短編

カラスよお前は……

0121 ここの所、庭の隅に置いた猫の餌を目当てにカラスの姿を見かけるようになった。人が見ていない時に餌を喋んでいるらしい。
 どうして、そう思うのかと言うと、猫の姿を見かけ無い時でも入れ物に入れた餌が減っていたからだ。
 最初は、ゴミの袋を破って中の残飯を漁る野良猫に困り、その傍に猫の餌を置いた事が始まりだった。
 数匹の野良猫はゴミを漁るのを止めて餌を食べる様になった。ここで目的は達成されたのだが、その副産物として、猫の餌を他の動物も狙うようになった事だった。その代表がカラスだったという事だ。
 猫の食べ残した餌を狙って朝方に来るのだ。朝に来るカラスだから「明烏」と言いたいがそんな粋なものではない。
「カアーカアー」と朝から鳴いて人の安眠の邪魔をする。猫は黙って食べて行くので世話なしなのだが、鳥と言うか特にカラスは煩くて仕方ない。
 カラスが食べ散らかした後を色々な鳥がやって来る。雀を筆頭に、椋鳥、ヒヨドリ、オナガ等色々な鳥がやって来ては猫の餌を喋んで行くのだ。当然鳴き声も聴こえるが、カラスほど人の感に障りはしない。
 それが最近、そのカラスに鳴き声が二種類ある事に気がついた。始めは単に二匹のカラスが来ているのだと思っていたのだが、どうやら違うらしいと気がついたのだ。
 カラスに詳しく無い人の為に一応書いてみるが、都会に生息しているカラスには基本的に二種類あり、「ハシボソガラス」と「ハシブトガラス」という種類のカラスが居るのだ。
 この二匹の違いは明瞭で、クチバシが細く長いのが「ハシボソガラス」で逆に短く太いのが「ハシブトガラス」である。
 元々、人里に住んでいたのは「ハシボソガラス」で、これは大体大人しいとされている。かの「七つの子」のカラスはこの「ハシボソガラス」だと言われている。
 元々は山に住んでいたのが「ハシブトガラス」で、これは元来狩りをするので攻撃的で気が荒いと言われている。
 昔は、住み分けられていたのだが、山の環境が悪くなり餌が少なくなった「ハシブトガラス」は山里に降りて来たのだ、そうして大人しい「ハシボソガラス」のテニトリーに侵入したのだ。
 大人しい「ハシボソガラス」は逆に山に棲家を求めたり、「ハシブトガラス」の来ない地域に避難したりして暮らしている。
 あなたの街はどちらのカラスが居るか見て見るのも面白いかも知れない。

 ある日の朝、カラスの声で目が覚めて、庭を覗くとカラスが猫の餌を喋んでいた。元々人の姿を見ると一時的に避難するので、カラスには構わずガラス戸を開けると、案の定驚いたカラスは飛び立ってしまった。
 普通ならそこで終わりだが、飛び立ったカラスは戻って来て塀の上に止まってこちらを見ているのだ。
「なんだこいつ?」
 そう思って近づいても逃げる素振りをしない。『図々しい奴」だと思ったが、逃げないのでは仕方ない。荒っぽい事をしてカラスに逆襲されるのは御免だ。
 そのカラスのクチバシが短くて太い事に気がいた。
「こいつ『ハシブトガラス』か、どうりで図々しいと思った」
 そう呟くと、カラスは首を傾げて俺の言葉を聴いているような素振りをした。
 カラスは俺が家の中に入ると直ぐ様餌を喋み始めた。
 別な日の事である。空が曇って「雨模様」の朝だった。その日もカラスの声が聴こえた。だが何か違う感じなので庭に出て見ると、カラスが一羽、猫の餌を喋んでいた。その姿を見て何時も来るカラスとは違うと直感した。喋んでいるクチバシが長がかったので「ハシボソガラス」だと思った。躰も「ハシブトガラス」に比べるとスリムというが細い。
 俺の姿を見て少し驚いた様子だったが、最後まで餌を喋んでから俺の姿を目に止めた感じだった。それから大きく首を縦に動かすと、羽を広げて飛び立って行った。俺には礼をしたように感じた。
 それから注意深く観察していると、「ハシブトガラス」が来てる時は「ハシボソガラス」は決してやっては来ない。
 だが「ハシボソガラス」が居る時に、たまにだが「ハシブトガラス」がやって来て「ハシボソガラス」を追っ払ってしまう事がある。この時は何故か「ハシブトガラス」を憎いと思ってしまう自分に気が付き可笑しくなった。
 猫の餌を取られる事には違いが無いのに……。

「集う~我が家のかたち」

久しぶりに更新します。
まだ、忙しいのですが、少し余裕が出来てきたので、作品を投稿しようと思いました。
以前ここで披露した300字小説の作品の「素麺」をふくらませてみました。
タイトルは「集う~我が家のかたち」です。


