2020年04月

女料理人香織 16

 事実として、秋山くんはそれからも店に来て香織の作った料理を食べていた。香織は秋山くんの体調に合わせて毎回味を変えていた。それを秋山くんが理解していたのかは判らないがこの前
「いつも僕の体のこと考えてくれてありがとう」
 そんなことを言っていたので、多分理解してるのだと思う。そんなことを考えていたら香織に訊きたいことが出来た。店の休憩の時間に連れ出して公園で尋ねた
「今更なのだが、味覚としては普通の人間と同じなのか?」
 確かに今更だ。上司として確認しておかなかったのはウカツだった。香織は遠くの木々を眺めながら
「味覚は前と同じです。特に変わってはいません。でも内容の分析が出来るようになりました」
 そんなことを口にした。
「じゃあ、味見をして成分のデーターを分析出来るのか?」
 香織の頭脳に付いてる量子PCならそんな事も出来るのかと思った
「はい脳とPCが繋がっていますから舌がセンサーの代わりになります。尤も義体の感覚全てはセンサーとなります。人が自然に目やその他の器官で確認した情報を頭脳で判断して各器官に命令していますが、それと同じ事をしています」
 そうか。そうでなければ香織は何も出来ないことになる。
「只、私の義体の目は人間の目よりも色々なことが出来ますからね。ios感度の調整、赤外線やサーモセンサーの機能。それに望遠、広角の視野もあります」
 つまり人の目より優れていると言う訳か
「でも人間のように目が慣れるということがありませんから、そこは随時調整が必要です。ま、それも自分では意識的にはやらず無意識にコントロールしますけど」
 不便なようでも人の体は良く出来ていて、それをそっくり人工的に真似をするのは大変なことらしい。香織の頭脳に量子PCが埋め込まれたのも頷ける。
「私が今持っているブラックの缶コーヒーですが、これはカロリーが6キロカロリー、糖質は100グラムあたり0.7グラム。カフェイン0.06グラム、タンニン0.25グラムです。つまりコーヒーの苦味はカフェインよりもタンニンによるものだと結論出来ます。他にはカリウムが……」
「もういい。判った」
 香織は美味しそうにブラックの缶コーヒーを飲み干した。
「じゃあ、その分析したデータは何処に行くんだ」
「はい、私のサーバーに保存され、後で同じものを作る時に利用します」
「お前、店でも料理を作る時に一々そんな手間を掛けているのか?」
 そうだったら面倒くさい奴だと言うことになる。
「まさか。店で作るメニューに関しては頭の方に入っていますから、そんな面倒くさいことはしません。この場合、何処かに食事に行き、自分でも作ってみたいと思った時にデーターとして保存しておき、後日それを利用するのです」
 それを聴いて、何処かの店のレシピを真似する事も簡単に出来るのだと理解した。まさか会社は研究の目的の一部にはそんな思惑もあるのかと考えてしまった。
「ま、常に同じものを作れるということだな」
 そんな俺の言葉に香織は
「それは高梨さんを始め店の料理人は同じじゃないですか。皆さんプロなのですから」
 その言葉で我に返る。
「ははは。そうだな。それを行う為に修行して来たのだからな」
 俺の言葉に香織は
「私も、高梨さんほどではありませんが一応修行して来ました。だから仕事としては普通の料理人です」
 その言葉の意味が今の俺には良く理解でした。

 その週末、何時ものように香織が俺の部屋に来た
「たまには俺がお前の部屋に行くと言うのはどうかな」
 そう言ったところ香織は妖艶な笑みを浮かべながら
「私たちの行為がそっくり見られていても良いなら」
 そんなことを言ってベッドに潜り込んで来た。寝ても垂れない形の良い胸を弄りながら
「秋山さんも喜んで触っていました。ベッドに座っていたから判らなかったと思いますが、こうやって横になれば不自然を感じたでしょうね」
 そんなことを言って俺を驚かせた
「触られたのか」
「はい。だって高梨さんだって私が脱いだら触らずにおられますか?」
 いやおられないだろう。
「だから好きなだけ触らせてあげたのです。特に減るものではありませんから」
 正直、香織のこの辺が理解し難い部分でもある。
「その……やはり感じたのか?」
