日曜の遅い朝、二人で朝食を食べている時に、香織が妙なことを言い出した。ちなみに今の香織は食べ物から水分を補給する機能が備わったそうだ。だから一見人と同じように食べられるのだ。
「私ねテレパシーが使えるのです。でも相手を選ぶけど」
 脳と肺機能以外は、全身義体で、近代の思想の権化とも言うような香織の言うことではないと思った。
「なんだそりゃ」
 意味が判らず尋ねると香織は
「私の脳に入っているPCは外部と接続出来るのは知っていますよね」
 コーヒーを口に運びながら俺の目を見ている。
「ああ、それは知っているよ。データベースと繋がっているのだろう」
「そうですが、それとは別に脳内で考えたことを、同じ機能を持った者に伝えることが出来るのです」
「それがテレパシーということか」
「そうです。例えば遠くに居ても会話が出来るのです。今までもその機能はありましたが、ファームウエアが追いついていなかったのす。今回のアップデートで使えるようになりました。でも今のところ通じる相手がいません」
 それはそうだろう。今のところ世界には判らないが、俺の周りには香織しか居ないのだからな。
「高梨さんは将来脳を電脳化する考えはありますか?」
 最近脳にPCを埋め込んだりすることを「電脳化」と呼ぶらしい。メンテンナスから帰って来てから香織も使うようになった。https://kakuyomu.jp/works/1177354054895091181/episodes/1177354054896586301
「今のところは無いが、そんなことをした人間が居るのかい」
 何かの病気になって無ければ通常は考えないだろうと思う。
「先日ですが、脳に腫瘍が出来て手術した人が試みたそうです。尤も私のような高性能のではなく「高密度ICチップ」だそうです。それでも効果は絶大だそうで、ご本人は喜んでいるそうです」
 だから俺がやらねばならないとは限らない。
「高梨さんが埋め込んでくれたら、いつでも脳内で高梨さんとお話が出来ます」
 つまり、いつでもイチャつけるという事だと理解した。
「今の俺では想像すらできんよ」
 その俺の言葉を香織は悲しそうな表情で頷いた。
 香織の身体能力は人以上で、例えば荷物などでも男が一人では持てないモノも軽々と持つことが出来るし、走ったりしてもかなり速い。香織に聴いたら平均時速40キロ以上で走られます」
 そんな事を言っていたつまり、短距離走では金メダル選手より、かなり速いという事だ。恐れ入る。
「でもジャンプは人並ですし、泳ぐのは基本得意ではありません。スイムスーツに浮く機能の何かを備えれば大丈夫ですけどね」
 そんなことも言っていた。俺は冗談で
「それじゃ水着姿が拝めないな」
 そんなことを言ったら香織はニヤリとして
「高梨さんと二人だけなら、小さな布切れなんか無くても構いませんけど」
 そんな事を言って、その時飲んでいたコーヒーを吹き出させた。
「こうやって週末だけだが、二人だけの時間を共有してるのだから、これで良いじゃないか」
 俺としては今の関係で暫く続けた方が良いと考えていたのだが、もしかして……。
「お前、俺と結婚したいとか?」
 充分に考えられることだった。香織は
「正直言うと三十路になる前に結婚出来ればしたいけど、相手は選ばないと」
「子供の産めない体だと知ってる相手か」
「それもあるし、躰が人間ではないと理解してくれる人……そんな人、私の知ってる限り一人しかいません」
 香織の気持ちは良く理解出来た。俺もこの歳で子供が欲しいとは思わない。それに香織と出会うまで生涯独身で居るつもりだった。
「だが問題があるな」
「会社ですね」
「そうだ。すんなりと許可を出すとは思えないし、研究材料としてはお前を手放せないだろう」
 会社側は、今まで香織に巨費を投じている。簡単に手放すとは思えない。それに結婚してもメンテンスは受けないとならないだろう。
「それでも私、高梨さんと一生一緒に居たいです」
 それを聴いて俺の腹も決まった。
「すぐとは言わないが、少しずつ準備をして行こう。例えば許可が出ても、暮らす部屋は研究所の監視があるとかな」
 現に今の香織の部屋には研究所の監視装置が付いている。トイレや浴室、それに寝室以外は全て見られて居るという。それに俺が耐えられるかが重要になる気がした。
「嬉しいです」
 香織は食卓を越えて俺に抱きついて来た。
 
 それから俺は常に頭の中に香織との暮らしを考えるようになった。店ではそれまでと変わらない態度を貫いていたが、毎週末に一緒に過ごすのは変わりがなかった。
「この間、研究所の所長に問い合わせてみたのです」
 ベッドで毛布に包まりながらそんな事を呟いた。何を訊いたのかは判った。
「それで」
 続きを尋ねると香織は以下のように続けた。
「所長は、結婚は本人の自由だから構わないが、相手が君の事を十二分に理解している必要がある。例え結婚しても君は我々の管理外にはならない。それを理解してくれる相手でないと困る訳だな。と言ったの。私は」
「研究所がですか? と聞き返すと所長は」
「君だよ。困るのは。我々は君の秘密が漏れるなら、いっそ君を見捨てても構わない。メンテンスを行わないと君はやがて死ぬ事になる。と言うのよ。だから」
「じゃあ、私の秘密を知ってる人ならOKということなのですね。って返したの。そうしたら」
「そんな人物は一人しか居ない。今の君の恋人だよ。って言うのです。つまりバレていました」
 研究所には判らないようにしていたが、バレていたとは知らなかった。
「何もかも忘れさせて!」
 香織が俺に抱きついて来て唇を重ねた。この時俺は
『この行為も香織の電脳を通じて研究所には判っているのだろうな』
 と考えた。そうなると香織の感情の起伏や電脳の脳波の変化を察知して、何が行われているのか判っていたのだと思った。つまり、丸見えの状態だったということだった。
「香織、この行為の時も電脳の回路は開いているのか」
 香織は俺の質問を察したようで
「心配ありません。私これを持ち歩いています」
 そう言ってベッドの頭に置いていた、少し大きめのモバイルバッテリーのようなものを俺に見せた。
「これは?」
「電波遮断器です。この機器の半径5メートル以内の全ての電波を遮断します。だから二人が愛してる行為もその時は判っていません。メンテンナスの時に記録は後で判りますけどね」
 そうか、香織は判っていたのか。
「これの機能の大きいのは良く色々な場所で使っていますでしょう。これは半径は小さいですが6Gの電波も遮断します」
 そう言って香織は再び俺に抱きついて来たのだった。

 電脳