「もう一件行きましょう!」
 飯岡さんが空になった焼酎の瓶を確かめながら言うと門倉さんも
「そうよね。時間的にまだ早いしね」
 そう言って賛成した。節子さんは時間を確認しながら
「少しならいいか」
 やはりそう言って賛成した。僕は酔もあり帰りたかったのだが、正直立ち上がってマトモに歩ける状態じゃなかった。
「次は日本酒の美味しいところが良いな。この辺りに無いかな?」
 門倉さんは、飯岡さんにリクエストしている。節子さんは僕の耳元で
「大丈夫? 一人で帰れないなら、私の部屋に泊まって行けば良いわよ」
 何と、そんな事を言ってニッコリとするのだった。泊まれって、それって……早くも卑猥な考えが酔った脳内を駆け巡る。でも、それより、前に歩けるかが問題なのだった。
「じゃあ、とっておきの店に行こうか。そこは親爺さんが一人でやってる店でね。おつまみが少し置いてあるだけで他に食べ物は無いんだ。そこかわり色々な日本酒があるよ」
「素敵! そこ連れて行って!」
「よし! じゃあ行こうか」
 そう言って飯岡さんと門倉さんは立ちあがって会計をした。割り勘と言っていたが僕は少ししか食べたり飲んだりしなかったので、まけてくれた。
 立ちあがって歩き始めるとまっすぐ歩けない事が判った。これは不味いと思っていると節子さんが僕の躰を支えてくれて、左の腕を掴んでくれている。
「翔太くん平気?」
 門倉さんも少し心配してくれているが、きっと本気ではない。目が店の外に向いているからだ。
「場所と店の名を書いて秋山さんに渡しておくから、ゆっくり来れば良いよ」
 飯岡さんがそう言って自分のメモ用紙に何か書いて節子さんに手渡した。それを覗き込むと店の名「雪舟」と電話番号と簡単な地図が書かれてあった。それを見て節子さんも、ここから遠くないと判ったみたいだった。
「ああ、あそこの傍ね。判った。後で連れて行くわ」
「じゃあ、先に行ってます」
 飯岡さんはそう言うと門倉さんの腕を取って店を出て行った。残された僕と節子さんは、店員さんに水を持って来てもらって、それを口にする。
「まさか、お酒飲んだの初めて?」
 節子さんが殆ど顔をくっつけるような距離で囁くように言う
「まさか、でも強くないのは確かです。それでもこれぐらいで酔う事なんて無かったのですけどね」
「お腹空いていたのね。それで回ってしまったのね。ゆっくりで良いから歩ける?」
「何とか大丈夫かと」
 節子さんは僕の腕を取ってそれを自分の躰に当てて僕を支えてくれた。僕の肘のあたりに柔らかい感触を感じた。見ると僕の腕の一部分が節子さんの胸のあたりに触っていたのだった。以外なボリューム感に戸惑う。節子さんは着痩せするんだと思った。
 店の外に出ると、夜の冷たい風が頬に当り、少しずつ酔が冷めて行く感じがする。でも、人が見たら、若い男が酔ってふらついているだけにしか見えないだろう。
「今夜はウチに泊まりなさい。布団別にあるから翔太くんの分もあるわよ」
「え、でも……僕一応これでも男ですから……」
 正直、今のままなら朝まで何も起きないと思ったが、これで酔が冷めれば。正直、どうなるか判らないと思った。
 街の灯りがやけに綺麗に感じていて、僕は今見えている光景がお酒のせいなら、酔うと言う行為も悪くないと思った。
「ちゃんと歩ける?」
 節子さんが心配してくれている。こんな綺麗な女性に面倒を見て貰えて僕は幸せ者だ。本当なら
「あなたは帰りなさい」
 と言ってタクシーに僕を乗せて終わりのはずだった。多分、それが殆どの人がやる行為ではないだろうか。それとも考え過ぎだろうか、酔って思考の鈍った頭ではそれ以上考えられなかった。
