千秋の青春

旅立ち

旅立ち

 千秋の住んでいる街は春の訪れは遅い。北風が山から吹き降ろして街の人々の襟を立たせる。
 だが、千秋は喜びを胸に家路を急いでいた。電話で学校や先生、それに父と弟に連絡はしたが、一刻も早く父の喜ぶ顔が見たかった。
 K市から新幹線に乗り、N市で乗り換えて在来線に乗る。暫く揺られると千秋達の住んでる街に着く。途中学校に寄り、担任と進路指導の先生に報告をする。
「電話でも伝えましたが、合格しました!」
「うん、良かったな! 天下のK大学だ。見事だよ!」
 先生達は口々に喜んでくれた。「家族の方も待っているだろう!」
 その言葉で「失礼します」と言って家路に着いた。
 電話では父は「良かったな」と短く言ってくれただけだが、言い方が何時もとは少し違っていたのが判った……随分心配掛けたと思った。
 逆に弟は喜び「やった! 姉ちゃんもこれで春からk大生だ!」とあからさまな態度をした。またそれも弟の照れ隠しだと思った。

 学校からの帰り道、空から白いものが降って来た。
「春の雪だね。積もらないと思うよ」
 八百屋の小父さんが声を掛けてくれた。その声で今日は鱈すきにしようと思った。鱈は一昨日バター焼きにしようとセール品を多めに買ったのだが、結局使わ なかったので、その処理も兼ねていたし、白菜は未だ家にあった。足りない春菊としめじ、それにえのきを買う。作るものが判ったのか、小父さんは千秋に
「売れ残りのだから」
 葱を二本入れてくれた。
「ありがとう小父さん!」
「いいよ、千秋ちゃんの顔を見られるのも、あと僅かなんだろう?」
 小父さんも千秋がもうすぐこの街を出て行くのを知っているのだ。
「うん……今日ね、志望校に合格したの」
 今日の事を正直に八百屋の小父さんに言うと、大層喜んでくれて
「これはお祝い代わりだよ」
 そう言って棚にあった箱入りのマスクメロンを持たせてくれた。
「小父さん、こんなに高いもの貰えない……」
 困惑する千秋に八百屋の小父さんは
「いいから、いいから、四人で食べてくれ。俺の気持ちだから」
 四人……そうか、母も数に入っているんだ……小父さんありがとう……
 千秋は何回も礼を言って八百屋を後にした。

kaisennabeyaki-web_thumb コートの肩に雪を載せながら家についた。弟が迎えに出てくれた
「電話くれれば荷物取りに行ったのに」
「いいのよ。大したことないから……」
 千秋は弟には「鱈すき」だけでは物足りないと思い、コンビニで鶏の唐揚げを買ったのだ。そのついでに豆腐も買ったので荷物が増えたのだ。弟はそれを見て言った言葉だった。
 弟は既に千秋の高校に合格して、入学手続きも済ませている。来週には制服の採寸やら教科書や部品の購入する日がやって来る。それには千秋が付いて行こうと思っている。

 その晩は千秋の予定通りに「鱈すき」になった。普通は「鱈鍋」とか「鱈の水炊き」とか言うのだが、千秋の家では「鱈すき」と言うのだ。これは千秋の母が導入した時に『「鱈すき」というのよ』と母が言ったからだ。それ以来この家では「鱈すき」と言うのだ。
 三十センチほどの土鍋に出し昆布を敷き、そこに白菜を大きめに切って並べて行く。その上に豆腐、鱈、茸類、最後に春菊を載せる。水を張り、火に掛ける。最初からカセットコンロだと時間が掛かるので、一度沸くまではガス台で加熱する。
 沸いて来たら、土鍋を食卓のカセットコンロに移す。「カチッ」と摘みを回して火を点け、土鍋を載せる。直ぐにぐつぐつ言い出す。
「ほら、煮えて来たよ。どんどん食べなね。後から入れて行くからね」
 千秋は、父と弟に言う。しかし、弟は今のところ、唐揚げのほうが良いみたいだ。夢中で食べている。
 父親は、一杯呑みながら、取り皿にした小鉢に豆腐をすくって入れている。そこにポン酢を入れて食べている。
「うん、旨いな。寒い時はこれだな」
 喜ぶ父の顔を見て「鱈すき」にして良かったと思った。
 勿論、食後のメロンは家族四人で美味しく戴いた。
 
 弟の制服の採寸や持ち物や、教科書の購入する日がやって来た。千秋自身は昨日、大学の入学手続きを郵送で済ませたのだ。来週あたりには、向こうで住む場 所も決めたい。これについては父親の知り合いが良い場所を案内してくれることになっている。弟の事もそうだが、自分の準備も進めなくてはならない。
 実は、千秋達三年はもうこの学校を卒業していた。その為、校内は静かだった。時折進路が確定した生徒が報告にやって来るだけだった。先日、千秋がそうしたように……
 今日の催しは体育館で行われていた。受付で、合格通知表を見せて、名簿で確認する。そうすると一枚の紙を渡される。そこには、制服から教科書や襟や胸に付ける校章等をきちんと買ったかチェック出来るようになっていた。
 制服から始め、校章やら細かい物で終了する。体操着等はサイズにあったものを買った。弟と二人共両腕に一杯になった紙袋を下げて学校を出た。

