自作小説

紹介された彼女は羞恥プレーが大好きだった

 自慢じゃないが今まで女性にモテた事がない。正確に書くと中学生の頃に告白されたことがあるのだが、当時の俺はガキで恋愛のイロハも良く知らずにその告白を本気にしなかった。当然、その子は傷つきそれ以来口も聞いてくれなくなった。その報いでは無いだろうが、それから他の子に告白しても、さっぱりだ。こちらから告白しても
「悪いけど何とも思ってないから」
 と言われる事が殆どだった。この『何とも思っていない』と言うのは一番キツい。「友達で」よりも残酷でつまり「お前なんか人間と思ってないよ」という意味に等しいのだ。
 だから結婚年齢に達しても恋人などはおらず、気ままな独身暮らしだ。それでも今年の誕生日で三十一になる。面倒くさいのでこのまま独り身でも良かろうかと思い始めていた頃のことだった。親友の嫁さんから電話が掛かって来たのだ。正直、数回逢って話をしただけだし、それも親友を通さずにだから少し驚いた。スワ不倫の誘いかと思ったが全く違っていた。
「彬(あきら)くんさあ、結婚する気ある?」
「は、そりゃ当然でしょう。ありますよ」
「実はさ、紹介したい子がいるんだけど、ちょっと変わってるのよね」
「変わってる? 頭が二つあるとか、手が三本とか?」
「まさか。それじゃ奇形じゃない。そんなのなら、とっくにテレビで売れてるよ」
「そうか。じゃ顔が酷いとか」
「顔はコンテストで優勝するような、特別な美人という訳じゃないけど、十人並み以上かな。結構モテたみたいよ」
「へえ~。じゃあ何が変わってるんですか?」
「正直に言うと性癖が変わってるのよね」
「性癖? SとかMとか」
「S,Mで別けるならMかな」
「うん? どういうこと」
「まあ、その辺は逢えば判るから。逢ってみる?」
「歳は?」
「二十九歳にこの前なったばかり」
「三十前にして焦ってるんだな」
「焦ってるというより本当の自分をさらけ出せないので疲れちゃったという感じかな」
 彼女の話では肝心な事を言ってくれないので判らなかったが逢っても損はないだろうと勝手に決めて逢うことにした。日時を打ち合わせて電話を切った。この次の日曜日に親友の家で逢うことなった。

