バイクと恋と噺家と

「バイクと恋と噺家と」第38話(終)

 小鮒さんが楽屋を出るとわたしは急いで客席に向かう。間一髪で戻れた。客席では「外記猿」が流れている。この出囃子は太鼓や笛で始まるのではなく、三味線が一定のリズムを刻みながら始まる。そして段々と他の楽器の音が重なって行くのだ。だから最初から賑やかな「さわぎ」とか「祭囃子」とは違って最初は緊張感のある出だしとなっている。
 そしてその緊張感が最高潮に達した時に袖から小鮒さんが姿を表した。一斉に拍手が湧き起こる。高座の真ん中の座布団に座ると扇子を前に置いて頭を下げた。
「え〜今日はわたしが最後でございます。我慢ももうすぐ終わりですからね。後少しの辛抱です。そうしたら、二つ目の落語から開放されますからね」
 どっと笑いが起きる。この時の小鮒さんの表情が特に良かった。
「めくりには古琴亭小鮒と書かれています。古琴亭栄楽というのがわたしの弟子……じゃなくて師匠でございます」
 ここでも笑いが連続で起きる。掴みは完璧だと思った。
「よく言われるのは『お前は栄楽師匠の弟子なのに何故師匠の名が一字もはいらないんだ』って言う質問です。無理もありません。普通は二っ目になれば師匠の名前の漢字を一字貰うのが普通なんですが、実は師匠は弟子に一字も自分の栄楽という名を付けていません。皆魚に由来する名前です。わたしの兄弟子は小鮎ですし、弟弟子は金魚ですからね。なんでそうなのかと言うと、実は師匠が釣り好きなんです。只それだけなんですね」
 観客が楽しそうな表情をしている。それを見てわたしも嬉しくなって来る。そして噺に入った。今日の「替わり目」という噺は……。
 酔っ払った男が自分の家の前で俥に乗ったりして、さんざんからかって帰って来る。女房は早く寝かせようとしますが、寝酒を飲みたいと言い出す。しかし、つまみになるものが何も無いので、女房は女夜明かしのおでん屋へ買いに行く。
 女房をを買い物にやって誰も居なくなった亭主が
「何だかんだっつっても、女房なりゃこそオレの用をしてくれるんだよ。ウン。あれだって女は悪かねえからね……近所の人が『お前さんとこのおかみさんは美人ですよ』って……オレもそうだと思うよ。『出てけ、お多福っ』なんてってるけど、陰じゃあすまない、すいませんってわびてるぐれえだからな本当に……」
 そうしみじみと語っていると
「お、まだ行かねえのか! さあ大変だ。元を見られちゃった」
 寄席ではここで切る事が殆どだが、実はこの後があり、じかも題名はそこから来ているので、ここで切ると題名の由来が判らないのだ。
 わたしはこの場面を見て、小鮒さんがこの噺を選んだ理由が理解出来た。わたしの思い込みで無ければ、今日のこの噺はわたしに向けて語ってくれていたのだ。一門の師匠方が代々受け継いで来た大事な噺……。大師匠の師匠の古琴亭志ん栄師匠が病に倒れた後の復帰の高座で最初に掛けた噺。それはリハビリを支えてくれた自分の女将さんに向けての感謝の高座でもあったのだ。わたしは、かなり前に小鮒さんから、その逸話を聴かされていた。小鮒さんはそれを覚えていて、と言うよりそれに倣ったのだ。わたしはやっとその真意を理解した。
 わたしは間抜けだ。駄目な女だ。小鮒さんがどれだけ、わたしの事を愛してくれたいたか。どれだけ大事にされて来たのか、そんな事も理解しないで生きて来た。それが今判り涙が止まらなくなっていた。ハンカチで涙を拭うが後から後から出て来て止まらない。それでもこの高座を最後まできちんと聴くのが勤めだと思う。この後の噺は……。
 亭主はその間に家の傍を通ったうどん屋をつかまえて酒の燗をつけさせる。うどん屋が何か食べてほしいというのをおどかして追っ払ってしまう。そのあとで新内流しをつかまえて都々逸をひかせていい気持ちになっているところへやっと女房が帰って来る。
「おや、お前さん、どうやってお燗をしたの」
「いまうどん屋につけさせた」
「なんか食べたの」
「なにも食わねえで追っ払った」
「かわいそうに、うどんでもとってあげれば良かったのに。……うどん屋さーん! うどん屋さーん」
「おいうどん屋、あそこの家でおかみさんが呼んでるぜ」
「どこです」
「あの腰障子の見える家だ」
「あそこは駄目です。いま行ったら銚子の替わり目だから」
 このうどん屋の最後のセリフが題名になっているのだ。だからここまで聴かないと判らないのだ。
 小鮒さんの出来は後半も素晴らしかった。恐らくわたしが聴いた小鮒さんの高座で一番の出来ではないだろうか。それだけの出来だった。湧き上がる拍手の中、緞帳が静かに下がって行く。小鮒さんが
「ありがとうございます、ありがとうございます」
 と何回も繰り返して頭を下げている。わたしはそっと客席を抜け出し楽屋に向かう。
 楽屋では小鮒さんが高座から降りて来たところだった。
「聴いててくれたかい」
 わたしは静かに頷く。言葉に出せば泣きそうだった。
「里菜、良かったね。わたしも高座からあんな言葉掛けて欲しかったなぁ」
 翠が笑いながら横目で馬富さんの方を見ながらそんな事を言ってくれた。やはり彼女もあのセリフの意味が判っていたのだ。