「あんた、こういう体操着なんてのも洗濯出来る? 漂白剤とか入れないと落ちないよ」
 横を歩く弟に問い掛けると弟は笑いながら
「そんなの知ってるよ。酷い汚れはもみ洗いしてから回すんだろう?」
 そうか、この前教えたんだと思い出した。近頃は色々なことが頭を巡るので、つい思い出せないこともある。
「それより、早く住む場所決めないと駄目なんじゃないの。いい所は直ぐに塞がるんだろう」
「うん。だから来週あたり行こうかと思ってるんだけど……」
「来週!? 遅いんじゃないかな……親父の知り合いの人、ちゃんと押さえてくれているのかな?」
「そんなの判らないけど、大丈夫だと思う。来週行くって言った時も『大丈夫だよ』って言ってくれたから……」
「なんだよ、あてにならないな」
 あれから弟は千秋の事を本当に良く口に出すようになった。千秋から見れば中学生がいっちょ前に口を利いてるのだが、それが妙におかしかった。

 翌週予定通りに部屋を見に行った。決めて来るつもりだと弟に言った。
「大丈夫かな姉ちゃん……あれで、大事な事うっかり忘れるからなぁ~」
 西の空を見ながら呟いている。それを見て父親が
「大丈夫だろう。しっかり頼んであるから、あいつがソソッカシくても俺の友達がきちんとしてるからな」
 それを聴いて弟も安心したようだった。
 翌日帰って来て父親に千秋は
「最初の場所で決めて来ました。大学にも近いし、商店街もすぐだし、交通の便も悪く無いし」
「そんな良い場所が良く残っていたな」
「うん、もう、仮予約していてくれたから、わたしが気に入れば即決まりだったの」
「そうか、改めてお礼を言っておこう……」
 その晩父親は知人にお礼の電話をしたのだった。

 千秋はアパートに引っ越す為の支度をしていた。今日は土曜。弟は千秋の卒業した高校の部活の練習を見学に行っている。千秋のクラスメイトが卒業した後でもOBとして練習の面倒を見ているのだ。その縁で千秋は弟に練習を見学させてくれるように頼んだのだ。
 部としても、将来有望な選手の見学は大歓迎で、二つ返事で引き受けてくれたのだ。
そんな日だった……千秋は母とのことで父親にどうしても訊いておきたいことがあった。今日は良いチャンスだと思った。
 千秋は、新聞を読んでいる父親に向かって
「ねえ、ちょっといい? どうしても訊きたいことがあるんだけど……」
 父親は新聞から顔をあげて
「うん? 何かな……」
 そう返して来たので、千秋は父親の傍に座り
「あのね。前からちゃんと訊いて置きたかったのだけれど、中々訊く機会が無くて……今日訊かないと訊けない気がして……」
「何でも答えてあげるよ」
 その目は優しさに溢れていた。千秋はこの目ならきっと正直に答えてくれると思った。
「あのね、お母さんが入院していた時、お父さん、病院に見舞いに来る度に違う花束買って来ていたでしょう。ある日は薔薇だったり、ある日はカサブランカだったり、お見舞いに来る度に違う花を買って来ていたでしょう。それは、お母さんが喜ぶと思っていたから?」
 千秋が自分が予想していなかった質問に父親は、暫く考えて
「勿論、そうだよ。いっぺんに色々な種類の花を持って行くより、毎回違う花を持って行けば、お母さん『次は何の花かしら?』と思って、それが楽しみになると思ってな……それで変えたんだ」
 父親の答えは想像通りだった。事実母親は千秋が知る限り、父親の持ってくる花を楽しみにしていた。何を持って来てくれるかの予想を立てていた。そして、その予想が当たった時の母親の喜びようは本当に嬉しそうだった。
『やっぱりわたしの思った通りだった。よかった……』
 千秋がそう思っていた時だった。父親がポツリと
「でもな、父さんひとつだけ心残りがあるんだ」
 そう言って暗い目をした。
「心残りって……」
「実はな、母さんが、危篤になった時にな、父さんやはり花を買っていたんだよ。白いカトレアの花を買ってから病院に行ったんだ。だからその分遅くなった。だから僅かに母さんの意識のあるうちに間に合わなかった。それが父さんの心残りなんだ」
 初めて聴いた話だった。そう言えばあの時、手にカトレアの花束を持っていたのを思い出した。あれがそうだったのか……あれのせいで間に合わなかったのか……
 千秋は何故、父親が一時を争う時にそんな事をしたのかと思った。
 間に合えば、きっと母のことだ、喜んで、少しは意識も長く続いたかも知れない。結局は賭けだった。そうなのだ、賭けだったのだと千秋は思った。
 
