫌だったら純子さんを突き放します」
 そう言って自分なりに微笑んだつもりだった。そうしたら
「こんなことを言える間柄ではありませんが、実はお願いがあるのです」
 そう言って僕に抱き付いて来た。豊かな胸を感じる。これはこれで悪くはない
「お願いって……」
 今日初めて逢った人から頼み事を受けるとは思わなかった。
「私をここから連れ出して欲しいのです」
「連れ出す? それは」
「ここでは不味いですから」
 純子さんの提案で、僕の質問に答える為に縁側に出た。夜空には星が光っていて涼しい風が吹いている。縁側に出たのは部屋だと離れでも伯父や伯母の部屋に声が届くかも知れなく、聞かれる可能性があるからだ。縁側なら反対側なのでその心配はない。後でそう純子さんは語った。
 縁側に並んで座ると純子さんは語りだした。
「離婚して実家に帰れないのは覚悟していました。私の家も田舎なので村の噂が凄いのです。石女と言われるでしょう。だから叔母の家に預けられたのは理解できます。でももう半年になります。半年経てば法律では再婚も出来ます。ここに居るということは体の良い幽閉みたいなものなのです。」
 そうか彼女としてみれば幽閉とそうは変わらないと言う訳なのかと思った。
「で、僕に連れ出して欲しいと?」
「はい。私の思いは図々しいかも知れません。でも誰でも良いという訳ではないのです。今日初めて逢った瞬間に、彰さんが私を救い出してくれる人だと感じたのです」
 つまり俺は王子様と言う訳か。生まれて王子役になるのは初めてだ。
「じゃあ東京に連れて行けと言う訳なんですね」
「ずっとという訳では無いのです。東京では仕事を見つけて独立します。それまで僅かの間置いて欲しいのです」
 正直言って甘い考えだとは思った。確かに僕の部屋は彼女を置いておく余裕はある。実は今の部屋に引っ越したのは前の彼女と一緒に暮らすつもりで少し広い部屋を借りたのだった。だが二股をかけていた彼女は別な男と結婚してしまい、この部屋に来ることもなかった。少しでも一緒に暮らした部屋ならさっさと引っ越してしまうが、今の部屋には彼女の思い出は何もない。忘れたい僕としては好都合だったから、そのまま住んでいるのだ。六畳が二間の二DKだから一部屋は純子さんが住んでも問題はない。
「お金が出来たら家賃も払います」
 まさか家賃云々まで口に出すとは思わなかった。
「伯母さんはどう説得します?」
 純子さんが口に出した答えは僕の想像の上を行くものだった。
「事実関係を作ってしまえば叔母も反対はしないと思います」
「事実関係?」
 僕がその言葉を口にするかしないかの内に僕の唇は純子さんの唇で塞がれてしまった。温かくて濃厚な感触が僕を襲う。先ほどの氷とは違う感触だった。
 先ほどから僕の心に残っていた僅かな灯のような想いが膨らんで燃え盛るのを感じる。唇が離れると僕は純子さんの背中に両手を廻し抱き寄せた。柔らかく蕩けるような感触が僕を襲う。
「部屋よりもここで。ここなら誰も来ませんし、声を出しても大丈夫です」
 その純子さんの言葉に彼女の本気を伺わせた。その言葉を信じ浴衣の胸の合わせから手を滑り込ませる。やわらかく手に吸い付くような肌の感触が僕の心を燃え盛せる。
 手は直ぐに豊かな胸に到達する。手の平より大きな膨らみが心地よい。純子さんは喘ぎ声を漏らさないように再び僕の唇を求める。
 純子さんの腰に手を廻し紐のような帯を解き合わせを開くとその中は何も身に着けていなかった。月明かりに浮かんだ彼女の裸身は美しいと言う凡庸な表現では語りつくせぬ程だった。
「恥ずかしいです」
 蚊の鳴くような声を一言だけ漏らすとその手は今度は僕の浴衣を解きにかかった。彼女の裸身を見て僕も既に固くなっていた。
 お互いが着ているものを全て取り払い、夏の深夜、縁側で僕たちは交わった。全てを彼女の中に放った時僕は確信した
『僕は彼女に一目惚れしていたのだと』
 素裸のまま部屋に戻り再び交わった。もう覚悟は決めた。今度はお互いを理解する為に時間を掛けて体の隅々まで愛し合った。
