新幹線のこだま号は、岐阜羽島のホームに滑り込むように到着しました。 滋賀県湖南市のある会社の研究所から数時間かかりましたが、駅には父が車で迎えに来てくれていました。今夜は実家に泊まり明日の同期会に備えます。
 昨年と一昨年は色々とあり同期会には出席出来ませんでした。特に昨年は正直それどころでは無かったのです。会社の同僚の元夫との離婚の問題が上がっていたからです。元夫とは会社の研究施設で出会いました。最初は特に気にも留めなかったのですが、同じ研究でチームを組むと、「同士」という気持ちが湧いてきたのです。それはかって在籍した神山高校の古典部の頃を思わせました。
 折木さんとの関係が自然消滅してから数年。久しく忘れていた感触でした。彼も同じ想いだったのかも知れません。やがて同僚以上の関係になり結婚をしました。そこにかっての同級生であり同士だった折木さんの影を見たのは事実かも知れません。
 でも結婚生活は思っていたようには行きませんでした。わたしは妻として夫を支えながら研究者としてやっていた積りでしたが、彼としてみれば、自分の研究を優先させて欲しいと考えていたのでした。自分の早番の時に昨夜、遅番だったわたしが彼の為に早起きをして朝食の準備などをしていたのですが、それが彼にとっては重荷になったみたいです。
 わたしの気持ちが彼には段々通じなくなって行くのが判りました。一年を過ぎる頃にはとうとう別居に進んでしまいました。わたしは一人で思い悩んでいました。そんな時に折木さんから年賀状を戴きました。わたしは、これは何かの天啓だと感じたのです。はがきに書いてあった住所に年賀状のお礼の言葉と「実は相談したいことがあります」と書いて年賀状を出したのです。
 返事はすぐに来ました。そこには自分の携帯の番号が書かれており、「いつでも連絡して欲しい」と書かれていました。わたしは、折木さんの仕事に差し障りのない時刻を選んで電話をしてみました。
「もしもし折木さんですか。えるです。千反田えるだったえるです」
 そんな奇妙な言葉が口から出てしましました。折木さんは半分笑いながら砕けた感じで
「久しぶりだな。どうやら余り元気そうではないな」
「わたしの一言で判るのですか?」
「まあ、相談があると言う前段があるからな。没交渉だった俺に相談なぞするのは、よっぽどの事だろうとは想像がつく。それに今の言い方でも間違いの無いように名乗ったろう。普通はあんな言い方はしない。素直に『千反田です』と言うだろう。俺はお前が結婚して名字が変わった事もその後住所が変わったはがきも貰っている。おおよその想像はつくというものさ」
 さすがは折木さんだと思いました。わたしは嬉しくなり、心に貯まっていたものを折木さんに聴いて貰いました。そうしたら
「そうか、そんなに混み入っているなら電話ではなく一度逢おうか。直に聞きたいからな。そっちに都合はつけるよ」
 いきなり電話しただけでも大変なのに、その上直に相談に乗って貰えるとは思ってもいませんでした。
「ありがとうございます! では……」
 日時と場所を約束しました。場所は京都まで折木さんが来て下さることになりました。京都なら割合すぐに出られます。
 逢った折木さんは姿は大人になっていましたが、表情や面影は昔のままでした。それが嬉しかったです。わたしは正直に経過を話しました。今や、お互いの想いが離れてしまっている今の状態では傷が浅い内に別れた方が良いといアドバイスをくれました。その考えがわたしと同じ想いだったのが心強かったです。
 その後の離婚までの交渉は大変でしたが、何とか協議離婚が成立しました。折木さんにも電話ですが報告しました。そうしたら
「とにかく、良かったな」
 多くは言いませんでしたが、一緒に喜んでくれました。 仕事上の元夫との関係ですが、結婚した時に、彼は研究所から付属の専門学校の教授になり、別な職場になっていました。大きな農場に研究施設とその技術者を育てる専門学校が併設されています。両者は農場の左右に別れているので顔を会わせる事は殆どありません。それだけは有難かったです。
 父の運転する車で実家に向かいます。陣出が近づくに連れて心にやすらぎが浮かんで来るのが判ります。父は
「二三日ゆっくりして行けるのか?」
 ハンドルを握りながら前を向いたまま話かけます
「はい三日ほど休暇を戴きました」
「そうか」
 父はほっとした言い方でそう口にしただけでした。やがて車は坂を登り陣出に降りて行きました。
 
 摩耶花さんがわたしの膝を軽く突きます。私も「はっ」として立ち上がり折木さんの後を追います。
「どうした千反田」
「いいえ、折木さんの為に何か料理をよそってあげようかと思いまして。折木さん好きなものしか採らないと思いましたから」
「はは見抜かれていたか。でも元気そうで何よりだ」
「折木さんのおかげです」
「俺は何もしなてない」
「でも、折木さんの言葉があったから、わたしは行動に移せたのです」
「みんなお前が自分で成し遂げたことさ。ところでグレープフルーツジュースでいいか?」
「あ、はいそれでお願いします」
 わたしが折木さんの食べる料理を幾つかの小皿に載せて運びます。折木さんは両手にグラスを持って歩いて行きます。わたしは後ろから
「二次会へは出られますか?」
 そう尋ねると
「ああ、そのつもりだ。休暇を取って来たからな」
「そうですか、それは嬉しいです。それと報告があるのです」
「報告? なんだ」
「はい、十月の秋の移動で茨城の研究所に移動になります」
「茨木というと霞ヶ浦を望むあの農場兼研究所か」
「ご存知なのですか?」
「ああ、仕事で年中訪れているよ。俺の勤務先は商社の農業部門だからな」
 そう言って後ろを振り向きました。その表情を見てわたしは、もしかしたらこれから、わたしと折木さんの新しい関係が始まるのではないかと思うのでした。