お星様とギター

クリスマスコンサート

拙作の「お星様とギター」「残り火」の登場人物による話です。
番外編のような続編のようなものです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 今年の冬は何だか早く来る気がした。店の入り口のガラスの扉が木枯らしに揺れていたからだ。風の強い日だから仕方がないが、それにしてもこんな事は滅多には無い。

 ウチも一応はイタリア料理店なのでこの時期はクリスマスの飾り付けをする。大した事はしない。それは夫の方針でもあるからだ。

「毎日来てくれるお客さんを大事にする」

 それが口癖で、「お客さんの笑顔が一番」と言う事も常に付け加えるのを忘れない。夜なんか興が乗るとお客さんのリクエストに答えて、ギターで歌う事もある。演奏の腕は落ちていないと思うが本人は歌手を引退したつもりなので、本気ではない。それは、わたしだけに判る事なのだ。

 十二月に入ってもお店は順調で特別な事は無かった。今年もこうやって暮れて行くのだと思っていた。だが、それは突然やって来た。

 ある日、店のガラス戸の向こうをカッキーこと柿沢タツヤが横切って裏手から入って来た。

「あら、カッキー今日はどうしたの

 普段なら正面から入って来るのに今日に限って裏手から入って来るのは何かあると感じた。

「十二月の二十五日の日曜日は店は休みだよね」

 カッキーは夫の純ちゃんにでは無くわたしに問いかけた。

「そう、日曜だから休みよ。二人でお正月の買い物にでも行こうかと思ってるの」

 わたしの言葉にカッキーは突然両手を合わせて

「純をこの日貸してくれないかな

 そんな事を言って来た。純ちゃんの顔を見ると鳩が豆鉄砲食らった顔をしている。

「おい、いきなり何だよ。俺に話を通してから陽子に言うのが筋だろう」

 純ちゃんが口を尖らせてカッキーに言うと

「悪い悪い、でもお前なら了承してくれると思ってるからさ」

 カッキーは悪びれず、そんな事を言う。

「ねえ、ちゃんと話してくれない

 わたしが言うとカッキーはわたしと純ちゃんを座らせて、その前に椅子を出して座り

「実はさ、俺の出た『ひまわり園』で二十五日の日にクリスマスソングの簡単なコンサートと言うか歌を聴かせてやりたいんだ。この前、園に行ったら、園長先生が『一度ちゃんしたクリスマスソングを子供たちに聴かせてあげたいの』って言っていたんだ。俺の育った所だし、訊けばちゃんとした音楽に触れる機会が少ないそうなんだ。だから俺で良かったらと園長先生に言ったんだ」

 カッキーは実は孤児で、孤児院で育ったのだった。その事はヒット曲が出た時にマスコミで取り上げられたので結構有名な話だ。有名になってからも、売れなくなってからも自分の出た孤児院の「ひまわり園」には何時も何かしら援助と言うか協力しているカッキーだった。名前の柿沢タツヤと言うのは芸名だが本名は園長先生がつけてくれたそうだ。そんな想いがあるので、こんな事を考えたのだろう。

