公造は丸山スタジオで撮影の無い日も、近くに来ると店に寄るようになっていた。そんなある日、食べ終わった公造に彩果が
「ねえ実験台になってくれる」
そんな事を頼みに来た
「はあ? 実験台って味見か?」
多分そんな事だと思った公造は
「何の味見だ?」
そう尋ねる。彩果の作ったものなら。それほど酷いもでは無いだろうと思った。
「デザート。新しいのを幾つか考えたの。評判良ければ店で出そうかと思って」
彩果はそんな事を言って澄ました顔をしている。いつもと違う表情に公造は
「なんでも良いから出してみな」
そんな返事をした。それを聞いた彩果は嬉しそうな顔をして小さなガラスの器を三つ、公造の前に出した。
一つは黒く小さな玉状ツブツブしたものに黒蜜と思われるものが掛かっており上にきな粉状の山吹色の粉が乗せられていた。
二つ目は同じく小さな黒い玉状のツブツブにチョコレートソースみたいなものが掛かっている。
三つ目はホイップした生クリームに同じく黒い玉状のツブツブが混ざっている。
「何だこりゃ?」
「タピオカよ。最初のは黒蜜ときな粉。次がチョコレートソース。最後が生クリームで和えてみたの」
平然と言い放つ彩花に公造は
「お前正気か? タピオカって言ったらドリンクに入れて楽しむものだろう」
「そうよ。でもタピオカそのものはモチモチしてるから色々な可能性があると思ったの。試食してみて駄目なら諦める」
それを聞いて公造はスプーンを手にして最初の黒蜜から食べ始めた。そして
「思ったほど悪くはない。だがタピオカが黒で黒蜜だろう。きな粉の黄色があるが、これだけでは売れないだろう。華が無い」
そして二番目を口にした
「これも駄目だな。チョコと合わせる意味が無い。相性が悪い」
そう言って最後の生クリームのを口にした
「これも悪くは無いが生クリームが勝ちすぎている。抹茶でも加えれれば少しはましになるがな」
「つまり、全て駄目という事ね」
「そういう事だ」
「やっぱりね」
「どういう事だ?」
「既製のタピオカでは駄目という事ね。作るならタピオカそのものから作らないと駄目という事」
「何だ、そこまで判っていたのか」
「判っていたけど、何か主役にしたかったのよ」
それを聴いて公造は彩果の考えが、幼いのか、誰も考えなかった事を考えているのか判らなかった。
「何か面白いものを考えたら試食してやるよ」
「ありがとう。そう言えば明日は店休みだからね」
「何故だ?」
「水曜日だし。お父さんが免許の更新に行くの。私は学校だしね。早く終わるけどランチタイムには間に合わないし」
それを聴いて公造は
「判った。明日は来ないよ」
そう言って店を後にした。
翌日の水曜日は彩果の学校も五時限で授業が終わる。店が水曜定休なのでこの日だけは学校の帰りに寄り道が出来るのだ。それを知ってる茉莉が
「ねえ学校の帰りに『月のうさぎ』に寄って行こうよ」
そう誘って来た。「月のうさぎ」とは駅のショッピングモールに開店したオムライス専門店で、色々な種類のオムライスを出している。
人気なのはその飾り付けが兎の形を模しているのだ。これが人気で女の子で溢れ返っていた。
「また行くの。先月行ったじゃない」
彩果が気乗りしない返事をすると
「今度腕の良い人が本店から来たんだって。だから今度は期待出来るわよ」
そんな事を言った。実は先月に茉莉は無理やり彩果を誘って「月のうさぎ」に行っていたのだ。
「美味しくなかったし」
「だから今度は期待出来るかもよ」
茉莉の積極的な態度に彩果は半分諦めていた。
「じゃあ兎に角店までは付き合うわ。でも間に合うの?」
彩果はランチタイムの終了時間を気にしていた。
「だから急ごうよ」
