昨日の続きです。構想ではこの後もあるのですが、現在書けていません。何時か必ず書くつもりです。

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 窓に降り始めた雨粒が特急列車の窓に乱れた網様を描いていた。雨は本降りになっていた。

 列車は静かに神山駅を離れ名古屋に向けて走りだした。もう、暫くはこの風景ともお別れだ。そして、正直、当分の間は帰って来たくはなかった。

 心残りと言えば正直、千反田の事だった。何の力にもなれなかった己の甘さと無力を呪うばかりだった。

 家を継がなくてはならない千反田にとって、結婚は甘いだけの話では無い事ぐらい、とっくに理解していなくてはならなかったはずだ。それを忘れて、未だに高校時代の余韻に浸っていた自分が哀れと言うか酷く幼く思えてしまった。そう、千反田には俺よりも相応しい人間が居ると思った。財力があり俺よりも有能な人間が、あの家の婿に収まるべきだった。千反田の言葉はそれを改めて認識させてくれた。ただ、それだけだったのだ。列車は段々と速度を上げて行く。神山が次第に遠くなって行く。

 不意に携帯のメールの着信音が鳴った。開いてみると里志からだった。黙って居なくなったのでメールを寄越したのだろう。文面を読んでみると信じられない事が書かれてあった。

『ホータロー、千反田さんが言った事は嘘で、交際している者なんかいないんだ。だから、今直ぐ戻って来て欲しい』

 まさか……続けて着信音が鳴った。今度は登録していないアドレスからだった。これも開いてみると

『千反田です 摩耶花さんからアドレスを教えて戴きました。先ほどの事は忘れて下さい わたしは今でも……』

 最後の言葉はなんだったのか そして先ほど言った事は嘘だったのか だが、俺は気がついてしまった。千反田の隣に立つ男は俺では無いと……俺では不足なのだと……

 二人に返信をする。

『今度の事で俺は理解した。俺は千反田にとって相応しく無いと、もっと相応しい人間が居るはずだと……だから俺は東京に帰る。その人物が千反田の隣に立つだろう 二人共元気で居てくれ』

 そう入力して、送信ボタンを押す。そして電源を切る前に以前から頼まれていたボランティアに参加の旨を書いて送信した。

 頼まれていたボランティアとは、北海道の植物園での作業で、植物の手入れだという。何でも関東よりひと月遅く開花する花菖蒲の株分けと植替えの作業をするのだという。聞いたところによると、関東では七月の始めか早ければ六月の終わりには植え替えの作業をするのだという。本来、花菖蒲は三年に一度株分けをしなければならす、これは手作業で行われるので人出が必要らしい。そこで、大学にもボランティアの募集があり、教授の勧めもあり考えていたのだ。勿論千反田との事が上手く行けば、参加はしないつもりだった。最低限の交通費と滞在中の宿泊先や食事は出して貰えるそうだ。

「北の大地で夏を過ごすのも悪くはない」

 列車はトンネルへと入って、神山が次第に遠くなって行った。



 列車が去ってしまうと、改札を出て改めてタクシーに乗り、ホテルに向かいます。もしかしたら、福部さんか摩耶花さんが折木さんの連絡先を知っているかも知れないと思ったからです。どうしても折木さんと連絡が取りたいのです。わたしの浅はかな考えで彼を傷つけてしまいました。そのお詫びもしたいのです。

 ホテルに到着して同期会の会場に戻ります。すぐに摩耶花さんと福部さんが来てくださいました。

「間に合わなかった

「はい、折木さんを見つける事は出来ませんでした。列車も後ろの方しか確認出来ませんでした。多分乗っているとは思うのですが……」

「判った 折木にメールしてみる。ちーちゃんにも教えてあげるから連絡してみて」

 摩耶花さんは赤外線で折木さんのメールアドレスを教えて下さいました。電話番号は福部さんが教えて下さいました。これで何時でも連絡出来ます。

 わたしも、摩耶花さんに続いてメールを打ちます。わたしからだと判らないかも知れませんが出来れば読んで欲しいです。

『千反田です 摩耶花さんからアドレスを教えて戴きました。先ほどの事は忘れて下さい わたしは今でも……』

 最後の部分はこの次に逢った時に直に伝えたいのです。『お慕いしています』と……

 でも、暫く間があって摩耶花さんとわたしに同時に着信がありました。

『今度の事で俺は理解した。俺は千反田にとって相応しく無いと……もっと相応しい人間が居るはずだと……だから俺は東京に帰る。その人物が千反田の隣に立つだろう 二人共元気で居てくれ』

