あれほど暑かった日々も最近は朝晩は少し涼しくなって来た。本格的な秋の訪れももうすぐだった。
鈴は栗を剥いていた。今朝、市場で天が買って来たのだ。早稲物なので多少値段は張ったが、亡くなった菜が好きだったので、この時期、市場に出ると値段を気にせず買って来るのだ。
「栗もいいけどこの皮を剥くのが大変なのよね」
栗は外側の殻を剥くと中に渋皮と呼ばれる薄い皮に包まれた実が入っている。煮物などではこのまま煮るやり方もあるが、通常は剥いて黄色い実だけを使う。
鈴が手にしてるのは小刀のような小さな包丁でその刃先だけを使って実を剥いているのだ。
以前は市場などではこうような実を剥いたり、人参や筍を鶴や亀の形に剥く「剥き物師」という商売もあったが、京都の一部を除いてほとんど無くなってしまった。勿論一流の板前は出来るが、剥き物師の加工はレベルが違う。
栗の場合、剥いてから煮たり炊いたりするまでの時間が短い方が良い。時間が経ってしまうと味も色も格段に落ちる。最初は中国で加工されたものが入って来ていたが、やはり鮮度が落ちたものが多く、誰も買おうとはしなかったので、入って来なくなった。
「どうだ、大変なら手伝うぞ」
調理場から天が声を掛けると鈴は
「このぐらい平気だよ。お母さんが好きだったからね」
そう言って手を動かしている。黄色い実が顕になると、ふと鈴は栗の実がお月様に似ている気がした。だから母親が好きだったとは思えないが、何となく面白いと思った。
「はあ~全部剥けたよ」
「おうご苦労さん。こっちに持って来てくれ」
天に言われて料理場に持っていく。ボールに入れて塩で揉んで水洗いをする。
「今日は餅米で炊くか?」
天の提案に鈴の表情が崩れる。鈴はおこわが好きなのだ。
「栗おこわか、大好き!」
「お母さん似だな。血は争えん」
天が笑いながら調理場の奥から餅米を持って来る。今日は小さい方のガス釜で炊く。
「どのぐらい炊くの?」
「お母さんの分と二人で食べる分。それに膳場さんにもあげたいからな。少し多めに炊こう。余ればサービスで出しても良いしな」
結局一升ばかし炊くことにした。栗を包丁で半分に割り、餅米の入ったお釜に入れて行く。お酒とだし昆布を入れて、水を計る。
「二十分寝かせてから火をつけるか」
今日の昼は栗おこわになる。母が生きていた頃は、秋になると何度か炊いてくれた。母の作る栗おこわは信じられないほど美味しかった。
それから何時ものように仕込みをして行く。店の前を掃除していると吹いて来る風が涼しくなっているのを感じた。日中の日差しは未だ強いが確実に秋になって来ていると感じる。
「炊けたぞ。お母さんに上げて来な」
店から天が声をかけて来た。その声に急いで店の中に戻るとお釜の蓋を開ける。ボワっと上がる水蒸気の中にはふっくらと炊きあがった栗おこわがあった。しゃもじでかき回して母が使っていた茶碗によそう。炒った黒ゴマを少しだけ掛けて仏壇に備えた。心の中で『たくさん食べてね』と祈る。
調理場に戻ると少しだけ自分の分を小皿に獲って味見をした。栗の甘さと餅米の粘り気がマッチしていて、我ながら上手く出来たと思った。これなら母も喜んでくれるだろうと思った。
ランチタイムが終わり、昼食になり先ほど炊いた栗おこわを食べる。天が
「上手く出来たな。これぐらい出来れば上々だよ」
そう言って目尻を下げた。
「売り物になる?」
「ああ、大丈夫だな」
それを聞いていた膳場さんが
「こんなに美味しいのは、どこでも買えませんよ」
そう言ってくれた。
「そう言って貰えると本当に嬉しい!」
鈴は心の底からそう思った。栗おこわは鈴にとって母との繋がりを意識するものだったからだ。
昼食が終わると鈴は膳場さんにあげる為にタッパに入れると残りを小さなお握りを作り始めた。
「どうすんだ?」
天の訝しげな表情に鈴は
「小さいのを作っておいて、夜のお客さんに出してあげようかと思って。夜は常連さんばかりだし、お酒の人も多いから、少しならおこわも良いと思うの」
そう言って握ったおこわにラップを巻いて行く。
「そうか、いいかも知れないな。常連さんは菜のことも知ってる人多いしな」
天は感心していた。自分にはそんな事を考えることなど出来はしないと思った。心の中で天は鈴が菜の資質を確実に受け継いでいることが嬉しく思った。
栗おこわのお握りは、夜の客にも好評だった。古い常連は、おこわを食べながら
「そう言えば亡くなったおかみさんは栗おこわ好きだったなぁ。秋になると良く炊いていたっけね」
しみじみと呟いていた。それを見て鈴は天に言って出始めの栗を買って来て貰って良かったと思った。出来れば自分が居る間は秋には続けたいと思うのだった。