 親友の家は結構な旧家で家もそれなりの構えをしており、小さい頃なぞは沢山ある部屋で隠れん坊をしたものだ。築数十年は経っているので数年おきにあちこち修繕しながら住んでいるのだと言う。建て売り住宅で育った俺には羨ましいぐらい大きな家だった。
 親友は学校の成績も良く国立大から一流の商社に就職した。三流の会社勤めの俺とは正反対だ。おまけに先日電話をくれた嫁さんも結構な美人で明るくて人付き合いも良い。唯一の欠点が胸が無いことぐらいだろうか。尤も親友はそこには興味は無いらしい。昔からバレンタインデーになると女の子から抱えきれないほどのチョコを貰っていたアイツが選んだ嫁さんだから悪いはずが無いのだ。
 しか気になるのはM系統の性癖とは何だろうか? それが気になった。毎晩鞭で叩かないと子作りも儘ならないとは面倒だ。俺は精神的なS気なら多少あるが直接は御免だ。それほどの性癖はない。二十九になるまで結婚出来ず。あるいは相手が現れなかったというのは、かなり変わっているのだと思った。
 実家の近くにある親友の家を訪ねる。門構えは昔と変わっていなかった。懐かしさがこみ上げる。
「おお良く来たな。上がれ」
 親友が上機嫌で出迎えてくれた。後ろには先日の嫁さんも居た。
「この前はどうも。お邪魔しました」
 そう挨拶をして手土産を手渡す
「あら、気にしないでくれれば良かったのに」
 そうは言うが、その言葉は本気にしてはいけない。
「もう来てるわよ。楽しみにしててね」
 果たして楽しみにするような事なのだろうか?
 案内されて沢山ある部屋の何処かに通された。俺は洋間を想像していたのだが何と日本間だった。それも本格的な床の間つきの八畳間だった。「どうぞ」
 嫁さんは俺を床間の前を勧めた。
「俺が床の間ですか」
「当然じゃない。さあ」
 促されて座布団に座る。床の間には何かの日本画の掛け軸が掛かっていた。俺は全く判らないが雪舟を思わせる絵だった。
「すぐ連れて来るからね」
 そう言って嫁さんは消えた。俺は親友に
「なあ、どんな子なんだ」
 そう訪ねると親友は
「俺も良く知らないんだよね。嫁さんが良く知っているんだ」
 そう言って笑っている。こうなったら覚悟を決めるしかないと思った。そんなことを考えていたら奥の襖が開いて嫁さんに連れられて一人の女性が入って来た。そして俺の向かいに座った。
「こちらが山縣彬(やまがたあきら)さん。彬さんこちらが和久井碧(わくいみどり)さん」
 嫁さんがそうお互いを紹介してくれた。
「山縣彬です。宜しくお願いします」
 そう挨拶すると向いの和久井碧と紹介された女性はそっと顔を上げた
「和久井碧です。今日は宜しくお願いします」
 そう挨拶をしてくれた。十人並みと嫁さんは言っていたが冗談じゃない。結構な美人でしかも色白で可愛い。二十九には見えなかった。
『おいおいこれは結構だぞ』
 そうは思ったが同時に嫁さんの言った「性癖」が気になった。これだけの器量良しで今まで貰い手が現れなかったという事はそこに問題があると言う事だ。だから今回は俺がそれを承認出来るか否かという事なのだと考えた。
「山縣さんて背が高いのですね。わたし、背の高い人が好きなんです」
 碧さんはそう言ってニコリとした。その表情も悪くないと思った。
 そうしたら嫁さんと親友が
「じゃあ、残りは二人で話を盛り上げて下さい」
 そう言って嫁さんがコーヒーとケーキのセットを置いて二人で出て行ってしまった。まあ、お見合いには良くあるパターンだから仕方ないが、これでは俺が直接「性癖」を尋ねなければならない。そう考えていたら碧さんが
「あのう、彼女からわたしの事お聞きでしょうか?」
 そう水を向けられたので正直に口にする
「私が聞いたのは何やら『性癖』があるとか無いとかです」
「そうですか、実は……」
 聞いたことをすのまま言った。そうしたら碧さんは信じられない事を行動に移した。
 黒のカーデガンのボタンを一つずつ外すと裾を持って外側に開いたのだ。
 普通ならその下にはブラウスを着ているはずだった。勿論彼女も着ていた。しかし、そのブラウスが問題だった。
 そのブラウスは黒の網目模様でしかも目が粗い。つまり彼女の上半身は丸見えなのだ。といのも彼女はノーブラだからだ。豊かで形の良い乳房がその網目模様を通して丸見えなのだ。
 思わず目が行ってしまう。「性癖」とはこのことだったのか! 俺の視線を感じて碧さんは頬が赤く染まって来ている。明らかに興奮状態にあるのだと判る。しかし本当に素晴らしい乳房だ。これなら人に見せたくなるのも無理は無い等とバカな事を考えていたら
「わたし、こういう趣味があるんです。だから今まで親しくお付き合いさせて戴いた方からも変態扱いされ駄目になってしまったのです。最初は隠していても何れ判ってしまいます。ならば、最初から自分の『性癖』を正直に言った方が良いのではと思ったのです」
 確かに普通の美人だと思っていたら、人前で自分の裸を見せたいという癖があるとは思わないだろう。特に碧さんの外見ではそれを想像させることは難しいと思った。
「碧さんは普段はいつも、そのような格好なんですか?」
 正直、ここが大事だと思った。
「あの勘違いなされるとは思うのですが、わたしは好きな人やお付き合いさせて戴いてる信頼出来る人と一緒にいる時にするのです。それはその方がわたしのみだらな姿を見て興奮してくれたら嬉しいからなんです。わたしも相手の方が興奮してくれれば燃えます」
 そうか,要は「羞恥プレー」をしたいと言う事だと思った。碧さんは自分の恥ずかしい姿を人に身られて燃えるM気がある女性なんだと理解した。ならばこちらも一緒に羞恥プレーを楽しめば良いと考えたのだった。
「あの隣に行っても良いですか。実は碧さんのその豊かな胸を間近で鑑賞したくなりまして」
 こうなったら俺も本心で語ることにした。碧さんは嫌がるかと思ったら
「隣ですか。実は先ほどから山縣さんの視線を感じていまして、遠い向こう側ではなく、もっと近くに来て欲しいと思っていました」
 何と言う僥倖だろうか。早速碧さんの斜め後ろに移動する。この位置からだと碧さんの大きな乳房とその美しい形を堪能出来るからだ。それにしてもピンと上を向いてその存在感を示している乳首の美しさよ。これは男としてはたまらない。正直触りたくなってしまう気持ちが出て来てしまう。
「それにしても本当に美しく豊かな胸ですね。素晴らしいです」
「ありがとうございます。今までの男の方は皆、人目でそんな格好をするなんて等と言われ、怒って帰ってしまう方ばかりでした。山縣さんは違うのですね」
 まあ怒る気持ちも理解出来なくは無いが、俺は根がスケベなのでそっちの方の気持ちが勝ってしまっただけなのだ。
「僕はスケベなだけですよ。それに美人で可愛い碧さんが、そのような格好をされていると言う事実がとても僕を魅了してやりません」
 本音に近い発言だった。もっと正直に言えば触りたい。触ってゆっくりとこの乳房を堪能したかった。まさかそれを碧さんの前で言う訳には行かない。もし将来があるならダイレクトに言う事もあるかとは思うが、果たして碧さんと交際するかどうか今の時限では判らないからだ。
 それにしても碧さんは気持ちが完全に昂揚しているのがハッキリと判る。顔は上気して項から真っ赤だし、上を向いた乳首も益々その存在感を示している。「触れなば落ちなん」という感じにも受ける。
「正直に尋ねます。イヤなら黙っていて下さい。碧さんは僕に見られて興奮なさっています?」
 いつまでもこうやって密室で碧さんの乳房を眺めている訳にも行かない。この先に進まないとならない。どう返事をしてくるか、あるいは黙っているか、見透かされて怒るか。どれかだと思っていたら
「はい、正直に言います。先ほどから体が疼いてしまっています。だからわたしからも山縣さんにお尋ねします」
「はいなんでしょうか?」
「もし、わたしと今後交際するとして、これからも、わたしのこのような趣味にお付き合い願いますか?」
 要するに今後のデートの時に「羞恥プレー」をしてくれるか。と言う事なのだと理解した。
「喜んで! 正直言えば碧さんを僕の好みのいやらしい格好になって貰いたいと思っていました」
「わたしみたいな変態でも良いのですか? 結婚を意識したお付き合いですよ。将来、わたしみたいな変態が妻になっても良いのですか?」
 恐らく、これが碧さんが俺に確かめたかった本音だろう。
「そうですね。夏なら、紐みたいな殆ど隠す場所が無い水着を着て、プールサイドや海岸を一緒に歩いたり、全裸にコートだけを羽織って散歩したり、ノーブラTバッグに少しキツいTシャツにミニスカートだけで街を歩いてみたりしたいです」
 まずは頭に浮かんだ格好を述べてみたら、碧さんはいきなり俺に抱きついて来て
「嬉しいです。そこまで考えてくれていたなんて。それ実は全部一度はやってみたかった事なんです」
「そうですか、ならば趣味が同じなんですね」
 碧さんんは俺に抱きついたままだ。そっと触りたかった胸を手全体覆うように優しく掴む。柔らかくもプリンとした感触が堪らない。こんな感情を抱いたのは何年振りだろうか。
「ああ、とても感じます。正直、わたし我慢出来そうもありません。でもここでは」
 そうだ。ここは親友の家なのだ。ここでこれより先に進んではならない。
「僕、今日はここに車で来ていますから、何処かに行きましょう。そこでたっぷりと続きをしましょう」
 俺の提案に碧さんは嬉しそうに喜びを露わにして
「はい。宜しくお願いします」
 そう言って三つ指を着いたので俺も同じ格好をした。そしてそれが可笑しくて二人で大笑いした。
 碧さんが再び真剣な眼差しで俺を見つめるので、俺は碧さんを抱きしめて柔らかい躰の感触を楽しんでから、その赤い唇に口づけをした。
「これは予約みたいなものです」
「はい、しっかりと受け止めました。それからですが、正直に申し上げますが、恥ずかしながら、わたしアラウンドサーティなのに未だ男の方を知らないのです」
「え、すると処女ですか?」
「はい。気持ち悪いですか? 寸前までは何度か行ったのですが、そこで『変態とは付き合いきれない』と駄目になってしまっていたのです。ですから好きな人と身も心も一緒になるという事は初めてなのです」
 正直、本当に驚いた。俺は処女だとか非処女には全くこだわらないからどうでも良いが、碧さんの性癖は昔の男が仕込んだのだと考えていたからだ。
「昔の彼氏に仕込まれたのでは無いのですか?」
「はい。元々なんです。小さい頃から父と銭湯に良く行きました。母とはあまり入らず。もっぱら父と一緒でした。小さい頃から人に身られると妙な快感を覚えていて、それが成長した感じなんです。だから一人で居る時は、頭の中でい色々なシュチュエーションを考えて楽しんでいたのです」
「あの一人で楽しんでいたと言う事は、一人エッチですか?」
 そう尋ねると碧さんは消え入りそうな声で一言
「はい」
 そう言って俺の胸に顔を埋めてしまった。この時は思わなかったが、碧さんは会話でもこのような攻められると嬉しいそうで、言葉だけでも逝ってしまうらしい。完全なMなんだと理解した。

