ポチと僕

ポチと僕  第5話 大切な家族  最終話

第5話 大切な家族  最終話


 ポチは実は四季のうちで夏が一番苦手だ。それは暑いからなのだが、じゃあ好きな季節はと言うと良く例に出されるのが、雪が降る冬である。よく犬は雪が好きなのではと思われるが、決してそんな事はない。ただ、雪が積もるとその上を走りたくなるだけなのだ。
 冬の冷たい風が犬小屋に入り、隙間から抜けて行くと、流石に温かい場所が恋しくなる。そんな時意外とこの気持を判ってくれるのがお姉さんなのだ。
「ポチ、寒くて嫌でしょう。今、誰もいないから少しだけヒーターにあたらせてあげる」
 お姉さんはポチにそう言うと雑巾を持って来て丁寧に足を拭き、ポチを抱えてリビングに連れて来て、ファンヒーターの前にそっと降ろした。
「ほら、温かいでしょう! 暫くは誰も帰って来ないからユックリと温まるんだよ」
 お姉さんはニコニコしながらポチの頭をそっと撫でると横のソファーに座ってファッション雑誌を読み始めた。
 実はポチはこうして、ヒーターにあたらせて貰うの初めてでは無い。一番最初はお母さんがあたらせてくれたのだ。それを見ていた隆くんも真似してあたらせてくれたし、今日はお姉さんもあたせてくれた。ポチとしては今までの寒い状況を考えれば大満足だった。
 最初に温かい風の出口に真正面に座り、胸いっぱいに風を受ける。そして段々時計回りに体を動かして行く。一周回ったら、そこに寝そべる様に座り体一杯に風を受けるのだ。
「ほんとあんた、気持ち良さそうにしているわね。見ているだけでこっちも幸せになるわ」
 お姉さんはいつの間にかポチの横に来て体をゆっくりとお腹を撫でてくれていた。これも本当に気持ちが良い。
 
 そんな幸せな時間をお姉さんと共有していた時だった。玄関でチャイムの音がした。ポチにはシェリーの匂いも感じたので、すぐに起き上がって玄関に走って行く。慌ててお姉さんも後から付いて来た。
 お姉さんが玄関の扉を開けると、やはりそこにはシェリーがリードを繋がれて立っていた。そのリードを持っているのはお姉さんの彼の霧島さんだった。
「くつろいでいる所ゴメン。実は困った事になってしまって……」
 どうも、霧島さんはかなり困っているようだ。顔色が普通では無い。その状態を見たお姉さんまでもが心配そうな感じになって来ている。
「どうしたの? 何か困ったことでもあったの。何でも言って!」
 お姉さんが訴える様に言うと霧島さんは
「実は、僕が講師のアルバイトをしている塾でなんだけれど、先日テストをしたんだ。進学に大事なテストでね、今日が返却だったんだけど、ある生徒が何時も は出来が良いんだけど、今回だけは特に悪かったんだ。その答案と成績表を見たら、泣きながら表に飛び出してしまってね。あちこち探したんだが見つからない んだよ。色々と考えたのだが、この際、うちのシェリーと君のところのポチにも協力して貰えないかと思ってね。勿論、訓練されていない犬が見つけ出すなんて 難しいとは思っているよ。でもこの際、藁をも掴む思いなんだ。もうすぐ日が暮れるし、身柄が心配なんだ」
 本当に困っていると思ったお姉さんはポチに
「協力してあげようよ。役に立つかは判らないけど……」
 そう言ってポチの首筋を撫でた。勿論、ポチは協力するのはやぶさかでなかったが、霧島さんがシェリーや自分が人間の言葉を話せるのを知っているのかどう かだった。それによってこちらの態度を変えないとならないからだ。 注意深くシェリーを見ると自分の考えが判ったのか、片目をウインクした。これは「知ら ないから大丈夫」のサインだと思った。それを見てポチは安心して一声「ワン」と鳴いた。
「ほら、ポチもシェリーも引き受けても良いッて鳴いたわ」
 お姉さんもこちらの考えが判った様だ。
「ありがとう! 恩にきるよ。それじゃ早速……いいかいポチ、シェリー、このハンカチはその子の持っていたハンカチだ。汗なんかも拭いた感じだから匂いもついてると思うんだ。良く嗅いで欲しい」
 霧島さんはそう言ってハンカチを二匹に嗅がせた。充分に嗅がせるとそのハンカチをシェリーの首に巻き
「ポチ、ここに結いておくから、忘れそうになったらまた嗅いでくれ」
 そう言うと霧島さんはシェリーのリードを外した。
「シェリーにはGPS対応の発信機が付いてるから、スマホで位置が把握出来る。二匹とも利口な犬だから放して探させた方が速いと思うんだ」
 お姉さんとしても、それが良いと思うのだった。二匹とも鑑札が付いてるし、この辺では見慣れた犬だから、そう心配は要らないと思ったのだ。
「それじゃ頼んだよ。見つけたらそこに留まっていておくれ、位置が変わらないので僕たちが現場に駆けつけるからね」
 その言葉を聴いた二匹は家を後にした。
 走りながら、二人とも二匹が完全に人間の言葉を理解すると信じて疑わない事がおかしく感じた。

