「メシ」はどこだ!

「メシ」はどこだ! 12

 鷹村はやれやれと言った表情でビルの前に路上駐車している車を指さすと
「泰造さん。あの車の後ろのシートに座っている人物を見れば納得しますよ」
 そう言って訳ありの顔をした。
「誰なんだ?」
「それはご自分で確認なさった方が納得出来るでしょうね」
 そう言われては仕方ないので泰造は静かに車に近づく。車の後ろのシートの右側には確かに誰かが座っている。通り過ぎる振りををして車の脇をすり抜けるついでに覗くつもりだった。だが、後ろのシートで一心にスマホをいじっている人物を見て驚くと同時に自分の推測が正しかった事に納得してしまった。
 ガラスを軽く叩くと、その人物は窓の外を見て驚きドアを開けて表に出て来た。
「泰造さん……どうしてここが……」
「愛子さん。まさかとは思いましたが……秀樹は中に居るんですね?」
 泰造の言葉に黙って下を向く愛子。泰造は
「店の経営が苦しいんですね。そうなんでしょう?」
 泰造の言葉に愛子は膝を崩して地面に膝付いた。そして両手で顔を覆って
「最初に誘われた時は断ったのです。でも、店の資金が乏しくなって、背に腹は代えられないと言いますが、魔がさして主人が手伝ってしまったのです。『花村』は千住より築地で仕入れていますから、ここでは顔を知られていないから。一度ぐらいは大丈夫だろうと思ったのです。品物を横流ししている事は何処の市場でもやっている事ですから、関係者なら誰でも知っています。昔から続いている事ですから、少しなら大丈夫だと思ったのです。でも一度では抜けることが出来ずにずるずると今まで……」
「それで親父さんが乗り込んで来たのですね」
「そうです。父は夫をなじりました。でも店は昔と違って、料亭で飲食をする人が少なくなって来ているのです。かって大勢お見えになった財界の方や政治家の先生も今はホテルを利用するようになりました。それは赤坂などでも同じです。銀座一と謳われた『花村』も昔ほどでは無いのです。色々な事をしました。レディースデイや昼間専用の安価なランチコースを作ってみましたが、当初は話題になっても直ぐにお客様は遠のきました。運転資金を銀行から融資して貰っていました。そんな中で誘われたのです」
 愛子はそのまま地面に座りながら泣いている。
「愛子さんも現場に関わっていたのですか?」
 泰造の質問に愛子は首を左右に振り
「いつもは夫だけが行っていました。でも今日は父が……」
「もしかして、中に親父さんが居るのですか?」
 愛子は黙って頷いた。その瞬間泰造はビルの中に飛び込もうとして後ろから誰かに抱き抱えられた。振り返ると鷹村だった。
「落ち着いて下さい泰造さん。今は不味いです。もうすぐ三人が品物を持って戻って来ます。秀樹さんも居ます。彼らを尋問してからで良いでしょう。お父さんは中に居ます。何処に捕らわれているのか判りません」
 鷹村の言葉に泰造は
「あんた。そこまで知っていて今まで黙っていたのか? どうしてもっと早く俺に教えなかったんだ。あんたが黒幕じゃないのか?」
 そう言って今にも鷹村を殴りそうな感じだった。
「落ち着いて下さい。お義父さんは元気です。ただこの秘密を告発すると言ったので、そうしないで欲しいと説得しているのです」
「幽閉して説得しているのか?」
「言葉は悪いですが、そうですね。ヨーロッパから帰ってまた行く素振りを見せたのは他の者から目をそらず為です。優子さえ真実は知らない。いや教えていません。彼女は何も知りません。成田まで送らせたと愛子さんには証言して貰いましたけどね」
「じゃあ、その後何処かに移動したのか?」
「私が迎えに行きましたよ」
「何から何まで嘘と言う訳か、自分の妻も騙していたとはな。親父さんの説得に失敗して俺を引き出した訳かい」
「まあ、当たらずとも遠からずですね」
「じゃあ俺が中に入って親父さんを説得すれば何の問題も無い訳だ。表面上は」
「そうですね。でも、ほら帰って来ましたよ」