「で、なんで、純ちゃんが一緒にやるの

 そうなのだ。カッキーは純ちゃんを誘いに来たのに違いなかった。

「いや、クリスマスの曲なんて子供向けはそんなに無いしさ。俺一人じゃ時間を持て余してしまうから純が一緒なら子供も喜ぶと思ってさ」

正直、なんで純ちゃんが一緒だと、園の子供たちが喜ぶのかは判らないが、カッキーが純粋な気持ちなら協力しても良いかと思った。

「ギャラは

「子供たちの笑顔」

「なら決まりだ。協力するよ

 何ともあっけらかんと決まってしまった。そうだよね。純ちゃんは何より笑顔が好きなんだよね。カッキーも良く判っている。

 それから二人は当日何を歌うかを決める作業に入った。店が終わる頃にカッキーがやって来て二人で頭をつ付き合わさせて決めた。それがこれだ


1.きよしこの夜

2.おめでとうクリスマス

3.赤鼻のトナカイ

4.風も雪もともだちだ

5.サンタが街にやってくる

6.ジングルベル

7.ホワイト・クリスマス

8.もろびとこぞりて


 この八曲に決めた。時間が3040分ぐらいなのでこれに決めたそうだ。これ以上長いと子供たちが飽きてしまうと言う事も考えたそうだ。歌詞は全て日本語で歌う事に決めた。相手が子供なので英語より日本語の方が良いと言う考えだった。

 それからは、毎晩店が終わると二人でギターを出して練習していた。何だかんだ言っても純ちゃんは歌うことが好きなんだと改めて思う。あの時、これからも趣味では歌を歌うと言っていたが、このような事なら、わたしも大賛成だ。


 当日、わたしは子供たちに食べて貰えるように沢山のクッキーを焼いて持って行く事にした。カッキーにその辺の事情を尋ねると、

「安心して食べさせられるお菓子は大歓迎」

 との事だった。何でも園長先生の方針でなるべく既製のお菓子は与えたく無いのだそうだ。既製品には色々な添加物が入っているので、なるべく子供には与えたく無いのだそうだ。わたしは、そんな事も知らなかった。

 いよいよ当日、日曜でお店は休み。わたしと純ちゃんとカッキーは車でカッキーの出た「ひまわり園」に向った。

 コンサートをする時間は午後の2時半からで、歌が終わるとおやつの時間となる。その時にわたしの焼いたクッキーが配られる事になっている。

 カッキーは園に着くと、園長先生や他の関係者にわたしと純ちゃんを紹介してくれた。

「ようこそ、今日は本当にありがとうございます 子供たちも楽しみにしています」

 皆が口々にそう言ってくれた。純ちゃんもカッキーも笑顔を絶やさないが段々と表情が真剣になって来る。長年の付き合いのわたしには二人の本気度が手に取るように判る。

 

 時間になって園のホールに集まった子供たちの前で二人がギターを引きながら歌って行く。一人は現役の歌手、もうひとりは引退したとは言え、現役の頃と変わらない腕と声の持ち主。その見事さは素人の比では無い。実はわたしもピアノなら多少出来るので参加しようと考えたのだが、参加しなくて良かった。わたしのピアノが入ったら台無しになるところだった。その代わり、この演奏が終わったら、真剣に焼いたクッキーを皆に食べて貰おうと思った。

 歌は殆どの子供が知っている歌ばかりだったので、子供たちは楽しんでくれたみたいだった。それぞれの笑顔でそれが判る。

 演奏は好評のうちに終わり、その後わたしの焼いたクッキーが配られた。歓声が一層大きくなった。


 全てが終わり、片付けて帰ろうとすると園長先生が

「今日は本当にありがとうございました お二人のギターの演奏の見事さに子供も始め皆驚いていました。生の演奏があんなにも心に響くなんて……本当に素晴らしい体験でした」