鈴は栗を剥いていた。今朝、市場で天が買って来たのだ。早稲物なので多少値段は張ったが、亡くなった菜が好きだったので、この時期、市場に出ると値段を気にせず買って来るのだ。
「栗もいいけどこの皮を剥くのが大変なのよね」
栗は外側の殻を剥くと中に渋皮と呼ばれる薄い皮に包まれた実が入っている。煮物などではこのまま煮るやり方もあるが、通常は剥いて黄色い実だけを使う。
鈴が手にしてるのは小刀のような小さな包丁でその刃先だけを使って実を剥いているのだ。
以前は市場などではこうような実を剥いたり、人参や筍を鶴や亀の形に剥く「剥き物師」という商売もあったが、京都の一部を除いてほとんど無くなってしまった。勿論一流の板前は出来るが、剥き物師の加工はレベルが違う。
栗の場合、剥いてから煮たり炊いたりするまでの時間が短い方が良い。時間が経ってしまうと味も色も格段に落ちる。最初は中国で加工されたものが入って来ていたが、やはり鮮度が落ちたものが多く、誰も買おうとはしなかったので、入って来なくなった。
「どうだ、大変なら手伝うぞ」
調理場から天が声を掛けると鈴は
「このぐらい平気だよ。お母さんが好きだったからね」
そう言って手を動かしている。黄色い実が顕になると、ふと鈴は栗の実がお月様に似ている気がした。だから母親が好きだったとは思えないが、何となく面白いと思った。
「はあ~全部剥けたよ」
「おうご苦労さん。こっちに持って来てくれ」
天に言われて料理場に持っていく。ボールに入れて塩で揉んで水洗いをする。
「今日は餅米で炊くか?」
天の提案に鈴の表情が崩れる。鈴はおこわが好きなのだ。
「栗おこわか、大好き!」
「お母さん似だな。血は争えん」
天が笑いながら調理場の奥から餅米を持って来る。今日は小さい方のガス釜で炊く。
「どのぐらい炊くの?」
「お母さんの分と二人で食べる分。それに膳場さんにもあげたいからな。少し多めに炊こう。余ればサービスで出しても良いしな」
結局一升ばかし炊くことにした。栗を包丁で半分に割り、餅米の入ったお釜に入れて行く。お酒とだし昆布を入れて、水を計る。
「二十分寝かせてから火をつけるか」
今日の昼は栗おこわになる。母が生きていた頃は、秋になると何度か炊いてくれた。母の作る栗おこわは信じられないほど美味しかった。
それから何時ものように仕込みをして行く。店の前を掃除していると吹いて来る風が涼しくなっているのを感じた。日中の日差しは未だ強いが確実に秋になって来ていると感じる。
「炊けたぞ。お母さんに上げて来な」
店から天が声をかけて来た。その声に急いで店の中に戻るとお釜の蓋を開ける。ボワっと上がる水蒸気の中にはふっくらと炊きあがった栗おこわがあった。しゃもじでかき回して母が使っていた茶碗によそう。炒った黒ゴマを少しだけ掛けて仏壇に備えた。心の中で『たくさん食べてね』と祈る。
調理場に戻ると少しだけ自分の分を小皿に獲って味見をした。栗の甘さと餅米の粘り気がマッチしていて、我ながら上手く出来たと思った。これなら母も喜んでくれるだろうと思った。
ランチタイムが終わり、昼食になり先ほど炊いた栗おこわを食べる。天が
「上手く出来たな。これぐらい出来れば上々だよ」
そう言って目尻を下げた。
「売り物になる?」
「ああ、大丈夫だな」
それを聞いていた膳場さんが
「こんなに美味しいのは、どこでも買えませんよ」
そう言ってくれた。
「そう言って貰えると本当に嬉しい!」
鈴は心の底からそう思った。栗おこわは鈴にとって母との繋がりを意識するものだったからだ。
昼食が終わると鈴は膳場さんにあげる為にタッパに入れると残りを小さなお握りを作り始めた。
「どうすんだ?」
天の訝しげな表情に鈴は
「小さいのを作っておいて、夜のお客さんに出してあげようかと思って。夜は常連さんばかりだし、お酒の人も多いから、少しならおこわも良いと思うの」
そう言って握ったおこわにラップを巻いて行く。
「そうか、いいかも知れないな。常連さんは菜のことも知ってる人多いしな」
天は感心していた。自分にはそんな事を考えることなど出来はしないと思った。心の中で天は鈴が菜の資質を確実に受け継いでいることが嬉しく思った。
栗おこわのお握りは、夜の客にも好評だった。古い常連は、おこわを食べながら
「そう言えば亡くなったおかみさんは栗おこわ好きだったなぁ。秋になると良く炊いていたっけね」
しみじみと呟いていた。それを見て鈴は天に言って出始めの栗を買って来て貰って良かったと思った。出来れば自分が居る間は秋には続けたいと思うのだった。