 その言葉を聞くと香織は俺を睨んで
「少なくとも私は好きな人に触られなければ感じることはありません。嫌な時はその部分のセンサーを切っていますから」
 香織の表情を見るとかなり怒っている。
「つまり意にそぐわぬ男に触られても何も感じないといことか」
「何も感じない程度なら良いですが、嫌な事もあります。秋山さんに対してはそれほどではありませんでしたけど」
 つまり、それは『子供を産めぬ体でも良い』となったら、最後まで行ったと言うことなのか? 香織は俺の考えを読んだのか
「私が他の男の人に抱かれたら、やはり嫌ですか、嫉妬しますか?」
 普通はそういうものは察するものだと思いながら
「気が狂うかもな」
 そう言って自分の気持ちを述べると香織は
「それを聴いて安心しました」
 ニコッと笑った表情はゾッとするほど妖艶だった。その後
「シャワー借りますね」
 そんなことを言って来た。事の後にシャワーを浴びて躰を洗うことは常だが、事の前にシャワーを浴びるのは珍しかった。
「珍しいな。来て直ぐにシャワー使うとは」
「今日、お店でイヤらしい親父に手を触られたのです。握りを出す時に触って来たの。それがゾッとして蕁麻疹が出ると思ったぐらい。まあ、出ないけど」
 香織はバスドアの向こうでシャワーを浴びている。それが磨りガラス越しに伺えて結構なものだった。そんなのも、たまには悪くないと思うのだった。
シャワー

女料理人香織 15

1405_02 それから暫くして秋山くんが店にやって来た。最初は大人しかったが、幾度目かの時に香織に対して
「あれから亜鉛を多く含む食品を食べるようにしたら、元通りの味覚に戻りました。本当にありがとうございました。お礼に今度食事でも如何ですか? 食事でなければ何かプレゼントさせて下さい」
 そう言って来た。香織は困った表情を見せたが
「そんなとんでもないです。私は秋山さんが健康な体になってくれて、美味しいものが食べられるようになれば、それで嬉しいのですから、わざわざお礼なんてとんでもないです」
 一応そう言って固辞したのだが、傍目から見ればこれをキッカケにして秋山くんは、香織と仲良くなりたいのだと判る。
「いいえ本当に感謝しているのです」
 そう言って食い下がっている。困った香織は
「こうして毎日のように来てくだされば。嬉しいです」
 そんなことを言っている。それじゃ江戸時代の花魁と変わりはないと思った。その日はそれ以上話が進まず秋山くんは帰った。店が終わった後香織が
「高梨さん一緒に帰りましょう」
 珍らしくそんな事を言って来た。部屋は同じ方角だが基本的に一緒に帰ることは、したことが殆ど無かった。
「どうした珍しいな」
 二人の関係は週末に香織が気が向いたらやって来るという関係になっている。正直、男と女の関係は続いている。だから俺としては秋山くんはライバルでもあるのだが、何故だか俺はこの件については冷静を保っている。心の底では香織と秋山くんが、結ばれても仕方ないとの想いがあるのだろう。但し、作り物とはいえ、あの素晴らしい肢体を味わったのは俺だけという想いもある。要は複雑なのだ。
 駅までの道のりで香織は
「困りました。秋山さん、あれでは明日も返事を聞きに来ると思います」
 そう言って困惑の表情を見せた。
「そうだな。どうやら真剣らしいな。よほどお前に惚れたんだな」
 そんなことを言うと
「私が秋山さんのものになっても良いのですか? この前ベッドで私に言った事は嘘ですか」
 そんなことを言って来た
「お前を愛してると言ったことか」
「そうです。私、あの時想いは通じたと感激したのですよ」
 今度はそう言って頬を膨らませた。最近多彩な表情をするようになった。
「正直、お前が秋山くんに抱かれている所を想像すると苦しい。だが将来の伴侶として考えた時、彼は簡単に振るのは勿体無いぞ。一流の会社に勤務していて、しかも重役の秘書だ。つまり帝王学をあの若さで学べる位置に居るということだ。酒井さんは彼を高く評価している。将来の重役候補だろう。だから体の事も心配していたんだ。それに身長も高い、百八十は楽にあるだろう。顔も良いしな。あれはモテるぞ。そんな男がお前に夢中になっているんだ。俺だって複雑な気持ちになるよ」
