「行方不明……ですか?」
 驚いて思わず声が出てしまったわたしと違い、折木さんはあくまでも冷静でした。
「それは何時判ったのですか?」
 万人橋さんはこの前とは違い俯いています。背の大きな人が俯いているのは正直余り格好の良いものではありません。特に万人橋さんには似合っていないと感じました。折木さんの質問に直ぐには答えられない万人橋さんの代わりに、入須さんが答えます。
「それが先週らしいのだ。直ぐにわたしに言えば良いものを自分だけで何とかしようと考えていたらしい。そんな時にわたしが折木くんに千反田の事で頼み事をしたものだから、怪しまれないように、あのような高圧的な態度に出てしまったそうだ」
 正直、それも理解出来ますが万人橋さんは、いつもあの様な態度をされる事が多い気がします。
「そうですか、まあ何か無理をしてる気はしました。でも、その個人の資質も環境に左右される持論は前からですよね」
 折木さんの問いかけに万人橋さんは
「それは確かにあると考えている。理想はその二つが揃っている事だ」
 そう言って自分の考えを肯定します。
「まず、会費が行方不明になった時の事を詳しく教えて下さい」
 わたしは二人を座らせ、お茶を入れてだしました。それを一口飲んだ入須さんは
「これは千反田家で出してくれるお茶と同じ味……。家から持参しているのか?」
 驚く入須さんにわたしは
「はい、古典部は全部で五名ですから幾らも必要としません」
 私の返事を聴いて入須さんは
「良家の子女はかくありたいものだな」
 そう言って万人橋さんを見ました。彼女は記憶を整理するかのように少し考えていましたがやがて
「先週の金曜日が集金の日だった。各学年の代表がそれぞれ放課後にわたしの所に持って来るのが常だった。あの日も二年の千反田、一年の遠垣内が纏めて持って来てくれた。その二つの袋にわたしが集金した三年生の分を足して自分のロッカーにしまったのだ。下校時に銀行のATMに通帳と一緒に投入すれば良いと思っていた。何時もの事だから、それで問題は無いと考えていた。ところが、下校時に確認すると確かにしまったはずの集金袋が無い。記憶違いかと思い他を探したのだが結局無かった」
 万人橋さんは所々記憶を確認するかのように話しました。
「結局見つからなかった訳ですよね。お金は決められた日に入金しなくては、ならないのでは無いですか?」
「確かにその通りだ。だから……」
「立替えて自分の懐から払ったのですね」
「それも、その通りだ。何故判った?」
 折木さんが見破ってしまった事を不思議に思っている様でした。
「先日のやり取りから考えれば、先輩は人に弱みを見せたくない傾向にあると思いました。だから何かあっても表面上は何事も無かったかの様に振る舞うと思ったのです。そこから導かれる結論は、黙って立替えておいて、後から真相を突き止める。と考えました」
 折木さんの言葉に万人橋さんは驚き
「あれだけのやり取りで、そこまで判ってしまうものなのか……わたしは重大な勘違い、いや考え違いをしていたみたいだ」
 さすがに驚いているみたいですが、わたしや入須さんは慣れた事なので万人橋さんの表情の変化を楽しんでいます。
「それで今日までに何か判った事はありますか?」
「それが……特に思い出せんのだ」
 万人橋さんが困った表情を見せます。折木さんは鞄から一枚の紙を出して、横にして右の一番上に金曜の金と書き込みました。
「全部の集金が集まったのが金曜の放課後なのですね。それは確かですね。それでロッカーにしまって鍵を掛けた」
 折木さんの問いかけに万人橋さんはうなずきます。折木さんはその事を書き込みます。
「それで、下校時に確かめたら無かったのですね」
「そうだ」
「それは何時か覚えていますか?」
「ああ、銀行に入金しなくてはならないので下校時間の十七時半前の十七時過ぎだったと記憶している」
 折木さんは更に質問をします
