自作小説

氷菓二次創作 「出会いと別れ」

 千反田と初めて逢ったのは神山高校に入学間もない頃だった。
 OGの姉貴のたっての願いで「古典部」に入部する事にしたのだった。その入部願いを出しに「古典部」の部室である特別棟の四階にある地学講義室を訪れた。もとより「古典部」には部員はおらず誰も居ないのを見越して職員室から鍵を借りて出向いたのだった。
 だが俺の考えとは違い地学講義室の扉は鍵が掛かっていなかった。不思議に思いそっと扉を開くと教室の窓際に一人の髪の長い少女が外を見て立っていた。少女は俺が扉を開いた音に反応して振り向いた。その瞳を見た時何故だか俺は吸い込まれる様な気がした。そして初対面の俺に向かって
「折木奉太郎さんですね」
 そうハッキリと言ったのだ。俺は何故初対面の人間の名前が判るのか疑問に思ったが、少女が言うのは隣の組との芸術科目の合同授業で一緒になったらしい。しかし、この授業は入学してから一度しか行われていなかった。凄まじい記憶力だと思った。
 少女の名は千反田える。後から里志から聞いた限りでは北陣出の旧家で豪農だそうだ。そこの一人娘だった。そして俺は不思議な縁に導かれて「古典部」に入部した。部員は千反田える、折木奉太郎、福部里志、そして少し遅れて伊原摩耶花の四名となった。

 同じ部活をしている間に、俺は千反田の頼みを聞き入れ、彼女の忘れていた記憶を取り戻す切っ掛けを手助けした。後から思えばこの時にある程度信用されたのでは無いだろうか? 今ではそう考えている。
 千反田は段々と学校の外の事にも俺に同道を求めるようになって行った。当初俺はその意味を深く理解していなかった。俺がその事を理解したのは、二年になった四月の初めの「生き雛祭り」だった。
 艶やかに着飾った千反田の姿を見、その後ろから傘を差して行列をしたのだった。この時俺は自分の気持ちに気がついた。それからと言うもの俺は次第に千反田の考えを推理するようになっていく。言い換えれば千反田の立場で物事を考える事が多くなった、と言う事でもある。
 下級生との行き違いをマラソン大会の最中に整理したり、音楽コンクールで姿を隠した千反田を雨の中迎えに行ったりもした。昔の俺なら到底考えられないことである。でも俺は選択してしまった。何処まで行けるか判らぬがこの道を行くと言うことを……。

 二年の夏休みの初日の夕刻、俺は南陣出の横手さんの家の蔵に居た。降り出した雨に濡れながら佇んでいると、蔵の扉がそっと開かれた。薄暗い蔵から現れたのは白いブラウスに黒いスカート姿の合唱団の制服を身に纏った千反田だった。しかしその表情には精彩が無く顔色は蒼白だった。
「折木さんありがとうございます!」
「どうするんだ? 行けるのか。無理しなくても良いんだぞ」
 千反田の様子を見ると、とても舞台で独唱しろなどとは言えない。
「でも皆さんに迷惑がかかってしまいます。千反田の娘としても行かなくてはなりません」
 千反田はそうは言ったが明らかに無理をしてるのが判った。
「千反田。もう一度言う。無理しなくても良いんだぞ」
 今度はゆっくりと口にした。すると千反田は
「折木さん……わたし怖いんです。何も無かったら怖くも何とも無かったと思います。でも、でも今はあそこで独唱するのが怖いんです」
 初めて見る千反田の怯えた表情だった。恐らく家族以外……いいや今まで誰にも見せたことの無い千反田の心の弱さだった。
 薄暗い蔵の中に一歩踏み入れて千反田をそっと抱きしめた。そこには成績優秀で旧家の一人娘の千反田えるはいなかった。多くの重圧から突然開放され行き場を失った一人の少女だった。
「おれきさん」
 何も言葉は出なかった。ただ、しっかりと抱きしめた。千反田もその躰を俺に預けてくれた。自然と唇を重ねる。何も言わなくても理解していた。この場に留まれば俺も非難の対象になる。それを理解した上での言葉だと言う事を。俺の気持ちはお前と一緒なんだと言う事を……。