 その後親友夫婦が入って来て、俺と碧さん二人が上手く行きそうだと判ると祝福してくれた
「良かったね碧! 中々合う人って居ないから上手くやるんだよ」
 嫁さんはそう言ってくれ、親友は
「正直、お前には勿体ないぐらいの美人だから大事にして上手くやれよ」
 そう言ってくれた。二人に礼を言って、庭に止めてあった俺の車に乗る。助手席に座った碧さんに
「走り出したらカーデガンを脱いで上半身をブウス一枚になりましょうよ」
 そう提案する。つまり上半身が丸見えになると言う事だ
「でも。」
「大丈夫ですよ。車の中は暗いから外からは良く見えないんです。でも中から外は良く見えるんです。だから碧さんの美しい姿態も表の連中からは良く見えないんです。でも運転してる僕からは丸見えなんです」
「そうなんですか。新しい事を覚えました。じゃ脱いでみます」
 碧さんはそう言って黒のカーデガンを脱ぎ去った。先ほどは胸しか見えなかったが今度は背中もばっちりと見える、背中も均整が取れて美しかった
「何かスポーツをされていたのですか?」
「はい、学生の頃は器械体操をやってました」
「器械体操ですか。だから均整が取れているのですね」
「でも不純な動機なんです」
 車は街中を抜けて街道に出ていた。この先にシティホテルがあるはずだった。
「不純な動機って?」
「器械体操ってレオタードを着るでしょう。あれって躰の線が露わになるから。それにその頃から結構胸があったので部の仲間からは『ホルスタイン』って呼ばれていました」
 そうかやはりこの人の性癖は極め付きなんだなと思った。
「先ほど胸を触られて、凄く感じました。好きな人に触られるってこんなにも感じるものだと思いました」
 そう言って碧さんは網目のブラウスの上から自分で乳房をもみし抱いている
「そんな嫌らしい事をしても外からは見えませんからね。大胆にもなりますよね。今度は一糸纏わぬ姿になってみますか。そうやって高速を走るプレーもあるそうですよ」
 これは某AVで見たやつだった。それを聴いた碧さんの目が輝いたのは言う間でもない。
 車はホテルに入って行った。この後俺と碧さんは結ばれた。セックスの相性もバッチリで結婚の約束をしたのだった。

 誰だ! 「破れ鍋に綴じ蓋」だと笑ってる奴は……。
               
   

「彩果」第4話 オムライス勝負

 公造は丸山スタジオで撮影の無い日も、近くに来ると店に寄るようになっていた。そんなある日、食べ終わった公造に彩果が
「ねえ実験台になってくれる」
 そんな事を頼みに来た
「はあ? 実験台って味見か?」
 多分そんな事だと思った公造は
「何の味見だ?」
 そう尋ねる。彩果の作ったものなら。それほど酷いもでは無いだろうと思った。
「デザート。新しいのを幾つか考えたの。評判良ければ店で出そうかと思って」
 彩果はそんな事を言って澄ました顔をしている。いつもと違う表情に公造は
「なんでも良いから出してみな」
 そんな返事をした。それを聞いた彩果は嬉しそうな顔をして小さなガラスの器を三つ、公造の前に出した。
 一つは黒く小さな玉状ツブツブしたものに黒蜜と思われるものが掛かっており上にきな粉状の山吹色の粉が乗せられていた。
 二つ目は同じく小さな黒い玉状のツブツブにチョコレートソースみたいなものが掛かっている。
 三つ目はホイップした生クリームに同じく黒い玉状のツブツブが混ざっている。
「何だこりゃ?」
「タピオカよ。最初のは黒蜜ときな粉。次がチョコレートソース。最後が生クリームで和えてみたの」
 平然と言い放つ彩花に公造は
「お前正気か? タピオカって言ったらドリンクに入れて楽しむものだろう」
「そうよ。でもタピオカそのものはモチモチしてるから色々な可能性があると思ったの。試食してみて駄目なら諦める」
 それを聞いて公造はスプーンを手にして最初の黒蜜から食べ始めた。そして
「思ったほど悪くはない。だがタピオカが黒で黒蜜だろう。きな粉の黄色があるが、これだけでは売れないだろう。華が無い」
 そして二番目を口にした
「これも駄目だな。チョコと合わせる意味が無い。相性が悪い」
 そう言って最後の生クリームのを口にした
「これも悪くは無いが生クリームが勝ちすぎている。抹茶でも加えれれば少しはましになるがな」
「つまり、全て駄目という事ね」
「そういう事だ」
「やっぱりね」
「どういう事だ?」
「既製のタピオカでは駄目という事ね。作るならタピオカそのものから作らないと駄目という事」
「何だ、そこまで判っていたのか」
「判っていたけど、何か主役にしたかったのよ」
 それを聴いて公造は彩果の考えが、幼いのか、誰も考えなかった事を考えているのか判らなかった。
「何か面白いものを考えたら試食してやるよ」
「ありがとう。そう言えば明日は店休みだからね」
「何故だ?」
「水曜日だし。お父さんが免許の更新に行くの。私は学校だしね。早く終わるけどランチタイムには間に合わないし」
 それを聴いて公造は
「判った。明日は来ないよ」
 そう言って店を後にした。
 翌日の水曜日は彩果の学校も五時限で授業が終わる。店が水曜定休なのでこの日だけは学校の帰りに寄り道が出来るのだ。それを知ってる茉莉が
「ねえ学校の帰りに『月のうさぎ』に寄って行こうよ」
 そう誘って来た。「月のうさぎ」とは駅のショッピングモールに開店したオムライス専門店で、色々な種類のオムライスを出している。
 人気なのはその飾り付けが兎の形を模しているのだ。これが人気で女の子で溢れ返っていた。
「また行くの。先月行ったじゃない」
 彩果が気乗りしない返事をすると
「今度腕の良い人が本店から来たんだって。だから今度は期待出来るわよ」
 そんな事を言った。実は先月に茉莉は無理やり彩果を誘って「月のうさぎ」に行っていたのだ。
「美味しくなかったし」
「だから今度は期待出来るかもよ」
 茉莉の積極的な態度に彩果は半分諦めていた。
「じゃあ兎に角店までは付き合うわ。でも間に合うの?」
 彩果はランチタイムの終了時間を気にしていた。
「だから急ごうよ」
 茉莉はそう言って彩果の鞄と手を取って走り出した。

