氷菓二次創作  「摩耶花の嘘」

 二月のバレンタインの騒動は今年も神高中を巻き込んで賑やかに繰り広げました。当日は校内の至るところで女生徒から真心が篭ったチョコを貰う男子生徒の姿が見られました。
 古典部でもわたしの親友の摩耶花さんが今年も本当に素敵なチョコを作り、今年は無事に福部さんに手渡すことが出来ました。
 でも、それを知ったのは翌日でした。なぜなら、お二人は十四日は古典部にはいらっしゃらなかったからです。
 きっとお二人何処かで行なったのだと思うのです。それもきっと水入らずで素敵だと思います。
 その日の古典部はわたしと折木さんだけでした。二年になり「漫研」を退部なされた摩耶花さんはかなり頻繁に古典部に顔を出してくれるようになりました。でもこの日はわたしと折木さんだけだったのです。
 わたしと言えば相変わらず今年も折木さんにバレンタインの贈り物はしませんでした。折木さんもそれが判っていたようで、普段と変わりありませんでした。
 お茶を入れて、わたしが家から持って来た貰い物のお菓子を出して、二人で食べたのです。何時もと変わり無い時間が過ぎて行きました。そして翌日、摩耶花さんから無事に福部さんにチョコが渡った事を聞かされたのです。心の底から良かったと思います。昨年のような事は二度とあってはならないと思うのです。
「ちーちゃんは、今年も折木にあげなかったんだ?」
「はい、それは事前に伝えてありますから」
「でも意外だな。料理上手のちーちゃんが、作らないなんて……何か不思議。でもあげない事が何よりの愛情表現なら仕方無いわね」
 愛情表現はオーバーですが、折木さんは事情を理解してくれていますから……
 そう思っていたのですが……

 バレンタインから数日後のことでした。掃除当番でしたので、教室を掃除したゴミをゴミ箱ごと焼却場に持って行った時でした。
 わたしが行った時には数人の生徒が並んでいました。わたしは一番後ろに並んで順番を待っていました。その時です。かなり前の方から男子生徒同士の声が聞こえました。
「折木の奴、誰からもチョコ貰え無かったみたいだぜ。義理も無かったそうだ」
「折木って言えば確か……いたろう? 名前は……」
「千反田さんだろう!」
「そう、千反田さん。彼女と付き合ってるんじゃ無かったのか? あれは単なる噂に過ぎないのか?」
「そうだな……じゃあ、俺がアタックしてみるか!」
「ムリムリ、相手は神山でも名家の令嬢だぜ。俺たちとは違うよ」
「そうだな~誰か相応しい相手を探すことにするよ」
 どんな顔をしているのかは確認出来ませんでした。二人はゴミを捨てるとわたしが来た方とは逆の方に歩いて行ってしまったからです。でも、話の内容からきっと折木さんと同じクラスだと感じました。
 わたしは、その話を聞いて折木さんに申し訳なく思いました。自分の都合だけで、折木さんにつまらない思いをさせてしまったからです。
 形だけでもあげれば良かったと後悔しました。
 掃除が終わり古典部に向かいます。地学講義室には既に摩耶花さんがいました。
「あ、ちーちゃん、どうしたの? そんな暗い顔をして?」
 わたしの思っていたことが顔に出ていたのでしょうか? 摩耶花さんには嘘はつけないと思いました。正直に先ほど聞いた事を話します。
「なんだ! そんなこと気にしなければ良いのよ。事情を全く知ら無い人間の言う事なんか気にしない方が良いわよ」
 摩耶花さんの言う通りなのでしょう。でもわたしとしては心苦しいことに変わりはありませんでした。
「でも折木にはクラスの者がそんな噂をしていたなんて言えないわね。でも気にしなくて良いと思う」
 摩耶花さんはそう言ってくれて、その後迎えに来た福部さんと一緒に帰って行きました。今日は折木さんは来ませんでした。何か用があったのでしょう……

