この都会の営みの中で

この都会の営みの中で  3

src_10136733  時間は瞬く間に過ぎて行く。あっという間に土曜になった。実は泰葉は水島と偶然逢った次の日も、その次の日も水島に逢えるかもしれないと密かに思っていた。友達の学食への誘いも断って購買の列に並んでみたのだが、とうとう逢えなかった。もしかするとあの日は本当の運命の再会では無かったかと少し考え始めていた。
 同居のあかねに相談してみたら
「そうかも知れないし、その彼がわざと泰葉と逢わないように行動してるのかも知れないわよ」
「そんな事して何の得があるの?」
「より印象づけられるじゃない」
「そんな事より、わたしは毎日逢いたい」
「あら、もう恋に落ちたんだ」
「違うわよ。懐かしいじゃない。この東京でわたしの町を知ってるのは、わたしの周りでは、あかねと彼だけだもの」
「随分と狭い世界だこと」
 あかねは笑って自分の部屋に下る
「日曜ありがとうね。泰葉も頑張りなさいよ。彼氏が出来ればわたしも色々と頼みやすいしさ」
 そんな事を言って襖を閉めた。それを見つめながらLINEをしてみた
『明日は宜しくね!』
 返信は期待していなかったが一時間過ぎても既読にならなかった。LINEを開いていないのだろうか、少し気になった。
「まあいいか。明日になれば逢えるから」
 そう考え直して床についた。

