出張料理人 雅也

出張料理人 雅也 23 (終)

「受け継がれるもの」
6-enkai
 新婚旅行から帰って来たサブに雅也は今までよりも積極的に仕事をさせた。それは雅也がまさにサブに自分の持っているものを全て伝える様な感じを受けたのだった。
 その中でも一点の妥協も許さない姿勢はサブにとって、かっての雅也の姿を思い出させるものだった。
「あの頃の親方が帰って来てくれた」
 その想いだけでも嬉しかった。

 そんな事が続いたある日……サブは雅也のマンションに呼ばれた。
「親方、今日は仕事は無いと思いましたけど、何かありましたか?」
 サブは何時もと若干違う雅也の感じに何か不思議な予感を感じた。
 調理台の前に椅子を出して座ったサブの前に封筒が置かれた。それは「紹介状」と書かれていて宛名には某一流料亭の名前とその花板の名が書かれていた。
「親方、これは……」
 訝るサブに雅也はおもむろに
「サブ、俺はお前に俺の持っている全てを伝えたつもりだ。もうお前に与えるものは無い。これからは俺の元を離れて、もっと広い世界に羽ばたけ」
 雅也はそう言ってサブの顔を見つめた。それはとても優しげで、その感じでサブは雅也が本気だと理解した。
「俺は……もっと親方のもとに居たかったです……でも、もうそれは出来ないのですね」
 サブは両手の拳を握りしめて固く膝の上で握った。その上に涙が流れ落ちた。
「サブ、向こうにはもう連絡してある。お前の腕なら最低煮方以上で使ってくれるはずだ。何処へ出ても恥ずかしく無い腕だ」
「ちゃんと理由を教えて下さい。何故今なんですか?」
 サブは涙の目を拭こうともせずに雅也に尋ねると
「お前は家庭を持った。これからは子供だって出来るだろう。そんな時に今までの収入でやって行けるのか? 幸子先生だって園からはそんなに貰っていないは ずだ。あそこだって経営が苦しいからな。そうだろう! それで幸子先生が妊娠出産で収入が無くなったら、ちゃんとやって行けるのか?」
 雅也の言葉にサブは言い返せ無かった。その事は幸子共々何時も話していた。気にしていたのだ。
「向こうでは俺の倍くれるそうだ。それなら幸子先生が仕事を休んでも、子供が出来ても安心出来るだろう」
「親方はそこまで、そこまで考えてくれていたのですか……でも俺が居なくなったら……」
「何とかするよ。心配するな……」
 そう言った雅也の顔は少し寂しそうだった。

 結局、翌月からサブはその店に行く事になった。向こうの親方がサブの腕を見て「向板で」と言ってくれたが、サブは煮方でと言って遠慮した。それは雅也から学んだ気配りだった。
 雅也が言っていた通りに収入は倍になった。それを見て幸子が喜んだ。そして雅也に感謝した。

 サブが新しい店に入ってからサブの評価はうなぎ登りだった。「さすが雅也が仕込んだだけの事はある」と言われて、サブは自分の事では無く、これは雅也が評価されているのだと理解していた。
 だが、それから1年後、サブの所にある書類が届いた。
 大きな封筒を開封してみると、中からは「不動産譲渡に関する……」と書かれた書類が出て来た。更には「贈与税に関する……」と言う書類も同封されていた。
「これは……親方一体?」
 サブはそれらを見て、更に同封されていた雅也の手紙を読んだ


 三郎くんへ
 元気でやってると聴いて嬉しく思います。
 自分の教えた事をきちんと出来ていると想うと感慨無量です。
 さて、今日は自分の持っているマンションの名義を三郎くんに譲渡したいと思い筆を取りました。
 詳しくは弁護士と協議して下さい。贈与税として掛かる金額も弁護士に頼んであります。
 金銭的な事は心配しないで下さい

 三郎くんへ           
                             雅也


「親方……どうして……」
 それから間も無く雅也の指定した弁護士が訪ねて来た。
 サブは今回の事を弁護士に訊いてみた処弁護士は
「私も詳しくは判りませんが、雅也さんは財産を全て処分なさろうとしています。その理由は、ここだけの話ですが、恐らくは病気だと思うのです。あ、これはオフレコと言う事で……」
 信じられなかった。まさか、雅也が病気で、財産を全て処分するなんて……

