2016年05月

氷菓二次創作  「霞草の人」

 五月の乾いた風が肌に心地よい。その心地よい風が千反田の背中まである黒く長い髪を、柔らかくなびかせていた。

「折木さん。そろそろ帰りませんか? 陽が暮れると肌寒くなりますから」

「そうだな。それに、遅くなると家の人にも申し訳ないしな」

 中間試験が終わり、ひと息ついたので千反田が、

「折木さん、明日の土曜ですが、霞草が自生しているのですが、一緒に行きませんか?」

 そう言って誘って来た。千反田が俺だけを誘うなんてことは、かなり珍しいことだった。思えば音楽会のことあたりから、二人で出かけることが多くなった気 がする。俺としても、別段用が無ければ、千反田と一緒に外出するのは何も問題はない。別に二人だけだからと特別に意識はしていない。同じ古典部の仲間とし て当然だと思っている。

 古典部のもう半分の二人は、毎週のように二人だけで逢っているし、月曜には部室で『昨日はどこどこへ行って……』という話を聞くことも多くなっていた。ならば、こちらとしても問題は無かろうと言う訳だ。

「しかし、神山のこんな近くに、霞草が自生しているなんて全く知らなかった。第一霞草なんて花屋で薔薇と一緒に付いて来る花という概念しか無かったからな。だが、こうして見て見ると実に味わい深いと感じたよ。それに可憐な感じが似合っていると感じたよ」

 辺り一面に咲き誇った白い小さな花の海に立った千反田を見て、感じたままのことを告げる。

「わたしは、もちろん、色々な花も好きですが、この霞草が特に好きなんです。なぜだか判りますか?」

 白い花の海に立ちながら千反田は俺に問いかけた。

「いや、判らないが……」

 正直に言うと千反田は

「では得意の推理で考えてみて下さい。折木さんなら簡単だと想います」

 そう言って意味ありげな笑顔を浮かべた。

『それを解決すると、どうなる?』

 そう言いかけて言葉を飲み込んだ。千反田の考えそうなことは大凡だが見当はついている。千反田があえて自分で言わなかったのは、それ相応の意味があると言うことだ。今日、ここに俺を連れて来たことも意味があると言うことだと理解した。

「判った。それでどうする?」

「是非、折木さんの答えが聞きたいです」

 千反田は、俺がどのような答えを出すのか判ったような表情をしてみせた。俺の考えが聞きたいと言った。その言葉自体が重い。

 草原いっぱいに咲き誇った霞草の野原を後にして、俺と千反田は自転車の置いてある場所まで戻った。千反田を見ると何故か嬉しそうにしている。

「どうした? 先ほどのことがそんなに嬉しいのか?」

 俺の質問が見当違いだったのか

「いいえ、自分自身のことなんです」

 千反田は今通って来た霞草の方を振り返りながら呟くように言った。

 千反田を陣出の家まで送って行き、そのまま家に帰る事にする。ネットで霞草のことを調べるつもりだった。だが、あてが外れた。

「ネット使えないわよ。今度光回線に変えるので工事するから二日ばかり使えないわよ」

 姉貴はまるで当然のように俺に告げた。

「使いたい時に使えないのか」

「あんた、滅多に使うことなんてしないじゃない。普段の行いが悪いからよ」

 全く、回線工事と俺の行いは関係ないはずだ。

「何調べるつもりだったの?」

「いや、霞草についてだけど……」

 俺の言葉をどう理解したのか姉貴は

「花言葉なら『清らかな心』だけど、あんたには一番似合わないわね」

 そんなことを言って自分の部屋に行ってしまった。ネットが駄目なら図書館に行って調べるしかない。思えば前は皆こうだった。だが、残念だが今日はもう開館時間が幾らも残っていなかった。調べるのは明日になる。

