どうやら他の衣装にイタズラはされてはいない様だった。
「じゃあヒロインの娘を妬んでイタズラしたのですかね」
 翠ちゃんが早速推理を開始する。
「でも実際は衣装係の娘が被害を受けたのだから、そう一概には言えない気がするけどな」
 僕は先ほどから考えていた事を口にした。すると柳瀬さんが
「そうよね。衣装にイタズラされて実際に被害を受けるのは衣装係だものね」
 そう言いながらイタズラされたヒロインの衣装を手に取った。それを見て柳瀬さんの表情が若干変わったのを僕は見逃さなかった。僕はミノに合図をして、物陰に来て貰った。
「どうした葉山、何か気がついたのか?」
 ミノは部長として責任を感じている筈なのだろうが明るく振る舞っている。
「衣装って一着しか無いのかい? 予備とかあるとか……」
「うん、確かにあるけど、それは今日は持って来て無いよ」
「どうして?」
「だって、あくまで予備だから、何かあった場合明日持って来る事になっているんだ」
「と、言う事は予備は学校にあるのかい?」
「ああ、部室に保管してあるよ」
 僕はそれを聞いて、ある種の危機感を感じた。恐らく柳瀬さんもそれを感じたのだろう。表情が変わったのはその為だと思った。
「ゆーくん、学校に戻って確かめないと」
 やはり僕の考えと柳瀬さんの考えは同じだと思った。
「タッくん。悪いけど車のキー貸してくれる? 市立に戻りたいのよ。確かめたい事があるから、それが終わったら直ぐに帰って来るから」
 柳瀬さんは市立からこの市民ホールに来る時に乗って来た車の持ち主からキーを借り受けると
「行くわよ!」
 僕の腕を掴んで走りだした。
「柳瀬さん免許持っていたのですか?」
「先週取ったの! だから大丈夫よ!」
 何が大丈夫なのだろう……まさか、免許取って最初の運転?
「大丈夫よ。わたし運転上手いから」
 柳瀬さんは僕の不安を見越していたのだった。
 地下の駐車場に降りて車に乗り込むと柳瀬さんはエンジンを掛けてゆっくりと走り出した。確かに思ったより運転が上手だった。
「実はね、教習所に通ってる間にもパパに乗って貰って深夜に練習していたのよ。だから随分運転はしてるのよ。これ秘密だからね。ゆーくんだから言ったのよ」
 そんな秘密を打ち明けられても僕には一向に関係ないと思うのだが、どうやら柳瀬さんは僕と運命を一緒にしたいと思っているようだ。
「もし事故っても二人一緒だから構わないわよね。新聞なんかにも『高校生と大学生コンビ』とか書かれるでしょう」
 そんな事を言って僕を横目で見ていた。柳瀬さん、それは良いですけど前を向いて下さい!
 車は表に出ると捕まらないギリギリの速度で車を走らせて市立に乗り付けた。降りると急いで演劇部の部室に向かう。
 もどかしく鍵を開けると衣装をしまっている棚に向かう。僕には何が何処にしまってあるのか一向に判らないが柳瀬さんは迷わずにやや大きめの衣装ケースを指差して
「ゆーくん、それを卸して欲しいの」
 言われた衣装ケースを卸すと柳瀬さんが蓋を開けた。そして中の衣装を調べると、それは無残にもビリビリに引き裂かれていた。
「犯人の目的はこっちだったのですね」
「酷い! これなら補修が出来ないわ。替えが無い状況を作り出してから、さっきの犯行を行ったのね。明日気がついたなら間に合わない所だった」
 柳瀬さんの顔色が変わって来た。そして僕に
「演劇部のOBとして許せない! ゆーくんわたしに協力してね! 一緒に犯人を捕まえましょう」
 そう言って僕の手を掴んで潤んだ瞳で僕を見つめて来た。そんなに見つめられたら僕は……僕は柳瀬さんの背中に両腕を回すとしっかりと抱きしめた。
「嬉しいわ……やっぱりゆーくんはわたしなのね……こんな場面があるなら誰かスマホで写真を撮ってくれないかしらね。それをあの娘に見せつけてあげたのにね」
 気が付くと目の前の柳瀬さんは僅かに笑って嬉しそうな表情をしていた。先ほどの潤んだ瞳は演技だったのかしら?
 そう思っていたらいきなり口を塞がれて濃厚で柔らかいものが僕の口の中に入って来てかき回して抜けて行った。
「今のは手付みたいなもの。事件が解決したら、わたしの全てをゆーくんに捧げるからね」
 柳瀬さんはそう言って僕の事を抱き締めてくれた。これって他の人が見たら完全にラブシーンではないだろうか?
「今回は出来れば伊神さんは呼びたくないわね。わたし達二人で解決しましょうね」
 柳瀬さんはそう言って僕の腕を掴んで停めてあった車に乗り込んだ。市民ホールに帰る道すがら
「でも、犯人の目的がイマイチ判りませんね」
 僕が柳瀬さんに疑問を言うと
「どう言う事? 目的は公演の妨害でしょう?」
 そう言って反論して来た。そこで僕は運転をしている柳瀬さんに分かり易く説明をした。
「だって演劇部に詳しい者なら今回の公演に、僕や柳瀬さんが手伝いに来ると言う事は判っていたはずです。それなのにこれまでの犯行は直ぐにバレるものばかりです。本来の妨害の工作の本命は別にある気がするんですよ」
「確かにわたし達なら直ぐに気がつく事ばかりね……じゃあこれから何か起きるのかしら?」
 それも否定出来ないし、もう仕込まれてしるのかも知れない。
「柳瀬さん……犯人の目的が僕と柳瀬さんを市民ホールから遠ざけるのが目的だったら?」
 僕の言葉を聴いた柳瀬さんの顔色が再び変わり
「ゆーくん、少し飛ばすからしっかり掴まっていてね」
 そう言ってアクセルを強く踏み出して車の速度を上げたのだった。