里志からの電話の内容は俺を旅行に誘う内容だった。
「じゃあ楽しみにしているからね」
「ああ、判った」
 そう返事をしてスマホの通話ボタンを押して終了させた。程なく里志からグループLINEで旅行の場所や日時、そして当日の待ち合わせ場所が確認の為送られてきた。それに目を通す。
 グループLINEのメンバーは四人。俺と里志、それに伊原と千反田だった。里志と伊原は先年籍を入れて夫婦となっている。だが伊原が漫画家として売れだしてしまい、夫婦としての時間があまり取れないらしい。そこで思い切って旅行を計画したのだった。何でも伊原は連日仕事用に借りたマンションに居て余り帰っては来ないらしいのだ。これは里志が先程電話で俺に言った内容だ。
 大学を出てはや二年。社会人として何とか格好が付き始めた頃だった。千反田とは高校を卒業して以来数回逢っただけだ。京都の大学に行った千反田と東京の三流大学に進学した俺はじっくりと逢う事もままならなかった。
 週に一度ぐらいは電話を掛けていたが、普段はそんなものだった。お互いに帰省する時期も違うので神山で逢う事もなかったのだった。
 理系の学部というのは実験や観察で結構忙しいらしい。文系の俺とはそれも食い違うことだった。就職した俺と違い、奴はそのまま大学院に進学した。だから今でも京都住まいだった。関西に出張したついでに一度立ち寄ったことがあるが、友達が来て居たので、顔だけを見るとそのまま失礼した。どうもその友人がその晩泊まることになっていたそうだ。そんな状況では長居できない。数日後、千反田からお詫びの連絡が入ったが、そもそも急に立ち寄った俺も悪いのだと言ってその時はそのままとなった。それ以来じっくりと話をしていない。
 里志のプランでは最初は神山近郊の温泉に行くというプランだったが、伊原が反対した。
「家の近くでは旅行に行った気がしない」
 というものだった。確かに日常から離れてこそ旅の醍醐味があろうと言うものだと思う。東京住まいの俺でもそう思う。結果、箱根と決まった。小田原の駅前に十二時に集合と決まった。俺は小田急か新幹線で、里志と伊原、それに京都から来る千反田は新幹線となった。
 里志が予約した宿は塔ノ沢温泉にある宿で箱根登山鉄道の塔ノ沢駅を降りて吊橋を渡った先にある宿だそうだ。
「少し歩くけど大丈夫だよね」
 歩いても十~二十分程度なら大したことはない。
 季節は六月でどういう訳か皆の仕事が一段落するということだった。

 当日は曇り空だったが、雨とはならなかった。小田原の駅前で待っていると改札から三人が姿を見せた。
「偶然新幹線が一緒でね」
 里志が嬉しそうな表情で説明をする。
「こんにちは折木さん。暫くぶりです。いつぞやは本当に申し訳ありませんでした」
 千反田は俺が今日で千反田の部屋に寄った時の事を詫た。
「いいや俺の方こそ不意に寄ったのが悪かったのだ」 
 そんな二人のやり取りを伊原が興味深そうに見ている。
 千反田は夏物のモスグリーンのカーデガンに麻のワンピースを着ていた。スカートの裾から伸びた脚が眩しかった。
 四人は箱根登山鉄道に乗り塔ノ沢を目指す。電車はスイッチバックを繰り返しながら山を登って行く。線路の脇の紫陽花が満開で千反田も伊原も見とれていた。
「綺麗ですね。花に囲まれているみたいです」
 東京では少し盛りが過ぎた紫陽花だが涼しい箱根では今が満開なのだった。
「いやこれほど美しいとは思わなかったな」
 里志もその美しさに驚いていた。
 やがて電車は塔ノ沢駅に到着した。駅を降りて早川の方角に歩いて行くと、川を渡る吊橋が見えて来た。道から少し入っただけなのだが、辺りは霧に覆われていて吊橋の先は霞んでいた。
「何だか、とても神秘的ですね」
 千反田に言われなくても、恐らく皆同じことを考えていただろう。とてもここが東京から日帰り圏内とは思えなかった。
 吊橋を渡り道なりに歩いて行くと目指す宿はあった。だが霧の中に忽然と現れた感じがしたので、益々この世のものとは思えない感じがした。
 チェックインして部屋に案内される。部屋は二部屋とってあった。
「僕たちは構わないけど、ホータローと千反田さんは微妙な関係だからね」
 なるほど気を回してくれた訳かと納得する。
 結局、里志と俺、千反田と伊原となった。部屋に入ると窓から下の早川の流れが見えた。悪くない景色だった。
 早速風呂に入る。里志の言うには
「露天風呂もあるんだ。後でそっちにも行くつもりさ」