 翌日曜、泰葉はあかねの事を考えて少し早く家を出た。自分が出た後で色々とやることがあるだろうと考えたのだった。
 日曜は電車も驚くほど空いていた。それでも自分の育った町よりか人は多かった。
「そうだよね。東京だものね」
 そんな言葉が自然と口をついて出た。
 大学の正門に行くと既に水島が待っていた。すぐに泰葉の姿を認めると
「ごめんね。LINE貰っていたのに返信出来なくて」
「何かあったのかと思っちゃった」
「実は、大学で逢った翌日にスマホを落としてガラスを割ってしまったんだ。それで修理に出していたのだけど、代替え機が機種が違っていてね」
「そうか、納得した」
「でも、今から考えると電話すれば良かったのだと今朝になって気がついたよ」
「それで治ったの?」
「うん、今朝取って来た」
 蓮葉はLINEを立ち上げると先日のメッセージに既読がついていた。
「何処へ行く? それよりお腹空いたかな?」
 水島に言われてそう言えば朝食も食べていない事に気がついた。お腹に手を当てると
「じゃあ、何処かに入ろうか」
 水島はそう言って通りの方に歩いていく。泰葉も一緒に歩き出した。
「何が食べたい?」
「う~ん。うどんが食べたい!」
「うどん?」
「うん。だって東京に出て来てから田舎のようなうどんは食べてないから、お汁が透き通ったうどんが食べたいな」
 水島は泰葉の希望を聴いて少し考えてから
「じゃあ、僕の家の近所のうどん屋で良い?」
「え、水島くんの家の近所なの?」
「うん。そこに同じ街の出身の人がうどん屋を営業してるんだよ」
「そうなの!」
「だから僕は幼い頃から、その店でうどんを食べていたから、町に引っ越しても食生活は困らなかったんだ」
 そう言えば、あの頃水島は東京とは違う町の味付けにも、すんなりと受け入れていた事を思い出した。親戚でさえも違う地方に住んでると町の味には馴染めないものなのに……。
「水島くんの家って何処?」
「地下鉄ですぐだよ。荒川区の町家と言う街さ」
 地図の上で、そんな所があるのは知っていたが、まさか自分が東京に出て来て早々そこに行くとは思わなかった。
 大学の最寄りの駅から地下鉄に乗ると車内は空いていた。車両の中ほどに並んで座った。反対側の黒い窓に二人の姿がくつきりと映っている。それを見るとまるで恋人同士に見えた。心の中でピースをする。
「町家は俗に下町と呼ばれる地域でね。狭い道の左右に沢山の家が立ち並んでいてね。都会的じゃ無いけど、家だけじゃなく人と人も近い距離で生きている街なんだ。東京でも田舎みたいな場所だよ」
 初めて聞く水島の心の内だった。
「下町なのに?」
「下町と言うのはさ、本来は城下の町と言う意味なんだ。だから江戸の場合は江戸城だから、そのすぐ下の町と言うと神田や日本橋となるんだよ。ぜいぜいが本郷までなんだ。むしろ町家なんて在だよ」
「在って?」
「田舎と言う意味さ」
 水島はそう言って笑った。その横顔を見て泰葉は水島に改めて好意を持った。
 地下鉄を町家で降りて、五分ほどの場所に目的のうどん屋はあった。暖簾には「町屋庵」と染め抜かれていた。水島は慣れた感じで暖簾をくぐる。泰葉も後に続く
「いらっしゃい! 毎度。お、今日は彼女連れかい。やっとだなぁ~」
 いきなり店の親方の声が掛かる。
「違いますよ。彼女、親方と同じ町出身なんですよ。この春出て来たんです。今日は田舎のうどんが食べたいと言うから連れて来たんです」
 泰葉は自己紹介をした。
「初めまして、同郷の神城と申します」
 そう言って頭を下げると親方は
「神城……って、棚田の神城さんかい?」
「はい、そうです! 棚田の神城です!」
「そうかい! 誠司さん元気かい?」
「はい父は元気です!」
「そうかい、じゃあ、あんたもしかして泰葉ちゃん?」
「え、わたしを知ってるのですか?」
「ああ、何回か会った事あるよ。さあ座りなよ。それなら特別なのを作ってあげるから」
 親方はそう言って張り切って厨房に入って行ってた。
 水島と泰葉は店の端のテーブルに向かい合って座った。店の人が水を持って来てくれた。
「注文は親方任せで良いですか?」
「はい、お願いします」
 水島はそれだけを店の人に伝えた。
「ねえ。そう言えば今日は、中学の頃好きだった人の事教えてくれる約束よ」
 泰葉の言葉に水島は少し考えてから
「約束だからね。仕方ないな」
 そう言ってコップの水を一口飲むと
「その人は客観的に見ると、特別な美人では無かったかも知れない。でも僕にとっては特別な存在に思えたんだ」
 そう言って泰葉の目を見つめた。その仕草が特別な意味を持っているとはこの時は未だ思っていなかった。
「それで」
 泰葉が催促をすると水島は
「ちょっと控えめでね。それでいて傍に居て欲しいと思った時は必ず傍に居てくれた子だった」
 水島は、その頃の事を思い出したのか、少しはにかんだ表情をした。
「クラス委員だった浅野ゆう子ちゃん?」
「全然違いますねえ」
 水島の目が一層嬉しそうになった。そこまで行った時にうどんが運ばれて来た。青いネギに街の特産の竹輪の天麩羅が乗せられていた。他にも山でたくさん取れるゼンマイの煮たものが器の端に乗せられていた。勿論お汁は澄んでいる。そっと器を両手で持って口に運んだ。
「この味! そうこの味なの!」
「昆布と鰹節とジャコで取った出汁だよね。僕も好きなんだ」
 うどんも柔らかいのに腰がある町のうどんだった。
「徳島のうどんも腰があって好きだけど僕はこのぐらいが丁度いいな」
 水島の言葉に泰葉も頷き
「おじさん! サイコーに美味しい!」
 そう調理場に答えると親方は嬉しそうに頷くのだった。