「ねえ、大丈夫、訓練を受けていないわたし達が探せるかしら?」
 心配そうなシェリーにポチは
「そりゃ難しいとは思うけど、やるだけやってみないと……」
 二頭で走りなら会話をする。するとポチの嗅覚がその子の匂いを捉えた。その場に止まってもう一度確認すると、やはり僅かだが感じたのだ。念の為シェリーにも確認して貰う。
「そうね。似てるわね。この匂いを辿って行けば良いのかしら?」
「でもなんでこんな場所に匂いがあるのだろう?」
「この道はウチのお兄さんがアルバイトしてる塾に繋がってる道だわ。この反対の方角は……不味いわ、土手よ! 川の方角よ。まさか、成績が悪いのを悲観して発作的に……」
 シェリーの言い方が真に迫っていたのでポチは
「まさか……テストぐらいで……そこが人間が判らない所だよね。でも土手の方に行ってみよう」
 二匹は今の道が続いている土手に向かって走りだした。恐らく今頃は自分達の位置を確認した霧島さんとお姉さんが自分達の後を追って来ていると信じて……

 その頃、霧島さんとお姉さんはスマホを見ながら
 「二匹が土手の方角に向かったよ。僕達も行ってみよう!」
 霧島さんの言葉に頷いたお姉さんも自転車を出して、途中霧島家で霧島さんも自転車に乗り換えて土手に向かう。
「警察に捜索願は出したの?」
「うん、塾長が出してくれてるはず」
 やはり走りながら会話をする。
 一方、先行する二匹は既に土手に上がっていて、強くなった匂いを嗅いで少女の場所に近づきつつあった。
「あれかな?」
 ポチが言った先には少女が土手の草の上に横になっている。そこを鼻先で先を指すとシェリーも確認して
「多分そうだわ。なんか寝ているみたいだけど、横になってるだけかな?」
 シェリーに言われてポチも見てみると、どうやら草むらの上で寝ているらしい。
「どうしたのでしょうね」
「もしかして、泣き疲れて寝てしまったのかな?」
 シェリーの疑問にポチは想像で答える。
 そばに近づいて匂いを嗅ぐと間違いなかった。ハンカチの匂いと同じだった。
「間違いないようね。で、どうする?」
 シェリーが後ろを振り返りながらポチに相談をする。
「きっともうすぐお姉さんや霧島さんがやって来るよ。余計な事はしないほうが良いと思うよ」
「そうね。わたし達の役目はここ迄だものね」
 シェリーも納得して再び遠くを見ると、どうやら二人がやって来た様だった。
「ほら来たよ。これで大丈夫だ」
 ポチは自分の役目が終わった事を感じたのだった。

 その後、警察に保護され少女は保護者の元に帰された。少女は、私立中学に入る様に親に煩く言われており、一生懸命勉強していたが、今回のテストで志望校の合格ランクがAからCに落ちてしまったので悲観して、とっさに行動してしまったのだと言う。
 普段から親の期待を感じ過ぎていた為だった。塾からも、今回だけの成績では参考にならないから充分に合格圏内だからと言われて落ちついた様だ。

「でも何も無くて良かったわね。そしてポチ、大活躍だったわね。シェリーとのコンビ見事だったわ」
 事件が解決して、お姉さんはポチを家に上げて家族皆の前で褒めている。
「あんたもシェリーも会話が出来るから、意志の疎通が図れて上手く行くとわたしは思っていたのよ」
 突然のお姉さんの言葉にポチは唖然とした。驚きで声が出せず口をパクパクさせていると
「ふうん。相当驚いた感じね。言葉を話せるとわたしが知っていて驚いた?」
 そう言いながら笑っているお姉さんだ。
「知っていたのですか!」
 やっと声が出た。
「当たり前じゃない、隆とお父さんしか知らないと思っていたの? あんたも可愛いわね。とっくに気がついていましたよ」
 お姉さんの目が優しく笑う。
「私は全く知りませんでした。じゃあお母さんも知っていたのですか?」
 それを聴いてお母さんが
「うん、知っていたわよ。でもあなたが必死で隠してるから、可哀想だから今まで黙っていたの。お姉ちゃんとも相談してね」
 お母さんの表情も優しく見える。
「でも、なんで……」
「それはね。あなたは大切な家族だからよ。大事な大事な家族なの、だからその気持を尊重したのよ。判った?」
 お母さんの言葉を聴いてポチは嬉し泣きと言う事があると初めて実感した。
 え? 犬が涙を流すかって。欠伸の時は流すでしょう。だから涙を流すんです。世間の犬は流さなくてもポチは特別なのです。