 観客が帰り、出演者がもう一度高座に呼ばれた。今日の講評を伝えるのだ。それによると、一番の出来はやはり小鮒さんの「替わり目」だった。次が萩太郎さんの「代書屋」その次が馬富さんの「青菜」だった。二人の差は僅かだったと言う。四番目が段々さんの「黄金餅」で最後が福太郎さんの「菊江の仏壇」だった。福太郎さんもそれは想像していたみたいで、
「この次に上がる時は一番になります」
 そう決意を聞かせてくれた。次回は福太郎さんの代わりに遊五楼さんが出演する。それは三月後の八月だった。
「すると俺が次に出るのは十一月か。稽古する時間はたっぷりあるな」
 福太郎さんがそんな事を言うと馬富さんが
「時間は誰でも平等だけどな」
 そう言ったら皆が笑っていた。わたしはその様子、関係がとても羨ましく感じた。お互いに真剣にやり合いながらも常にユーモアを忘れない……きっと将来はそれぞれ特別な噺家になるのだろうと思った。
 
 あれから五年……。
 わたしは大学を卒業して演芸関係の雑誌の出版社に就職した。大学の教授からは、もっと条件の良い所もあると言われたが、わたしは落語に関わっていたかったのだ。小鮒さんとはどうしたって? 勿論一緒になったけど、大学を卒業してすぐでは無い。少し働いてからだった。子供も出来たが今でも雑誌記者は続けている。毎日寄席や落語会に通って取材をしている。そして今年は嬉しい知らせがあった。再来年の五月に小鮒さんと馬富さんが真打に昇進することが決まったのだ。それぞれ十人以上の先輩を抜いての抜擢昇進だそうだ。今から準備が大変だ。昇進の手拭、扇子などを考えて発注しなくてはならない。
 そして今でもバイクには乗っている。恐らく一生乗り続けるだろう。今は子供も小さいから後ろに乗せられないが、もう少し大きくなったら家族三人でツーリングに行こうと思ってる。
 翠はあの「特選落語会」の後に式を挙げて、賢ちゃんこと馬富さんと夫婦になった。今では二人の子供が居る。馬富さんの芸が著しく向上したのは奥さんのお陰と周りでは言われている。そんな翠はわたしに
「正直、一人昇進だったら嬉しかったけど、お金の算段が大変だったわね」
 そんなことを言っていた。確かに昇進には物凄くお金が掛かる。特に一人昇進なら全ての費用を一人で賄うのだが二人だとそれが半減される。
 五月の上旬から上野の鈴本演芸場を皮切りに、新宿末広亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場と続く、そして最後は三宅坂の国立演芸場だ。都合五十日間の披露興行だ。わたしも取材にそして女将さんとして頑張らなければならない。
 こうして、わたしと顕さんの物語はここまで続いて来た。そしてこれからも続くけど、一旦、ここで終わりにしようと思う。またお目に掛かる日まで……。

               
             「バイクと恋と噺家と」       <了> 

「バイクと恋と噺家と」第37話

 顕さんに自分の想いを告げてしまった。でも、わたしは本当に噺家の女将さんになれるのだろうか? 結城顕の妻ならなれると思うというより一生懸命やれば、なれる気がする。でも、女将さんになんてなれるのだろうか? そんなことを考えていた。そして、ふと気がつく。
「ねえ、福太郎さんの噺聴かなくても良いの?」
 高座では福太郎さんが「菊江の仏壇」をやっているはずだった。客席には入れなくても楽屋から聴くことが出来るはずだった。
「そうか、戻ろうか……でも、ここに居ても良いけどね」
「どうして? 他の人の高座を聴かなくても良いの?」
 この会は出来の悪さが続けば交代させられるのだ。今日の高座で一番出来が悪かったらとりあえず次回は予備に回されるのだ。それだけは避けたいと思っているはずだった。だから福太郎さんの「菊江の仏壇」を聴かないという、消極的な考えが理解出来なかった。
「福太郎の奴にはこの噺は難しいと思うよ」
 福太郎さんは協会は違うがほぼ同じ時期に入門しており広く考えれば同期なのだ。
「難しいの? なら何故そんな噺をやったの?」
「それはきっと、安全策を嫌ったんだろうね。得意な噺だけを選んでやっていたら、芸の伸びは期待出来ない。だから今は出来なくても挑戦する事に意義があるのだと思う。でも普通は自分の会でやってみるものだけどね」
 顕さんはそう言って福太郎さんの考えを推理してくれた。
「この会で演じる事で更に自分を追い込んだのだと思う」
「そうなんだ……」
「でもそれは、今日ここに出ているメンバーは皆、表にこそ出さないけど胸にしまってると思うよ」
 そうなのだ。それは、わたしだって判っていたはずだった。顕さんの安全を願うばかりに、安全策な方向に考えが行ってしまってる事に気がついた。
「楽屋に戻ろうか」
 顕さんはそう言って、わたしの手を取って歩き出した。わたしも一緒に行く。楽屋では翠が馬富さんの着物を畳んでいた。彼女はこんな事もする。わたしは多分やらないかも知れない。真打になれば前座さんが手伝ってくれるし、ある意味、部外者であるわたしが、やる事では無い気がするからだ。
 菊江の仏壇という噺は東京でもたまに「白ざつま」という演題で演じられる。わたしも上方の米朝師や色々な師匠の録音や映像で聴いたことがあるが、余り後味の良い噺ではない。この噺の筋は……。