 支払いをしようとしても、
「同郷だからこの次から貰うよ」
 そう言って受け取らないので、二人とも何回も礼を言って店を出た。
「あ~お腹いっぱい。何処かで休みたいな」
「じゃあ近所の公園にでも行くかい。ちょっと変わってるけど」
「変わってる? なあに」
「行けば判るよ」
 水島は地下鉄の駅の横に走っている都電に乗った。上を見ると電車が走っていた。
「京成線だよ」
 泰葉はちっとも田舎では無いと思った、地下鉄の他に都電や私鉄まで走っている。泰葉の田舎の町とは大違いだと思った。
 都電を二駅で降りた。目の前には大きな工場みたいな建物がある。階段があって上に登れるようになっている。
「下は下水処理場だけど、この上は大きな『荒川自然公園』と言う公園になってるんだ」
 確かに長い階段を登ると一面が大きな公園になっていて、真ん中に大きな噴水があり周りを花壇が取り囲んでいる。
 二人はその広場にあるベンチに腰掛けた。
「ああいい気持ち」
 泰葉が言った通り、空は青く澄んでいて雲一つ無い。春の暖かい風が二人を包んで行く。
「どう悪くない場所だろう」
「そうね。でも何だか判らなくなっちゃった」
「何を?」
「この街の事を水島くんは田舎だって言ったけど、鉄道が三つも走っていて都会だと思ったらこんな広い公園が広がっているなんて」
 泰葉の言葉に水島は
「神城さんは、都会だとか田舎だとか気にし過ぎだよ。何処だってそこに住んでいる人にとっては大事な場所なんだと思う」
 何だか泰葉は自分が酷く子供に思えた。やはり水島は何処か違うと思った。
「そうだ。さっきの続き聞かせて」
「さっき……ああ、好きだった人の事?」
「うん」
「今、目の前に座ってる子さ」
 泰葉は一瞬、水島が何を言っているのか理解出来なかった。
「わ・た・し?」
「そう神城さん。いいや泰葉ちゃん。君だよ! ずっと好きだった。今でも忘れられない。だから僕は神様にお願いしていたんだ」
「何を?」
「一度で良いから、神様泰葉ちゃんに逢わせて下さいって。だから念願が叶ったので実はお礼参りをしてたんだ。神様にちゃんとお礼を出来るまでは自分勝手には行動しないってね。勿論スマホのガラスが割れた事も本当だけどね」
「本当にたしの事を想っていてくれたの?」
「ああ、最初は単に可愛い子だとしか思わなかったけど、三年間同じクラスになって友達として色々な話をして行くうちに惹かれたんだ。でも卒業したら東京に帰る僕には告白する権利さえ無いと考えたんだ。だから今まで言えなかった。今、交際してる人居るの?」
「ううん。いない。わたしがそんなにモテる訳無いから」
「じゃあ、僕と交際して下さい。お願いします!」
 泰葉は今朝までこんな事になるなんて思っても見なかった。まさか……憧れだった水島が恋人になってくれるなんて……これは現実だろうか、思わず自分の頬をつねってみた。
「痛い……本当なのね……こんなわたしで良かったら、宜しくお願いします」
 そう言った瞬間泰葉は水島に思い切り抱きしめられた。どちらかと言うとクールな水島がこんな情熱的な事をするとは信じられ無かった。だから本当に水島が自分の事を想ってくれていたのだと実感出来た。
「水島くん。ちょっと痛いわ」
「ごめん。余りにも嬉しくて……断られたらどうしようかと想っていたんだ」
 何とも言えない水島の表情を見て、泰葉は胸がキュンとなるのだった。泰葉にとって東京での生活は希望に満ちたものになりそうだった。
 空が二人を祝福している感じだった。