 裸のままお互いを抱きしめていると。僕の胸元で彼女が
「私、愛し合うって事がこんなにも喜びの大きいものだとは初めて知りました。もう他の人では嫌です」
 それは僕も同じ気持ちだった。これなら伯母にも説明出来ると思うのだった。


「夏にて」 2

 僕が伯父の家に久しぶりに来たのは数年前に亡くなった祖母の七回忌に参加する為だった。本来なら父が列席するはずだが、ここの所体調が良くないので代わりに僕が参加することになったのだ。
 伯父の家には子供の頃、毎年夏休みになると一週間ほど泊りがけで遊びに来ていた。今もそうだが、あの頃も僕が住んでいた街とは違い、自然が多く残っていたからだ。従妹の正孝や明美と近くの小川で泳いだり魚釣りをしたりして遊んだものだった。二人とも僕と歳が近いので話題も共通のものが多かったので、朝から夜寝るまで遊んだものだった。
 そんな想いを持ちながら家の中を歩いて見ると過去の記憶が蘇るが、今の家にはかっての喧騒はない。そんな寂さを感じた。
 祖母の法事は明日なので余裕を持って今日来たのだった。明日の土曜は泊り、明後日の日曜に帰るつもりだった。
 明美が来られないのは自分の仕事のこともあるが、旦那の事情もあった。旦那が明日、海外から長期出張から帰国するのだ。そんな時に家を空ける訳には行かないという理由だった。まあ仕方ないとは思うが、本音では明美と祖母とは仲が良くなかったそうだ。祖母は長男の正孝ばかり可愛がり、明美の事は殆ど無視していたという。最もこれは明美の言い分だから本当の事とは限らないと僕は思っている。事実は明美は理由をつけてまで祖母の法事には出たくなかったという事だった。
 夕食までは時間があった。僕は半ズボンに着替えると近くを散歩することにした。数年ぶりだから、かって遊んだ場所にも行ってみたかった。伯母に
「サンダル借りるよ」
 そう言って適当な足に合うサンダルを物色していたら、純子さんが
「お出かけですか?」
 そう尋ねて来たので」
「ええ、近くをぶらつこうと思って。サンダルを物色していたのです」
 そんな返事をしたら、純子さんは下駄箱から真新しい男物のサンダルを出して
「これをお使いください」
 そう言って僕の足元に揃えてくれた。
「ありがとうございます」
 僕は礼を言って新しいサンダルに足を通した。サイズは丁度良かった。木戸を潜って表に出ると後ろから純子さんが
「私もご一緒してよろしいですか?」
 そう言って後ろから声をかけられた。僕は別に嫌ではないので
「ええ構いませんが純子さんには詰まらないかも知れませんけど宜しいですか?」
 反対に僕が尋ねてしまった。
「彰さんは子供の頃に遊んだ場所に行くつもりなのでしょう?」
 驚いたことに僕の行動の予測までしてしまった。
「ええ、でもどうしてそこまで分かったのですか?」
 僕の質問に純子さんは
「なんとなくです。私なら子供の頃に遊んだ場所に久しぶりに来たなら、ちょっと覗いてみたいと思いますから」
 それを聞いて僕は純子さんは、もしかしたら僕と思考のパターンが似ているのかも知れないと思った。
 僕と純子さんはバスの通っている道をバス停の方に向かって歩き出した。すると不意に純子さんが赤い傘を開いた。
「本当は日傘があれば良かったのですが、生憎これしか目に付かなくて」
 傘は雨用の赤い傘だった。それを開いて純子さんが僕に傘を差しだした。僕はそれを受け取り二人で傘の中に入って歩き出した。何のことはない「相合傘」だ。まあ見ている人なぞ居ないとこの時僕は思った。
「この先の追分から山に入った所に小川が流れていましてね。この時期だと水量が多くなって、そこらあたりが小さな池みたくなってましてね。そこで遊んだものでした」
 僕は昔の思い出を語りながらバス停の先の追分を細い道の方に入って行った。反対側はバスが通っている広い道だった。
「こっちへは来たことがありませんでした」