 その後はやはり大変な事となったし、俺と千反田の関係も世間に知られる事となった。何れ判ることなのでここには記しない。俺と千反田は学校以外でも自然と一緒に居る事が多くなった。
 千反田は俺にそれまでは語ることの無かった自分の本音を言う事が多くなった。それらは他愛ないものもあったが、自分の将来についての事柄も含まれた。
「折木さんはもう進学先を考えていらっしゃいますか?」
 千反田が俺の家に来て、昼食を作ってくれて一緒に食べていた時のことだった。
「まあ凡そはな。俺の成績なら入れる所優先だよ」
 お世辞にも俺は成績の良い方ではない。かと言って特別悪い方でもない。所謂普通なのだ。
「お前は決めたのか?」
 千反田の作ってくれた野菜ソテーを取皿に盛りながら問うた。
「はい、やはり京都の京大に進もうと思っています」
「農学部があるからか?」
「はい。そうですね。許されるなら日本でも有数の所で学びたいと考えています。東京大学もありますが、京都の方が家に近いもので、父の許しも出そうなのです」
 神山から東京は遠い。神山線の特急で名古屋まで出てそこから新幹線となる。時間にしては四時間半ほどだが事実上半日以上が潰れてしまう。岐阜羽島まで迎えが来たらかなり楽にはなるが、それでも名古屋で乗り換えが必要になる。富山まで出て新幹線という手もあるが時間が掛かるのは変わりない。それに比べ京都ならこだまで直ぐだ。一時間かからない。比べれば京都という結論が導かれるはずだと思った。
「わたし、将来は農学博士の資格を取って神山と陣出の農業に尽くしたいんです」
「嫁に行っても良いと鉄吾さんは言っていたけどな」
「それとこれとは別です。例えばわたしが折木えるになっても農業の道には進めます」
 うん? 今何か大変な事をさらりと言った気がするが。
「あ、これは例えです。はい」
 千反田は真っ赤な顔をしている。俺はここはツッコミどころかとも思ったが
「おれきえる。オレキエル。俺消えるだな」
 詰まらないベタなダジャレでしのいでしまった。
「折木さん。将来もこうやって毎日一緒に食事が出来れば良いですね」
「ああ、そうだな」
 その時は普通にそう思っていた。かなり現実味のある未来だと……。
 千反田は京大に合格し、京都に住まいを移した。俺は東京の三流大学に進学した。俺と千反田は離れ離れとなった。
 当初はそれなりに連絡を取り合っていたのだが、やがて千反田の実験が始まるとそうも行かなくなった。段々と連絡が途切れがちになった時だった。夜遅く千反田から電話が入った。思えば久しぶりの電話だった。
「よう暫くだな。元気にしていたか?」
「はい元気でやってます。こんな遅くにすみません。どうしても伝えたい事がありまして」
 思い詰めたような千反田の声だった。思わず姿勢を正す。
「何があったんだ?」
「はい実は留学のチャンスが訪れたのです。わたしが師事してる教授が交換留学生の相手にわたしを推薦してくれたのです」
「留学か……。どのぐらいなんだ?」
「とりあえず二年です。わたしが希望して成績が良ければ延長出来ます」
「そうか、好条件だな。行くのか?」
「出来れば 行きたいです。でも折木さんと別れるのは辛いです」
 正直言えば日本に居る限りは都合さえ付けば何時でも逢えると思っていた。でも留学となるとそうは行かない。
「留学先はアメリカか?」
 バイオ関係の研究が進んでるアメリカなら得るものも多いだろう
「はいそうです。ニュヨークです。あそこは生活費も高いので裕福な家の者でないと……。授業料は兎も角。そんな事情もあったみたいです」
 アメリカの田舎ならイザ知らず。ニュヨークは家賃も高いと聞く。千反田家ならそこら辺は問題ないのだろう。
「良いチャンスじゃないか。世界最先端の研究が出来るんだろう。大きくなって帰ってくれば良いさ」
 思っていた事と反対の言葉が口から出た。本音では俺が京都に移り住みたいぐらいだった。でもその言葉を飲み込んだ。
「行っても良いですか?」
「ああ」
「本当に行っても良いのですね。翼を使っても良いのですね」
「ああ、その翼で飛んで行けば良い、そして大きくなって帰って来い」
「ありがとうございます」
 その言葉は涙声だった。
 その後は経過を書いておく
 千反田は向こうでも優秀な成績を収め留学を延長するように向こうから求められた。最終的にはアメリカで博士論文を提出して農学博士の資格を得た。神山高校のOB達の間でも話題になった。
 アメリカに行った当初はメール等もあったが、いつの間にかそれも無くなった。それはそうだろう。異国の地での勉学はそれほど甘くはない。俺は大学を卒業して中規模の商社に入社した。主に農産物を扱う商社だった。

 今年久しぶりに高校の同期会が開かれることになった。普段は東京住まいだが休暇を取って神山に帰って来た。会場のホテルに向かう前に母校に寄ってみる事にした。出来れば思い出の教室である古典部の部室、地学講義室をこの目でもう一度見ておきたかった。
 受付でOBである胸を告げ、用紙に書き込んで特別棟の四階に向かう。鍵を借りて来るのを忘れたと思ったが、使用中かも知れないと思いそのまま階段を登った。校舎はそのままで、まるで時間が逆行した感じだった。
 四階は静かだった。もしかして今は使っていないのかも知れないと思った。誰も居ない廊下を歩いて行く。受付で借りたスリッパの音が静かに響いている。地学講義室の扉は鍵が掛かっていなかった。そっと開く。
 教室の中には窓際に一人の髪の長い女性が校庭を見ながら立っていた。俺はその後ろ姿に見覚えがあった。声をかけようとしたら女性がこちらを振り向いた。
「こんにちは折木さん。わたし帰って来ました。あなたのところに」
 その言葉は俺の空白を埋めるのに充分だった。
「おかえり」
 ありったけの想いを込めて……。

