2018年02月

「氷菓」二次創作 「甘い日」

 世間がバレンタインデーと騒いでいた2月14日の前日、俺はいつもと変わらず地学講義室にいた。このところ神山も雪の日が多く、節分以来晴れた日は数日しかない。本来ならさっさと家に帰れば良いのだが、生憎、千反田から昨夜電話があったのだ。
「明日、放課後部室にいらしてください」
 次の日ならさしずめチョコレートを渡すのだろうと思うだろうが、そもそも千反田の家では親しい者には盆暮れの挨拶をしないとのことだから、バレンタインもやらないそうだ。だから親しい俺には当然、そんなものは無いので別な要件だと思っていた。
 伊原は既に用意したのだろう。明日渡すと、言っていたし、昼休みに廊下ですれ違った伊原が
「今日明日は部室には顔を出さないから」
 そう言っていたのを思い出した。まあ、好きにすれば良いと思い文庫を読むのを再開する。そして、暫く経った時だった。不意に教室の入り口が開かれた。
「ああ、折木さん。居てくれて良かったです」
 息をはぁはぁさせて肩を揺らしている。階段を駆け上がって来たのだと思った。
「お前が来てくれと昨日電話で言っただろう」
「それはそうですが、授業が終わって時間が経ってしまったので、帰ってしまわれたと思っていたのです」
 やっと息が治まって来たようだった。
「それで何の用なんだ」
 千反田は俺の言葉を待っていたかのように語りだした。
「実は折木さんにお願いがあるのです」
「お願い?」
「はい、実はチョコレートを食べて欲しいのです」
「おいチョコは明日だろう?」
「いえ、そのわたしのでは無いのです」
「お前のではない? 何だそれは」
 千反田は少し困ったような顔をしている。本人は判ったつもりで話してるのだろうが、いきなり聴かされた俺は要領を得ない。
「すまんが最初から話してくれないか」
「すいません。実はわたしの友達が明日、好きな人に告白してチョコを送るつもりなのです。チョコは出来上がったのですが、二種類作り、どちらを送れば良いか判断出来なくなってしまったのです。だから第三者に試食してもらって欲しいのです。それを折木さんにお願いが出来ないかと」
 何のことはない。要はチョコを試食してどちらが美味しいか判断すれば良いだけのことだ。
「丁度小腹も空いて来たところだ。美味しいチョコにありつけるなら嬉しいな」
「ありがとうございます。助かります」 
 そう言って千反田は鞄の中から小さなピンク色の包を取り出した。そしてそれを広げると、ハート型のチョコが二つ現れた。
「説明は後で致しますので、まずは一口食べてみてください」
 見た限りでは片方は普通のミルクチョコレートに見える。もう片方は少し黒くなっておりビターチョコかと思わせた。大きさはどちらもほぼ同じで横が五センチぐらいで縦も同じぐらいに思えた。
 ミルクチョコと思われる方を折って口に入れる。真剣な眼差しで居る千反田を見たら、割らないでそのままカジッた方が良いかと思った。
「ん、甘いな」
 チョコだから甘いのは当たり前なのだが、俺にしてみれば、かなり甘さを感じたのだった。
「少し甘すぎないか?」
 俺の言葉を聴いて千反田は
「やはり甘いですよね。良かった。わたしも、そう思ったのです」
「送る相手はかなりの甘党なのか?」
 俺の言ったことがおかしかったのか、千反田が笑っている
「折木さん、『甘党』とはお酒を呑めない方で甘いものがお好きな方の事です。特に甘い嗜好の方の事ではありません」
 そうなのか、そう言われてみればそうかも知れない
「さいですか」
「もう片方もお願いします」
 千反田に言われるまでもなく口に入れた。今度はそのままカジる形となった。
 こちらのチョコは色からして少し苦味があると思ったが、こちらも甘かった。それに何かを砕いて入れてあった。
「千反田。こちらには何が入っているんだ。さしずめピーナッツでも砕いていれたのか?」
 口の中でゴロゴロする食感を楽しみながら尋ねた。