 衣替の季節になり半袖が心地よくなると、暑さが顔を覗かせる。夏の太陽のお出ましだ。 その頃になると、その昔、母はわたしたちに良くお昼に素麺を茹でてくれた。大きな鍋にお湯を沸かして、白い色のの素麺を茹でて、竹で編んだザルに山盛りによそってくれたっけ。
 わたしや弟は、その中の白い麺の中から、青や赤や緑の色の素麺を見つけ出して、お互いに取られない様に真っ先に食べてから残りの白いのを食べたものだ。最後に色のついたのを何本食べたか何時も自慢しあっていた。
「姉ちゃんはずるい!」
 弟が頬を膨らまして口を尖らせる
「どうしてよ?」
 わたしは弟の言いたい事を判っていながら、からかう様に知らんぷりをするとムキになって
「だって、それ俺が狙っていた奴だったのに!」
 そう言うのが判っていても、わたしは言い返す。
「ぼやぼやしてるのが悪いんでしょう」
 すると、何も言い返す事が出来ずにただ、口を尖らせていた。
「ぼやぼやしてると伸びちゃうよ。急いで食べなさい」
 このタイミングで決まって母が割って入ってくれた。
 そんな事を何時もやりあっていた……この時期になると思い出す。それも昨日の様に……

 子供のうちは葱が辛いから嫌いだった。本当に嫌いで、母が勝手に入れてしまうと、半べそを掻きながらひとつずつ箸で摘んで取り出していたっけ……それが、いつの間にか好きになって、今では自分の娘にも入れている。歴史は繰り返すだね。
 娘はやはり頬を膨らませながら取り出している。その姿が可笑しい。
 あの頃、豪華な玉子焼きも胡瓜もさくらんぼも無かったけれど、楽しくて、そして美味しかった……夏になると思い出す。
 残って茹で過ぎた素麺は夕食に形を変えて出て来た。焼きそばもどきだったり、ミートソースもどきだったり、その変身した”もどき”をウンザリしながらも食べていた。
 きっと我が家の夏の風物詩になっていたのだろう。
 
 それと夏といえばカレーライスも良く母は作ってくれた。母は既成品のルーを使うのが嫌いなので、小麦粉を炒って作っていた。
 わたし達姉弟も良く手伝っていた。やはり大きな鍋に小麦粉やカレー粉を入れてコンロに掛けてしゃもじで炒っていたっけ。
 カレー好きな弟は何時も張り切っていた。私も手伝ったけど。私の役目は野菜を切る事。人参やじゃがいもや玉ねぎを切りそろえると、母のチェックが入る。
 我が家のカレーはキノコや茄子なんかも入っていた。夏野菜がカレーに良く合った。その影響か、今のわたしの家のカレーにも同じ野菜が入る。これも弟が本当に好きだった。

 何時も母の元に集っていたわたしたち……それが我が家の形だと理解したのは大人になってからだった。その母も、遥か昔に逝ってしまった。
 今年も夏が来る……弟の新盆には素麺とカレーを供えてあげようと想った。
 いっぱい食べるんだよ……

 了

300字小説 自作後悔じゃなく公開

え~中日新聞に投稿した拙作ですが、落選は間違い無いので、ここでひっそりと公開します。
まず、最初に

「素麺」

 衣替の季節になり半袖が心地よくなると、夏の太陽が顔を覗かせる。その頃から母は良くお昼に素麺を茹でてくれた。竹で編んだザルに山盛りになるほど茹でてくれた。

 わたしや弟は、その中の赤や緑の色の素麺を取られない様に真っ先に食べてから残りの白いのを食べたものだ。色のついたのを何本食べたか何時も自慢しあっていた。

 子供のうちは葱が辛いから嫌いだったが、いつの間にか好きになった。
 玉子焼きも胡瓜もさくらんぼも無かったけれど……思い出す。
 残って茹で過ぎた素麺は夕食に形を変えて出て来た。その変身した素麺もどきをウンザリしながらも食べていた。

 今年も夏が来る……母の新盆には素麺を茹でてあげようと想った。


「初鰹」

 5月も連休が終ると、新緑が目に眩しくなる。これから梅雨に入るまでが一年で一番過ごしやすい。

「目に青葉、山ほととぎす、初がつお」と言う俳句がある。まさに今の時期を詠んだ句だろう。
 
昔からこの時期になると鰹が食べたくなる。それもたたきでは無く刺し身でだ。思い立つと我慢出来なくなったので、早速スーパーに買いに行く。綺麗に盛られたのもあるが、ここは柵になったのを買ってきてこの日の為に買ったマイ刺身包丁で切って食べたい。

「病膏肓に入る」と言う諺通りだと自分でも呆れる。

 江戸時代の人は和辛子をつけて食べたそうだ。それに倣って自分もそうしてみる。
 
古風な味がして、少しだけ昔の人になった気がした。


この二作を一応公開してみました。
落ちたらまた載せます!