 そうにこやかにお礼を言ってくれると。純ちゃんが

「そうですね。やはり生の体験に叶うものは無いと思います。また何かありましたら柿沢君に言ってください」

 そんな事を言った。柿沢くんだなんて言ったのが妙に合わなくておかしかった。

 車に乗りながらカッキーが

「純も陽子ちゃんも、ありがとう。あの子供の笑顔を見たら俺も幸せになったよ」

 そう言うと純ちゃんが

「また、やろうぜ 子供に笑顔になって貰いたいからさ」

 そう言ったのが印象的だった。その時、窓の外を流れ星が流れて行った。純ちゃんが何かお祈りをした。

「何、祈ったの

「秘密

「ケチ

「いずれ判るさ」

 それから暫くして、わたしと純ちゃんは神様から素敵なクリスマスプレゼントを貰った。



                                                                            <了>

残り火

拙作「お星様とギター」の後日談です。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
 お店の常連さんは沢山いるけど、その中には純ちゃんの昔の仲間もいる。一番良く来てくれるのがカッキーこと柿沢タツヤで、その昔は純ちゃんとライブハウスの人気を二分していた人だった。
 完全に引退してイタリア料理のオーナーシェフになってる純ちゃんと違い、カッキーは未だ現役なのだ。
 純ちゃんが引退した後出したCDが少し売れてテレビにも少し出た。実際の歳より若く見えるし、男っぽい純ちゃんとは違ってのっぺりとした顔をしたジャニーズ系の顔をしていたので、その頃は少し話題になった。
 でも売れたのはその一曲だけで後は鳴かず飛ばずだった。ライブハウスに出ていた頃から二人は仲が良く、それぞれのファンもお互いを認めていたっけ。
 今、カッキーは地方のライブハウスを回ったり、ギターが得意なのでたまにはスタジオミュージシャンとしても演奏するらしい。
 暇があると(尤も年中暇なのではと私は思っているけど)店に来て休憩時間には純ちゃんと仲良く話している。
 そんな日常だった……ある日、カッキーが顔色を変えて店にやって来た。
「純居るかい?」
「居るわよ」
 私の答えを半分しか聴かず店の奥の厨房に入って行った。時間はもうランチタイムが終わって休憩に入ろうと言う頃だった。
 カッキーの何かの言葉を耳にした純ちゃんは顔色を変えて
「本当なんだろうな?」
 両手でカッキーの肩を揺さぶっていた。私はこの時、純ちゃんの中に僅かに残っていた火が大きくなったのを感じた。
 厨房の片付けを若い人に任せて、お店の片隅で二人で真剣に話し合っている。二人がこんなに真剣になるのは音楽の事以外にはない……少なくとも私はそう思った。
 純ちゃんが歌手を止めて私と結婚したのは現実的な選択だったと思う。同じ頃にカッキーが僅かでもメジャーデビューを果たしたのだから、自分の出番は無い と悟ったのかも知れない。でも、それで完全に歌を諦めた訳では無いと私は思っていた。だから店が終わると私に歌を弾いて聴かせてくれるのだと思ってい た……判っていたんだ。純ちゃんの心に残り火のように歌への想いが残っている事を……。

