A665_Z2 思えばかなり時間が経っていた。さきが傍に来たので訊いてみる。
「俺がお前と平安京に行った時よりも、随分と時間が経っているが大丈夫なのかい?」
 するとさきは笑いながら
「あの時は点検を兼ねてですから、今は正規の運用ですから大丈夫です」
 それにしても空から見る江戸の街は本当に緑が多い。俺の足下にある上野の山も、殆どが寛永寺の境内になっており、鬱蒼とした森の中に寺社が点在してるだけのように見える。実際は末社まで含めるとかなりの建物があるはずだが、それよりも緑が多いと言う印象だった。
 蔦屋さんが広重さんに何か言っている。この言っていると言う表現をしているが、実際は脳内の意志を装置を介して伝えているだけで、実際に話してる訳ではない。それらしく感じさせているだけだ。でも気分は実際に会話をしている感じなのだ。
 俺が蔦屋さんに訊いてみたい事は一つだけだが、装置を通じてここで尋ねてしまうと広重さんにも伝わってしまう。それはこれからの事を考えて言ってはならないのだ。
 そう、我々、組織の人間は今後に起こる事を想定して誘導してはならぬ。と定められているからだ。俺が尋ねてみたいのはこの後、晩年に広重さんが書いた「江戸名所百景」の事だった。歴史的には広重さんは安政五年に六十一歳でコレラで亡くなるのだが、その時に完成を目指していたのが「名所江戸百景」なのだ。そして、これには鳥瞰図とも言える空からの景色が多く採用されている。須崎十万坪もそうだし、その他にも空からの景色が数多い。俺は、蔦屋さんがそれらを知って誘導しているのでは無いかと思ったのだ。もし、そうなら、組織的には違反に当たる。また、組織もそれを知って今回許可を出したなら、それは何か理由があるのだろうか?
 俺はそんな事を考えていた。まあ、俺がお栄さんや北斎さんを現代の美術館に案内して色々な西洋画を見せたのも、誘導と取られても仕方ない。お栄さんが「夜の吉原を見たい」と言った事とは基本的に違うのだ。
 考え事をしていたら、さきに声を掛けられた。
「そろそろ帰りましょうか。思えば随分時間も経ちました。初回で余り時間が長いと復帰するのに時間が掛かる時もありますからね」
 そうか、それは確かにあると思った。さきは結構体験してるが、俺は二回目。蔦屋さんと広重さんに関しては初めての体験なのだ。
「さきが、意志で転送を終えるように伝えると、間もなく意識がカプセルの中の自分に戻った。
「お疲れ様でした」
 小鳥遊さんが出迎えてくれる。出迎えると言うのは可笑しいが実感としては、そんな感じなのだ。
 カプセルから出て、簡単な検査を受ける。これはちゃんと意識が戻っているかのテストだ。
「皆さん問題は無いようですね」
 検査官の女性が問題の無い事を証明してくれて、俺たち四人は食堂に向かった。時間は既に昼近くなっていたが、動いていないので腹は減っていなかったが喉が乾いていた。適当な席に座りそれぞれが飲み物を注文した。俺とさきがアイスティーで、蔦屋さんが冷たいお茶だった。広重さんは何を頼んで良いか判らず、俺と蔦屋さんの飲物を見比べていたが、蔦屋さんの
「甘い飲み物が嫌なら私と同じが良いでございますよ」
 そう言ってくれたので蔦屋さんと同じものを頼んだ。
「甘味は好きでございますが、これは冷たくて、気持ちが蘇りますなぁ。今の時期に氷りを味わえるなんて、贅沢でございますな」
 そうなのだ。江戸と現代とで一番違うのは恐らく医療だろうが、この真夏に氷りを味わえるのも江戸の人が驚く事なのだ。俺も真夏に江戸でパーティーをするなら、現代からロックアイスを持ち込みたい。
 広重さんは冷たいお茶を殊の外喜んでお代わりを貰いにカウンターに行くので席を外した。さきが付き添いで一緒に行く。俺はその隙に蔦屋さんに尋ねてみた。
「一つ尋ねたいのですが、今回広重さんを装置に掛けたのは『江戸百景』が考えにあっての事でしょうか?」
 俺の質問に蔦屋さんは言葉を選びながら
「そうでございますな。それも頭にありました。でも、『江戸百景』は広重殿の年齢で言えば三十年近く先の話でございます。今回見たからと言ってすぐに、何か作風に変化が起きると言うものでもありませぬ。でもこれからの浮世絵の絵師として確実にこのような体験が生きて来ると思ったからでございます」
 そうか、「江戸百景」は広重さんが今生きている天保六年から数えて二十九年後に取り組む仕事なのだ。今、江戸の空から街を眺めても、それが今すぐどうのこうのと言う話では無いと言う事なのだ。
「まあ、長い目で見れば誘導かも知れませんが、この二十九年間に他にも影響された事があるでしょうね」
 確かに、それは言えるだろうと考えた。
 広重さんが帰って来て、
「さき殿に進められて、餡蜜を頼んでみました。いや、江戸でもありますが、こちらのは色々な水菓子が入っていて綺麗なものでございますな」
 餡蜜の上にはアイスクリームが載っていた。あれを食べた広重さんの顔は一生忘れないだろう。それほど広重さんにとって衝撃的な事だったみたいだ。

 広重さんは蔦屋さんと一緒に安政六年の江戸に帰って行った。
「それではまた、向こうで」
 そう言った蔦屋さんの表情は、また何かを考えている感じだった。