 鷹村の言葉が終わらないうちにビルのドアが開いて三人の男が荷物を担いで出て来た。ビルの外に居る泰造と鷹村、それに愛子を見て驚いた表情をした。
「愛子、車に居ろと言っただろう……ああ、泰造さん! どうしてここへ」
 SHURINPUと書かれた段ボールの箱を下ろして、その中の一人が叫ぶように呟いた。それが料亭「花村」の今の主、花村秀樹だった。
「秀樹、話は鷹村さんから聞いた。それほど店の経営が悪くなっていたのか?」
 黙って頷く秀樹の姿を見て泰造は
「何で俺に相談しなかった。客足が戻る策を考えてあげられたのに」
 そう言うと秀樹は顔を上げて
「泰造さん。もう時代が違うんですよ。誰も高級料亭で高い代金を払って料理を食べる時代じゃ無いんです。泰造さんが花板をやっていたバブルの頃とは違うんです」
 そう言って泰造を睨みつけた。
「だからと言って犯罪に手を染めて良い訳ではないぞ。そっちの二人も顔は知っている。確か「大都」と「北魚」の社員だな。市場で顔を見た事がある」
 泰造に言われた二人も正体が知れて肩を落とした。
「秀樹、何で高級にこだわった? 親父さんの命令だったのか?」
 その時だった。ビルの入り口が開いて老人の声が聞こえた振り向くと「花村」の親父さんだった。美菜が肩を貸して支えている。
「へへへ、言われた通りに、お父さんが鷹村さんと言い合いしてる間に、こっそりと中に入って救い出したよ」
 美菜は嬉しそうに言うと「花村」の親父さんを傍にのベンチに座らせた。
「美菜ご苦労さんだった」
 泰造が労うと
「ありがとうな。しかし泰造は良い娘を持ったものだな」
 親父さんは目を細めて嬉しそうにしていたが、
「秀樹、ワシは『花村』の店の格なんてどうでも良かった。名声に捕らわれて駄目になった店は幾らでもある。大事なのは何時の時代でも、お客さんを楽しませる事が大事だと言う事だ。お客さんが帰る時に『おいしかったよ』と言う言葉を貰いたくてこの商売をやっておるんじゃ。ここに居る食に関わる者達は皆そうでは無いのかな。ワシは少なくともそう思う」
 親父さんの言葉に秀樹はうなだれて
「それは判っていたんです。でもどうしても経営が……」
 そう言って泣き崩れる秀樹に親父さんは
「なあに大変なら店を売れば良い。銀座の一等地じゃ。土地建物一緒なら数億の価値はあるじゃろう。借金を返して、別な郊外にでも気軽に食べられる、それこそドライブのついでに寄れる様な店を出せば良い。そうすればワシの想いも受け継がれて行く。お前にはそれだけの腕がある。それはここに居る泰造も認めているじゃろうて」
 泰造は親父さんから言葉を振られて
「そうだな。俺は修行させて貰ったから店には愛着があるが、潰れてしまうなら、形態は変わっても『花村』そのものが残るならそれで良いと思ってる」
 泰造がそう言うと秀樹は
「判りました。それならこの横流しから足を洗います。でもこれはどうしましょうか?」
 その言葉に皆が海老の箱が大量に入った二つの段ボールを見つめた。
「これはウチで処分しますよ。お義父さんやお兄さんが引いてもこれを無くす事は出来ませんからね。誰かが悪役を引き受けないとならないんです」
 鷹村がそう言って「大都」と「北魚」の二人に荷物を持たせて
「お義父さん。それに泰造さん。この事を告発しても無駄だと思いますよ。私としてはお義父さんやお兄さんが手を引いてくれたら、それで良かったのです。当局は完全に否定するでしょうね。それに豊洲移転で揉めている現在。そんな余裕は無いでしょうね。それじゃさようなら」
 鷹村はそう言って二人に荷物を車に乗せると三人で去って行った。残ったのは秀樹夫婦に親父さんと泰造親子だけだった。
「結局、闇は永遠に残ると言う事か」
 泰造がため息混じりに呟くと美菜が
「でも、ビルの地下って本当にダンジョンになっていたのよ。ちょっと興奮しちゃった」
 美菜の言葉に一同は僅かに微笑んだのだった。