 ある大店の旦那ですが、奉公人にはろくなものも食わせないほどケチなくせに、信心だけには金を使うというお方。
 その反動か、せがれの若旦那は、お花という貞淑な新妻がいるというのに、外に菊江という芸者を囲い、ほとんど家に居つかない。そのせいか、気を病んだお花は重病になり、実家に帰ってしまう。
 そのお花がいよいよ危ないという知らせが来たので、旦那は若だんなを見舞いに行かせようとし、今までの不始末をさんざんに攻めるが、若旦那は
「わたいの女道楽は大旦那の信心と変われへんもんでっせ」
 と全く反省の色すらも見せない。おまけに番頭が、もしお花がその場で死にでもしたら、若だんなが矢面に立たされて責められると意見され、
嫌々ながらも、自分が出かけていく。
 本当は、これは番頭の策略で、ケチなだんながいないうちに、たまには奉公人一同にうまいものでもくわしてやり、気晴らしにぱっと騒ごうということ。
 若旦那は、親父にまんまと嫌な役を押しつけたので、早速、菊江のところに行こうとすると番頭が止めます。
「大旦那を嫁の病気の見舞いにやっておいて、若旦那をそのすきに囲い物のところへ行かせたと知れたら、あたしの立場がありません、どうせなら、相手は芸者で三味線のひとつもやれるんだから、家に呼びなさい」
 若旦那は、それもご趣向だと賛成して、店ではのめや歌えのドンチャン騒ぎが始まる。そこへ丁稚の定吉が菊江を引っ張ってくるが、夕方、髪を洗っている最中に呼びに来られたので、散らし髪に白薩摩の単衣という、幽霊のような様子。
 菊江の三味線で場が盛り上がったころ、突然だんなが戻ってきたので、一同大あわて。取りあえず、菊江を、この間、旦那が二百円という大金を出して作らせた、馬鹿でかい仏壇に隠す。
 何も知らない旦那は帰って来て、
「とうとうお花はダメだったと言い、かわいそうに、せがれのような不実な奴でも生涯連れ添う夫と思えば、一目会うまでは死に切れずにいたものを、会いに来たのが親父とわかって、にわかにがっくりしてそのままだ。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
 と、唱えます。そして番頭が止めるのも聞かず、例の仏壇の扉をパッと開けたとたん、白薩摩でザンバラ髪の女が目に入る。
「それを見ろ、言わないこっちゃない。お花や、せがれも私も出家してわびるから、どうか浮かんどくれ消えておくれ、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
 すると仏壇の中の菊江が
「旦那様、私も消えとうございます」
 とサゲる噺だが、後味が悪い。正直、数多ある落語の噺の中でも一、二を争うほど嫌いな噺だ。同じ女として許せない部分が余りにも多いと思う。それはわたしが女として未熟だからなのか? それとも時代がそうだったのか? 今のわたしには出せない結論だ。
 楽屋で見るモニターの福太郎さんは噺の後半に入っていた。
「……どうか消えておくれ、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
「旦那様、わたしも消えとうございます」
 サゲが決まって拍手の中、福太郎さんが降りて来た。
「あ〜イマイチだったなぁ」
 汗を拭きながら着物を脱いで行く、すると仲の良い萩太郎さんが
「あの噺をやるなんて、まさかと思ったよ」
 そう言って半分感心していた
「結構な大看板だって、成功してるとは言い難いからね
 また、そうも付け加えていた。その言葉に福太郎さんは
「まあ、今からやらないとね。将来出来ないかも知れないし、東京で上方落語をやるには、いつかは避けて通れない道でもあるしね」
 やはり顕さんの言った通りだった。わたしは見方が甘いと思った。今のままでは噺家の女将さんには、なれないと思った。
 仲入りになり顕さんが着替えを始めた。段々結城顕から古琴亭小鮒に変わって行く。わたしも翠ではないが手伝う。今日の着物は、濃紺で一見、無地の織物に見えるが実はかなり細かい縞が入っている。今日は酔っ払いの噺でしかも、恐らく職人の家庭なのでこの着物にしたそうだ。
「似合ってるわね」
 思ったよりも柄と色が似合っていた。このまま噺の主人公になれそうだった。気がつくと段々さんの出囃子が流れていた。寄席に出ない立山流の段々さんは今日のメンバーには仲の良い人は居ない感じだった。楽屋の隅に一人で居たが、出番の前に馬富さんが声を掛けて何か話していた。今日のメンバーでは、彼が一番入門が浅い。
 段々さんは皆に軽く会釈をして「勉強させて戴きます」と言って高座に出て行った。噺家は高座に出る時は「お先に勉強させて戴きます」と言って高座に出て行き、降りて来ると「お先に勉強させて戴きました」と言うのが慣例となっている。今までわたしが書かなかったが、小鮒さんも馬富さんも何時も言っている。
「段々もまた難しい噺を選んだよな」
 福太郎さんがモニターを見ながら言う。
「ああ、亡き大師匠の得意ネタだけどな」
 萩太郎さんがそれを返すと今度は小鮒さんが
「ウチの大師匠の師匠が得意中の得意にしていた噺だけどね。確か直に教わったんだよね」
 大師匠の師匠は何と言うのだろう? 大大師匠とでも言うのだろうか?