 そこまで考えて、千秋は思い当たることがあった。普段でも父は、良くカトレアの花を買って来ていた。普通男性が花を買って来る等というのは、余りあり得ないことだと思う。
 もしかしたら、カトレアは二人に取って何か訳のある花だったのでは無いだろうか?
 いいや、きっと大事な花だったのだろう。そうで無ければ、危篤の時にワザワザ買っては来ないだろうと考えた。
「お父さん。本当の事を教えて、もしかしたら、お父さん、お母さんにプロポーズする時にカトレアを送ってプロポーズしたんじゃ無いの?」
 千秋のその言葉を訊いた父親昔を思い出すように
「良く判ったな。そうなんだ。父さん、母さんにプロポーズした時に白いカトレアの花束を差し出したのさ。想いの丈を振り絞ってな……」
「それで母さんは何と言ったの?」
「ああ、母さんはな、『私は優美な貴婦人でも成熟した大人の魅力もありませんけど宜しいですか?』と言ったな。それに対して父さんは『あなたは、私にとって充分魅惑的です』って言ったよ」
「それってカトレアの花言葉……」
 千秋は自分の両親は何と素敵な恋愛をしたのだと思った。だから父親は危篤の時だから、一番大切な花を買い求めたのだと…… 
「お母さん、きっと喜んでいたと思う……お父さん大丈夫だよ……きっとだいじょうぶ……わたし、二人の子供で良かった……これで向こうへ行っても強くやって行けます。」
 何時の間にか頬が寝れていた。これは喜びの涙であろうか……

 素敵な恋をした両親……わたしも何時かはそうのような恋をしてみたいと千秋は強く思うのだった。

 了

姉として弟として

姉として弟として

 すでに二学期が始まり幾日かが過ぎていた。まだ残暑は厳しく朝晩は兎も角、日中は真夏を思わせる日が続いていた。
 千秋は高校から帰るといつも通り夕食の支度をしていた。今日は弟の好きなカレーだ。今夜は父親が出張の為帰って来ないのだ。こんな日は弟の好きなカレーになる確率が高い。
キノコや茄子なんかも入れるのが、母親ゆずりのやり方で、弟はこれが好きなのだ。でも、千秋はこうして弟にカレー を作ってあげられるのも、そう多くは無いだろうと思っていた。

img20060521「ただいま~」
 思ったより早く弟が帰って来た。
「早いわね。ご飯まだ出来ないわよ」
 後ろで聞こえたいつもの声に振り向きもせずに返事をする。
「判ってるよ。今日は顧問の先生がいないんで部活が出来なかったんだ。それに俺はもう一応引退してるしね。ところで、今日は何? おかず」
「カレーよ。あんたの好きな」
「やったね! 出来るまで俺勉強してるわ」
 それは、千秋にとって意外とも言える言葉だった。
『勉強って、あの子……』
 口には出さずに言葉を飲み込んだ。

 夕食の時間になり声をかけると、弟はすぐに降りて来た。
「父さん出張だから、今夜は二人だけよ」
「うん、判ってる」
 短いやり取りで父親が今日は帰宅しない事を理解する。
 カレーをよそい、黙って食べ始める。千秋は何だかいつもより弟の態度が違う感じなのに気がついた。
「どうしたの? なんかあったの」
 千秋の言葉に弟はうなずきながら
「食べたら話をする」
 そう言ってスプーンを口に入れ続けた。
 
 食べ終わりかたずけると弟は千秋の正面に座り、意を決したように話出した。
「俺、姉ちゃんの高校に行こうと思うんだ」
 千秋は弟が一瞬何を言っているのかが理解出来なかった。弟は部活の競技で中学の全国大会に出場した実績を持つ。その為あちこちの高校から入学の誘いがあったのだ。弟も誘いのあった東京の私立高校に進みたがっていたので、その高校に進学するものだと思っていた。
「あんた、東京の高校は?」
 そこに進めば学校の寮に入り、その競技一色の生活になる。それも納得しての事だと思ったし、まさかそこを変えるとは思わなかった。
「今日、先生に断りの返事をした」
 あっけなく言うその態度に千秋は少し腹が立った。
「あんた、あれだけあそこの高校に行きたがっていたじゃない。どうして……」
 弟も千秋の言い方が強かったので、察したようだ。
「姉ちゃん、急に決めたことじゃあ無いんだ。よく考えて決めたことなんだ」
 弟の目は真っ直ぐ前を見つめていた。千秋もその目を見据えて
「ちゃんと、お姉ちゃんに話してご覧」
「判った」
 そう言って弟は語り出した。

