学校の手前で自転車を降りて並んで歩く。後から山縣が声をかけて来て
「おはよう! 憲司と愛川さん何かお似合いの感じだよ。うん、良い感じだね」
 そう言って先に走って行ってしまった。山縣の奴……そう思って横の陽子を見ると真っ赤な顔をしている。前の俺なら慌てて何か言うだろうが、今の俺は様子を見る為にすぐには反応しなかった。この辺はオヤジの悪知恵かも知れない。陽子は俺の方を見て
「お似合いだなんて……高梨くん……」
 この辺で何か気の利いた事でも言えれば良いのだが考えた挙げ句
「俺は嬉しいけど、愛川には迷惑だったかな?」
 そんな事しか言えなかった。ヘタレなのは直らないのか? だが陽子は
「山縣くん。良い人なんだね。お似合いって言ってくれて嬉しい」
 そう言って俺をまたまた慌てさせた。
 学校に着いて教室で一足先に来ていた山縣に
「ありがとうな。愛川喜んでいたよ。本当の彼女になれるかも知れない」
 そう言うと山縣は笑いながら
「何言っているのさ、自転車で二人乗りするなんて付き合ってるって公言しているも同じじゃないか。どうかしてるぞ」
 山縣に言われて、この頃の交際している基準を思い出した。そうだ、そう言われていたんだ。昔の事なので忘れていた。

 放課後は図書当番なので、陽子と揃って図書館に向かう。
 既に司書のの先生が待って居て、全員揃うと
「ご苦労様、それぞれのE組の委員の皆さんご苦労様です今日から一年間宜しくお願いしますね」
 そう言ってくれたので俺らも
「宜しくお願いします」
 そう挨拶をして業務が始まった。
 女子三人は貸し出し業務を担当し、男子は返却業務を担当する。返却業務は作業にムラがあるので、暇な時間は図書館の本が並んでいる棚の整理をする。図書を見た後にきちんと元の場所に入っているとは限らないからだ。きちんと元の場所に戻して、そして一定の並びになるように均一に整理していくのだ。
 慣れない事と金曜なので結構図書の出し入れが多いので忙しかった。気がつくと閉館時間になっていた。それぞれの委員が自分の仕事を終えると司書の先生に報告する。そして最初の当番は終わった。
 陽が長くなり、この時間でも未だ若干明るい。俺は自転車を出して来るので、昇降口で待っている様に陽子に言って自転車置き場から自転車を出して来た時だった。昇降口の陰で陽子が誰かと話をしていた。そっと脇から近づき様子を伺う。陽子とは角があるので見えないが声はハッキリと聞こえた。
「もう少し注意して行動して下さいね。そうしないと許可した私の責任になってしまいます。あなたらしく無いと思うけど……頑張って下さいね」
 声は女性の声だ。それも年齢の行った声で初老を感じさせた。そっと壁の角から目だけを出して覗くと、声の主は黒いスーツを来た初老の女性だった。俺はこんな教師がこの学校に居たのかと思ったが前と違う部分もあるので、俺が知らないだけだとこの時は考えた。
「すいません。ちゃんとやりますので」
「信用していますからね。じゃ」
 陽子がお辞儀をしている。黒い教師は陽子に背を向けると夕暮れの中に消えて行った。
 俺は二三分時間を稼ぐと素知らぬ顔で陽子の前に出た。
「ごめん、ちょっと時間が掛かってしまって」
 今聴いた事は知らぬ顔をする。この辺は自分でも腹黒くなったと実感する。本当にオヤジ丸出しだよな。
「ううん、大丈夫だよ」
 そう言って陽子は後ろの席に乗って来た。果たして先程の先生が言っていた事は何なのだろう? 陽子の成績の事だろうか……そこが妙に引っ掛かった。
「図書の仕事もやりだすと大変だけど面白いと思ったわ」
 陽子が今日の図書委員の事を話す
「そうだね。今までは 何気なく借りていたけど、あんなに整理していたとは思わなかったよ」
 これは俺の嘘偽らざる考えだった。

 陽子を家の前で降ろすとそのまま別れた。
「じゃあ、明日」
「うん、明日ね」
 自転車を漕ぎながら後を振り返ると陽子が手を振っていた。俺も片手を上げる。
 それにしても、陽子が急に積極的なのは何故なのかと心に引っかかる。笑顔で見送ってくれる陽子の姿が何時までも心に残った。
 家に帰ると妹が近寄って来て
「お兄ちゃんの彼女って愛川さんだったんだ」
 何処かで見かけたのだろうが、何で妹が陽子の事を知っているのだろうか?
「お前、何処かで見たのか?」
「うん、さっき商店街で見かけたよ。綺麗な人だね。あんなお姉さんならいいなぁ」
 見られていたのは仕方ないとしても、何故陽子の事を知っているのだろろうか? それに知っているのにどうやら見たのは初めてらしかった。それも疑問だった。
「お前、何故愛川の事を知っているんだ?」
「クラスの男の子が教えてくれたの。お前の兄ちゃんの彼女は愛川陽子って言って、中町中学では余所の中学から見に来るほどの評判の女子だったって。だから今日偶然だけど二人乗りしてる姿見て納得したのよ」
 陽子がそんな他校から見学に来る程の子だったとは初めて知った。前の世界では美人で可愛いのは同じだが、そこまでの評判ではなかったはずだった。
「まあ、未だ彼女じゃないよ。そうなったら家に連れて来るから」
 取りあえず事実だけを告げる。自転車で二人乗りしただけで彼女とは呼べないだろう。
 部屋に入ってまた考える。俺は死神にもう一度だけやり直しをすることを許された身だから、以前の記憶も持っている。それだから前の世の陽子と比べてしまうのかと考えた。何も知らなかったら陽子の性格は開放的な方だと思ったろう。そうなのだ、それだけの事なのだと思い直した。なまじ前の事を覚えているから戸惑うのだと考えた。
 眠ろうとしたが、不意に先程の黒いスーツの教師の事が思い出された。あの人は一体何の教師だろう? それも心に引っ掛かった。

 土曜日の朝、迎えに行くと丁度陽子が玄関に出て来たところだった。
「おはよう!」
「やあ、おはよう」
 今日は陽子が乗り易いように後席に薄いクッションを引いていた。
「クッション引いてくれたんだ。ありがとう」
 そう言って陽子は昨日と同じように横座りして来た。回された腕の感触を楽しみながらペダルを漕ぎ出す。
「ねえ、後少しすると中間試験だけど一緒に勉強しない?」
 突然陽子が提案してきた。前の時も交際を始めてからは良く一緒に勉強したものだった。尤も勉強の出来は陽子の方が遥かに良いので、俺は教わる事が多かったのだが、今度はどうだろう。今の授業は俺にとっては昔より遥かに理解出来ている。かなりやれる様な気がするのだが……。
「俺は構わないよ」
 そう答えると背中から
「じゃあ、決まりね。約束よ」
 嬉しそうな陽子の声が聴こえた。