 ショピングモールまで来ると、レストラン街に入って行く。お目当ての「月のうさぎ」は生憎一番外れだった。店の前まで来ると店員がランチタイムの看板を下げている所だった。
「あ~終わっちゃった」
 茉莉がそう嘆くと女子店員が
「すいませんね。もう十分前に終わってしまったんですよ。夕方は四時半から営業しますから」
 そう言って愛想笑いを作って言う。すると彩果が
「行こうよ茉莉。どうせ美味しくない店だから」
 そう言って茉莉の手を引っ張って行こうとすると店の奥から
「お嬢ちゃん言ってくれるじゃん。ウチの味が不味いって」
 背の高い男が表れた。歳の頃は二十代後半と思われ、店の制服である黒い服を身に纏っていた。
「あ、店長……女子高生の言う事ですから」
 看板を下げていた女子店員がそう言って取り合わないように言うが、店長と呼ばれた男は
「一度でも食べてその上で不味いと思ったんだ」
 そう言って彩花に尋ねる
「そうよ。飾り付けが可愛いから楽しみに食べたのよ。でも期待ほどじゃ無かった。私ならもっと美味しく出来ると思ったわ」
 彩果がそういうと店長と呼ばれた男は
「言ってくれるじゃん。俺は仮にもプロだぜ。これで飯を食ってるんだ。そこらの女子高生に負ける訳が無いだろう」
 そう言って彩果の言い分を鼻で笑った。
「言っておくけど私もプロだから。これで商売してるのよ。同じ材料で同じ設備だったら、あなたより美味しく作れる自信があるわ」
 この彩果の言葉でこの店長の目つきが変わった。
「材料は未だ残っているな?」
 女子店員に尋ねると
「はいあります」
「本当に作れるんだな」
「作れるわ」
「じゃあ俺と勝負して貰おう。出来るよな」
「いいけど、貴方が恥を書くだけよ」
「その嘴(クチバシ)折ってやるぜ。さあ、そこの友達も店に入ってくれ」
 そう言って店長は茉莉も店に招き入れた。
 店の中には店員が数名おり、調理場にも三人ほど立っていた。店長は茉莉に
「一応学校の制服のままでは不味いからこれに着替えてくれ」
 そう言って黒い店の制服を出して来た。
「女子用のフリーだから合うだろう」
「ありがとう。おかげて助かるわ」
「それで、もし俺の方が出来が良かったらどうする」
「誰が判定するの?」
 彩果の問に店長が
「君の友達と、ウチの女子店員に判定して貰おう。お互いに一人ずつだ。これで良いだろう」
 店長の言葉に彩果は
「いいわ。それでやりましょう。私が負けたら何でもするわ」
「そうか。それを忘れるなよ」
 彩果はそれを聴いて黒い制服に着替えて来た。
『彩果ちょっと格好良い』
 茉莉はそう思ってしまった。
「じゃあ手を洗って、調理場に入ってくれ」
 彩果は言われた通りに手を洗浄する。その洗い方を見て店長は彩果が本当に素人では無いと悟った。
「基本的に一番シンプルで、しかも出来不出来の差が出やすい、基本のオムライスを作って貰う。ヨーイドンで同時に作り始める。材料は既に用意してある。
 ガスのコンロが三個並んでおり、それが向かい合う形になっている。六人が同時に作業出来る設備だった。
「ウチと同じなのね。この方が使い易いのよね」
 彩果はガスの配置に満足したみたいだった。脇の調理台には小さなステンレスのボールに卵が二個割られている。小皿には玉葱のみじん切りと合い挽きのひき肉。それ以外にはケチャップだけだった。
「チキンライスと言いたいが今回は合い挽きを使って貰う。味付けはケチャップと塩コショウのみでつけて貰う。それを卵で包んで貰う。出来たらこちらの白い皿によそって貰う。卵の上にはケチャップでは掛けない事。いいかな?」
「いいわ。それでフライパンはどれ」
 彩果が尋ねると店長は
「これの中から選んでくれ。どれもコンディションは整えてある」
 そう言ってオムライスを作る沢山のフライパンを指さした。どれもが黒く光っており手入れが行き届いている事を思わせた。
「じゃあこれとこれ」
 彩果は二つのフライパンを手に取った。
「二個使うのか?」
「駄目?」
「いや自信があるんだな。二つのフライパンを使うのは至難の技だぞ。殆どは失敗する。おれは普通に店でやってるやり方でやる。そう言ってお皿をもう一枚用意させた。
「じゃあ用意は良いかな」
「いいわ」
「それじゃ始め!」
 彩果と店長が向かい合う形でコンロを前にした。お互いにフライパンを温めて合いびき肉と玉葱を炒めて行く。塩コショウを振るのも同時だった。
 さすがに店長は慣れた感じで作業を行って行く。彩果も始めての調理場とは思えぬ手付きで作業を進めて行く。コンロの両側でフライパンが返り、玉葱とひき肉が空中に舞った。
 材料に火が入るとご飯を入れていく。両者ともここまでは差が無い。ケチャップと塩コショウで味付けをする。すると店長がそのケチャップライスを皿に取りフライパンをペーパーで拭いて卵を流した。
 彩果は炒めている間に隣のコンロにもう一つのフライパンに油を敷いて温めると卵を流し込んだ。
「同時か!」
 調理場の皆が驚くのと彩果がもう一つのフライパンで炒めていたケチャップライスを卵の中に流し込んだ。そしてフライパンの柄を叩いて丸める作業を始めた。
 それから少し遅れて店長が卵にケチャップライスを入れ、柄を叩いて丸め始めた。
「出来たわ」
「俺も出来た」
 調理台の上には二枚の皿の上に一見同じようなオムライスが並んでいた。
「食べて見て」
 彩花に言われて茉莉と女子店員が店長の方を最初に口にする
「うん美味しい。いつものウチの味」
「そうね。この店の味だわ」
 続けて二人は彩果の方を口にする。すると女子店員が
「何これ! これ本当に同じ材料で作ったの!」
 そう言って驚いたので茉莉も口にする
「全然違う! これオムライスの味じゃ無い!」
 その言葉に店長も彩果の作った方を口にした。
「そ、そんな馬鹿な……見かけは同じだが全く違う!」
 驚く店長に彩果が
「ね。言ったでしょう」
 そう言って少しだけ嬉しそうな顔をした。それを見て店長が
「何が違っていたんだ。俺と君では」
 そう質問をするので
「差は熱を奪わなかった事よ」
「熱?」
「そう。貴方は炒めたライスを一旦お皿に取ったでしょう。それに比べて私は二つのフライパンで並行して作業した。だから炒めたライスが全く熱を落とさずに卵に包まれたのよ。その結果」
「その結果……」
「卵に包まれたケチャップライスは蒸れる事が出来たのよ。蒸れて一層美味しくなったのよ。貴方のではそこまで熱が無かったのよ。その差」
 そう言って彩果は店の制服から着替えた。
「知らなかった。オムライスが蒸れて、そこまで味が深くなるなんて。君、名前は?」
「光本彩果。食物高専三年よ。家は『丸山食堂』をやってるわ。土日や祭日は私も店に出るわ」
「そうか、俺はこの店に店長で先日配属されたばかりの相川正だ。これでも『月のうさぎ』では評判良いんだぜ」 
 相川と名乗った店長はそう言って笑った
「私と同じようにするのは難しいかも知れないけど、熱を逃さないというやり方を考えたら、この店が一番になるわね」
 彩果のアドバイスに相川は
「ああ、何とか考えて見るよ。ところで、その制服だが貰ってくれないかな」
「え、これ?」
「ああ。嫌か?」
「嫌じゃ無いけどどうして?」
「それ新品なんだ。いつでも何かあったらフリーで来てくれて結構だと言う意味なんだ」
 相川の提案に
「そうね。この店の飾りつけは見事だから。私も参考にさせて貰うわ」
 そう言ってニッコリと笑うのだった。

