2016年11月

「天と鈴」 第13話 立冬

 目覚ましを止め着替えて、仕入れ用の小さな手にぶら下げる鞄を持って表の戸を開くと、身を引き締めさせる様な冷たい空気が身を包んだ。
「そうか、今日は立冬か。早いなこの前まで暑いと言っていたのにな」
 独り言を呟くと後ろから
「気をつけてね」
 声の主は鈴だ。何か無ければ仕入れには一緒に行かないが、やはりこの時間に目が醒める。いつの間にか、それが体に染み付いてしまった。
「ああ、行って来る」
 天がそう言って戸を閉めると鈴は再びカーテンを閉めた。変に開けていると通りがかりに覗いて行く奴がいるのだ。
「もう冬なんだ……」
 鈴はカーテンを閉めながら。硝子越しに煌々と輝く明星を眺めていた。もし、月に行ったらこれも見えなくなるのだろうかと思うのだった。
「考えても仕方ないか。答えは決まっているのだから」
 鈴も独り言を呟くと、帰って来る天の為に朝御飯の支度を始めるのだった。

「野菜が高くて困ったよ」
 納豆をかき混ぜながら天が鈴に仕入れの状態を説明している。
「そうなんだよね。いつまで続くのかしら。困ってしまうよね。我々のような商売は」
「全くだがな、もう鍋もメニューに入れないとならないだろう。値段変えるか?」
「駄目だよ。信用問題になるから、駄目」
「じゃあ量を調節するとか?」
「それも駄目」
「仕方ないか」
「うん。仕方ないよ」
 二人で考えていたが結局いい案は浮かばなかった。
 そんな二人の想いとは関係なく今日も店は繁盛している。むしろここの所お客が増えているのだ。最初はその理由が判らなかったが、常連の一人が
「ここの野菜料理が評判良いんだよ。今高いからさ。それに他所では量を減らしてる所もあるけど、ここは前と変わらないから皆来てるんだよ」
 そんな事を言ってくれた。確かに野菜料理が良く出るとは思っていたが、晩秋だからと考えていたのだ。里芋や南瓜、それに栗を使った野菜の煮物などもよく出ていた。そんな事を聞かされたなら値上げや量を減らす事は出来ない。

「やっぱり変えなくてよかったね」
 ランチタイムが終わって昼食を採っていた時の事だった鈴が天に先程の常連客の言葉の事を言った。
「ああ、出る量が増えれば仕入れでまけさせる事も出来るからな。その点は有り難いよ」
「鍋も始めるんでしょう?」
「ああ、始める。今年は一人利用の鍋なんてどうかなと思ってるんだ」
「一人用? だって鍋って大勢でワイワイ言いながら食べるのが良いんでしょう?」
 鈴は鍋とは家族や仲間皆で突き合うものだと思っていたから天が変な事を言いだしたと思ったのだ。
「ああ、基本はそうだが、ウチに来る客の殆どが一人で食べに来るお客さんだ。彼らは今までの鍋だったら注文する事は無いし、出来ない。つまり食べる事は出来ないと言う訳だ。だから昨年までは宴会の時ぐらいしか鍋は出なかった。そこで考えていたんだ」
 天の説明に鈴は尤もだとは思ったが、果たして常連客が鍋など頼むのか疑問に思った。
「出るかしら?」
「冬になれば牛丼のファストフードでも出してるじゃないか。毎年出してると言う事は数が出ているからだろう」
 確かにテレビを見れば煩いほどCMを流していた。気にはなっていたが自分の店とは関係が無いと思っていたのだ。
「じゃあやって見る? 道具買わないと……」
「一人用鍋に卓上コンロに燃料だな」
「数は?」
「三十もあれば充分だろう。燃料は20ずつ市場で売ってるから、それを買って来れば良い。鍋とコンロはカッパ橋に行って買って来るか」
「ネットでも売ってるけど」
「一度見てみないとな。同じ品ならネットで注文しても良いけどな」
 カッパ橋商店街は料理や調理関係の物は何でもあるが、値段はそれほど安くは無い。数が出ればまけてはくれるがネットの業者の値段とは比べられない。
「明日でも昼休みに見て来るよ。それをネットで探せば良いな」
「そうだね」
 その日はそれだけで終わり、翌日の昼休みに天はバイクに跨ってカッパ橋に出かけて行った。天曰く
「電車や車よりバイクの方が早い」
 そう言ってでかけたのだが、バイクは仕入れでも使うので125ccのカブを持っている。鈴はバイクに乗りたいとは思ったことは無いが菜は結婚前は天の運転する大型バイクの後席に乗って良くツーリングをしたそうだ。