「どうしても比べられるよね」
 今度は馬富さんが言う
 師匠や一門の先輩が得意にしていたなら、今日のメンバーは皆そうではないかと思った。
 段々さんのやる「黄金餅」という噺は……。
 下谷の山崎町の裏長屋に、薬を買うのも嫌だというケチの”西念”という乞食坊主が住んで居た。
 隣に住む金山寺味噌を売る”金兵衛”が、身体を壊して寝ている西念を見舞い、食べたいという餡ころ餅を買ってやるが、食べる所を見られたく無いので家に帰れと言う。
 帰って壁から覗くと、西念があんこを出して、そこに貯めた二分金や一分金を詰め込んで、一つずつ全部、丸飲みしてしまう。そしてその後、急に苦しみだしてそのまま死んでしまった。金兵衛は飲み込んだ金を取り出したく工夫をするが出来ず。焼き場で骨揚げ時に、金を取り出してしまおうと考える。
 長屋一同で、漬け物ダルに納め、貧乏仲間なもので夜の内に、葬列を出す。そしてこの後の道中付の口上がこの噺の注目点なのだ。
「下谷の山崎町を出まして、あれから上野の山下に出て、三枚橋から上野広小路に出まして、御成街道から五軒町へ出て、そのころ、堀様と鳥居様というお屋敷の前をまっ直ぐに、筋違(すじかい)御門から大通り出まして、神田須田町へ出て、新石町から鍋町、鍛冶町へ出まして、今川橋から本白銀(ほんしろがね)町へ出まして、石町へ出て、本町、室町から、日本橋を渡りまして、通(とおり)四丁目へ出まして、中橋、南伝馬町、あれから京橋を渡りましてまっつぐに尾張町、新橋を右に切れまして、土橋から久保町へ出まして、新(あたらし)橋の通りをまっすぐに、愛宕下へ出まして、天徳寺を抜けまして、西ノ久保から神谷町、飯倉(いいくら)六丁目へ出て、坂を上がって飯倉片町、そのころ、おかめ団子という団子屋の前をまっすぐに、麻布の永坂を降りまして、十番へ出て、大黒坂から一本松、麻布絶口釜無村(あざぶぜっこうかまなしむら)の木蓮寺へ来た。みんな疲れたが、私もくたびれた」
 ここを段々さんの大師匠は一回言った後で現代の道に置き換えて更に続けたのだ。これは当時としては革新的で一気に彼の名を高めたと言って良いそうだ。これも小鮒さんからの受け売りだけどね。
 何とか麻布絶口釜無村の木蓮寺へ着き、木蓮寺で、葬儀の値段を値切り、焼き場の切手と、中途半端なお経を上げて貰い、仲間には「新橋に夜通しやっている所があるから、そこで飲って、自分で金を払って帰ってくれ」
 と言い、帰してしまう。
 その後、桐ヶ谷の焼き場に一人で担いで持って来て、朝一番で焼いて、腹は生焼けにしてくれと脅かしながら頼み、新橋で朝まで時間を潰してから、桐ヶ谷まで戻り、遺言だから俺一人で骨揚げするからと言い、持ってきたアジ切り包丁で、切り開き金だけを奪い取って、骨はそのまま、焼き場の金も払わず出て行ってしまう。その金で、目黒に餅屋を開いてたいそう繁盛したという。江戸の名物「黄金餅」の由来でございます。とサゲる噺だ。
 段々さんは大師匠の現代版はやらなかったが、見事な口上を聴かせてくれた。そして黄金餅の由来を言い終えると頭をサゲて拍手を貰って降りて来た。同時に小鮒さんの「外記猿」が鳴り出す。小鮒さんは挨拶をしてからわたしを見詰めて静かに頷いて高座に出て行った。いよいよ小鮒さんのトリの高座が始まる。

「バイクと恋と噺家と」第36話

 コーヒーを飲んで帰って来ると、最初の萩太郎さんが出番の準備をしているところだった。萩太郎さんはわたしの姿を見つけると
「初っ端だからね。緊張するよ」
 そう言っていたが、馬富さんが
「兄さんはこれが手だから、騙されちゃ駄目だよ」
 そんなことを言って笑わせてくれた
「兄さん、里菜ちゃんは小鮒っていう彼氏が居るんですから」
 そう注意をすると萩太郎さんは
「だから、俺の人なりを知って貰って、友達を紹介して貰おうと思ってさ」