 そんな訳はありません

 わたしは、大きな間違いをしてしまった事に今更ながら気が付いたのでした。わたしのために折木さんを不幸には出来ないと思いつつ、では、他の誰かが自分の隣に立つ事なぞ思いもしなかった……それが事実です。一人で陣出と一緒に沈んで行く覚悟だったのです。でも、それが間違いだったと気が付いたのです。

「大丈夫 供恵さんに東京の住所を教えて貰うから、暇を作ってそこに行けば良いと思う 直に逢って、想いを伝えれば良いと思う」

 摩耶花さんはそう言ってわたしを励まして下さいました。わたしはこんな事態になって、自分がどんなに折木さんの事を想っていたのか、改めて判ったのです。

「もうすぐ中締めだから、希望者は二次会に行くと思うの、ちーちゃんは行かないでしょう

 摩耶花さんが時計を見ながら確認します。そうです、折木さんの居ない会には出ても仕方がないと思いました。

「そうですね……出来れば、折木さんの実家に行って供恵さんに東京の住所を尋ねたいと思います」

 摩耶花さんには本音を伝えます。何としてでも東京に行き折木さんと直接お逢いして誤解を解きたいのです。

「判った わたしもそれが良いと思う 供恵さんにはわたしから連絡しておくわ」

「ありがとうございます

 会場では司会者の方が最後の挨拶と連絡事項を述べていました。

「え~楽しい時間も、そろそろ終了が近づいて参りました。名残惜しいですが、一次会はこれで終了致したいと思います。この後二次会がありますので、どうぞ多くの方の参加をお待ちしています。その前に、神山高校の校歌を斉唱して、三本締めで終わりたいと思います」

 そして、神山高校の校歌の演奏が流れ始めました。二百名の同期がそれぞれ校歌を口ずさんでいます。わたしも口ずさんでいると、不意に、古典部での楽しかった事が思い出されて来ました。「氷菓」の文集づくり、夏の合宿、映画騒動、文化祭、そしてわたしにとって忘れられない、二人で図書館に行った事、お正月の初詣と納屋に閉じ込められた事、折木さんの本質が垣間見えたチョコレート事件。そして、何と言っても「生き雛祭り」での告白。学年が変わったマラソン大会での事、更に折木さんの過去を聞いた稲荷社の掃除。全てがわたしにとって忘れられない出来事ばかりでした。それなのに……いつの間にか頬を熱いものが流れていました。

 三本締めが終わると、急いでエレベーターに乗り玄関に向かいます。折木さんの実家に行き供恵さんから東京の折木さんの住所を訊く為です。わたしはこの時、時間さえ合えばそのまま、すぐに東京に行くつもりだったのです。

 見覚えのある家の玄関の呼び鈴を押すと、供恵さんが出てくれました。

「えるちゃんいらっしゃい 伊原さんから連絡貰ったわ。よく来てくれたわね。さあ、上がって

「ご無沙汰しています。今日は、どうしてもお訊きしたい事があってやって参りました」

 わたしのただならない様子に供恵さんも事情を察してくれて

「何かあったのね。もしかして奉太郎と何かあったのね

 わたしは、そこで今日あった事を全てお話しました。

「全く……単細胞なんだから……女心を全く判っていないのね……えるちゃんも苦労するわね。ごめんね、あんな間抜けな弟で」

 さすが供恵さんでした。わたし達の深い事情も察して下さいました。そしてペンでメモ用紙に詳しい東京の住所と最寄りの駅からの地図まで書いて下さいました。

「でもね、もしかしたら、あいつ何処かに行くかも知れないわよ」

「え、どういう事でしょうか

 わたしは、直ぐには供恵さんの言っている意味が理解出来ませんでした。

「あのね、あいつの事だから、夏休みだし、何処か別な所に行く気がするわ。毎年夏休みはボランティアをしているから、今年もやると思うのよね。だから、東京を離れる可能性があると思うの」