 弁護士は言われた通りに仕事をして、いくばくかの後にかってのマンションはサブの名義になった。莫大な贈与税も雅也が用意してくていた。
 サブは雅也が何処へ行ったのか? どうしているのか? 必死で探した。
 探して半年後、やっと探しあてた。ある地方のホスピスで暮らしていたのだ。
「ホスピス……まさか……」

 店が休みの日にサブは幸子と、そのホスピスを訪れた。
 森林と爽やかな池に囲まれた正に安らぎの地を思わせるとサブは思った。
 受け付けで名前を書くと、ホールで待つ様に言われた。サブと幸子はソファーに腰掛けて待っていると、遠く廊下の向こうから雅也がゆっくりと歩いて来た。そして二人を見ると笑顔を見せた。
「良くここが判ったな。出来るなら知られたく無かったんだがな」
「親方……病気だったなんて知りませんでした。今から思うと俺を独立させたのも病気が判ったからですね……知りませんでした」
 サブは自分で言っているうちに涙が溢れて上手く話せ無くなっていた。
「ああ、そうだ。お前が新婚旅行に行ってる間に異変を感じて見て貰ったら、すい臓がんだそうだ。既に移転していて手遅れだと言われたので、抗癌剤等の治療はやらなかった。だから今まで生きてこられた、ただし後半年だそうだが……立っているのが辛いから座るぞ」
 雅也はそう言ってサブの向いに座った。痩せて一気に歳を取った感じだった。
「サブ、最後に訪ねて来てくれたなら、これだけはお前に伝えておく、忘れ無いでくれ」
 雅也はサブの目を見て真剣に、それはかっての料理を作っている時を思わせる目だった。
「はい、聴かせて戴きます」
 それを聴いた雅也はおもむろに語りだした。
「料理で一番大事なのは、それを食べる人の事を想って作れるか、と言う事だ。その思い、お客を思う事無しに作る料理は単なる材料自慢、腕自慢に過ぎない。 料理の隅々までお客さんの事、食べる人の事をちゃんと考えて作っているか? だと俺は思う。いいか、料理は食べて貰えてこその料理だ。それを忘れるなよ。 俺が言いたかったのはそれだけだ」
 雅也はそれだけを言うと係の人に車椅子を持ってきて貰って、それに乗って自分の部屋に帰って言った。
「何か言わなくても良いの?」
 幸子がサブに問いかけるとサブは
「いいんだ。俺は今日、今までで一番大切な、そして大事なものを貰った」
 それだけを言うとサブは帰って行く雅也の後ろ姿に深く礼をした。それを見て幸子も大きなお腹を抱えていたが倣った。

 それから数年後、美食家と言われる人間の間で評判になっている事があった。
 それは、出張料理屋だが、信じられない程の旨さと見事さで、何処の高級料亭も顔負けだが、恐ろしく料金が高いと言う話だった。
 そして、その料理人はかっての同じ事をしていた者を彷彿とさせるとの事だった。
「いや、今の料理人の方が腕がいいだろう?」
「いや~今のも凄いけど、前のは恐ろしいくらいだったぞ」
 そんな会話が交わされていた。

「はい、出張料理 サブです」
 今日もマンションの電話が鳴る。


出張料理 雅也   了
この話で「出張料理人 雅也」は終了致します。拙い話を最後まで読んで戴きありがとうございます。最後は駆け足になってしまいました。多くの皆様に読んで戴き感謝致します。
 
 
 仕事多忙の為、暫くお休み致します。なるべく早く再開致します。

出張料理人 雅也 22

「夫婦の想い」

 サブと幸子先生が結婚式をあげて、新婚旅行に行っていた間、雅也は小さな仕事を請け負っていた。その中に、ある厄介な注文があった。
 注文自体は小さな人数の法事なのだが、その施主の妻から相談事が持ち込まれたのだ。
「私どもの主人は、仕事では精力的活動して成功してきました。でも家庭生活は寂しいものでした」
「と言われますと?」
 雅也の問い掛けに妻は
「はい、それが食べる事、食事に興味が無いと言うか……美味しく食べられれれば何でも構わない。と言う考えなのです。つまり、人は生きる為に食べるのだ、と言うのです……」
 雅也はそういう人間もこの世には居るものだとは思っていたが、自分の客として来るとは思っても見なかった。
 食に興味の無い人間が自分に注文するとは考え無かったのだ。