全く怖く無い話~GTOが見たもの

 もうかなり昔の事になる。
最近連載を終えたという峠を攻める漫画が登場する前の話だ。
俺と悪友の謙治は18歳で車の運転免許を取り、謙治は親が公認会計士をしているので親の車を乗り回していたし、俺も親の仕事を手伝っていたから家の車を乗り回していて、共に1年もすると大分運転にも慣れて来た。
こうなると、実際は兎も角、気持ちだけは上手くなった積もりでしるから、どこかへ行きたくなる。
そんな俺らにうってつけだったのが、ちょっとした山道や峠を攻める事だった。
こういう事はかなり早くから各地で行われていたらしい。

東京の東に住む俺らにとっては、そう言う場所は近くには無い。
一番近いのが茨城の筑波山だった。
今では電車も通り、秋葉原まですぐに来られるが、当時は常磐道さえ開通しておらず、国道6号線だけが頼りだった。
その当時、東京から車で6号線を下って筑波山までは2時間半は掛かった。
俺らは通常交代のドライバーも入れて3~4人で筑波に峠を攻めに行ったのだった。
そのころは規制なんかありはしないので、深夜の山道は走り放題だった。
それでも事故を防ぐ為に、毎週集まって来ていた連中でルールが作られた。

1、走行は深夜12時を過ぎてから行う。
2、2本ある登山道は片道走行として、表は下り、裏の登山道は登りとする事。
3、朝の3時を過ぎたら走行禁止とする。
4、発車の間隔は5分は開けること

大体こんなものだったと思う。
俺も謙治もルール作りに参加した。
表の道が下り専用になったのは、こっちの道が傾斜が緩やかだから、ドライバー次第で速度も技も工夫できるからだ。
逆に登りになった裏の道は傾斜がきつい。
パワー重視で登っていくのだが、そこでパワースライドやドリフト走行が見られる。
すぐに評判になり各地から走りに来たり、それを見る観客がやって来たりした。

謙治はこれに、夢中になりバイトをして金を貯め三菱のギャランGTOという車を中古で購入した。
謙治はなぜか三菱党で、GTOがあこがれの車だったのだが、この頃は排ガス規制ですでに生産されてはいなかった。
謙治はあちこちの車屋を回って程度の良いのをやっと手に入れたのだった。
そして、足周りを強化したり、エンジンを分解掃除したりと、知り合いの車屋さんに頼んで随分お金を掛けて整備したのだった。
俺は親が使っているブルーバードSSSに乗っていたが、この車は排ガス規制で牙を抜かれた狼の様で走らない事おびただしかった。

その日は、夕方になり謙治が急に「走りに行こうぜ」と誘って来た。
平日だったが、最近では土日はかなりの車が集まる様になってきたので、沢山走りたい奴は平日にくる事が多くなっていた。
「あした大学は?」
そう俺が訊くと
「もう単位はとってしまったから、ゼミだけだから大丈夫だ」
俺は親の仕事を手伝っていただけだから自由が利いた。
「じゃ、行こうか」
話は簡単に決まってしまった。

夜の九時のなると謙治は俺の家にGTOを横づけた。
「運転してみるか?」
そう言う謙治に甘えて運転させて貰う。
なるほど、名車と呼ばれただけの事はあると思った。
俺のSSSとはハンドルの切れが違う。
それに、規制前のエンジンはストレス無く吹きあがって行く。
パワーの出方も素晴らしい。
「やはり違うな!まるで自分の手足みたいに動くな」
そう俺が感想を言うと謙治は喜んで
「だろう!天下の三菱の傑作クーペだぜ」
まあ、正直GTOはクーペと言うよりハードトップと呼んだ方がふさわしいと思うのだが……

俺は結局、筑波までの道のりをGTOの運転をして、楽しんでしまった。
ウチのSSSとは違うと思い知ったのだ。
裏の登山道の入り口に車をつけると、上の方でライトの明かりが見え隠れしている。
何台かはもう来てるのだろう。
時計を見ると12時を少し回っていた。
平日という事もあり、途中で飯を食べたのでこの時間になったのだ。
運転を謙治と変わり、俺は助手席に座る。
「いいか?」
と謙治が訊くので「ああ」と答えると謙治はスロットルを目一杯踏みしめて行く。
「グオーン」というエンジンの音、タイヤが空回りして焦げる匂い。
1速にギヤを入れサイドブレーキを外し、クラッチをゆっくりと接続させて行く。
歯車が噛み合ったと思った刹那、GTOは「キユルキユル」という音と煙立をて、ゴムの焼ける匂いを残しながら坂道を猛然と登り始めた。
シフトチェンジを繰り返していると、瞬く間に最初のカーブが迫って来る。
そこをべた足でスロットルを踏みしめたまま通過していく。
高速コーナならヒール・アンド・トウで速度をコントロールしていくが、こんな登り坂のそれも最初のコーナではベタ足だ。

右に左に謙治はハンドルをコントロールしていく、段々速度が出て来るとカーブでわざと後輪を滑らせる様な事をする。
いわゆるドリフト走行だ。
これは下り坂だけでは無く登りでも行うのだ。
そして、最初の走行が終わった。
俺はストップウオッチで時間を測っていた。
「どのくらいだった?」
謙治が訊くので俺は
「9分40秒」
「かあ~、1分も遅いじゃんか」
「仕方ないだろう、最初だし、こんなもんだろう、それに後ろ滑らせ過ぎだ」
自分でも判っていたのだろう、それ以上は言わなかった。

