今年も学園祭の時期がやって来た。神山高校学園祭、通称「カンヤ祭」という。但し、我が古典部ではこの名称は
禁句となっている。それは千反田の伯父であり古典部の先輩でもある関谷純に関わることだからだ。
真実を知った時、伊原は黙り、里志は欺瞞だと言い、千反田は幼い頃言われた事を思い出し涙を流した。その全ての想いは古典部の文集「氷菓」に込められている。姉貴が言うには古典部の文化祭は昔から何か騒動が起きると言われている。昨年もそれに倣ったのか騒動は起きた。果たして今年はどうだろうか……。
「文集の売り子がコスプレをするのさ!」
「コスプレ言うな!」
里志が叫び、その口を伊原が抓る
「痛いよ摩耶花!」
「だって、漫研ならともかく、古典部なんだから、それは禁句よ」
伊原は何故「コスプレ」という言葉を嫌うのだろうか、昨年も少し思ったのだ。すると千反田が
「でも売り子に相応しい格好をさせて売ると言うのは良いアイデアだと思います。もしかしたら話題になるかも知れませんし、また新聞部でも取り上げてくれるかも知れません」
確かに今まで古典部で文集「氷菓」を売る売り子が仮装していたという記録はない。
「でもやるなら、誰がどのような格好をするのかが重要ですよね」
次期部長の大日向が尤もらしいことを言う
「発案者の福部先輩は腹案があるのですか?」
里志は大日向の言葉を受けて
「まあ少しは考えていることがあるんだけどね」
そう言って嬉しそうな表情をした。それを見た伊原が
「ふくちゃんがこうイタズラげな表情をした時は大抵危ないのよね」
そう言って鋭い視線を里志に向ける
「さすが、付き合いが深いですね」
大日向が妙な感心をしている
「まあ僕の勝手な考えなんだけどね。まず千反田さんが十二単の格好になって貰う。これが難しいなら取り敢えずお姫様の格好でも良いかなと思うんだ」
里志の考えに千反田が
「十二単なんて何処から調達するんですか?」
そう疑問を呈すると里志は
「衣装に関しては演劇部に協力を願うよ。知り合いが居るんだけど、使わない衣装が相当あるらしい」
そう言って千反田を安心させた
「じゃあ他の部員はどうするの?」
伊原が里志に尋ねると
「うん、そうだね。ホータローは旧制高校のバンカラな格好が似合うと思うんだ。破れた学帽やマントに下駄とかね」
何故俺がバンカラが似合うのかは是非とも問い詰めたい所だ。
「それから摩耶花は江戸時代の町娘。大日向さんはメイド姿になって貰うつもりなんだ」
「ええ、わたしがメイドですか!」
「うん。案外似合うと思うよ。メイドと言っても、明治から大正に流行したカフェのメイド姿ね。古典部だからそこは」
大日向自身も相当驚いたようだ。すると伊原が
「江戸時代の町娘って?」
「ほら時代劇なんかにも登場する黄色い着物に赤い帯締めてさ」
「ああ、黄八丈ね。それ演劇部にあるの?」
「あるそうだ。以前時代劇を文化祭でやった時に作ったそうだよ。使わないので貸してくれるそうだよ」
千反田、俺、伊原、大日向と来て、自分はどうするのか、まさか己だけやらないと言う訳では無いよな。
「お前はどうするんだ?」
直接里志に尋ねると
「僕は光源氏にでもなろうと思ったんだけど、その衣装は無いそうだから、僕は町奉行の同心の格好でもしようかと思ってるんだ」
「同心って頭はどうするんだ?」
「ちゃんと丁髷のカツラを借りるよ。紙で作った安物だけどね。それがあるそうだ」
俺はここまで里志の説明を聞いていて、ある疑問が浮かんだ
「お前、何でそこまで演劇部の内情に詳しいんだ」
俺の疑問に里志は、さも当然と言わんばかりに
「そりゃそうだよ。昔から、これらの衣装を作る時に僕たち手芸部が協力したんだから」