 その後、形だけだが泰造と親父さんは当局に告発したが返事は「ありえない」と言う回答だった。
 それから暫くして銀座の「花村」は閉店して、気軽に利用出来る和食の郊外レストランとして生まれ変わった。その店では秀樹夫婦が一緒に働いている。そして離婚された優子も手伝っている。鷹村はその後優子と離婚して姿を眩ました。その後の行方は誰も知らない。
 千住の土手沿いの泰造の店は常連客で賑わっている。泰造は店に来てくれる人の笑顔を頼りに、今日も腕を振るうのだった。


   「メシ!」はどこだ!     了

「メシ」はどこだ! 11

 店の電話が鳴り、美菜が出ると相手は鷹村だった。
「お父さん、鷹村さんから」
 美菜から受話器を受け取ると泰造は
「はい、電話替わりました」
「鷹村です。明日の土曜の夕方に品物を運び出すそうです。そこにお義父さんが来るのかは判りませんが、連中が何をしているのかは判ります」
 鷹村の声は落ち着いていた。嘘を言っている感じはしない。泰造は肚を決めて
「判りました。何時に何処に行けば良いですか?」
「そうですね午後二時に千住の市場の正面でどうですか?」
「判りました。その時間に伺います」
 もう十二月も残り少ない。市場もあと数日すれば長い正月休みに入る。その前に……と言う事なのだろうかと泰造は考えた。そして美菜に何事か耳打ちをする。美菜は
「え、まさか……判った。事実を確かめてお父さんにメールすれば良いのね」
「うん。ご苦労さんだが頼む」
「じゃあ、お店は休みね」
「ああ、昼はやるけどな。そもそも土曜は暇だしな」
 泰造はそれだけを言うと
「さ、風呂に入って寝よう。兎も角全ては土曜だ」
 そう言って店から上がって風呂場に向った。その後ろ姿を見て美菜は何故、父親があんな事を自分に頼んだのか考えていた。
「ま、お父さんの考えが当たっていたらそれこそ問題だわ」
 美菜もそれだけを呟くと自分の部屋に向った。

 問題の土曜日が来た。いつもなら午後二時までランチタイムをするのだが、今日は一時半で終えていた。平日ならお客の来る時間だが、年末と言う事もあり、更に土曜なので一時を過ぎてからは客は誰も来なかった。
 店を閉めて、片付けを済ますと泰造は美菜に
「じゃあ頼んだぞ。行って来るから」
「判った。お父さんも無理しないでね」
「ああ、今日は見学するだけさ」
 泰造はそれだけを言うと歩いて店を出た。場所も目と鼻の先だが、現場で何があるか判りはしない。歩きで行くのが一番だと考えたのだ。
 時間より若干早く市場の正門の所に着いた。鷹村は未だ来ていなかった。市場は働いている者も殆どなく。中で働いている者が次々と車やバイクで市場を後にしていた。もう少しすれば仲買の事務所で事務をしている者も帰宅する。そうすれば正門の所の詰め所に居る警備員が門を閉めて鎖で門を封鎖して鍵を掛けるだけとなる。それ以降は日曜の深夜まで誰も居なくなる。
 昔はろくに鍵も掛かっていなかったので近道として市場の中を通り抜ける者や車もあったが今はそんな事は出来やしない。
 二時を少し過ぎた頃に後ろから肩を叩かれた。振り返ると鷹村だった。
「今まで仕事していたもので、少し遅れました」
 スーツにコート姿の鷹村は泰造に自分に付いて来るように促すと、先を歩き出した。
「何処に行くんですか?」
「問題のビルですが、あそこに直接行く訳にも行きませんので、向かいのビルに行きます」
 まさか、そこは「石川」の倉庫では無いかと泰造は思った。
「石川の倉庫か?」
「はは、知っていましたか。倉庫の上が事務室になってるのです。階段の踊り場から向かいを見させて貰おうと思いましてね」
「許可は取ってあるのかい?」
「『石川』さんはお得意様ですよ。親父さんも薄々事情は知っていますからね。尤も仲買の関係者なら何が行われているかは大体知っています」
 鷹村の言葉に泰造は、それは公の秘密と言う事なのかと思った。