茉莉はそう言って彩果の鞄と手を取って走り出した。
ショピングモールまで来ると、レストラン街に入って行く。お目当ての「月のうさぎ」は生憎一番外れだった。店の前まで来ると店員がランチタイムの看板を下げている所だった。
「あ~終わっちゃった」
茉莉がそう嘆くと女子店員が
「すいませんね。もう十分前に終わってしまったんですよ。夕方は四時半から営業しますから」
そう言って愛想笑いを作って言う。すると彩果が
「行こうよ茉莉。どうせ美味しくない店だから」
そう言って茉莉の手を引っ張って行こうとすると店の奥から
「お嬢ちゃん言ってくれるじゃん。ウチの味が不味いって」
背の高い男が表れた。歳の頃は二十代後半と思われ、店の制服である黒い服を身に纏っていた。
「あ、店長……女子高生の言う事ですから」
看板を下げていた女子店員がそう言って取り合わないように言うが、店長と呼ばれた男は
「一度でも食べてその上で不味いと思ったんだ」
そう言って彩花に尋ねる
「そうよ。飾り付けが可愛いから楽しみに食べたのよ。でも期待ほどじゃ無かった。私ならもっと美味しく出来ると思ったわ」
彩果がそういうと店長と呼ばれた男は
「言ってくれるじゃん。俺は仮にもプロだぜ。これで飯を食ってるんだ。そこらの女子高生に負ける訳が無いだろう」
そう言って彩果の言い分を鼻で笑った。
「言っておくけど私もプロだから。これで商売してるのよ。同じ材料で同じ設備だったら、あなたより美味しく作れる自信があるわ」
この彩果の言葉でこの店長の目つきが変わった。
「材料は未だ残っているな?」
女子店員に尋ねると
「はいあります」
「本当に作れるんだな」
「作れるわ」
「じゃあ俺と勝負して貰おう。出来るよな」
「いいけど、貴方が恥を書くだけよ」
「その嘴(クチバシ)折ってやるぜ。さあ、そこの友達も店に入ってくれ」
そう言って店長は茉莉も店に招き入れた。
店の中には店員が数名おり、調理場にも三人ほど立っていた。店長は茉莉に
「一応学校の制服のままでは不味いからこれに着替えてくれ」
そう言って黒い店の制服を出して来た。
「女子用のフリーだから合うだろう」
「ありがとう。おかげて助かるわ」
「それで、もし俺の方が出来が良かったらどうする」
「誰が判定するの?」
彩果の問に店長が
「君の友達と、ウチの女子店員に判定して貰おう。お互いに一人ずつだ。これで良いだろう」
店長の言葉に彩果は
「いいわ。それでやりましょう。私が負けたら何でもするわ」
「そうか。それを忘れるなよ」
彩果はそれを聴いて黒い制服に着替えて来た。
『彩果ちょっと格好良い』
茉莉はそう思ってしまった。
「じゃあ手を洗って、調理場に入ってくれ」
彩果は言われた通りに手を洗浄する。その洗い方を見て店長は彩果が本当に素人では無いと悟った。
「基本的に一番シンプルで、しかも出来不出来の差が出やすい、基本のオムライスを作って貰う。ヨーイドンで同時に作り始める。材料は既に用意してある。
ガスのコンロが三個並んでおり、それが向かい合う形になっている。六人が同時に作業出来る設備だった。
「ウチと同じなのね。この方が使い易いのよね」
彩果はガスの配置に満足したみたいだった。脇の調理台には小さなステンレスのボールに卵が二個割られている。小皿には玉葱のみじん切りと合い挽きのひき肉。それ以外にはケチャップだけだった。
「チキンライスと言いたいが今回は合い挽きを使って貰う。味付けはケチャップと塩コショウのみでつけて貰う。それを卵で包んで貰う。出来たらこちらの白い皿によそって貰う。卵の上にはケチャップでは掛けない事。いいかな?」
「いいわ。それでフライパンはどれ」