そうか、こいつは古典部員でありながら手芸部員でもあった。
「今年は総務委員会はどうしたんだ」
「それもやるよ。一応副部長だからね」
里志が当たり前のように言うと千反田が
「本当に十二単なんてあるのですか?」
こいつは十二単を着ることに抵抗は無いのかと考えたが、ある訳がない事に気が付いた。
「まあ生き雛の時に千反田さんが着たような本格的なものではなく、それらしく見える衣装だね。動き易いしね」
それを聴いて伊原が
「じゃあわたしが着る黄八丈もそれらしく見える衣装という訳?」
「そうさ、本格的に着物を着る訳じゃないよ」
伊原はそれを聴いてホッとしたようだった。無理もない、千反田ならイザ知らず、伊原は恐らく一人では着物を自由に着たり脱いだり出来ないのだろう。
「わたしのメイドは簡単に着られますね」
大日向も同じようなことを考えていたみたいだ。
「じゃあ皆異論は無いね」
里志が確認を取る。いつの間にかコスプレをすることになっていた。
そして担当の割り振りが決められた
一日目 午前 千反田 折木 午後 伊原 福部
二日目 大日向 伊原 折木 千反田
三日目 大日向 折木 全員
「なあ、何で俺が三日間出るんだ? お前は最初だけか」
俺が一覧表を見て文句をつけると里志は
「僕は総務員会があるからね。少し減らして貰ってるよ。僕の代わりにホーターローに頼んだ形になってる。他の部員は二回ずつにしたよ」
確かに組み合わせを見ると里志が苦心した後が伺える。それは千反田と大日向を組み合わせなかった事だ。わだかまりは無くなったとは言え、出来るなら二人だけにはしたくない。それらを考えると納得しなくてはならないだろう。
「判った。一つ貸しだ」
俺の言いように里志が舌をぺろりと出した。了解済みということだろう。
その後、演劇部から衣装やカツラが届いた。カツラを被るのは里志と伊原だ。千反田は地毛を整えるだけで済む。千反田の十二単はやはり本格的なものでは無く、それらしく見えるものだった。
「これなら夏物を着た上に着れば済みます。楽ですね」
千反田はそう言って自分が思っていたより簡単になりそうなのでホッとしたようだった。それは伊原も同じで前を合わせてマジックテープで留めて、その上に帯を蒔いてこれもマジックテープで留めるだけで済んだ。カツラは被るだけでしかも遠目には兎も角間近で見るとハリボテが丸わかりだった。それを見た大日向が
「伊原先輩はショートカットだから髪はそのままの方がいい感じですよ。被らない方が良いと思います」
そう言って千反田も同意したのでおかしなカツラは里志だけとなった。
「でも折木さんは良くお似合いですよ」
千反田は、そう言って俺のバンカラな格好を褒めてくれた。そうしたら大日向が
「千反田先輩は折木先輩がどんな格好をしても、褒めるような気がします」
そう言ったので他の皆が笑った。
里志の同心の格好は実は自虐ギャグで、総務委員会といことで同心にしたのだと言う。これもマジックテープで留めるだけの着物風だった。羽織は一応生地は兎も角、見た目は本物に見えた。カツラだけが笑いを誘う
「里志、その格好で総務委員の仕事をすれば受けると思うぞ。学校をそれで見回ったりしてな」
里志も、それは多少意識の中にあったのだろう
「いいね。そうさせて貰うよ」
そう言って満更でもなかった。
結局、印刷した文集「氷菓」は皆売り切れた。これは多少は古典部員が仮装をした事も影響したと思う。壁新聞の隅にも紹介された。
それ以外に起こった事件に関しては何れ述べることもあると思う。今年は昨年に比べれば穏やかだったと言えるので無いだろうか。但し千反田の十二単姿が評判を呼んだのを付け加えたい。そうさ、あの格好を見れば誰だって……。