「それで、私は、こちらの料理を食べされれば変わると思ったのです。どうか主人の目を覚まさせて下さい」
 無理な注文とは思わなかったが、これはかってやった事とは事情が違っていた。
「判りました。若しかしたら御希望に沿得ないかも知れませんが、出来るだけ努力してみます」
 そう約束をして注文主の妻を帰した。
「さて、どうするかな……」
 雅也はコーヒーを入れるとそれを飲みながら考える事にした……

 その当日、サブが居ないので明美に来て貰った。
「どうだ、あれから彼氏の店は?」
 笑いながら雅也がからかうと明美は顔を赤くして
「それが、順調にお客さんが増えて来ていてね。随分助かったわ」
 明美の明るい顔で大体は想像出来たが、そう訊くと正直ホットした。
「なんか今日のお客は変わってるんだって?」
 明美の問にこの前の事を正直に話すと
「雅也さんも変に有名になっちゃうと困るわね」
 そう言って笑っていたが、急に真顔になり
「その人の人生観変える様な仕事をしましょう」
 明美の顔が真剣になった。

 料理は順調に進んでいた。
 今日の料理は基本的には精進を意識して作られている。只でさえ薄味なのだが、雅也の計算でわざと何時もよりも薄味にしてあった。
「ねえ、なんか今日の味は薄いんじゃ無いかってお客さんが言ってるわよ」
 明美が不安そうに言うと、雅也は笑って
「これも計算のうちだよ。刺し身で判るから」
 そう言って、刺し身を作り始めた。
 今日は白身の魚を薄造りにして行く、明美はその使っている包丁を見て何の魚だか理解して、雅也の計画も完全に判った様だ。

 やがて、刺し身がお客の前に並べられた。丸い皿には円心状に白身の魚が薄造りになって並べられている。皿の文様がはっきりと判る。そうこんなに薄く作るメジャーな刺し身は一種しかない。それは「ふぐ」だった。
 東京都はふぐの扱いに関しては日本で一番厳しい。ふぐ調理師の免許を取るのも大変だし、その管理も大変だ。
 捌いたふぐの毒のある内蔵は鍵の掛かるゴミ箱に密閉して、フク調理師が責任をもって処分しなければならない決まりとなっている。
 それなので、他の県で食べるより高額だし、店の数も少ない。大阪の三分の一ほどしか無いのだ。流通量は更に少ない。
 それを改善するために「みがきふぐ」と言う制度が取り入れられた。
 これは、予め専門家が処理したふぐを買って来て、店ではその下処理をしたふぐを普通の魚の様に取り扱って刺し身を作れてお客に出せる様にしたシステムの事で、これによって簡単にふぐが取り扱える様になったのだ。
 雅也は既にフグ調理師の免許も持っていたが、この制度が施工される時に講習会に参加して、扱える様になっていた。

 雅也の作った薄造りのふぐの刺し身を食べたお客達は皆、驚き、その味を絶賛した。中でも施主は特別気に入って
「旨い! 世の中にこんな旨いものがあるなんて……これを食べる為の人生があっても良いと想う様になったよ……それだけ俺には衝撃的だった」
 妻が泣いていた。
「うん? どうした? これからも旨いものを頼むよ。期待してるからさ、今までと同じ様にさ」
 妻は夫の言葉に一瞬あっけに取られた。
「あなた、じゃあ今まで、生きる為に食べるって言っていて、味をどうのこうの言うのは贅沢だって言っていたのは……」
 妻の言葉に夫は照れなら
「俺らなんて貧乏人が贅沢言っちゃ不味いと思ってああ言っていたのさ。お前が何時も努力してくれていたのは知っていたけど、面と向かってお礼を言うのは恥ずかしかったから、今日の親方に言ったんだ「妻の努力に報われる様な献立にして下さい」ってな」
 照れながらも夫は正直に言ったのだった。
「奥さん、実は奥さんから相談される前に旦那さんから相談を受けていたのです。口止めされていたので今まで黙っていました。すいません。今日の料理が薄味 だったのはこのふぐの旨味を充分に味わって欲しかったからです。繊細な旨味ですから、濃い味に慣れてしまうと本来の旨味が味わえないと思ったのです。
 この後、夫婦は手を取り合って喜びあったのだった。