彩果が尋ねると店長は
「これの中から選んでくれ。どれもコンディションは整えてある」
そう言ってオムライスを作る沢山のフライパンを指さした。どれもが黒く光っており手入れが行き届いている事を思わせた。
「じゃあこれとこれ」
彩果は二つのフライパンを手に取った。
「二個使うのか?」
「駄目?」
「いや自信があるんだな。二つのフライパンを使うのは至難の技だぞ。殆どは失敗する。おれは普通に店でやってるやり方でやる。そう言ってお皿をもう一枚用意させた。
「じゃあ用意は良いかな」
「いいわ」
「それじゃ始め!」
彩果と店長が向かい合う形でコンロを前にした。お互いにフライパンを温めて合いびき肉と玉葱を炒めて行く。塩コショウを振るのも同時だった。
さすがに店長は慣れた感じで作業を行って行く。彩果も始めての調理場とは思えぬ手付きで作業を進めて行く。コンロの両側でフライパンが返り、玉葱とひき肉が空中に舞った。
材料に火が入るとご飯を入れていく。両者ともここまでは差が無い。ケチャップと塩コショウで味付けをする。すると店長がそのケチャップライスを皿に取りフライパンをペーパーで拭いて卵を流した。
彩果は炒めている間に隣のコンロにもう一つのフライパンに油を敷いて温めると卵を流し込んだ。
「同時か!」
調理場の皆が驚くのと彩果がもう一つのフライパンで炒めていたケチャップライスを卵の中に流し込んだ。そしてフライパンの柄を叩いて丸める作業を始めた。
それから少し遅れて店長が卵にケチャップライスを入れ、柄を叩いて丸め始めた。
「出来たわ」
「俺も出来た」
調理台の上には二枚の皿の上に一見同じようなオムライスが並んでいた。
「食べて見て」
彩花に言われて茉莉と女子店員が店長の方を最初に口にする
「うん美味しい。いつものウチの味」
「そうね。この店の味だわ」
続けて二人は彩果の方を口にする。すると女子店員が
「何これ! これ本当に同じ材料で作ったの!」
そう言って驚いたので茉莉も口にする
「全然違う! これオムライスの味じゃ無い!」
その言葉に店長も彩果の作った方を口にした。
「そ、そんな馬鹿な……見かけは同じだが全く違う!」
驚く店長に彩果が
「ね。言ったでしょう」
そう言って少しだけ嬉しそうな顔をした。それを見て店長が
「何が違っていたんだ。俺と君では」
そう質問をするので
「差は熱を奪わなかった事よ」
「熱?」
「そう。貴方は炒めたライスを一旦お皿に取ったでしょう。それに比べて私は二つのフライパンで並行して作業した。だから炒めたライスが全く熱を落とさずに卵に包まれたのよ。その結果」
「その結果……」
「卵に包まれたケチャップライスは蒸れる事が出来たのよ。蒸れて一層美味しくなったのよ。貴方のではそこまで熱が無かったのよ。その差」
そう言って彩果は店の制服から着替えた。
「知らなかった。オムライスが蒸れて、そこまで味が深くなるなんて。君、名前は?」
「光本彩果。食物高専三年よ。家は『丸山食堂』をやってるわ。土日や祭日は私も店に出るわ」
「そうか、俺はこの店に店長で先日配属されたばかりの相川正だ。これでも『月のうさぎ』では評判良いんだぜ」
相川と名乗った店長はそう言って笑った
「私と同じようにするのは難しいかも知れないけど、熱を逃さないというやり方を考えたら、この店が一番になるわね」
彩果のアドバイスに相川は
「ああ、何とか考えて見るよ。ところで、その制服だが貰ってくれないかな」
「え、これ?」
「ああ。嫌か?」
「嫌じゃ無いけどどうして?」
「それ新品なんだ。いつでも何かあったらフリーで来てくれて結構だと言う意味なんだ」
相川の提案に