 そう思っていたら知識の泉のような奴のことを思い出した。時計を見ると夕食前なので携帯に連絡を入れてみる。相手は二回のコールで直ぐに出た。

「もしもし、こんな時間に珍しいじゃないか。何かあったのかい?」

「いいや、何かあった訳ではないが、ひとつ教えて欲しいことがあるんだ」

「へえ~ホータローが僕に訊きたいことがあるなんて珍しいこともあるものだね。それでいったい何かな? 僕のデータベースに入っていることなら良いけどね」

電話の向こうでは、音楽が聞こえていた。普段、里志が聴くジャンルではないので、傍に誰か居ると推測出来た。その人物も大凡想像出来る。

「実は、霞草について教えて欲しい」

 俺が意外な事を口にしたのか、里志は数秒何も言わなかった。いいや言えなかったのかも知れない。

「霞草? あの花屋さんで薔薇を買うと一緒に入れてくれる白い小さな花のことかな?」

「そうだ。その花屋さんで薔薇を買うと一緒に付いてくる白い花のことだ」

「そうだね。霞草について僕が知ってるのは、英語名の「Baby’s breath」は、赤ちゃんもしくは愛しい人の吐息という意味だと言うことかな」

「そうなのか、それは知らなかった。参考になる」

「ちょっと待って、ここに僕よりも詳しい人物が居るから変わるよ」

 里志はそう言って携帯をもう一人の人物に手渡した。

「電話変わったわよ。なにアンタ、何を考えているのよ」

 伊原は楽しい二人だけの時間を俺に邪魔されて酷く不機嫌だった。

「いや、邪魔して悪かったな。霞草について教えて欲しいんだ」

「ふぅ~ん。そう……なんだ、ちーちゃん絡みなのね。なら教えてあげなくも無いけどね」

 話の内容を聞いて伊原は直ぐに千反田が絡んでいることを見抜いた。

「まあ、そんな感じだ。ネットで調べようと思ったが工事中で使えないんだ。明日図書館に行くつもりだが、その前に里志なら何か知ってると思ってな」

「アンタにしては上出来じゃない。霞草なら詳しいわよ。漫画でも使ったばかりだから由来とか調べたからね。それで何が訊きたいの?」

 伊原が漫画で霞草について調べたとは全く知らなかった。これは運が良いのか?

「まず、花言葉だけど、『無邪気』『清い心』『親切』『幸福』『夢見心地』と言うのが一般的かな。他にもあるみたいだけどね。ナデシコ科カスミソウ属よ。原産地はアジアからヨーロッパね。日本には大正時代に渡来したそうよ。そんなことかな。他にききたいことある?」

 それだけ知れば充分だった。

「いや、ありがとう。邪魔して悪かったな」

「別に良いわよ。それより頑張なさいよ。ちーちゃんの想いちゃんと受け止めるのよ」

 伊原は最後にひとこと言いながら通話を切った。なんだかんだと言っても有り難い。

 翌日の日曜日、図書館の開館時間を待って館内に入った。目的の図書の棚を見ていく、何冊かそれらしい本を見つけて、学習室に座って読む事にする。それで 新たに判ったこともあった。伊原が言った花言葉の他に・「無垢の愛」・「清らかな心」・「幸福」・「切なる喜び」・「ありがとう」・「永遠の愛」・「切な る願い」等があるそうだ。

 調べ物が終わり図書館を出ようとした時に入須先輩と出会った。

「おや、折木くんじゃないか。珍しいこともあるものだね」

「入須先輩。今週はこちらに帰って来ているのですね」

 東京の大学の医学部に進学した入須先輩だったが、たまには神山に帰って来ることもあるとは耳にしていた。

「まあ、色々とね。親が煩いからね」

 自嘲したような言い方がこの人らしからぬと思った。

「ところで、先輩は霞草は好きですか」

「霞草。あの花屋さんで薔薇と一緒に包んでくれる?」

「そうです。その霞草です。先輩は薔薇の方ですけどね」

「また、君までもそう思っているのか……わたしは本当は薔薇よりも霞草だと自分では思っているのだけどね。薔薇と言えば、君のお姉さんの供恵先輩はまさに薔薇じゃないかな」