 天は夕方の開店前に帰って来た。遅くなるようなら高校は遅れて行くつもりだったが、その心配は無かった。
「良いのがセットで格安で売っていたから頼んで来た。明日届く」
「え、もう買っちゃったの?」
「ああ、ネットで見て目を付けていたのが在庫処分で出ていたんだ。三十五個纏めて買ってくれれば更に値引きしてくれると言うからさ。計算したらネットより安くなったし、送料も要らないと言うからさ」
 天の言葉で鈴にもどの品物を買ったのか判った。安く買えたならそれで良いと思った。

 鍋とコンロが到着して次は中身の問題だ。天は
「基本は寄せ鍋からやろうと思う。鍋には牡蠣の土手鍋なんてのもあるが、最初はオーソドックスな寄せ鍋だな」
「何を入れるの?」
「白菜、白滝、豆腐、エノキ、しめじ、春菊。野菜はそんな所かな?」
「魚は?」
「ホタテに鱈に小海老に小さな蛤かな」
 中身が決まったので試作してみた。鍋の汁はオーソドックスに昆布と鰹出汁で、それを醤油と味醂に塩で味を付けてた。
「美味しいよ」
「ああ、鍋の具から旨味も出るからこのぐらい、あっさりしていた方が良い。その方が具合が良くなるのさ」
 天が買ってきた固形燃料は通常の状態で十五~二十分燃える燃料で、尤も一般的なものだった。
 鍋は仕込みの時に、具材を詰めて冷蔵庫に保存しておく。それを注文を受けて冷蔵庫から出して、温まった出汁を鍋に入れてコンロごとお客の前に運んで火を付ける。青白い炎が立って鍋を温めて行く。
 しばらく経つと鍋がグツグツと言い出して、やがて蛤が口を開ける。こうなるとそろそろ食べ時だ。
「野菜も煮えた。食べてみろ」
 鈴は小さな鍋様の木杓子(スプーン)で中身をよそって取り皿に入れる。湯気がふわっと顔を包む。
 白菜や魚を一つずつ口に運ぶ
「うん、美味しい! 出汁が良く出ていて、更に美味しくなってる。これでうどん食べたくなっちゃった」
「うどんか、そうかそれも用意しておこう。考えてもなかったな」
 こうして天と鈴で考えた「一人用の寄せ鍋」は店でも好評で三十五の小鍋はフル回転したそうだ。
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「天と鈴」 第12話 大学芋と進路