 確かに通常はこの道には入らないだろう。バスの通りにはこの先に日常のものを売ってる店もあるし。ラーメン屋もある。何もないこちらへは来る用事がないからだ。
「まあ、普通は来ませんよね。この道は山に向かう道ですからね。山に用事がなければ来ませんよね」
 道を進んで行くと脇の雑木林の木の背が高くなって来た。こうなるともう遠くからは二人の姿は見え難くなる。日差しも木の影で大分遮られるようになって来た。
「確かここを入って行くのだったと思います」
 右の方には更に細い道が別れていた。普通の人なら不安で決して入っては行かないだろう。
「大丈夫なのですか?」
 純子さんが不安そうな問いかけをする。
「まあ大丈夫だと思います。僕も数年ぶりですから。正直どうなっているのか判りません」
 無責任な答えだが、ここまでの景色が全く変わっていないので、恐らく大丈夫だろうと推測したのだった。僕は純子さんに傘を手渡して先に小径に入って行った。純子さんも黙って僕に続いた。
 百メートルも歩くと僅かに水の流れる音が聞こえて来た。振り返ると純子さんも気が付いたのか表情が明るくなった。
 更に進んで行くと突然景色が開かれ、目の前には水を湛えた池とそこに流れる小川があった。昔のままだった。
「こんな場所があったのですね」
 純子さんが驚きの表情を僕に見せた。少なくとも少しは純子さんを楽しませたと考えるといい気分だった。
「ここで泳いだのですね」
「ええ、三人でよく泳ぎましたよ。魚釣りもね」
 伯父の家で海パンや水着に着替えてそのままビーチサンダルでここまで走って来たのだった。
「今でも泳げるのでしょうか」
 そんな純子さんの質問に
「今はこの辺りの子も学校や公園のプールに行くのでしょう。今日は結構暑いですが、誰も居ませんね」
 もしかしたら偶然、今は居ないだけかも知れない可能性はあったが僕は今どきの子が小川で泳ぐなんて考えられなかった。
「私泳いじゃおうかな」
 純子さんはそんなことを言って怪しげな笑みを浮かべると、サンダルを脱いでワンピースの裾を両手で持ち上げて小川に入って行った。長く白い脚がまぶしかった。
「冷たくて気持ちが良いですよ」
 ニコニコしながら僕に笑顔を見せた。それを見て僕も小川に入って行くことにした。サンダルを脱ぐと純子さんの後を追った。
 小川の水は確かに冷たく、あの頃もこんなに冷たかったのかと思った
「いや本当に冷たい。こんな水温でよく泳げたと思うな」
 僕の独り言のような呟きに純子さんは
「子供って体温が高いから結構平均なのだと思います」
 そうかも知れなかった。今の子がここで泳がないのも、水温と関係があるのかも知れなかった。
「それにしても純子さんは綺麗な脚をしていますね」
 思わず本音が出てしまった。すると純子さんは
「うっかりしていました。恥ずかしいのを忘れていました」
 そう言って浅瀬に来るとワンピースの裾を下ろして小川から上がってしまった。余計なことを言ったと思った。
 仕方ないので僕も小川から上がって
「帰りますか」
 そう言って元来た道を引き返した。その途中
「私、水着を着ていたら泳いだかも知れません。あ、一人ならですけど」
 そんなことを言って僕を驚かせた。普通は今日初めて会った人間にはこんなことは言わない。純子さんは僕にシンパシーを感じているのだろうかと思った。
 その後家に帰ると正孝が来ていた。
「彰ちゃん。久しぶり。今夜は飲もうな」
 そう伯父と正孝は酒が強い。強いと言うより底なしと言い換えてもよい。ウワバミなのだ。
 案の定、その夜僕は三人で呑んで強か酔ってしまった。
「彰は酒に弱いのう。少しは強くなったかと思ったがな」
 伯父のそんな言葉を朦朧とした状態で聞く
「純子さん。悪いが彰を部屋まで連れて行ってくれんかのう」
 伯父に言われて純子さんが僕の腕を掴む。僕も何とか自力で立とうと頑張る。結局、純子さんの力を借りて離れに用意された自分の部屋に行き布団を敷いて貰い横になった。その後意識がなくなった。