                            <了>

「氷菓」二次創作 古典部の皆がコスプレをする

 今年も学園祭の時期がやって来た。神山高校学園祭、通称「カンヤ祭」という。但し、我が古典部ではこの名称は
禁句となっている。それは千反田の伯父であり古典部の先輩でもある関谷純に関わることだからだ。
 真実を知った時、伊原は黙り、里志は欺瞞だと言い、千反田は幼い頃言われた事を思い出し涙を流した。その全ての想いは古典部の文集「氷菓」に込められている。姉貴が言うには古典部の文化祭は昔から何か騒動が起きると言われている。昨年もそれに倣ったのか騒動は起きた。果たして今年はどうだろうか……。

「文集の売り子がコスプレをするのさ!」
「コスプレ言うな!」
 里志が叫び、その口を伊原が抓る
「痛いよ摩耶花!」
「だって、漫研ならともかく、古典部なんだから、それは禁句よ」
 伊原は何故「コスプレ」という言葉を嫌うのだろうか、昨年も少し思ったのだ。すると千反田が
「でも売り子に相応しい格好をさせて売ると言うのは良いアイデアだと思います。もしかしたら話題になるかも知れませんし、また新聞部でも取り上げてくれるかも知れません」
 確かに今まで古典部で文集「氷菓」を売る売り子が仮装していたという記録はない。
「でもやるなら、誰がどのような格好をするのかが重要ですよね」
 次期部長の大日向が尤もらしいことを言う
「発案者の福部先輩は腹案があるのですか?」
 里志は大日向の言葉を受けて
「まあ少しは考えていることがあるんだけどね」
 そう言って嬉しそうな表情をした。それを見た伊原が
「ふくちゃんがこうイタズラげな表情をした時は大抵危ないのよね」
 そう言って鋭い視線を里志に向ける
「さすが、付き合いが深いですね」
 大日向が妙な感心をしている
「まあ僕の勝手な考えなんだけどね。まず千反田さんが十二単の格好になって貰う。これが難しいなら取り敢えずお姫様の格好でも良いかなと思うんだ」
 里志の考えに千反田が
「十二単なんて何処から調達するんですか?」
 そう疑問を呈すると里志は
「衣装に関しては演劇部に協力を願うよ。知り合いが居るんだけど、使わない衣装が相当あるらしい」
 そう言って千反田を安心させた
「じゃあ他の部員はどうするの?」
 伊原が里志に尋ねると
「うん、そうだね。ホータローは旧制高校のバンカラな格好が似合うと思うんだ。破れた学帽やマントに下駄とかね」
 何故俺がバンカラが似合うのかは是非とも問い詰めたい所だ。
「それから摩耶花は江戸時代の町娘。大日向さんはメイド姿になって貰うつもりなんだ」
「ええ、わたしがメイドですか!」
「うん。案外似合うと思うよ。メイドと言っても、明治から大正に流行したカフェのメイド姿ね。古典部だからそこは」
 大日向自身も相当驚いたようだ。すると伊原が
「江戸時代の町娘って?」
「ほら時代劇なんかにも登場する黄色い着物に赤い帯締めてさ」
「ああ、黄八丈ね。それ演劇部にあるの?」
「あるそうだ。以前時代劇を文化祭でやった時に作ったそうだよ。使わないので貸してくれるそうだよ」
 千反田、俺、伊原、大日向と来て、自分はどうするのか、まさか己だけやらないと言う訳では無いよな。
「お前はどうするんだ?」
 直接里志に尋ねると
「僕は光源氏にでもなろうと思ったんだけど、その衣装は無いそうだから、僕は町奉行の同心の格好でもしようかと思ってるんだ」
「同心って頭はどうするんだ?」
「ちゃんと丁髷のカツラを借りるよ。紙で作った安物だけどね。それがあるそうだ」
 俺はここまで里志の説明を聞いていて、ある疑問が浮かんだ
「お前、何でそこまで演劇部の内情に詳しいんだ」
 俺の疑問に里志は、さも当然と言わんばかりに
「そりゃそうだよ。昔から、これらの衣装を作る時に僕たち手芸部が協力したんだから」
 そうか、こいつは古典部員でありながら手芸部員でもあった。
「今年は総務委員会はどうしたんだ」
「それもやるよ。一応副部長だからね」
 里志が当たり前のように言うと千反田が
「本当に十二単なんてあるのですか?」
 こいつは十二単を着ることに抵抗は無いのかと考えたが、ある訳がない事に気が付いた。
「まあ生き雛の時に千反田さんが着たような本格的なものではなく、それらしく見える衣装だね。動き易いしね」
 それを聴いて伊原が
「じゃあわたしが着る黄八丈もそれらしく見える衣装という訳?」
「そうさ、本格的に着物を着る訳じゃないよ」
 伊原はそれを聴いてホッとしたようだった。無理もない、千反田ならイザ知らず、伊原は恐らく一人では着物を自由に着たり脱いだり出来ないのだろう。
「わたしのメイドは簡単に着られますね」
 大日向も同じようなことを考えていたみたいだ。
「じゃあ皆異論は無いね」
 里志が確認を取る。いつの間にかコスプレをすることになっていた。
 そして担当の割り振りが決められた
 一日目  午前 千反田 折木  午後  伊原 福部
 二日目     大日向 伊原      折木 千反田
 三日目     大日向 折木      全員

