オイラは場末の寄席に住む猫さ、人はオイラの事を「ジョニー」と呼んでいる。どうやらそれがオイラの名前らしい。社長で席亭の親爺さんは「縁起が良い」とオイラを認めてくれた。そうさオイラはこの寄席の生きる招き猫なのさ。
 ある日の事だった。寄席が終わって従業員で掃除をしていると、奇術の珠菜がやって来て、オイラの飼い主の姉さんに何やら話し掛けた。どうやら何か相談があるらしい。姉さんは自分の住処であるテケツの部屋のドアを開き
「掃除が終われば皆帰るからここで待っていて。もうすく終わるからね」
 そう言って珠菜を部屋に案内した。珠菜は
「すいません。こんな時間に来てしまって……」
 そう言って恐縮していたが姉さんは
「いいのよ。寄席が終わってからじゃないと、ゆっくりも出来ないから」
 気にも止めていない感じだった。そう姉さんは優しいのいさ。
 掃除が終わると従業員のほとんどは帰ってしまう。姉さんは切符の売り上げを若旦那に預けるとテケツに居る珠菜を呼んだ。
 実はこの寄席のテケツには続き部屋があって、そこで姉さんは休憩を取ったりしている。四畳半ほどしかない狭い部屋だがここはこの寄席でも姉さんだけの空間だ。オイラもここで寝泊まりしている。尤も、昼間のほとんどは姉さんの膝で寝ているのだけどな。その四畳半の部屋に珠菜を座らせると
「わざわざ来たと言う事は何か悩み事があるのじゃない?」
 姉さんはそんな事を言って珠菜が言いやすい様に誘い水を向けた。
「実は、相談に乗って欲しくてここに来ちゃいました」
 やはり珠菜は何か悩みがあったのだ。下を向いていたが、やがて意を決意してように話し出した。
「実は、最近テレビに出ているのですが、最初は出られると言う事だけで満足していました。バラエティーですが周りは売れっ子ばかりで、そんな中に自分が居ると言う事が嬉しくて舞い上がっていました」
 珠菜のテレビはオイラも少し見た事がある。あまり感心は無いのだが、それでも知り合いが出ているので感心があったのだ。
「そうねえ。売れっ子になって行く珠菜ちゃんを見て私も嬉しかった」
「はい、この寄席に見に来て、奇術の世界に入りたくてたまらなかった所を姉さんに師匠を紹介して戴いて本当に感謝しています」
 この事はオイラも初めて知った。そうか、姉さんが紹介して珠菜はこの世界に入ったのか。だから色々な事があると相談に来るのかと思った。
「でも、色々な番組に出て判ったのですが、自分は奇術師として呼ばれている訳では無く、一人の女性タレントとして呼ばれているのだと思いました。ミニスカートを履かされ、体の線が露わになる服を着させられ、壁際に並んで座らさせる事が殆どで、要するに色気を売るなら誰でも良かったのだと思いました。そう考えると何か空しくなって……」
 まあテレビなんぞは要するにタレントは使い捨てなんだろうな。オイラにはどうでも良い事だがな。
「珠菜ちゃん。テレビで色気を売るのは嫌? 最初は誰でもそうじゃ無いかしら。今は世界的に有名なあのマジシャンも最初は際どい衣装を着て舞台を努めていたわ。私は子供だったけど、それでも覚えているわ。今なら信じられないでしょうけど、最初はキワモノ扱いだったのよ。テレビ番組で司会から振られる事は無いの?」
「たまにありますけど、殆どは関係の無い事ばかりです」
「そうのうち、きっと『珠菜ちゃんは本業はマジシャンなんだって』って訊かれる事があると思う。その時に簡単に出来る手品を見せれば良い機会になると思う。それまでは耐えて行かないと」
 確かにテレビと言うオイラにはどうでも良い世界だが人間には大変な所に出ているのなら、それはそれで凄い事なのかも知れない。今は不本意でもやがてそれを逆転するチャンスも来る様な気がするのはオイラだけでは無いだろう。要はそのチャンスを逃がさない様にするのだ大事だと思う。ウチの寄席には滅多に来ない売れっ子噺家が高座で『幸せの神様は前にしか髪の毛が無いから逃がすと捕まえられない』なんて言って笑いを取っていたが、それは本当なのだろう。
「言われて始めて判りましたが、私、焦っていました。どうかしてました。テレビ番組に出ていると色々な人が声をかけて来ます。少しチヤホヤされていたのに気が付きました。自分が何者か、自分の本業が何か忘れそうでした。常に自分が何者かを理解していればチャンスは巡って来るのですね。ありがとうございました。すっきりして迷いが取れました」
 珠菜はすっきりした表情で部屋を出るとオイラの方を向いて
「ジョニー。今の事は内緒だからね」
 そう言ってオイラの頭を撫でて帰って行った。姉さんはオイラを膝に乗せて背中を撫でながら
「才能のある子に限って迷いとか焦りが出ちゃうのよね。でも、それを耐えれる者だけが、階段を登る事が出来るのよね」
 姉さんの言う事はオイラには未だ難しいが何となく判る気がした。
「そうだ、ジョニー今日はいい子だったから、おやつをあげようね」
 姉さんはそう言ってオイラの大好きな猫のおやつをくれた。オイラの幸せな瞬間さ。
 その後、珠菜は関西弁を話す大物司会者から番組で声を掛けられ、その時に手のひらで花を咲かせて見せて司会者から誉められ、それが契機になり奇術師として売れ初めたのだった。今や次世代を担う一人となっている。