「ポチ、今夜、わたしと一緒にお風呂に入ろうよ。隅々まで洗ってあげるから」
「え、お姉さんとですか……」
「何なの、嫌なの?」
「いいえ、そう言う訳では……」
「はい! 決まり。寒い晩は温まるんだぞ!」
 お姉さんの言葉を聴きながらポチは、お風呂に入るのも、たまには悪く無いかもと思うのだった。

 その後、今日の夕方の散歩は隆くんがリードを引き、一緒にお父さんがついて来てくれていた。
「こんなの初めてですね。どうしたんですか?」
 ポチは二人だけに判る様に話しかけるとお父さんが
「おいおい、表ではあまり喋るなよ。『話せる犬』なんて事が判ったら、お前マスコミに忙殺されてしまうぞ。長生きしたかったら表で喋る時は気をつけろよ」
 そう言って心配してくれた。ポチはその気持も嬉しかった。酷い飼い主なら金儲けを考えるのだろうが、お父さんは微塵もそんな事は考えていないのだと思った。

 やがて何時もの公園に着くと、隆くんがリードを外してくれた。ポチは広い公園を思い切り走る。
 なんだかんだと言うけれど、やはり自分は犬なのだとポチは思う。ならば犬の本分を一生懸命に生きるだけだと思うのだった。
「ポチ、今日はボールを持って来たから、これで遊ぼう」
 隆くんが懐から真っ赤なビニールのボールを出してポチを誘う。
「ワンワン」と答えるポチ。
 隆くんがボールを投げてポチが追いかけるのだが、何回も追ってるうちに、ポチは追いかけてるのが赤いボールだか夕日だか判らなくなってきた。
 大好きなお父さんとお母さん。それにお姉さんや隆くんと一緒に暮らせれば、もう望むものはなかった。
「僕は世界で一番幸せな犬かもしれない」
 そっと呟いてみたポチだった。


   了

ポチと僕  第4話 お父さんといつまでも

第4話 お父さんといつまでも


 12月になると木枯らしがこの街にも吹き始める。ポチは風が嫌いではなかったが、やはり暖かい方が好きだ。
 もうすぐ、庭にある小さな池にも氷が張るだろうと思うとポチは犬小屋の中でうずくまるのだった。
 土曜とか日曜は朝の散歩にお父さんがする事がある。ポチはそう言う日がとても楽しみだ。何故なら、ポチのランクではこの家の一番はお父さんだからだ。

 12月のある日曜日のこと
「ポチ、行くぞ」
 お父さんは短く言うだけでポチには判る。その一言を聞くだけで自分でリードを咥えるのだそれを見たお父さんはニヤリと笑い、鎖とリードを付け替える。
「よし!これで大丈夫だ」
 その声を待っていた様にポチは歩き出す。でもそれはお父さんの歩調を超えないものだった。
 途中で、今日も霧島シェリーに出会った。
「おはよう」
「あら、おはよう」
 簡単に声を交わす。
 今日はシェリーは何時もの青年ではなく、高校生の様な女の子だった。もしかしたら、妹なのかも知れないとポチは思い
『今度訊いてみよう』
 心で思うのだった。

 もう日の出もめっきりと遅くなった。それはそうだ、月末には冬至がやって来る。
「雪でも降らないかな?」
 ポチは空をみながらそう思うのだった。それを見ていたお父さんは
「どうした? 雪でも恋しいのか?」
 そう看破されてしまった。全くお父さんには叶わないと思うポチだった。

 一回りして何時もの公園にやって来る。リードを外して貰い、公園を駆けまわる。
 走りながらも公園に誰か入って来たら、すぐお父さんの元に帰る積りなのだ。やがて、ポチは気が済んだのかお父さんの元へ帰って来た。
 ハッハツと白い息を吐いている。それでもポチは嬉しそうだ。