「知っていて誰も止めなかったのか」
「だって考えて下さいよ。誰も被害者が居ないんですよ。『北魚』も『大都冷凍』も品物が整理されるし、我々商社も処分費が掛からずに済みます。仲買も常に新しい品物を仕入れられるし。誰も困る者が居ないんです。私も偉そうな事言っていますが、本音ではお義父さんに手を引いて欲しいんです。告発なんて止めて貰いたいと思っています」
 鷹村は先を歩きながらそんな事を言って石川の倉庫の扉を開いて階段を登り始めた。登った先には「石川」の親父さんが待っていた。
「やあ、泰造さん。とうとうここまで来たかい。色々な事が一気に判って混乱してるかも知れないが、昔からの事なんだ。我々仲買には関係ない事だから皆、見て見ぬふりをしているけどね。でも俺自身はこんな事はこれからも続くとは思えないんだ。だから鷹村さんの頼みを引き受けたんだよ」
 親父さんはそう言ってタバコに火を点けて美味そうに吸い込んだ。暗がりの中で親父さんの顔が赤く浮かび上がった。
「泰造さん。私の扱っているのは農産品です。その中でも枝豆が「石川」さんに降ろしているものですが、売ったものは良いのですが、売れ残ったものはどうなると思います?」
「枝豆か……値段を下げて売るか、豆を出してバラで料理に使うか……」
「そうです。最近、一部のスーパーで枝豆の豆だけをパックになった冷凍品を見た事がありませんか?」
 泰造は、そう言えばと思い出した。最初は豆だけなど素人には使い道が無いのではと思ったのだ。
「じゃあ、あれは賞味期限切れの奴を使ったのか?」
 泰造の疑問に鷹村は
「一旦回収して工場で再加工します。つまり房から豆を出すのですが、この時点で加工年月日がその日になります。つまり生まれ変わる訳です。尤もそんなものは市場では売れませんけどね」
 泰造は格安で売られている枝豆の豆だけのパックの秘密が判った気がした。
「もう少しすれば連中が来ますよ」
 時計を確認すると三時になろうとしていた。
「市場も完全に閉まったかな。残っていると危ないからね」
 石川の親父さんはそんな事を言いながら呑気そうだ。自分には全く関係の無い事だから気が楽なのだろう。泰造も「花村」の親父さんが関わっていなければ、ここには居ない。
「来た!」
 鷹村が小さく呟いた。見るとかって「北魚」と「大都冷凍」が入っていたビルの前に一台のライトバンが横付けされている。車から三人の人間が降りて来た。どうやら四人組だが一人は車に残っている見たいだった。見張り役なのかも知れない。
 三人はビルの鍵を開けて中に入って行った。その中には「花村」の親父さんは居なかった。
「あの中には居ないな」
 泰造の言葉に鷹村は
「今日の連中は冷凍海老ですからね。始末に困ってる奴ですよ。ウチの営業が処分を頼んだのですよ」
「でもそれじゃ売り上が……」
「簡単ですよ。もうすぐ賞味期限になります。そうなれば処分しなければならない。その処分費を値引きで売ったとして計上するんです。つまり会社とすれば処分費が浮く訳です」
「でも、そんな事をすれば何時かはバレる」
「それは、そうです。だから代々誰も口を割らないんです」
 鷹村は事もなげにそう言った。泰造が溜息をつくとメールの着信のバイブが鳴った。美菜からだった。それを確認して泰造は
「やはり……」
 そう呟くと画面を横から盗み見た鷹村が
「お嬢さんも真実を知ってしまったみたいですね。これは困った。本当の真実に気がついてしまったのですね。泰造さん。お義父さんが何故告発しようとしたのか、もうお判りでしょう。だから私はあなたに真実を教えたのです。優子の悩みもそこにありました」
 呆然とする泰造の手には携帯が開かれていた。その画面には美菜からのメールが映っていた。
『「花村』は休業でお店は休み。そして誰も居ないわ!』
 それが最悪ではなく、只の偶然だと泰造は思いたかった。