 それから折木さんは古典部にあまり来なくなりました。摩耶花さんに尋ねても良く知らないそうです。気がつけば福部さんも元々総務委員の仕事で来られない方でしたが、ここの処益々来る回数が減って来た感じがします。
 三月に入り期末試験の季節になりました。部活動が禁止されたので、皆さんに合う機会も減ってしまいました。
 試験が終わるとすぐにホワイトデーがやって来ます。わたしのクラスの女子の間でも本命のチョコを送った相手から良い返事が貰えるか、そんな噂で持ちきりでした。
 摩耶花さんは福部さんからどんなものを貰うのでしょうか? わたし気になります!
 わたしの場合は元々折木さんに差し上げていないので、折木さんがわたしにくれるはずがありません。その点では気が楽です。
 十四日になりました。校内ではあちこちで先月とは逆の事が行われています。きっと摩耶花さんと福部さんは先月と同じように、二人だけになると思っていました。
 でも、その日、古典部に摩耶花さんはいらしたのです。
「あれ、お一人ですか? 福部さんは?」
「ああ、今日は用事があるそうなのよ。だから古典部には顔を出せないから宜しくって」
 以外な言葉でした。すると朝のうちに摩耶花さんは戴いたのでしょうか? その事を尋ねると
「ううん。今日はふくちゃんには逢えないのよ」
 摩耶花さんはそんな事を言って平気な顔をしています。昨年が昨年だったから、今年はと思ったのですか……
「うん、今年は無いのよ。福ちゃんの気持ちはもう判ってるし、わたしの気持ちもちゃんと判って貰ってるから、いいの!」
 摩耶花さんはそう言ってくれました。摩耶花さんが納得しているなら、わたしが何か言う立場ではありません。
 それに今日も折木さんはいらっしゃりませんでした。最近極端に出席率が悪くなってきました。何か大事な用でもあるのでしょうか。ならば、わたしにも打ち明けて欲しいです。チョコやクッキーよりもその事の方が大事です。
 
 三学期は期末試験が終わると気の抜けた感じになります。球技大会などがありますが、勉強の方は余り真剣にはやりません。でも来年の今頃は受験の結果が出てると思うとわたし達二年生に残された時間がそう多くないと感じます。恐らくこの春休みが最後なのでしょう。
 そんな事を想いながら地学講義室の窓から校庭を眺めていました。すると摩耶花さんと福部さんが手を繋いで帰って行く姿が目に入りました。今日は摩耶花さんは嬉しいだろうと思います。最近は一人で帰る事が多かったので尚更です。

「どうした? 珍しいものでもあったのか?」
 後ろから不意に声を掛けられました。振り返ると折木さんがすぐ後ろに立っていました。
「折木さん……随分逢ってない感じがします。今日は御用は無いのですか?」
 わたしの質問に折木さんは笑いながら
「すまん、随分一人にさせてしまったな。実は話がある」
 そう言ってくれました。話とは何でしょうか? 折木さんはわたしの隣に座ると
「まず、里志は伊原を春休みにUSJに連れて行くそうだ。ホワイトデーのお返しとしてな。その為にバイトしていたんだ」
 そうだったのですか! それなら摩耶花さんも判っていたのですね。では何故、あの時嘘を言ったのでしょうか?
「それはな、お前に気を使ったのと、びっくりさせるためさ」
「びっくりって、確かに驚きはしましたが……」
 呆然としているわたしに折木さんは
「里志が一人でバイトしていたと思うかい?」
 そうでしたか! 折木さんも一緒だったのですね。
「俺達も行かないか? 京都に……そのついでにK大学を見学するというのはどうだ?」
 わたしは最初折木さんが何を言ってるか理解出来ませんでした。
「バレンタインにチョコなど貰わなくてもお前の心は判っているつもりだ。だからそんなお前の心に応えたくて、里志と一緒にバイトして、お前を希望するK大学の見学に連れて行ってやりたかったのさ。この事を直接俺の口から伝えたくて伊原は嘘を言ってくれたんだ」
 折木さんの口から真実が伝えられて、わたしは驚き、そして興奮しています。二人だけで早春の京都を散策して、そしてk大学を見学するという……なんて素敵なのでしょうか?
「でも、甘えてしまって宜しいのでしょうか? 何だか余りにもわたしが……」
「お前の喜ぶ顔が見たくて頑張ったんだ。甘えてくれ……」
 優しく折木さんはわたしのからだを抱きしめてくれました。
「はい、ご一緒させて下さい……」
 早春の午後の光が軟らかく二人を包みます。このまま暫く……

 了