「どうした? 今日はやけに嬉しそうじゃ無いか?」
 そうお父さんがポチに訊くとポチは
「それはそうですよ。お父さんが散歩に連れて行ってくれるのは滅多にありませんからね」
 そう答えるとお父さんは
「そうか、それは悪かったな。今度はもっと機会を増やそうか」
 そう言ってポチの耳の後ろを優しく撫でる。ポチはそこが気持ち良いのだ。
「お前、いい顔してるぞ」
 そうお父さんに言われてポチは満更でも無い様に
「そう言われると特に嬉しいです」
 そう言ってお父さんの傍に座り込んだ。

 ポチはお父さんを見上げながら
「でも、お父さんはどうして、犬が実は話せるって知っていたのですか?」
 ポチはそれが何時も不思議だったのだ。
 幼い頃から話掛けられ、何時の間にか話せる様になったが、お父さんはまるで自分の子に話掛ける様に語りかけてきたのだった。
「そりゃ、当たり前だよ。私が子供の頃飼っていた犬が、実は犬は言葉が話せると教えてくれたからさ」
 そうお父さんは言って遠くを見つめた。
「最初は驚いたでしょう?」
 そうポチが訊くとお父さんは
「まあ、正直言うと、常々そうなったら良いな、と思っていたから、驚きよりも嬉しかった方が強かったな」
 それを聞いてポチは、心の底からこの家の飼い犬になって良かったと思うのだった。
「お父さんはずっと犬を飼っていたのですか?」
 これもポチが訊いて見たかった事だった。
「そうだな、途中結婚してアパート暮らしをした時は飼えなかったけどな。他は何時も飼っていたな」
 お父さんはポチの顔を見てそう言った。
「そうですか、自分は何番目なのですかね?」
「気になるのか?」
「ええ、ちょっとね……」
 お父さんはそれを訊いて、指折り数えていたが、やがて
「4匹目かな。結構うちにいた犬は長生きだからな」
「そうですか、四番目かぁ」
「どうした?」
 ふと寂しそうな顔をしたポチにお父さんは尋ねて見る
「いやね、私が死んだら、今度はどういう犬を飼うのか、と思いましてね」
 ポチがちょっと恥ずかしげにそう言うとお父さんは
「じゃあ、生まれ変わってまたウチに来たら良いよ」
 そう言ってポチを優しく撫でた。
「そうか……そうですね。また飼われましょうか、飼ってくれますか?」
「当たり前だろう! そんな事訊くなよ」
 その時のお父さんの優しげな目がポチは忘れられなかった。
「そうだ!生まれ変わってもこの家で飼って貰おう、ずっと、ずっと……」
 そう心に決めたのだった。

 やがて、冬の太陽が登り出し、家々を照らし始める。
「帰るか? 帰ってメシにしよう!」
 お父さんがそうポチに語りかけるとポチも「ワン!」と一声吠えて嬉しそうに尾を振る。
 リードを付けて貰い、家路に付く二人だった……その後ろ姿を、柔らかな冬の朝日が照らしていた。

ポチと僕  第3話  お母さんと一緒

第3話  お母さんと一緒

 こういう日を小春日和と言うのだろうかとポチは思いながら、惰眠を貪っていた。これは飼い犬の特権だ!と思いながら……
 夢うつつでいると、遠くで呼ぶ声がする。誰かと見上げれば何と、お母さんだった。
「ポチ、暇かな? 暇だよね」
 そう言って近づいて来て、手には雑巾を持っている。この時点でポチにはお母さんが何をしたいのか想像がついた。
「さあ、足を出してご覧」
 云われるままに前足を交互に出すと、お母さんは足の裏を丁寧に拭いてくれる。
「綺麗にしようね。畳が汚れ無い様にねえ……」
 鼻歌を歌いながら機嫌良さそうに足を拭いて行く。片方が終わったら、もう片方だ。お母さんは、こちらも楽しそうに拭いてくれる。別の足だからと差別はしない。