 二人はお店の休憩時間になると私の前にやって来て
「陽子ちゃん……お話があるんだけどな……」
 カッキーがすまなさそうな顔で私に告げると純ちゃんが
「なあ、一度だけでいいんだ。もう一度だけ歌わせてくれないかな?」
「どういう事なの? ちゃんと説明して欲しいな」
 私の言葉にカッキーが順を追って話しだす。それによると……
 カッキーは、たまにだがテレビ局に行く事もあるそうだ。ある時、某民放の公開歌番組の前座をやらないか? とプロデューサーから話があったそうだ。
「二回程放送の収録前の前座をやって貰って好評ならメジャーデビューさせる」と言うものだった。向こうの注文は男性二人の「デュオ」だそうで、二人でギ ターを弾きながら歌って欲しいのだそうだ。何でもこれからは若い人対象ではなく、中年のかって音楽に熱くなった世代を対象にもう一度火を付けられそうなコ ンビを探してる。と言われたのだそうだ。そこでカッキーは「自分が信頼出来る腕と人間」と言う事で純ちゃんに声を掛けてみたのだと言う。
「駄目かな……」
 小さな声でカッキーが私にお伺いを立てている
「純ちゃんは、どうなの? それが一番大事でしょう」
 私の言葉に目を合わせなかった純ちゃんは
「一度は歌を諦めたんだ。今更と言われてもなぁ……」
 その言葉は嘘だと思った。
「ねえ、本当の気持ちを教えて? お店の事なら今なら少しぐらい純ちゃんが居なくても何とかなる。私だって、若い子だって多少は出来るし、それぐらいなら 純ちゃんを支えてあげられる。だから私にだけは本当の事を言って! あの時、私は嬉しかったの! ライブハウスで引退宣言をしたあなたを素敵だと思った。 あれから何時かお返しが出来ればとずっと思っていたのよ。だから、お願いだから本当の気持ちを伝えて欲しいの!」
 私の言葉を最後まで聞いてから純ちゃんは
「ありがとう……本当は、今度、カッキーと組んで前座をやったって上手く行くはずが無いとは思ってるよ。それはこいつ(カッキー)も同じだと思う。だけ ど、俺もこいつも心にロックンロールの魂は消えていないんだ。それを見つけるのと、僅かに残った残り火を燃え尽きる事を確認するために一度だけ許してくれ ないか」
 純ちゃんがそう言うのは判っていた。今でもあの頃と変わらない歌声と演奏……それは私が誰よりも一番判っていたはずじゃないか……。
 それに、純ちゃんと一緒になる時に父が言ったっけ
「陽子、男の心残りは一生残るものだ。あいつはいつか残り火に火を付ける時が来るだろう、その時は好きにさせてやりなさい。その為に若い頃は一生懸命に働いて余裕を持っようにしなさい」
 父は判っていたのだ。純ちゃんが、また歌を歌う時がやって来るのを……父も、心残りがあったのだろうか? ふと、そんな事を考えた。
「判ったわ。何時か来ると思っていたわ。お店の事なんか気にしないで悔いの無いように頑張ってね」
 私はそれだけを言った。その時の純ちゃんの笑顔は忘れないだろう。こうして一時だがイタリア料理店のオーナーシェフの純ちゃんは私の前から去った。
 
 それからというもの、純ちゃんとカッキーは二人で練習に明け暮れた。本番の日まで日にちが少ない事もあったが、スタジオを借りたりしてかなり真剣に練習をしていた。
 約束では、収録は二回で、二週分を一日で収録するそうだ。その合間や収録前に座を温める目的で演奏するのだという。曲はオリジナルなんか歌わせては貰え ない。誰かのヒット曲を演奏して歌うのだという。勿論ギャラなんか出ない。カッキーに言わせると「弁当が出るくらい」らしい。
 最初の収録の日、車でカッキーが朝早く迎えに来た。純ちゃんはまるで試験に行くような感じで出ていこうとしたので
「無理しなくても良いんだよ。自分の好きに歌って通じなければ良いじゃない。私は今でも一番好きなロッカーだからね」
 そう言って励ました。純ちゃんの顔から強張りが消えて何時もの顔になった。
「ありがとう。じゃ行って来るよ」
 にこやかな顔になって車に乗り込んだ。見送ってから私は店の支度に掛かる。店に出て来た若い子が
「マスター本当に行ったんですね。もし、本当に売れたらどうします?」
 心配そうに言うのでおかしくなって
「大丈夫よ。そうなったら、私とあなたで頑張れば良いだけだから」
 そう言ってあげると、気の抜けた顔をした。
 
 その日は遅くなってから帰って来た。お腹を空かせていると思い、カッキーと純ちゃんにスパゲティーアラビアータを作ってあげた。二人は黙々とそれを食べていた。
 カッキーが帰ると純ちゃんは私を前に座らせて
「アラビアータ旨かったけど、俺より一段落ちるな……やっぱり俺が店に居ないとな」
「駄目だったの?」
 純ちゃんはそれには直接答えず
「俺の求めていたものが、あそこには無かった……俺が求めていたのはお客の笑顔だったんだ。ロックンロールでも同じ。俺の歌で喜んでくれる人の笑顔が一番 だったんだ。今日は、あそこには無かったと言う事さ。これからはフライパンでお客を笑顔にしてみせるさ。そうすべきだと歌っていて想ったんだ。もう心配は 掛けさせないよ」
「いいの? 悔いは無いの?」
「ああ、これからも趣味では歌ったり弾いたりするけどな。それに俺の傍には一番のファンが居てくれるしさ……」
 純ちゃんはいつの間にか私の横に座っていて、そっと肩を抱いてくれた。見上げるとやっぱり満天の星空で、純ちゃんにお星様は似合うと想った。