「今日も、上手く騙されたわあ~」
 明美が片付けを終わり、帰り支度をしながら笑って言う
「俺も黙っいてるのは辛かったんだからな」
「お互いに想っていたなんて、素敵だな……私達もああなりたいな……」
「おう! ごちそうさま!」
 雅也が笑ってお終いとなった。

 家に帰って来た雅也は、寝る前のコーヒーを飲もうとお湯を沸かしていた。その時に腹部に違和感を感じた。ここの処何回か感じた違和感だった。
「一回医者に見て貰うかな。親と同じかも知れないしな」
 そう独り言を言うと知り合いの医者に電話をしたのだった。

出張料理人 雅也 21

「サブと楓の披露宴」

 調理室では子供達がケーキ作りの最後の仕上げをしていた。
 四角い大きなスポンジを雅也が焼きあげ、子供達の中でお菓子作りが好きな子が飾りつけをやっていた。
 白い生クリームの上には真っ赤なイチゴでハートが描かれていて、その中にラズベリーで「サブ」「幸子」と名前が描かれている。
 そのハートの周りには子供達がチョコペンで色々なメッセージを書いていた。
「おしあわせに」とか「おめでとうございます」とか色々な事が書かれている。

 最後のラズベリーの飾り付けが終わると台車に乗せて、二人が披露宴をする講堂にケーキを運んで行った。
 それを見送った雅也は自分の分野の最後の仕上げに掛かった。
 雅也はカナッペを沢山作っていた。カナッペとは薄いパンを四角や丸に切り焼く。その上にバターや辛子バターを塗って、その上にゆで玉子の黄身を裏ごしし てパセリのみじん切りを混ぜたのを敷いて、更にその上に色々な具材を載せたものだ。具材はキャビヤや、イクラ、サーモンや生ハム等枚挙にイトマがない。

 出席者の八割が園の子供達なので今日は辛子バターは使っていない。
 更に子供達に向けて、唐揚げや焼き鳥も拵えた。大人には生ハムやスモークサーモン等をお皿に載せ、その回りをカナッペが飾っている。
 ご飯が欲しい人にはお赤飯で作ったお握りが用意された。さあ準備は整った。

 講堂には園の子供達や二人が呼んだ来賓や雅也、そしてサブの母親が居た。講堂には園児がこの日の為に作った花の飾りやリボンで結ばれた色々なメッセージが書かれたボード等が並んでいた。 
 その中をメンデルスゾーンの「結婚行進曲」が掛かり、二人が腕を組んで入場して来て、前の席に座って、司会の園長先生が
「これより、三郎さん幸子さんの結婚披露宴を行います。サブちゃん、幸子ちゃん結婚おめでとう!」
 そう言うと園児が揃って「おめでとうございます!」と挨拶をした。続いてケーキの入刀へと移って行く。

 二人でリボンで飾られたナイフを手にする。園長先生が小声で
「このリボンも子供達がやってくれたのよ」そう言って微笑む。それを聴いただけで楓先生はもう胸が一杯になって、サブが肩を抱いて
「泣いたら駄目だよ。花嫁さんが泣いたら……」
 そういうサブも目頭が赤い……
 結局、震える手で何とか入刀は済ませられた。

 その次は乾杯だ。大人も子供もアルコールの入っていないシャンパン風のサイダーで乾杯をする。音頭は雅也が指名された。
「三郎くん、幸子さん。結婚おめでとうございます。二人は出会ってからお互いに自分に足りないモノを持っている相手に惹かれて交際を始めました。そして遂に今日の佳き日となったのです。どうか、何時迄もお幸せに……乾杯!」
「乾杯!」
 大きな声が講堂一杯に響き渡る。どの顔も笑顔だ。

 やがて、サブがマイクを手に取ってお礼の挨拶をした
「本日は二人の為にこのような宴を開いて戴いてありがとうございます。本日、この園の教会で二人は夫婦の契りを結びました。未だまだ未熟な二人ですが、これからも宜しくお願い致します」
 一斉に拍手が起こり、二人は深々と頭を下げた。