 駅に着いて改札を抜けホームに登ると直ぐに電車が滑り込んで来た。この時間の電車は結構混んでいる、吊革に捕まり揺れている。さすがに車内では話が出来ない。暫くはそのまま時間が過ぎて行く。と、香織がつり革を持っていない手で俺のやはり空いてる手を握って来た。そして小さな声で
「私の気持ち判ってるくせに」
 そう呟いた。それは電車の音に紛れてしまいそうだったが、俺の耳元には届いた。
「そうか……すまん」
 それだけが口をついて出て来た。やがて俺の部屋のある駅に着く。香織の部屋の駅は次だが、一緒に降りて来た。駅を出ると街灯に照らされた歩道を並んで歩く。この時間ではコンビニ以外は閉まっている。
「正直言います。私、高梨さん以外にこの義体を晒したくありません。秋山さんに、実は私、本当の人間じゃ無いのです。とは言えません」
 香織の本音だろう。その言葉が胸に響く
「そうか、ならば一度店の外で逢って、断るしかないだろうな」
「やはりそうですか。一度で済めば良いのですが」
 そこで俺は結婚を意識していた場合の男の考え方をレクチャーした。それを聞いて香織は
「良い考えが浮かびました。今日はこれで帰ります」
 そう言って暗い夜道を帰って行った。送ろうと申し出たが香織は
「大丈夫です。多分私、本気出すと、高梨さんより遥かに強いですから」
 そう言っていた。そうかあいつは体は俺より頑丈だからなと思い出した。
 それから秋山くんは何回か店にやって来て香織を口説いていたが遂に香織が
「判りました。今度デートしましょう」
 そう言って約束をした。秋山くんとすれば天にも登る気持ちだっただろう。二人はその週の週末に約束をした。その翌日の昼下がり、俺の部屋のチャイムが鳴った。ドアを開けると香織だった。
「おう。どうした。ま、入れ」
 香織を招き入れる。最近の俺の冷蔵庫には香織が飲む飲料水が用意してある。本当は水か整理食塩水で良いのだが、香織の好みのものを用意している。それを出すと一口飲んで
「昨夜は結局、ホテルまで連れて行かれました」
  それを聴いて穏やかではなくなった。
「最後まで行ったのか?」
「まさか。私言ったんです」
 本当のことを口にしたのかと思った。
「言ってしまったのか。重大機密だぞ」
 香織は俺の態度を見て嬉しそうに
「うふふ。穏やかではなくなりましたね。一度そんな顔をさせて見たかったのです」
 そんなことを口にしてから
「ホテルのベッドの上で、こう言ったのです。私、子供の産めない体ですけど、よろしいですか。と」
 そうか、結婚を意識した男は家庭を持つ夢を想像する。そこには愛する妻と子供が居るはずだった。香織の言葉はその夢を打ち砕くものだったのだろう。
「それで試したとか?]
「馬鹿なこと言わないでください。秋山さんは常識人でした。半裸になった私に服を着せて、ごめん。僕が悪かった。今までの事は忘れて欲しい。と言ったの」
 そうか、やはり彼は香織に相応しい男だったのかも知れない。子供を作れないという一点を除いては……。
「常連さんが一人減ったかな?」
「いいえ、これからも店には来るそうです。私の料理が食べたいから」
 そう言えば先程「半裸」とか言っていたが、どれぐらい脱いでいたのだろうか。それを香織に尋ねると
「はい、下半身にパンティだけです」
「それ半裸って言うのか?」
「でも全裸ではありません。最初は私の胸見て喜んでいました。思えば可哀想でしたね。一度ですが最後まで行った方が良かったでしょうかねえ」
 それは俺でも判らない。香織の躰に何か不自然なものを感じれば、やがて大事になったかも知れない。それを考えると最後まで行かなくても良かったのかも知れないと思った。

女料理人香織 14

 ある日のことだった。常連の酒井さんが、カウンターで何時もの金目の煮付けを食べながら酒を飲んでいると
「いやさ、正直言うけど、家では薄味ばかりでげんなりしているんだよね。味が濃いのが体に悪いのは知っているけど。毎日、朝から晩までだと、いい加減飽きて来るんだよね。だからここでは何時もの味を楽しむんだよ」
 そう言って嬉しそうな顔をした。俺は
「今日もですが珠姫くんという娘が作っているのですよ」
 そう伝えると酒井さんは
「あの娘かい。あんな美人で可愛い娘が作ったと知って食べれば美味しさ倍増だね」
  俺は香織を改めて紹介した