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「彩果」第3話 タピオカ

 彩果が店を手伝うのは学校の授業が無い時に限られる。主に土日や祝祭日となる。それと学校から帰ってから数時間は手伝う事にしている。
 彩果の通う食物高専は食品科学科と食物科とに別れている。食品科学科は微生物の研究などを行い醤油やヨーグルト、チーズや味噌などの発酵食品などを作っている。これらは学園祭の時に販売される。数が限られている事もあるが品質の高さで人気があり毎年直ぐに完売してしまう。
 食物科の方は調理実習や栄養学を納める。彩果が所属しているのはこちらの方だ。食物科の方でも学園祭の時には生徒が作ったカレーやハヤシライス。それにシチューなどがレトルトパウチされ販売される。こちらも人気だ。
 日曜に店を手伝った翌日の月曜、彩果は学校に行く道を歩いていた。
「おはよー彩果」
 後ろから声を掛けたのは幼馴染の水谷茉莉(まり)だった。
「おはよう茉莉」
「ねえねえお店に芸能人が来たって本当?」
「まあ」
「誰が来たの?」
「茉莉が知ってるかどうか判らないけど、二人来たのよ」
「誰と誰?」
「一人はおじさんで高見公造って人」
「高見公造って世界的な俳優じゃない。もうひとりは?」
「ええと誰だっけ……秋庭……秋庭美乃里って人だった」
「秋庭美乃里って元TKB48のセンターやってた人で、卒業して女優になったんだよね。物凄く人気があって有名だよね」
 茉莉は興奮して彩果の周りを跳ねるように歩いている
「どうしてどうして? あ、そうか丸山スタジオに撮影に来たんだ。それでか! 凄いじゃん」
 茉莉は興奮しているが彩果はそれを不思議そうな表情で見ている。
「茉莉、どうしてそんなに興奮しているの? 誰が来たって同じだよ。同じお客さん」
 彩果の超然とした態度に茉莉は
「だって芸能界でも超有名人じやん。お店の宣伝になるじゃん」
 そんなことを言って興奮しているが彩果にはそれが不思議だった。
「気に入って貰えたんだ」
「まあ、満足はしてたみたい。私が作ったからね」
 彩果はそう言って生姜焼定食を出した日の事を思い出していた。あの後、この次に美乃里が仲間を大勢連れて来ると言ったのだが彩果は
「他のお客さんに迷惑がかかるから遠慮して欲しい。貴方とか友達程度だけなら構わないけど」
 そう言って美乃里の提案を拒否したのだ。そのやり取りを見ていた公造が
「だろう」
 そう言って嬉しそうな顔をした。それを見て美乃里は
「大勢が来ると味が落ちるから?」
  そう言ったのだが彩果は
「それは違う。何人来ようと私は平気だけど、他に食べに来るお客さんが、通常と違う環境に置かれたら満足に食事が出来ないでしょう。それが判らないの? だから貴方とか友達程度なら大丈夫と言ったのよ」
 美乃里は彩果の言葉に反論が出来なかった。
「今度お店に行ってみようかしら」
 茉莉の言葉に彩果は牽制をした。
「別に良いけど、騒がないでね」
「彩果は全然変わらないのね」
 感心するやら呆れる茉莉だった。

 食物高専でも他の高校と同じように部活動があるが何を活動するのかは任意とされており、必ずしも何処かの部にはいらなければならないと言うことではない。だから彩果は帰宅部となっている。それは学校が終われば早く帰り店を手伝うつもりだからだ。でも今日は茉莉が
「ねえ、帰る途中に出来たタピオカの店に寄っていかない?」
 そう誘って来たのだ。タピオカは今ブームとなっており、彩果も興味があった。
「何処に出来たの?」
「駅の近く。バス通りよ」
「へえ。出来たんだ」
「だから行ってみようよ。メーカーが売ってる奴じゃなくて、ちゃんとお店で売ってるのを食べてみたいじゃん」
「そうね。試して見るのも悪くないかも知れない」
 彩果も満更でもないので二人で学校が終わった後に寄ってみることになった。
 学校から駅行きのバスに乗り込むと中学の時の同級生と一緒になった。茉莉は正直余り顔を合わせたくない人物だった。
「茉莉、気にしない方がいいよ。知らんぷりしてな。私の後ろに隠れていれば良いよ」
 彩果と彩果は殆ど体格が同じだから、茉莉は彩果の影に完全に隠れるという訳には行かない。だから直ぐに見つかってしまった。
「おやおや水谷と光本じゃん。久しぶりじゃん」
 声を掛けて来たのは中学の時の同級生でタカシだった。中学の頃から乱暴者で茉莉は特に虐められていたのだった。
「タカシじゃない。相変わらず馬鹿なことやってるのね。進歩ないのね」
 彩果が直ぐに牽制をする
「何だよ光本。お前相変わらず生意気だな。殺すぞ!」
「へえ〜それは見ものだわ。私ね今カバンの中に調理実習の包丁が入っているんだ。あんたの皮でも削いであげようか」
「何だ! 俺を脅かすのか」
「アンタが殺すと先に言ったのでしょう。中学の時みたいに私の包丁さばきが見たい?」
 彩果がそう言うとタカシは黙ってしまった。
「別にアンタをどうこうしようとは思って無いわ。私たちこれから駅前のタピオカの店に行くのよ」
 タカシが完全に戦意を無くしたと見た彩果はこれからの予定を口にした。
「ああ、あそこか。俺もこの前行ってみたけど普通だったな。特別お洒落な」感じはしなかった。都心の店のようには行かないな」
 彩果はタカシがそんな店に行った事が予想外だった。
「彼女と行ったんだ。だから予想よりお洒落じゃなくてガッカリしたんだ」
 彩果がそう言うとタカシは驚いて
「お前何でそんな事まで判るんだよ。気持ち悪い奴だな」
 そう言って直ぐの停留所で降りてしまった。茉莉が安心した表情を見せた。
「聴いた茉莉? それほど期待出来そうにないみたいよ」
 彩果の言葉に茉莉も思わず
「そうみたいね」
 そう言って笑った。
 駅前でバスを降りてタピオカの店に向かう。店は何人かが列を作っていた。
「何にする?」
「茉莉は?」
「私はアイスミルクティーかな」
「じゃあ私はアイスカフェオレにしようかな」
 二人共タピオカを入れて貰うのは同じだ。
 順番が来て、それぞれを注文する。それを受け取って店先のベンチに腰掛けて太いストローですすってみる。口の中に不思議な食感が広がる。それを楽しんでいたが彩果は
「これタピオカだけを何かのソースで絡めたら美味しいかも知れない」
 そんなことを口に出した。茉莉は
「そうね、タピオカそのものには味が無いからね。もちもちした食感を楽しむものだけどね」
 そう言って頷いていた。
「和風なら黒蜜ときなこ。チョコレートソースでも良いし、抹茶を入れた生クリームで食べてもいい感じがする」
 茉莉は彩果の言葉を聴いて、この子はやはり普通ではないと感じるのだった。

