僕が婆ちゃんとフロントを交代して直ぐに茜さんが顔を出した。
「あ、いらっしゃい、いつもの部屋でいいですか?」
僕がそう訊くと茜さんは
「今日は違うのよ。おばさんにお願いがあって来たの」
それを聴いたのか婆ちゃんは自分の部屋からビールの大瓶とビヤタンを2個持って出て来て
「あたしに何の用だい?」
そう言って、茜さんをロビーに座らせビヤタンを置いてビールを並々と注ぐ。
白い泡が盛り上がり、旨そうな音を立てる。
「ま、取り敢えず飲もうや」
そう言ってグラスを合わせて飲み込む
茜さんも喉を鳴らしながら飲み込む。
「ああ、美味しい!」
本当に美味しそうにこの人は飲むと思う。
「で、なんだい、頼みって?」
そう云われて茜さんはちょっと言い難くそうに
「あのね、おばさん。わたしをひと月置いてくれないかな?」
「なんだい、それは。うちはアパートじゃ無いんだがね」
「うん、それは判っているんだけど、実はね私の入ってるアパートがね、改装と言うのかな、最近の言葉だとリ・ニューアルと言うのかな、なんか直すらしいんだよね」
そこまで言って茜さんはビールを口にして
「それで、その間だけ部屋を貸してくれないかな……なんて思って……」
婆ちゃんはビールを飲みながら聴いていたがビヤタンを置いて
「なら仕方ないけど、住めないのかい?」
「うん、その間ガスも電気も止めるんだって……だから……」
「じゃあ、角のカンナの間を使えばいいよ」
「本当!おばさん有難う!本当に恩に着るわ!」
「勘違いしたら困るよ何でもタダで貸す訳じゃ無いんだからね」
「もう、嫌だおばさん、当たり前じゃない。ちゃんと部屋代は払いますよ」
そう言って茜さんは来週からひと月この花蓮荘に住む事になった。
後から婆ちゃんに訊いた処部屋代は通常の半額にしてあげたそうだ
「だって、あの娘からお金を巻き上げる訳には行かないだろう」
それが婆ちゃんの理屈だった。

翌週から本当に茜さんは身の回りの荷物を持って引っ越して来た。
「必要な物は取りに帰れば良いから必要最低限の物だけにしたんだ」
茜さんはそう言って何やら嬉しそうにしている
「何がそんなに嬉しいの?」
僕は上機嫌の茜さんに訊いてみた
「当たり前じゃない。だっておばさんやしんちゃんと同じ屋根の下で暮らすのよ」
まあ、当たり前の事だと思うのだが、もしかして茜さんは本当は寂しがり屋なのかも知れないとその時思った。

でも、身近に居ると、色々な事が分かって来る。
以外と綺麗好きで、部屋の掃除なんかも熱心にやっているそうだ。
それに、これは当たり前だが、料理が得意で台所を借りては料理を作り、僕やばあちゃんと一緒に食べるのが多くなった。
「こうしてると、まるで家族みたいね」
なんて言って喜んでる。
夜遅くだとそこに陣さんも一緒に加わるのだ。

花連荘には相変わらず変わった人がやって来る。
先ほど来た人は女の人で30代ぐらいだろうか?
一人で来て、僕が「後からお連れさんが来ますか?」
と問うと
「いいえ、私だけです。一人では駄目ですか?」
と訊くので僕は
「いいえ、料金さえ払ってくれたら構いません」と言うと安心したように思えた。
この頃の連れ込みはおひとり様お断り、という所がほとんどだったのだ。
だから、一人でも利用できるウチなんかはその面でもお客の利用があったのだ。

女の人を案内して降りてくると、茜さんがフロントに座っていた。
「店番もしてくれるの?」
と冗談を言うと茜さんは
「どこに通したの、今の人?」と真剣に訊いて来るので僕は「菊の間だよ」と答える。
「あのね、おばさんには言わなくてもいいけど、今の人なんかヤバい感じがする」
茜さんはそう言って2階を見つめるのだ。
僕は茜さんに「何がヤバいの?」と訊いてしまう。
そんな変な感じはしなかったからだ。
「なんかね、変に暗かったでしょう。思い詰めてる感じと言うのかな。なんかね」
茜さんも若いけど水商売の人だ。人を見る目は持っていると思う。
「じゃあ、それとなく部屋の前を見回ってみる事にするよ」
「うん、それが良いと思う。じゃあわたしは帰るからね」
「ああ、おやすみなさい」
「おやすみ、しんちゃん」
そう言って茜さんは部屋に帰って行った。

事件はそのあと起こった……