今年の節分は日曜日だ。世間のカレンダーだとそうなっている。神山のあちこの寺社では豆まきを行うそうだ。だが俺は今まで一度もこの行事に参加したことがない。と言うより興味が湧かなかったと言った方が正解だと思う。
 だが今年は様子が違っていた。それは1月の終わりも迫っていたある日だった。放課後の地学講義室で俺は読書に勤しんでいた。この日は朝から天気が良く、お日様が照っていた。その慈はここにも訪れていて、暖房も必要ないぐらい暖かった。実際は神山の冬は寒い。暖かくなるのは4月になってからなのだが、室内でお日様を浴びる事が出来る所はかなり暖かく感じたのだった。だから俺は用も無いのにここに来て読書をしていたのだった。そうしたら頭の上の方から声が聞こえた。
「折木さん。今度の日曜はご用事がありますか?」
 顔を上げると千反田だった。
「今度の日曜というと3日か?」
「はいそうです」
「特に何も無いが……」
「そうですか。ならばわたしの地元の水梨神社にいらっしゃいませんか」
「水梨神社? 何かあるのか」
「3日は節分で神社で豆を撒きます。撒く豆の中に当たりくじが入っていて、当たれば景品が貰えるのです」
「景品かぁ。それも運次第なんだろう」
 正直、余り気が進まなかった.
「お前が豆を撒くなら別だがな」
 軽い冗談のつもりで言ったら
「わたしは撒きませんがお巫女さんの格好をしてお手伝いをします」
 そんなことを言うではないか。正直、千反田の巫女姿ならひと目みて見たかった。いつぞやの伊原の時とは違う。
「おいで願えませんか? 正直、折木さんにわたしの巫女姿を見て貰えるのも最後かも知れません」
 確かに来年は無理だろう。そう思ったら是が非でも見ておきたくなった。
「いや行こう。何時からだ?」
「撒く時間は12時からです」
「お前はその時に手伝うのか?」
「はいそうです」
「手伝いとは何をするんだ?」
「そうですね。豆を撒く片に三宝に載せた豆の入った升を手渡す事と撒いた後の景品の交換です」
 そうか、ならば当たりを手に入れられれば千反田に景品と交換して貰えるのかと思った。
「判った。その時間には必ず行くよ」
 そう約束をした。千反田は喜んで帰って行った。
 家に帰って姉貴に話をしたら
「当日は車で神社まで送って行ってあげるわよ。夜になるけど神社なら迎えに行ってあげる」
 そんなことを言われた。正直助かった。冬の道を自転車で陣出まで行くのは辛いものがあった。雪道を自転車では走りたく無かった。姉貴にどんな考えがあるのかは判らないが素直に従った。

 当日は良い天気で数日前の雪が道々に残っていたが車なら何も問題なかった。
「じゃあ、迎えは6時ごろで良い?」
「ああそれで良いよ。助かる」
 そう言って助手席のドアを閉めると姉貴は静かに車を走らせて去って行った。時計を確認すると11時半を少し回った頃だった。神社の石段を登って境内に入る。生雛祭りの時のように賑わってはいないが、それでも地元の人らしき人が十名以上境内に居た。皆豆まき目当てなのだろう。
 先に参拝をしておく。無信心論者だがやはりこういう時は、神様に色々とお願いをしたくなってしまうのは、日本人だからだろうか。
 社務所の方を見ると数名の赤白の巫女の格好をした女性が働いていた。その中に千反田が居るのかと思い凝視してしまう。そうしたら後ろから声を掛けられた
「折木さんいらしてくれたのですね」
 振り返ると巫女の格好をして千反田が立っていた。白衣(しらぎぬ)に緋袴(ひばかま)姿で髪は後ろで水引で結ってあり、どこをどう見ても完璧な巫女姿だった。伊原とは違い髪は本物だ。
「おう……」
 正直少しの間、見とれてしまった。
「よ良く似合う。さまになってる」
 俺の言葉をどう受け取ったのか千反田は
「そう言って戴けて誘った甲斐がありました」
 そう言って嬉しそうだった。正月の着物姿は、もしかしたら毎年拝めるかも知れないが、恐らく巫女の姿はこれが最後かも知れなかった。そう思うと来て良かったと思った。
「もうすぐ豆まきの時間ですから頑張って当たりくじを取ってくださいね」
 千反田はそんなことを言って社務所に消えて行った。やがて時間となった。境内はどこから湧いたのだろうかと思う程に人で溢れていて、立錐の余地も無いほどだった。その中に何とか紛れ込んだ。
 境内の奥に設えてある一段高くなっている渡り廊下に、数名の豆撒きの歳男や歳女が立ってそれぞれの巫女から升を受け取っていた。千反田もその一人に手渡して、やがて時間となり豆撒きが始まった
「鬼は外! 福は内!」
「鬼は外! 福は内!」
 そう言いながら升に入った豆を撒く。豆は紙のお捻りに入っていて、その中に当たりくじも入っているそうだ。俺も手を出して取ろうとするが、他の人が凄まじく、押されて中々手を出した所に豆が飛んで来ない。
「あ〜」
 とか
「わぁ〜」
 とか歓声が沸き起こるのだが俺はとうとう豆を掴む事は出来なかった。
 豆撒きが終わると今度は社務所で景品の交換が行われる。それを眺めていた。景品は色々あり、自転車からお米10キロまであった。お米は地元のものだろうと思った。
 何せ姉貴が迎えに来るまで何もすることが無いのだ。6時までは未だかなり時間がある。結局景品の交換を最後まで眺めていた。
「それでは当たりくじ全部の景品の交換が終わりましたので、これを持って水梨神社の節分の行事を終わらせて戴きます」
 そんな放送を聞き流していたら、声を掛けられた
「折木さん」
 横を見ると千反田だった。未だ巫女の姿をしている。
「本物の巫女さんはこれから奉納の神楽を舞うのですが、臨時の巫女はこれ迄です。だからこれを特別に折木さんに差し上げます」
 そう言って千反田は俺の手のひらに一つの紙包を置いた。
「これは? まさか当たりくじを抜いていたのか?」
 俺の疑問に千反田は首を振り
「まさか、違いますよ。開いて見てください。わたしから折木さんにだけ特別の当たりくじです」
「開いて見ると、そこには恐らく千反田が筆で書いたであろう文字が黒々と墨で書かれてあった。
「思い切って書きました。受け取って戴けますか?」
 顔を上げると千反田の顔が真っ赤だった。かなりの決意だったのだろう
「ああ、喜んで」
 そう返事をすると千反田は
「嬉しいです!」
 そう言って泣きそうな顔になったので、両腕で力強く抱き締めた。
 午後の日が二人を照らしていた。
 何が書いてあったのか……それは、その後、色々な事がありながらも二人が夫婦になったことで想像して欲しい。俺はこの時ハッキリと意識したのだから……。

                                                  <了>