「全国大会に出たって言っても俺ぐらいの実力のある連中が全国から入学するそうなんだ。目が出なければ学校には残り難くなるそうだし、実際見込みが無いと 言われた者は一年もしないうちに辞めているそうだ。俺がそうならないという確証は無いし……それに、姉ちゃん、本当は親父の事心配なんだろう? 何だかん だって言っても本当は心配なんだろう。だから俺がこの家から高校に通って親父と一緒に暮らすよ……そりゃあ姉ちゃんみたくは行かないけれど、俺と親父で仲 良く暮らすよ。親父に何かあってもすぐに知らせられるし。姉ちゃんもその方が安心だろう?」
 照れもせず、真正面を向いて弟はそう言いきった。
「あんた……じゃあもう部活は辞めるの? 高校じゃやらないの?」
 その言葉を聴いた弟は照れるような笑い顔をして
「調べたんだ。姉ちゃんの高校……結構強いじゃないか。県大会でベスト四になったこともあるじゃん。だから俺が入って必ず全国に連れてってやるよ」
 そんな強気なことも言う……
「そう……それで、あんた成績はどうなの? わたしの学校結構レベル高いよ」
「だから勉強してるんじゃん。県立に簡単に入れるとは思ってないよ」
 何時の間にそんな事を考えていたのだろう。帰って来ても夕食の事しか話さないと思っていたのに……
 千秋の心に少しの灯りが灯った気がした。

「それに……姉ちゃん。姉ちゃんの好きにすれば良いと思うんだ俺。姉ちゃんは母さんが亡くなってから、おしゃれもせずに、彼氏も作らずに、高校と家の往復だけで過ごして来たじゃないか。俺は自由にさせて貰った。ありがたかった」
 千秋は二人分のお茶を入れると弟の前に差し出す。それを手に取り一口飲むと
「俺だって、姉ちゃんだって同じ母さんの子じゃないか、それなのに何時も俺だけ良い想いをして、姉ちゃんは貧乏くじばかり……俺、ずっと姉ちゃんに悪いと 思っていたんだ。だから、今回は姉ちゃんの希望通りにしなよ。俺、ちゃんと勉強して、姉ちゃんと同じ県立に入って、部活もやって、そして大学に行くよ」

千秋は弟がそんなことを考えていたのが嬉しかった。母親の代わりをしたのだって、自然とそうなっただけだ。特別にやりたい事を我慢していた訳ではない。そう……自然となっただけだ……
 黙っている千秋に弟は恐る恐る
「怒ったか? 生意気なこと言って気に触ったなら謝るよ。俺、姉ちゃんには本当に感謝しているんだぜ」
 申し訳なっそうな表情をしている弟を見ると千秋は口元が緩むのを覚えた。
「ありがとう……あんたが、そこまで考えてくれたなんて、今まで考えもしなかった。これからは色々な事を少しは相談するからね」
「少しかよ……」
「そうよ、わたしが居なくなるまでの間にもっとしっかりして貰うから」
 笑いながら冗談とも本気ともつかない千秋の言葉に弟も思わず笑うのだった。
「ねえ、それまでにカレーの作りかた教えてくれな」
「いいわよ! しっかりと教えてあげる」
 千秋は、それまで何回カレーを作ってあげられるだろうかと思うのだった。

母と里芋

母と里芋

 八月も立秋を過ぎて少しだけ日が短くなったと感じる頃。千秋はふと、少しだけ髪の毛を切りたいと思った。だが、今月の予算を考えると自分が普通の美容院でカットするのは、少し勿体無い感じがした。そんな自分を思い、主婦みたいじゃないかと感じた。。
 「みたいじゃ無い、立派な主婦だぞ!」
 商店のガラスに映る自分の姿を見て呟き、やはり髪の毛を切ろうと思った。
「切れば女子校生に戻れる!」
 あてはあった。今度学校からの帰り道に千円でカットしてくれる店が出来たのだ。一応男性も女性も、と看板には書いてあった。
 何回か前を通った時には知った顔の男の子が座っていた。何処かのオバさんも切っているのを見たことがあった。
 あそこなら、予算を気にしなくても良い。学校がやってる時期なら、友達に見られる心配もあるから、とても入れないが、学校が休みの今ならチャンスだと思う。

 そう、今は千秋達三年生向けの進学のための補修授業も終わって、しかも部活も三年生が引退した今は、高校は比較的静かだった。
 補修授業に参加を申し込む申し込み用紙を担任に堤出した時
「持って来たな。待っていたんだぞ!」
 笑顔で言われ、少し目頭が熱くなった。
 だから、その補修も終わった今はチャンスなのだ。千秋は店に入る事を決意した。