<了>
禁句となっている。それは千反田の伯父であり古典部の先輩でもある関谷純に関わることだからだ。
真実を知った時、伊原は黙り、里志は欺瞞だと言い、千反田は幼い頃言われた事を思い出し涙を流した。その全ての想いは古典部の文集「氷菓」に込められている。姉貴が言うには古典部の文化祭は昔から何か騒動が起きると言われている。昨年もそれに倣ったのか騒動は起きた。果たして今年はどうだろうか……。
「文集の売り子がコスプレをするのさ!」
「コスプレ言うな!」
里志が叫び、その口を伊原が抓る
「痛いよ摩耶花!」
「だって、漫研ならともかく、古典部なんだから、それは禁句よ」
伊原は何故「コスプレ」という言葉を嫌うのだろうか、昨年も少し思ったのだ。すると千反田が
「でも売り子に相応しい格好をさせて売ると言うのは良いアイデアだと思います。もしかしたら話題になるかも知れませんし、また新聞部でも取り上げてくれるかも知れません」
確かに今まで古典部で文集「氷菓」を売る売り子が仮装していたという記録はない。
「でもやるなら、誰がどのような格好をするのかが重要ですよね」
次期部長の大日向が尤もらしいことを言う
「発案者の福部先輩は腹案があるのですか?」
里志は大日向の言葉を受けて
「まあ少しは考えていることがあるんだけどね」
そう言って嬉しそうな表情をした。それを見た伊原が
「ふくちゃんがこうイタズラげな表情をした時は大抵危ないのよね」
そう言って鋭い視線を里志に向ける
「さすが、付き合いが深いですね」
大日向が妙な感心をしている
「まあ僕の勝手な考えなんだけどね。まず千反田さんが十二単の格好になって貰う。これが難しいなら取り敢えずお姫様の格好でも良いかなと思うんだ」
里志の考えに千反田が
「十二単なんて何処から調達するんですか?」
そう疑問を呈すると里志は
「衣装に関しては演劇部に協力を願うよ。知り合いが居るんだけど、使わない衣装が相当あるらしい」
そう言って千反田を安心させた
「じゃあ他の部員はどうするの?」
伊原が里志に尋ねると
「うん、そうだね。ホータローは旧制高校のバンカラな格好が似合うと思うんだ。破れた学帽やマントに下駄とかね」
何故俺がバンカラが似合うのかは是非とも問い詰めたい所だ。
「それから摩耶花は江戸時代の町娘。大日向さんはメイド姿になって貰うつもりなんだ」
「ええ、わたしがメイドですか!」
「うん。案外似合うと思うよ。メイドと言っても、明治から大正に流行したカフェのメイド姿ね。古典部だからそこは」
大日向自身も相当驚いたようだ。すると伊原が
「江戸時代の町娘って?」
「ほら時代劇なんかにも登場する黄色い着物に赤い帯締めてさ」
「ああ、黄八丈ね。それ演劇部にあるの?」
「あるそうだ。以前時代劇を文化祭でやった時に作ったそうだよ。使わないので貸してくれるそうだよ」
千反田、俺、伊原、大日向と来て、自分はどうするのか、まさか己だけやらないと言う訳では無いよな。
「お前はどうするんだ?」
直接里志に尋ねると
「僕は光源氏にでもなろうと思ったんだけど、その衣装は無いそうだから、僕は町奉行の同心の格好でもしようかと思ってるんだ」
「同心って頭はどうするんだ?」
「ちゃんと丁髷のカツラを借りるよ。紙で作った安物だけどね。それがあるそうだ」
俺はここまで里志の説明を聞いていて、ある疑問が浮かんだ
「お前、何でそこまで演劇部の内情に詳しいんだ」
俺の疑問に里志は、さも当然と言わんばかりに
「そりゃそうだよ。昔から、これらの衣装を作る時に僕たち手芸部が協力したんだから」
そうか、こいつは古典部員でありながら手芸部員でもあった。