「花よりもトゲばかりですがね」

 そう言ったら先輩は否定しなかった。

「じゃまた」

「では」

 そう挨拶をして別れたが、考えて見れば「女帝」なんと呼ばれてしまった為に色眼鏡で見ていたのかも知れないと思った。

 人を操ったと言えば人聞きが悪いが、適材適所という言葉もある。そう思えば自分は表に出ないのだから、薔薇よりも霞草的な性格が本当なのかも知れないと考えた。

 図書館で調べて、ついでに置かれていたパソコンを使って検索して、千反田が何を俺に伝えたかったのかを理解することが出来た。問題はその返答方法だ。何 か相応しい答え方をしたかった。思いついたことはひとつ。それを調べる為にネットで検索をした。このような時は便利だと思う。

 図書館を出て花屋で物色をした。店員さんにも相談をして小さな花束を拵えて貰った。色々と詳しい店員さんだったので助かった。花を買ったなら千反田に逢 わなくてはならない。確か昨日の話では一日中家に居ると言っていた。公衆電話を探すが中々見つからない。俺も携帯を買わなくてはならなくなるのだろうか。

 やっと見つけて千反田の家に電話をする。直ぐに千反田本人が電話に出た。

「もしもし、折木だが、今日これから逢えないかな。駄目なら家まで行くか、家に帰ってから電話するが、本音では直接言いたい」

「先日のわたしの問いかけですか、もう解いたのですか?」

「ああ、謎は全て判った。それの説明もしたいし、それに……」

「それに……?」

「その先は直接言いたい」

「うふふ、判りました。ではこれから家を出ます。何処へ行けば良いですか?」

「そうだな、何時も学校の帰りに別れる商店街の角でどうかな」

「判りました。そこなら急げば三十分から四十分程で着きます」

「判った。待っている」

 なるべく余計な事は口にしないようにした。手に持ったストックと桜草の花束が元気な内に手渡したかった。

 結局、花束は紙の袋に入れて、直接見えないようにした。インパクトがある方が効果的だと思ったからだ。

 近くの公園のベンチに座り、自分の想いをどう伝えるかを考える。「下手の考え休むに似たり」と言うことわざがあるが、全くその通りで良い考えが思いつか ない。そのまま正直に言うしか無いと覚悟を決めた。時計を見ると、そろそろ千反田がやってくる時間なので、何時もの場所に移動する

 角に立って千反田が来る方角を眺めていると、自転車に乗った千反田の姿が見えた。白いブラウスに黄緑のサマーカーデガンを羽織っている。濃紺のスカートが色の白い千反田に良く似あっていた。

「お待たせしました」

 自転車を降りてにこやかな表情を見せてくれる。それだけで自分の心臓が早鐘を打つようになる。昨日霞草の海で千反田に言われた時は何とも思わなかったのにだ。

「前に良く行った河原に行こうか」

 千反田も頷いて俺の後をついて来る。肩を抱いたり、手を繋ぐのは未だ早いと思った。

 河原の土手に並んで座る。何から言って良いか戸惑うが気持ちは固まって来た。

「なあ、昨日のことだけどな、俺なりに色々と調べたよ。その上でのことなのだが、霞草の花言葉を調べたら、お前の気持ちが判ったよ。・無垢の愛・清らかな心・幸福・切なる喜び・ありがとう・永遠の愛・切なる願い等がある事が判った。ならば俺も応えざるを得ない」

 俺は千反田にそう答えて紙袋の中から花束を出して千反田に手渡した。

「これは?」

 小首を傾げる千反田に

「ストックと白い桜草の花束だ。桜草は俺の誕生日の花だそうだ。それに『初恋』という意味もある。ストックは『永遠の恋』という意味もある。俺の気持ちを受け取ってくれるか?」