 自動ドアを開けて店に入ると、理容師が
「すいません、そこの自販機で券を買って下さい」
 そう言われ、横を見ると確かに自販機があり千円を投入すると水色のカードが出て来た。どうやらこれが利用券みたいだ。
 五分ほど待つと、千秋の番がやって来た。案内されるままに席に座ると白い散髪マントを掛けられ後ろをマジックテープで留められる。
「どうしますか?」
「あ、あの、肩に髪が掛かるぐらいにカットして下さい。揃えるだけでいいです」
 言いながら自分で髪の毛を摘んで鏡を見ながら長さを示してみせた。
「判りました」
 理容師はそう言って鋏を動かし始めた。
「あの、ここ女の子なんか来ますか?」
 千秋は、一応尋ねてみた。
「そうですね。三割弱ぐらいですかねえ。思ったより来ますよ。女性全体では五割ほど来ますがね」
 千秋が思ったより多かった。もしかしたら、自分のクラスの子もいるかも知れないと思った。
 そんな事を考えているうちに終わったようだ
「どうですか」
 後ろで理容師が鏡を持って千秋の襟の辺りを映している。
「あ、けっこうです」
 そう返事をすると理容師は
「襟にカミソリかけますから」
 そう言って電気かみそりのキワ剃り機能で襟足の部分を綺麗にしてくれた。
『こんなところまでやってくれるんだ!』
 そう思ったが口には出さなかった。

 ブラシもかけて貰い、すっかり綺麗になった千秋は外を知り合いが通らないのを確かめて表に出た。
 少しだけ、ほんの少しだけ自分が変わった気がした。もちろん、気だけなのは判っていたが、それでも良かったと思うことにした。

 ついでに夕食の買い物もして帰ろうと思う。今日はスーパーに行ってみた。すると魚売り場に大きく手書きのポスターが貼ってあり
『旬! サンマ新物入荷! 百円』
 と書いてある。それを見た時にサンマ好きの父の顔が浮かんだ。三匹をコングで掴んでビニール袋に入れる。
 サンマを買ったら大根も買わなくてはならない。一本百五十円と値札の付いた大根を籠に入れた。
 後は南瓜を買う。これは家族皆が好きだからだ。叩いて音の良いのを買う。これは母の教えだ。後は惣菜売り場で父親と弟のために焼き鳥を五本買って帰った。父親が三本で弟が二本だ。

 家に帰り、夕食の支度を始める。最初に南瓜を切って鍋に入れ、砂糖を振りかけて揉んで砂糖をまぶすようにする。そのまま暫く置いておく。こうすると水が出て少しホクホクに煮えるからだ。これも母親が教えてくれた。
 その間に大根おろしを作る。本当はこういう力仕事は弟にやせらせたいところだ。そう思っていたら丁度良いタイミングで部活から帰って来た。
「ただいま~今日は何?」
「さんまと焼き鳥と南瓜」
「焼き鳥何本?」
「あんたは二本」
「ケチ! 五本ぐらい食わせろよ」
 そう毒づいて自分の部屋に帰ろうとして、千秋の後ろ姿を見た弟は
「あれ? また失恋でもしたのか?」
 そんな失礼なことを言っている。
「失恋なんかする訳ないでしょう。気分転換よ。あんた女が髪の毛切れば、皆失恋だと思ってるんでしょう? そんな事言ってると、あんたの好きなカレーもう作ってあげないから」
 最後の一言が効いたのか、弟は急に態度を変え
「悪かったよ。姉ちゃんのカレー好きなんだ。これからも作ってよ」
 そう哀願して来たので千秋は
「じゃあ、この大根おろし作ってくれたら、明日はカレーにしてあげる」
「え、ホント? やるやる!」
 弟は手を洗うと千秋から大根を受け取り一心不乱に降ろし出した。
 時間を見てサンマをガスの魚焼き器に入れ、火を点けると、玄関で呼び鈴の音がした。誰だろうと出て見ると、隣の菊池さんのおばさんだった。
「こんにちは。千秋ちゃん。今日ねえウチ、里芋を煮たんだけれど煮過ぎてしまったから貰ってくれる?」
 そう言って大きめの小鉢に里芋の煮付けを持って来てくれたのだ。素直に有難いと思う。
「おばさんありがとう! 助かります」
 そう言って受けとると菊池のおばさんは笑顔で帰って行った。それを見ながら千秋は
『明日はこの器に南瓜を入れてお返しをしよう』
 そう心に決めていた。