 前足が終わると今度は後ろ足だ。これはお母さんがちゃんと支えてくれないと、バランスが崩れてしまう。それでも、お母さんは嬉しそうに両方の後ろ足を丁寧に拭いてくれた。
「さあ綺麗になったよ」
 そう言うと鎖を外して、ポチを抱きかかえ、裏口から家の中に入り、ポチを床の上に置いた。
「さあ、自由にしてご覧」
 そうお母さんが言うのでポチは家の中を三度走って廻ってみせた。その走った姿が良かったのか、お母さんはちょっとうっとりとしている。
「私ねポチ、小さい犬は嫌いだけど、表で飼う犬も嫌いなの。うちはお父さんが、犬は外の犬小屋で飼うものだ、って言って利かないのだけど、私は家の中で飼 うのが好きなの。矛盾してるけど、大きな犬が好きなのよ。まあポチはギリギリ合格かな、できたらアフガンハウンドぐらい大きな犬がすきなのよね……ポチも 勿論可愛いわよ」
 そう言って、お母さんは今度は「ポチおいで」とポチを呼び寄せると、バスタオルを敷いた上にポチを横にさせて、毛づくろいを始めた。
 ポチはくすぐったいのを必死で我慢していたが、一つくしゃみをした。
「あら、寒かった?」
 そうお母さんが言うので思わず「違いますよ」と言いそうになるのを我慢した。
「あんた、ノミ居ないのね」
 お母さん、いつたい何時の犬の話をしているのかとポチは思った。
 今は、ペットの物を扱ってる所なら、ノミを駆除する薬なんか気軽に買える時代だ。自分にも隆史くんが定期的にしてくれているじゃ無いかと思うのだった。

「あんたが思ったより綺麗なんで、安心したわ。これで安心してアンタを抱いてお昼寝出来るわ」
 お母さんはそう言うと、奥から毛布と枕を出して来て、陽の当たる場所でポチを抱き締めて横になった。
「こうしてお昼寝するのが子供の頃からの夢だったのよ。四十過ぎてやっと出来たわ」
 ポチは正直、迷惑だったが、朝夕の食事の世話をしてくれるお母さんには無碍に出来ないので我慢をすることにした。
 初冬の柔らかな日差しが一人と1匹を優しく包んでいる。初めは嫌だったポチもお母さんの寝息を聴いてるうちにいつの間にか眠ってしまった。

 気がつくと、お母さんは未だ寝ていた。恐らくそんなに時間は経っていないのだろう、そっと寝ているお母さんの腕を抜けだして、家にいる時に水を飲む居間の隅の自分の場所に行くとちゃんと今日も水の用意がしてあった。
 お母さんに感謝をして。その水を飲む。喉が乾いていたから、体に染み透る様に入って行く。
そして、もう一度お母さんの傍に行き、隣に寝転び目をつぶる……暫くこうして寝ていようか? そんな事を思いながらまた寝てしまった。

 それから小一時間もした頃にお母さんが起きだした。その気配を感じたポチは僅かに早く起きて、お母さんの顔を舐める。
「もう、ポチったら、起きなさいって言うのね」
 そう言いながらもお母さんは嬉しそうだ。時計を見たお母さんは
「もうこんな時間か、お昼にはちょっと遅いけど、軽くなんか食べておくか」
 そう言うとお母さんは台所の冷蔵庫からパスタサラダか何かを出した。
「ポチにもおやつあげるからね」
 そう言って鶏のささ身で出来た犬用のおやつを何枚かポチに与えてくれた。ポチはこれが大好きなのだ。他の人は一枚ずつしかくれないのだが、お母さんは太っ腹で一度に3枚はくれる。
 食べるとまた3枚くれるのでポチはお母さんが好きなのだ。ポチが食べてるのを見ると、お母さんはさっきのパスタサラダを食べ始めた。
 リモコンでTVを付けるとその番組を流し見しながら食べている。思えば人と犬が一緒に何かを食べるって事は珍しいとポチはその時思った。

 食べ終わるとお母さんはポチに
「さあ、お楽しみは終わりだよ。誰かが帰って来ると煩いからね」
 そう言ってポチを裏口のポチの小屋に返し、再び鎖を付ける。
「誰も帰って来なかったら、あとで私が散歩に連れて行ってあげるからね」
 お母さんはポチにそう言って頭を撫でる。こうして、お母さんとポチの秘密の楽しみは終わるのだ。

 それから暫くして隆史が帰ってきた。夕方の散歩は隆史だなとポチは思っていたら、夕方ポチのリードを握ったのはお母さんだった。
 不思議そうな顔をしているポチが判ったのか、お母さんは
「今日の夕食は隆史がカレーを作るんだって。だから、私がアンタの散歩の役目よ」
 お母さんはそう言って嬉しそうにリードを手に持っている。ポチは、じゃあ自分が今日は散歩の道を誘導しないとなと思うのだった。

 散歩の途中で霧島さん家のシェリーと合った。
「あれ今日は珍しいわね」
 そう小声で言うのでポチも
「うん、今日は特別」
それだけを言うとさり気なく別れる。お母さんはポチを見て
「あの子がお姉ちゃんが最近付き合い始めた大学生ね。綺麗な子ね。ポチはどう思う」
 そう訊かれたので、ポチは一言
「ワン!」
 と言って答えたのだった。