薄暗い駐車場には知った車と顔がいた。
「珍しいじゃん平日に来るなんて」
一人がそう言うので、謙治が
「最近は土日はギャラリーが多すぎて」
そう言うとその男も
「全く、あまり有名になると警察の規制が入って来るからな」
そう言って憂いた顔をした。
俺が「そうなったらどうする?」
そう訊くとその男は
「他に行くしか無いかな。もっと田舎にね」
そう言って笑った。それを聴いて謙治が
「ここも相当田舎だけどね」
それを聴いてそこに居た10人ほどが皆笑った。

「ああ、そうそう、変な噂があるから一応耳に入れておくよ」
先程の男が俺達の所にやって来て
「下りのゴールから登りの入り口までの道でなんか見たヤツが居るそうなんだ。見間違いかも知れないけど。無視したほうがいいってさ」
そう真面目な顔をして言うのだ。
「なんかって、何? お化けとか?」
「まあ、そのたぐい、だから見間違いだと思うけどね。一組はそれを怖がって、今日は辞めると言って帰って行ったけどね」
あくまでもその男は真面目に話してるので俺と謙治は「判った。ありがとう!」
そう言って礼を言った。
いったい何が出るというのだろうか……

「下りは、走るか?それとももう少し休むか?」
謙治がそう訊いてきたので俺は
「1回ぐらい走るかな」
そう言って運転席に座った。
その間にレストハウスの自販機でコーラを買って来て1本を俺にくれた。
「サンキュー」
礼を言って開けて口をつける。
甘い刺激のある感触が口内を満たす。
「それじゃ行きますか」
俺は短く言うと車を静かに動かした。
先程の連中はすでに先に降りて行ってしまっていた。
レストハウスの駐車場には俺達だけだ。

ヘッドライトが闇夜を照らしてその行き先を見据えている。
都会じゃ良く判らないが、この様な明かりの乏しい場所に来ると車の明かりの有り難さが良く判る。
その明かりの先に降りて行く道が照らされている。
俺は静かにその入口に車をつけた。
静かに車の鼻先を下りのコースに入れる。
下りは登りの様に、スロットルペダル全開という訳には行かない。
ちなみに俺らが良くアクセルというのは間違いで、正しくはスロットルペダルという。
アクセルというのは、本来はアクセルワークと言い、必要なタイミングに必要な分だけ、
正確にタイヤへ駆動力を与えてあげる事を言う。
つまり、車のコントロールをスロットルペダルの踏み加減でコントロールすることをアクセルワークと言って、それを省略したのがアクセルと言ってそれが定着したのだ。
だから本来の意味で勘違いしない様にするためにスロットルと言うのだ。

カーブで速くまわるには、アウト・イン・アウトと呼ばれるコーナーワークと
スローイン・ファストアウトと呼ばれるスピードコントロールが重要になる。
アウト・イン・アウトとはカーブを回る時のコース取りで、初めはコナーに入る時はコーナーの外側から入り、真ん中では内側、そしてコーナーを抜ける時は再び外側にハンドルを切る事を言うのだ。
これによって、最短距離でコーナーを抜けられるのだ。

もう一つのスローイン・ファストアウトとは、コーナーに入る時は低速で速度を落として安全に入る。
これはコーナーでも見通しが悪い箇所等があるために、最初は低速で入り、コーナーを抜ける時は先が見通せるので速度を上げて抜けるのだ。
実際はコーナーの先端を車の鼻先が抜けたら、スロットル全開で行くのだ。
まあ、これは俺たちがこうやってコーナーを速く走る時の走り方なのだが……

車は良いエンジンの音をさせて下って行った。
GTOのハンドル感覚は素晴らしく、まるでラック&ピニオンを思わせるしっとりとしていて、ダイレクトな感覚がたまらなかった。
実際はボール&ベアリングに違い無いのだが……
高速コーナーを抜けると次はタイトなスプーンカーブだ。
スプーンカーブとはその名の通り、スプーンの様な形状のカーブの事を言う。
俺はそのコーナーをリアタイヤを滑らせてドリフト走行しながら抜ける。
「おお!ごきげんだぜ」
助手席で謙治が陽気に叫ぶ。
右、左、右また左とハンドルを切り、スロットルペペダルの操作で高速で各コーナーを抜けて行く。
そして、最後の直線を全速で駆け抜ける。
謙治が時計を止めるのが視界に入ってた。
「時間は?」
「7分45秒」
「30秒切れなかったか」
「久しぶりなら上出来だよ」
一気に緊張感が抜けて行く。
この感覚も実はたまらないのだ。