9440db2e 支度が出来た頃に父親が帰って来た。何時ものようにお風呂に入ってる間にテーブルに並べ支度をする。
 テーブルに着いた父親は焼き鳥と里芋の煮付けを見て嬉しそうだ。
「呑む?」
 千秋の言葉に父親も嬉しそうに頷く。
「暑いからビールでいい?」
「ああ」
 短いやり取りでも伝わるようになった。
 父親が里芋を見て嬉しそうにしてたのには訳があった。今日の菊池さんの里芋の煮付けは濃い味で煮てあった。
 亡き母親は父親の健康を心配して、薄味で煮ていたのだった。里芋は父親の好物だったが、濃い味で煮た里芋は食べ過ぎると体に良くないと思い、あえて薄味で煮ていたのだ。
 では父親はそれを嫌っていただろうか? 否、逆であった。むしろ喜んで母親の煮た煮物を食べていた。
 母親が存命の頃は、千秋には良く判らなかった。父親が本心で喜んでいるのか、母親に気を使っていたのかが……
 母親が入院していた時に千秋は病院で尋ねたことがあった。
「ねえ、お父さんは濃い味が好きなのに、何故母さんの薄味を喜んで食べているの?」
 その質問を聴いた時の母親の嬉しそうな表情を今も忘れない。
「それはね。お母さんがお父さんの体のことを心配している。ということがお父さんには嬉しいのよ。家族に本当に心から思われている……それが実感出来るか ら、お父さんは本来の自分の好きな味ではないけれど『美味しい』って言ってくれるのよ。お母さんね。それを見てね『ああ、この人と結婚してよかった』そう 想ったの」
 その時、千秋は夫婦の間には夫婦にしか判らないことがあると想った。

「良かったね。お父さん濃い味が好きなんでしょう。菊池さんの味付け濃いから」
 千秋は母親とのことを思い出しながら言ったのだが、父親の答えは予想とは違っていた。
「いいや、勿論、濃い味付けは好きだったが、母さんの味付けも薄味だったけど美味しかったよ。本当さ。だから何時も食べる度に美味しいって言っていたんだよ」
「じゃああれは本心で言っていたの?」
「ああ、そうさ。お世辞なんかで母さんが嬉しがると思ったか?」
 言われてみればそうだと気がつく。千秋は病院でのことを父親に話した。それを千秋が思ったことを含めて最後まで聞いた父親は
「それは母さんの照れと惚気だよ」
 そう言って父親も妙な笑い方をした。
『ああ、お父さんも照れているんだ』
 そう感じた千秋は、このことを訊くのは止めようと思った。きっとこれ以外にも二人には色々な想いがあったのだと理解した。
 父親は飲み終わると千秋に
「さあ、ご飯にしてくれ」
 その言葉で我に返り、炊飯器からご飯をよそう。白いご飯から水蒸気が上がり、美味そうな匂いがした。
 弟も来て夕食に参加する。千秋はその晩は少しだけ、母のことを想うことにしたのだった。


土瓶蒸しの味

土瓶蒸しの味

 今日も高校の授業が終わるとまっすぐに家に帰り、夕食の買い物に出かける。受験生でもある彼女には、部活に割く時間的余裕は無かった。
 千秋は八百屋の店先に、今年初めての松茸を見かけた。
「あれ、もう出ているんだ。値段からみても外国産だろうけど、この暑い時期で採れる場所があるんだ!」
 少しの驚きが気持ちに入っていた為か声がやや大きかったようだ。
「ああ、千秋ちゃん。松茸だよ。今年の初物だよ。安いから、どうだい」
 顔見知りの八百屋の親父さんが声を掛けてくれた。
「でも、値段が……」
 安いといっても松茸としては、という意味だ。千秋の今日の予算ではやや心許ない。松茸だけを買って帰る訳にはいかないからだ。
「まけてあげるよ。千秋ちゃんだから」
 子供の頃からの顔見知りの八百屋の親父さんは、買い物の時は何時もそう言って千秋にはオマケをしてくれる。
「でも、どうやって食べればいいかな?」
 買い物に来る前までの千秋の頭の中には松茸などと言う選択肢は無かったからだ。
「何だっていいじゃ無いか、炊き込みご飯だって良いし、ちょっと変わったところでは、ざっくり割った松茸にスライスした牛肉を巻いて醤油で焼いて食べても旨い。変わったところでは土瓶蒸しなんか面白いな」
 八百屋の親父さんの言葉で、思い出したことがあった。一昨日のことで台所を片付けていたら天井に括りつけてある戸棚の奥から得体の知れない箱が見つかったのだ。
 恐る恐るその箱を開けて見ると、小さな土瓶が四つ入っていた。
「なにこれ?」
 その土瓶はお茶を入れるにも小さいし、素焼きぽい感じだから荒っぽく扱えばすぐ壊れそうだった。
 千秋が扱いに困っていると後ろから父親が
「ああ、未だあったのか、母さんの嫁入り道具のひとつだったが、最近は余り使わ無いから、何処かに行ってしまってたのだと思っていたよ。見つかったんだ」
 千秋は後ろを振り返りながら父親に
「これ、何に使う土瓶なの? お茶とか、そのたぐい?」
 千秋の質問がよっぽどおかしかったのか父親は笑いながら千秋の手から土瓶を取り
「これは『土瓶蒸し』という料理に使う土瓶さ」
 そう言って、土瓶の蓋を取って逆さまにしてその猪口みたいになった蓋に土瓶の口を注ぎ込む真似をしてみせた。
「こうやって、中のお汁を飲むんだ。中には松茸や海老、銀杏なんかも入れるな。無論松茸でなくても構わない。しめじだって何だっていいんだ」
 そう言った父親は母親を懐かしむ感じがした。
「お母さん、一度も使わなかったの?」
「ばか、使わないなら何で父さんが知ってるんだ。母さんが作ってくれたから知ってるんだよ」
 言われてみればそうだった。この目の前にいる父親は母が亡くなった時はお湯ひとつ沸かせなかったのだ。
 結婚間もない頃、用事で外出していた母が急いで帰ってみると、真っ暗な家の中で父親がぽつんと座っていたという。嘘のようだが電気の点け方さえ良くは知らなかったとか……
 兎に角そんな父親がここまで料理に関して述べるのは普通じゃ無かった。