 家の前迄来るとカレーのいい匂いが漂っていた。ポチは犬用のカレーって無いものかしら、と思うのだった。

ポチと僕  第2話 お姉さんの想い

第2話 お姉さんの想い


秋の日差しが長くなった頃、その日の朝の散歩はお姉さんだった。ポチはその理由を後で訊いてみようと思い、その時は大人しくお姉さんの指示に従って散歩に出た。
 何時もの公園に行くかとポチは思っていたが、お姉さんは逆の道を歩き始めた。
「ポチ、たまには違う道も新鮮でしょう? まあ、匂い付けがちょっと困るけど、いいわよね!」
 お姉さんはそうポチに語り掛ける。ポチは内心、実はドギマギしている。何故なら、実はこの前、隆史と会話しているのを、お姉さんに見られていたかも知れないからだ。
 そんな事を考えていたら、向こうから綺麗な雌のシェルティが連れられて来た。ポチは始めて見る娘なので、ちょっとドキドキしてしまった。挨拶ぐらいはしたほうが良いかな? とか、気の利いた一言でも言おうか?とか考えてしまった。
 連れているのは、大学生ぐらいの男の人で、ポチの目から見ても中々綺麗な人間だと思った。
『はは~ん、お姉さんはこの人と出会いたかったのか!』
 そう目星を付けたポチは何だか余裕がで出て来た。そして、おねえさんが、向こうの大学生と話をしている間に自分も声をかけてみた。勿論日本語でだ。但し飼い主達には聞こえないようにリードを引っ張って、少し距離を置いた。
「こんにちは! 僕は柴犬のポチと言うんだけど、君は何と言う名なのかな?」
 そう言うと向こうは大層驚いて
「あなた、普段から言葉を話してるの?」
「いいや、普段は吠える事しかしないよ。でも今日は君と親しくなりたいから、言葉で語りかけたんだよ」
 そう言うと彼女は
「そう、それなら判ったけど、驚いたわ。私はシェリー、霧島シェリーよ、宜しくね」
「はは、ありがとう。中には話せない犬もいるからね」
「そう言うのは品種改良で極端に脳が小さくなった種類とかでしょう? あとは野良犬とか人間と関わり合いが無かった犬でしょう」
「まあ、そういう事さ。でもたまに英語しか放さない奴もいるし」
「そう、最近多くなって来たわね。今度は英語も覚えないとならないのかしら?」
 そこまで話が進んだ時に、飼い主の話も終わったようだ。ポチは、小さく「それじゃまた」と言ってシェリーと別れた。

 お姉さんは、それから大回りして何時も公園にポチを連れて行った。ベンチに座ったので横にポチも座る。するとお姉さんはポチに顔を近づけながら
「あんた、さっきのシェルティ、気に入った?」
 そう訪ねて来たのだ。まさか、本当に自分に訊いてるのだろうか?と訝っていると
「気に入ったわよね。二匹で色々話していたものね」
 そう言ったのだ。やはり知ってるんだ、と思い、覚悟を決めると
「まあ、犬同士が何を話してるのかは知らないけど、私は今日あった人に恋してるの。高校の先輩でね。その頃から好きだった。最近この辺散歩に来てるって言うから、今日は私がお前を散歩に連れてきたんだよ。判ったかな?」
 良かった……ポチは心の底からそう思うのだった。

 それから、三日に一回はお姉さんがポチを散歩に連れて行く様になった。勿論、あの時の道を散歩するし、例のシェリーを連れた大学生が目あてなのだと丸わかりだ。そこで、ポチは会話の時にシェリーにも協力して貰う事にした。
「面白そうね。ウチのお兄さん、彼女いないのよ。前に失恋したきりなの」
 それを訊いてポチは自分の家を教えた。するとシェリーは
「じゃあ、今度私があなたの家の前を通る様に誘導するわ」
 そんなことを言い交わして二匹と二人は別れた。