「メシ」はどこだ! 10

  泰造が思っていた以上の事が闇に紛れて行われていたのだ。気持ちを落ち着かせる為にお茶を飲む。美菜が
「鷹村さんもそれに関わっているのですか?」
 いきなり、そんな質問をした。
「私の取扱の品ではありませんが、同僚の扱う品物ではたまにですがありますね。尤も、そんな事は口が裂けても言えない事ですから、こちらも訊きませんが、蛇の道は蛇ですからね。判るんですよ」
 鷹村も口が乾いたのかお茶を飲むと
「正直言います。今更この仕組を変える事なぞ出来ないと個人的には思っています」
 そんな事を口にした。泰造は湯呑みを置くと
「では私にどうしろと? それにそんな情報を漏らして何がしたいのですか?」
 そう言って鷹村に迫った。
「お義父さんをこの道から抜けさせて欲しいのです」
「それなら弟子の私が言うより、義理とは言え息子のあなたが言って忠告した方が良いと思いますがね」
 泰造としては、弟子の自分の事なぞ聞くとは思えなかった。
「実は、それとなく言った事があります。でも『黙ってみていろ』と返されました」
 泰造はその言葉を聞いて
「もしかしてオヤジさんは……」
 泰造が自分の言いたい事を理解したと感じた鷹村は
「そうなんです。私はお義父さんは事実を把握したら告発するつもりでは無いかと思うのです」
 鷹村の言葉を聞いて泰造は
「ありえますね。オヤジさんは妙に正義感の強い所がありますからね。そんな品物が出回るのが許せないのでしょう」
 美菜が二杯目のお茶を入れてくれた
「でも、いくら色を直したものでもお刺身には出来ないでしょう?」
 美菜が鷹村に質問をすると
「それらは勿論刺し身になんかは出来ません」
「じゃあ何になるんですか?」
「ツナ缶ですよ」
「ツナ!?」
「そうです。ツナは今や世界の何処に行ってもあります。どこの国のスーパーの棚に並んでいます。それらは品質もバラバラですが、値段も安いのが多い。それらのごく一部に使われているんですよ。クランチやほぐし身なら誰にも分かりはしない。加工されてしまえば日付の問題もクリア出来る。それに原材料の値段は只みたいなものです」
 鷹村の説明を聞いて泰造は
「世界で取れる鮪の八割以上が日本で消費されるそうですが、私は少し多い気がしていました。日本人は鮪が好きなのは確かですが、いくらなんでも多すぎる気がしていたのです」
 泰造の言葉に鷹村は
「勿論、それがあるから消費が多いと言う訳では無いのです。それに世界では格安で販売されるツナ缶を必要としている地域もあります」
 鷹村の言葉を聴いて美菜は、それは商社マンらしい言葉だと思った。その貧しい地域だってツナ缶が無ければ死ぬと言う訳でもなかろうと思った。
「オヤジさんと連絡は取れているのですか?」
 泰造の質問に鷹村は
「完全と言う訳ではありませんが、数日に一度はメールのやり取りをしています。だからここまでの事が判ったのです」
「ではオヤジさんはヨーロッパでは無く日本に居ると?」
 泰造の言葉に鷹村は
「まず間違いありません。それも近々千住に来るかも知れませんよ」
 そう言ってニヤリとした。
「それはどのような訳ですか?」
「今築地から豊洲に移転する問題で騒がれていますよね。実は千住の連中は一刻も早く移転して欲しいと思っているのです」
 そんな空気があるとは泰造も仕入れに行って感じていた。築地は都内から近いが豊洲ならかなりの距離になる。それなら交通の便が良い千住の方が良いと言う訳だ。
「それに、今なら千住も動きやすい」
 鷹村の言葉に泰造はまさかと思った。
「それは、今なら、品物を動かしても都合が良いと言う意味ですか?」
「その通りです。私の予想ですが、近々オヤジさんは千住に姿を現します。大都の冷凍庫が場外のビルに地下で繋がっている事はご存知ですよね」
「最近知ったばかりですが、北魚だけじゃなく大都とも繋がっていましたか」
「大都の事務所も一時、あのビルにありましたからね。同じ穴のムジナですよ」
 ここまでの事を聞いて泰造は色々な事が繋がって来た感じがした。
「一度、見てみますか? 現場を見たいなら、情報が入ったら教えますよ。海老などは同僚の扱っている品物でしてね。一時東南アジアで海老の病気が流行りましてね。かなりの量が死んだのです。その為、商社は他の地域から品物を買い入れました。それこそ品質をある程度無視して数を揃えたのです。でも生産が回復した今となってはその低品質のものは売れなくなりました。期限までは半年を切っています。それなら年が変わる今が好都合なのです」
 泰造は冷凍海老の品質が下がっていた事は判っていた。この場合の品質とは主に大きさで、海老の大きさは一ポンド当たり何匹あるかで数を表している。
 つまり箱や袋に16/20と書かれていたら、その海老の大きさは一ポンドあたり十六匹から二十匹の大きさの海老だと言う事なのだ。
 以前は大きさが十六に揃えられていたが、病気が流行ってからは二十に揃えてられている。つまり小さくなっているのだ。正直十六と二十ではかなり大きさが違う。庶民的な店などではこの差を埋める為に海老を伸ばしたり、フライ等では衣を多目に付けたりしている。
「そうですか。でも、あなたから情報がバレたと判ったらもう業界には居られないのは無いですか?」
 泰造の言葉に鷹村は
「それは覚悟の上ですが、私の本意はお義父さんを抜けさせる事なのです。業界の悪しき習慣を告発するなんて事はやって欲しく無いのです。おとなしく余生を過ごして欲しいと考えています」
 それも鷹村の本音なのだろう。

 鷹村は「近くのコインパーキングに車を停めてありますから」と言って酒を勧めても呑もうとはしなかった。
 店の外で見送った泰造が店に入って来ると美菜が
「何か、変なところがあると感じたのだけど、それが何か判らない」
 そう言ってテーブルに頬杖をついて考えていた。
「ま、何かを隠してるのは判ったけど、わざと知らんぷりした。そのうち連絡が来るだろう。その時が勝負だ。さあメシにしよう!」
 そう言って食事の支度に取り掛かった。