 休みには美紀と映画を見に行った。かなり評判が良く人気の映画だった。だが、映画を見ていても昨夜の事が思い出されて画面に集中できなかった。 
 休みは何時もより時間の経過が早い。すぐに月曜になった。何事も無かったかのように何時もの事をする。代わり映えのしない毎日。だがそれが永遠に続くと心の何処かで信じていた。何の確証も無いのに……。
 天は何も言わなかった。もしかしたら、気がついていたのかも知れなかったが、何も言わなかった。既に覚悟が出来てるのかも知れない。最愛の菜と永遠の別れを体験したから、その時から覚悟が出来ているのかも知れないと鈴は思った。
 店はめっきりと秋らしくなり、秋の野菜や魚がメニューにも載るようになった。ご飯も新米が入荷して、ご飯好きなお客は喜んでいる。
 夕方になり高校に向かう。道すがら美紀と一緒になった。並んで、すっかり日の暮れが早くなった高校への道を歩いて行く。
「ねえ、鈴は卒業したらどうするの?」
 いきなり美紀が卒業後の進路の事を尋ねて来た。鈴は未だ三年生だと考えていたのだ。
「卒業って、未だ一年半もあるじゃない」
 そう答えると美紀は呆れて
「何言ってるの! これからの一年なんてあっという間だよ。今から考えておかなくちゃ」
 そう言って並んで歩く鈴の顔を覗き込むように眺めた。
「美紀はもう決めてあるの?」
 言い出したからには何か自分に言いたい事があるのだろうと考えた。
「うん、バイト先の社長が、『卒業後も正社員でどうか?』って言ってくれているんだ。それでね『経理を担当して欲しい』って言うのよ。今の人が歳だからそろそろ退社したいって言われたそうなんだ」
「へえ~そうなんだ。慣れた所ならねえ……」
「それに、費用を出してくれるから夜間の経理の専門学校に通わせてくれるそうなの。ちゃんと資格をとったら、お給料も増やしてくれるって言ってくれてね」
 美紀はきっと最近この事を言われたのだろう。それで、自分に言いたくなったのだと思った。
「いい話だと思う」
「でしょう! 新鮮味には欠けるけどね。悪くないと思うの。鈴はお店をそのまま手伝うの?」
 漠然と考えてはいたが、十六夜の夢枕で、本気で考えないとならないと思った。
「ねえ、もし私が遠くに行ったらどうする?」
 鈴は思い切って尋ねてみた。
「遠く? 関西とか地方とか? まあ、鈴がそこに行きたいなら応援するわよ。でも盆と正月には帰って来るんでしょ?」
「うん、関西や地方じゃなかったら?」
「海外!? 留学かぁ~ま、これも応援するけど、それならスカイプかなんかでやり取りしなくちゃね」
 美紀の性格から言っても、常に前向きな答えしか帰って来ないとは思った。

 授業が終わり帰り道。別れる時に美紀が
「何処か行くなら一番真っ先に知らせてね。親友なんだからさ。じゃまたね!」
 美紀に手を振って分かれて家に向かう。店に回ると天が暖簾を仕舞う所だった。
「あれ、早いんじゃないの?」
「ああ、天気も悪くなるから客も早く帰ってな。早いと言っても僅かだしな」
 鈴は、店の前の道に出してある電飾の看板の線を抜いて店に入れた。
 すっかり仕舞ってしまうと、鈴は天に訊いてみたい事があった。店のテーブルの所にある椅子に座る。鈴のそんな仕草を見て天も向かいに座った。
「何かあるのか?」
 さすが、親子だ通じる事もあるのだと鈴は思った。
「お父さんは、月に行く事が出来てお母さんに又逢えるとなったら月に行く?」
 突拍子も無い質問だと言われるかと思ったら天は意外にも冷静に
「そうだな、もう一度逢わせてくれるなら行っても良いな。でもな、父さんは、母さんの姿は地球で灰になったけど、魂は月に帰って月の守り神になっていると考えているんだ。だから、守り神として俺たち二人を月から見守ってくれていると信じているよ」
「じゃあ、月に行くことが出来たら、行くんだ?」
「行ける訳ないがな。もし行けたらと言う話だ……何だ、来たのか?」
「うん……夢枕に使者が立った……高校卒業したら来るみたい」
「そうか、あと一年半か……」
「でも、考えると酷くない! だって私だってもしかしたら東京の大学にだって行きたくなるだろうし、そんな自由も無いなんて酷い!」
「断ればいいじゃ無いか! 母さんみたいにさ」
「そしたら自分の子供が同じ目に会うんだよ」
 鈴は真剣に言ったつもりだった。だが天は笑いながら
「お前、向こうの手に乗せられているぞ」
 鈴は天の言った意味が最初は良く理解出来なかった。
「乗せられているって?」
「判らんか? お前が地球に留まろうと、月に行こうと、お前の子供には王位継承権が継承されると言う事だ。それはお前が何処に行っても変わることは無い。だから父さんは母さんと結婚したんだ。判ったかい」
 鈴は気の抜ける思いだった。言われて見ればそうだったのだ。月の血を引く者は何処で育っても何処に居ても変わる事はないのだと……。
「ま、食べろ!」
 出されたのは、楕円の深皿に盛った大学芋だった。黄金色に輝いていて、黒ゴマがアクセントになっていた。
「暇だから作ったんだ。食べろ」
 そう言って、小さなフォークを出した。
「そう言えば母さん好きだったね」
「ああ」
「もしかして、父さん、これを作る時に母さんの事を思い出していた?」
 天はそれには答えず
「食べれば判る」
 そう言って遠い目をした。鈴はそれを見て、決心が固まりつつあった。