「ピーカンナッツです。正式にはペカンナッツと呼びます。脂肪分の多いナッツですね」
「そうか、それはチョコに入れるものなのか?」
「はい、最近ではペカンナッツそのものにチョコをコーチングしたものの多く出ています」
 俺はよく知らないが流行りなのだろう。試食してみて悪くないと思った。甘さはこちらも相当甘いがナッツがそれを中和させていると思った。
「こちらの方が俺は好きだな。さっきのは俺には甘すぎると感じたな。大体の男なら同じことを思うのではないかな」
 素直な感想を言った。すると千反田は
「そうですか、わたしは甘さは丁度良いと思ったのですが、やはり折木さんに試食して貰って良かったと思いました。きっと友達も喜ぶと思います」
「残りはどうする?」
 二つのハート型のチョコは片方は俺がカジッてしまったが、もう片方は手で割ったので千反田が食べても構わない。
「友達にはペカンナッツの方を勧めます。残りは折木さんが食べてください。実はわたしも持っているのです」
 千反田はそう言うと自分の鞄から緑色の包を出した。そしてそれを広げると、数あるチョコから一つを摘んで
「こちらはハート型ではありません。だから折木さんに食べて貰うのはそちらを出したのです」
 俺はもしかしたら今千反田が広げた方が俺用で、最初に広げた方が千反田に対して用意されたものだった気がした。千反田は俺の隣に座ると先ほどのピーカンナッツが入って俺がカジッたものを摘んで自分の口に入れた。そして恥ずかしそうに
「折木さんは気がつかれていたかも知れませんんが、本当はこちらが私が貰った方なのです」
 やはりそうだった。だがならば何故ハート型なのだろうか? 
「わたしが頼んでハート形にして貰ったのです。そしてそれを折木さんに食べて欲しかったのです」
 俺はここまで聴いて、もしかしたらチョコを作る時に千反田も手伝ったのではないかと思った。
「一緒に作ったのだろう?」
 俺の考えに千反田は頬を少し赤くして
「はい、その通りです。お手伝いをしました。その時、わたしに考えが浮かびました。バレンタインの日は失礼しますが、それ以外の日ならこのチョコを折木さんに食べて貰うのは良いのではないかと言う考えでした」
 何のことはない。俺は千反田に上手く載せられたのだ。だがこれも悪くないと思った。正直言って昨年少しは期待したのも事実なのだ。
「俺の口のついた方を食べたがそれは意識してなのか?」
「もちろんです。摩耶花さんは福部さんに口移しでチョコを食べさせてあげると言っていました」
 しかし伊原も伊原だ。他人にそんな事を言うなんて。それとも女子は平気でそんな事を語り合うのだろうか?
「羨ましく思ったのか?」
「少し・・・・・・でも学校では出来ないからとも言っていました」
「当たり前だ学校でそんな事をしてはならない」
「でも……」
「でも?」
「こうすることは駄目ではありません」
 千反田はそう言うと
「折木さん。あ〜んしてください」
 そう言って自分用のチョコから一つを摘んで持ち上げた。そしてだらしない俺の口にそれをそっと入れた。
 甘い! このチョコは今日食べたチョコの中でも一番甘く感じた。そして千反田は、嬉しそうな表情をして大胆なことを口にした。
「明日は、折木さんのお家で口移しで食べさせてあげますからね」
 それを聴いて少しは悪くないと思うのだった。


                              <了>

「氷菓」二次創作 「春遠からじ」

 最近は姉貴が家によく居るようになった。もう就職は百日紅書店に決まり、大学へもそれれほど行かなくても良くなったらしい。だが卒論があるらしく大抵は自分の部屋でパソコンを叩いている。俺が普段から掃除や炊事をやってることに変わりはない。大体一人前も二人前もそこに親父が加わって三人前でも手間はそれほど変わらない。
 そんな一月の最終週だった。家の電話が突然鳴り出した。まあ電話というものは大抵突然鳴り出すものだが……。
「はい折木ですが」
「ああよかった。家に居てくれたのですね」