「そうね。この店の飾りつけは見事だから。私も参考にさせて貰うわ」
「ねえ実験台になってくれる」
そんな事を頼みに来た
「はあ? 実験台って味見か?」
多分そんな事だと思った公造は
「何の味見だ?」
そう尋ねる。彩果の作ったものなら。それほど酷いもでは無いだろうと思った。
「デザート。新しいのを幾つか考えたの。評判良ければ店で出そうかと思って」
彩果はそんな事を言って澄ました顔をしている。いつもと違う表情に公造は
「なんでも良いから出してみな」
そんな返事をした。それを聞いた彩果は嬉しそうな顔をして小さなガラスの器を三つ、公造の前に出した。
一つは黒く小さな玉状ツブツブしたものに黒蜜と思われるものが掛かっており上にきな粉状の山吹色の粉が乗せられていた。
二つ目は同じく小さな黒い玉状のツブツブにチョコレートソースみたいなものが掛かっている。
三つ目はホイップした生クリームに同じく黒い玉状のツブツブが混ざっている。
「何だこりゃ?」
「タピオカよ。最初のは黒蜜ときな粉。次がチョコレートソース。最後が生クリームで和えてみたの」
平然と言い放つ彩花に公造は
「お前正気か? タピオカって言ったらドリンクに入れて楽しむものだろう」
「そうよ。でもタピオカそのものはモチモチしてるから色々な可能性があると思ったの。試食してみて駄目なら諦める」
それを聞いて公造はスプーンを手にして最初の黒蜜から食べ始めた。そして
「思ったほど悪くはない。だがタピオカが黒で黒蜜だろう。きな粉の黄色があるが、これだけでは売れないだろう。華が無い」
そして二番目を口にした
「これも駄目だな。チョコと合わせる意味が無い。相性が悪い」
そう言って最後の生クリームのを口にした
「これも悪くは無いが生クリームが勝ちすぎている。抹茶でも加えれれば少しはましになるがな」
「つまり、全て駄目という事ね」
「そういう事だ」
「やっぱりね」
「どういう事だ?」
「既製のタピオカでは駄目という事ね。作るならタピオカそのものから作らないと駄目という事」
「何だ、そこまで判っていたのか」
「判っていたけど、何か主役にしたかったのよ」
それを聴いて公造は彩果の考えが、幼いのか、誰も考えなかった事を考えているのか判らなかった。
「何か面白いものを考えたら試食してやるよ」
「ありがとう。そう言えば明日は店休みだからね」
「何故だ?」
「水曜日だし。お父さんが免許の更新に行くの。私は学校だしね。早く終わるけどランチタイムには間に合わないし」
それを聴いて公造は
「判った。明日は来ないよ」
そう言って店を後にした。
翌日の水曜日は彩果の学校も五時限で授業が終わる。店が水曜定休なのでこの日だけは学校の帰りに寄り道が出来るのだ。それを知ってる茉莉が
「ねえ学校の帰りに『月のうさぎ』に寄って行こうよ」
そう誘って来た。「月のうさぎ」とは駅のショッピングモールに開店したオムライス専門店で、色々な種類のオムライスを出している。
人気なのはその飾り付けが兎の形を模しているのだ。これが人気で女の子で溢れ返っていた。
「また行くの。先月行ったじゃない」
彩果が気乗りしない返事をすると
「今度腕の良い人が本店から来たんだって。だから今度は期待出来るわよ」
そんな事を言った。実は先月に茉莉は無理やり彩果を誘って「月のうさぎ」に行っていたのだ。
「美味しくなかったし」
「だから今度は期待出来るかもよ」
茉莉の積極的な態度に彩果は半分諦めていた。
「じゃあ兎に角店までは付き合うわ。でも間に合うの?」
彩果はランチタイムの終了時間を気にしていた。
「だから急ごうよ」
茉莉はそう言って彩果の鞄と手を取って走り出した。