「なあ、何で俺が三日間出るんだ? お前は最初だけか」
 俺が一覧表を見て文句をつけると里志は
「僕は総務員会があるからね。少し減らして貰ってるよ。僕の代わりにホーターローに頼んだ形になってる。他の部員は二回ずつにしたよ」
 確かに組み合わせを見ると里志が苦心した後が伺える。それは千反田と大日向を組み合わせなかった事だ。わだかまりは無くなったとは言え、出来るなら二人だけにはしたくない。それらを考えると納得しなくてはならないだろう。
「判った。一つ貸しだ」
 俺の言いように里志が舌をぺろりと出した。了解済みということだろう。

 その後、演劇部から衣装やカツラが届いた。カツラを被るのは里志と伊原だ。千反田は地毛を整えるだけで済む。千反田の十二単はやはり本格的なものでは無く、それらしく見えるものだった。
「これなら夏物を着た上に着れば済みます。楽ですね」
 千反田はそう言って自分が思っていたより簡単になりそうなのでホッとしたようだった。それは伊原も同じで前を合わせてマジックテープで留めて、その上に帯を蒔いてこれもマジックテープで留めるだけで済んだ。カツラは被るだけでしかも遠目には兎も角間近で見るとハリボテが丸わかりだった。それを見た大日向が
「伊原先輩はショートカットだから髪はそのままの方がいい感じですよ。被らない方が良いと思います」
 そう言って千反田も同意したのでおかしなカツラは里志だけとなった。
「でも折木さんは良くお似合いですよ」
 千反田は、そう言って俺のバンカラな格好を褒めてくれた。そうしたら大日向が
「千反田先輩は折木先輩がどんな格好をしても、褒めるような気がします」
 そう言ったので他の皆が笑った。
 里志の同心の格好は実は自虐ギャグで、総務委員会といことで同心にしたのだと言う。これもマジックテープで留めるだけの着物風だった。羽織は一応生地は兎も角、見た目は本物に見えた。カツラだけが笑いを誘う
「里志、その格好で総務委員の仕事をすれば受けると思うぞ。学校をそれで見回ったりしてな」
 里志も、それは多少意識の中にあったのだろう
「いいね。そうさせて貰うよ」
 そう言って満更でもなかった。

 結局、印刷した文集「氷菓」は皆売り切れた。これは多少は古典部員が仮装をした事も影響したと思う。壁新聞の隅にも紹介された。
 それ以外に起こった事件に関しては何れ述べることもあると思う。今年は昨年に比べれば穏やかだったと言えるので無いだろうか。但し千反田の十二単姿が評判を呼んだのを付け加えたい。そうさ、あの格好を見れば誰だって……。


                <了>

彼女の秘密  第12話 秘密の真実

 翠は学校から帰ると幸子の居る台所に顔を出した。台所には幸子しか居なかった。
「ゆきちゃんは?」
「買い物に行って貰ってるわ。何か用なの?」
「そうじゃ無いけど、ゆきちゃんが帰っちゃうって聴いたから」
「お兄ちゃんから聴いたのね」
「うん。お兄ちゃんが、ゆきちゃんが向こうに帰る為に、今度の満月の夜に納戸の開かずの扉に入るって」
「まあ、試しよ。本当に書いてあった通りなのか。それに何時の時代に通じてるのか、確かめてみないと怖くて使えないでしょう」
 翠はそれを聞いて少しホッとしたのだった。
「そうか、満月の夜に帰っちゃうんじゃ無いんだ」
「一度向こうに行って様子を確認したら、扉から出ないで引き返して来る、と言う考えなんだけどね」
 幸子は自分でもそうは言ったが、それが上手く行くという確信は無かった。戻ってもこちらには通じていない事もある訳で、そうなったら二度と帰っては来られない。
「上手く行くのかな」
 不安を口にする翠に幸子は
「ゆきちゃんは本当なら今の時代には居ない人なんだから仕方がないわ」
 そこへ高志が帰って来た。
「どうしたの。二人で真剣な顔して」
 高志に幸子は
「あんた。翠が心配するような事言っちゃ駄目でしょう」
 そう言って窘めると
「ゆきちゃんは宗十郎さんが好きなんだよ。出来れば再会させてあげたいじゃない」
 そう言ってゆきの心の内を想った。
「次の満月って何時?」
 翠がカレンダーを確認する。
「来週の金曜か」
 翠がそう言ってカレンダーに赤い印をつける。その時ゆきが帰って来た
「只今帰りました。あれ、翠さんも高志さんも帰れられていたのですね」
 買ってきた荷物を幸子に渡す。それを見て翠は
「ゆきちゃんも折角こっちに慣れたのにね。今度の満月に帰るのね」
 そんなことを言う。高志は翠に
「ゆきちゃんは宗十郎さんに逢いたいんだよ。翠も乙女ならその気持ち判るだろう」
 そう言ってゆきの想いを代弁した。ゆきは自分が考えていたより二人が真剣に考えているので
「今度は試しなんです。試してみて、書物に書いてあることが本当なのかどうかなのです」
「じゃあ、今度は帰って来るの?」
 翠の言葉にゆきは
「私としては向こう側に通じていると判ったら、出ないでそのまま戻って来るつもりなのです」
「通じてると確信したら?」
「そうです。向こう側が見えたら何かを投げてみるという事も考えられます」
「何かって」
「私の持ってるものですね」
 それを聞いて幸子が
「ハンカチか何かにゆきちゃんの名前とか書いて、それを投げたら良いかも知れないわ」
 幸子は、それによってゆきを知る者が向こう側にいれば、それを拾ってくれるかも知れないし、知らなければ、ハンカチはそのままとなると考えたのだ。
「そうですね。何時の時代に通じるのか判らない訳ですからね」
 結局、幸子の提案通りに、白いハンカチに黒いペンでゆきの名前と年月日を書き、それを通じてる向こう側に投げ入れる事になった。