 声の感じで千反田だとは判ったが、相変わらずだと思った。
「千反田か?」
「あ、はい、えるです。すいません。いま、お時間ありますか?」
「ああ大丈夫だが」
「良かったです。いきなりで申し訳ないのですが、実は二月の三日の土曜日は何かご用事がありますか?」
 二月三日と言えば次の土曜日だ。確か特別な用事は無かったはずだった。
「特別な用事は無いが、何か用か?」
 思えば度々このような電話を受けた覚えがあった。
「実は二月三日は節分ですのでわたしの地元の水梨神社でも豆まきをするのですが、困ったことが起こったのです」
「困ったこと?」
「はい、手伝いの男の方が数名インフルエンザに掛かりまして、当日手伝えなくなったのです。そこで心当たりのある者があちこち頼んでいるのですが、何しろ急なことで中々手伝って戴ける方が見つからないのです。そこで重重々失礼だとは思ったのですが、折木さんに頼めないかとお電話したのです」
 要は男手が欲しいということなのだろう。千反田との付き合いが長くなるにつれ、あいつの物の言い方にも慣れて来た所だと感じた。
「前の雛の時と同じようなものか?」
 俺は昨年の四月の初めに水梨神社で行われる「生き雛まつり」を千反田に頼まれて手伝った。仕事の内容は雛に扮した千反田に後ろから傘を差す役目だった。千反田が言うには何でも傘持ちの衣装の大きさが俺に丁度良かったという事だった。
「そうですね。男集の方には吉田さんや谷本さんそれに花井さんもいらっしゃいます。だから手伝い易いは思うのですが……」
 吉田さんは俺の事を「しっかりしていなさる」と大いに勘違いした人だ。印象が深いから記憶に残っている。花井というのは俺の事を胡散臭く感じた男だ。これも覚えている。谷本というのはその二人に色々と言われていた男だ。なんだちゃんと覚えているじゃないか。
「行っても良いが、俺なんか大して役に立たんぞ。それでもいいのか?」
「お願いします」
 電話の向こうで千反田が頭を下げた気がした。
「奉太郎、引き受けてあげなさいよ。どうせ何も予定なんか無いのでしょう」
 後ろから聞こえて来たのは姉貴の声だった。
「判った。引き受けるよ。だが俺なんか大して役に立たんぞ。もう一度言うが、それでも良いのか?」
「お願いします」
「判った」
「良かったです! 豆を撒くのは十一時と十四時の二回です。出来れば申し訳ありませんが九時までに水梨神社に来て戴けると幸いです」
「九時に水梨神社だな」
「はい。終わればウチで打ち上げがありますので」
 雛の時も終わった後で千反田家の大広間で打ち上げがあった。俺と千反田は縁側であの日、行列のコースが変わった謎を語ったのだった。
「判った」
「それでは宜しくお願いいたします」
 千反田はそう言って電話を切った。
「なんだかんだと言って、えるちゃんから頼りにされているんじゃない」
 姉貴が自分のマグカップにコーヒーを注ぎながらニヤニヤしている。
「これも付き合いだからな」
「ふう~ん」
 姉貴はコーヒーの入ったマグカップを手に自分の部屋に帰って行った。
 俺は自分の部屋のカレンダーの二月三日の所に予定を書き入れた。

 当日はいい天気で、しかも二月としては暖かい陽気だった。自転車を陣出に向かって走らせる。道の両側には雪が残っていたが、自転車を走らせるには問題がなかった。
 九時少し前に水梨神社に到着した。自転車を車庫にしまい社務所に行く。
「すいませーん」
 声をかけると
「はーい」
 という女性の声が聞こえその声の主が姿を表した
「折木さん。今日は本当にありがとうございます!」
 それは白装束に朱の緋袴を履いて長い髪を後ろに束ねて背中に流した千反田だった。よく見るとうっすらと化粧をしていた。千反田の化粧した姿を見るのは雛以来だった。
 着ているものの用語は後で千反田が説明してくれた。
 白い装束の襟からは「掛襟」と呼ばれる赤い襟が覗いていて、袴は上指糸という帯のような赤い布で締められていた。
「お前、今日は巫女なのか?」