 東京を離れて何処に行くのでしょうか……不安だけが募ります。

「いいわ、ちょっと待ってなさい。調べて見るから、時間は掛らないから上がって待っていて」

 お言葉に甘えて上がらせて戴きます。リビングに通されて、アイスティーを入れて下さいました。その間に供恵さんは何箇所か連絡をしています。そして……

「判った事があるわ。今年もボランティアの紹介があるそうよ。これはわたしのツテであいつの学科に居る者から聞いたのだけどね、まあ、「女郎蜘蛛の会」の関係なんだけどね。あいつの性格なら、今年も、そのボランテイアに応募すると思うのよ」

 供恵さんはわたしの考えていた以上の事を話されました。ボランテイアですか……

「何処に行くのでしょうか

「何でも北海道だって……植物園での作業らしいわ。札幌の郊外にあるそうよ……」

 北海道……北の大地です そして、わたしの想像外の場所でした。でも、折木さんがそこに居るなら、その場所に行けば逢えるなら行かねばなりません。わたしは、今後の予定の事も考えながらも北海道に行く気になっていました。

「詳しい事が判ったら連絡を入れるから」

 供恵さんが、そう言って下さいましたので、わたしの携帯番号とメールアドレス、それに京都の住所を教えました。

「わたしの方が、奉太郎よりえるちゃんに詳しくなっちゃったわね」

 明るく冗談を言いながらの供恵さんの言葉にわたしは安堵感を覚えるのでした。




 新幹線が新横浜を過ぎ、降りる支度をする。携帯の電源を再び入れるとメールセンターに留まっていたメールが一気に到着した。幾つかあったが、里志と伊原からのものが殆んどだった。その他にはボランティアの返信もあり、こちらの希望通りの日程になったとの返信だった。これで三日後から北海道に行けると思った。

 そして千反田からも一通届いていた。開いて見ると、姉貴から東京の住所を教わった事が書かれていた。東京に着いた頃に電話すると書かれてあった。

 千反田は、彼女なりに俺の事を考えてくれたのだろう。それが二人が結ばれない道筋だったとしても、家を存続させるためには仕方が無かった事なのだろう。それは俺にも判る。甘かったのは俺の方で、今更ながら自分の力で何とかなる、等と思っていた事が恥ずかしかった。俺は千反田には兎も角、あの家には相応しく無い……そう思い込む事にした。そうで無ければ自分の気持ちが、どうにかなりそうだった。

 列車が品川に到着した。デッキに出て降りる事にする。ここから山手線に乗り換えて数駅。更にそこから私鉄の駅で三つ目が俺のアパートがある街だ。今日は何も考えずに眠りたい。酷く疲れた感じがした。

 アパートに帰ってコーヒーを沸かしていると携帯が鳴った。知らない番号だった。千反田かも知れない。今は余り話したく無かったが取り敢えず出て見る事にする。

「はい、折木ですが……」

『ああ、よかった 千反田です 千反田えるです

 やはり千反田だった。かなりテンションが高い。

『折木さん、逢って戴けますか どうしてもわたしの本当の気持ちをお話したいのです』

「今日、逢って話したろう あれでは不足なのか

『はい わたし、勘違いしていました。そして嘘も……自分の事ばかりで、折木さんの本当の気持ちを考えていなかったのです。だから、直接お逢いして自分の気持ちを伝えたいのです』

 千反田が嘘をついていたと言う事は里志がメールで教えてくれたが、本質はそうではない。俺は気がついてしまったのだ。千反田家に婿として入るのは俺では駄目なのだと……俺では能力不足なのだと……

「逢うのは構わんが、俺は暫く遠くに行く事になっている。三日後から東京には居なくなる。だから暫く逢えない」

『北海道に行くと供恵さんから教えて戴きました』

 何と言う事だ。姉貴はそんな事まで調べ上げていたのか……そうか「女郎蜘蛛の会」か、俺の学科に後輩だが神山高校出身者の女学生がいた事を思い出した。そこから情報が漏れたのか、やはり油断のならない奴だと改めて思った。

「北海道までは来れないだろう。秋になってからでも逢うしかないな」

『いいえ 折木さんが北海道にいらっしゃる内にお伺いします わたし本気なんです

 本気……そこまで思ってくれているなら、俺の方には何も無い

「判った。ボランティア先の植物園の事を話そう」

 俺は、ボランティア先の植物園の住所や連絡先等を教えた。

「ありがとうございます 必ずお伺いします

 千反田の弾んだ声が耳に残った。だが、逢って話をしたところで、そうは考えが変わるものでは無いだろう。それは現実と言うものがあるからだ。こればかりは致し方無いのだ……