見ると、俺らの後ろから一台ゆっくりと降りて来る車があった。
トヨタのセリカクーペだ。
さっきの奴らの車のはずだった。
その車は俺らの横に止まると
「途中で見させて貰ったけどいい走りだったね」
そう言って褒めてくれた。
「ありがとう!もう少し走れると思ったんだがね」
そう俺が言うと先程の男が
「あれだけ出来れば何処へ言っても肩身の狭い思いをすることは無いよ」
そう言って笑っていた。
「俺達はもう少し走りたいから先に行くね」
男はそう言ってセリカを走らせて闇に消えて行った。
ここの表の入り口から裏の入口まで賞味15分は掛かる。
これは正規の県道を走った場合だが、俺達はもう一本裏側の道を走る。
そうすると8分で行くのだ。
あいつらもその道を行った。

俺たちも何時もの様にその道を進んでいた。
真夜中なのでヘッドライトが浮かぶ範囲以外は何も見えない。
遠くに小さな交差点が見えて来た。
この近道で唯一の交差点だ。
交差点というより単に道が交わっただけの場所という感じだ。
だが、ここには街灯があり、青白く光っていて周りりを照らしていた。
その交差点を過ぎると又、真っ暗な道となる。両側は雑木林が延々と続いている。

もう5分以上は続けて走っていた。そろそろ県道に出る交差点が見えて来ても良いはずだ。
そこはさっきの場所とは違いオレンジの街灯があったはずだった。
しかし、見えて来ないのだ。
「道を間違えたか? まさかな、1本道だ間違うハズが無い」
そう呟きながら運転をしている。
謙治はさっきから黙ったまま一言も口を開いていなかった。
「なんか変だな」とは思っていたが口には出さないでいた。
でもそれも限界だと思った時に前方に明かりが見えて来た。
だがそれはオレンジでは無く青白い蛍光灯の明かりだった。
「さっきの交差点だ」
思わず呟いた。間違い無い、ほんの5分前に見た景色だった。
思わず我慢出来ずに隣の謙治を見ると謙治も俺を見て
「ここさっきの場所だよな?」
そう俺に呟いた。俺は
「道間違えてしまったかな?」
そう行って今度は交差点を左に曲がって走り出した。
そうなのだ、俺の思い違いで道を間違えただけなのだ。
俺は完全にそう信じていて、さっきよりもスロットルを踏む力が強くなっていた。
真っ暗な雑木林の中を俺たちは先ほどよりも早い速度で走り抜ける。
未だか?と思っていると謙治が
「あ、明かりだ」
そう言うので俺も一瞬だが安堵した。
だがそれは先程の蛍光灯の明かりだった。
「ここ、またさっきと同じ場所じゃんか」
謙治が呆れた様に俺に言う。
「初めとは違う道だぞ」
そう俺が言うと謙治も
「ああ、それは俺も判ってるよ」
そう言って謙治は車の外に出て見る。
そこは真っ暗な闇が支配する世界だった。
「おい、気味悪いから中に入れよ」
俺はそう謙治に言うと謙治は中に入って来て
「今度はここを右に行ってみよう」
そう言ったので俺も賛成をした。
いくら何でもどの道を行っても同じ場所に出て来るなんてありえないと思ったからだ。
スロットるを踏みしめ俺は今度は慎重に車を動かす。
この道も両側は雑木林で囲まれている。
やがて、また明かりが見えて来た。
そこは……先程の蛍光灯の街灯の下だった。
呆然とする俺たち。
「いったいどうしたんだ? 狐か狸に化かされたのか?」
俺は誰に言う出もなく、ひとりでに呟いていた。

気がつくと謙治の様子がおかしい。
「どうした?」と訊いても何も言わない。
俺は仕方ないので又、車を動かした。
今度は地図を出して確かめ、間違い無く真っ直ぐだと確信して先に進んだ。
程なく行くと道の脇で白い着物を着た女の人が立っているのを発見した。
その人の横を通り抜ける時に謙治が
「なあ、あの女の人にも載ってもらおうぜ、そうすれば今度は何も起こらないかもよ。俺たち呪われてるのかもよ」
そう言うのも一理あるので俺は車を止めて、後ろを振り返った。
ところが行き過ぎたのか、車からは良く見えなかった。
「ちょっとバックするか」
俺はそう言ってギヤをRに入れてスロットルを踏んだ。
ウニューンウニューンという音を出して車は後ろへ進む。
先程の場所と思しき所へ着いたが、そこには誰も居なかった。
未だ、白い布でも木に掛かっていれば見間違いと言う事もあっただろう。
だがそこには誰も居なかったのだ。
不意に謙治がおかしくなった。
「でた! 出たんだよ!幽霊だ!俺たち幽霊に取り憑かれたんだ!」
深夜の闇を引き裂く様な大きな声で絶叫すると、謙治は今度は薄笑いを浮かべるのだった。

その後、俺は明るくなるまでそこに留まり、その後家に帰った。
謙治はその後、診療内科で治療を受けている。
そう言えば、あれから、筑波に行っても、あの夜合った10人とは二度と会えないままだ。
他の知り合いに訊いてもようとして行方は判らない。
もしかしたら、永遠にいまでも、あの道を廻っているのかも知れない……