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「彩果」第2話 生姜焼定食

 ここ「丸山スタジオ」では今日も撮影が行われていた。ここは民放各社と映画の制作会社が共同出資して新たに設立された撮影スタジオで、映画は勿論、テレビドラマの撮影なども行われている。
 東宝撮影所とか東映撮影所など古くからある撮影所は敷地の中に食堂があるが、この「丸山スタジオ」は撮影に関しては最新の設備が整っているが、それ以外では未だまだなのだ。当然食堂なども無いのでキャストやスタッフは弁当の出前などで済ませていた。
 映画畑出身の高見公造は撮影所内に食堂があるのが、当たり前の感覚なので弁当には前から快く思っていなかった。それが先日の弁当の事件になったのだ。あれ以来公造は昼になると敷地外の食堂に通うようになった。
「しかし高見さん。お昼になると居なくなっちゃうのは何故なんでしょうね」
 共演者の秋庭美乃里の言葉だ。丁度お昼の休憩時間で、お弁当を食べながら親しい者と話をしている。彼女はアイドル上がりだが、若手女優として最近メキメキと売り出して来ていて、その演技力は高く評価されている。
「さあ、でも噂ではこの近くの家に通ってるとか」
 そう言ったのは同じく共演者の若手女優の岩高あやめだ。彼女は美乃里と同じ事務所なので仲が良い。
「え~。通ってるの!?」
「そうだって。そこに愛人か誰か居て、その人にお昼を作らせているという噂よ」
「高見さんて今どきそんな事してるんだ」
 美乃里は、あやめの噂話を信じたみたいだった。
「普通の俳優さんなら無いけど高見さんならやりかねないよね」
 あやめは自分が言った言葉をそのまま自分でも信じ込んだ。
 そこに高見が戻って来た。
「あ、高見さん。戻っていらしたんですね」
 美乃里がそう言うと公造は
「ああ、食べたら用はないからな」
 そう言って休憩所の椅子に腰掛けた。
「あの高見さんのお昼を作ってる人ってどんな人なんですか?」
 今度はあやめが尋ねる
「どんなって言っても十七歳の娘だよ」
「え、愛人が十七歳ですか。それ不味いですよ。犯罪ですよ」
 あやめが驚くと公造は
「ああ? 何言ってんだお前。単に彼女の作った料理を食べてるだけだ」
「それって愛人に作らせているんでしょ?」
 それを聴いた公造は呆れて
「何処でそんな与太話を聞いたんだ。愛人でもなんでもない娘だ。確かに少しは器量よしだが俺とは親子以上に離れているんだからな」
 そう言ったがあ、あやめは
「だから余計に萌えるとか」
「馬鹿!」
 公造はそう言ってあやめの頭を軽く叩くと立ち上がってスタジオの奥に行ってしまった。それを見てあやめは美乃里に
「遠からずという所ね。そのうちフライデーされちゃうよ。それとも文春砲かな」
 そう言って嬉しそうな顔をした。美乃里は、あやめの言った事は関係なく、公造が毎日のように通う所が、そんなに美味しいものを食べさせてくれるのかと言う事の方が興味があった。
『今度こっそりつけてみようかしら』
 そんな事を考えていた。