 夏の北海道は久しぶりです。以前両親と来て以来でした。新千歳空港から列車に乗り札幌市内を目指します。札幌で地下鉄に乗り換えて終点まで行き、そこからバスに揺られて暫く走ると目当ての植物園があります。今は楽になりました。調べるのも簡単に出来ます。以前だったら観光用のガイドブックを買ったり、地図で調べたりしなければなりませんでした。それがネットで調べてプリントアウトすれば事足りるのですから。

 大学の実験がひと段落しましたので、次の実験の準備を少し先延ばしして時間を作りここ北の大地にやって来たのでした。勿論、折木さんにお逢いする為です。本当はこの時期は前の実験のレポートを書かなければなりませんが、ノートパソコンを持参して、旅先で仕上げるつもりです。

 植物園前のバス停で降りて歩き出します。すぐ目の前に植物園の門があります。入り口で入場券を買い求めて入ろうとすると係の方が

「今は園内のあちこちで色々な作業をしていますのでご不便をお掛けします。それらにご注意しながら園内をお歩きください」

「ありがとうございます。実は園内でボランティアの作業をしている方に逢いに来たのですが……」

「そうですか、内地からですか

「はい京都からです」

「それは遠くからご苦労様です。ところで何のボランティアかお分かりになりますか

「はい、何でも花菖蒲の株分けの作業だとか」

「ああ、、それなら奥の池の向こうの田んぼです。池を目指して行けばすぐに判ります」

「そうですか、ありがとうございます。行ってみます」

 わたしは、歩き出しました。かなり大きな植物園で、案内図を貰って、それを見ながら奥に進みます。北海道とは言え夏はやはり暑く汗が吹き出します。夏用の白い帽子を被って来て良かったです。

 池はすぐに判りました。池の廻りには恐らく藤の木でしょう。池を囲むように植えられています。花が咲く頃はきっと見事でしょう。迂回して更に奥に進むと、「菖蒲田」と書かれた立て札が立っていました。その先には恐らく以前は花菖蒲が植わっていたであろう田圃が耕された状態で広がっていました。田圃の合間の広場ではテントが設営されその下でいく人もの人が作業していました。あそこに折木さんが居るのでしょうか。

 作業をしている方の邪魔にならないように奥に進みます。折木さんがいました。麦わら帽を被って軍手をして短く切った花菖蒲を小分けにしています。株分けをしているのですね。地道だけど大事な作業です。花菖蒲は三年に一度株分けをしないと新しい芽が出なくなってしまうのです。一株ごとに行うので人出が必要なのです。それでボランティアだと理解しました。わたしの家にも花菖蒲が植わっています。わたしも手伝いで株分けをするので馴染みがあります。

「あのう、わたしも他所で花菖蒲の株分けをした事が数回ありますので、お手伝いしたいのですが

 作業をしている方の中で頭目らしい人に話しかけます。その声に折木さんが気が付きました。

「千反田……」

「あれ、折木君の知り合いかい

「はい、高校の同級生です。農家の娘なのでこのような作業は慣れっ子なのです」

「そうですか、それでは良かったら、お手伝いして頂けるなら大歓迎です」

 そう言って軍手を貸してくださいました。折木さんの隣に座って株分作業を行います。今日はこんな事もあるかと、パンツ姿で来たのです。

「来ちゃいました

 にこにこしながら折木さんに言うと

「手伝うなんて聞いていなかった。汚れるぞ

「大丈夫です。わたし素人ではありませんから。農家の娘ですから」

「そうだったな。忘れるところだったよ」

 掘り上げられた花菖蒲の株を幾つかの大きさに割って行きます。これは土を落として古い根を分けて行くのです。最終的には一芽ぐらいの大きさまで分けて行き、花の種類ごとに纏めておきます。全て終わったら先程の掘り返した田圃に植えて行くのです。