                       <了>

この都会の営みの中で  2

  二人はキャンパスでもベンチの多い場所に座った。泰葉が手にしている飲み物はいちご牛乳である。それを見た水島は
「そう言えば、中学の時もそれが好きだったね。思い出したよ」
 そう言って笑っている。そう言う水島が手にしてるのはコーラである。
「パンとコーラって合わない気がするけど」
 泰葉の疑問に水島は
「そうかな? 結構合うと思うんだけどね」
 そう言って気にしていない感じだった。
「炭酸とパンは合わないよ」
 泰葉のその言い方が少し幼く思えた水島は
「そう言えば中学の頃はスーパー……なんて言ったけ?」
「ハナマルスーパー」
「そうそう。夏なんかそこでかき氷も食べたね」
 水島に言われて泰葉はその頃の事を少し思い出した。泰葉にとっては田舎での出来事は正直言うと過去の事にしてしまいたかった。でもその想いに甘酸っぱい想いがこみ上げて来た。泰葉にとって水島の存在は憧れの都会の想いと重なって眩しかったからだ。
「そう言えば、水島くん、いつもブルーハワイばかりだった」
 泰葉は唇を青くしてかき氷を食べていた水島の事を思い出していた。何をしても洗練されていると思っていたが、青い唇をしている水島の姿はごく普通の中学生だった。
「何で、あの頃ブルーハワイばかり食べていたの?」
 泰葉の疑問に水島は
「それはね、かき氷のシロップは実は皆同じ味で、色が違うだけって説があってね。それが、どうしても信じられなくて、一番嫌いなブルーハワイを食べてもイチゴ味がするか実験していたんだ」
「はあ? そんな事で?」
「そうだよ。だって、それが証明されれば何を食べても自分の好きなものの味になると言う事じゃないか」
 何でもないような素振りを見せて水島は口に入れた菓子パンをコーラで流し込んでいた。その姿を見て中学の頃と変わっていないと感じた。
「どうしたの?」
 水島はパンも食べずに自分の顔をぼおっと眺めている泰葉を不思議そうな顔をして見ている。
「あ、何でもないの。そう言えば水島くんは中学の頃何で彼女作らなかったの?」
 泰葉の知っている限りでは水島は中学の頃は特定の彼女を作らなかったはずだった。都会の風を身にまとっていた水島は色々な女子から憧れの存在で、随分告白されたはずだった。泰葉の友達も随分告白したと思う。
 パンを飲み込んだ水島は目の前の花壇に植えられた花を眺めながら
「だって、僕は中学の三年間しかあそこには居られない事は最初から判っていたからね。そんな時間を限られた中では特定の交際相手なんか作れないよ」
「でも中学の間だけでも良かった気がするけど……それとも皆田舎ぽかったから興味が湧かなかったとか?」
 泰葉の言葉に水島は
「そんな事は無いよ。東京でも滅多に見ない程の可愛いい子も沢山居たしね。じゃあ神城さんは交際を始める時に時間を区切って交際するの? 僕には出来ない。交際を始めたらずっと付き合っていたいし、出来れば結婚なんて事になれば素晴らしいと思っていたんだ。それは今でも変わらないけどね」
 泰葉は水島の意外な一面を見たと思った。都会的で洗練されてはいるが、何処か軽くて泥臭い事とは無縁な存在だと思っていたのだ。
「だから、本当に好きな人が居たけど、僕からは告白出来なかった。中学生なんて離れて住んでしまえば当初は兎も角、長く交際が続く訳はないと思ったからね」
 そうだったのかと泰葉は思った。あれだけモテたのに特定の相手を作らなかったのは、そんな考えがあったのかと思った。
「だから友達は多く作ったよ。男女関係なくね」
 そうだった。水島の周りには何時も多くの友達で賑わっていた。クラスでも休み時間になると多くの男女が水島を取り囲んでいた。泰葉もその一人だった。
「その本気で好きな人の名前を聞きたいな」
 冗談で言ってみた。あの頃好きだった水島が誰を好きだったのか知りたかった。知って高校や中学の同期会で話題にしたかった。
「いや、それは勘弁してよ」
「ええ~。じゃあヒントだけでも」
「辛いから駄目」
「わたしの知ってる子?」
「まあ、知ってるね」
「誰だろう……」
 その後も泰葉は水島に食い下がったが水島は口を割る事は無かった。
「メアド交換しようよ。また逢ってくれるかい?」
 水島の申し出に泰葉は喜んで応じた。二人はメアドとLINEを交換した。東京で再会したかっての好きな人は都会の輝きこそ無かったが相変わらず素敵だと思った。
「学部は違うけど、時間作るから、逢おうね」
 その日はそう言って別れた。水島が去って行くと、クラスの友達が寄って来て
「凄い! 神城ちゃん彼氏出来たんだ!」
 そんな事を言って囃し立てた。
「違う違う。中学の時の同級生で、三年ぶりに偶然会ったから懐かしくて話をしただけだよ」
「でもその顔は満更でも無い感じがしたわよ」
 そう言われて実は悪く無い気もした。
 その夜、ベッドに横になりながら今日の昼休みに起きた事を考えていた。このまま行けばまた水島と友達になれるだろうか?
 その先に行く事は出来るだろうか?
 自分が水島の恋人になれるだろうか?
 考えても結論は出なかった。その時、あかねが顔を出した。
「起きてる?」
「うん起きてるよ」
 襖を開けてあかねが部屋に入って来た。
「実はお願いがあるんだ」
「なあに?」
「今度の日曜日、実は彼氏が来るんだ。だから……」
 あかねの頼みは判った。要するに今度の日曜に彼氏が部屋に来るので、泰葉には部屋を空けて欲しいと言う事なのだ。
「良いわよ。わたしの時も宜しくね」
 半分冗談で言ったのだが、あかねは驚いて
「もう東京で彼氏が出来たの?」
「出来ないわよ。そのうちと言う事。それより何時頃帰れば良いの?」
「ありがとう! 午後八時頃ならもう帰ってると思う」
「来るのは?」
「十二時過ぎかな」
「結構長時間なのね」
「だって、お昼を一緒に作って食べるでしょう。一緒にDVDも見て、その他にも色々とあるから」
 泰葉はきっと、その他の事の方が大事なのではと思ったが口には出さず
「判った。じゃあ、その日はわたしも誰かとデートしようっと!」
「誰?」
「だから誰かよ!」
 泰葉のその言い方が可笑しくて二人は笑ってしまった。
 あかねが部屋に戻るとスマホにLINEの着信音が鳴った。相手は水島だった。
『今日は楽しかったです。出来れば毎日逢いたいけど、それは無理なので、今度の日曜に逢えるかな? 何か用事がある?』
 冗談であかねに言った事が現実になろうとしていた。
『中学の時に好きだった子を教えてくれるなら、喜んで!』
 半分は冗談のつもりだった。そんな事を教えてくれなくても、日曜は行くつもりだった。
『仕方ないね。その日に教えます。これで良い?』
『では喜んで。何時に何処?』
『十二時に大学の前でどう?』
『オーケーです! では日曜十二時』
『その他にもメッセージ送るからね』
『それもオーケーよ!』
 今日の朝まで水島とこんな事になるなんて思ってもいなかった泰葉だった。