 談笑の時間になり、あちこちで笑い声が聞こえる。ふと気が付くと園児が一人、二人の前に来て「先生、先生は今日から名前変わるの?」
「そうねえ、名前は変わらないけど、苗字が楓から斉藤に変わるのよ」
「じゃあ斉藤先生って呼べばいいんだね」
「そう、お願いね」
「判った! 斉藤先生」
 その子はそう言って自分の席に戻ると周りの皆に一生懸命に説明をしていた。それを見て幸子は自分も、慕っていた人が結婚して園にやって来た時のことを思い出していた。
 あの時も、隣に立っていた雅也を見て確か「お似合い」とか言った気がする。
 その後、雅也の妻となり生まれた子供を連れて遊びに来るのが楽しみだった。
 今、その人はいない……私がその代わりになって園児達に優しくしないと……
 幸子はそう心に思い、隣のサブを見る。
 初めは、どうだったか? 二人が出会った時はどうだったか……
 確か、雅也について来たのだと思い出した。そうだった、未だ見習いに毛の生えた感じで、一から十まで雅也の言う通りにしていたっけ。
 それで、当時から子供達と良く遊んでくれた……表裏の無い人だと判るのに時間はかからなかった……いつしか、彼の事を良く手伝う様になっていた。
 あの時、こうなるなんて思っても見なかったけど、これから私はこの人の妻となる……一緒にこの先を歩いていくのだ。
 幸子はそう想い、隣のサブを見つめる。気が付くと園児が一人二人の前に立ち、手に何か持っている。
「先生、おめでとう! これ俺が作ったんだ。俺の宝物だけど、お祝いだから先生にあげるよ」
 何かと思い、手のひらを見ると、その子が山で拾って来た木の実で拵えた人形だった。二体あり、男女だと直ぐに判る。
「こっちが先生で、こっちがサブちゃん。俺の宝物だから大事にしてね」
 その子はそう言って笑って席に帰って行った。
 幸子とサブは暖かい気持ちになり、二人で改めて誓うのだった。

 宴が終わりになり、片付けが始まる。今日はそれも園児が行うのだ。勿論他の先生や雅也が一緒になって行うのだ。
 サブは講堂の一番端に居た自分の母親の所に行き
「おふくろ、今日は有難うな……ところで今日はウチに泊まれよ」
 サブは自分の母親にそういうと母親は
「そんな事言ったって……今日は帰るよ。だってお前今日は夫婦になって最初の日じゃ無いか」
「大丈夫だよ。俺達もう一緒に暮らしているし……」
 そうサブが言った時に不意に雅也が
「恋人と夫婦では違うものだぞ」
 そう言って笑っていた。それを聴いてサブは
「親方も、やはり恋人と夫婦では違いましたか?」
 そう尋ねると雅也は
「俺達は処女と童貞で結婚したからな」
 しらっと言うのを聴いてサブと幸子は
「うそだぁ~」
 そう言って笑ったのだった。

出張料理人 雅也 20

「サブと楓の結婚式」

 サブと楓幸子先生は、雅也のマンションで、結婚式の相談をしていた。
「式は園の教会にお願いしてるけど、その後がどうする?」
 幸子はサブの顔を伺いながら言うと
「式の前に俺が料理を作っておくよ」
 サブが決意したように言うと幸子が呆れて
「サブちゃんがやるなら私だって手伝うわ」
 どうやら、このカップルは自分達の結婚式で料理まで自分達で作るつもりらしかった。

「バカな事言ってるんじゃない。出来る訳無いだろう! 俺が作るから心配すんな!」
 後ろからいきなり声を掛けたのはこのマンションの主の雅也だ。
「親方……そんな甘えては……」
 サブが声を潤ませて言うと雅也はあっさりと
「大丈夫! 只ではやらないから!」
 笑いながらコーヒーに口を付ける。
「そりゃそうでうすよね……」
 思わずサブも幸子も笑ってしまった。
「まあ、実費でやってやるから、安心しろ」
 雅也のその言葉に二人はもう一度笑ったのだった。