 それから何日か後の夕方、ポチはシェリーの匂いを僅かだが感じた。この前の約束通りシェリーが飼い主を連れてやって来たのだと思った。すかさずポチは大きな声で吠えた。
「ワン、ワンワン」
 珍しい吠える行動に、家にいたお姉さんが驚いて飛び出して来た。
「どうしたのポチ」
 お姉さんが言うとポチはリードを咥えている。
「散歩に行きたいの?」
 今度は訊くとポチは「ワン」と言って答える。
「仕方無いわね」
 そう言ってお姉さんは、リードを付けて鎖を外し裏口から表に出た。その時だった。先輩が向こうからやって来たのだ。
「あ、先輩……」
 驚きつぶやくお姉さんに向こうからやって来た先輩は
「あ、君の家ここだったのか……知らなかったよ。なんかこう偶然に出会うと運命的なのを感じるね」
「先輩……あの今度、一緒に散歩させませんか?」
 お姉さんがやっと言うと先輩は嬉しそうに
「ああ、こちらこそお願いだよ。その方が何倍も楽しいからね」
 どうやら、最初の一歩は始まった様だ。ポチとシェリーは嬉しそうに笑った。
 暫く一緒に散歩を楽しんだ後に、次の約束をして二人は別れた。どうやらメアドも交換したようだ。ポチは深い満足感に浸っていた。自分がお姉さんの恋の橋渡しをしたという事実に深い満足感を感じていたのだった。
 夕日が川の向こうに沈もうとしていた。何時もの公園にお姉さんとポチは座っていた。ふと、お姉さんがポチに言った
「ありがとうねポチ、匂いがしたから私を呼んだんだよね。あんた利口だから、私が先輩のこと好きなの知っていたんだね……ほんとあんた人間以上だよ。まるで言葉が判るみたいだね」
 この時よっぽどポチは話そうか?と思ったのだが止めた。それは何時かどうしようも無くなってからでも遅く無いと、思い直したのだった。
「ワン、ワン」と軽く吠えるとお姉さんは優しくポチの頭を撫でたのだった。
「さあ、もう暗くなるわ、家に帰りましょう。あんたも夕御飯よ」
 お姉さんとポチは真っ赤に照らされながら家路についた。

ポチと僕  第1話 散歩にて

 今日から5回に渡り「ポチと僕」を連載します。 某コンテスト落選作で、少し手を入れてあります。

145653_3第1話 「散歩にて」

 心地良い秋の長い日差しが部屋を一杯にして差し込んでいる。隆史は窓から表を眺めながら
「そろそろ散歩に連れてってやるか?」
 そう呟いて裏口から表に出て、犬小屋で居眠りをしているポチに声を掛ける。
「ポチ、散歩に行くか?」
 そう言い終わらないうちに、ポチは立ち上がり尾を激しく振って「ワン、ワン」と二度吠えた。
「そうか、行きたいのか!」
 そう言って隆史はリードをポチの首輪に繋いで、小屋に繋いであった鎖を外す。ポチは他の犬みたいに、すぐ飼い主を引っ張って飛び出す様な事はしない。隆史の顔色を見ているのだ。どうやら行きたい場所があるらしい。
 隆史は隆史で、そんなポチの様子を見て「こいつは何処か行きたい場所があるのだ」と直感した。長い付き合いだ。お互いにそれぐらいの事は判る。

「何処に行きたいんだ?」
 隆史がそう言うとポチはそれから、リードを引っ張る様に歩き出す。何だかとても嬉しそうな歩き方だと隆史はその時思った。
 ポチが案内した場所は、裏の武井さんの家の庭先だった。そこに、金木犀が花を咲かせていた。
「そうか、さっきからいい匂いがすると思っていたら、武井さん家の金木犀だったか……」
 それをポチが聴いて「ワン」と一言吠える。
「ポチはこの匂いが好きだったか、また新しく覚えたな」
 そう言ってしゃがみ込みポチの頭をなでてやると、ポチは隆史の鼻先を舐めた。

「もういいか?」
 隆史はポチにそう訊いてから歩き出す。ポチは決して普段は飼い主より先に歩く事はしない。
同じ歩調で歩くのだ。
 教えた訳では無いが、いつの間にかそう言う歩き方になったのだ。それでいて、前方に何かあると、ポチの方から歩みを止めてリードを引く様にするのだ。
 それで、隆史は随分助かった事がある。その意味ではポチは隆史の命の恩人ならぬ恩犬だと思っている。