 もう少し千反田が喜ぶような言葉を言ってやりたかったが、いかんせん俺はこういうことに慣れていない。千反田は手にした花束をじっと見つめていたが

「ありがとうございます! 霞草の群生地に連れて行くなんて、やり過ぎだとは思いましたが、とても自分の気持ちを口に出しては言えませんでした。でも、想いは募るばかりで、苦しくなってしまいました。そこである方に相談して色々と教えて貰いました」

 俺には何となくだが、千反田が相談した相手が判ったような気がした。ここではその名前は出さないでおくが、よく考えたら今日明日に回線の工事を設定しなくても良かったはずだ。また、踊らされてしまったと言う訳だった。

 五月の風は川面を緩やかにそよぎ流れて行く。水面を水鳥が跳ねて行った。

「本当は俺の方から告白しなくてはならないのにな……すまん」

「そんな、謝らないで下さい。わたしの我侭だったのですから」

 千反田は俺の方を向きながら答える。

「でもな、ひとつ違うことがある。それは、霞草はどちらかと言うと俺なんだ。俺はお前の支えになりたいと何時も思っていた。薔薇の花はお前なんだ。それを自覚して欲しい。陣出を支える千反田の血を受け継いでいるのはお前なんだから」

 千反田は俺の言葉を不思議そうな顔をして聞いていたが、やがてハッと表情が変わった。俺は千反田の為ならこの身を粉にしても構わないと思っている。俺の人生の全てをかけるだけのことはあると思っている。だが、ことが大きすぎて今まで言えなかったのだ。

「折木さん。では……」

「ああ」

 そう言ってそっと肩を抱くと、千反田が俺にもたれて来た。

「少しこのまま居させて下さい」

 その声は、優しく俺の耳に響いた。7123z375l1n6b2h2j2f7


                         <了>

梅色ごよみ  第3話  八月になれば

 八月はお盆の季節だ。東京は七月に行う。夫の実家がそうだった。この時はわたしも夫と一緒に出向いて仏壇に線香を添える。
 既に夫の両親も他界しており、今は義兄が跡を取っている。夫が実家に行くのは正月とお盆だけなのだ
「実際、親が居なくなると行き辛くなるものだよ」
 そう理由を言う。確かにそうなのかも知れない。わたしは兄弟が居ないので判らないが、そんなものなのだろう。わたしの親と暮らしてくれる夫には密かに感謝している。
 わたしが子供の頃は未だ近所に笹が植わっている藪が沢山あったので、そこから二本失敬してお盆の飾りに利用した。今では宅地化が進みこの辺りに藪は存在しなくなった。だからお盆の飾りも簡素化してきている。
 ウチの近所でも新しく越して来た家はやらないだろうし、実際迎え火を焚いている家も数えるほどしか見ない。
「よくねえ『旧盆』って言うでしょう? あれ間違いよ。本当に旧暦でやったら八月の終わりになってしまうのよ。実際は農家の人がやりやすい様に月遅れでやったのよ。だから『月遅れのお盆』って言うのが正しいのよ」
 これは母の言葉だ。毎年、飾り付けや盆提灯を出しながら言う。聞き役はいつもわたし一人。仕事が休みの夫はこの時ばかりは不思議と何時もいない。
 十三日は夫の運転で母と三人で菩提寺に出向く。住職に挨拶をして、色々なものを収める。
 以前は檀家を廻ってくれたのだが、数年前足を悪くして、歩くのが困難になった。それでも息子さんに運転をさせて廻っていたのだが、その辛さを見て檀家で相談し、お盆の時期にお寺でお焚き上げみたいにして檀家の先祖の霊を供養してくれれば良いとなった。息子さんが修行を終えてこちらに戻って来て新しい住職になる間はそうしてくれて構わない、となったのだ。だからその分の御経料も収める。
 その後はお墓参りをする。お墓を掃除して花と線香を添えて祈る。祈る事はその時その時で違うが、大抵は「健康でいられますように」とか「家内安全」とかである。
 帰ろうとすると母が
「わたしも、もうすぐここに来ることになるのね」
 あっけらかんと、とんでも無い事を口にした。
「お義母さん、バカな事を言っては駄目ですよ。未だ未だ達者じゃないですか」
 夫が驚いて言うと母は
「でもね、歳に不足は無いし、それに最近良く死んだ家族の夢を見るのよ。なんか懐かしくてねえ」


