表では雨の音が激しく響いている。小鮒さんの家には縁側がありそこの庇がビニールの板なのでそこを叩く雨の音が煩いぐらいに響いて来るのだ。
 でも、今はそんな音も気にならない。というよりわたしの頭を通過してまってる。今、わたしの頭の中には目の前にいる小鮒さんだけ……。
 キスして抱きしめられただけだけど、わたしの中では一番大きな出来事だ。多分、あの日……バイクを修理して貰った時にこうなる予測はしていたかも知れない。というより妄想の一つとして心の何処かに作り上げてしまっていた気がする。だからいきなりだったけど対処出来たのだと自分なりに結論を出す。
「本当はもっとゆっくりと進めるはずだったんだけど……濡れた里菜ちゃんを見たら我慢出来なくなってしまって……」
 そう言えば、何処かの女子コミック誌に「ずぶ濡れの男子に告白されたい」とか特集があったのを思い出した。
「濡れたわたしは小鮒さんを虜にしたの?」
「ああ、でも最初からそう思っていたんだ。一目惚れというか、そんな単純なものじゃ無いけど」
 制服の下にスパッツを履いたバイクに乗った女子高生に惚れるとは、やはり噺家を目指すだけのことはあるのかも知れない。
「本当にわたしでいいの? わたし今まで告白された事も無いのよ。告白した事はあるけど実った事は無いの……そんな、わたしで良いの?」
 こんな事いちいち訊かなくても判ってる事だとは思うが、やはり確認しておきたかった。それはわたしが女だからかも知れない。
「過去なんて関係ないよ。今の里菜ちゃんは素敵だ。だから自分のものにしたい」
「自分のもの?」
「ああ。俺のものにしたいんだ」
 ひとのものになる、と耳にして心と躰がゾクッとした。そうか交際するって、こういう事なんだと理屈ではなく理解出来た。
「もう一度キスしよう」
 今度はわたしから誘ってキスをした。過去二回より濃厚で長いキスだった。小鮒さんに抱きしめられていると温かい。心と躰両方が温かいのだ。好きなひとにこうして抱きしめられているだけでも喜びを感じるのだと初めて判った。
 今更だがこの時小鮒さんの本名を初めて知った。結城顕(ゆうきあきら)というのが親から貰った名前だそうだ。

 いつの間にか雨は止んでいて夕日が顔を出していた。お陽様を見て一気に現実に引き戻された感じがした。
「送って行くよ。挨拶もしたいし」
 そうか、ちゃんと交際するって、そういうことか。わたしは一つ大人になった。
 雨上がりの国道をわたしの家に向かって走って行く。実咲公園からわたしの家まではそう遠くない。なんせ毎日学校に通う道だからだ。そうか、これからは通学の度に小鮒さんの家の傍を通ることになるのだと思った。
 ゆっくり走っても十分もかからない。そうバイクは結構速いんだよ。家の傍の信号で国道から脇道に入る。そこから少し走ると右側にわたしの家がある。家の横が車庫になっていて、そこの屋根はやはりビニール製だ。
「ここがわたしの家なの」
 小さな鉄の門扉を開けてバイクを入れる。
「ここに止めてね」
 小鮒さんにそう言う。恐らくこれから必須になると思うからバイクの置き場をちゃんと教えたのだ。
「ただいま~」
「おかえり」
 出て来たのは母だった。
「こちらは今日一緒に行った結城顕さん」
 彼が噺家だとはこの時言わなかった。母にとっては噺家古琴亭小鮒より結城顕の方が大事だからだ。
「結城顕と申します。今日は里菜さんと一緒にバイクでツーリングに行きました。よろしくお願いします」
「あらあらそうですか、里菜の母親の涌井雅子と申します。これからよろしくお願いしますね。どうぞお上がり下さいな」
 どうやら母は一瞬でわたしと小鮒さんの関係を見抜いてしまったみたいだ。応接間に案内して飲み物を出す時に、台所でわたしに
「やっと彼氏出来たんだ。何してる人?」
「か彼氏というより交際することになっただけよ」
「それを彼氏って言うのよ」
 そうか、わたしは何を言っているのだろうか
「あのね噺家なの。噺家って知ってる?」
「知ってるわよ。なんて名前なの?」
「古琴亭小鮒って言うの二つ目になったばかりなの」
「これからなのね。将来性はどうなの?」
 正直そこまでは判らないが
「大丈夫だと思う」
「わたしが好きになったから?」
 図星を突かれた。
「噺家としては判らないけど人間的には信用出来そうね」
「もうそんな事が判るの!」
「判るわよ。口のきき方や話す時の目の座り方でね」
 さすが歳の功だと思った。

 それからは世間話や二人の馴れ初めを話して小鮒さんは帰ることになった。車庫の所で小鮒さんの背中に抱きついて
「わたしも一緒に付いて行って顕さんのお母さんに挨拶する」
 そう言ったら小鮒さんが
「それは今度で良いよ。今度逢う時に紹介するから」
 そう言うのでこの次のデートの時に紹介して貰う約束となった。
「じゃ連絡するからね」
「うん」
 本当は人が見ていても、もう一度キスしたかったが諦めた。小鮒さんがフルフェイスのヘルメットを被ったからだ。
 こうしてわたしの生まれて初めての彼氏は帰って行った。
 日曜も沢山電話で話をした。勿論お金が掛からないLINE電話だ。少し声が隠るが仕方ない。
 月曜学校に行くと翠が目を輝かせて待っていた。