「天と鈴」 第11話 十六夜の使者

 十五夜の翌日は「十六夜」(いざよい)と言われていて、「いざよう」とは「ためらう」とか「躊躇する」等の意味がある。これはこの晩の月が出て来るのが遅いからこの名前がついたそうだ。
 その夜、高校から帰って、店の手伝いを終え、暖簾をしまうと、鈴は早々と自分の部屋に帰った。明日は土曜日で高校は休みだし、珍しく天も土日と連休にしたのだ。最近は土曜も休みの会社が殆どで、ランチタイムの売上も少ないので、思い切って休む事にしたのだ。だから、鈴は美紀と出かける予定を立てていた。現在公開中で、大人気の映画を二人で見に行く予定を立てていたのだった。鈴は普段が睡眠不足気味なので、映画館等の暗い場所に居ると寝てしまう傾向があった。明日見る作品はどうしても見たい作品だったので、ちゃんと睡眠を取る事にして早く寝る事にしたのだった。
 天は縁側で一人、酒を呑んでいた。天空には昨夜と殆ど変わらないような月が出ていた。それを眺めながら呑んでいたのだった。
 肴は「きぬかつぎ」だった。今日の夜の客に出した残りだった。「きぬかつぎ」は「石川小芋」と呼ばれる小さな里芋を茹でたり蒸したりして食べる料理である。「石川小芋」は成長しても直径2センチ以下の小さな里芋である。茹で上がった小芋の上下を切って、上辺にはごま塩を付ける。味噌などを塗っても良いが天はさっぱりと塩で食べるのが好きだった。店でもそれで出している。この方が酒に合うのだ。
 皮の部分を指先で挟んで口元に持って来る。僅かに指先に力を入れると「ツルッ」という感触で小芋が口の中に飛び込んで来る。舌の上には塩味が、口の中には里芋のねっとりとした感触が一気に味わえるのだ。
 その感触が消えない内に酒を口の中に流し込むと得も言われぬ旨味が体全体を襲うのだった。
「全く、ご先祖様は良いものを残してくれたよな」
 そんな独り言を言いながら呑み続けるのだった。
 

 鈴の寝ている部屋に窓から月の蒼い光が注いでいた。普段はカーテンを閉めて寝ているのだが、何故か今夜はカーテンを閉めて寝る気にならず。開けたまま寝ていたのだ。元より鈴は月の光は嫌いではなかった。部屋も二階だし、覗かれる心配も無いのだが、一応の事も考えて普段はカーテンだけは閉めていたのだった。
 何時頃だろうか、鈴は人の気配を感じて目を覚ました。正確には人の気配というより何かの気配だった。
 寝たまま目を開けると枕元に月の光のような光に包まれて人らしきものが立っていた。起き上がり声を掛ける。
「あなたは、どなたですか? 何の用があってここに侵入したのですか?」
 本当なら大声を出していた所だが、何故かそんな気にならなかった。それは、その姿を見ただけで、その正体を薄々感じたからかも知れない。
「わたしは、月の国からの使者です。今日はあなたに大事なメッセージを伝えに女王さまからの命令でやって来ました」
 蒼い光に包まれた使者は鈴にこう伝えて来た。
「あなたの王位継承権は第三位となりました。本来はあなたのお母様の菜様が王位を継承するはずでした。先日、王が亡くなり本来なら菜様が王位を継ぐはずだったのです。でも、菜様はそれを放棄して地球の人と一緒になることを選択されました。そして生まれたのがあなたです。あなたにも王位継承権はあります。そして本日それは第三位となりました。この事を良く憶えて置いて下さい。いつの日か、あなたも月の王位に就く事になるやも知れません。それを覚悟して日々をお過ごし下れますように……。その日は来たらまたお迎えに参ります」
「ちょっと待って下さい! 母は本当は王女だったのですか?」
 一番訊きたかった事だった。母親が一番曖昧にしていた事でもあった。
「はい、前国王の長女でした。他に姉妹が二人いまして、三姉妹でした。月の国では女性しか王位が継承されません。だから、現在の継承権は現国王の娘様が一位。そして、菜様の一番下の妹さまが二位となって、あなたが三位です。ちなみに現国王は菜様のすぐ下の妹様です」
「そうなの……全く知らなかった。でも何時迎えに来るの? そして断る事は出来ないの?」
 鈴はそれが一番知りたかった事だった。出来れば自分も母のように放棄したいと思っていた。
「放棄は、他に継承者が居れば出来ますが、今度はあなたの子供に継承権が移る事になります。つまり永遠に消えないのです。同じ事の繰り返しになります」
「自分に女の子が出来なかったら?」
「同じ事です。男子に一時的な保留件が与えられ、その娘にまた継承されるだけです。そして、月に王位継承権を受け継ぐ者が居ない場合は放棄出来ません。強制的に月に連行されます」
「強制的……酷い!」
「そこは個人の意思より国の存続が優先です。それが月の国の王家に生まれた者の定めなのです」
 鈴は何も言えなかった。個人的には王位継承権なぞ放棄してこの国で暮らしたいと思っていた。きっと母も散々悩んだのだろう。その結果、父を選び、自分が生まれたのだと思った。
 気がつくと朝になっていた。深く眠った感じはあるが、昨夜の月の使者の事も鮮明に憶えていた。父にも言えない。自分で考えなくてはならないと思った。自分の人生だから、自分で選択しなくてはならない。それが月の王家に生まれた者の宿命だと感じていた。