「珠姫香織と申します。まだまだ修行中の未熟者ですが宜しくお願い致します」
 香織はそう言って頭を下げる。酒井さんは
「いやいや、こちらこそ宜しくお願いしますよ」
 酒井さんはそう言ってグレーの髪の毛を揺らした。その日、暫くは何事もなかったのだが、暫くして酒井さんが
「高梨さん。少し相談に乗って貰いたいのけどね」
 そんなことを言い出した。俺は
「何事ですか。私でお役に立つなら何なりと」
 そう返事をすると酒井さんは
「実は私の部下で見込みのある奴がいるのだけど。最近調子が良くない感じなのですよ。心配なので訊いてみたら、『最近食欲が無い』って言うのですよ。何でも『何を食べても美味しく感じられない』とか。そこでこの店に連れて来て美味しいものを食べさしてやろうと思うのですよ」
「そうですか。是非お連れになって来て下さい。腕によりをかけて作らさせて戴きます」
 俺はそう返事をすると酒井さんは
「じゃあ明後日でも連れて来よう」
 その日はそう言って帰られた。
「酒井さんの部下の方は食欲が無いのですか?」
 酒井さんが帰ると、早速香織が尋ねて来た
「どうもそうらしい。何を食べても美味しくないとか」
「それは疲れから来てるのでしょうかねえ」
 香織はそう言うと暫くボーッとした表情を見せた。これは香織の脳内PCが研究所やその他のデータベースに接続して情報を収集しているのだ。他愛のないことなら脳内だけで済ませられるが、このような問題に謎が多い時はそれに掛かりきりになる。普通は人前ではやらぬが、俺の前だけは別だ。
「重要な問題が隠れているかも知れません」
 香織はデーターが揃ったのだろう。そんなことを言って酒井さんの部下が単なる上辺だけのことでは無いと確信しているみたいだった。
「つまり、何かの病気が隠れているとか?」
「はい、それもありますけど、一番の可能性は味覚障害かも知れません」
 香織は自身ありげにそう言った。
「味覚障害……」
「はい、理由は色々とあるでしょうが、まず間違いの無いところだと思います」
 味覚障害と言ってもそれになった理由は色々とある。病が引き金になってる場合もあるし、単なる偏食から来てる場合もある。
「なった理由を考えんとな」
 俺の言葉を想定していたのか香織は
「病からというのは考え難いですね。どうも先程のお話では勤務は今のところ普通にこなしてる感じですし、明後日連れて来るというも明後日も仕事に来てるという意味だと考えられます」
「そうか、じゃぁそれから導かれる結論は?」
 香織は俺の言葉を待っていたかのように
「栄養障害から来る味覚障害だと結論しました」
「栄養障害といえば……」
 香織は嬉しそうな表情で
「亜鉛不足から来る味覚障害だと思います」
 亜鉛は体の色々な調整機能に関わっている。不足すると色々な神経系統に影響が及ぶ。味覚障害もその一つだ。
「じゃあ献立は決まったな」
「はい。でも当日は本人に確認してからですね」
「まあそうだろうな」
 果たしてどうなるかだと俺は思った。酒井さんの話を聴いた時に、俺も頭の隅に浮かんだのは事実だった。
 当日、店を開けると早速酒井さんがやって来た。一緒に若者を連れている。そしていつものカウンターに座る。
「いらっしゃいませ。今日はお早いですね」
 香織がそう言って挨拶すると酒井さんは
「予告通りに連れて来ましたよ。隣に居るのが私の秘書をしている秋山くんだ」
 秋山と紹介された若者は
「秋山大吾です。宜しくお願いします」
 そう言って頭を下げた。香織は
「珠姫香織と申します。宜しくお願い致します」
 そう言って会釈した。秋山くんはぼーっとして香織を見ている
「おいどうした?」
 酒井さんが顔を覗き込むと
「あ、いいえ何でもありません。綺麗な方だなと思って」
 そう言って下を向いてしまった。
「早速、始めても宜しいですか?」
「はいお願いします」
 秋山くんが答えて香織の質問が始まった
「秋山さんは食べ物が美味しくないと感じていられるそうですが、具体的には何を食べてもそうなのですか?」
「はい、何か味が薄いというか味を余り感じないのです。何を食べても同じ味に感じてしまって。そこでつい酒で誤魔化しているのです」
 香織は納得したかのような表情を見せ
「血糖値はどうですか?