告白

 わたしの趣味は読書。名作からライトノベルまで凡そ活字なら何でもござれの活字中毒と言って良い。
 その日もある小説家のそれも名作と呼ばれる作品を読んでいた。
 正直、高校生のわたしが読む様な本では無かったが、読書家を自認する自分としては、読んで於かなければならない本だった。
 休みの時間やお昼の休憩時も読んでいるので、わたしには友人があまり出来なかった。
 特に話が旨い訳じゃあ無いし、聞き上手でも無いから中学から一緒にあがって来た古い友人以外はこの高校に上がっても親しい友人は出来なかった。

 ある時の事だった。お昼ご飯を食べ終わったわたしは図書室に向かった。目的は、今読んでいる小説家の他の本を借りる為だった。
 高校生の小遣いで毎月沢山の本が買える訳が無い。年中本を読んでるわたし等はいくらあっても足りなくなる。
だから、古書店や図書館を利用する。
 図書館で借りて読み、気に入り何度でも読みたくなる作品は買う事にしている。まあ、その時も出来れば古書店で古本を買うのだけれども……

 図書館は結構生徒で賑わっていた。わたしは目的の作家の単行本を借りようとして本棚を探していると、生憎と貸し出し中らしく、そこだけ櫛の歯が抜けた様に空いていた。
 ため息をつきながら、無いものは仕方ないので今度は文庫本のコーナーに行く。確か、このぐらいの作家になると、単行本と文庫本両方を揃えていてくれているはずだと思ったからだ。
 案の定文庫本の一角にその作家のコーナーがあった。そこに行き、読みたかった本を探していると、それは直ぐに見つかった。
 カウンターに持って行くと今日の当番が中学の同級生だったので、幾分ほっとする。
「絵美、この作家の人って最近人気なの?」
 カウンターの図書委員の友人はそう言ってわたしに訊いて来た。
「わたしは今凝ってるけど、一般的には……」
 そう言い淀んでいると彼女は
「さっき、これの単行本が借りられたから、そう思ったの。髙見君って言う子、確か絵美と同じクラスだった」
 言われなくても髙見君は知っていた。背の高い整った顔の子で彼も良く本を読んでいた。そうか、彼が借りたのか……何となく同じ作家が好きだと判り近親感が湧いて来た。現金なものだと自分でも思う。ついさっきまで、髙見君の事など何も思ってもいなかったのに……

 手続きを終えて教室に戻って来た。早く読みたかったと言うのもあるが、本当に髙見くんが読んでいるのか知りたかったからだ。
 少しドキドキしながら教室の扉を開けると、昼休み特有も騒がしさが私を襲った。毎度思うが高校生にもなって少しは落ち着くと言う事が出来ないのか、と思いながら髙見くんを横目で確認すると、彼は未だ戻っていなかった。少し残念だと思う。
 仕方ないので、自分の窓際の席に座り残り時間を、読書に充てる事にする。鞄から自分の栞を出して、机の上に置きページをめくり始めると声を掛けられた
「可愛い栞だね。自分で作ったの?」
 顔を上げると髙見君だった。
「うん、中学の時に栞を作る授業があって、その時に幾つか作ったの。その内の一つで、一番のお気に入りかな」
 事実をありのままに言う。別に隠したりするような事では無いからだ。
「その本、さっき僕も借りたんだ。尤も単行本だけどね」
 髙見君は私が思っていたよりも大人しい人みたいだった。言い方がとても心地よく感じた。
「知ってる! 今日の図書委員は中学の時からの友達だから、さっき私が借りた時に教えて貰ったの。尤も友達はこの作家が流行ってるのかと思ったみたいだったけどね」
 知ってる事をみんな話してしまった。私は自分が思ったよりお喋りだった。
「そうだったんだ。でも同じ作家が好きな人が同じクラスにいて嬉しいな」
 実はわたしも同じ気持だった。最近はネットなどでは同じ趣味の人が集まる掲示板などがあるが、やはり近くにそう言う人が居る方が正直嬉しい。事によったら未だ読んでいない本を借りられるかも知れないと言うスケベ根性もあった。
 その日は放課後もその作家の事を色々と話した。中々話が終わらないので、下校も一緒に帰る事にした。お互いが学校からは歩いて二十分程だったからだ。
 後で知ったのだが、髙見君の家は実は反対方向だったのだ。彼は暫くそれをわたしに隠していた。理由を訊いたら「変に気を使われたくなかったから」だそうだ。
 わたしは「ふう~ん」と聞き流したが本当は嬉しかった。わたしのことにそんなことに気を使ってくれたのが嬉しかった。

 その日から毎日一緒に帰った。髙見君は学校から家まで二十分。その後自分の家まで四十分かかり都合毎日一時間余計に時間がかかったが、ひとつも文句は言わなかった。
 休みの日は一緒に図書館に行ったり、好きな原作が映画化されたら一緒に見に行ったり、充実していた。
 喫茶店や公園でも良く話をした。今から考えると八割はわたしが話していたと思う。良く喋るわたしを髙見君はニコニコしながら聴いていてくれた。聞き上手だと思った。
 ある時なぞコーヒーをお互い何倍もお代わりしてずっと話していた。いつの間にか髙見くんと話をすること事態が喜びになっていた。
 