「今年は総務委員会はどうしたんだ」
「それもやるよ。一応副部長だからね」
里志が当たり前のように言うと千反田が
「本当に十二単なんてあるのですか?」
こいつは十二単を着ることに抵抗は無いのかと考えたが、ある訳がない事に気が付いた。
「まあ生き雛の時に千反田さんが着たような本格的なものではなく、それらしく見える衣装だね。動き易いしね」
それを聴いて伊原が
「じゃあわたしが着る黄八丈もそれらしく見える衣装という訳?」
「そうさ、本格的に着物を着る訳じゃないよ」
伊原はそれを聴いてホッとしたようだった。無理もない、千反田ならイザ知らず、伊原は恐らく一人では着物を自由に着たり脱いだり出来ないのだろう。
「わたしのメイドは簡単に着られますね」
大日向も同じようなことを考えていたみたいだ。
「じゃあ皆異論は無いね」
里志が確認を取る。いつの間にかコスプレをすることになっていた。
そして担当の割り振りが決められた
一日目 午前 千反田 折木 午後 伊原 福部
二日目 大日向 伊原 折木 千反田
三日目 大日向 折木 全員
「なあ、何で俺が三日間出るんだ? お前は最初だけか」
俺が一覧表を見て文句をつけると里志は
「僕は総務員会があるからね。少し減らして貰ってるよ。僕の代わりにホーターローに頼んだ形になってる。他の部員は二回ずつにしたよ」
確かに組み合わせを見ると里志が苦心した後が伺える。それは千反田と大日向を組み合わせなかった事だ。わだかまりは無くなったとは言え、出来るなら二人だけにはしたくない。それらを考えると納得しなくてはならないだろう。
「判った。一つ貸しだ」
俺の言いように里志が舌をぺろりと出した。了解済みということだろう。
その後、演劇部から衣装やカツラが届いた。カツラを被るのは里志と伊原だ。千反田は地毛を整えるだけで済む。千反田の十二単はやはり本格的なものでは無く、それらしく見えるものだった。
「これなら夏物を着た上に着れば済みます。楽ですね」
千反田はそう言って自分が思っていたより簡単になりそうなのでホッとしたようだった。それは伊原も同じで前を合わせてマジックテープで留めて、その上に帯を蒔いてこれもマジックテープで留めるだけで済んだ。カツラは被るだけでしかも遠目には兎も角間近で見るとハリボテが丸わかりだった。それを見た大日向が
「伊原先輩はショートカットだから髪はそのままの方がいい感じですよ。被らない方が良いと思います」
そう言って千反田も同意したのでおかしなカツラは里志だけとなった。
「でも折木さんは良くお似合いですよ」
千反田は、そう言って俺のバンカラな格好を褒めてくれた。そうしたら大日向が
「千反田先輩は折木先輩がどんな格好をしても、褒めるような気がします」
そう言ったので他の皆が笑った。
里志の同心の格好は実は自虐ギャグで、総務委員会といことで同心にしたのだと言う。これもマジックテープで留めるだけの着物風だった。羽織は一応生地は兎も角、見た目は本物に見えた。カツラだけが笑いを誘う
「里志、その格好で総務委員の仕事をすれば受けると思うぞ。学校をそれで見回ったりしてな」
里志も、それは多少意識の中にあったのだろう
「いいね。そうさせて貰うよ」
そう言って満更でもなかった。
結局、印刷した文集「氷菓」は皆売り切れた。これは多少は古典部員が仮装をした事も影響したと思う。壁新聞の隅にも紹介された。
それ以外に起こった事件に関しては何れ述べることもあると思う。今年は昨年に比べれば穏やかだったと言えるので無いだろうか。但し千反田の十二単姿が評判を呼んだのを付け加えたい。そうさ、あの格好を見れば誰だって……。
<了>