この都会の営みの中で  1

 泰葉はワクワクしていた。何故なら、この春に地方の高校を卒業して、東京の大学に進学するために東京に出てきたばかりだった。憧れの都会にやっと出て来たと言う想いだった。
 住んでいる場所は大学からさほど遠くない場所で、二つ年上の従姉妹のあかねの所だ。あかねは先日このアパートに引っ越して来たのだが、如何せん一人では部屋の数も家賃も負担だった。
 既に社会人として働いているあかねだが、思ったより家賃が負担になっていた。そこへ従姉妹の泰葉が大学に合格して東京に出て来ると聞いたのでルームシェアを申し出たのだ。
 泰葉の親としても一人暮らしでは色々と心配だが、東京の生活に慣れたあかねなら安心出来ると考えたのだった。あかねも家賃や光熱費や水道代が半分になるので助かったのだ。
 泰葉とあかねは田舎では良く行き来していたし、従姉妹でも特に仲が良かったので一緒に暮らすには打ってつけで何の不安もなかった。

「それじゃ泰葉、わたし仕事だから先に出るね、。戸締まり宜しくね」
「判った! いってらっしゃい~」
 泰葉はあかねを送り出すと自分も大学に行く準備を始めた。大学は始まったばかりでオリエンテーションが終わってやっと科目を選択したばかりだった。今日から講義が始まるのだった。
 鍵を掛けて大学に行くために最寄りの駅まで歩いていく。東京に出て来たばかりの時は上手く電車に乗れるか心配だった。なんせ泰葉の実家のある町では駅はあるものの一両編成のディーゼル車が日に五本ほどしかやって来ない。反対の方向も数えても日に十本だ。
 殆どは朝と夕に振り分けられており、午前十時を過ぎると午後二時過ぎまで全くやって来ない。だから泰葉は雨が降らない限り高校には自転車で通っていた。
 町には高校生が遊ぶ様な施設などは全く無く、町内で唯一あるスーパーのイートインコーナーで紙コップに入った甘いコーヒーやコーラを飲むのが関の山だった。
「あ~早く卒業してこの町を出たい!」
 それだけが望みだった、だからこうして春になり東京に出て来たのは、まさに新天地に降り立った気分だったのだ。
 アパートから駅までの道のりも田舎の町とは違う。道の両側は家かビルが立っていて田圃や畑なぞありはしない。街の空気も肥やしの混じった匂いなぞしない。何処からか花の香りさえ漂っているのだ。
 東京に出て来て直ぐに泰葉はあかねに代官山に連れて行かれた。そこは泰葉の常識を覆す様な街だった。
 街並みが映画やドラマで見る風景と全く同じで、歩いている人々も自分とは住む世界が違うのだと思った。
 それに、見たことも無いお洒落な店ばかりで、そのガラス越しのテーブルに向かい合って座ってお互いを見つめ合ってる男女などは実際にこのような人が居るとは信じられなかった。
「こんな世界があるんだ……」
 それが正直な感想だった。それと同時に
「こんな所はわたしなどが来てはイケナイ場所だ」
 そう感じた。案内してくれたあかねは、完全にこの街に馴染んでいた。二年前は自分と同じで田舎の高校生だったのに、今では都会のOLになってるのが驚きでもあった。
 ぼおっと街並みを見つめていたら、あかねが
「大丈夫だって、泰葉もすぐ馴染むから」
 そう言って笑っていたのが印象的だった。