 数日後、鷹村から泰造に連絡が入った。

「メシ」はどこだ! 9

 カレーを食べ終わり携帯に手を伸ばした時だった。いきなり着信音が鳴り出した。相手を見ると優子だった。泰造は電話を掛けるつもりだったので都合が良いと思った。
「もしもし、牛島ですが」
「優子です。家に帰って夫に今日のことを話したら、泰造さんに直に言いたい。って言うのですが、会って貰えますか?」
 優子の夫とは初対面だが、今日の優子の話ぶりでしは、もっと詳しく事情を知っているのでは無いかと思った。もしかしたら、本当の依頼主はこの人物ではと考えた。
「是非会いたいですね。願ったりですよ」
「ありがとうございます。夫と替わります」
 電話の向こうで受話器を渡す感じが伺えた。
「もしもし、初めまして、優子の夫の鷹村孝です。電話では話せませんが、直接お会い出来たら、色々な情報を提供出来るのですが、如何でしょうか?」
 やはりそうだと思った。鷹村孝は市場の闇を知っている。そしてオヤジさんがそれに巻き込まれてしまった事に関して何らかの情報を持っていると感じた。
「どこで会いますか?」
「私がお店に伺います。人の耳がある場所で話せる事ではありませんから」
「判りました。では日にちと時間は?」
「お店の営業に影響しない時間帯がいいですね」
「では店の営業が終わった後になりますが」
「それで構いません。私も仕事を終えて、そちらに向かうとなると、そのぐらいになりますから」
「そうですか、それで何時頃来られますか?」
「明日にでも良かったらお伺いしたいのですが?」
「それはまた早いですな」
「いや、なんせお義父さんが関わっていますから、時間は、有るようで無いのです」
 確かに娘夫婦なら心配事ではある。
「判りました。それでは明日お待ちしています」
 通話を切ると、横でやり取りをを聞いていた美菜が
「私も同席しても良いでしょう?」
 そう訊いて来た。興味津々の顔をしている。電話の様子を横で聞いていただけなのに、明日、優子の夫が閉店後の時間に来る事が判ったみたいだった。
「何だ、判ったのか?」
「うん。ね、いいでしょう?」
 泰造は美菜も同席させた方が良いと思っていた。ここまでの事態を美菜は完全に知っている。この先もこの娘の考えも捨て難いと思っていた。
「ああ、構わないが、お前それを聞いたら後戻り出来ないぞ。俺と一蓮托生になるからな。それだけは覚悟しておけよ」
 泰造にとってはこの世で一人だけの肉親だから忠告をして置きたかった。
「判ってるわよ。お父さん一人じゃ心配だもの」
 美菜はそう言ってカレーの器を片づけた。