 そういえばこいつは温泉に来ると何回も入るのだと思いだした。
 夕食は別の部屋で四人で食べた。中々のもだったと記しておく。里志と伊原、千反田と俺が並んで、千反田と伊原が向かい合わせになった。
 夕食が終わり部屋に帰ってみると布団が敷かれていた。寝転がろうとした時、里志が
「ホータロー悪いけど、ここにこれから摩耶花が来るんだよね。だから悪いけど……」
 里志の言いたい事はすぐに理解できた。里志と伊原は夫婦の時間が余りにも取れないので今夜、その埋め合わせをしようとしているのだと理解した。
「そうか、じゃ俺はロビーにでも寝るとするか」
「おいおいホータロー。行く場所が違うじゃ無いのかい」
 やはりそうだと思った。俺に千反田の部屋に行けという事なのだ。
「千反田は知っているのか?」
「ああ、摩耶花が説明したら快諾してくれたそうだよ」
 どうような説明をしたのか判らないが納得してるなら、それでも良いかと考えた。
「判った。向こうの部屋に行こう」
「悪いね」
 特別悪くは無い。だが朝までには大分時間がある。それをどうするかだ。まさかずっと千反田と話をしてる訳には行くまい。
「千反田来たぞ」
 部屋の前で声をかけると中から
「はいお待ちしていました」
 そう声がした。襖を開けると部屋の中には千反田が浴衣姿で座っていた。髪の毛はそのままにしてあった。湯に入った時は上げていたのだろうと思った。
「摩耶花さんたち今夜はゆっくりと二人の時間を過ごしたいそうです。だから快諾したのです」
 俺も想いは同じだった。千反田の向かいに座る。俺も浴衣姿だ。
「思いがけなくわたしたちも二人だけの時間が持てましたね。本当はこの時を待っていたのか知れません」
「京都では時間が持てなかったからな」
「はい、あの日、わたし自分の間抜けに呆れました」
「あれは俺が悪かったんだ。前に電話でも入れておけば良かったんだ」
「でもお仕事の都合もありますから」
 でもそれは言い訳でしかないと思った。その気があればどうにでもなる。
「そっち行っても良いですか?」
「あ、ああ」
 返事がぎこちないとは思う。千反田は立ち上がると回って俺の隣に座った。
「わたし大学に行って折木さんと離れ離れになって本当の自分の気持に気がついたのです。遅いですよね。その時折木さんは東京に住んでいたのですから。だから高校を卒業してから折木さんの事を忘れた事はありません」
 千反田に言われなくても俺も同じ気持ちだった。千反田がそっと躰を近づけて来る。そっと浴衣の上から抱きしめた。浴衣越しに千反田の柔らかい躰の感触を感じる。耳元で柔らかいため息が漏れる。
「折木さん。しっかりと抱きしめてください。どこにも行かないように」
 その言葉を耳にして両腕に力を入れる。豊かな胸の感触を感じる。そういえば高校の時に市民プールで千反田の水着姿を見たが、あの頃より豊かな感触だった。背中に回した手の感触で少なくとも上半身は浴衣の下は何も身に着けていないと思った。
 お互い見つめ合い口づけをする。口づけは高校の時に経験済みだった。
「折木さんキスが上手くなってます。誰としたのか、わたし気になります」
「上手くなったと判るという事は誰と比べているのかな」
「折木さんイジワルです」
 そう言って俺のはだけた浴衣の胸に顔を埋めた。
 背中の手を下に移して行く。腰のあたりで下着の感触が無いことに気がつく。その気配が判ったのか
「湯から上がって躰を拭いたあと素肌にそのまま浴衣を着ました」
「じゃあ食事の時も……」
「はい」
「大胆だな」
「だって今夜はどうしても折木さんに気に入って欲しかったのです。こんなわたし嫌ですか?」
「いいや。その気持も嬉しいよ」
 千反田の浴衣の合わせは既に乱れていて、豊かな谷間が覗いている。そっと手を入れると甘い吐息が漏れた。
「すごく敏感になっています」
 それは膨らみの先が固くなっているので判った。
「もうわたし……」
 その言葉に布団の上に寝かせ、帯を解き浴衣の前を開くと芸術品と言っても良い美しい千反田の躰が現れた。シミひとつ無い白い素肌。豊かな胸と腰。男としてこれほど恭悦を感じた事はなかった。
 長年の想いが叶った瞬間でもあった。千反田もそれは同じ想いだったのだろう。その喜びでそれが判った。
 その夜は人生に於いてお互い本当に喜びに満ちた夜だった事を記しておく。


                      <了>