「受け継がれるもの」
仕事多忙の為、暫くお休み致します。なるべく早く再開致します。
新婚旅行から帰って来たサブに雅也は今までよりも積極的に仕事をさせた。それは雅也がまさにサブに自分の持っているものを全て伝える様な感じを受けたのだった。
その中でも一点の妥協も許さない姿勢はサブにとって、かっての雅也の姿を思い出させるものだった。
「あの頃の親方が帰って来てくれた」
その想いだけでも嬉しかった。
そんな事が続いたある日……サブは雅也のマンションに呼ばれた。
「親方、今日は仕事は無いと思いましたけど、何かありましたか?」
サブは何時もと若干違う雅也の感じに何か不思議な予感を感じた。
調理台の前に椅子を出して座ったサブの前に封筒が置かれた。それは「紹介状」と書かれていて宛名には某一流料亭の名前とその花板の名が書かれていた。
「親方、これは……」
訝るサブに雅也はおもむろに
「サブ、俺はお前に俺の持っている全てを伝えたつもりだ。もうお前に与えるものは無い。これからは俺の元を離れて、もっと広い世界に羽ばたけ」
雅也はそう言ってサブの顔を見つめた。それはとても優しげで、その感じでサブは雅也が本気だと理解した。
「俺は……もっと親方のもとに居たかったです……でも、もうそれは出来ないのですね」
サブは両手の拳を握りしめて固く膝の上で握った。その上に涙が流れ落ちた。
「サブ、向こうにはもう連絡してある。お前の腕なら最低煮方以上で使ってくれるはずだ。何処へ出ても恥ずかしく無い腕だ」
「ちゃんと理由を教えて下さい。何故今なんですか?」
サブは涙の目を拭こうともせずに雅也に尋ねると
「お前は家庭を持った。これからは子供だって出来るだろう。そんな時に今までの収入でやって行けるのか? 幸子先生だって園からはそんなに貰っていないは ずだ。あそこだって経営が苦しいからな。そうだろう! それで幸子先生が妊娠出産で収入が無くなったら、ちゃんとやって行けるのか?」
雅也の言葉にサブは言い返せ無かった。その事は幸子共々何時も話していた。気にしていたのだ。
「向こうでは俺の倍くれるそうだ。それなら幸子先生が仕事を休んでも、子供が出来ても安心出来るだろう」
「親方はそこまで、そこまで考えてくれていたのですか……でも俺が居なくなったら……」
「何とかするよ。心配するな……」
そう言った雅也の顔は少し寂しそうだった。
結局、翌月からサブはその店に行く事になった。向こうの親方がサブの腕を見て「向板で」と言ってくれたが、サブは煮方でと言って遠慮した。それは雅也から学んだ気配りだった。
雅也が言っていた通りに収入は倍になった。それを見て幸子が喜んだ。そして雅也に感謝した。
サブが新しい店に入ってからサブの評価はうなぎ登りだった。「さすが雅也が仕込んだだけの事はある」と言われて、サブは自分の事では無く、これは雅也が評価されているのだと理解していた。
だが、それから1年後、サブの所にある書類が届いた。
大きな封筒を開封してみると、中からは「不動産譲渡に関する……」と書かれた書類が出て来た。更には「贈与税に関する……」と言う書類も同封されていた。
「これは……親方一体?」
サブはそれらを見て、更に同封されていた雅也の手紙を読んだ
三郎くんへ
元気でやってると聴いて嬉しく思います。
自分の教えた事をきちんと出来ていると想うと感慨無量です。
さて、今日は自分の持っているマンションの名義を三郎くんに譲渡したいと思い筆を取りました。
詳しくは弁護士と協議して下さい。贈与税として掛かる金額も弁護士に頼んであります。
金銭的な事は心配しないで下さい
三郎くんへ
雅也
「親方……どうして……」
それから間も無く雅也の指定した弁護士が訪ねて来た。
サブは今回の事を弁護士に訊いてみた処弁護士は
「私も詳しくは判りませんが、雅也さんは財産を全て処分なさろうとしています。その理由は、ここだけの話ですが、恐らくは病気だと思うのです。あ、これはオフレコと言う事で……」
信じられなかった。まさか、雅也が病気で、財産を全て処分するなんて……
弁護士は言われた通りに仕事をして、いくばくかの後にかってのマンションはサブの名義になった。莫大な贈与税も雅也が用意してくていた。
サブは雅也が何処へ行ったのか? どうしているのか? 必死で探した。
探して半年後、やっと探しあてた。ある地方のホスピスで暮らしていたのだ。
「ホスピス……まさか……」
店が休みの日にサブは幸子と、そのホスピスを訪れた。
森林と爽やかな池に囲まれた正に安らぎの地を思わせるとサブは思った。
受け付けで名前を書くと、ホールで待つ様に言われた。サブと幸子はソファーに腰掛けて待っていると、遠く廊下の向こうから雅也がゆっくりと歩いて来た。そして二人を見ると笑顔を見せた。