 香織が尋ねると秋山くんは
「この前の検診では高かったです。糖尿になる寸前だと言われました」
「ダルさは?」
「怠いです。だから休みの日は酒を飲んで一日寝ています」
「今までの毎日の食事はどうなっていますか?」
 秋山くんは戸惑いながらも正直に答えて行く
「朝はファストフードですね。ハンバーガーが多いかな。朝〇〇ですね。昼は会社の食堂でうどんか蕎麦ですね。夜は友人や会社の仲間と居酒屋で一杯やりながらツマミを食べますね」
 聴いていて、やはりだと香織は考えたみたいだ。表情で判る。それに典型的な亜鉛不足の食事だ。
「ありがとうございます。それでは料理を作って来ます」
 香織はそう言って調理場に戻って来た。
「やはり亜鉛不足から来る味覚障害ですね」
 香織はそう言って冷蔵庫から食材を取り出した。今朝市場で普通の食材とは別に仕入れて来て、仕込みをしていたのだ。それを調理する。
「出来ました」
 暫く経って香織が俺に報告する。
「牡蠣と牛肉か。豚のレバーは使わなかったのか」
「好き嫌いがありますからね」
 出来た料理を香織は秋山くんの前に出した。勿論酒井さんの分もある
「おぼろ牡蠣の三杯酢です。生の牡蠣を片栗粉を付けて茹でて、冷ましたものに大根おろしを乗せ、三杯酢であしらったものです」
「この上に乗っている針みたいなものは?」
 酒井さんが尋ねる」
「針生姜です。味のアクセントと彩りです」
 二人が牡蠣を口に運ぶ。まず酒井さんが
「これは美味しい。牡蠣は生でなくとも、こんなに美味しいのか」
 そう言って感心していると秋山くんは
「生姜の辛さで味の感覚が少し蘇って来た感じがあります。正直酢の物って苦手でしたが、何か酸っぱさと辛さが寝ていた感覚を蘇らせてくれた感じがあります。それに牡蠣が驚くほど旨く感じます」
 二人共良く箸が進む。そして次が運ばれた
「牛肉とチーズのアスパラ巻です。スライスした牛ロースを、さっとお湯に潜らせ冷水に取ります。水気を取り、伸ばしてスライスチーズを乗せて、芯に茹でたホワイトアスパラを入れて巻いて行きます。軽く温めて、バルサミコで作ったドレッシングを掛けて戴きます。どうぞ」
 まず酒井さんが口に運ぶ
「うん、牛肉とチーズが合うね。ホワイトアスパラとの相性もいいね」
「巻いた後に少し温めていますから、牛肉の旨味が溶け出しているからだと思います」
 続いて秋山くんが口に運ぶ
「ああ、美味しい! こんな感覚今まで忘れていました」
 そう言って喜ぶ。香織が
「秋山さんは亜鉛不足による味覚障害を引き起こしていました。亜鉛が不足すると味覚の障害に他、だるさや疲れやすく感じることが多くなります」
 香織の言葉に秋山くんは
「全部当てはまります」
 そう言って驚きの表情を見せる
「秋山さんの日頃の食事を伺うと、朝のファストフードのハンバーガーは多少の牛肉は取れますが少なすぎます。同じファストフードなら牛丼の方が未だマシです。あたまの大盛りを頼めば亜鉛が多い牛肉が少しは取れます。お昼ですが、たまには牡蠣フライ定食でも頼んでください。お蕎麦やうどんでは消化吸収する時に亜鉛が消費されますので不足を引き起こします。夜は色々なオツマミを頼んで下さいね。野菜から魚介類まで幅広くです。そうして食生活に気をつけていれば、直ぐに治ると思います」
 香織に言われて秋山くんは感心して聴いていた。香織は何やら自分のカバンから瓶詰めを取り出した。
「そして、これは私から秋山さんにプレゼントです」
「え、プレゼントですか。これは……」
「私が作った牡蠣の佃煮です。常温でも持ちます。冷蔵庫に置けばかなり持ちます。これをお食事の時に食べていただければ亜鉛不足は解消されると思います」
 そう言って瓶詰めの牡蠣の佃煮を渡した。秋山くんは恐縮して
「いや〜本当にありがとうございます! それにお土産まで頂いてしまって」
 そんな事を言って喜んでいた。
 後日、酒井さんが来て何時ものように飲んでいたのだが
「そう言えば、秋山くんがね。香織さんの事を良く口のするようになってね」