「では、遠垣内や千反田がお金を持って来たのは何時頃ですか」
「あの日は全学年六時限だったから一五時半を少し回った頃だった」
「四十分ごろとか? 千反田、どうだ?」
 折木さんがわたしに尋ねます。わたしは記憶を手繰りながら
「そうですね。万人橋さんに集金したお金を渡して、二年H組に帰って来て時計を見たら、四十五分を少し過ぎていましたから、そんなものだと思います」
「そうか、では犯行は十五時四十分過ぎから十七時過ぎの間ですね。先輩、この時間は何をなさっていたのですか?」
「その時間は部活動に顔を出していた」
「何部ですか?」
「手芸部だ」
 万人橋さんが手芸部とは思ってもいませんでした。
「その日は福部里志はいましたか?」
 いきなり関係ない質問に及んだので、万人橋さんは驚いたようですが、
「福部……ああその日は確かに参加していた。文化祭が近いからな。作品を仕上げなくてはならないから皆必死なのだ」
 折木さんはきっと何かあった時に福部さんの証言も欲しいのだと思いました。万人橋さんが嘘を言っている可能性は乏しいとは思いますが、証言をする者は一人でも多い方が良いですから。
「ここだけの話ですが、先輩は何時も集金したお金は銀行に振り込む前は自分のロッカーにしまって置くのですか?」
 折木さんの質問に万人橋さんは小さな声で
「本当は集金したら常時身につけていなくてはならないのだが、毎月の事で今まで何も無かったから油断していたのだ」
「恐らく犯人はその事を知っていたと思われます」
 折木さんのその言葉に入須さんが
「では犯人は『神山令嬢倶楽部』の者だと?」
 そう言って折木さんに詰め寄ります
「そうは言っていません。一般の生徒でも、『神山令嬢倶楽部』の事を知っている者は居るでしょう」
「では容疑者は一般の生徒にも及ぶと言う事か?」
 万人橋さんが机から身を乗り出して驚いています。
「可能性の問題ですよ。一般の生徒で『神山令嬢倶楽部』の事を知ってる者なら限られるでしょう。数は多くはありませんよ」
 折木さんはあくまでも冷静に物事を考えます。さすがです。
「では誰なのだ?」
 今度は入須さんが折木さんに詰め寄ります
「結論から言えば、万人橋先輩が集金したお金を一時自分のロッカーにしまう事を知って居る者となるでしょうね」
「それはそうだろう」
 半分呆れる入須さんに向かって折木さんは
「あの日だけではなく、毎月あそこにしまってる事を知っている者。それに何らかの方法で万人橋先輩のロッカーを開ける事が出来る者ですね」
「それは……つまり……」
 万人橋さんが判ったかのような表情を見せました。
「マスターキーを持っているか、もしかして……」
「そう、同じ番号の鍵のロッカーを使ってる人物となります。神山高校の生徒は千人です。生徒が使っているロッカーですが千種類以上も鍵があるとは思えません。犯人は偶然に自分のロッカーと万人橋先輩のロッカーが同じ鍵だと気がついてしまったのでしょう」
「そうか、鍵の番号か!」
「そうです! それを知りうる人物が犯人でしょう」
 折木さんがそこまで言った時でした。折木さんは地学講義室の扉の方向に向かって言いました
「さっきからそこで立っている君、入ったらどうだ」
 わたしも入須さんも万人橋さんも全く気が付きませんでした。
「判っているんだ。君は遠垣内さんだろう」
 折木さんに言われて一人の一年生が顔を出しました。折木さんが遠垣内と言った通り遠垣内先輩の妹さんの遠垣内明美さんでした。『神山令嬢倶楽部』神山高校支部の一年生の纏め役をやっています。そうです万人橋さんが次期の支部長に押す人物です。
「遠垣内! どうしてここに!」
 驚く入須さんと万人橋さん。その二人に向かって遠垣内さんは袱紗に包まれたものを差し出しました。
「まさか……お前が」
 驚く万人橋さんは受け取った袱紗を開きます。出て来たのは「神山令嬢倶楽部」の会費を集金した袋でした。