「あなた、最近明るくなったわね」
 ある時母に言われた。そうかな? と自分では思う。まあ、良く喋る様にはなったのは間違い無いと自分でも思う。それに、今までのわたしってそんなに暗かったのかしら? 母に問うてみたら
「そうよ。何時も本ばかり読んでいて、誰と会話するでも無し、大人しいのは良いけど。心配だったわよ。このまま行ったらどうなるのだろう? って」
「このままって?」
 わたしの疑問に母は呆れながら
「あんただってもう十六になるのよ。ボーイフレンドの一人や二人出来なくてどうするの。私があなたの頃にはちゃんと居たわよ」
 何の事は無い。そんな心配か……そりゃ母は何とか小町って言われたくらいの器量良しだったそうだから、それはモテたでしょう。生憎わたしは父に似てしまったのです。だから言い寄って来る男はいなかったのです。
 そんな事を言ったら母は笑って
「そんなに不器量に産んだ覚えは無いわよ」
 そう言って台所の方へ去って行ってしまった。
 わたしだって、そのうち……と思ったら髙見君の事を思い出した。そうか母はその事を言っていたのかと納得する。そうか、以前のわあたしなら、そんなに出 かける事はしなかった。どちらかと言えば家で本を読んでる事が多かった。でも髙見君は恋人じゃ無いし……そうやはり友人かな? それもとても良く意見が一 致する友達。ずっと一緒でも疲れない友達。そんな処だと感じた。

 季節はいつの間にか夏になっていて、わたしは相変わらず髙見君と毎日の様に逢っていた。思えば良く付き合ってくれたものだと思う。
 その日も図書館に行き、その帰りにお茶をのみながら小説の話をしていたら、高見君がポツリと
「絵美ちゃん……僕ね、転校するんだ……」
 いきなりの告白に心臓がドキリとした。思わず髙見君の顔を見つめる。髙見くんは続ける
「僕ね。将来は美術大学の絵の方に進みたいんだ。それには、専門の美術大を受ける為の予備校に通わないと合格は無理みたいだと言われてね。でも、そんな予備校は東京に行かないと無いしね。それに高校からそう言う科で勉強したほうが良いって言われてね……」
 知らなかった……一学期まるまる付き合って来たのにわたしは何も知らなかった。髙見君の希望が芸術方面だったなんて……わたし何をやっていたんだろう……
「それで、直ぐに引っ越すの?」
「引越っすと言うよりも僕だけ東京の向こうの学校の寮に入る事になると思うのだけど」
 急だった。余りにも急すぎだった。せっかく楽しい時間を過ごして来たのに……
「どうして今まで教えてくれなかったの? どうして……」
 わたしはこみ上げて来る思いを抑えながら訴える。
「御免、何回も言おうと思っていたんだ。でも君の事を想うと、言えなくて……」
 ふと気が付くと髙見君の目は真っ赤である。その顔が滲んで見えた……

「いつ東京に立つの? せめてそれだけは教えて……」
 わたしは何とかそれだけを口にした。
 戸惑っているわたしの気持ちに被せる様に高見君の言葉が耳に入る。
「うん、夏休み中には立とうと思ってるんだ。向こうでも新学期に向けて準備とかあるからね」
 やはり……そうだろうと思う。だから、行く日はせめて見送りに行きたかった。
 そこまで考えて、わたしは髙見君の家にも行った事が無いのに気がついた。場所に関しては教わったので、大体判るが、それで実際行った気になっているのに気がついた。それにわたしも髙見君を自分の家に連れて来た事が無いと思った。
 なんでだったのだろう……それは、私と髙見君は学校のクラスメイトで本が好きな友人で、それ以下でも以上でも無いと思った……本当にそう思っていた。
 もしかしたら無意識にそう思い込もうとしていたのかも知れない。絵美、あなたは、髙見君が居なくなっても良いの? 前みたく、一人で本だけを読んでいるお昼休みで良いの?
 いやだ……嫌! そんなのはもう戻りたく無い……この時わたしは自分の本当の気持ちに気がついた。
「東京に行く日、教えて……見送ってあげたいから……」
 本当にそれだけの言葉が出てこない。やっとの思いで口にすると髙見君がわたしの手を握って
「判った。必ず教えるよ……」
 そう言ってくれた。握っていたわたしの手に髙見君の涙がひとしずく流れて落ちた。
 この時、わたし達はお互いの気持に気がついたのだった。

 それから月日の経つのは早く、アッという間に髙見君が東京に旅立つ日になってしまった。わたしは朝から落ち付かず。何回も鏡を見なおしている。最後に少しでも綺麗なわたしを見せてあげたい。向こうへ行っても忘れられなくらいの飛び切りのわたしを……
 朝、十時の列車だと言っていた。それよりも早く着く様に家を出る。歩きながら、バスに揺られながら『本当にこの日でさよならする』という事が良く判っていない自分に気がつく。
『本当にもう逢えなくなったらどうしよう』そんな事を考える。
 違うよね。長い休みの時はこっちへ帰って来るよね。ずっと連絡くれるよね。メールだって電話だっていくらでも手段があるのだから……今日が最後でお別れなんて言わないで……
 なんでもっと自分の気持ちに早く気が付かなかったのだろう……鈍すぎるぞわたし……