 そんな事を言ったので俺は
「へえ〜どんな事を言っているのですか」
 そう問いかけると酒井さんは
「それがね。『あの香織さんという方はどんな人なのでしょうか』とか言うから。知りたかったら自分で調べなさい。まずは自分で店に行って口説いてみれば。って言ってやったんだよ」
 そう言って笑う。
「珠姫さん。だからそのうち秋山が来るだろうけど、適当にあしらって下さい」
 酒井さんは香織が相手にしないと思ってるが、こればかりは判らない。でも、真実は決して口外してはならないのだ。それどうするかが重要だと思った。こればかりは香織の気持ち次第だ。俺よりも秋山くんの方が同世代だし話が合うだろう。彼はイケメンでもあるしな。只、仲良くなっても自分の真実を話せない香織は、辛い立場になるかも知れないと思うのだった。
牡蠣

女料理人香織 13

金目鯛煮付け 店の方は相変わらず順調だった。常連客の中には俺が前にいた店から移って来てくれた方も多く居る。
「やはりね、高梨さんの作ったのじゃないと酒が不味くってね」
 とか
「あんたの腕に惚れ込んで通って来ているんだ」
 そんな事を言ってくれる方も居る。ありがたいことだと思う。そんな中で俺は香織を寿司ではなく、日本料理の方に移動させた。別に香織が何か不祥事をした訳ではない。香織に本格的に日本料理を仕込む為だ。基本的な事は修行して済んでいるから、俺が仕込むのは料理に対する考え方。言い換えれば柔軟な対処の仕方と言っても良い。
 そんな時に酒井さんという俺の馴染みの客が店に来た。この方は前の店でも良く来てくれていて、この店でも開店以来数回お見えになっていた。某大手の会社の重役なのだが、店ではそんな事は噯(おくび)にも出さない 。時にはカウンターに座った隣の人とも酒を酌み交わす陽気な酒だった。
 そんな酒井さんの好物は金目鯛の煮付けだ。今日も早速注文が来たので俺は取り敢えず香織に作らせることにした。すると香織は
「出来ました。味をお願いします」
 そう言って来たので、味見をすると、俺の味より味が薄い
「薄いな。これじゃ駄目だ」
 そう言うと香織は
「でも酒井さんは血圧が高くて、医師に味の濃いものは絶対食べないようにと言われています。だから通常よりも薄味にしたのですが」
 そう言い返して来た。香織は勘違いしている。俺は他の者にも見せるように香織に言う
「あのな。確かに酒井さんは血圧が高い。でもそれを治すのは医者の仕事だ。もっと言えば、健康に注意して料理に気をつけるのは家族の仕事だ。俺らの仕事ではない。酒井さんが薄味にしてくれと言ったのか?」
「いいえ言っていません」
「なら余計なことなんだ。俺らの仕事はお客の健康を心配することではない。お客を喜ばせることなんだ。料理を作って、味わって貰い喜んで貰うことなんだ。だからこの味じゃ駄目なんだ。貸せ」
 俺は香織から煮付けの鍋を取り上げると味を修正した。そして皿に盛り、針生姜を乗せるとホールスタッフに
「これを三番の酒井さんに」
 そう言って手渡した。僅かに鍋に残っていたものを香織に
「味見してみなさい」
 そう言って食べさせた。
「美味しいです。でもこんなに濃くても良いのですね」
「この味だから酒が活きる。それに全部食べるとは決まらないだろう」
「あ……」
 どうやら判ったみたいだった。
「私、大事な事を忘れていました」
 プロの料理人として何が大事なのか、少しずつ教えて行かなければならないと強く思った。ホールスタッフがやって来て
「酒井さんが料理長に宜しく。と仰っていました」
 そう言って来たのを香織が見ていたのが印象的だった。店を閉めてから甘利が帰る前に
「やはり私も推薦して良かったです。彼女を成長させることが出来るのは、あなたしか居ないと強く思いました」
 大げさな事を言うと感じた
「当たり前の事をしただけですよ。普通の料理人なら誰でも出来る」
「でも、全部言わなくて、本人に悟らせることが出来る人はそうは居ません」
「ま、そこは好きに考えて下さい」