 どのぐらい経っただろうか、人の気配で目が覚めた。
「大丈夫ですか、水を持って来ました」
 薄明りに照らされた純子さんは浴衣のようなものを着ていた。それは寝間着だったのだろう。
「正孝と伯父さんは?」
「もうとっくに寝ましたよ」
 薄明りの中で純子さんが笑っていた。

「夏にて」 1

 田圃の中のバス停で降りたのは僕ひとりだった。バスの前の出口で料金を払って降りるとドアが閉まって、バスは僕に埃っぽい風を放って去って行ってしまった。
 雲ひとつない夏の午後の太陽が僕を遠慮なく照らしていた。蒼い空が都会の育ちの僕には思いの外キツかった。
 汗を掻きながら、バスに乗って来た一本道を少し戻る。凡そ三分も歩いただろうか、子供の頃に見慣れた伯父の家の大きな赤黒い門が見えて来た。伯父は僕の父の兄で長男だった。父は三男だった。
 門そのものは確か車とか大きなものが出入りする時以外は開かず、通常は横の木戸を使って出入りしていた。大門が閉まっているところを見ると、多分今でも変わりは無いのだろう。
 横の木戸には木の取っ手が付いていて、これが閂と一体となっていて、横にスライドさせ押すと簡単に木戸は開いた。昔と変わらない。昔から、この木戸には鍵もかかっていなかった。今はどうか知らないが、恐らくそう変わりは無いのだろう。この辺りの家では、この木戸やここより小さい門の家では門や木戸にインターフォンや呼び鈴が付けてある家が多いが、伯父の家の呼び鈴は門の中に入って家の玄関のところにある。つまり門の内側には入ろうと思えば誰でも入れるということなのだ。
 木目調のアルミサッシで出来た一見豪華そうな玄関の扉の横の呼び鈴を押すと中から返事が聞こえた
「は~い。どなたですか?」
 若い女性の声だった。この家の若い女性となると見当がつかなかった。従妹の明美は東京で暮らしているはずだし、昨夜、伯父の家に行くと言うと
「両親に渡して欲しい」
 と言って封筒を渡されたからだ。中身は両親への手紙と幾ばくかの金銭だった。
「ボーナス思ったより貰ったから恩返し」
 少し照れながら真顔で語った。だから明美のはずが無かったのだ。
 ガラガラと音を立てて玄関の扉が横に開いた。玄関の内側には見た事の無い女性が立っていた。歳の頃なら三十手前で二十台後半だろう。少し痩せ気味で、少し背が高く百六十五センチぐらいはあると思った。赤いノースリーブのワンピースを着ていて白い肌が露出していた。
「東京から来た柳瀬彰です」
 今日来る事は伯父には伝えてあった。この女性が留守番なら伝わっているだろうと思った。
「ああ伺っています。遠いところをようこそ」
 そう言って微笑んだ時に風が抜けて彼女の肩に僅かにかかった髪の毛が揺れた。その時の感じがとても印象的だった。
「どうぞ上がってください」
 僕の持っていた小さなカバンを受け取ろうとするので
「あ、大丈夫です」
 そう言って断った。こんなものを若い女性に持たす訳にはいかない。
 玄関を上がって長い廊下を歩いて行くと皆が集まる広間がある。伯父の家族はこの部屋で食事をしたりくつろいだりしている。ちなみに娘の明美は今は居ないので伯父夫婦とこの女性だけだろう。長男の正孝は隣の敷地に家を建てて別に暮らしている。既に男女二人の子持ちで奥さんは陽気な人だったと記憶している。
 その居間では伯母が待っていた。
「あきらちゃん、良く来たね。暑かったろう。純ちゃん何か冷たいものでも持って来てやって」
「はいおばちゃん」
 純ちゃんと呼ばれた女性は台所に去って行った。
「座って」
 言われた通りに伯母の向かいに座ると程なく純ちゃんと呼ばれた女性が大きめのグラスに麦茶を入れて持って来てくれた。
「あ、すいません」
 お礼を言ってから
「伯母さんこの女性は? さっきおばちゃん、と呼んでいたよね?」
 僕の質問に伯母は
「ああ、驚いたかい? この子は私の姪でね。芦田純子って言う子だよ。半年前からウチで預かってるんだ」