 高志は、ゆきが現れた時の事を思い出していた。確か、あの日は火鉢を貸し出す為に、普段は入らない納戸に入ったのだ。火鉢は丁度秘密の扉を隠すように置かれていたので、その存在を母親や祖母から聞いてはいたが、意識としては普段からは思ってもいなかった。
 それが、火鉢を車に乗せて帰って来たら、自分が置いたサンドイッチも牛乳も無くなっていたのだ。そして扉が開かれ、中に誰がが居たのだ。それがゆきだったと言う訳だ。もし、あの時ゆきは一旦は帰ろうと思って帰ったが、扉が閉まってしまって開かなかったと言っていた。今度もそのような現象が起きればゆきは二度と帰って来られなくなる可能性がある。
「そうなったらどうするんだろう?」
 高志はゆきに直接尋ねた。そうしたら
「その時はその時です。深く考えても仕方ありません」
 ゆきは意外とあっけらかんとしていた。
「だって……」
「こちらに来てしまったのも偶然です。私はあの時、閉じ込められてしまったと思っていました。暫くはその場に留まっていたのですが、何度やっても扉が開かないのいで、それでは反対側に行ってみようと考えたのです。そうしたらサンドイッチと牛乳がありました」
 ゆきは最初の頃の事を楽しそうに語る。それを見て高志は『ゆきちゃんは楽天的なのだと』思った。だってそうだろう。もし自分なら違う時代でこうまで早く対応は出来ない気がした。元の素養が高いから適応力も高いのだと考えた。
 そして金曜がやって来た。夕食は全員が揃った。雄一も今日は早く帰って来ている。陽子は旦那がハワイから帰って来るというので、自分の家で待っている。
「全く、私だってゆきちゃんとお別れがしたかったのに」
 昼のうちに来て散々ゆきと話し込んだのだ。だから今は居ないのだ。
 高志が表に出て空を確認すると天空には満月が登っていた。
「満月出たよ」
「そうですか。では確認して来ます」
 今日のゆきは来た時と同じ格好をしている。梅の柄が染め抜かれた絣の着物姿だ。だが懐にはこの時代の絹のハンカチを持っている。それには今日の年号と日付。それにゆきの名前が書かれている。
「何かあったら直ぐに帰って来るのよ」
 幸子の言葉に深く頷くゆき
「では行って参ります」
 ゆきはそう言って、四つん這いになり、少しずつ進んで行って闇の中に溶け込んで行った。そして二度と帰っては来なかった。

 暗い闇の中を少しずつ進んで行く。あの時もこんなに長かったろうか、と思った。やがて灯りが見えて来た。ここでゆきはおかしいと思った。普通なら扉が綴じているので、こちらから開けないと暗いままだ。しかし近づいて見ると扉が開いていたのだ。だから灯りが見えたのだった。
 ゆきは戸惑ったが、計画ど通りに懐からハンカチを出して灯りの先に投げ入れた。暫くは変化が無かったが、やがて
「ゆき、ゆきなのかい?」
 それはゆきが知っている限り宗十郎の声だった
「宗十郎さま!」
 懐かしさと嬉しさと愛しさで胸がいっぱいになった。
「そこに居るなら出ておいで」
 宗十郎の声に誘われるように扉から姿を現した。
「ゆき!」
 そこには間違いなく宗十郎が居た。だがそれは現代で写真で見た宗十郎の姿だった。
「お前を待って三十年以上過ぎてしまった。お前は昔のままだが、私はこんなに歳を取ってしまった」
 そう、宗十郎は既に五十を過ぎていた。でもゆきには関係が無かった
「そんなの関係がありません。わたしにとって宗十郎様は宗十郎様です」
 宗十郎が両手を広げるとゆきは吸い込まれるように腕の中に落ちたのだった。
 ハンカチを使用人がすぐに見つけ宗十郎に伝えたので直ぐに宗十郎が現れたのだった。

 その後のことだけを簡素に書いておく。
 ゆきが帰ったのはかなり時代が下がっていた。宗十郎は、ゆきの戸籍をつ作ることになり、土地の権力者だった彼は、役場に掛け合ってゆきの戸籍を作った。その時に名を「ゆき」ではなく「雪子」としたのだ。これは宗十郎の配慮で、明治の初年から、数十年も行方不明になっていた篠山ゆきと同一人物である証明が出来ないので、その子としたのだ。ゆきの私生児扱いとし、新たに「篠山雪子」としたのだった。
 翌年、雪子は宗十郎の三番目の妻となり、更にその翌年に男子を産んだ。この赤ん坊が陽子の旦那の高一郎の祖父なのだ。全ては繋がっていたのだった。
 