 八百屋の店先で、そんなやりとりを思い出した。『買って帰って土瓶蒸を作ってみても良いかも知れない』そんな気持ちになった。
「じゃあ貰おうかな。どれが良いかしら」
 千秋は幾つか並んでいる籠を見渡して、一番太くてしっかりした松茸が入っている籠を取り上げた。
「さすが千秋ちゃんだね。実はそれが一番良いやつさ」
 八百屋の親父さんはそう言って褒めてくれて、奥から傘の開いた松茸を二本持って来た。
「これはオマケさ。こっちは切り刻んで松茸ご飯にすれば良いよ」
「ありがとうおじさん」
 代金もまけてくれた八百屋の親父さんは、小さな三つ葉の束もくれた
「売り物にならないけど、未だ使えるからね」
 八百屋の親父さんのその気持が嬉しかった。

 まけてくれたとはいえ予算的に苦しくなってしまったことに変わりは無かった。仕方なく千秋はスーパーに行き、特売の「一切百円」と札が立っている鮭の切り身を三切れと、冷凍のほうれん草を買って帰った。献立の変更である。
 家に帰って早速冷蔵庫を開けてみる。確か先週「茶碗蒸し」を作った時に使った小エビと使い残して瓶に入れてしまった銀杏があるはずだった。
「あった……これを使えば……」
 千秋は料理のレシピ本を開き「土瓶蒸し」のページを開いた。大体は想像で判ったが、きちんと知っておきたかった。母が父親に良く作っていたと訊いたからだ。
 出汁をきちんと採らないとならなかったが、幸い今朝、味噌汁を作っ時に使った出汁が冷蔵庫に鍋ごとしまってあった。これを使おうと思った。
 幼い頃から母親の手伝いをして、特に料理と掃除は結構仕込まれたのだった。

 解凍した小エビをさっと湯がいて、銀杏と三つ葉を切って一緒に入れる。松茸は傘が開いてない方を厚めにスライスしてこれも土瓶蒸しの土瓶に入れる。思い切って沢山入れた。
 そこに冷蔵庫から出した出汁を軽く塩味をつけて張って行く。
 並々と入ったら猪口兼用の蓋をする。これを火に掛けるのだが、今日は蒸すつもりだった。
 ガス台に蒸し器を載せて水を張り、上の段に先ほど作った土瓶蒸しの土瓶を三つ入れる。自分と父親と三つ下の弟の分だ。帰って来たら何と言うだろう。少し楽しみだ。
 後は紙のような薄い鮭をガス台の魚焼き器に並べて入れる。電子レンジに冷凍ほうれん草を入れ解凍して、胡麻和えを作る。
 そして、八百屋の親父さんがくれた傘の開いた松茸を刻んで残りの松茸も入れた「松茸ご飯」が炊けるのを待てば良い。
 その頃になって中学三年で部活を終えた弟が帰って来た。
「ただいま~、今日はおかず何?」
 期待のこもった声で尋ねられるので、千秋はやや自慢気に
「今日は、松茸ご飯よ! 凄いでしょう!」
 てっきり喜ぶと思いきや
「え、肉じゃないの? ご飯だけ?」
 そう言った弟の反応は千秋にとっても以外だったが弟にとっても部活でお腹を空かせた状態での意外な献立だったのだ。
「いいえ、鮭もあるし、そう! 土瓶蒸しもあるのよ」
 残念ならも千秋の想いは弟には届かなかったみたいで
「いいよ足りなかったらコンビニでなんか買うから」
 そう言って自分の部屋にかばんを持って下がって行った。
「洗濯物出しておきなさいよ」
 廊下を歩く後ろ姿に声をかける。