「申し訳ありません。わたしが万人橋先輩のロッカーから盗みました。先輩がいつもロッカーにしまっている事は以前から知っていました。そして先輩のロッカーの番号と自分が使っているロッカーの番号が同じと気が付き、同じ鍵では無いかと思ったのです。確かめて見ると私のロッカーの鍵で先輩のロッカーも開きました。でも、その時はこんな事をしようとは思ってもいませんでした」
 立ち尽くす遠垣内さんに折木さんは
「座ったらどうだ。立っていると疲れるぞ」
 そう言って椅子に座る事を進めます。遠垣内さんは色白で、細く華奢な感じがします。細い肩にショートカットの髪が似合います。
「どうしてこんな事をしたのだ?」
 万人橋さんが驚いて遠垣内さんに尋ねます。暫く黙っていましたが、折木さんが助け船を出しました。
「嫌だったのだろう。来年、支部長になるのは?」
 折木さんの言葉に黙って頷きました。
「嫌だった……何故?」
 不思議そうに顔を傾ける万人橋さんに遠垣内さんは
「わたしの家は代々教育者が巣立っています。父も叔父も皆教育者です。教育者はその知識と志で皆を導かなくてはなりません。そんな使命を持って生まれて来た家の者が、間違った事をしてはならないのです。
 千反田家がこの神山で江戸時代以来どのように皆を導いて来たかを知れば、わたしなぞが千反田先輩を差し置いて支部長になるなぞ、あってはならないのです。教育者の家とはそのようなものなのです。それを守る為に兄も非行的な遊びは親に隠れてやっていました。兄は『今だけだ。卒業したら辞める。一時の遊びだ』
 そう言っていました。その時はわたしは兄の言葉を本気にしていませんでした。大学に進学した兄は悪い遊びは一切辞めて勉学に励んでいます。兄は本気だったのです。それが教育者の家の者の努めなのです。ならば、わたしもそれに相応しい事をしなくてはならないと思ったのです。そこで悪い事だと判っていても万人橋先輩に判って欲しかったのです。本当に申し訳ありませんでした」
 遠垣内さんはそう言って深く頭を下げました。
「判った。申し出てくれた事で無かった事にしよう。でも、お前がそこまで考えていたとは……」
 万人橋さんはそう言って深い溜め息をつきました。それを見て入須さんが
「しかし、折木くんはどうして判ったのだ」
 そう言って不思議そうな顔をします。それに折木さんは
「先ほど言った通りですよ。同じロッカーだと気がつくほど何回も万人橋先輩の教室に行っている者。会費を扱っている者。それは二人しかいません。そのうち千反田は外れます。残った者は彼女しか居ないと言う事です」
「どこで判ったのだ?」
 今度は万人橋さんが尋ねます
「ロッカーにお金をしまったと聞いた時に、何となくと思いました」
「まさに鬼神の如しだな。素晴らしい資質だ。君が女子なら是非とも入会して欲しい所だ。男子なのが惜しい」
 万人橋さんはそんな冗談を言って困らせます。
「そんな折木さんが女子なら困ります」
「どうして千反田が困るのだ?」
 不思議がる万人橋さんに入須さんが耳打ちします。そこで納得した様です。入須さんは何を言ったのでしょうか? 気になります!
「でも大日向さんが言っていた通りですね。折木先輩は凄いです!」
 今度は遠垣内さんまでも言うので折木さんは
「よしてくれ、たまたまだ。偶然の産物だよ!」
 そう言って困った顔をします。
「さあ問題が解決したらお引き取り願おう。読みかけの本が良いところだったんだ」
 折木さんはそう言って鞄から文庫本を出して読み出すのでした。
 その声に三人が仕方ないと帰ります。外を見ると、もうすぐ夕日が沈もうとしています。文化祭が終わると冬はもうすぐです。そしてわたしたちの進路も決めなくてはなりません。でも、今日はこのまま下校時間まで一緒に居たいと思うのでした。



                                                                          <了>