そんなことを言っている。多分気分をほぐしたいのだろうと思った。そして萩太郎さんの出囃子が鳴り出した。
「じゃ行ってくる」
 そう言い残して高座に出て行った。わたしは急いで客席に戻る
「え〜今日の『若手特選会』の初っ端の高座でございます。萩太郎と申します。どうぞよろしくお願い致します」
 挨拶をして噺に入って行く。この「代書屋」というのは。今で言う「司法書士」にあたる職業で、法的な書類の他に個人的な書類の作成もやっていたそうだ。
 ある代書屋さんにワケの判らない男が、履歴書を書いて貰いにやって来て、トンチンカンなことを言う。非常に笑いの多い噺で、誰がやってもウケる噺だ。だがそこが返って難しいと小鮒さんは言っていた。本来は次々と客が来て、それぞれが無理難題を言う展開になる長い噺なのだが、元は上方の新作だったが、今や東西で演じられて古典になっている。東京では最後までは余り演じられず。最初の男だけで終わる。萩太郎さんの師匠が、かなり作り変えたのだと言っていた。
「そこかけて」
「へ?」
「かけるの!……誰が走れと言ったの!」
 こんな調子で噺が進行する。会場は爆笑に継ぐ爆笑で完全に客席が温まった感じだった。
 最後は学歴の噺になり出身の学校を訊くところがオチとなる。この先の職歴のところまであるが、今日はそこまでは行かない。
「ああ、いけねえ!」
「どうした?」
「学習院だった」
 一斉に拍手が沸き起こる。萩太郎さんは満足げな表情で高座を降りた。わたしは翠と一緒に居たいので楽屋に向かう
「あ、里菜。来てくれたんだ」
「当たり前でしょ」
 楽屋の袖からも無理すれば見えるが、ここは大人しく楽屋のモニターで小鮒さんと一緒に見ることにする。二番手の馬富さんの出囃子が鳴って馬富さんが翠の方を向いて頷いてから出て行った。翠は両方の手を胸の前で組んで祈るような表情でそれを見送った。
「青菜」という噺は、旦那の庭を剪定していた植木職人の熊さん。旦那に色々とご馳走になる、鯉の洗いから始まり、「柳陰」という珍しい酒やそうめん等をご馳走になった後に
「時に植木屋さん。菜はお好きかな?」
 と尋ねられる。熊さんは
「へえ、大好物でございます」
 そう答える。旦那は奥方に菜を持って来るように言うが奥方は
「旦那様、鞍馬山から牛若丸がい出まして、その名を九郎判官」
「そうか、では義経にしておきなさい」
 そう返事をする。これは青菜は食べてしまって無いという洒落だったのだ。これに感激した熊さんは、家でもやろうとして失敗すると言う噺なのだ。
 この噺は馬富さんの師匠の宝家圓馬師匠だと、寄席の客席が旦那の庭になってしまう現象が起きるのだ。我々聴いてるものはそう感じるのだ。今日の馬富さんもいい出来できっと客席はそう感じているのだと思う。翠は目を瞑って噺を聴いている。そうなのだ、こんな時は耳だけで聴いた方が、色々な事が判るものだとわたしも感じた。
 熊さんの女将さんが、友達の前に押し入れから汗だくで出て来て
「旦那様、鞍馬山から牛若丸がい出まして、その名を九郎判官義経」
 と最後まで言ってしまった。困った熊さんは
「う〜ん弁慶にしておけ」
 サゲが見事に決まった。翠はそれを聴くとスクッと立って馬富さんを出迎えた。
「良かったよ!」
 翠の瞳が濡れていた。それだけこの噺に掛けていたのだと判った。
「そうか、師匠譲りだからな。やり難い噺に敢えて挑戦してみたのさ」
 その言葉はきっと本音だろうと思う。翠は着替えを手伝っている。それを見た小鮒さんは
「ちょっと」
 わたしを呼んで楽屋の外に連れ出した。ロビーの椅子に座り
「ここまでの出来は二人共いい出来だね。今日はかなり水準が高い。俺も頑張らないとな」
 そう言って笑みを浮かべた。そして
「卒業したらだけど、考えておいてくれないかな」
「え、……」
 それって……しかもいきなり……なんで今日なの? 今日は噺のことを考えていたのじゃ無いの? 