 その後、雅也の提案で、オードブル形式での披露宴となった。その料理を雅也が拵える事になり、園児も参加して二人を祝って貰う事になった。
 大体の事が決まると雅也は
「用事を思い出したから出かけて来る。お前の元の部屋はそのままだから自由にしてろ」
 そう言って出かけて行った。サブは雅也が気を利かしてくれたのだと理解した。何にしろ二人だって久しぶりのデートなのだ。少しは甘い気分も味わいたい頃だ。

「良かったね! 親方が作ってくれる事になって……やっぱり優しいね」
「ああ、そうだな。また、世話になってしまったな」
「ふふふ、サブちゃんは親方命だもんね」
 幸子のからかいにサブは顔を赤くしながら
「俺が心に留めるのはさっちゃんだけだよ」
 そう言って幸子を抱き締めた。

「そういえば、サブちゃんって親方が店を閉めて直ぐに此処に来たの?」
 サブは最初、幸子が何を言ってるのか理解出来なかったが、やがて……
「ああ、そう言えば、店を締めたのが、いきなりで急だったからね」
「どういう感じだったの?」
 幸子の問にサブはゆっくりと語り出した。
「姐さんが亡くなって親方は『暫く休むから』と言われて、通帳を貰って『何処かへ行け』って言われて、それを拒否して、その後連絡待ちだったんだ。ところ が、2週間しても何の連絡も無かったから、店に行ったら既に「売却済み」の札が貼られていて、不動産屋さんに行っても引越し先は判らなかったんだ。
 だから俺はその後色々と探したんだよ。結局、見つける迄1年掛かってしまったけどね」
 サブはその時の事を懐かしそうに話した。
「ねえ、その1年間、親方は何をしていたんだろう?」
 幸子の疑問にサブはハッとした感じで
「その時の事は親方、絶対に言わないんだ」
 そう言って暗い顔をした。

「姐さんは素敵な人だった。私も大好きで、毎日良く遊んで貰っていたわ。お嫁に行くって訊いた時は本当に寂しかったけど、親方、当時は雅也さんを見た時に、姐さんにふさわしい人だと思ったの。本当にお似合いだって」
 懐かしそうに語る幸子だったが、サブは別な事を考えていた。そして、幸子に
「姐さんに横恋慕していた奴ってその頃いたのかな?」
 幸子はサブの言っていた意味が初めは良く判らなかったが、やがてその真意に気がついた。
「沢山いたと思うわよ。私は子供だったから良く判らなかったけど。姐さんあてに良く電話が掛かって来ていたし、手紙も来ていたわよ。でも姐さんは手紙は封 も開けなかったし、電話も何時も断っていたわ。だから姐さんの事を好きな人は沢山いたと思う。だって美人で、気立てが良くて、明るくて……」
「そうだよな。それは俺も判っているんだけど、変な事想像してしまって……」
 サブの言葉に幸子は不思議な顔をして
「変な事って……なあに?」
そう言って鼻先をサブに近づけて、瞳んもありかを確かめる様に訊く……

「実はさ、俺……誰にも言わないと約束してくれないか? 二人だけの秘密と言う事で……」
 思わぬ言葉に幸子は一瞬怯んだが
「判った! サブちゃんが何を言っても驚かない」
 幸子のその言葉を聴いてサブはやっと言う気になった様だ。
「姐さん……事故で亡くなったんだけど……その事故がもしかしたら……事故は事故でも意識的に起こした事故で、本当は事故を装った殺人だったんじゃ無いか? ってずうっと思っていたんだ」
 余りの事に幸子は言葉が出て来なかった……言っていい事も判別はある人だと思っていたが……
「何で、そう思ったの? 何か理由があるんでしょう?」
 幸子は下を向いたサブの肩を抱きながら問い詰める。
「あの頃、店に来ていた常連で、明らかに姐さん目当てで来てきた奴が居たんだ。何時も冗談ぽくだけど、口説いていたしね……勿論姐さんは軽くアシラってしたけど。男はかなり本気だったみたいで……」
「親方の奥さんだって知らなかったの?」
 幸子はまさか、人の女房と知ってて口説く男が居るなんて想像出来ないのだ。
「そういう奴はそんなの関係無いんだ。そして余りの事に姐さんもハッキリと断った直後にあの事故で、しかもそいつが事故を……あの時から俺はわざとじゃ無いかと疑っていたんだ」
 サブの言った事は大事な事だと幸も思う。もし、本当なら事故では無く殺人となるからだ。
「そいつは業務上過失致死と言う事で、何年かの服役で出て来ているはずさ」