「もうすぐだから頑張って」
 節子さん本当にすいません。僕みたいにだらしない男に関わったばかりに、介抱するはめになってしまった。本当に申し訳なく思っていますよ。そう頭では考えていたが、口から出た言葉は
「すいません。大丈夫です」
 そんな当たり障りのない言葉だけだった。
「ほら、あそこ」
 節子さんが差した指先には、路地の奥にぽつんと灯りが灯った小さな店だった。確かに看板に「雪舟」と書かれていた。
「連れて来たわよ」
 一間あまりの引き戸を開けて暖簾をくぐると、飯岡さんと門倉さんはもうお酒を飲み始めていた。カウンターに座った二人の前にあるのは、銀の器に氷を満たし、その中に置かれているガラスの瓶だった。
「冷酒飲んでいるのね。冷酒は後から効くと言うけど大丈夫?」
 節子さんが門倉さんの隣に座る。僕は更にその隣だ。
 するとひとり置いて門倉さんの向こうから飯岡さんが小さなグラスを節子さんに渡した。僕はもう飲めないので断った。
「じゃあ枝豆でも食べていて」
 門倉さんはそう言って僕に大きめのお皿に盛られた枝豆を渡してくれた。
「これは茨木の『一人娘』という名の酒だよ」
 飯岡さんがそう言って節子さんのグラスにお酒を注いで行く。
「美味しい! 優しい味ね。飲みやすいわね」
 節子さんはそう言って二口目で飲み干してしまった。飯岡さんは更に
「親父さん『住吉』はある?」
 飯岡さんに尋ねられたカウンターの向こうに居る親父さんは小柄な躰を背一杯背伸びして棚から一升瓶を取り出した。その瓶にはラベルに「住吉」と書かれてあった。
「どれほどかね?」
 親父さんの質問に飯岡さんは
「三人に波波と注いで飲もうと思っているんだ」
 そう言うと親父さんは別の小さな瓶に移し替えた。目分量だが三合ほどもあっただろうか
「これも素晴らしいお酒だから飲んでごらん」
 飯岡さんが三つの小さめのスリムなグラスにそれを注いだ。門倉さんが真っ先に口に運ぶ
「う~ん深い味ねえ。杉の香りがする」
「そうなんだ。杉の木の香りと飲みごたえのある芳醇な辛口が特徴なんだ」
 飯岡さんがそう言って解説をすると親爺さんが
「一度のこの酒にはまってしまった方はこればかりになってしまうケースが多く、店でも品切れが許されないお酒の一つですよ。黄みがかかった酒は炭素濾過をしていない酒の証なんです」
「他のお酒は炭素濾過をしてるから透明なんですね」
 節子さんがそんな感想を言いながらグラスを口に運ぶ
「このお酒が少し黄色いのは、そのせいなんですね。昔ながらの作り方なんですね」
 その飲み方はお酒を慈しむように感じた。節子さんの向こうを見ると飯岡さんと門倉さんは別なお酒も頼んでそちらも飲んでいる。考えたら二人共かなり飲んでいると思った。本当に二人は強いのだと感じた。
 その店にどのぐらい居ただろうか、店を出た時はかなり遅くなっていた。さすがに門倉さんは酔っている感じで、足取りも怪しくなっていた。飯岡さんは少し酔っていると思うが、未だ飲めそうな感じだ。僕は飲んでいなかったので酔いは冷めていた。節子さんも少ししか飲んでいなかったので、平常に近かった。
 節子さんが時計を確認すると
「あら、終電間に合わないわよ」
 いつの間にかそんな時間になっていた。
「何処かねぐらを探さないとな」
 飯岡さんがそんな事を言って辺を眺めている。
「ちょうど四人だからラブホテルにでも泊ますか?」
「男女二組に別れて?」
 節子さんがそう言って半分笑っている。
「いや男同士、女同士で」
 飯岡さんはかなり真面目そうに考えているみたいだが、所詮酔った頭だ。思考が及んでいない。