 わたしは、お盆なので感傷的になっているのだろうと、その時は思ったのだ。
 夕方、辺りが薄暗くなり始める頃に迎え火を焚く。以前は遠くまで行っていたのだが、最近は玄関の前で行う。
 この時は大抵家族皆が集まっている。大学が休みの息子も、会社が休みの娘も参加する。きっとご先祖様も皆が達者なので安心するだろうと思うのだ。
 夜になると夫が御経を上げ始めた。
「住職さんが来られないので、下手だけど、せめて俺が上げるよ」
 そんな事を言って上げてくれる。実は夫は御経には詳しく、結構上手いし、般若心経なら空で唱えられるほどだ。
 お盆の提灯の回廊の灯りに照らされて家中に夫の御経響きき渡る。こうしてお盆の夜は過ぎて行く。
 お盆も実際はあっと言う間に送る日が来てしまう。我が家は十五日の深夜に送るのだ。他所の家は十六日の朝だったり、夜だったりするのだが、この理由を以前母に尋ねた事がある。
「だって、十六日は藪入りよ。お嫁さんや使用人は朝から実家に帰って居ないのよ。だからウチは十五日に送るのよ」
 夏も藪入りってあったのか! と驚いた記憶がある。もしかしたら我が家だけなのかも知れない。だって、前に誰かに尋ねたら
「藪入りは一月十六日だけじゃないかな?」
 と言われたからだ。でも、母の
「他所は他所、ウチはウチ!」
 その言葉に納得してしまった。我が家は、昔は大きな家だったそうだ。結構な資産家で使用人も幾人も使っていたそうな。
 今は何処にでもある平凡な家だけど、今夜向こうに帰るご先祖様はどう思っているのかとふと思っておかしくなった。
「何もお構い出来ませんでしたが、また来年もどうぞ」
 決まり文句だが、母はこの言葉を心の底から言う。何故判るかと言うとわたしも同じ気持だからだ。
 出来れば、この気持を息子や娘にも伝わって欲しいと思う。
「ひいばあちゃん。この世を楽しんでくれたかなぁ」
 焚き上がる炎を眺めながらいきなり息子がつぶやいた。
「大丈夫だと思うわよ。きっと来年は何処に行こうか? とか思っているかも知れないよ」
 娘がそれに答えて言うのを聞いて、この子達なりに何かを感じているのだろうと思うのだった。
 こうして今年のお盆は終わりを告げる。秋の気配は未だ感じないが、きっと確実に傍までやって来ているのだろう。