 翌日、店の営業が終わる頃。美菜が暖簾を下げている時に、背の高いがっしりとした、歳の頃なら三十代半ばの男がトレンチコートを身に纏って現れた。
「ごめんください。昨日電話で話をさせて頂いた、優子の夫の鷹村孝と申しますが」
 声を掛けられた美菜は
「あ、お話は伺っています。どうぞ店の中に」
 そう言ってから店の中を振り向き
「お父さん。鷹村さんがお見えになったわよ」
 そう声を掛けて鷹村を店に招き入れた。その声を聞いて泰造は奥の調理場から出て来て
「いらっしゃい。牛島泰造です」
 そう自己紹介をした。鷹村も鞄を置いて名詞を出しながら
「四菱商事の食品部門に在籍しています、鷹村孝と申します。どうぞよろしく」
 こちらも自己紹介をした。
「ま、お座りになってください。ビールでも何か出しますか?」
「あ、お構いなく。話が話なのでアルコールは不味いと思います」
 鷹村はコートを脱ぎながら今日来た目的を述べた。
「そうですか、では話が終わってから出しましょう」
 泰造がそう言うと美菜がお茶を持って来て泰造の隣に座った。
「お嬢さんにも話しても構わないのですか?」
 鷹村の言葉に美菜が
「私も父と一緒に調べたので、ここまでの事情は知っています。どうぞ構いません」
 そう言って笑みを浮かべた。
「なら、話をしましょう。優子が何処まで言ったのかは判りませんが。市場に大卸をしている会社は幾つかあります。千住なら「北魚」が一番ですが、冷凍物なら「大都冷凍」です。ここを通さないと市場では売る事が出来ません」
「それは判っています。そのことは優子さんと話しました」
 泰造が先日の事を言う
「では、その先を……冷凍物の消費期限は大きく分けて一年の物と二年の物があります。冷凍の海老などは二年物が多いですね。それから魚介類も二年物が多いです」
 鷹村の説明に泰造も頷きながら
「逆に一年を切っていると格安になりますね」
「まあ、会社としても売れ残るなら元値でも売ったしまいたい所ですからね。でもそれでも売れ残ったらどうなると思います?」
 そこが、この前も疑問に思っていた所だった。泰造としても二束三文でも売れない品物は確かにあるのだ。
「引き取りですか?」
 泰造は前から考えていた事を述べると鷹村は
「書類上はそうなります。私共の商社に戻って来る事になっていますが、売れない品物なのでそのまま欠損扱いになります」
「書類上?」
「そうです。実際は私共が引き取る事は殆どありません。処分業者に任せる事が殆どです」
 それを聞いて泰造はこの前世間を騒がせた事件を思い出した。カレーチェーンで使うはずだった冷凍のカツを消費期限が切れたので処分業者に廃棄頼んだのに業者が格安で横流ししていた事件だ。この事件を聞いた時に、そう言えば美菜が近所のスーパーで冷凍トンカツが格安で売っていたと話していた事を思い出した。
「では処分業者が横流ししているのですか、例の事件みたいに?」
 泰造はきっと何処でも同じような事が行われているだと漠然と考えていた。
「まあ、物によりますよ。売れないものは処分するしか無いのですから。問題は商品価値があるのに消費期限が三ヶ月を切ったと言う理由で廃棄になってしまった時です」
「それを横流しするのですか?」
「簡単に言うとそうですが、そこは上手くやります。まず国内では行いません。処分を海外でする事にして国外に持ち出すのです」
「国外!」
「そう、国外なら誰にもその先は判りません。日付を改竄して別な国に販売されれば、もう誰にも判りません」
 泰造はそんな事が行われていたなんて全く知らなかった。飲食の業者として市場に通っていて、噂などは幾らも耳にしたが、公的市場でそんな事が行われていたとは全く知らなかったのだ。
「問題はそれだけじゃ無いのです。冷凍には冷凍食品以外にも冷凍されて流通されている品物が多くあります。例えば冷凍の鮪です」
 冷凍鮪と聞いて泰造は「花村」のオヤジさんがヨーロッパの養殖鮪を視察に行った事を思い出した。
「そうです。お義父さんが視察に行ったのもこれ絡みだと私は睨んでいます。だから再びヨーロッパにとんぼ返りしたと見せかけて実は国内に居ると思うのです」
「でも冷凍鮪はそんなに持たないでしょう?」
 泰造も冷凍鮪を使う事があるので、冷凍で商品価値を保てるのが、どの位なのかは大凡判っていた。
「マイナス五十度の冷凍庫で一月ぐらい。それ以上の百度まで下がる冷凍庫で三ヶ月から四ヶ月が限度です。それ以上保存すると冷凍焼けを起こして色が悪くなってしまう。そうなれば売れません。尤も最近はその焼けた色を元に戻す薬品もありますがね。日本では許可が降りていません」
「日本では許可されていなくても海外なら認められている国があると言う事ですね」
 泰造の言葉に鷹村は黙って頷いた。