「駄目かな?」
 駄目って。そんな訳ないじゃない。でも、何て言おう……。ずるいと思った。わたしが簡単には断れないと思ってだと、その時は思った。
「もしかして、それって……」
「ああ、一緒になって欲しい」
 意識はずっとしていたし、それまで交際が続いていれば、そうなるものだと漠然と思っていた。
「まだ。一年半あるよ」
「もう一年半しかない」
「食べさせて行けるの?」
「そうなるように頑張る」
 結論は出ていた。今は彼以外の人と一緒になるなんて考えられない。でもすぐに返事をしては癪だと思った。
「今日もだけど、これからもこの会に落とされずに出演出来ていたら、噺家古琴亭小鮒の女将さんになる」
「ありがとう。一度も落とされないように頑張るよ」
 高座では福太郎さんが「菊江の仏壇」をやっているはずだった。

「バイクと恋と噺家と」第35話

 五月の「若手特選会」まあこれが本当の会で今までの二回は予選みたいなものだったのだけど、その五月の会は五月十日に行われる。五月と言えば噺家や芸人にとって稼ぎ時だ。特に上旬のゴールデンウィークは寄席や落語会にも多くの人が詰めかける。だから寄席でも一枚看板の師匠をトリに持って来たり、豪華な顔ぶれの落語会が開かれる。小鮒さんもびっしりとスケジュールが埋まっていた。わたしと出会った頃はこの時期でもろくに仕事が入っていなかった事を思うと胸に迫るものがある。
 翠と賢ちゃんこと馬富さんの披露宴は五月の最後に行われる。その頃なら馬富さんの仕事も一段落つくからだ。でも今年はその前に「若手特選会」があるので翠はピリピリしているみたいだ。電話でも不安や愚痴が多い。常に前向きな翠がそんなことを口にするのは余程のことなんだろうと思う。何時もは反対のことが多いからだ。
 四月も中旬になると五月の「若手特選会」の演目を決めなければならない。馬富さんは案の定「青菜」だった。小鮒さんは何をやるのだろう。訊いてみたら
「俺は今回は『替わり目』をやろうと思うんだ」
「『替わり目』かぁ。冬ならともかく初夏だからねぇ」
「まあ、そうだけどさ。だから誰も選ばないと思ってさ。皆が夏や初夏の噺なら詰まらないと思ってさ」
 小鮒さんは確かに今年に入って良く「替わり目」を演じていた。この噺は五代目志ん生師が得意にしていた噺で、夫婦の情愛の噺とされている。笑いの多い噺でもあり演者としては不足は無い噺だ。
「期待しちゃっていい?」
「ああ、頑張るよ」
 わたしは小鮒さんがこの噺を選んだ理由を訊きたかったが今は尋ねない事に決めた。きっと回答は当日の高座にあると思ったからだ。
 他の演者の演目も決まった。福太郎さんはやはり上方落語で「菊江の仏壇」。段々さんが「黄金餅」で萩太郎さんは「代書屋」と決まった。個人的な見方だが、小鮒さんや馬富さんに比べて福太郎さん、段々さん、萩太郎さんは難しい噺に挑戦するのだと思った。確か演目のリストにはもっとやり易い噺もあったはずだ。それでも敢えて難しい噺を選んだ三人はそれだけ真剣なのだと思った。決して小鮒さんと馬富さんが簡単な噺を選んだ訳ではない、小鮒さんが言うには
「賢治の奴はよほど上手くやらないと落とされる可能性があるな」
 そんなことを言っていた。わたしは、その理由が知りたくて
「どうして。師匠ゆずりなら上手に出来るんじゃない」
「だからさ、上手に出来て当たり前と思われるということさ。つまり合格点が引き上げられるという事さ」
 そうか、そんな事はわたしは考えていなかった。
「じゃあ余程の出来で無ければ駄目とう事?」
「そういう事だと思うよ。誰も決して楽を考えている訳では無いからね」
 そう言った小鮒さんの「替り目」だって簡単な噺ではない。小鮒さんの師匠の古琴亭栄楽師匠はこの噺を秋から冬になると良く寄席で演じるという。先日小鮒さんは師匠の家に行って「若手特選会」でこの噺を演じることを告げたそうだ。その時師匠の栄楽師は
「この噺は笑わせるポイントが沢山あるがその根底にあるのは夫婦愛だ。それを踏まえていれば良い」
 そうアドバイスしてくれたという。ちなみに噺家は前座や見習いは毎日師匠の家に朝顔を出して掃除や雑用をする。前座はその後ご飯を食べて寄席に行く。見習いは更に雑用をして師匠のカバン持ちをして一緒について行く。これが仕事だ。二つ目になると、それらからは開放されるし、基本的に師匠の家に、毎日は行かなくても良くなる。でもたまには顔を出さないと駄目らしい。小鮒さんは地方の仕事から帰って来るとその行き先の土産を必ず北千住の師匠の家に持って行っている。それは師匠というより見習いや前座の頃に大変お世話になった女将さんへの気遣いだと、わたしは思うのだ。
 今年のゴールデンウィーク、小鮒さんは本当に忙しくて、向島の家に帰って来るのも遅くなることが多かった。大学が休みなので、顕さんが向島の家に帰る時は、おばあちゃんの許可を得て、わたしも向島の家に泊まっていた。
「里菜ちゃんが来てくれると家の掃除や家事を色々してくれるので助かるわぁ」
 おばあちゃんはそう言ってくれているので、正直わたしも来やすいのだ。お風呂を沸かしておいたり、おばあちゃんや顕さんの好きなものを作っておくのだ。わたしは、たまにだが翠はこんな事をもう二年以上もしていたと思うと頭が下がる。結婚するとこれが毎日になるのだと実感した。

 十日の特選会の出番が告知された。まず一番手は萩太郎さんで「代書屋」二番手が馬富さんで「青菜」仲入りが福太郎さんで「菊江の仏壇」くいつきが段々さんの「黄金餅」そしてトリが小鮒さんの「替わり目」だった。向島の家で遅い夕食を食べながらわたしは顕さんに
「ねえ今度はトリなんだね。凄いじゃない」
「違う、違う、これ持ち回りだからね」
「持ち回り?」
「そう順番なんだ。この次は俺がトップになると決まってるんだ。だからそんな点も考えて演目を選ぶんだよ」
 「そうかぁ。あきまでも公平なんだね」
「まあこの会に選ばれた時点で注目されているからね。そこから先は自分次第ということさ」