一方、現代の深山家では、ゆきが扉に消えた翌日に陽子と高一郎がやって来て、雪子の以前の名がゆきだったと証言したのだった。
「おお父さん。なんでそれを早く言ってくれないのよ」
 幸子が怒って言うと高一郎は
「だって俺ハワイで知らなかったし、それにこれは深山家の秘密だからって親父から言われていたしな。親父も爺さんから言われていたそうだ」
 そう言って自己弁護した。でもそれを聞いて幸子はゆきが自分の曾祖母である雪子であることが判り、あの時時代は下がっていても宗十郎に出会えたのだと判って、心の底から良かったと思った。高志と翠が帰って来たらちゃんと教えてあげようと思った。
 仏壇から雪子の位牌を取り出して亡くなった日付を確認する。
『昭和四年五月十九日』
 と書かれてあった。没年齢五十三ともあった。宗十郎が亡くなったのが大正十年だから、ゆきは明治の終わり頃に戻ったと判った。
 一つだけ以前と違ったことがあったのが、納戸にあったあの古いアルバムで、大正時代に撮影した宗十郎の写真の隣にあった写真が剥がされていたのだが、写真が戻っていたのだ。そこには宗十郎と雪子が一緒に写っていた。それを見た高一郎は
「俺が聞いた限りでは、雪子おばあさんは、『向こうでも一緒に居たいからこの写真を一緒に焼い欲しい』って頼んだそうだが、何で戻っているんだ」
 そう言って不思議がったが幸子はその理由が判る気がした。きっと、戻ったゆきは宗十郎と強い絆で結ばれていたのだと。だから写真は必要無かったのだと。
 幸子は時々、スマホで撮影したゆきと一緒の写真を取り出して眺める。あの頃はまさかゆきと自分が繋がってるとは考えた事もなかった。そう思うと何か特別貴重な体験をしたのだと思うのだった。

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参考 家系図

宗十郎-------幸子の曾祖父-------幸子の祖父------高一郎--------幸子-------高志 翠
 │                    │    │
雪子                   陽子   雄一

彼女の秘密  第11話 扉の真相

 ゆきは毎日午後に時間が出来ると、納戸から出して来た書物を読みふけっていた。少しずつ読んで行くうちに、深山家の事も色々と判って来た。
 それによると、この深山家は元は平家の配下の武士で、かって源平の戦いに参加してそうだ。そして、負けてこの地まで同僚と三人で一緒に逃げて来たそうだ。当時の関東は未開の地で、しかも当時の利根川下流は湿地帯で畑や田圃に利用出来る地は少なかった。要するに人の住めない地だった訳だ。追手が来ないような地域だったのだ。
 そしてこの地に住み着く事を決めたのだった。この地に住み着き、同僚と一緒に開梱して行ったのは言う間でもない。
 ゆきが注目したのは、開梱が進むうちに同僚の二人が相次いで亡くなったことだ。当時の深山の祖先は自分の家の隅に祠を立てて亡くなった同僚の冥福を祈ったそうだ。書物にはその場所は明記されていなかったが、ゆきは
『もしかしたら、その場所は納戸の場所だったかも知れない』
 そう考えた。当時誰も住まなかった場所である、この地に何か無ければ時空が歪むような場所は現れないと思ったのだった。勿論、彼女が時空云々と言う言葉は知らない。少なくともそれが霊的な効果を産んだ可能性はあると考えた。そのことをゆきは食事の時間などに深山家の家族に話してみた。
 すると夕食に呼ばれて来ていた陽子が居て
「お爺さんは、ハワイが気に入ったから暫く滞在するそうよ」
 そんなことを言っていた。そして
「それで納戸の秘密は判ったの?」
 そうゆきに尋ねた。
「それが、その部分は未だなのです」
「そうか。でも未だ読んで無い所もあるのでしょう?」