梅色ごよみ  第2話  花火大会の思い出

hanabi2七月も学校が夏休みに入ると各地で花火大会が開かれる。都内でも数多くの花火大会が開かれ、テレビ中継される所もある。
 わたしの家がある街でも花火大会は開かれる。但し、有名な所が終わった後に開かれるのだ。
「もう散々他所で見たからいいよ」
 息子や娘は子供の時期を過ぎて思春期になると、地元の大会の日は東京に遊びに行くようになってしまった。
 残された母とわたし、それに連れ合いの夫と三人でスイカを食べながら家の縁側に座って眺めていた。
 それが、この頃、娘が会社の友達を呼んだり、息子が学校の仲間を連れて来たりして、のんびりとスイカを食べてはいられなくなった。
「どうしたの? 地元の花火なんか興味あったの?」
 娘に、そう憎まれ口を利くと
「うん、何だかいい場所で見るにはお金も掛かるし、それに、毎回おんなじ場所じゃ飽きちゃってね。それと、これは内緒だけど、お祖母ちゃんと一緒に見る事が出来るのも、そう何回もある訳じゃないと気が付いたの。あ、これ絶対秘密だからね」
「未だ大丈夫よ。それにお祖母ちゃんは花火好きだから」
「確か、実家が両国の近くだったのでしょ?」
「うん、駒形よ。わたしも小さい頃は毎年見に連れて貰っていたけど、途中で一旦廃止になってね」
「どうして? 何かあったの?」
「公害が酷くてね。隅田川が臭うようになったの。臭いのに花火でもないでしょう」
「そうか、そうだね。それでおばあちゃん、昔の事言わないのかな?」
 そう言えば、この娘は母から昔の隅田川の川開きの事は、全く教わっていないと気がついた。
「いい機会だから今年は尋ねたらどう?」
「うん、そうしてみる」
 そう言いながら娘は仕事に向かった。
 朝の後片付けをしていると息子が起きて来て
「今年も達也を連れて来るから何か食べさせてね」
 そんな事を言っている。
「皆と同じものだったらいいわよ」
「それでいいよ。じゃ俺、図書館に行って来るから。夕方には帰るから」
 オレンジジュースだけを口にすると、時計を確認して急いで出て行った。恐らく達也くんと待ち合わせているのだろう。


 片付け物をしていると、十時を過ぎていた。奥の部屋で何か作業をしている母に
「ねえ、お茶にしない?」
 声を掛けると喜びを含んだ声で
「いいわね~ わたしはアイスティーがいいわ! レモン入れてね」
「判ったわ」
 このところの母はアイスレモンティーがお気に入りだ。たまにその中に、梅酒をひとたらし入れる。本人曰く
「レモンと梅って相性が抜群なのよ。試してみなさい」
 そう言って勧めてくれるのだが、わたしは正直アイスティー、そのものが余り好きでは無い。コーヒーそれもホットで銘柄はモカと決まっている。
「変な所はお父さんに似たのだから」
 母としては、そう言っては呆れているが、その実、わたしの中に父を見ているのかも知れないと思う。
「ねえ、昔の川開きってどうだったの?」
 昔、話してくれたかも知れないが、この際尋ねてみる。母は遠い目をしながら
「わたしが良く見ていたのは終戦後間もない頃だったけど、隅田川もまだ綺麗でね。泳げたのよ。泳いでいる魚なんかも良く見えたしね。それに花火師さんたちも暑いと川に飛び込んだりしていたわ。良い時代だったのかも知れない。それに、花火って余りにも近くだと、音が凄いのよ。耳を塞いでいないと鼓膜がおかしくなってしまうほどだったわ。遠くだと音は後から来るけど、直ぐ傍だったでしょう。だから同時なのよ。それに風向きによっては花火の燃えカスが降って来る事もあってね。晴れているのに傘持って見た事もあったわ」
 わたしの幼い頃の記憶では傘を持って見た事はなかったが、音が凄かったのは覚えている。
「もう一杯頂戴! 今度は梅酒入れて飲むから」
 突き出されたグラスの氷が「カラン」と音を立てた。


 数日後の地元の花火大会。天候にも恵まれて、近隣から結構人が集まって来た。なんせ田舎だから、どこでも見物する事が出来る。それなのに今日は、私と夫と母の他に娘の会社の同僚、それに息子とその友人が縁側に陣取っている。
 娘は始まった花火もろくに見もせずに、母と色々と話している。きっと、昔の事なのを訊いているのかも知れない。こうして、母の記憶も少しは伝えられて行くのだろう。
 息子が、用意してあった五目寿司を盛り付けながら
「やっぱり家で見られるって良いよね。距離も丁度良いしさ、それに今日の五目寿司、金糸卵が沢山乗っていて好きだな」
 息子なりに何かを感じているのだろうか、桶に冷やしておいた缶ビールを手に取ると夫に渡した。
「父さんも呑もう」
 言われて夫も目を輝かせて
「おう! 呑むか!」
 そう言って缶ビールの口を開けた。白い泡と花火が重なって見えた。きっとあすも良い天気だろう。お月様が笑っているような気がした。