 その日、美乃里は「丸山スタジオ」以外の仕事が入っていなかった。通常ならドラマの打ち合わせとか取材で都内に帰らないとならないのだが、この日はここだけだった。しかも出番は午前中で終わってしまった。そこで
『高見さんの後を付けるなら今日しかない』
 と思った。その日美乃里は午前の撮影が終わるとマネージャから
「今日はこれでオフです。明日は山手テレビで午前九時です。『今度始まるドラマの打ち合わせです』」
 と言われた。
「ありがとう。じゃお疲れ様」
 美乃里はそう言って私服に着替えてスタジオの門に近くに隠れた。やがて公造が撮影を終えて建物から出て来た。守衛さんに挨拶をして出て行く。美乃里はその後をこっそり追うことにした。
 六~七分も住宅街を歩いただろうか、少し広い道に出た。その通りの反対側にある食堂に公造は向かっていた。美乃里も後を付けるが
「秋庭だろう。さっきから付けているのは」
 食堂の入り口で公造はそう声を掛けた。
「判っていました?」
 物陰から出てきた美乃里の格好は黒いキャップを被って黒縁のメガネを掛けて黒いパーカーを羽織っていた。
「何処から見ても怪しい奴にしか見えん」
「そうですかねぇ~いい線行ってると思っていたんですけど」
 公造は美乃里の言葉を無視して
「俺を付けたのは愛人の家に行く所を見たかったのか?」
 この前の事を持ち出すと
「いいえ。あんな話は信じていませんけど、食道楽の高見さんが毎日通う店ってどんな所か興味がありまして」
「それで後を付けたのか」
「そうです」
「なら最初から連れて行ってくれって言いや良いんだ。こんな回りくどい事をして」
「すみません。一緒にいいですか?」
「ここまで来て駄目は無いだろう。それに向こうも商売だしな」
「ありがとうございます」
 こうして二人は「丸山食堂」の扉を開けた。
「いらっしゃいませ~」
 彩果が声をかけた
「おや今日はホールなのか」
 公造が驚くと彩果は
「バイトの人に急用が出来て帰ってしまったので、私が時間までやってるの。今日は何にするの。そちらの方は?」
 少し事務的な言い方に美乃里は
『愛想の無い娘ね。これで商売屋の娘なの?』
 そんな疑問を持った。
「今日の定食は何だい」
 公造が尋ねると彩果は
「豚ロースの生姜焼定食」
 そうそっけなく答えた。
「じゃあ俺はそれ」
「あたしも」
 美乃里もそう言って公造と同じものを注文した。注文を聞くと彩果は厨房に入って行った。それを見て公造の目が輝いたのを美乃里は見逃さなかった。
「あの娘がそんなに美味しいものを作るの? ちょっと信じられないんだけど」
 小さな声で呟くように言うと公造が
「まあ見てろ。驚くことになるから」
 そんな二人の前に店主の親父さんが水の入ったグラスを二人の前に置いた。
「この水飲んでみな」
 美乃里は公造に言われたまま、グラスに口をつけた
「なにこれ! 物凄く柔らかい」
「だろう。超軟水だよ」
 そして彩果が二人の前に生姜焼定食を置いた
「お待ちどうさま」
「おう、ありがとう。ほら食べてみろよ」
 公造は彩果に礼を言って、美乃里に食べるように勧めた。
 美乃里は箸を割って早速、豚肉に手をだした。すると箸で簡単に肉が千切れた。それに驚く美乃里
『何これこんな柔らかい生姜焼初めて』
 箸で挟んで口に持って行く。公造はその美乃里の表情の変化を楽しんでいた。
『もうすぐ驚いて声に出る』
 そう思っていると美乃里が
「こ、このお肉何ですかこれ、物凄く柔らかいです。こんな生姜焼、食べた事ありません。それに味が物凄くジュシーで奥の深い味で……」
 驚いて一気呵成に話出す美乃里に公造は
「彩果、こいつに説明してやってくれ」
 そう頼み込んだ。
「この人、公造の大事な人?」
「共演してる秋庭美乃里だ」
 公造に紹介され美乃里は
「初めまして女優の秋庭美乃里です」
 そう自己紹介をした。すると彩果は
「この食堂の娘の光本彩果です。貴方のドラマは良く見ているわ」
 そう言って口角を上げた。そして
「このロースは、厚さを指定してお肉屋さんに切って貰ってるの。よくある生姜焼用の厚切りだと味は染み込まないし、肉は固くなるし駄目なのよ。かと言って薄切りじゃ話にならない。そこでその中間の厚さを指定して切って貰ってるの」
 公造は柔らかさの秘密が判った気がした。
「この生姜焼はタレに漬け込んでいるタイプね」
 美乃里がそう尋ねると彩果は
「ある程度の厚さがあるから肉は前日の夜に漬け込むの。ベースは醤油、味醂、卸し生姜、それに自家製の梅酒を入れているわ。それに季節によるけど、梨とか林檎をすりおろして入れているわ。漬け込む前に肉の筋を切るのは当然の事ね」
 そう言って当然のような顔をした
「この隠し味は梅酒か……道理で味に奥味があると思った。それに一枚一枚筋を切っているのか」
 公造がそう言うと美乃里が
「高見さんが毎日ここに来る理由が判りました。これだけの味を高校生が作れるなんて思っていなかった」
「高校生じゃなく高専生だけどね」
 彩果がそう言って修正した。
「一つ教えて頂戴。このお店にはどうして高見さんの色紙が飾ってないの? 普通は芸能人が来ると色紙を飾るでしょ。まして高見公造さんだよ。世界的名優の」
 美乃里の疑問に彩果は
「食べるお客さんが誰でも関係ない。私にとっては誰も大事なお客さんだから、差別なんてしない。公造さんだからって駄目なものは駄目だし。出来るものは出来るし。それだけよ。この店の味がお客を呼ぶと考えているの。秋庭さん。貴方だって器量と演技力。どちらが高く評価されたい。顔が綺麗な大根役者が良いの?」
 彩果の言葉に美乃里は
「そうじゃない。私はアイドルが嫌で女優になったの。何時かは演技で多くの人を感動させたいと思っている」
「なら私の考えも判るでしょ。それだけよ」
 彩果はそう言って奥に引っ込んでしまった。呆然とする美乃里の横では公造が嬉しそうに定食を食べている。
「俺が何故ここに通うか判ったろ」
 公造の言葉に静かに頷く美乃里だった
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「彩果」第1話 鯖味噌煮