 俺はそう言って店を出た。終電に近い電車に乗って部屋に帰ると部屋の前に香織が待っていた。廊下の薄暗い灯りに照らされた姿は香織の心の様だった。
「どうした?」
「今夜は一人になりたくなくて」
 薄明かりに照らされた顔が少し微笑んだ。
「ま、入れ」
「うん。でも落ち着いたら直ぐに帰る」
「そうか。好きにしろ」
 部屋に入ってお湯を沸かず」
「コーヒー飲むか?」
「はい。コーヒーは好きです。少し薄めのブラックがいいです」
 この好みは俺が仕込んだのだ。湧いたお湯でコーヒーを煎れ、香織に出すと
「良い香りですね……今日は勉強になりました」
「ま。覚えておけば良いさ」
 ソファーに座った香織の隣に座る
「全部食べるとは限らないと言われた時には本当にハッとしました。私の考えに欠けていた部分でした」
  コーヒーを口にしながらポツリポツリと語る
「俺達の仕事は常にお客の満足するものを出すこと。少なくとも最善を尽くすこと。それさえ忘れなければ良いさ」
 俺がそう言うと香織はコーヒーを飲み終わってからキスを求めて来た。それに応じると
「これ以上ここに居たら、この先まで欲しくなってしまいます。だから今日は帰ります。でも週末、来ても良いですか?」
「ああ歓迎するよ」
「嬉しいです」
 そう言ってもう一度キスをして帰って行った。
 翌日からの香織は仕事の上でも最新の注意をして行くようになった。周りの者も
「香織さん。何だかグレードが一段アップした感じですね」
 そんなことを言ったのが印象的だった。
 

女料理人香織 12

ホテルベッド 窓の外には都会の輝く夜景が広がっている。
「おいで」
 俺は静かに香織を抱き締める。その感触は何処か微妙な違和感があった以前のとは異なり、自然な感触に感じた。唇を重ねると
「ベッドに連れて行ってください」
 潤んだ瞳で、そうお願いされた。約束だ。お姫様抱っこで運ぶことにした。
「その前に」
 そう言って香織のミニスカートを脱がす。踵の高い靴も脱がす。この高いヒールのおかげで、かなり長い脚が一層強調されていた。脚フェチの奴なら堪らないだろうと思う。ストッキング等は履いておらず生脚が堪らなかった。そう思っていたら香織が両手で顔を覆った。
「恥ずかしいのか?」
「はい。だつて高梨さんの顔が私の腰の前にありますから」
 確かに俺の目の前には、香織の腰の両側で紐で結んで留めただけのパンティーがある。その左右の紐を解き小さな布を抜き去った。すると目の前には見慣れない光景があった。
 普通というか、以前の義体なら申し訳程度の茂みがあったのだが、今度の義体にはそれがなく、香織の大事な部分が晒されていた。
「今度はパイパンか?」
 俺の驚きの言葉に香織は顔を覆っていた手を開き
「今度の義体では世界中の技術が施されているんです」
「それでパイパンか?」
「実は、セクサロイドの技術や研究では、欧米の方が日本より遥かに進んでいるのです。アンドロイドそのものの技術は日本が優れていますが、欧米では、昔からセクサロイドの需要が多いので研究が進んでいるのです。だから今回の私の義体では、そっくり欧米そのままになりました。こんなの嫌ですか?」
 欧米の女の子は十五歳を過ぎると陰毛の手入れをするという。それは清潔を保つという意味と性病の予防の為だという。向こうではハイティーンともなれば男女交際は当たり前だからだ。その辺りは日本とは大分事情が違う。
「いや、そんなことはない。この通りさ」
 そう言ってから目の前の花弁に舌を這わせる。花弁の中は既に濡れていた。
「もう先程から……」
 本当に良く出来ているので感心をしてしまう。それにしてもここまで再現出来る技術は素直に凄いと思う。俺は立ち上がり、両手で香織を抱えてベッドに運ぶ。この部屋はキングサイズのダブルベッドが備わっている。その大きなベッドのカバーを外してそっと素裸の香織を滑り込ませた。香織は胸まで毛布を引き上げた。
「灯りはどうする」
 少し意地悪な質問をすると香織は毛布を首の下まで引き上げたままの状態で
