「これで一通り揃ったかしら」
 幸子が買い物カゴの中をチェックする。
「下着でしょう。それからシャツにスカート、それにパンツも買ったし、インナーも入れたわよね。靴下もOK。じゃあ最後に履物ね。着物の時は今履いてる私の草履を履けば良いわ。だから普段履きね。サンダルで良いかな?」
 幸子が独り言のように言うと翠が
「サンダルでもゆきちゃんは踵が低い方が良いと思う」
 そう進言するとゆきが
「私は向こうでは普段はわらじで、良くて草履。たまに下駄を履いていました。だから踵だけ高いのは履いた事はありません」
 そう言って向こうでの事情を説明した
「じゃあこのあたりはどう?」
 そう言って翠が手にとって見せたのはクロックスの女性用のサンダルで、色はこのメーカーにしては珍しい淡いピンクだった。サッと履けるので、慣れていないゆきにも簡単に扱えるだろうと思ったのだ。
「ゆきちゃんの足のサイズは幾つだったけ」
 幸子が先程測った時に書いたメモを見る
「二十二センチね」
「そうなのよね。私より小さくて羨ましい。私なんか二十四.五だから良いデザインが少ないのよね。あっても直ぐに売れちゃうし」
 翠は陸上をやっているので足が大きいのは寧ろ有利なのだがお洒落には都合が悪いみたいだ。
「履きやすそうですね」
 ゆきが感想を述べると幸子が
「じゃあ一応それで決まりね。後は……」
「お母さん。近いんだから気がつけば、また買いにくれば良いじゃない」
 翠がそう言って笑っている
「それもそうね。じゃ会計しましょう」
 カウンターで会計をする。カードで支払ったのだが、その様子もゆきには信じられない光景だった。
「今はお金でなくても買い物が出来るのですね」
 そう言って驚くと幸子が
「このカードを出してる会社。つまり大店ね。そこが一時建て替えて払ってくれるの。私達は後でゆっくりとその大店に返すのよ」
 そう説明をするとゆきが
「その大店は損をしないのですか?」
「その建て替えた大店は、私達が買ったお店から手数料を取るのよ。それに私達からも少ないけどカードの発行料を取るの。それでやって行ってるのよ」
 ゆきは、一度聴いただけでは完全には理解し難いが、店と買い物をする両者の間に立って、手数料を取って商ってるのだと思った。
「帰り道に百均があるから、そこでブラシや必要なものを買いましょう」
「あのブラシとは?」
「ああ、今で言う櫛の種類よ。ゆきちゃん人の櫛は使いたく無いでしょう? 女の子だものね」
 幸子の細かい所まで気を配ってくれている事にゆきは感謝するのだった。
 その百均でブラシや小物を買って家に帰って来た。荷物の整理をしていると、幸子の旦那である深山雄一が帰って来た。雄一は四十頃を思わせる容姿で細い縁のメガネを掛けている穏やかそうな男だった。
「おかえりなさい!」
 翠が玄関まで出迎えると居間に入って来た。幸子が夫の雄一にゆきを紹介する。
「急になんだけど、今日からホームステイをすることになった、篠山ゆきちゃんよ。本当は他の家にホームステイするはずだったのだけど、ご主人が入院しちゃったので急にウチに問い合わせがあってね。ほらウチは部屋だけは無駄に余ってるからOKしたのよ」
 そう説明をするとゆきは
「初めまして、篠山ゆきと申します。急なことで、さぞご迷惑かと思いますが、今日から暫くお世話になる事になりました。どうぞ宜しくお願い致します」
 そう言って畳の上に三つ指をついて頭を下げた。驚いたのは雄一で
「いや、ご丁寧な挨拶恐れ入ります。この家の主の深山雄一です」
 そう言って雄一も頭を下げた。
「食事にするでしょう?」
「ああ、そうだなお腹空いてるからな」
 そう言って夫婦は食卓向かった。幸子は翠に
「ゆきちゃんの部屋を案内してあげて」
 そう言いつけた。翠は高志を呼んで
「お兄ちゃんも来て! 荷物持って」
 言われた高志も実は先程からゆきと話すチャンスが無いので機会を伺っていたのだ。彼は彼なりに『ゆきちゃんを最初に見つけたのは自分なのだ』という思いもあるから尚更だった。
「ゆきちゃんの部屋は翠の部屋の隣だからね。八畳だからね」
 高志はそう言って廊下を歩いて行く
「ここが僕の部屋。こっちが翠で、その隣がゆきちゃんの部屋だよ」
 高志はそう言って襖を開けた
「この部屋は深山家の家族の方が使っていた部屋です。高志さんの部屋は少し大きいですよね。そこはご主人の私室でした。書物や調べものをなさっていました。翠さんの部屋は奥様の部屋で、私の部屋は……」
「誰の部屋だったの?」
 思わず翠が突っ込むとゆきは小さな声で
「宗十郎様がお使いでした」
 そう言って頬を染めたので翠が
「どうしたの?」
 と言ったのだが、高志はこの時「もしや」と思ったが口には出さず心の中だけに留めた。