 高校一年の時に母親が癌で亡くなった。高校にあがってこれから親孝行してあげよう、と思っていた時だった。それから千秋は一家の主婦兼任になった。
 千秋にはひとつの心配ごとがある。部活で優秀な成績を収めている中学三年の弟は都会の私立高校に行きたがってる。この夏休みに見学に行くつもりだ。
 金銭的なことが心配なのではない。来年弟が家から出て行く。残るのは自分と父親だけになる。だが千秋は少し離れた大学に行きたいのだ。
 家から通える距離に大学は無い。一番近い大学でも電車で三時間はかかる。得体の知れない短大ならこの街にもあるが、とても行く気はしない。いつか父親にそれとなく話したことがあるが、その時は
「行けばいいよ。金銭のことは心配しなくても良い。仕送りだってちゃんとしてやる。今は振り込むだけで良い。コンビニだって出来る」
 そう言っていたのだが、千秋の心配ごとは金銭ではないのだ。希望の大学に進学したら、なるべくバイトだってするつもりだし、無駄遣いはしないつもりだ。
 この前までろくにお湯も沸かせない父親が心配なのだ。毎日の食べるもの、それに洗濯や掃除、もろもろの雑用。そんなことが父親にこなせるだろうかと思うのだった。

「ただいま~」
 玄関で父親が帰宅した声が聞こえる。はっとして我に帰り
「お帰りなさい! 今日は松茸だよ!」
 と努めて明るく振る舞うと
「おお、松茸なんて久しぶりだな。この前の土瓶蒸しを見たからか?」
 察しの良い父親はそう言って千秋の表情を伺った。
「買い物行ったら、八百屋の親父さんが勧めてくれたの。オマケもしてくれたのよ」
「何時もしてくれるのだろう。今度合ったらお礼を言っておくよ」
 父親は鞄を持ちながら奥の自分の部屋に着替えに行った。夕食の支度を急がなくてはならない。
 お風呂場からは弟が大きな声で
「父さん、夕食の前にお風呂に入ったら? 沸いているよ」
 そう言うと父親が返事をする
「ああ、すぐ入るよ」
 お風呂の掃除や支度は弟と決まっている。以外にきれい好きな弟は何時も風呂場をピカピカに磨いている。

 父親がお風呂に入っている間に夕食は完成した。食卓に三人が並んで、土瓶蒸しが目の前に置かれている。
 まず始めに父親が食べ方を実際にやってみて教えると、弟は最初にご飯を口いっぱいに頬張り、土瓶蒸しのお汁でそれを流し込んだ。
「台なし……」
 千秋が嘆くのを尻目に、弟はお汁を飲み干し、中の具を箸で摘んでパクパクと食べてしまった。見ると、焼き鮭もすでに無く、ほうれん草の胡麻和えも減っていた。
「ごちそうさま」
 そう言うと弟は自分の食器を持って流しで洗って籠にあげて
「じゃ、宿題があるから、姉さん先に風呂に入っていいよ。俺最後に入って洗うから」」
 そう言って部屋に帰って行った。
「味も素っ気もない感じね」
 千秋は呆れて言うと父親は笑って
「あの頃は味より量だろう。兎に角腹が減る年頃だ」
 父親は何時もお銚子一本だけの晩酌をする。今日は土瓶蒸しを肴にして呑んでいる。千秋はそんな父親を見ながら、ご飯を食べ終えた。明日は終業式だ。進路調査票を出さないとならない。そんな気持ちを察したのか父親が突然
「千秋、進学しろ! 父さんのことは気にするな。今はコンビニだって、クリーニング屋だってある。何とかなる。ゴミに埋もれても死んだ奴はいない」
 どうして判ったのだろう、父親の前ではひとつも心配の素振りはしなかったはずだ。
「私が何処に行きたいか判るの?」
 千秋の質問を笑いながら父親は
「K市のK大学だろう。お前、そこに合格出来る成績だそうじゃないか。この前な、会社に先生から電話があって、進路調査票、お前だけ出して無いそうじゃないか。それで電話があったんだ。その時訊いたよ」
 そんなことがあったなんて、全く知らなかった。先生も言ってくれなかった。
「先生にはお父さんから言うからと答えたんだ。行きなさい! 自分の希望の場所に行けば良い。お父さんの為に自分の将来を犠牲にすることはない。お父さんはもう終わろうとする人間だ。お前はこれからの人間だ。気にすることはないよ」
 父親の諭すような言い方に千秋は胸が熱くなった。父親は更に
「土瓶蒸しって父さんには、仲の良い家族のような気がするな。今日、土瓶蒸しを食べたので、思い切って言うことにしたんだ。松茸と言う柱があって、次に海老と言うこれまた素晴らしい柱があって、子供のような銀杏。それらを支える三つ葉、まるで我が家みたいじゃないか」
 父親が土瓶蒸しを食べながらそんなことを考えていたとは知らなかった。

 いつの間にか、千秋の頬を涙が流れていた。
「それに、この土瓶蒸しの土瓶はお母さんのものだから、お母さんも天国で心配していたのかも知れない」
 食べてしまったと思った土瓶蒸しに未だ少しおつゆが残っていた。それを猪口に注いで飲んでみると先ほどより僅かに塩気が濃くなっていた。それが涙のせいとは考え過ぎだと思う千秋だった。



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