泰造が思っていた以上の事が闇に紛れて行われていたのだ。気持ちを落ち着かせる為にお茶を飲む。美菜が
「鷹村さんもそれに関わっているのですか?」
 いきなり、そんな質問をした。
「私の取扱の品ではありませんが、同僚の扱う品物ではたまにですがありますね。尤も、そんな事は口が裂けても言えない事ですから、こちらも訊きませんが、蛇の道は蛇ですからね。判るんですよ」
 鷹村も口が乾いたのかお茶を飲むと
「正直言います。今更この仕組を変える事なぞ出来ないと個人的には思っています」
 そんな事を口にした。泰造は湯呑みを置くと
「では私にどうしろと? それにそんな情報を漏らして何がしたいのですか?」
 そう言って鷹村に迫った。
「お義父さんをこの道から抜けさせて欲しいのです」
「それなら弟子の私が言うより、義理とは言え息子のあなたが言って忠告した方が良いと思いますがね」
 泰造としては、弟子の自分の事なぞ聞くとは思えなかった。
「実は、それとなく言った事があります。でも『黙ってみていろ』と返されました」
 泰造はその言葉を聞いて
「もしかしてオヤジさんは……」
 泰造が自分の言いたい事を理解したと感じた鷹村は
「そうなんです。私はお義父さんは事実を把握したら告発するつもりでは無いかと思うのです」
 鷹村の言葉を聞いて泰造は
「ありえますね。オヤジさんは妙に正義感の強い所がありますからね。そんな品物が出回るのが許せないのでしょう」
 美菜が二杯目のお茶を入れてくれた
「でも、いくら色を直したものでもお刺身には出来ないでしょう?」
 美菜が鷹村に質問をすると
「それらは勿論刺し身になんかは出来ません」
「じゃあ何になるんですか?」
「ツナ缶ですよ」
「ツナ!?」
「そうです。ツナは今や世界の何処に行ってもあります。どこの国のスーパーの棚に並んでいます。それらは品質もバラバラですが、値段も安いのが多い。それらのごく一部に使われているんですよ。クランチやほぐし身なら誰にも分かりはしない。加工されてしまえば日付の問題もクリア出来る。それに原材料の値段は只みたいなものです」
 鷹村の説明を聞いて泰造は
「世界で取れる鮪の八割以上が日本で消費されるそうですが、私は少し多い気がしていました。日本人は鮪が好きなのは確かですが、いくらなんでも多すぎる気がしていたのです」
 泰造の言葉に鷹村は
「勿論、それがあるから消費が多いと言う訳では無いのです。それに世界では格安で販売されるツナ缶を必要としている地域もあります」
 鷹村の言葉を聴いて美菜は、それは商社マンらしい言葉だと思った。その貧しい地域だってツナ缶が無ければ死ぬと言う訳でもなかろうと思った。
「オヤジさんと連絡は取れているのですか?」
 泰造の質問に鷹村は
「完全と言う訳ではありませんが、数日に一度はメールのやり取りをしています。だからここまでの事が判ったのです」
「ではオヤジさんはヨーロッパでは無く日本に居ると?」
 泰造の言葉に鷹村は
「まず間違いありません。それも近々千住に来るかも知れませんよ」
 そう言ってニヤリとした。
「それはどのような訳ですか?」
「今築地から豊洲に移転する問題で騒がれていますよね。実は千住の連中は一刻も早く移転して欲しいと思っているのです」
 そんな空気があるとは泰造も仕入れに行って感じていた。築地は都内から近いが豊洲ならかなりの距離になる。それなら交通の便が良い千住の方が良いと言う訳だ。
「それに、今なら千住も動きやすい」
 鷹村の言葉に泰造はまさかと思った。
「それは、今なら、品物を動かしても都合が良いと言う意味ですか?」
「その通りです。私の予想ですが、近々オヤジさんは千住に姿を現します。大都の冷凍庫が場外のビルに地下で繋がっている事はご存知ですよね」
「最近知ったばかりですが、北魚だけじゃなく大都とも繋がっていましたか」
「大都の事務所も一時、あのビルにありましたからね。同じ穴のムジナですよ」
 ここまでの事を聞いて泰造は色々な事が繋がって来た感じがした。
「一度、見てみますか? 現場を見たいなら、情報が入ったら教えますよ。海老などは同僚の扱っている品物でしてね。一時東南アジアで海老の病気が流行りましてね。かなりの量が死んだのです。その為、商社は他の地域から品物を買い入れました。それこそ品質をある程度無視して数を揃えたのです。でも生産が回復した今となってはその低品質のものは売れなくなりました。期限までは半年を切っています。それなら年が変わる今が好都合なのです」
 泰造は冷凍海老の品質が下がっていた事は判っていた。この場合の品質とは主に大きさで、海老の大きさは一ポンド当たり何匹あるかで数を表している。
 つまり箱や袋に16/20と書かれていたら、その海老の大きさは一ポンドあたり十六匹から二十匹の大きさの海老だと言う事なのだ。
 以前は大きさが十六に揃えられていたが、病気が流行ってからは二十に揃えてられている。つまり小さくなっているのだ。正直十六と二十ではかなり大きさが違う。庶民的な店などではこの差を埋める為に海老を伸ばしたり、フライ等では衣を多目に付けたりしている。
「そうですか。でも、あなたから情報がバレたと判ったらもう業界には居られないのは無いですか?」
 泰造の言葉に鷹村は
「それは覚悟の上ですが、私の本意はお義父さんを抜けさせる事なのです。業界の悪しき習慣を告発するなんて事はやって欲しく無いのです。おとなしく余生を過ごして欲しいと考えています」
 それも鷹村の本音なのだろう。

 鷹村は「近くのコインパーキングに車を停めてありますから」と言って酒を勧めても呑もうとはしなかった。
 店の外で見送った泰造が店に入って来ると美菜が
「何か、変なところがあると感じたのだけど、それが何か判らない」
 そう言ってテーブルに頬杖をついて考えていた。
「ま、何かを隠してるのは判ったけど、わざと知らんぷりした。そのうち連絡が来るだろう。その時が勝負だ。さあメシにしよう!」
 そう言って食事の支度に取り掛かった。

 数日後、鷹村から泰造に連絡が入った。