「この部屋には古いけど、一応桐の箪笥があるから、それを使って」
 翠がゆきに箪笥のことを説明している脇を、高志は荷物を抱えて部屋に入って来た。
「ゆきちゃん。ここに置いておくからね。箪笥にしまってね」
 そう言うと高志は部屋を出て行こうとするので翠が
「お兄ちゃん何処行くの?」
「何処って、俺がここに居ちゃ不味いだろう。第一ゆきちゃんだって着替えられないだろうしさ」
 高志がそんな事を言うので翠は
「ゆきちゃん着替える?」
「ええ、まあ買って貰ったものを着て確かめたいです。お母さんも『合わなければ交換して貰えるから』と仰っていましたから、確認の為にも着てみたいのです。私は構いませんが高志さんが困るかなと」
 そこまで言われて翠は判ったみたいだ
「私って鈍い!」
 高志が自分の部屋に帰ると、ゆきは買って着た服を着てみた。下着の付けかたを翠に習い、ブラもパンツも履いて見た。
「体が締め付けられる感じです」
「すぐに慣れると思う」
「そうですか。初めてですから」
 そして、紺のシャツに翠のサテンフレアロングスカートを履いてみた。ちなみに足は素足のままだ。
「よく似合うわ! ゆきちゃん美人だから洋服も似合う!」
 翠がそう言って褒めると
「でも脚がこんなに出ていて恥ずかしいです。皆さんは平気なのですか?」
「まあ今では長い方だと思うけどね。お店にもっと短いスカートの娘が居たでしょう。ゆきちゃん驚いていたけど」
 ゆきは店で見たミニを履いた娘の事を思い出した。
「そうです! お尻が見えるほど短かったです。あの娘たちは商売人なんですか?」
「商売人?」
「ええ、春を売る人たちです」
 ゆきがそこまで言って翠は気がついた。
「いやいや多分、普通の家の娘だと思う。真夏ならもっと過激な格好してる娘も居るから。驚かないでね。それにして良く似合うわ。お兄ちゃんにも見せてあげよう」
 翠はそう言って高志の部屋から高志を連れて来た。
「どうお兄ちゃん」
 洋服を着たゆきを見て高志はため息をついて
「本当に綺麗だよ。よく似合う!」
 高志に褒められてゆきも満更でもなさそうだった。
 その後、ゆきは翠と一緒にお風呂に入り、シャワーの使い方を習ったのだった。
「今は本当に便利になりましたね。これなら毎日髪を洗えます。私の頃は中々洗えませんでした」
「へえ〜。じゃあどうしていたの」
「あの専用の櫛がありまして、それで髪を漉いていたのです」
「汚れなどを落としていたの?」
「そうです」
 そんなやり取りをして翠は昔は女にとって生き難そうだと思った。

 翌日、ゆきはせめて家の用事をすると申し出たので、幸子が洗濯機と掃除機の使い方を教えていた時だった。
「お邪魔するわよ」
 そう言って幸子に似た、歳の頃は七十を過ぎた年齢を思わせる女性が家に上がって来た。
「お母さん! どうしたの? ハワイのはずでしょう」
「詰まらないから途中で帰って来たのよ。ハワイって思ったより面白くなかったわ。やはり去年行った、ラスベガスの方が私には合ってると思ったわ。ところで、その娘ね雄一さんが電話で言っていたのは」
「雄一さんがお母さんに電話したの?」
「そうよ。昨夜帰って来たばかりの私に、今度家にホームステイの子が来たって。いきなりだから何か理由があるかも知れない。それに着ているものが、見たことがあるような感じだってね」
 幸子はまさか夫の雄一が自分を差し置いて、義母にあたる自分の母親に連絡をしているとは思わなかった。
「梅の柄の絣の着物を着ているのね。よく見せてくれる?」
「あの、この方は?」
 ゆきの質問に幸子は
「私の実の母よ。今はこの先のウチの地所に家を立てて暮らしているの」
「そうよ。私は嫁だからね。娘のあんたが家を継いだので、私達夫婦は家を出たのよ。親が居ちゃあ、やり難いでしょう」
 ゆきはそんな考えもあるのかと思った。
「幸子の母の陽子よ。宜しくね」
 そう言って自己紹介した。そして陽子はまじまじと着物を観察すると
「それはウチに奉公している者だけが着る着物ね。あなた、もしかして扉の向こうからやって来たの?」
 一発で見抜いてしまった。ゆきは幸子とこの人物が同じような感覚を持っていると思った。それは翠にも共通している。残念ながら高志からはそれは感じられなかった。
「お判りなのですね。正直に言います。わたしは明治の初年から来ました。お皿を扉の向こうに仕舞って出られなくなってしまったのです。そして高志さんに出会ったのです」
「そうなんだ。明治の初め頃というと、宗十郎さんが若い頃ね」
「はい、宗十郎様です」
「わたしの夫は宗十郎さんの孫なのよ。私も夫も会った事もないけど、夫の父親、私の姑ね。その人は宗十郎さんの息子だから色々な話を聞いているわ」
 陽子のその言葉を聞いてゆきは
「宗十郎様のご子息を知っているのですか!」
 驚くのだった。