「良くここが判ったな。出来るなら知られたく無かったんだがな」
「親方……病気だったなんて知りませんでした。今から思うと俺を独立させたのも病気が判ったからですね……知りませんでした」
サブは自分で言っているうちに涙が溢れて上手く話せ無くなっていた。
「ああ、そうだ。お前が新婚旅行に行ってる間に異変を感じて見て貰ったら、すい臓がんだそうだ。既に移転していて手遅れだと言われたので、抗癌剤等の治療はやらなかった。だから今まで生きてこられた、ただし後半年だそうだが……立っているのが辛いから座るぞ」
雅也はそう言ってサブの向いに座った。痩せて一気に歳を取った感じだった。
「サブ、最後に訪ねて来てくれたなら、これだけはお前に伝えておく、忘れ無いでくれ」
雅也はサブの目を見て真剣に、それはかっての料理を作っている時を思わせる目だった。
「はい、聴かせて戴きます」
それを聴いた雅也はおもむろに語りだした。
「料理で一番大事なのは、それを食べる人の事を想って作れるか、と言う事だ。その思い、お客を思う事無しに作る料理は単なる材料自慢、腕自慢に過ぎない。 料理の隅々までお客さんの事、食べる人の事をちゃんと考えて作っているか? だと俺は思う。いいか、料理は食べて貰えてこその料理だ。それを忘れるなよ。 俺が言いたかったのはそれだけだ」
雅也はそれだけを言うと係の人に車椅子を持ってきて貰って、それに乗って自分の部屋に帰って言った。
「何か言わなくても良いの?」
幸子がサブに問いかけるとサブは
「いいんだ。俺は今日、今までで一番大切な、そして大事なものを貰った」
それだけを言うとサブは帰って行く雅也の後ろ姿に深く礼をした。それを見て幸子も大きなお腹を抱えていたが倣った。
それから数年後、美食家と言われる人間の間で評判になっている事があった。
それは、出張料理屋だが、信じられない程の旨さと見事さで、何処の高級料亭も顔負けだが、恐ろしく料金が高いと言う話だった。
そして、その料理人はかっての同じ事をしていた者を彷彿とさせるとの事だった。
「いや、今の料理人の方が腕がいいだろう?」
「いや~今のも凄いけど、前のは恐ろしいくらいだったぞ」
そんな会話が交わされていた。
「はい、出張料理 サブです」
今日もマンションの電話が鳴る。
出張料理 雅也 了
この話で「出張料理人 雅也」は終了致します。拙い話を最後まで読んで戴きありがとうございます。最後は駆け足になってしまいました。多くの皆様に読んで戴き感謝致します。その中でも一点の妥協も許さない姿勢はサブにとって、かっての雅也の姿を思い出させるものだった。
「あの頃の親方が帰って来てくれた」
その想いだけでも嬉しかった。
そんな事が続いたある日……サブは雅也のマンションに呼ばれた。
「親方、今日は仕事は無いと思いましたけど、何かありましたか?」
サブは何時もと若干違う雅也の感じに何か不思議な予感を感じた。
調理台の前に椅子を出して座ったサブの前に封筒が置かれた。それは「紹介状」と書かれていて宛名には某一流料亭の名前とその花板の名が書かれていた。
「親方、これは……」
訝るサブに雅也はおもむろに
「サブ、俺はお前に俺の持っている全てを伝えたつもりだ。もうお前に与えるものは無い。これからは俺の元を離れて、もっと広い世界に羽ばたけ」
雅也はそう言ってサブの顔を見つめた。それはとても優しげで、その感じでサブは雅也が本気だと理解した。
「俺は……もっと親方のもとに居たかったです……でも、もうそれは出来ないのですね」
サブは両手の拳を握りしめて固く膝の上で握った。その上に涙が流れ落ちた。
「サブ、向こうにはもう連絡してある。お前の腕なら最低煮方以上で使ってくれるはずだ。何処へ出ても恥ずかしく無い腕だ」
「ちゃんと理由を教えて下さい。何故今なんですか?」
サブは涙の目を拭こうともせずに雅也に尋ねると
「お前は家庭を持った。これからは子供だって出来るだろう。そんな時に今までの収入でやって行けるのか? 幸子先生だって園からはそんなに貰っていないは ずだ。あそこだって経営が苦しいからな。そうだろう! それで幸子先生が妊娠出産で収入が無くなったら、ちゃんとやって行けるのか?」
雅也の言葉にサブは言い返せ無かった。その事は幸子共々何時も話していた。気にしていたのだ。
「向こうでは俺の倍くれるそうだ。それなら幸子先生が仕事を休んでも、子供が出来ても安心出来るだろう」
「親方はそこまで、そこまで考えてくれていたのですか……でも俺が居なくなったら……」
「何とかするよ。心配するな……」
そう言った雅也の顔は少し寂しそうだった。