 幸子は暫く考えていたが、やがて
「じゃあ、サブちゃんは、その一年間の間に親方は調べていた、と言うの?」
「可能性の問題と言う事さ。あくまでもね……」
「でも、今となっては証明のしようが無いわね」
 幸子はそう言ってこの話を終わらせ様としていたが、サブが
「それでね、そいつがさ、園のアルバムを見ていたら、写って居たんだよ」
 意外な話の展開に幸子は驚き
「誰? 見たら私なら判るわよ。確かサブちゃんもこっちに置いてあるアルバムに私の子供の頃と一緒に写っているかも知れない」
 そう言ってサブの部屋に入り、何冊かのアルバムを持って来て広げた。そして二人で見ていたが、やがて一枚の写真を指さして
「これだ! この人物だ」
 そう言ってサブは写真をアルバムから引き抜き、それを見た幸子は
「なんだ、斉藤さんじゃ無い……この人、園に寄付してくれている人よ」
 そう言って笑ったのだが、サブは腑に落ちないみたいだ。

 二人で気分が落ち込んでいた時だった……
 二人の頭が軽く叩かれた。思わず後を見ると雅也が半分呆れながら立っていた。
「お前ら~さっきから聴いていれば……斉藤さんは園にも毎年寄付してくれている方で、確かに俺の店の常連だったが、アイツを口説いた事なんて無かったぞ。それに斉藤さんが事故を起こした訳じゃ無い」
 雅也は完全に呆れた感じで話していて
「折角、二人だけにしてやったのに、くだらない事に時間を使って……」
 二人は雅也にこってりと叱られたのでした。

「でも親方、あの頃姐さんを店で口説いていた奴がいたでしょう?」
 サブが尚も食い下がると雅也はあっさりと
「ああ、いたよ。そっちは俺がこれで決着を付けた」
 そう言って自分の右の拳を差し出した。
「なるほど……」
 サブはあの頃の雅也を思い出して納得したのだった。
「じゃあ、一年間はどうしていたのですか?」
「ぶらぶらしていたが、たまに友達の手伝いをしたいたな。兎に角もう一度やる気になるにはそれだけの時間が俺には必要だったんだ」
 サブは今更ながら雅也の当時の心の傷が深かったと想ったのだった。

 2月の暖かい春を思わせる日にサブと楓幸子先生は「風の子園」の教会で結婚式をあげた。二人の唯一の親族にはサブの母親が列席していた。
 教会の牧師を務める園長先生の旦那さんが二人に誓の言葉を述べる
「三郎さん、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい誓います!」
「幸子さん、貴方は健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい誓います!」
「これで二人は夫婦の契りを結びました。この上は二人が死を持って分かつまで神の加護があります様に……」
 雅也は自分の時の事を思い出していた。自分の時も園長先生の旦那さんが牧師なので今日と同じ様にしてくれたのだ……自分の時はこんなにも早く「別れ」が来るとは思ってもみなかったが、サブと楓先生には何時もでも一緒で居て欲しいと願うのだった。
「さあ。次は披露宴だ! 準備をしないとな」
 そう呟くと雅也は他の出席者よりも一足早く教会を出て、園の調理室に向かった。白衣に着替えて、最後の仕上げをして行く。
 会場のメインのテーブルには雅也と園児で拵えたケーキが既に飾られている。園児も手伝える者は一生懸命に手伝っている。園児らも大好きな楓先生のお祝いをしたのだ。それを見ながら雅也は、改めて二人に幸あれと願うのだった。

出張料理人 雅也 19

「繁盛店の条件 2」

 雅也は、そう言うと自分も持って来た白衣に着替えた。サブも同じようにする。
「とび道具って、そんなに簡単には思いつかないですよね」
 高田は突然の事で戸惑っていたが、サブの
「高田さんの得意な範囲で考えれば良いんじゃ無いですか? 俺が下拵えでもやりますから思いついた事を言ってみてください」
 その言葉に意を強くしたみたいだった。
「そうですか、ありがとうございます。私が得意なのはやはり煮物ですかねえ……一応一通りは修行してきたのですが、刺身は仕入れに左右されますし、揚げ物などはこれから色々と考える範囲ですから、そうなるとやはり煮物が自分にとっては一番だと思うのです」
 雅也はそれを訊いていて
「食品庫見てもいいですか?」
 そう高田に尋ねた
「あ、どうぞ、何か使えるモノがあれば……」