「はい。あと一冊ありますから」
 ゆきの前向きな返事を聴いて幸子が
「命からがら一緒に逃げて来た仲間だものね。祀られた方も喜んだと思うわ」
 そんなことを言ったので陽子が
「だからあそこだけ特別になったのよ」
 そう言って一人で頷いていた。ゆきは、そんなこともあるかも知れないとは思ったが、今は出来た理由よりも、その仕組みを解明する事の方に興味があった。
 書物は最後の一冊に入っていた。これに書かれていなければ、全てが無駄に終わる。ゆき自身は月の満ち欠けが何か関係がるのでは、と思っている。それはこちらに来た時に幸子に言われた事もあるし、あの日、お祝いの夜が新月だったからだ。新月は月が出ない。言い換えれば新しい月の誕生する日でもあるのだ。だからこの夜に祝の宴を催したのだ。そのことを確かめたかった。
 もう最後の書物も後半に入ったところだった。ゆきは遂にその記述を見つけた。その部分を意訳すると
「この家の納戸部屋にある扉は開けてはならぬ。もし開ければその者、その場に居ること叶わず。新月の夜には己の見果てぬ場所に、満月の夜には祖先の地へと向かうことなり。このこと決して口外ならず」
 ゆきは興奮していた。やはり月の満ち欠けが関係していたのだ。しかも新月の夜には未来に。満月の夜には過去に行く事が出来るのだ。だが、書物には最後にこう書かれてあった。
「その時、その時で何処に通じるのかは神の召すままとなる」
 つまりどの時代に通じているのかは判らないのだ。だから、ゆきがこの次の満月の夜に納戸の扉を開けて入っても、何時の時代に行くのかは判らない。明治より前の江戸時代かも知れないし、つい十年ほど前かも知れない。でも、例えば慶応三年あたりだと篠山ゆきという人物が二人現れることになる。それを考えると、同時代に二人が存在する時空には通じていない気もするのだった。
「まあいいか。正体が判っただけでも良しとしましょう」
 ゆきは書物を納戸に返すと幸子の居る居間に顔を出した。高志も翠も珍しく一緒にテレビを見ている
「何か特別なことをやっているのですか?」
 ゆきは正直、このテレビというものが良く理解出来ない。空を電波が飛んでそれをこちらで受けて色々なものが見られるという事だが、理屈では理解しても感覚が追いついていないのだ。
「ああ、ゆきちゃん。面白いものをやってるのよ。過去から来た人だって。自称、幕末から来たと言ってるんだって。ゆきちゃん見たことある?」
 翠が画面を指しながら言うので、ゆきも画面を見て見る。すると
「ああ、この人は幕軍の格好をしていますね」
 画面を見ると確かにその人物は黒い軍服を身にまとい、腰には二本の刀を挿していた。本当は銃も持っていたそうだが、取り上げられてしまったそうだ、多分、腰の刀も取り上げられるだろう。
「ええ!じゃあ本物?」
「それは判りませんけど。私みたいに次から次に過去から人が来るという事があるとは思いません。それより、あの扉の秘密が判ったのです!」
「ええ! 判ったんだ?」
 幸子が興奮して反応した。自身も一度過去に行った事があるから尚更だった。
「はい、新月の夜は未来に。満月の夜は過去に通じるそうです。でも何処の時代に通じるのかは判らないそうです」
「そうかぁ。それが判れば、ゆきちゃんも帰れるのにね」
 幸子がそう言ったが、自分が帰ってこられたのは運が良かったからなのか、その日の内だったので未だ通じていたからなのかは判らなかった。
「次の満月ってもうすぐですよね」
 ゆきが、そう言ってカレンダーを見つめるので幸子が
「え、いきなりやって見るの?」
 驚いてゆきに尋ねる。
「まあ、それもありかなと思いまして……わたし本当の想いを告白しますと、宗十郎様に逢いたいのです」
 その如何にも少女らしい想いに幸子も高志も翠も同情するのだった。
 