「うふ。手伝いですから今日だけはこの格好です。後で『千早』と呼ばれる上着も着ます」
 千反田の着物姿には多少慣れたがこのような巫女の装束を着ていると又感じが違う
「そうか、良く似合っている」
「そうですか。ありがとうございます! 昨日、かほさんに色々と尋ねたのです」
 千反田の言葉で十文字と初めて会った時の事を思い出した。あの時は圧倒的な巫女パワーに気圧されてしまった。だが今日の千反田にはそれは無い。その代わりにため息が出るような気品というか可愛さが存在していた。
「さ、上がってください。皆さん揃っていると思います」
 千反田に案内されて雛の時の部屋に赴くと、見知った顔が居た。
「お早うございます。折木と申します」
 一応挨拶をすると奥に居た白髪の老人が俺の顔を見てやって来た。
「おおこれは折木さん。わざわざ来て下さりありがとうございます! さあこっちに来てくだされ」
 白髪の老人は吉田さんだった。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「何の、やっと生きてるだけですわい」
 言葉とは裏腹な生き生きとした様子だった。
 お茶を出されたのでありがたく戴く。暖かい日とは言え、寒風の中自転車を走らせると体は冷えるからだ。
 その後、仕事となったのだが、主な用事は重いものを運び、上げ下ろしする事だった。奉納された菰樽や色々な品物を豆を撒く舞台に並べて行く。確かにこれは男手でなければ出来ない。
 それが終わると、今度は「打ち上げ」のために千反田家に酒や飲み物を運び込む。大広間では既に座卓が並べられていて、陣出の地区の女性陣が用意をしていた。後から業者が料理を運び込むのだという。
 神社の社務所では千反田を始め、巫女の姿をした女性が豆を撒く時に使う大きな升に豆を入れていた。あと少しで最初の豆撒が始まる時間だから。奥の客間と思える座敷には既に招待客や歳男女が出番を待っているという。千反田が
「折木さん。折木さんも豆撒の時は会場に居たらどうですか? この升の中にクジが入っていて運が良ければ何か商品が当たるかも知れませんよ」
 そんな事を言うが俺に元来くじ運が無いのは昨年のおみくじで証明済みだ
「いや、それはやめて置こう。でも商品は何があるんだ?」
 俺の疑問に千反田はすらすらと
「まずお米10キロが数本、次に電子レンジ、それから炊飯ジャー、自転車もあります。変わったところではエスプレッソマシンもありますね。それから最初の回で歌手のSさんが豆を撒くのですが、そのサインのチケット付き色紙もありますよ」
「歌手のSって言ったら神山出身の大物歌手じゃないか。良く呼べたな」
「はい、実は印字中学の出なんです。それで同級生が呼んだそうです」
 そうなのか、印字中出身だとは知らなかった。
「だから実は色紙が隠れた人気だそうです」
「色紙って何枚かあるのか?」
「はい十枚書いて戴いたそうです」
 確かにファンなら欲しいだろうと思った。
 時間になったので、案内役の巫女を先頭に五名の裃をつけた男女が控室から出て来た。俺は最初気が付かなかったが、案内の巫女が俺の傍を通る時に小声で
「探偵くん」
 その声で巫女を良く見ると何と沢木口だった。何故彼女がここに居るのだと思っていると一緒に出て来た千反田が
「わたしと同じくお手伝いです。何でも親戚の方が陣出に住んでいて、その方から頼まれたそうです」
 俺がよっぽどおかしか顔をしていたのだろう、千反田が笑っている。それに受験はどうしたのだろう
「沢木口先輩はAO入試で何処かの大学に決まってるそうですよ。入学式までに学力を考査する為に提出する問題集が大変だと言っていました」
「お前、沢木口とも知り合いなのか?」
「だって映画の時に知り合いになったじゃありませんか」
 そうか千反田の感覚だとあれで知り合いになるのかと思った。最後に歌手のSが前を通って舞台に出て行った。その途端、舞台の方から物凄い歓声が沸き起こった。Sの神山での人気は凄まじいものがある。俺も舞台の袖から隠れて豆撒きの様子を見学することにした。