「本当は消して欲しいですが高梨さんが私の義体を良く見たいと言うなら反対はしません」
 そんなことを言う。言葉使いが元に戻っている感じだ。つまり、それだけ香織にとっては大変な状態なのだと思った。
「もう義体って言うな。普通に躰でいいよ。もう香織は普通の娘だ。だから今から俺の想いをお前にぶつける」
 そう言って俺も衣服を脱いで行く。素裸になると香織の隣に滑り込んだ。香織を抱き寄せ片手で後ろ髪を撫でながらキスをする。下半身に手を伸ばすと先ほどよりも激しく濡れていた。
「こんなに濡れるのなら沢山水分を補給しないと駄目だな」
「意地悪です」
 俺に腕枕されながらも嬉しそうだ。
「私正直に言います。以前から高梨さんには好意を持っていたことはお話しした通りです。でも今は物凄く好きです。好きで好きで堪りません。自分でも可笑しいと思うほどです」
 香織がそれほど俺の事を想ってくれる事は男として素直に嬉しいことだ。
「でも、この前の夜のことがあってから意識が完全に変わりました。前の私は不完全な状態でした。今も完全かと言われれば、完全ではありませんが、前の状態は明らかに義体そのものでした。言い換えれば義体に感情が伴わない状態でした。それなのに、高梨さんは最大限私を愛してくれました。あの時から私は変わりました。生まれ変わったらというより、新しい義体を戴いたら、身も心も高梨さんに捧げようと」
 俺にとって香織はとてつもなく可愛い存在だ。義体が新しくなってから、店では皆その事を知らないはずなのに、口々に
『香織ちゃんこの頃綺麗になったね』
 と言われている。でも俺はそれが単に新しい義体になっただけでは無いと思うのだった。
 ベッドの頭の所にあるスイッチで部屋の灯りを消す。室内は窓の外から差し込む僅かな灯りだけとなった。毛布を引き上げ、口づけをしながら形の良い胸を弄る。香織の甘いため息が漏れる。口から首筋、そして胸、更にお腹。そして濡れている花弁に舌を這わせる。
「ああん。ああ凄いです」
 恐らく香織は生まれて初めての感触なのだろう
「こんなに気持良いとは知りませんでした」
 その後、お互いの敏感な部分を相互に口で愛撫し合う。
「そろそろ」
 香織がそう口にすると黙って頷いた。その言葉を確認してから、そっと挿入する。香織の表情が切なくそして喜びに変わる。
 もう普通の男女と変わりはなかった。黙って腰を振る。香織は長い両脚を俺の躰に巻きつけ夢中になっている。喘ぎ声が静かに部屋に流れる。そして
「ああ、来て下さい。私もうおかしくなりそうです」
 俺も丁度堪らなくなって来ていた時だったので、
「いくぞ」
「はい嬉しいです」
 その言葉を耳にして香織の中に放出した。その瞬間香織の躰が小刻みに震えた。ここまで人と同じに出来る技術に敬服しまた、香織に喜びを与えてやれた事に安堵した。香織が夢中で俺に抱きついている。香織はどうやら、事後を楽しむタイプみたいで、その後も
「抜いちゃイヤです」
 と言ってキスをせがんだり、自分の胸を揉ませたり甘えに甘えて来た。
「でも本当の事を言うと、良かったの一言です」
「ん。どうしてだ」
 俺の疑問に香織は
「今度の躰は神経の繋がりが非常にに上手く行ったみたいで、私、事故の前はセックスの経験は無かったですが、新しい躰に変わってからの、日常生活に於いての感覚が以前の躰と全く違っていて、事故前と同じになったので、実は期待していたのです」
「そうか見た目だけでは無かったのだな」
「はい。これでまた少し人に戻れた気がします」
 その『戻れた』という香織の言葉に俺は彼女の切なさを感じ、俺がそれを支えてやれればと思った。
 その後、もう一度行い、風呂に入った。香織も今度の躰は清潔に保つ必要があるので最低日に一度はシャワー等で躰を洗わねばならないそうだ。躰が軽くなったので水中でもある程度は行動出来るようになったそうだ。だから一緒に風呂に入った。ここでもお互いに楽しんでしまった。
 
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