ショピングモールまで来ると、レストラン街に入って行く。お目当ての「月のうさぎ」は生憎一番外れだった。店の前まで来ると店員がランチタイムの看板を下げている所だった。
「あ~終わっちゃった」
茉莉がそう嘆くと女子店員が
「すいませんね。もう十分前に終わってしまったんですよ。夕方は四時半から営業しますから」
そう言って愛想笑いを作って言う。すると彩果が
「行こうよ茉莉。どうせ美味しくない店だから」
そう言って茉莉の手を引っ張って行こうとすると店の奥から
「お嬢ちゃん言ってくれるじゃん。ウチの味が不味いって」
背の高い男が表れた。歳の頃は二十代後半と思われ、店の制服である黒い服を身に纏っていた。
「あ、店長……女子高生の言う事ですから」
看板を下げていた女子店員がそう言って取り合わないように言うが、店長と呼ばれた男は
「一度でも食べてその上で不味いと思ったんだ」
そう言って彩花に尋ねる
「そうよ。飾り付けが可愛いから楽しみに食べたのよ。でも期待ほどじゃ無かった。私ならもっと美味しく出来ると思ったわ」
彩果がそういうと店長と呼ばれた男は
「言ってくれるじゃん。俺は仮にもプロだぜ。これで飯を食ってるんだ。そこらの女子高生に負ける訳が無いだろう」
そう言って彩果の言い分を鼻で笑った。
「言っておくけど私もプロだから。これで商売してるのよ。同じ材料で同じ設備だったら、あなたより美味しく作れる自信があるわ」
この彩果の言葉でこの店長の目つきが変わった。
「材料は未だ残っているな?」
女子店員に尋ねると
「はいあります」
「本当に作れるんだな」
「作れるわ」
「じゃあ俺と勝負して貰おう。出来るよな」
「いいけど、貴方が恥を書くだけよ」
「その嘴(クチバシ)折ってやるぜ。さあ、そこの友達も店に入ってくれ」
そう言って店長は茉莉も店に招き入れた。
店の中には店員が数名おり、調理場にも三人ほど立っていた。店長は茉莉に
「一応学校の制服のままでは不味いからこれに着替えてくれ」
そう言って黒い店の制服を出して来た。
「女子用のフリーだから合うだろう」
「ありがとう。おかげて助かるわ」
「それで、もし俺の方が出来が良かったらどうする」
「誰が判定するの?」
彩果の問に店長が
「君の友達と、ウチの女子店員に判定して貰おう。お互いに一人ずつだ。これで良いだろう」
店長の言葉に彩果は
「いいわ。それでやりましょう。私が負けたら何でもするわ」
「そうか。それを忘れるなよ」
彩果はそれを聴いて黒い制服に着替えて来た。
『彩果ちょっと格好良い』
茉莉はそう思ってしまった。
「じゃあ手を洗って、調理場に入ってくれ」
彩果は言われた通りに手を洗浄する。その洗い方を見て店長は彩果が本当に素人では無いと悟った。
「基本的に一番シンプルで、しかも出来不出来の差が出やすい、基本のオムライスを作って貰う。ヨーイドンで同時に作り始める。材料は既に用意してある。
ガスのコンロが三個並んでおり、それが向かい合う形になっている。六人が同時に作業出来る設備だった。
「ウチと同じなのね。この方が使い易いのよね」
彩果はガスの配置に満足したみたいだった。脇の調理台には小さなステンレスのボールに卵が二個割られている。小皿には玉葱のみじん切りと合い挽きのひき肉。それ以外にはケチャップだけだった。
「チキンライスと言いたいが今回は合い挽きを使って貰う。味付けはケチャップと塩コショウのみでつけて貰う。それを卵で包んで貰う。出来たらこちらの白い皿によそって貰う。卵の上にはケチャップでは掛けない事。いいかな?」
「いいわ。それでフライパンはどれ」
彩果が尋ねると店長は
「これの中から選んでくれ。どれもコンディションは整えてある」