 バスが駅に着くと、どっと人が降りるので、わたしも降りて改札に向かう。入場券を買って中に入る。
 この街の駅は人口の割に大きい。それはここから支線が出ているから、ホームがひとつ多いのだ。
 ここから東京へは直行する列車は出ていない。終点の駅で東京行きに乗り換えるのだ。時計を見ると九時半だった。髙見君が乗る列車のホームに上がる。未だ髙見君は来ていない様だ。ホームのベンチに座って待つ事にする。
 わたしは、髙見君の事を表面上は友達だと思っていた。いいや。そう思い込もうとしていたんだ。
 そうだよ! でもなんでだろう……その気持に気がついていながら自分にでも隠していたのは何故なのか……それは、髙見君の気持ちが怖かったから……
 わたしは、きっと髙見君もわたしの事を「ただの友達」と思っているに違い無いと思っていたから、それをこの耳で確かめるのが怖かったからだ。
 わたしは、狡かったのかも知れない。このままの曖昧な関係が永遠に続けば良いと思っていた……怖かったんだ……そう判った。

「早かったね」
 その声に我に返る。見上げると髙見君だった。すぐにでも手を握りたい……いいえ、本当は抱き締めて永遠に忘れない様にしたい。そんな事出来ないけど……
「今日まで本当にありがとう」
 そんな永遠のお別れの様な事を言わないで……『向こう言ったら連絡するね』と言って欲しい。そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、髙見君は白い四角い封筒をポケットから出して
「僕の乗った列車が出たら読んで欲しい」
 そう言って真っ赤になった目を細めた。
「判った。出たら直ぐに読むから」
 それ以上会話が続かなかった。一応は向こうの寮の住所等も訊いていたし、図書館に行く様になって直ぐにアドレスは交換していた。
 だから、これで終わりの訳は無いのだが、それでも髙見君との日常はもう帰って来ないと想うと切なくなる。
 
 やがて、列車がホームに滑りこんで来た。髙見君は手荷物を持つと列車に乗り込み
「じゃ、手紙必ず読んでね」
「うん、判った」
 それだけの短い会話をしてドアが閉じられた。
 列車はゆっくりとホームを離れる。わたしと髙見君の距離が段々と遠くなる。
 わたしはいつの間にか走り出していた。まさか自分が映画やドラマの様な事をするとは思ってもみなかった。とうとうホームの端まで走ってしまった。列車は 最後尾が完全にホームを離れた。わたしは大きな声で名前を呼んでいた。今から思うとかなり恥ずかしい事だった。でも、あの時はそんな感情などは無かった。

 列車はもう見えなくなってしまった。そうだ、髙見君のくれた手紙を読まなくては……
 わたしはホームのベンチに戻って手紙を開封した。そこには……

 

 これを読んでいると言う事は既に僕は列車の中だと言う事ですね。
 本当は、直接言いたかったのですが、どうしても言う勇気が出ませんでした。本当の事を言ってあなたに嫌われたらどうしようと思ったからです。
 実は入学した当初から転校の話はありました。それを今まで延ばしたのは、あなたがいたからです。
 入学して同じクラスになってあなたを見た瞬間に僕は恋に落ちました。何とかあなたに近づきたいと思っていました。
 そこであなたの事を色々と観察した結果、読書好きだと判りました。僕も読書は好きなので、好都合でした。そして、今はある作家に凝っている事も突き止めました。そこで自分もその作家を読む事にしました。
 そんな時に、図書委員の友人から、あなたがその作家の本を良く借りてる事を知り、僕はその作家の本を図書館で借りる事にしました。そして教室であなたに判る様にその本を読む様にしたのです。効果は言わなくても判ると思います。
 そうなのです。僕はストーカーまがいの事までしてあなたと親しくなりたかったのです。
 笑ってください。こんな男はあなたに相応しく無いですよね。だから列車に乗ってから開封してくださいと頼んだのです。
 どうか、失礼な事をした僕を許して下さい。この数ヶ月本当に楽しい毎日でした。つまらない僕の日常で一番輝いていた日々だったかも知れません。
 本当にありがとうございました。そして、心からあなたの事が好きです。
 いまでも……いつまでも……

  絵美さんへ
                                髙見 隆史


 最後は文字が霞んで読めなくなってしまって、同じ箇所を何回も何回も読み直してしまった。
特に最後の二行は数え切れないほど読んだ。
 わたしって馬鹿だ。本当に……素敵な王子さまが何時も傍に居てくれたのに、気付かず暮らして来たなんて……
 時刻表を探す。列車が終点に着く時刻を確認する為に……
 そして、スマホのアドレス帳を何回も確認する。
 着いたら連絡しようと……


 了
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