                               <了>

お星様とギター(改稿作)

共幻文庫第9回短編コンテスト落選作「お星様とギタ」ーを、色々な方のアドバイスを受けて改稿してみました。
その上で「星の砂ショート・ショートコンテスト」に応募しましたが落選しました。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 純ちゃんは世間では殆ど知られていないロック歌手だった。橘純平(たちばなじゅんぺい)、通称「純ちゃん」だ。アコースティックギターを抱えて切れの良い演奏しながら歌うスタイルだった。
 知られていないと言ったのは、メジャーデビューしてないからで、ライブハウスで演奏する時は何時も満員だった。その殆どが女の娘で溢れかえっていた。
 ステージで見せてくれる表情やその姿は私達を熱くさせてくれた。誰かが
「純ちゃんは艶っぽいわよね」
「抱かれたい!」
 と言っていたのが耳に残った。私はそんな事今まで考えた事なかったが、ステージの純ちゃんが色っぽい人だと言う事には納得した。
 私は純ちゃんがライブハウスに出演する時は必ず行って前の壁際で見ていた。たまにだが純ちゃんの汗が飛び散って来たりして、そんな時は何かときめいたものだった。
 周りの娘は夢中で声を上げていたけれど、私にとっては純ちゃんの汗の匂いが宝物だった。
 そんなある日、私は純ちゃんのライブハウスでの演奏が終わるのを通用口で待っていた。所謂『出待ち』で、ひと目でも姿を見たかったからだ。
 通用口から出て来た純ちゃんはギターを肩に掛けて重そうな鞄を持っていた。通用口の脇にある自販機を見ると飲み物を買うために荷物を一端降ろしてポケットを探り始めた。その姿を見て私は今買ったばかりのミネラルウオーターを差し出して
「あのう、水ならこれどうぞ。今買ったばかりですから」
 そう言って恐る恐る差し出した。
「え、ああ、ありがとう! いいの?」
「はい、よければ飲んで下さい」
 私の言葉に純ちゃんはキャップを捻って美味しそうにミネラルウオーターを飲み干した。近くにいる純ちゃんからは何か特別な匂いを感じ私はドキドキした。
「ああ、旨かった。値千金だね酔ってないけど」
 純ちゃんは少し古い表現で水の美味しさを表現した。やはりシンガーソングライターだから言葉にもこだわるのかなと思った。
 飲み干してからポケットを探っていた純ちゃんは少し困った顔をして
「今細かいの無かったと気がついたよ。代金どうしようか?」
「そんな、いいんです! お金なんて要りません」
「そうも行かないよ」
 困った顔で暫く考えていた純ちゃんは
「じゃあ一曲ここで弾くから聴いていて」
 そう言って肩のギターを降ろして、傍にあったベンチに腰掛けると自作の曲を弾き始めた。今日のライブでは歌わなかった曲だった。それは偶然だったかも知れないけれど、私が一番好きな曲だった。気が付いたら一緒に口ずさんでいた。少しばかり残っていた他のファンの娘達も一緒に口ずさんだ。
 うらぶれたライブハウスの通用口が暖かい雰囲気に包まれた。曲が終わると一斉に拍手が起こり、純ちゃんは笑顔で一礼した。
 名前を尋ねられたので「陽子」と自己紹介した。嬉しくなり、涙を見られないように見上げると夜空には綺麗なお星様が光っていた。
 それから、私は前よりもライブハウスに通うようになった。純ちゃんもあの日以来、私の姿を見かけると声を掛けてくれるようになった。周りの娘から随分と羨ましがられたっけ。