 小鮒さんは少しも浮かれていなかった。
 向島の家では実家の傍にある「実咲公園」のような場所が無かったので小鮒さんは向島の家の近所を歩きながら噺の稽古をしていた。わたしもそれに付き合って一緒に歩く。向島は夜遅くなると人通りも少なくなるが、さすが東京だけあって街は明るい。わたしひとりでも歩くのに不安を感じさせる事は無かったので、遅くなっても心配は要らなかった。そして十日を迎えた。
 その日、わたしは大学の講義が終わると虎ノ門の「ニッスイホール」に向かった。地下鉄を降りて会場の前まで来ると、大きな看板が掲げられていた
『第一回 若手特選会』
 白地に黒く書かれた文字は見事だった。正式には今日が第一回なのだと再認識する。そうなのだ「特選」の文字に嘘は無い。選ばれた二つ目の噺家十人の内から更に六名に絞られたのだ。次回は遊五楼さんが入って、今日一番出来が悪かった人が次回は休みになる。その次には出られるが、そこでまた一番出来が悪いと交代の可能性もあるそうだ。常に真剣でなければならない。
 会場に入って楽屋を訪れると、先に翠が来ていて馬富さんの世話をしていた。
「ああ、里菜。今来たんだ」
「うん。今日は講義があったからね」
「小鮒さんはトリだからもう少し遅くても良かったかもね」
 その声で楽屋の奥から小鮒さんが出て来た。未だ着物にも着替えていない。口上が無いから出番の前までに着替えれば良いのだ。
「お茶飲もうか」
 小鮒さんは他の噺家さんに気を使って、わたしを表に誘い出した。すぐ傍のコーヒー屋さんで小鮒さんは
「翠ちゃんはすっかり女将さんだね」
 そう言って笑っていた。噺家の中にはあまり関係者を、楽屋に入れたがらない人も居る。今日のメンバーにそんな人が居るのかは、判らないが小鮒さんはきっと気を効かせてくれたのだろう。出番がトリという事もあると思った。
「そんな心配な顔をしなくて良いよ。大丈夫次もきっと出られるから」
 小鮒さんは、わたしの表情からわたしの心配事を見抜いていたのだった。それだけ余裕があるなら大丈夫だと思った。

「バイクと恋と噺家と」第34話

 天城は夏なら箱根の十国峠から伊豆スカイラインに入ってそのまま南下すれば良いが箱根の天気が怪しいとその道は使えなくなる。地図を出して顕さんとルートを検討する。
「伊東あたりからスカイラインに登って行く道はどうかしら?」
「この道、この地図だと白く書かれているから結構険しいと思うよ。天気が良ければワインディングロードで楽しいけどね」
 結局、国道百三十五号線を河津まで下り、川沿いに登って行くことにした。この道なら天気が悪くても整備されているから大丈夫だろうと言う事になった。登って行く途中に「河津七滝」や「浄蓮の滝」などを観光しながら行けるという魅力も後押しした。
 当日は雨や雪こそ降っていなかったが、晴れてもいなかった。天城も雪は降っていなかった。厚い雲が空を覆っていて、たまに雲が切れると太陽が少しだけ顔を覗かせる程度だった。わたし達は顕さんの家に向かい合流して厚木を目指す。厚木からは「小田原厚木道路」に入って小田原を目指す。初めての高速道路(本当は自動車専用道路)だったが、スムーズに走れた。顕さんが色々とサポートしてくれたお陰だと思う。その後は熱海に向けて百三十五号に入り、海に近い道を走る。その後は、車だと「熱海海岸道路」に入るのだが、わたしと顕さんはそのまま百三十五号を走る。小田原と熱海の間はかなり山道で、バイクだと楽しいが車だとキツイとのではと感じた。確か大学の講義で習ったが、江戸時代の旅の様子が書かれた紀行文でも小田原までは平坦な道だが、小田原から熱海まではかなり険しい道で、女子供ではキツイと書かれてあったと思い出した。その時のわたしは、東海道が熱海を通って無く、箱根に向かっているのは、熱海を経由しても、その後がかなりの山道なので、箱根を通った方が、未だ楽なのだと思ったのだ。
 熱海からはそのまま百三十五号を南下する。この道は家族で海水浴に来たこともあるし、中学の臨海学校でバスに乗って通ったこともあるので、楽しい道の印象がある。その印象はバイクで走っていても同じで、心が次第に弾んで来るのだ。
 伊東を通り過ぎて、河津から山に入って行く。もう河津桜はとっくに終わっていて葉桜となっている。だから観光客が少ないのは走るには幸いだった。「河津七滝」では駐車場にバイクを置いて歩きで滝を巡って見た。降りると、また登らなければならないのだが……。
 勿論、ループ橋も走った。途中の道の駅で、少し遅いお昼を食べる。その後も少し登り天城峠や川端康成関係の場所を見て、天城の旅館に到着した。旅館は川沿いにあり景色の良さが特色だった。宿の中居さんに
「お風呂は男女別の大浴場がありますが、下に降りると川沿いに露天風呂があります。ここは男女混浴となっております。目の前に滝も見れて結構人気でございます」
 そう説明してくれた。ああ混浴なんだ……判ってはいたが中居さんに説明されると、俄に現実感が湧いて来る。中居さんは説明をしてお茶を入れてくれると下がって行った。そっとポチ袋を渡す。
「ありがとうございます」
 そんなお礼を言ってくれた。二人だけになった。顕さんは早速宿の浴衣に着替えている。それを見て、わたしも着替える。
「夕食まで未だ時間があるからお風呂に行こうよ」
「うん。温泉だものね」
 わたしはこの時、普通の大浴場に行くのだと思っていたが、顕さんは
「どうせなら下の露天風呂に行かないか?」
 そんなことを言って来た。いきなりですか。
「露天風呂って混浴なんでしょ」
「そう言っていたね。大丈夫でしょ。他にもお客さんが入っているのだろうし」
 顕さんはわたしが考えているような事は頭の中に無いらしい。
「でも少し恥ずかしいな」
「そうか、嫌なら仕方ないけどね。でも、余り気にする必要はないと思うよ。自然の中って本当に気持ち良いから」
 顕さんは以前にも、混浴の露天風呂に入ったことがあるのだろうか?