「芦田純子です。よろしくお願い致します」
 純子さんはそう言って頭を下げて挨拶してくれた。
「柳瀬彰です。伯父さん伯母さんからは甥っ子になります」
 僕もそう言って挨拶を返した。でもこの時僕の目は先ほど純子さんが挨拶をしてくれた時に大きく開いた胸に目が行ってしまっていた。痩せているのに思ったより豊かな谷間に少なからず驚いたのだった。悲しいかな男の性で目が行ってしまう。
「果物でも剥いて来ましょうか?」
 純子さんは伯母にそう言うと再び立ち上がって台所に向かった。今度はすらりとした脚に目が行ってしまった。すると伯母が
「綺麗な子だろ。実はね、あの子出戻りなんだよ」
 声を潜めて前かがみになって僕に告げた。
「出戻り……離婚したの?」
「そう半年前にね。私の実家も田舎だから、嫁に行った娘が帰って来るなんて言うと騒がしいし、色々と噂を立てられるから、こっちでホトボリが冷めるまで預かることにしたんだよ。そのうち落ち着けば東京で暮らしたっていいしね」
 伯母はそう言って台所の方に目をやった。
「子供は?」
 僕はそれが気がかりだった。今のこの家に子供の気配は無い。もしかして置いて来たのかとも思ったのだ。親権が向こうに行ってしまったとか。
「ああ、それは大丈夫。子供は出来なかったからね。それで旦那が他所でこさえたんだよ」
 それを聞いて納得した。
「何年結婚していたの?」
「三年半かね。世の中には十年出来なくて苦労して出来た夫婦もいるのにね」
 伯母の声が最後の方が小さくなったのは純子さんが西瓜を切って来たからだ。大きめのガラスの器に西瓜の赤い果実の部分だけをカットして盛って来たのだ。
「この子は西瓜をこういう風にするんだよ」
 伯母が半分呆れ半分笑いながら言う
「だってこの方が無駄なく食べられるし、食べる方だって楽でしょう。スーパーなどではこうやってカットして売ってるし」
 確かに僕の家の方のスーパーでもカットして売っている。僕は一人暮らしだから買った事は無いが結構買う人は多いみたいで、閉店間際に行くと売り切れている事が多い。
「横のフォークで刺して食べてください」
 純子さんに言われて小さなフォークで刺して赤い西瓜の果実を口に運ぶ。西瓜は僕の創造より甘く冷たかった。
 その後明美からの頼みを思い出した。カバンから預かった封筒を出してテーブルの上に置いた。
「これ明美ちゃんから頼まれたんだ」
 封筒をまじまじと見た伯母は
「何だいこれ?」
 そう言って不思議な顔をしたので
「中に手紙と色々入っているみたいだよ」
 そう言ったら封筒を開けて手紙を読みだした。すると伯母の目がたちまち真っ赤になり、そのまま封筒を持って奥に行ってしまった。
 何事かと呆然としている純子さんに僕は少し事情を説明した。明美は中学から高校の頃に悪いグループと付き合っていた事があり伯母さんが学校に呼び出されたのも一度や二度ではなかった。そのことを知っていれば今回の事も伯母が目を腫らしたのも納得できる。幸い純子さんも明美の事もよく知っていたので直ぐに理解できた。
「明美ちゃんも伯母さんや伯父さんに心配掛けたから」
 それが全てを語っていたと思う。
 二人だけになった居間で僕は純子さんに色々と質問をしてしまった。後から考えると随分失礼な事をしたと思う
「純子さんは幾つなの?」
「今年で二十八、彰さんは?」
「僕は誕生日が来ると三十。でも最初は驚いたなぁ、だって伯父さんの家にこんな若くて綺麗な人がいるとは思わなかったから」
「彰さんて見かけより口が上手いのね」
「お世辞でも何でもないよ。僕は本当の事しか言えない性分でね」
 これは本当だった。もう少し口が上手ければもっと出世したかも知れなかった。同期より僕は出世が遅かった。
 後から考えると僕はこの時に一目惚れをしたいたのかも知れなかった。でも今はそれを考える余裕もなかった。
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