「メシ」はどこだ! 8

 次の日曜日、泰造は優子を北千住の喫茶店に呼び出していた。
「色々と調べてみました。それで判ったことがありました。優子さん、どうして最初の時に私に嘘なんか言ったのですか、お姉さんの愛子さんは、貴方とは暫く連絡も取っていないと言っていましたよ」
 泰造は、静かにコーヒーカップを持ち一口コーヒーを口にいれた。ブラックの程よい苦味が喉を過ぎて行く。優子は泰造に真実を言われて下を向いていたが
「すいません。実は姉の代わりに私が姉の立場でお願いしたのです」
 一瞬泰造は優子の言っている意味が理解出来なかった。
「は? 何を仰ってるのですか? 分かりやすくお願いします」
 泰造の言葉に優子は我に返り
「あ、すいません。父が不審な行動をしている事は私は、夫から聞かされていました。怪しい食品ブローカーみたいな連中と最近付き合っていると」
「食品ブローカー?」
 泰造も聞いた事はあったが、実態は良く知らなかった。賞味期限が迫った品物を二束三文で買い叩いて、それをまた格安で格安スーパー等に横流しをする……そんな程度だった。
「そうなんです。義兄に店を任せてからは、古い顔なじみのお客さんが来た時は顔を出しますが、それ以外は殆ど店にはでません。それは『もう秀樹に任せたから』と言うものでした。私が注意すると今度は姉が『余計な事を言うな』と私に言いました。そんな事が続いて段々店に顔を出し難くなったのです。でも夫は業界の人なので、色々な噂を耳にします。ヨーロッパに一度行き、帰ってきて直ぐにまた行ったのはどう考えても怪しいんです。そんな中で夫が『最近どうも良くない食品ブローカーと付き合いがあるらしい」と教えてくれました。そこであんな作り話をしたのです。姉や義兄は事情をある程度は知っていると思いますが、むしろ良いことをしていると思っていると思います」
「良いこと?」
 泰造は残りのコーヒーを飲み干すと優子に尋ねた。
「はい、その食品ブローカーは東京都の市場で売れ残った品物を格安で購入して、貧しい国や難民に配っていると信じているからです」
 泰造は長らく市場に出入りしているが、そんな事は初めて聞いた。愛子ならいざしらず、同じく市場に通ってる秀樹なら判るはずだと思った。
「それで、貴方はどう思ってるのですか?」
 泰造もここで本気で優子の話を信じた訳ではない。信用できるのか未だ判断がつかなかった。
 優子はティーカップを口にすると小さく息を吐き
「これは夫が感じた事と私が少し調べてみた事を総合して述べますと、そのブローカーは食材の横流しをしているのでは無いかと思うのです。父はきっと貧しい難民向けに格安で購入して食材を配っている。と騙されているのでは無いかと思うのです」
 泰造は大胆な推理だと思った。東京都の市場の食材は大卸の半官半民の会社を通さねば売ることは出来ない。管理がしっかりなされていると思っていたが、賞味期限間近の食材が売られる事は確かにある。メーカー製の食品などは特に多い。
 それで全てだと思っていた。優子は更に
「賞味期限間近でも売れ残ってしまったのは大卸に戻るのだと聞きました。ならば、そんな品物の行く末はどうなるのでしょうか?」
 優子はもう一度紅茶を飲むと
「それに目を付けた連中がいるのでは無いでしょうか? 私はそう考えたのですが、それから先は調べようがありません。市場に顔が利く訳ではありませんし、市場の事自体にそう詳しくありません。そこで牛島さんの事を思い出したのです。多少の嘘でも真剣に頼めば聞いて貰えると思ったのです」
 食品の横流しが本当に行われているなら、それはそれで問題だ。確かに売れ残りがある日きれいに無くなってる事がある。仲買いに尋ねると『返したよ』と言う答えだった。だが、その先を考えた事は無かった。
「最初にそれを言ってくれれば、もっと早く動けたのに……」
「すいません。本当は父の安否も心配ですが、父が知らぬ間に犯罪に手を貸してしまってる事が心配なんです。姉や義兄は父の言う事を完全に信用しています。私がこの事を言ったら、怒ってしまったのです。だから、二人は真実は何も知らないと思うのです」
 確かに、あの二人ならオヤジさんの言う事を完全に信用してしまうと思った。それに、まさから「花村」のオヤジがそんな事をしているとは世間的にも知らない事だと……。
「判りました。その線でもう一度洗ってみます。もし、犯罪行為が判れば警察に告発しますよ。それでも良いのですか?」
 泰造は優子の覚悟を尋ねると
「はい、父は知らずにやっていたと思いますので、きっと軽い刑で済むと思います。それまでは仕方ないと思います。これ以上深みに嵌って欲しく無いのです」
 優子の覚悟も想いも判ったので、泰造は伝票を握って店を出た。暮れの街は妙にざわついていた。

 店に帰ると美菜がカレーを作っていた。
「今夜はカレーか?」
「うん。近所のディスカウントでルーが格安だったの。賞味期限が来週までなんだけど今日使うなら問題無いでしょう」
「格安って幾らだったんだ?」
「この大きいのが一つ五十円。安いでしょう。スーパーでも二百三十円はするよこれ」
 泰造は美菜が見せた◯&Bのカレールーの箱を手に取ってみた。確かに日付は来週一杯だった。それを見てこれも先程優子が言った事と繋がっているのかも知れないと思った。一度優子の夫に会って噂とやらを尋ねてみたいと思った。
「ねえ、今日のカレーは茄子も沢山入ってるし、アスパラを茹でたから、それも添えて食べるんだよ。お肉は牛肉。じゃがいもはメークインだからね。玉ねぎは淡路産だよ人参は千葉だけど」
「別に千葉産の人参でも良いじゃ無いか」
 泰造がそう突っ込むと美菜は笑って
「まあそうだけどさ」
 そう言いながら煮えて来た具合を確かめると鍋の火を止めて、ルーを割って入れた。
「火を止めて入れると綺麗に溶けるんだよ。知ってた?」
「当たり前だろう。俺は板前だぞ」
「でも餃子焼けないじゃない」
「う……」
 そうなのだ、泰造は殆どの料理をこなすが餃子だけは作るのは上手だが焼くのが下手なのだ。今まで一度もパリッと焼けた事が無いのだ。だから牛島家では餃子を焼くのは美菜の仕事と決まっている。
「七不思議だよね~。そう言えば『花村』のオヤジさんも餃子焼け無いんだっけ?」
 そうなのだ。何故がそこが師弟で受け継がれてしまったのだ。泰造はカレーを食べたらもう一度優子に電話して、優子の夫に会う約束を取り付けようと考えていた。
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