 駅に着いて定期券をかざして改札を通り抜ける。田舎の駅では駅員さんが切符を鋏でパンチを入れてくれたものだった。
 最初は戸惑ったものの、すぐに慣れて今では何とも思わずに使っている。代官山の街もそうやって馴染んで行くのだろうかと思う。でも自分にはあの街は似合わない感じがした。何だか人々が地に足を付けていない気がしたのだ。
 まあいい。当分は大学とアパートの二箇所を行き来するだけだと思った。そのついでに近所のスーパーやコンビニで買い物をすれば良いと思った。
 ラッシュ時を過ぎたとは言え、未だ電車は人が多い。座る事なぞ考えられない状態だった。でもこれにも既に慣れた。立って揺れる事も何とも思わなくなった。
 大学は楽しい。色々な地方から出てきた同級生と話をするのは楽しい。色々地方出身の子と話して感じるのは、田舎なら何処もそれほど変わりが無いと言う事だった。そこに妙な安心感を抱いた。
 昼になったので生協で何か買おうと向かう。学食で食べても良いが今日はいいお天気なのでキャンパスのベンチで友達と一緒に食べたかった。
 パンと飲み物を買ってレジに並んでいると、隣のレジに並んでいる男子学生と目が合った。その途端お互いに声を出していた。
「水島くん!?]
「神城さん?」
 神城と言うのは泰葉の名字だ。泰葉が「水島」と呼んだ学生は、泰葉が中学の時の三年間だけ同じクラスメイトになった男子だった。
 その頃泰葉の町では大掛かりな公共工事があり、その仕事に従事する為に家族で転校して来たのが水島だったのだ。
 泰葉の町の中学一年に転校して来たのだった。東京からの転校生と言う事で注目の的になった。
「やはり東京の子は違うわね」
「垢抜けているわね」
 そんな噂を絶えずえず耳にした。泰葉も姿形は兎も角、身のこなしや仕草などはやはち違うと思った。
 水島も明るい性格で積極的にクラスに馴染むようにしていたので、泰葉ともすぐに親しくなった。
 一緒に図書委員もした事もあるし、水島がインフルエンザで休んだ時はプリントを家まで持って行ってあげたりした。そんな行為を繰り返すうちに泰葉は水島に好意を持つようになった。だがそれだけだった。告白する勇気を遂に持てなかったのだ。それに都会の子の水島が自分の様な田舎の子に興味を持つとは、どうしても思えなかったのだ。
 だから卒業と同時に東京に帰る事になった水島に泰葉は満足な、お別れの言葉も告げる事が出来なかった。その事は泰葉にの心に未練として残っていた。それだからでは無いがとうとう高校の時は彼氏が出来なかった。幾つか告白されたのだが、どうしてもその気にはなれなかった。だから東京で、同じ大学で水島と出会った事が驚きだったのだ。この時泰葉心の片隅で「運命の出会い」があるならこんな事では無いかと考えた。

「中学以来だね。まさか神城さんがこの大学に進学してるとは思わなかったよ」
「水島くんもこの大学に進学してるなんて……」
「僕はこの大学の付属高校に進学したから、ここには通い慣れているんだ」
 二人は、キャンパスの庭のベンチに座って話をしていた。一緒にお昼を食べる友達の「頑張りなよ!」と言う変な声援を受けて水島と一緒にお昼を食べる事にしたのだった。
 水島は泰葉が想像していた以上に眩しく見えた。あの頃以上の笑顔。あの頃と変わらない気の使い方。泰葉は自分の長年の想いは氷解して行くのを感じるのだった。
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