「鬼は外、福はうち」
「鬼は外、福はうち」
 それぞれが升に手を入れて豆を掴んで大勢の人々の中に投げ入れる。よく見ると、その中に白い紙粒が混じっていた。
「白いのはくじなんです。あの中に当たりがあるんです」
 俺の横に立っていた千反田が教えてくれる
「あれ全部が当たりでは無いのか」
「はいハズレもあります。だから当たった方は本当に福を呼ぶのです」
 なるほど聞いてみなければ判らないことだと思った。
「次の回にもSの色紙はあるのか?」
「はい五枚ずつですね」
「詳しいんだな」
「はいくじは作りませんでしたが、豆の中に混ぜましたから」
「そうか、そんな手伝いをやっていたのか」
「それと、当たった景品の交換作業ですね」
 そうか確かに当たった景品を巫女さんから受け取れば有り難みも湧くと言うものだと思った。
 豆撒が終わると景品の交換となる。千反田は会場の隅にある場所に移動した。豆を撒いた男女は控室に戻って行った。会場は未だざわめいていた。
「折木君、我々も昼食にしよう」
 村井さんから声を掛けられたので有難く後を着いて行く。社務所の打ち合わせをしていた部屋には弁当が並べられたていた。
 部屋には巫女姿の手伝いの者もやって来ていたがその中に千反田の姿はなかった。するとそんな俺が物欲しげな顔をしていたのか沢木口が来て
「探偵くん。えるちゃんはもうすぐ来るから安心だよ」
「あ、いや、その……」
「何言ってるの。目が探していたでしょ」
 完全にバレバレだった。事実、食べ始めると直ぐに千反田ともう一人の景品の交換の巫女さんが部屋に入って来た。それを見た沢木口が千反田に俺の隣に座るように促した。
「隣、失礼しますね」
 半分笑いながら千反田が俺の隣に座って来た。この部屋に居るのは手伝いの者だけで、招待客や豆撒をした者は別の部屋で食事をしているそうだ。その内、Sも別の部屋なのだろう。
「折木さん、鮭が美味しいですね。食べさせてあげましょうか?」
 なんてことを言うのだと驚いていると
「冗談です。二人だけなら兎も角、ここでは皆さんが見ていますからね」
 冗談だと判りホットとするが、それにしても正月の入れ替わり以来、千反田が積極的になってる気がする。
「でも少しおかしな事があったのです」
 弁当を食べながら千反田がボソッと呟いた
「おかしな事?」
「はい、歌手のSさんの色紙なんですが実は来月の神山でのコンサートのチケットが付いているのです。当たりくじは五枚のはずなのに六人の方が当たりくじを持って来られたのです。幸い色紙は多めに書いて戴きましたし、チケットも多めに戴いたので事なきを得たのですが、確かに五枚しか当たりを入れていないのに何故一枚多かったでしょうか? わたし気になります!」
「間違えて多く入れたんじゃないのか」
「そんな事はありません。わたしは確かに色紙のくじは五枚しか入れませんでした」
「そのくじお前持っているか?」
「あ、もっています。景品を交換した後で確認作業をして要らなくなったので捨てようと思っていました」
 千反田はそう言って千早の袖から数枚の紙切れを出した。一片が幅が二センチ、長さが五センチほどの紙切れで色紙という景品の名が黒く書かれていて、神社の判が押してあった。
「ほら六枚あります」
 俺はそれを見比べて事実を推測した。だがそれをここで語るのは良くない。この部屋にくじを一枚多く偽造して紛れ込ませた犯人がいるからだ。
「千反田、あとで真相を言う。だから今は何事も無かったように振る舞ってくれ」
「判りました。さすがですね。もう真実が判ったのですか!」
「大体だけどな。これから裏を取るから、打ち上げの時に真実を話せると思う。確かに言えることは、六枚のくじの内一枚は偽造だ。よく見れば判る」
 俺に言われて千反田は六枚のくじを見つめていたがやがて表情が変わった。
「では、後で……」
 その後千反田はくじをしまって、弁当を食べ続けたし、俺も他愛ない話をして弁当を平らげた。