 高校が早く終わった私は学校の帰りに評判のパスタ屋さんに友達と行くことにした。午前中で終わった学校の帰りに食事をして帰ろうと相談が纏まったのだ。
 十二時を大分回っていて会社の人はもう食べ終わった時刻だったらしく、お店はテーブルの上に食べ終わったお皿が並んでいた。それをお店の人が片付けていた。
 人が足りないのか、ホールの人だけではなく、厨房の人も一緒になって片付けていた。その白衣を着た人に見覚えがあった。丁寧にお皿を重ねて行き、テーブルもきちんと拭いていた。
 その人はギターを抱えて歌ってる夜の艶やかな姿ではなく、地味なそれでいて誠実な仕事ぶりがステージの姿とダブった気がした。
「純ちゃん……」
 口に出してはならないと思ったが反射的に出てしまった。私の声を耳にして白衣の純ちゃんは思わず顔をこちらに向けた。
「陽子……ちゃん」
 後で知ったのだが純ちゃんはこのお店の厨房でアルバイトをしていたのだった。
「マイナーレーベルで何枚か出しているぐらいじゃ食べて行かれないからね」
 後で純ちゃんが私に言った言葉だ。
 純ちゃんは数枚、マイナーレーベルから出していたが売上は期待出来なかった。今から思うと、その頃だったのだろう、随分と色々なオーディションを受けていたみたいだった。
 結果は、どれも駄目だったのだろう。お店に通うようになった私はロック歌手の純ちゃんではなく、パスタ店のアルバイトの純ちゃんと付き合うようになった。普段の純ちゃんからは厨房の匂いがした。それも私は好きになった。
 交際と言っても手を繋ぐのにも数回のデートを重ねないと出来ないような初な関係だった。
 そんな交際をしていたある日、喫茶店で思いつめたように告白された。
「真剣に付き合ってくれ! 歌は諦めて真面目に料理に精を出すよ」
 真面目な顔で言われ。正直戸惑った。私は、ロック歌手のこの人を追いかけてここまで来たのだろうか? それともコック見習いのこの人を追いかけていたのだろうか? 直ぐには答えは出なかった。
「嬉しいけど少し考えさせて」
 一週間の猶予を貰った。その間にも純ちゃんはライブハウスに出演した。勿論いつもの場所で見ていた私。相変わらずカッコイイ! やはりステージの純ちゃんは特別だと思った。でもライブが終わる頃に突然純ちゃんは、いきなり引退宣言をした。これは驚きだったし、周りの女の娘は半狂乱になる娘もいた。
 でも、私には再度のプロポーズに聞こえた。本当は直ぐにでも結婚に向けて歩き出したいと思っているのでは無いかと感じていたのだが……この時、私は決断した。いいや決断出来たのだ。純ちゃんは私の
「もっと頑張れば時代の波に乗って売れるかもよ」
 そんな言葉に
「時代なんてものは所詮たまたま巡ってくるものであって、追いかけるだけ無駄だよ。俺は別なものを追いかける事にしたんだ」
 公園でギターを爪弾きながら私に言ったけ……。

 あれからどのくらい経ったろう。今夜も綺麗なお星様が出ている。夫が店を閉めてから使い古したギターを出して来た。
「さて、星が綺麗だから一曲歌うかな」
 店の窓際の席に腰掛けて「ピーンピーン」とギターをチューニングする。
「ところでリクエストは?」
 私は、あの夜の曲をリクエストする。今でも私の一番好きな曲。
「お安い御用さ!」
 私は店の灯りを少し落として彼の周りだけが明るくなるようにする。
「はじめていいよ!」
 その声で曲を弾き始める。あの頃と変わらない歌声、そして演奏……。
 歌手として時代は巡って来なかったけれど、こうして店も持てた。
 そして今夜は私だけの為のコンサート。
 涙が溢れないように見上げると窓の外の夜空には綺麗なお星様が光って、私だけのスターを艶やかに照らしていた。


                                                     <了>
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