「俺より慣れているな……全く油断ならないな」

「そうですよ。他にも折木さんが思っているのとは違う面もありますよ」

「どんな事だ。俺なりに判っているつもりだがな。お前の隣に立つ人物は俺では無い事は確かだ」

 折木さんはわたしの方を見ずに手元の作業に目を落としたままでした。

「それが違っています。わたしは今でも折木さんをお慕いしています。だから、わたしは折木さんと将来は一緒になりたいのです。駄目ですか

 わたしのストレートな言い方に驚いたのか、あるいは他の方が居るこのような場所でわたしが大事な事を言ったのに驚いたのか

「お前……それがどんな意味を持っているのか判って言っているのか

 そう言って私の顔をまじまじと見つめました。

「もうすぐ休憩になる。その事は休憩になってから相談しよう」

 この時、正直折木さんの心の端は掴めていれば良いと思いました。


 休憩になり、植物園の休憩所に行きました。三十分のお休みです。折木さんが缶のココアを買ってくれました。自身は缶コーヒーを買いました。そして、テーブルに座ると

「良く来たな。まさか本当にここまで来るとは思わなかった。大学の方は大丈夫なのか

「はい、丁度研究の合間ですから……それより、折木さんにお逢いするのは、わたしには大事な事ですから」

「そうか、じゃあ俺の気持ちを正直に言おう。俺は今でもお前が好きだ。だが、好きだからと言って一緒になる訳には行かない」

「どうしてですか 先ほど言ったようにわたしも折木さんをお慕いしています。好きな者同士が何故一緒になれないのですか

「なあ、俺はこれでもお前が背負っている物を多少は理解したつもりだ。一時はお前の隣に立てるかと思った。だが、実際はお前には俺よりも相応しい人物が沢山居ると理解したんだ。千反田家を守ると言う事に、甘い惚れた腫れたは入る隙間も無いんだよ。そんな甘い事では無いと気がついたんだ。俺ではお前は幸せになれない……」

 折木さんの言って居ることは以前わたしが言っていた事の裏返しです。そうではないのです。

「折木さん……確かにわたしは陣出の農家が幸せになる方法を探る為に勉強をしています。その点では間違っていません。でも、それは、わたしが一緒になって頑張れる方と一緒になっている事が前提です。わたし、折木さん以外の方と頑張りたくありません 他の人では駄目なのです 折木さん以外の方は考えられないのです

 心の底ので長い間思っていた事でした。

「千反田……お前……」

「折木さんと一緒に頑張って成果が出なくても納得出来ます。でも、他の方と一緒になって成果が出てもわたしは嬉しくありません。わたし、折木さんとなら、どんなに困難になっても乗り切れる覚悟が出来るのです。他の方と一緒になるくらいなら独り身を貫きます」

 暫く無言の状態が続きました。

「俺は能力の無い人間かも知れない。お前の見込み違いかも知れない。千反田家を潰してしまうかも知れない。それでも良いのか それで満足出来るのか

 それは折木さんが自分で自分の心に問う事も兼ねていたのかも知れないと思いました。

「勿論です わたし、折木さん以外に心に留めておいた方はいませんでした。本当です。余りにも折木さんが好きなので、折木さんの人生を壊してしまうのが、怖くなってしまったのです。お願いです……これからの人生でわたしの……」

「わたしの

「……傍に居てください……」

 それから何があったのかは覚えていません。気が付いたら、何時の間にか折木さんの胸に抱かれていました。暖かく広く優しい胸でした……

「千反田、俺の方こそ逃げていた。失敗を恐れて逃げていたんだ。だが、お前の本当の気持ちを知って俺にも覚悟が出来た。精一杯頑張ろうと思う……受け止めてくれるか

「勿論です。ずっと傍に居てください……二度と気持ちが離れるのは嫌です……」

「ああ、分かつたよ。この手を二度と離しはしない……」

 気が付くと、休憩時間が終わる頃になっていました。

「今日は、最後までお手伝いします。いえ、させてくださいね」

「ああ、それなら今日は一緒に居られるな」

「はい

 作業のテントに行くと他のボランティアの女性達が

「折木くん。彼女さんだったんだ 綺麗で可愛い人ね。モテるのね」

 そんな事を言って笑っています。

「千反田えると申します。宜しくお願い致します」

 自己紹介をして頭を下げます。

「宜しくね」

 そう言って各自自己紹介をしてくれました。その日は作業が終わるまで冷やかされてしまいました。でもそれも嬉しかったのです。

 その晩は私の宿泊先のホテルで一夜を二人だけで過ごしました。一生忘れられない一夜になりました。

 こうして、北の大地での日々は過ぎ去って行きました。

 でも、わたしも折木さんもこの時は、ひと時の甘い感情に目が眩んで、これから起こる大変な事……陣出の地を復活させる事の難しさや、二人の仲を引き裂さいて自分達の利益を追求しようとする人達が居るとは思っても見ませんでした。


                  第二話    終わり