「いいわ。ウチならここからタクシーでも幾らも掛からないから、今夜はウチに泊りなさい。雑魚寝すれば良いでしょう」
 節子さんの提案に飯岡さんは
「良いの? さすがに不味いんじゃない?」
「あら何か不味い事しようと思っているの?」
「いや、そんな訳は無いけど、秋山さんに迷惑がかかるかと思って」
「いいの。そんなに気にしないから」
「それじゃ……」
 そんな訳で僕と門倉さん。それに飯岡さんの三人は節子さんのへやにで一泊する事になった。
 タクシーを捕まえて飯岡さんと門倉さんそれに節子さんが後ろに座り、僕が助手席に座った。
「〇〇町までお願いします」
「かしこまりました」
 メータを倒して車が走り出した。タクシーは十分ほど走って停まった。
「この先が部屋だから」
 節子さんが先頭に立って歩き出す。門倉さんの足が怪しいので僕が躰を抱えて一緒に歩き出す。飯岡さんは自分が歩くので精一杯みたいだ。
「ここよ、二階だから上がって」
 アパートの階段を節子さんが登って行く。僕は一度来ているが、まさかそんな事は口には出せない。
 この前は言わなかったが、部屋は六畳二部屋に風呂とトイレ、それに台所が付いた間取りだった。
「さあ入って頂戴」
「おじゃまします」
口々にそんな言葉を言って上がらせて貰う。相変わらず華やかで綺麗な部屋だった。
 節子さんは隣の部屋から布団を一組出して来ると
「雑魚寝で良いわよね。マクラも一つしか無いけど適当に使って」
 そう言って布団を敷いて門倉さんに
「さあ寝たほうが良いわよ」
 そう言って上着を脱がせ、下着姿になると横にならさせた。その姿に思わず目が行きそうになるのを堪える。
 横になった門倉さんに毛布を掛けた。
「さあ、飯岡さんも横になって」
 飯岡さんも上着を脱いでワイシャツとズボンになると門倉さんの隣に横になった。
「電気消しますからね」
 節子さんの声がしたかと思ったら暗くなった。その途端
「私たちはこっち」
 見るとこの前は閉まっていた襖が開いていて、シングルのベッドが見えていた。
「え、一緒に?」
「そうよ。他に何処に寝るの。私、翔くん以外が私のベッドに入るのは正直嫌」
「何も無いですよね」
 僕の言葉に節子さんは笑い声で
「当たり前でしょう。本当にお子様なんだから」
 そう言って嬉しそうな表情を見せてくれた。
 僕も上着を脱いでシャツとズボンになる。汚れてはいないが、このままベッドに潜り込むのは申し訳ない。
「男は細かい所は気にしないのよ」
 節子さんは僕の考えている事を判ったのだろうか? でも言われた通りにベッドに入らせて貰う。何とも言えない良い匂いがした。この香りは節子さんの匂いだろうか? そんな下らない事を考えていたら節子さんが入って来た。なんと節子さんはスリップ姿だった。
「ちょ! そんな!」
「大丈夫よ。裸じゃ無いから。何も無いわよ。さあ寝ましょう」
 節子さんがそう言って部屋の灯りを消した。僕は最初、節子さんと背中を合わせていたが
「こっち向いて寝ない?」
 そんな事を言われたので寝返りを打って節子さんと向き合う形になった。
「こうすればお話が出来るじゃない」
 この時、僕はこの先理性を保っていられるか自信が無かった。
 そんな時だった、突然隣の部屋の隣の布団からすすり泣く声が聞こえて来た。
「うう~んうう~ん。わたし騙されたのよ。あんあんあん」
 段々声が大きくなって来た。隣の飯岡さんはイビキをかいて寝ていて起きそうも無い。これは嫌な予感しかしなかった。僕と節子さんは至近距離で見つめ合うのだった。