 雅也が倉庫に行っている間に高田は里芋やら人参やら根菜のたぐいを出して来て調理台に並べて考え始めた……暫くして雅也が倉庫から「いいものがあった」と言って出て来た。みると手には「西京味噌」「あたり胡麻」「砂糖」を持っていた。

 雅也は、持って来た食材を並べて、高田に
「これから何にでも使える俺が考えた味噌を作りますから、見て覚えてください」
 そう言うと煮酒を高田に出してもらい、それを鍋に入れて火にかけて煮切った。煮切るとはお酒などを火に掛けてアルコールを飛ばす事だ。アルコールが飛んだ酒はその酒本来が持っている旨味が濃縮されているので、幅広く料理に使うのだ。
 その酒を500cc程1キロの砂糖に溶かし始めた。そして泡立て器でよく混ぜ合わせる。砂糖だから簡単に溶けると思うがこの分量だと溶け難い。
 それに「あたり胡麻」を大凡400ccぐらいそれに入れて更によくかき混ぜた。
「あたり胡麻」とは、生の胡麻をあたり鉢(商売人の世界では、する、と言う言葉を使いませんので、「あたる」と言い換えます。)で良くあたったものでペースト状になっています。(フードプロセッサーでも今は出来ます。)を混ぜ合わせた。(胡麻は白胡麻を使います)
 更にそれに2キロの「西京味噌」を入れて更によく練る様にに混ぜ合わせる。こうなると力技になるので、一心不乱に混ぜ合わせると次第に全てが混ざって来て、砂糖のザラザラした感触も少なくなって来たのだった。

「味見してみてください」
 大凡出来上がったと思われる頃に雅也は高田に味見するように告げた。その言葉に高田は少し指に付けて口に運んだ……
「これは……」
 高田の表情が驚きで変わる……
「未だなじんで無いので本来の味ではありませんが、この味噌を薄味で煮た里芋に掛けて柚の細切りを乗せて出せばどうですか? 夏は里芋の代わりに茄子、そ れも安い米茄子なんかを、油でさっと処理して出せばいいんじゃ無いでしょうか? 上には針生姜を乗せてね。 私の献立では夏は加茂茄子でやりますが、あれ は高いですから、米茄子なら値段的にもいいんじゃ無いでしょうかね。この味噌は何にでも合いますから、そのうちご自分でも色々と工夫してみて下さい」
 雅也の言葉に高田は恐縮してしまった。なんのかんのと言うが結局は自分の財産のレシピを教えてくれたのだ。それも今日始めて合った自分にだ……有り難さが身に染みた。

 時間が経って、味が馴染んだ味噌を高田が煮た里芋に掛けて試食してみた。
「……!」
 何という味だろうかと高田は思った。この相性の良さ!味噌と言えば「肉味噌」等と思っていた自分だったが、これなら幅広く応用出来るし、用途も広がる……
「雅也さん、本当に有り難うござます。きっとこの味を自分のものにして、店を繁盛させてみせます」
「がんばってくださいね」
 雅也はそれだけを言うとサブを伴って店を後にした。明美ともども高田が後を追って来て
「あのう、御礼を未だ……」
「そんなものは入りませんよ。今日は古い付き合いの明美さんの知り合いと言う事で気まぐれで来て、勝手に自分が味噌を作っただけですから……」
 それだけを言うと笑って去って行った……

 それから、ある日サブがマンションで寛いでいる雅也に
「そういえば、ウワサですが、何時かの高田さんの店ですが、結構お客が付いて来たみたいですよ」
 サブがコーヒーを入れながら言うと雅也は
「そうか、なら良かったよ。後は自分で創意工夫して欲しいからな。所詮、俺が出来るのは、あそこ迄だからな」
「でも、明美さん。相当惚れているのですかね?」
「ああ、かなり入れこんでいるみたいだな。そっちも上手く行けば良いな?」
 雅也はサブの入れてくれたコーヒーを飲みながら、そう思うのだった。
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