梅色ごよみ  第1話 梅の実が生る頃

 五月の末になると庭の梅の木に沢山の梅の実がなる。我が家では毎年、それを採取して梅酒を漬けたり梅干しを作っている。でもここ数年、梅干しは実は買った梅で済ましている
 かっては祖母が、そして数年前までは母が、その役目をしていた。今ではわたしがその役目をするようになった。
 夫の転勤で実家に住まいを移して数年。子供達も環境に慣れたみたいだ。でも長女は
「緑が多いのは良いけれど、都心から時間が掛かるのは勘弁して欲しい」
 そんなことを言っている。彼女は今年から社会人になったので通勤や何かで、一層その感じが強いのだろう。
 下の大学生の長男は大学に近いから通学に関しては便利だと感じているようだが、都心まで遊びに行くには「不便だ」と姉と同じようなことを言っている。
 そんな子供達を見ていると、いつの間にか都会の子になっているのがおかしかった。だって、生まれてからずっと田舎で育って暮らして来たのだから……
 

 木からもいだ梅の実を丁寧に水洗いして、綺麗な布巾で良く水気を拭き取る。ホームセンターなどで売っている大きめの広口の梅酒を漬ける瓶を用意する。他 にはホワイトリカーを一升、最近は二リットルの紙のパックを売っている。それに氷砂糖を一キロ。我が家は本やネットに出ている分量よりも氷砂糖が多い。そ れは、甘いのが好きと言う事もあるが、浸かった梅の実を数年後取り出して食べるからだ。それには甘い方が楽しい。
 瓶に梅の実を入れてその上に氷砂糖を乗せるように入れる。そして最後にホワイトリカーを全て注ぎ込む。それだけで作業は終わる。後は、しっかりと蓋をし てテープで埃などが入らないように密封する。そして今日の年月日を書いた紙を貼り付けると物置の奥にしまう。こうして梅の実と氷砂糖とホワイトリカーは 「梅酒」になるために長い眠りに就くのだ。数年後、琥珀色になった梅酒を家族で飲むのも楽しみだ。
 実は数年前に漬けておいたものは、既に取り出してある。夫が飲み開けた焼酎の瓶に琥珀色の液体が入っていて、タッパには皺になった梅の実が甘酸っぱい香 りをアルコールの匂いとともに発している。ひとつ摘んで齧ると「カリッ」とした感触と共に芳醇な梅の香りが口いっぱいに広がる。アルコールの刺激も心地良 い。
 わたしの仕草を見ていた母が
「わたしにもひとつ頂戴」
 そう言って手をだした。
「好きなの取って」
 タッパごと渡すと母は皺の無い梅の実を取り出した。
「皺になったのは美味しさを搾り取られているから、固くて美味しく無いのよ。こうしてふっくらとした方が美味しいのよ」
 母は毎年、そう言って皺になっていない梅の実を選ぶ。わたしは、それを知っているから、あえて皺の方を選んだのだ。
「あんたは歯が良いから固くても平気なのね。わたしは歳だから駄目」
 そう言いながらも、美味しそうに食べる母は嬉しそうだ。
「夕食の時にお酒の方も少し飲みましょう」
 そう母に勧めるとニッコリとして
「氷だけを入れてね。水で薄め無いでね。わたしは、あんたと違って沢山呑める方だから」
 そうなのだ。それも母の楽しみにひとつなのだ。
「ねえ、梅干しは何時漬けるの?」
「来週になると青梅じゃなくて赤く熟したのが出だすから、それを買うわ。庭のは全て梅酒にしてしまったから」
「そう、わたしの頃は何本も梅の木があったから、買う事は無かったけど仕方ないわね」
 梅干しを漬けるのは梅酒よりも大変で、しかも毎年良いのが出来ると言う訳でもない。
「その家に異変があると梅干しは綺麗に浸からないのよ」
 母が良くそう言っていた。母は姑の祖母から、そう教えられたのだと言う。
「本当なのだから」
 それは、わたしも経験した。母に教わり梅干しを漬け始めてから三年後、順調だった梅干しが黒く変色してしまったのだ。その年、患っていた父が鬼籍に入った。我が家の伝説はこの時も生きていたのだ。