「前に入ったことがあるの?」
「ああ、ここじゃないけどね。地方の仕事なんかでね」
 そうなのか、顕さんは旅の仕事が多かったのだ。わたしより沢山色々な温泉に泊まっているのだと思った。
「判った。一緒に入る」
 
 河原にある露天風呂に行くには、一階のフロントの脇にある出入り口から河原に降りて行く。崖に作られた石の階段だ。少し降りて行くと露天風呂が見えて来た。位置的には周りから見えない位置にある。この辺りの敷地は全てこの旅館のものなので、他からの人間は入って来ないのだそうだ。
 川の流れる音と滝の「ゴーッ」という音が聞こえて来た。緑の渓谷に囲まれた露天風呂は、わたしの目にはとても魅力的に見えた。
「キレイ!」
「ああこれほど美しいとは思わなかったな」
 下まで降りて行くと中年の夫婦らしい二人連れが石段を登るところだった。軽く会釈をする。
 小屋みたいな脱衣所で浴衣を脱ぐと顕さんはさっさと露天風呂に入って行く
「あ〜気持ち良いなぁ〜里菜も早く入ればいいよ」
 誰も居なくなったので顕さんが、そんな声を掛ける。本当はどうしょうか、バスタオルを持って来たのだが、そんな必要はなさそうだった。わたしも裸になると顕さんが入っている露天風呂に足をつける。程よい温かさを感じる。そのまま少しづつ体を湯に浸からせて行く。そんなわたしの動作を、顕さんはニコニコしながら眺めている。
 少し浅いので体を寝かせないと全身を浸からせることが出来ない。背を倒して頭を岩が枕になるようにして肩まで浸かった。気持ちの良さが全身を覆う。
「本当に気持ちいいわね」
「だろう。こうして自然の中に居ると何もかも忘れてしまいそうになるよ」
 顕さんは目を瞑って湯に身を任せていた。わたしは滝に見とれていた。そのままどれぐらい経っただろうか。突然に顕さんが
「ああ、ノボセて来た」
 そう言って露天風呂の横を流れている清流に飛び込んだのだ。そうしてスイスイと滝に向かって泳ぎ始めた。未だ四月だ。水だって冷たいはずだった。
「大丈夫? 水冷たいでしょう」
「平気だよ。そんなに長く泳いでないから」
 顕さんはそう言って露天風呂に帰って来た。どうやら水風呂の感覚だったみたいだ。
「火照った体に川の水が気持ちよかったよ」
 顕さんがそう言うのでわたしも足だけ川に漬けてみたが、かなり冷たいので泳ぐことは止めた。
「ああ、スマホを持って来るんだった。部屋に置いて来ちゃった」
「スマホで何をするの?」
「里菜が泳いているところを写真に撮ろうと思ってさ」
「裸で泳いているところ?」
「そう。記念にさ」
「趣味悪い! ヘンタイよそれ」
「そうかな。綺麗だと思うことを記録に残して置きたい、と思うのは自然な事なんじゃないかな」
 顕さんは急に真面目な顔をした。そして
「おいで」
 そう言ってわたしの手を掴んで軽く引き寄せた。わたしは顕さんに後ろから抱かれるような格好になり湯船に浸かることになった。その格好のまま、わたしは首を少し回して顕さんと口づけをする。誰も居ない自然の中の二人だった。
「帰るまでずっと二人だけだよ」
「うん」
 その言葉の意味は充分理解していた。
タグクラウド
ギャラリー
  • 夜の調理室 1 入学
  • 蛍が舞う
  • 氷の音
  • カラスよお前は……
  • テケツのjジョニー 1
  • 浮世絵美人よ永遠に 第二十一話  未来へ (終)
  • 浮世絵美人よ永遠に 第二十話  吉原格子之先図
  • 浮世絵美人よ永遠に 第十九話  広重の得たもの
  • 浮世絵美人よ永遠に 第十八話  広重、江戸の空を舞う