21783-20120115010255-p 俺の心の中で腹は決まったが香織の胸の内はどうなのか、直接尋ねてみた。
「なあ、お前は結婚とか考えているのか?」
 ベッドで事が済んだ後に言う言葉ではないと思ったが、香織の答えは俺の予想とは少し違っていた。
「結婚って役所に婚姻届を出すだけでしょう。正直言うと、結婚という制度そのものには余り興味はないです」
「じゃあ一生このままか」
「ううん。高梨さんが良いならこのままずっと続けていたいですけど、それに『結婚』という形式が必要ならそれでも構わない。でも一緒に住むとなると高梨さんにも理解というか、我慢して欲しいところが出て来るから、私からは簡単には言えません」
 それは香織は、研究所の監視が付き纏っていると言うことだろうと推測した。
「私の脳は研究所のサーバーと繋がっているから、私が、何処で何をしているのかは、簡単に判ってしまいます。だから私は大事な時間は私の方から通信を切っているけど、一緒に住めば、大事な時間は色々と多くなるし、研究所に人の家の懐まで探られたくないし、必然的に切る時間が多くなるけど。それを上が許すかどうかだと思うのです」
 香織の考えは良く判った。
「じゃあ、色々な問題が解決したら、一緒になるのは問題無いのだな」
 確認を取ると香織は
「はい!」
 そう言って裸のまま俺に抱きついて来た。
 翌週は連休だった。土曜が休日で連休となったのだ。俺は香織を通じて、過研究所の三田博士にアポを取った。目的は二人の今後について研究所や会社の考えを訊く為だ。
 約束の時間に中央研究所に到着する。受付で要件を話すと別な職員が案内をしてくれた。どうやら地下の施設ではく、通常の応接室に案内されるようだ。
「こちらの部屋でお待ちください」
 ドアを開けると10畳ほどの広さの部屋で、向かい合わせのソファーの間にガラスのテーブルが置かれていた。窓は無く、この部屋が秘密の会話の為の部屋だと推測出来た。暫く待つと、ドアが開き三田博士と酒井専務が入って来た。
「専務!」
 驚いている俺に専務は
「この会社の将来に関わる話だから、当然私も同席させて貰うよ」
 香織のプロジェクトの責任者でもある酒井専務まで出て来るとは思わなかった。俺と香織の向かい側に二人が座って話が始まった。まず三田博士が
「二人揃って来たので、大凡は判るが、ちゃんと話して欲しい。二人の想いも考慮しなくてはならないしね」
 博士の言葉を受けて俺が話し出す。
「伺ったのは、私と珠姫くんの将来です。直接的に言いますが、珠姫くんには結婚の自由があるのですか?」
 俺の質問に酒井専務が
「勿論、珠姫くんは結婚の自由もある。その点では他の日本人と何ら変わりはない。だが彼女の躰が問題であるから、相手は自由に選ぶという訳には行かない。それは理解して欲しい」
 つまり、香織は香織の意思で自由な恋愛をして結婚をするということには問題があると言うことなのだ。
「その相手が、もし私だったら如何ですか?」
 ハッキリと言ってしまう。今度は博士が
「高梨くんだったら問題は無いが、それでも我々研究者が、どこまで珠姫くんに干渉するのを認めるのかに、掛かっていると思う」
「それは二人の私生活に干渉すると言う意味ですよね」
 ここが問題だと思った。博士は
「珠姫くんの義体は我々のメンテナンスを受けないとならない。それは理解していますよね」
「勿論それは判っています」
 俺の返事を聴いて香織が俺の手をそっと握った。俺も握り返す。
「今は彼女のプライベートな時間以外は常に監視しています」
「それは仕事の時間という意味ですか」
「そうです。本来一番大事なことですから。仕事を行う上で義体のトラブルが無いか、監視しているのです」
 それを聞いて疑問が湧いた
「では仕事が終わったらどうなのですか」
 博士は俺がその質問をすると判っていたように
「基本は無干渉です。但し今は定時連絡をして貰っています。それは、プライベートな時間で何か問題が起きた場合の対処ですね。だから彼女が住んでる部屋にも一応カメラがありますが、定時以外は通じていません。そもそもカメラのスイッチは彼女の部屋にあります。我々に出来る事は、彼女から定時連絡が無い場合に一定時間を過ぎると、こちらに非常警報が鳴ります。彼女に何か問題が発生したと判断されるのです。その時だけは、こちらから通じることが出来ます」
 そんな仕組みとは知らなかった。そもそも香織はそれを知っていたのか。香織を見ると小さな声で
「そう言えばこちらからスイッチを入れてました。そもそも、そこまでは知りませんでした。私のPCの方では、いつも部屋では切っていましたから」
 思ったより人間扱いしていたようだった。博士は続けて
「彼女は第一号なのです。彼女の成功で各国の研究所が色々なアンドロイドを作り初めています。研究結果はフィードバックされます」
「もうそこまで行っているのですね」
 俺の言葉を受けて今度は専務が
「今、彼女が使ってる義体はフランスの研究所が制作したものでね、それが母体となっている。フランスでは警察の職員として考えているそうだ」
「警察ですか?」
「ああ、凶悪犯とやりあって亡くなる刑事や警官がかなりの数になるそうだ。その役目をアンドロイドに担って欲しいそうだ。それと各国で待望されているのがセクサロイドでね」
 専務の後を受けて博士が
「その趣味のお偉方は実は結構多く居るみたいでね。今回の彼女のファームウェアのアップデートも、そっちの研究結果が元になってる。どうやら使えそうだと判りました」
 やはりのぞき見していたのかと思ったら
「メンテンナスの時のログを見ればアップデートが成功だったと判ります」
 博士は事もなげにそう言った。続けて専務が
「だから会社としては二人が一緒になってくれれば幸いということなのだ。まあ、こちらの条件を呑んでくれたらという意味だけどな」
「条件ですか」
「基本的には今のままだが、何かあった時はこちら側が優先する。そういうことだ。君も妻がいきなり病気になれば、治す事を最優先にするだろう」
 専務の意味は理解出来る。だが……。
「では住む場所も勝手には決められないということですか?」
 専務は香織の方を見ながら
「場所はどこでも好きにすれば良い。だが定期連絡用の設備は入れさせて貰う。これが条件という訳だ。それ以外は別にない。そもそも君も珠姫くんと一緒になるなら、ある程度の事は覚悟していたのでは無いかね」
 専務の言うことは理解出来るし、会社のメンテなくしては香織は生きる事すら出来ない。
「少し時間を貰えませんでしょうか?」
 俺の言葉に専務は
「君から申し出たことだ。好きにすれば良い。会社としてはこれは基本的なことだから変更は出来ない。それだけだよ。研究は非常に上手く行っている。それには上司である君の存在もある。それだけは覚えておいて欲しい」
 専務ほそう言って部屋を出て行った。博士も
「余り深く考え過ぎない方が良いですよ。色々と隠してもメンテの時に判ることですから。それに耐えられるかどうかですよ」
 そう言って専務に続いて出て行った。それを見送ると香織が
「高梨さんゴメンね。面倒くさい女で」
 そう言って俺の胸で涙を流した。その肩を両手で抱きしめ
「俺が一生付いていてやる」
 そう耳元で告げた。香織は俺の背中に回した腕に力を入れた。時間が停まったように感じた。
 後日、俺は専務に対して香織と一緒になる旨を通告した。