[newpage]
 午後からの豆撒も無事に終了して会場の撤去や色々な力仕事をして打ち上げの時刻となった。歌手のSは仕事の為、打ち上げに参加せずに神山を旅立った。
 「雛」の時と同じように酒が振る舞われ宴会が盛り上がっていた。俺は暖房と会場の熱気にあてられて縁側に出て涼んでいた。そこに着替えて普段着となった千反田がやって来た。瞳を怪しく輝かせている。
「折木さん。先程の真相なんですが、わたし知りたくてウズウズしていました」
 縁側で俺の隣に座ると紫色の瞳を輝かせた。
「先程見た時、わたし見直して判りました。一枚だけ確かに違っていました」
「今、持っているか?」
「はいここに」
 千反田はそう言ってポケットから数枚の紙切れを取り出して二人の前に並べた。
 並んだ紙切れは一見全く同じように見えるがよく見ると一枚だけ若干用様子が違っていた。
「折木さん。この一枚だけ違います。何故でしょうか?」
「千反田、他のはパソコンのプリンターで『色紙』と印字してありそこに神社の印を押してある。だから赤い部分は朱肉だ。だが、この一枚だけは朱肉ではない。何故か、それはこの一枚だけがコピーしたものだからだ。犯人は元の当たりくじをカラーコピーしたんだ。それを同じ大きさに切りそろえて当たりくじに混ぜた。お前混ぜた後豆撒きまで監視していたか?」
 俺の質問に千反田は首を横に振り
「いいえ、まさかそんな事があるとは思ってもいなかったですから」
「当然だろうな。いわば氏子同士の身内だけみたいな環境でそんな事をするものは居ない。だから、棚に置いておいた時に誰かの升に紛れ込ませたのだろう」
「折木さん。一体誰がそんな事をしたのでしょう」
「千反田。ここからは俺の推測になるが、先程の事だ、皆が集まっていた時に氏子の役員の中に子供がSのファンだと言う者がいた。花井さんだったかな、『色紙当たれば良いね』とある者に言っていたよ」
「では、その方が?」
「多分な。色紙やチケットが多く用意されていた事を知っていた者。セットされた升にこっそりと偽造くじを紛れ込ませる事が出来る人物。その者こそが犯人だ」
 千反田は俺の考えを最後まで聴いて
「どうしても欲しかったのですね」
そう言って悲しい顔をした。
「わたしは誰のファンではありませんから、どうしてもチケットや色紙が欲しいと言う気持ちは判りかねます」
「俺もそこまでは判らんよ。でもこれは今日、豆撒を楽しみに集まった一般の人には言えない事だな。あくまでも氏子の中だけにしておいた方が良い。お前はどう思う」
 千反田は庭の梅の木を眺めていた。春の遅い神山だが早咲きらしく目の前の梅は赤い花開かせていた。
「そうですね。言えないですね……」
 そこまで言って千反田はハッとした顔をして
「折木さん……それって今までもあったことなんですね。言えないことって……」
 俺は千反田の肩を抱き寄せると
「ああ、今までもお前に黙っていたことがあるのは事実だ。だか決して隠していた訳ではない。それだけは判ってくれ」
 千反田は俺の肩に身を任せて
「はい。今になって色々と理解出来ました。折木さんの考えがわたしの事を想ってのことだったのですね」
 もしかしたらこんな事実は千反田は知らないままの方が良かったのかも知れない。でも何時かは判ってしまうことだった。
「がっかりしたか?」
「いいえ、大丈夫です。わたしひとつ大人になりました」
 千反田は俺の方に向き直してニッコリと微笑んだ。
「ああ、ほらまたイチャついている!」
 その声に驚いて振り向くと沢木口だった。
「ねえ、探偵くん。わたしの巫女姿見てくれたでしょう? どうだった」
 沢木口は千反田とは反対側の隣に座り俺の肩を抱くように取り巻いた。それを見て千反田が笑っている。俺はこの場をどうやって逃れるか考えていた。



                         <了>
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