夏の日差しの中を高原から降りて来る風が木々の葉をを揺らして吹き抜けて行く。会場のホテルへは自宅から歩いて行ける距離だった。高校を卒業して幾度目の同期会だろうか。思わず指を折って数えてしまう。わたしの隣ではふくちゃんが受付の名簿に名前を書いてくれている。男女とも在学中の名前と今の名前を書き込む。わたしの場合は「伊原摩耶花」と「福部摩耶花」となる。ふくちゃんはそのままだ。
「摩耶花の分も書いたからね」
「ありがとう」
 礼を言って会場の中を見渡す。
「居たかい?」
「ううん。未だみたい」
「そうか。でも今日は来ると言っていたんだろう?」
 夫の質問に昨晩の電話での会話が思い出された。
『ちーちゃん。明日は来るのでしょう?』
『はい。やっと落ち着いたので今回は参加させて戴こうと思っています』
 電話の向こうのちーちゃんの声は弾んでいた。無理もない。半年前、彼女は離婚をしたのだ。その後の色々な処理がやっと終わったのだろう。わたしは離婚を経験した事はないが、一時、ふくちゃんと疎遠になったことはある。わたしが高校を卒業して美術系の短大に進学したのだが、在学中に大きなコンテストに入賞して作品が漫画雑誌に連載されたのだ。そしてプロとして歩み始めた頃だった。学業に連載に忙しくて毎日時間が足らなかった。その頃、半年ばかりふくちゃんと音信不通になってしまったのだ。
 やっと落ち着いて、わたしはふくちゃんと連絡を取っていない事に気がついたのだ。そして暫くぶりに連絡を取ってみた。恐る恐るだった。怒られるだろう。なじられるかも知れない。そんな気持ちだった。
 でも、電話に出たふくちゃんの第一声は、わたしのことを心配する言葉だった。それを耳にした時『わたしは絶対この人を離しては駄目だ』と強く思ったのだった。そしてふくちゃんの大学卒業を待ってわたしたちは結婚をした。
 ちーちゃんは京都の国立大の農学部に進学した。千反田の家を継がなくても良くなったとはいえ、やはり彼女の想いは陣出にあり、農作物の研究をしたかったのだと言う。同じ古典部で活動していた折木奉太郎は関西の大学には進学せず東京の大学に進学し、二人の関係は疎遠になった。当初は連絡を取り合っていたみたいだが、ちーちゃんの研究が忙しくなると、それもままならなくなったみたいだ。
 ちーちゃんは大学を卒業すると種苗会社に就職した。今や農家にとって種苗会社との関係は深い。なくてはならない存在でもある。そして、そこでの研究は彼女の想いを達成するのに近道だったのだろう。
 わたしは、ちーちゃんと頻繁に連絡を取っていたが折木からは年賀状が届く程度だったそうだ。その後ちーちゃんは会社の人と一緒になった。でも1年半で結婚生活は破綻したのだ。それが半年前のことだった。離婚の理由は研究者同士の暮らしではしっかりとした家庭を築けなかったことだった。ちーちゃんも相手の人も会社での研究中心の生活だったそうだ。今ではちーちゃんも姓は「千反田」に戻っている。
「今日、ホータローは来るかな」
 ふくちゃんとしても久しぶりに折木と話がしたいのだろう。その言い方で判った。
「さあ、連絡はあったの」
「少し前に電話したんだ。そうしたら出席の返事はしたと言っていたよ。だから来れば良いと思うんだよね」
 その時だった後ろから声を掛けられた
「摩耶花さん。こんにちは。時間に間に合いました」
 後ろを振り向くとちーちゃんだった。背中まで伸びた長い髪。夏らしいオフホワイトのワンピースが涼しそうだった。素直に綺麗だと思った。
「良かった。もしかしたらと思ったのよ」
「大丈夫ですよ。もう元の生活に戻りましたから」
 ニッコリと微笑んだ姿は元のちーちゃんだった。
「そろそろ中に」
 幹事の声で三人で会場に入る。今日は立食で会場の四隅に椅子とテーブルが置かれている、その傍に料理や飲み物が置かれているのだ。まあ同期会などではそれぞれが旧友との会話に忙しく料理をゆっくりと食べている暇なぞない。だからちゃんとしたコース料理より立食の方が都合が良いのだ。

 学年の教務主任だった先生の乾杯の挨拶が終わり同期会が始まった。それぞれが料理を取りに向かう。そして懐かしい相手と楽しい時間が始まった。
 わたしの所のテーブルには、わたし、ふくちゃん、ちーちゃん。そして十文字さんとが一緒になった。一通りの会話が終わると十文字さんがちーちゃんに
「える。今日は折木君来るのでしょう?」
 いきなり突っ込む
「そうなんですか!? 摩耶花さんから聞いてはいますが未だ来ていないようですね」
 ちーちゃんはそう言って遠い目で会場の入り口を見ていた
「もし折木くんが来たらどうする」
「どうすると言っても……わたしはバツイチですし」
 そう言って下を向くので、わたしは
「そんなの関係ないと思う。ちーちゃんが折木の事を本当はどう思っているのかが大事じゃない」
 思わず心に思っていた事が口から出てしまう。ふくちゃんが
「どうやらその人物が来たみたいだよ」
 そう言って入り口の方に顔を向けた。そこには背広姿の折木が受付名簿に名前を書いている所だった.