今日からこのブログで新作を連載して行きます。不定期更新になるかも知れません。
よろしくお願い致します。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 東京の郊外に出来た新しい撮影スタジオ「丸山スタジオ」。緑の多いこのスタジオで宝見公造は新しい映画の撮影に臨んでいた。午前の撮影が延びて少し時分時を過ぎていた。
「おいADさんよ。いくら昼飯だからって、この弁当は無いだろう。他になかったのかい」
 公造が手にしていたのは撮影時の昼食でスタッフやキャストに配られる弁当だった。
「でも、焼き肉の『角牛』ですから。評判良いんですよ」
 弁当担当のADはそう言って、この弁当が、それほど酷くは無いと言いたげだった。
「他の皆は判らないけど、俺はゴメンだね。返すから」
 そう言ってADに弁当の包をそっくり返した。
「でもお昼はどうすんですか?」
「午後の俺の出番まで未だ時間があるだろう、この辺りぶらついて来るから」
 そう言って撮影所の外に向かった。その後ろ姿に向かってADが
「この弁当どうしましょうか?」
 そう問いかけると公造は
「そんなの知るか。お前が二つ食べても良いし、家に持って帰ってもいいだろう。兎に角俺は御免だ」
 公造はそう言いながら、鉄格子の門を守る守衛さんに挨拶をして外に出て行った。
「全く、他のものならまだしも、牛肉の焼き肉弁当だぜ。冷めてしまった牛肉なんか食べる価値が無いだろうさ。しぐれ煮以外なら牛肉は温かいうちに食べるもんだ。特に焼き肉なんか賞味温度が高いんだからさ。弁当なら豚にすれば良かったんだ。豚なら冷めても食べられる」
 公造は、世界的に名を馳せた映画監督である赤澤学の晩年にその作品でデビューを果たし。その個性と演技力で映画界を驚かせたのだった。
 出演した作品での演技力は高く評価され、その後ハリウッドからもオファーがあり。その作品は日本人でありながらアカデミー賞の助演男優賞を受賞したほどだった。
 それ以来日本の映画界でも重要な役を演じている。そんな彼も五十路を過ぎた。でも唯一の趣味の食道楽は相変わらずだ。だから食べ物に対する拘りは強い。ADもそれは知っていたので、わざわざ「角牛」の焼き肉弁当を用意したのだろうが、裏目に出た。
 スタジオを出た公造は街を適当に歩いていた。スタジオの周りには民家が立ち並んでいて、少し歩けば飲食店がありそうだった。
「ま、何か店があるだろう。冷めた弁当よりマシだろうさ」
 そんなつもりだった。程なく住宅街の外れに一軒の定食屋を見つけた。入り口がアルミサッシで出来た何処にでもある普通の定食屋だった。幾人かの男がサッシの扉を開けて店から出て来ていた。
「『丸山軒』だってさ。ランチタイム終わりかな?」
 腕時計を見ると午前の撮影が延びたので、通常ならランチタイムが終わりそうな時刻だった。公造は暖簾を仕舞われてはならないと、急いで店に飛び込んだ。
「いらっしゃい。もうランチタイムが終わるので碌なものが出来ませんけど。それで宜しければ」
 調理場から顔を出したのは白衣に調理帽を被った四十過ぎの店主と思われる男だった。
「何が出来るんだい」
 公造の問に店主は
「そうですね鯖味噌定食なら直ぐに」
 そう言うと、調理場の奥に居た女の子が
「それお昼に私が作った奴だよ。売っちゃうの?」
 そう言って口を尖らせていた。その光景を見て公造は
「なんだい。この店はそのお嬢ちゃんが作ったものを客に出すのかい。まかないなんだろう」
 そう言ってこの店も期待で出来ないと思い始めていた。
「何言ってるの。私が作ったのよ。不味いはずが無いじゃない」
 そう言って店のホールに出て来た女の子は、中肉中背の十代を思わせる子だった。
「やけに自信があるんだな。君が作ったのか」
「そうよ。これでも調理師の資格は持ってるわ」
 その子がそこまで言った時に店主が
「彩果。そこまでにしなさい。お客さんすいませんね。別なものを出しますから」
 そう言って繕ったが公造が
「いや、そこまでこのお嬢ちゃんが言うなら食べさして貰おうかな。但し、俺は食道楽なんだ。味の評価は正直に言わせて貰う」
 そう言った時にこの人物が俳優の宝見公造だと気がついた感じだった。
「ああ、何処かで見た事があると思ったら俳優さんだったのか」
 彩果と呼ばれた子は相手が宝見公造だと判っても動じなかった。
『ほうモノを知らないのか動じないのか』
 公造はそう考えた。すると彩果と呼ばれた子が
「火を入れ直すから少しだけ待っててね」
 そう言って調理場に戻った。代わりに水を入れたグラスを持って出て来た店主が
「すいませんね。なんせ何時もこうで。幾つになっても子供なんですよ」
 そう言って謝ると奥から彩果が
「お父さん、お客さんに謝るのは不味いものを食べさせてしまった時でしょ」
 そんな親子のやり取りを眺めて公造が
「よっぽど自信あるんだな。でも今日でその鼻っ柱が折れるかも知れないな」
 そう言って笑っていた。
「大丈夫。期待は裏切らせないから」
 調理場の中から彩果がそう言って不敵に笑った。そして、公造の前に四角いお盆が滑るように出された。お盆の上には中皿に鯖の味噌煮。針生姜が乗せてある。それと胡瓜の一夜漬けのお新香と、ご飯の丼に葱と和布の味噌汁が付いていた。
「どうぞ」
 彩果がそう言って下がると、公造はテーブルに置いてある箸立てから一膳割り箸を抜き取った
「ほう。こんな店は普通は元禄なんだがこの店は天削か、大したものだ」
 そう言って公造は天削の箸を二つに割った。一般的には定食屋とかラーメン屋あたりでは元禄箸と呼ばれる箸を使う事が多い。天削箸はそれより高級な扱いだった。そしてグラスの水を一口飲むと、グラスをしげしげと眺めた。
『この水。超軟水だな』
 料理を作る上で軟水の方が旨くなると言われている。その水を使っているなら少しは期待しても良いかと思い直してした。
 そして湯気が立っている鯖味噌煮に箸でほぐして口に運んだ。その瞬間公造の表情が変わった。
『何だこれは……これが鯖味噌なのか。とんでもない味じゃないか』
 驚いて二口目を口に運ぶ
『鯖が普通の鯖じゃない。しかも、この味噌のタレが抜群だ。脂の乗った鯖の臭みを抑えて旨味だけを引き出している。甘さ、味噌の濃さ。生姜やゆずの隠し味も完璧じゃないか』
「俺は随分鯖を食べて来た。だがこれは全くの別物だ」
「おじさん。感想が口に出てるよ。気に入って貰えたんなら嬉しい」
 そう言って彩果は引っ込もうとするので
「ちょっと待った。これは本当に君が作ったのか。お父さんに手伝って貰った訳じゃないのか?」
 公造がそう問い正すと彩果は
「失礼ね。上物の鯖が手に入ったからお昼に食べようと思って煮たのよ。未だあるから良いけど、特別な限定品だからね」
 そう言って少しだけ口角を上げた。
「上物ってこの時期だと『葉山の根付きサバ』か?」
「うん。でも鯖って鮮度が落ちやすいから刺し身じゃ無く味噌煮にしたの。『鯖の生き腐れ』って知ってるでしょ」
「なんて贅沢なんだ。『葉山の根付きサバ』を刺し身以外で食べようなんて発想が恐ろしいな。普通の人間だったら鯖味噌にしようなんて考えつかない。発想がぶっ飛んでる」
「そう。鯖は鮮度が落ちやすいから日を跨ぐと刺し身ではキツイわ。ならば味噌煮が一番美味しさを逃さない食べ方じゃない?」
「確かにそうだ。焼いても旨味が落ちるし、シメ鯖でもそうだ」
「他にいい方法があれば、それにしたけど、私の頭の中にはこれが最善だったのよ」
「まあ言われて見れば納得なのだがな。それに鯖味噌だけじゃない。ご飯も炊き方が完璧だし、この味噌汁も鯖味噌とは違う味噌を使っている。味が濃い。たかが鯖味噌定食にどれだけの手が入っているんだ」
 公造の言葉に彩果は
「味噌汁の味噌は自家製よ。鯖味噌の味噌は仙台味噌と信州味噌の白味噌に西京味噌をブレンドしたのよ。でもそんなの当たり前じゃない。鯖味噌定食だろうと生姜焼定食だろうとお客さんを満足させなかったら調理師として失格でしょう」
 そう言って公造を見た。
「そうだ。確かにその通りだよ。君は若いのに凄いな。料理の本質が判っている。歳は幾つだい」
「食物高専三年の光本彩果(みつもとあやか)よ。誕生日が来てないから未だ十七だけどもう直ぐ十八になるわ」
「食物高専って何んだい」
「食物高専は五年制の学校で、卒業すると料理師と栄養士の資格が取れるわ。短大卒扱いの高専よ」
「そうか、航空高専とか工業高専とかと同じなんだな。改めて自己紹介しよう。俺は俳優の宝見公造(たかみこうぞう)だ。今はこの先の『丸山スタジオ』で映画の撮影をしてる。撮影中は毎日顔を出す。旨いものを食べさせてくれ」
 そう言った公造に彩果は
「あ~明日から学校があるから土日だけかな、私の料理を食べられるのは。でも、お父さんも腕効きだから期待してて」
 そう言って笑った。
 この時が二人が出会った最初だった。

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