 数日後、幸子はゆきと納戸にあった古いアルバムを見ていた。
「この人が宗十郎さん?」
「はいそうですね。もう六十ぐらいですかね。でも若い頃のままです」
 ゆきが写真の説明をして行く。
「でもこの隣にある写真はどうして剥がしてしまったのかしら」
 幸子の疑問に
「私の想像ですが、ここには宗十郎様の奥様の写真があったのではと思います」
「うん? だって前の所に二人はそれぞれ写っているじゃない」
「だから三番目の奥様です」
「ああ、私のお爺さんを産んだ人ね。私たちと直接血が通じてる人。もしそうなら見てみたかったし、出来れば逢って色々と話してみたかったな」
 幸子はこの深山の一人娘だから尚更祖先に対する想いが強い。
「やっぱりこの次の満月の夜に一度行ってみようかと思います。駄目なら戻ってくれば良いのでは無いでしょうか?」
 幸子はゆきの想いに
「そうねえ。私としてはゆきちゃんに何時までも居て欲しいけど、そうも行かないか。最近良く訊かれるのよね、あの可愛良い娘は誰ですかって。適当に誤魔化しているけど、それも何時まで続くか判らないしね」
 二人で相談した結果、次の満月の夜に一度は試してみる事にしたのだった。

彼女の秘密  第10話 書物の秘密

 ゆきは朝起きると朝ご飯の準備をする。深山家の朝はパン食なので、ゆきが出来ることは少ないのだが、それでもハムエッグや生野菜のサラダぐらいは出来るようになった。たまにご飯の時は本領発揮で、だし巻き卵等も作る。
 雄一や高志、翠が出て行ってしまうと、家の掃除にかかる。これも、ゆきからすれば手抜きに感じられるものだ。掃除機で埃やゴミを吸い取り、必要な場合は雑巾がけをするのだが広いこの家は全部を使っている訳では無いので前の時と比べれば簡単に感じるのだ。
 掃除をしている間に洗濯機が洗濯をしてくれる。最初は戸惑っていた洗濯機の使い方も慣れた。洗剤や漂白剤の使い方、それに柔軟剤等も使いここなせるようになった。
「前の頃はむくろじが洗剤でしたからね」
 ゆきはそう言って現代の洗剤の効果に驚く
「むくろじ、ってなぁに」
 翠が尋ねるとゆきは
「羽つきの羽根に付いてる黒い玉がありますでしょう」
「ええ、あるわ」
「あれは、むくろじの実なんです。あれは洗剤として使えるんですよ」
「それは知らなかったわ」
「まあでも泡ばかり立つんですけどね。水を張った、たらいに二三個入れて揉むと泡が立つんです。それで洗濯をします」
 ゆきにやり方を聞いて翠は昔の洗濯の大変さを想うのだった。
 こんな感じだから、家事は午前中の早い時間に終わってしまう。昔では信じられない事だった。その空いた時間を使ってゆきは、納戸に仕舞われている、この家に関する書物を探して読んでみることにした。もしかしたら、帰れる可能性を見つけられるかも知れないのだ。
 ゆきは幸子の許可を貰って納戸に入った。灯りを点けると棚を調べ始めた。幸子に聞いたところでは、今で言うA4位の大きさの和紙に書かれたものを表紙を付けて綴じたものだという。
「表紙は茶色ね。納戸のどの辺りかは忘れちゃった」
 確かに恐らく一度か二度開いて見ただけの昔の書物なぞ、どこに仕舞ったかは忘れてしまうだろうと思った。
 手前の棚には見つからなかった。そこで棚の前の荷物をどかして奥を確認する。そんなことを繰り返していたら黒い紙が使われた古い写真のアルバムを見つけた。表紙には大正十年と書かれてあった。捲って行くと手が止まった。ゆきの視線の先のアルバムには一人の老人が椅子に腰掛けていた。場所はゆきも知っている、かってあった深山家の庭園だった。後ろには池が写っていた。景色も懐かしかったが、ゆきにはその老人の方が重要だった。
「宗十郎様……」
 写真の下には
「宗十郎、米寿の祝」
 と記されていた。
「長生きされたのですね」
 その他はゆきが知っている人物は写っていなかったが一枚だけ剥がされた後があった。そこには誰が写った写真があったのか判る由もなかった。
 そんなことを繰り返しているうちにお昼になってしまった。急いで台所に向かう。台所では幸子がお昼の用意をしていた。
「すいません。何度で夢中になってしまって」
「何か良いものがあった感じね」
 幸子の表情を見ながらゆきは
「はい、宗十郎様の米寿のお写真を見つけてしまいました」
 ゆきの言葉に幸子は記憶を手繰らせながら
「ああ、そう言えば古いアルバムよね。そう言えば、あのアルバムに一枚剥がした後があったでしょう」
「はいありました」
「あそこにあった写真には誰が写っていたのかしらね」
「幸子さんも知らないのですか?」
「うん。私のお母さんなら知ってるかな? こういう時には来ないのよね。ま、それよりお昼食べちゃいましょう。食べたら私も少し出かけて来るから、ゆきちゃんは夕方までゆっくりと探すと良いわ」
「ありがとうございます!」
 お昼は幸子が作っておいたサンドイッチだった。無論高志と翠も分も作ってある。冷蔵庫の中を見せて
「これとこれは子供たちの分だからね。ま自分で見つけるでしょうけどね」
 そんなことを言いながら昼食を終えた。
 幸子が出かけるとゆきは再び納戸に入った。結局手前の棚からは奥からも見つけることが出来なかった。次に奥の棚に取りかかる。
 同じように探していたが、思ったよりも重い物があり、ゆきの力では動かせなかった。
「何かここが怪しい。こんなものを置いてその奥にあったりして」
 独り言を言うと後ろから
「僕が手伝おうか」
 高志の声がした
「あ、お帰りなさい。もうそんな時間ですか?」
「いいや今日の午後の授業が中止になったので帰って来たのさ」
「中止ですか?」
「ああ、今日は外の講師の授業だったのだけど、講師が急遽来られないので中止になったんだ。その分は何処かでやる事になるだろうけどね」
 高志はそう言って説明をした。
「それより、それ重いんでしょう。手伝うよ」
 高志はそう言って納戸の奥に進み棚に鎮座してる箱に手を掛けた。
「こら重いね」
 今度は更に力を入れる。そうすると少しだけ動いた。
「おっ、この後ろに何かある本みたいだ」
 高志の言葉にゆきも手伝ってやっと動かすことが出来た。
「これかも知れないよ」
 高志は数冊ある書物を全部出してゆきに見せた
「五冊ですか」
 一冊が二センチ程の厚みがあった。その一冊をゆきが手に取り開いた
「これですね。『深山家記録帳』としてあります」
「それだ。僕が見てもさっぱりだけどね。ゆきちゃんには判るんだ」
「はい一応読めます」
 二人は数冊の書物を納戸から出して埃を叩いた。
「部屋でゆっくり読めばいいね」
 高志がそう言ったので、ゆきが
「高志さんは興味がありませんか」
「読めないからさ。ゆきちゃんが読んだら教えてよ」
「判りました」
 結局、ゆきは自分の部屋に書物を持ち込んで、そこで読み始めた。高志からメモ帳と鉛筆を借りた。何かあれば書き写しておくつもりだった。
 幸子が帰って来て高志から書物を見つけたことを知らされると
「そう。良かったわ。秘密の扉の事が判れば、高志も昔に行ってみたくない?」
「僕はどうせなら未来に行きたいな」
 その日は夕方までゆきは自分の部屋から出て来ることは無かった。
 やはり自分の息子だと幸子は思った。かっては自分もそう考えていたのだ。
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