神山祭も終わり、この街に本格的な春がやって来ました。宮川を流れる水の音も軽やかに聴こえます。
 その四月も終わろうかと言う日、わたしは飛騨一ノ宮の駅前で人を待っていました。
 東京あたりなら暖かいので着るものは単衣を着てる方もいらっしゃるかも知れませんが、神山では桜が終わろうとしている時期ですのでまだ袷です。
 今日の出で立ちは薄い桃色の地にこの時期しか着られないであろう桜の花があしらわれたものです。帯は藍に小さなサクランボが描かれたものにしました。本来なら髪も結い上げるのですが、今日逢う方が
「ポニーテールも見てみたいな」
 そう希望したので、それにしました。今日に限ってはどんな頼みも聞き入れなくてはなりません。だって四月二八日は彼、折木奉太郎さんの十八歳の誕生日だからです。十八歳です! もう選挙に行けるのです。それに親の承諾が要るとはいえ結婚も出来るのです。凄いと思いませんか? まあ、わたしも今年中には十八歳になるのですけどね。
 盛りを過ぎたとはいえまだ見られるとの情報を貰ったので今日は臥龍桜を見て水梨神社にお参りをしようと約束したのです。
 わたしは家からさほど遠く無いので歩いて来ました。折木さんは自転車で来ると言っていました。駅の時計を見ると約束の時間です。その時
「悪い、遅くなってしまった。待ったか?」
 後ろから声が聞こえました。振り返り
「いいえ、今し方来た所ですよ」
 そう言って着物の袖を掴んで手を広げながら振り返ります。こうすると柄が良く見えるのです。
「おお、綺麗だな。良く似合ってるよ。でもまさか着物姿で来るとは」
「今日は折木さんの誕生日です。それも十八歳です。今日から選挙権もあるのですよ。大事な日です。だからわたしも折木さんに喜んで貰えるようにしました」
「そうか、俺だけの為にしてくれたんだな。俺は果報者だな」
「そんな……折木さんが喜んでくれたなら本望です」
 そうなのです。幾日も前からお祖母様に相談してこの日に何を着て行くか相談したのです。お祖母様は
「この時期しか着ることが出来ない柄が良いと思うわね」
 そう言ってこの柄を勧めてくれました。

 臥龍桜は駅を水梨神社とは反対側の陸橋を降り、小さな道路を渡ると目の前です。多分飛騨一ノ宮の駅のホームからも見えるでしょう。
「おお綺麗だな。満開を過ぎてしまったが、桜吹雪が綺麗だ」
「毎年見ているのですが今年は咲く時期が神山祭と重なっていて、それはそれで良かったです」
 折木さんはわたしの右側に立って、そっと左手を差し出してくれます。わたしは右手を出して折木さんの手を握ります。
「カメラ持って来たんだ。桜をバックに撮ろう」
 折木さんは小型のデジカメを持っていました。
「はい」
 わたしは、桜の前に立って少し畏まります。
「少し笑った方が良いぞ」
 折木さんがそう言ったので緊張しているのが判りました。おかしなものです。普通に写真を撮られるだけなのにです。
「それじゃ写すからな」
 そう言って折木さんは数枚の写真を撮影しました。ちゃんと撮れたでしょうか? そう思っていたら、
「良かったら写してあげますよ」
 男の人にそう言われました。恋人同士だと思われたのでしょうか? 嬉しくなります。
「はい笑って!」
 お互いに緊張していたのでしょう。そんなことを言われてしまいました。
「ありがとうございます!」
 お礼を言ってカメラを受取ります。折木さんが画像を確認して見せてくれます。
「綺麗に写っているよ」
  見せてくれた写真は小さかったですが、良く写っていました。
「あとで印刷して渡すから」
 楽しみが増えました。

 駅の反対側に回り、益田街道の交差点を過ぎると神橋を渡ります。下の宮川を見て折木さんが
「ほら花筏になってる」
 その声に川面を見ますと駅を超えて飛んで落ちた桜の花びらが花筏を作っていました。
「綺麗ですね」
 この時期にしか見られない光景です。
 渡ると水梨神社です。階段を登りお参りをします。いつも来なれているはずなのに、今日は何時もと景色が違って見えます。
「何をお願いしたんだい?」
「志望校に合格する事と……」
「後は?」
「秘密です」
 そうです。これだけは言えません。わたしが、どんなに折木さんと一緒にいられることを望んでいるのか……。
「この後はウチに寄って下さいね。わたしが腕を奮って美味しいものを作りますから」
 わたしの申し出に折木さんが優しく頷いてくれました。

                             <了>