そう言ってオムライスを作る沢山のフライパンを指さした。どれもが黒く光っており手入れが行き届いている事を思わせた。
「じゃあこれとこれ」
彩果は二つのフライパンを手に取った。
「二個使うのか?」
「駄目?」
「いや自信があるんだな。二つのフライパンを使うのは至難の技だぞ。殆どは失敗する。おれは普通に店でやってるやり方でやる。そう言ってお皿をもう一枚用意させた。
「じゃあ用意は良いかな」
「いいわ」
「それじゃ始め!」
彩果と店長が向かい合う形でコンロを前にした。お互いにフライパンを温めて合いびき肉と玉葱を炒めて行く。塩コショウを振るのも同時だった。
さすがに店長は慣れた感じで作業を行って行く。彩果も始めての調理場とは思えぬ手付きで作業を進めて行く。コンロの両側でフライパンが返り、玉葱とひき肉が空中に舞った。
材料に火が入るとご飯を入れていく。両者ともここまでは差が無い。ケチャップと塩コショウで味付けをする。すると店長がそのケチャップライスを皿に取りフライパンをペーパーで拭いて卵を流した。
彩果は炒めている間に隣のコンロにもう一つのフライパンに油を敷いて温めると卵を流し込んだ。
「同時か!」
調理場の皆が驚くのと彩果がもう一つのフライパンで炒めていたケチャップライスを卵の中に流し込んだ。そしてフライパンの柄を叩いて丸める作業を始めた。
それから少し遅れて店長が卵にケチャップライスを入れ、柄を叩いて丸め始めた。
「出来たわ」
「俺も出来た」
調理台の上には二枚の皿の上に一見同じようなオムライスが並んでいた。
「食べて見て」
彩花に言われて茉莉と女子店員が店長の方を最初に口にする
「うん美味しい。いつものウチの味」
「そうね。この店の味だわ」
続けて二人は彩果の方を口にする。すると女子店員が
「何これ! これ本当に同じ材料で作ったの!」
そう言って驚いたので茉莉も口にする
「全然違う! これオムライスの味じゃ無い!」
その言葉に店長も彩果の作った方を口にした。
「そ、そんな馬鹿な……見かけは同じだが全く違う!」
驚く店長に彩果が
「ね。言ったでしょう」
そう言って少しだけ嬉しそうな顔をした。それを見て店長が
「何が違っていたんだ。俺と君では」
そう質問をするので
「差は熱を奪わなかった事よ」
「熱?」
「そう。貴方は炒めたライスを一旦お皿に取ったでしょう。それに比べて私は二つのフライパンで並行して作業した。だから炒めたライスが全く熱を落とさずに卵に包まれたのよ。その結果」
「その結果……」
「卵に包まれたケチャップライスは蒸れる事が出来たのよ。蒸れて一層美味しくなったのよ。貴方のではそこまで熱が無かったのよ。その差」
そう言って彩果は店の制服から着替えた。
「知らなかった。オムライスが蒸れて、そこまで味が深くなるなんて。君、名前は?」
「光本彩果。食物高専三年よ。家は『丸山食堂』をやってるわ。土日や祭日は私も店に出るわ」
「そうか、俺はこの店に店長で先日配属されたばかりの相川正だ。これでも『月のうさぎ』では評判良いんだぜ」
相川と名乗った店長はそう言って笑った
「私と同じようにするのは難しいかも知れないけど、熱を逃さないというやり方を考えたら、この店が一番になるわね」
彩果のアドバイスに相川は
「ああ、何とか考えて見るよ。ところで、その制服だが貰ってくれないかな」
「え、これ?」
「ああ。嫌か?」
「嫌じゃ無いけどどうして?」
「それ新品なんだ。いつでも何かあったらフリーで来てくれて結構だと言う意味なんだ」
相川の提案に
「そうね。この店の飾りつけは見事だから。私も参考にさせて貰うわ」
そう言ってニッコリと笑うのだった。