「天と鈴」 第10話 中秋の名月

 九月は長月とも呼ばれる。それまで夜が短く感じていたものが、一気に暗くなるのが早く感じたりして「秋の夜長」というフレーズが気持ち的にそのまま染みこんで行く。
 だが、昼夜の長さが逆転するのは秋分の日以降であり、それは月の末でもある。でも、天葵家ではその前に大事な日があるのだ。それは中秋の名月である。本来は旧暦の八月十五日の月をこう呼ぶのだが、何故「中秋」と呼ぶかというと、旧暦では七、八、九月を秋としていたので、真ん中の月である八月を「中秋」と呼んだのだそうだ。
 稲の豊作を祈る祭りを行ったことが始まりとされているが、実際には正確な起源はわかっていない。
 元は中国で「望月(月を見る催し)」という行事があり、それが平安時代に遣唐使によって伝えられたものだそうだ。でも本当の事を鈴は母親の菜から教えられている。子供の頃から毎年お月見の準備を手伝わされながら教えてくれたのだ。それによると……
「あのねえ、古くから月の国から多くの人がこちらにやって来ていたのよ。でも、帰れなくなってしまったり、迎えが来なかったりした人が空気が澄んで一番良くお月様が見える時期に故郷を忍んで始めたのよ。それが、古代中国から世界に住んでいた月の人々に伝わったのよ。今では日本が一番受け継いで残っているけどね」
 それを聞いて子供だった鈴は尋ねたものだった。
「どうして日本に残っているの?」
「それはね、日本に一番月の人が多く残ったからよ。大陸で戦さが始まると、多くの月の人はこの島国に逃げて来たの。だから日本には月の人の行事が多く残っているわ。それと考えもよ」
「考え?……どんな」
「それはね、外から良いものを吸収して自分なりに変化させてより良い物に作り変えて行くという事なの」
 菜はそう言って鈴と一緒に作ったお団子を三宝に乗せて、すすきを立てたものだった。その他には栗や薩摩芋等も乗せた。この日の夕食は勿論「栗ごはん」だったのは言う間でもない。
今年は九月十五日がその日だった。