結局、翌月からサブはその店に行く事になった。向こうの親方がサブの腕を見て「向板で」と言ってくれたが、サブは煮方でと言って遠慮した。それは雅也から学んだ気配りだった。
雅也が言っていた通りに収入は倍になった。それを見て幸子が喜んだ。そして雅也に感謝した。
サブが新しい店に入ってからサブの評価はうなぎ登りだった。「さすが雅也が仕込んだだけの事はある」と言われて、サブは自分の事では無く、これは雅也が評価されているのだと理解していた。
だが、それから1年後、サブの所にある書類が届いた。
大きな封筒を開封してみると、中からは「不動産譲渡に関する……」と書かれた書類が出て来た。更には「贈与税に関する……」と言う書類も同封されていた。
「これは……親方一体?」
サブはそれらを見て、更に同封されていた雅也の手紙を読んだ
三郎くんへ
元気でやってると聴いて嬉しく思います。
自分の教えた事をきちんと出来ていると想うと感慨無量です。
さて、今日は自分の持っているマンションの名義を三郎くんに譲渡したいと思い筆を取りました。
詳しくは弁護士と協議して下さい。贈与税として掛かる金額も弁護士に頼んであります。
金銭的な事は心配しないで下さい
三郎くんへ
雅也
「親方……どうして……」
それから間も無く雅也の指定した弁護士が訪ねて来た。
サブは今回の事を弁護士に訊いてみた処弁護士は
「私も詳しくは判りませんが、雅也さんは財産を全て処分なさろうとしています。その理由は、ここだけの話ですが、恐らくは病気だと思うのです。あ、これはオフレコと言う事で……」
信じられなかった。まさか、雅也が病気で、財産を全て処分するなんて……
弁護士は言われた通りに仕事をして、いくばくかの後にかってのマンションはサブの名義になった。莫大な贈与税も雅也が用意してくていた。
サブは雅也が何処へ行ったのか? どうしているのか? 必死で探した。
探して半年後、やっと探しあてた。ある地方のホスピスで暮らしていたのだ。
「ホスピス……まさか……」
店が休みの日にサブは幸子と、そのホスピスを訪れた。
森林と爽やかな池に囲まれた正に安らぎの地を思わせるとサブは思った。
受け付けで名前を書くと、ホールで待つ様に言われた。サブと幸子はソファーに腰掛けて待っていると、遠く廊下の向こうから雅也がゆっくりと歩いて来た。そして二人を見ると笑顔を見せた。
「良くここが判ったな。出来るなら知られたく無かったんだがな」
「親方……病気だったなんて知りませんでした。今から思うと俺を独立させたのも病気が判ったからですね……知りませんでした」
サブは自分で言っているうちに涙が溢れて上手く話せ無くなっていた。
「ああ、そうだ。お前が新婚旅行に行ってる間に異変を感じて見て貰ったら、すい臓がんだそうだ。既に移転していて手遅れだと言われたので、抗癌剤等の治療はやらなかった。だから今まで生きてこられた、ただし後半年だそうだが……立っているのが辛いから座るぞ」
雅也はそう言ってサブの向いに座った。痩せて一気に歳を取った感じだった。
「サブ、最後に訪ねて来てくれたなら、これだけはお前に伝えておく、忘れ無いでくれ」
雅也はサブの目を見て真剣に、それはかっての料理を作っている時を思わせる目だった。
「はい、聴かせて戴きます」
それを聴いた雅也はおもむろに語りだした。
「料理で一番大事なのは、それを食べる人の事を想って作れるか、と言う事だ。その思い、お客を思う事無しに作る料理は単なる材料自慢、腕自慢に過ぎない。 料理の隅々までお客さんの事、食べる人の事をちゃんと考えて作っているか? だと俺は思う。いいか、料理は食べて貰えてこその料理だ。それを忘れるなよ。 俺が言いたかったのはそれだけだ」
雅也はそれだけを言うと係の人に車椅子を持ってきて貰って、それに乗って自分の部屋に帰って言った。
「何か言わなくても良いの?」
幸子がサブに問いかけるとサブは
「いいんだ。俺は今日、今までで一番大切な、そして大事なものを貰った」
それだけを言うとサブは帰って行く雅也の後ろ姿に深く礼をした。それを見て幸子も大きなお腹を抱えていたが倣った。
それから数年後、美食家と言われる人間の間で評判になっている事があった。
それは、出張料理屋だが、信じられない程の旨さと見事さで、何処の高級料亭も顔負けだが、恐ろしく料金が高いと言う話だった。
そして、その料理人はかっての同じ事をしていた者を彷彿とさせるとの事だった。
「いや、今の料理人の方が腕がいいだろう?」
「いや~今のも凄いけど、前のは恐ろしいくらいだったぞ」
そんな会話が交わされていた。
「はい、出張料理 サブです」
今日もマンションの電話が鳴る。
出張料理 雅也 了
仕事多忙の為、暫くお休み致します。なるべく早く再開致します。