 やがて近くの公園に着く。ここで隆史は誰もいないのを確かめると、ポチのリードを外した。自由になったポチは公園中を走りまわる。見ていると本当に楽しそうだ。
 その時、幼い子どもを連れた子連れの親子が公園に入って来た。
 隆史は「ポチおいで」と短く言うとポチはそれに答えて隆史の元に帰って来た。
 隆史はリードを再び付けて、親子が通り過ぎるのを待とうと思っていたが、その親子が隆史とポチの方に近づいて来た。そして、その子がポチの頭を軽く触ったのだった。
「大丈夫ですよ、大人しいですから」
 そう隆史が言うと女の子は安心したような笑顔を浮かべて、今度は少しだけ力を入れてなでていた。
「おなまえなんというの?」
 そうポチに問いかけるので代わりに隆史が
「ポチって言うんですよ」そう答える。
 それを訊いてその子は「ポチちゃん、かわいいね」と言いながら今度は軽くポチを抱きしめていた。ポチは最初は驚いたがやがて嬉しそうにしていた。

 やがて親子は礼を言って別れて行った。いつまでも手を振っていたのが印象的だった。
 隆史は「さっき、あの子が名前訊いた時にお前が自分で答えたら、きっと驚いたろうな」
 そうつぶやくとポチは一言「ワン」と吠えた後で
「それは驚いたでしょうね」そう話しだしたのだ。
 だが隆史は驚くふりも見せずに
「おい、こういう公共の場所で口をきいたら、不味いだろう?」
 そう言って窘める。
「へへへ、誰もいませんから大丈夫ですよ」
 今度はそう言って嬉しそうに隆史を見る。
「実は犬の何割かは、人間の言葉を話せるんですよ。人間は知りませんけどね」
 そう言って何故か自慢げだ。
「最初にお前が口を利いた時は本当に驚いたよ。訳を訊いて納得したけどな」
 隆史は今でもその時の事を良く覚えていた。

 その日は、隆史がポチの朝の散歩をした時だった。今までは学校があったので、夕方の散歩はしていたけれど、朝はしなかったのだ。朝は父親がやっていた。
 その日は父親が出張で、朝はおらず、隆史も学校が休みだったので、散歩に連れて行く事にしたのだ。
 冬の良く晴れた日だった。霜柱を踏みしめて裏口の犬小屋に回るとポチはもう判っていたと見えて嬉しそうにしている。
 リードを付けてやり鎖を外して、外に連れだす。その時にポチが口を利いたのだ。
「今朝は隆史くんか、珍しいね。寝坊助が」
 隆史は始め誰か別の人間が話しているのかと思い、回りを確かめたが誰もいなかった。おかしいなとは思ったが、本当に誰も周りにいないので、気のせいかと思ったのだ。
「気のせいじゃ無いよ。僕だよポチだよ」
 あまりの事に隆史は驚き口も利けなかった。犬のポチが口を利いて、人間の隆史が逆に口を利けなくなるとは逆だとポチはその時思ったと言う。

「どうしたの? 驚いたの?」
 ポチは周りに誰もいないのを確認すると腰を抜かして、尻もちをついている隆史の耳元で呟いた。
「ポチ、喋れるんだ!?」
 それが隆史が初めてポチに会話として語った言葉だった。
「そうですよ。だって考えても見て下さいよ。生まれてからずっと、日本語に囲まれて生きてきたんですよ。言葉ぐらい覚えますよ。まともな犬なら」
 ポチはそう言って語っている。
「確かに、そうだよな、赤ん坊だって周りの大人の言葉を聴いて覚えるんだからな。元々人間の5~7歳ぐらいの知能があると言うから、覚えるよな」
 そう隆史が言うとポチは
「その5~7歳と言う説だって人間が勝手に思ってるだけですからね。犬だって利口な奴から馬鹿な奴まで揃っていますからね」
 言われて確か、だと隆史は思った。
「まあ、これからも宜しくお願いします。隆史さん」
 そう言ってポチは前足を出した。
「人間で言う握手ですよ」
 そう言われて隆史も右手を出して握手する。
「なんか俺、世界が変わりそうだわ」
 そう言って笑ったのだった。

 それからは、朝晩となるべく隆史が散歩をするようになった。それは、ポチと話してると面白いからだ。
 どうやら、ポチはかなりの論客家であるようで、言う事がいちいち最もな事を言う。たまに、隆史に論破されてしょげるが、隆史はそこがカワイいと思ってしまう。
 ポチも家族のランクでは隆史は最下位だが、一番好きだという。
「ランク? 聞いてはいたけど実際あるんだ!」
 初めてその事を聴いた時、ポチにそう確かめたのだ。
「うん、ウチの場合は、一番はお父さん! 二番がお母さん、三番がお姉さん、で一番下が隆史くん。そうなってるんだ。この基準は犬の本能によるランキングだから理論的じゃ無いからね」
 何とも人を喰ったポチの回答だが
「だから好きな人とランクは違うんだよ」
 そう云われて納得してしまった。

 それから、隆史とポチは親友になった。
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