「すすき買って来たわよ。お団子作るから粉頂戴」
 鈴は休憩時間で新聞を読んでいる天に語りかけた。すると天は食料倉庫の棚から「上新粉」を出して鈴に手渡した。
「ありがと! 多めに作るから餡こで食べようね。餡こあったよね?」
「ああ、大丈夫だ。みたらしでも良いけどな」
「う~ん、悩むわね。栗ごはん減らして両方食べようか?」
「そうだな。でもお前、そんなに食べられるのか?」
「大丈夫、入る所違うから」
 鈴はそう言って天を煙に巻いて、ボールに上新粉を入れて、少しの水で練り始めた。最初は粉の状態のままだが次第に固まりになっ行く。この時に水を入れすぎてはイケナイ。水が足らないと思う位で調度良い固さになるのだ。
 固まりになったら、それを掌で潰して練って行く。ここで更に固さを微調整する。完全な固まりになったら、少しずつ引き伸ばしてちぎり丸めて行く。
 鍋に湯をたっぷりと沸かしておいて、傍には氷水を入れたボールを用意しておく。
 湯が沸いたら、団子を一つずつ入れて行く。自然と湯面に上がって来るまでそのままにして待つ。
 暫くすると上がって来るので、それを掬って氷水に入れる。全部そのようにしたら、水から団子を出して皿に並べる。これでお団子そのものは出来上がりである。
 鈴は、月見用の三宝に載せる皿に団子を乗せた。そして、自分達が食べる分をそれぞれ皿に盛った。天が出してくれた餡こも添える。
「さてみたらしのタレを作るかな」
 鈴は鍋に醤油と砂糖を入れる。本当はそれに水なのだが、今日は昆布と鰹の出汁が残っていたので、水の代わりにそれを使う事にした。
 鍋が沸騰して来たら、少しずつ水溶き片栗粉を入れて掻き回す。とろみがついたら出来上がりだ。小さなスプーンの先に少し取って舐めてみる
「うん、売ってるやつより遥かに美味しい。お父さんも味見してみて」
 鈴に言われて、天も味見をすると
「うん、確かに良い味だな。早速団子を絡めて食べてみるか!?」
「うん!」
 二人は自分の皿に各自の思う数の団子を入れると、出来立てのみたらしのタレをかけて口に運んだ。
「美味しい! ほっぺがキュンとなったよ」
 鈴が目を細めて天に伝えると
「ああ、本当に美味しいな。我々だけじゃ勿体無いので、お母さんにも供えよう」
 天はそう言うと小皿を出して数個の団子を乗せて、タレをたっぷりと掛けた。
「これ仏壇に」
「うん」
 天から受け取って鈴が仏壇に運んで行き備える。線香を灯して、「チーン」と鈴を鳴らす。
「よく出来たからお母さんも食べてね」
 鈴はそう言って手を合わせた。

 その夜、鈴が高校から帰って来て、店が終わると、店の奥の縁側に台を出して、飾った三宝を置いた。上を見上げると雲一つない空に煌々と月が照っていた。
「ねえ、お父さん。お母さんが月の人だと教えられて来たけど、今は科学が進んで月も色々な事が判って来たじゃない。本当に月の人だったのかな?」
 前々から疑問に思って来た事だった。一度訊いてみようと思っていたのだった。鈴の質問に天は月を眺めながら
「そうだな。その昔は月は人が暮らせる星だったのかも知れないし、あるいは、本当は別の天体の出身なのだが、外の星から来たという象徴として月の事を言ったのかも知れない。どっちだかお父さんも母さんに尋ねなかった。そもそも、そんなのはどうでも良かったしな。二人で暮らせる事が一番大事だと思っていたからな」
 そうだと鈴は思った。父にとって母が何処の住人でも関係無かったのだ。母その人なら、それで良かったのだ。別の星の人間だから好きになった訳では無かったのだから。
「お前も好きな人が出来たら、さっさと嫁に行っても良いんだぞ。俺の事は気にするな。それに本当に月から迎えが来る事も判りはしないしな。そう言えば、海に行った時に誰かにナンパされなかったのか?」
 突然、先月に親友の美紀と一緒に海に行った時の事を言い出した。
「それどころじゃ無かったわよ。民宿を手伝ったんだから」
「それはご苦労様だったな」
 美紀と一緒に行った民宿は美紀の親戚の宿で、その為格安で泊まれる事になっていたのだが、余りの混雑に手が足らず。結局、美紀も自分も手伝ったのだった。特に鈴は調理関係を手伝ったので、その手際の良さが一際光っていたのだった。
「まあ、それはそれで楽しかったんだけどね」
 鈴はその日寝る前に、民宿の主の長男の二つ歳上の大学生の顕(あきら)から貰った地元の海に打ち上げられる貝殻をあしらったオルゴールの小箱をそっと開いてみた。小箱からは鈴の好きな曲が流れていた。訊けば顕も好きな曲だと言っていた。鈴は来年も美紀に頼んで同じ民宿に行こうと決めていた。
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