「ホータロー! こっち!」
 早速ふくちゃんが手を挙げて折木を呼び込む。それを確認した折木はゆっくりと歩いて来る。その目がちーちゃんに注がれているのが判った。やがて折木がわたしたちのテーブルにやって来た。
「列車が遅れてね。もう一本早いヤツにすれば良かったよ」
 そう言って丸いテーブルのちーちゃんの向かいに座った。
「何か取って来たら」
 わたしがそう言って勧める。ちーちゃんが一緒に行って何かよそってあげたら良いと考えたのだ。
「ああ、そうだな今のうちに何か腹に入れておくかな」
 そう言って立ち上がって歩き出したので、わたしはちちゃんを突っいた。ちーちゃんも慌てて立ち上がって折木の後ろを追いかけて行った。
 後ろから見ていると二人は自然な感じで会話をしていた。ちーちゃんがお皿に色々な料理をよそって行く。折木は飲み物を二つ選んでいる。一つはビールだろう。もう一つはアルコールの飲めないちーちゃんの為にグレープフルーツのジュースだった。
 席に戻って来ると高校の時と同じような雰囲気で会話が弾む。わたしもふくちゃんも、十文字さんも、そして折木とちーちゃんも、あの頃に戻っていた。そうしたらちーちゃんが折木に
「折木さん、色々とありがとうございました。おかげで助かりました」
 そんなことを言う。すると折木は
「いいや大した事はしてない」
 そう言ってグラスのビールに口を着けた。
「え、二人は連絡を取っていたの?」
 十文字さんが驚いてフォークに挿した生ハムをお皿に落としてしまった。わたしも初耳だった。
「まあ、最初は結婚生活が上手く行かない相談を受けたのが始まりだけどな」
 わたしも折木に質問する
「なんであんたに相談したの?」
「そんなの俺には判らないが、年賀状だけは毎年出していたからな」
 折木がそう推測するとちーちゃんが
「そうなんです。わたしと元夫の中を余り知らない折木さんなら、どのような結論を出してくれるか気になりまして」
 そうか、わたしや十文字さんは色々な事情を知りすぎている、それに昔からちーちゃんは折木の推理を聴きたがっていた。
「ま色々な事情を聴いて別れたほうが良いと思ってアドバイスしたんだ」
「そうだったの。全然知らなかった」
 全くわたしも十文字さんと同じだった。
「でも最終の結論は自分で出したのですよ」
 何故かそう言ってちーちゃんは嬉しそうな表情をした。
「そう言えば折木は結婚は?」
「俺なんかのしがないサラリーマンには嫁の来ては無いよ。未だに独り者だ」
 そう言って笑っている。でも、わたしは少し嬉しかった。離婚の相談とはいえちーちゃんと折木の関係が復活したのだから。
 今後、この二人がどのようになるかは誰にも判らない。昔のような関係になるのか、友達のままなのか。それはきっと本人達にも判らないだろう。わたしや周りの人間は只見守るだけなのかも知れない。