楽しいお酒を飲んだ後、実家に帰ったところまでは、薄っすらと覚えているのですが、奉太郎さんに抱きかかえられて部屋に入ったあたりで記憶がなくなりました。
 目が醒めると、東の窓がぼんやりと明るくなっていました。枕元の時計を見ると四時を少し過ぎていました。隣では奉太郎さんが寝ていてその手が、わたしにかかっていました。
 普段ならこんな事はしません。きっと酔って何かわたしが言ったのだと思います。何を言ったのか気になります。
 奉太郎さんは酔ったわたしに寝間着代わりの浴衣を掛けてくれていました。その上から夏掛けが掛かっていました。
 布団から起き上がると、自分が下着姿なのに気が付きました。昨夜着ていた服は枕元にきちんと畳んで置かれていました。奉太郎さんが脱がせてくれたと思うと少し恥ずかしいです。
 そっと床を抜け出し、実家に置いてある自分の箪笥から新しい下着を出して、バスタオルを一緒に持って、浴室に向かいます。
 心地よいお湯が躰を流れて行きます。京都のアパートのお風呂は狭いので一緒に入る事が出来ません。もし奉太郎さんが起きていたら、多分誘っていたと思います。夫婦ならたまには一緒にお風呂に入りたいです。
 温かいお湯が躰の隅々まで流れて行くと、やっと躰が目覚め出すのが判ります。昨夜は、楽しい会でした。心の底から楽しかったです。普段、奉太郎さんと二人だけの生活も、それはそれで充実しているのですが、昨夜は本当に心と言うか、気分は高校生に戻っていました。
 そんな事を考えていたら、浴室のドアが開いて奉太郎さんが顔を出しました。
「目が覚めたのか、大分飲んでいたが気分はどうだ?」
「はい、大丈夫です。それより、酔って正体を無くしてしまい、すみませんでした」
「なに、気にする事はない」
「一緒に入りませんか? 京都のアパートでは一緒に入る事は出来ませんし、この時間なら誰の目も気にせずに済みます」
「そうか……そうだな。朝風呂と洒落込むか」
 そう言って奉太郎さんも浴室に入って来ました。シャワーを掛けて躰を洗ってあげます。思えば本当に不思議です。今年のお正月に再会して、夏の今にはもう夫婦になってこうしてるなんて、信じられない事でもあります。
 お湯で火照った躰を浴衣に包み、バスタオルを持って縁側に出ています。早朝の風が心地よく躰を抜けて行きます。
「いい風だな。クーラーの風とは違うな。この心地よさは京都では味わえないな」
 縁側に並んで涼んでいると奉太郎さんが、わたしに顔を向けて優しく語りかけてくれます。嬉しくって愛おしくて、少しだけ自分の躰を奉太郎さんに預けて
「そうですね。やはり故郷は大事にしなくてはなりませんね」
 そんな事を尤もらしく言ってみます。奉太郎さんはわたしの肩を抱いて自分の方に引き寄せます。
 顔を近づけると優しく口付けをします。こんなに幸せで良いのかと思いますが、今はこの心地よい空間に身を任せようと思いました。

 その日、奉太郎さんは少し用事があるので、それを済ませに出かけました。わたしも街まで一緒に出かけます。買い物をするつもりです。
 買い物を終えて奉太郎さんと待ち合わせをしている場所に向かいます。この時、面白い事に気が付きました。思えば、奉太郎さんと神山の町を二人でゆっくりと歩いた事は高校の時以来だと気がついたのです。
 待ち合わせの場所では奉太郎さんが先に待っていてくれました。
「待ちました?」
「いいや、今来た所だよ」
「お茶でも飲みましょうか?」
「ああ、いいな。何処か良い場所知っているか? 高校の時通っていた『パイナップルサンド』は引っ越してしまったからな」
「じゃあ、『バイロン』に行きませんか?」
「あそこは洋菓子店だろう?」
「奥に喫茶コーナーがあるんですよ。知りませんでした?」
「ああ、正直言ってケーキを買った事は余り無かったからな」
 相談が纏まって『バイロン』に向かいます。
 店に着いてガラス戸を押して開けます
「いらっしゃいませ」
「喫茶でお願いします」
「お二人ですか」
「はい、二人です」
「こちらにどうぞ」
 白い襟の黒いワンピース姿の店員さんが店の奥に案内してくれます。その後を着いて行くのですが、普通の人なら何でもないこんなシチュエーションでも、何だがドキドキします。今になってやり残した事を取り戻している感じです。でも、思えば、そうなのかも知れません。奉太郎さんと一緒になって、少しずつ色々な体験をして、段々と夫婦になって行くのかも知れません。
 そして、彼と一緒になった喜びを実感するのだと思うのです。


                                                             <了>