 八百屋に頼んでいたので、質の良い南高梅が手に入った。やはり良く洗って水気を切ると梅の実の重さの二十パーセントの塩を入れる。塩で梅の実を覆いつく すようにする。重石をして暫くそのままにしておくと二~三日で梅酢が上がって来る。この液体を舐めると体が震えるほど酸っぱくて塩辛い。
 それから、大きなザルを用意して、天気の良い日を選んで梅の実を取り出してザルに並べて天日干しするのだ。
 片面がお日様の光で干しあがれば、一粒ずつひっくり返して
さらに天日干しをする。これを三日繰り返すのだ。
 ここまでで梅干しぽくなって来ているが、我が家ではこれに紫蘇を一緒に漬けるのだ。祖母や母の若い頃は紫蘇も自分で漬けて作っていたが、わたしは八百屋 で「梅干し用」の赤紫蘇を買って来てこれを使う事にしている。この時に梅干しの色が変わってしまったのだ。でも、我が家では紫蘇で漬ける事をやめない。な ぜなら、それが我が家の伝統だからだ。
「今年はちゃんと出来ると良いねえ」
 母が梅酒のオンザロックを飲みながらつぶやく。それは我が家に異変が無いようにと言う母の気持ちなのだ。
「大丈夫よ。ちゃんと作るから」
 わたしは、水割りにした梅酒に口を付けながら答える。
「おばあちゃんは一度も失敗しなかったのかな?」
「そうねえ、お義母さんは上手だったわ。でも何回かは駄目にした年もあったそうよ。そんな時に姑さんに謝ると『いいわよ。こういう年もあるのだから、それよりも何があっても狼狽えるのでは無いのよ』と言われたのだって。優しい姑さんだったそうよ」
 それを聴いて、わたしの曾祖母になるのかなと考えた。そうか、連綿と続くと言う事は、そう言う事かと納得した。
 「カラン」とグラスの氷が溶けて行く。わたしは二杯目を作って口に入れたのだった。
「飲みすぎないようにね」
 どうやら、母にとってわたしは何時迄も子供みたいなのだろう。 
「このぐらい平気よ。お母さんの子だからね」
 玄関で夫が帰って来た音がした。わたしは少しだけ赤い顔をして出迎えにむかった。月が綺麗な晩だった。

遅くなったノートパソコンの顛末

20140217_001 一年半程前に買ったノートパソコンが重い! 買ったばかりの頃は順調で何のストレスも感じなかったのだが、この所半年ばかり妙に重い。
 原因がよく判らないので、設定をパフォーマンス優先にしてみたり、キボードの反応を早くしてみたりしたのだが、改善されない。
 windouwsを10にアップデートしたから? とも思ったのだが、アップした直後は順調だったのだ。だからそれ以外だと思っていた。
 そう特に酷いのが文字入力が遅いのだ。元々そんなに速くない自分の入力が表示されるまで一テンポ遅れるのだ。これは意外にストレスが溜まる。昔のPC-98だってこんなに遅れることはなかった。
 おまけに、このノートパソコンのキーボードがめちゃくちゃ入力し難いと来ている。キーのピッチ幅が狭くおまけにストロークも短いので、感覚的に打てないのだ。
 それで、あれやこれやとやったのだが……果てはUSB接続のフルキーボードを買って接続した。入力の方は何とかなったのだが、速さはそのままだった。
 友人に見せたら「これはCPUの速度が遅いのでしょう。非力なんだよね」
 そう言われてしまった。確かに安物だったけど、文字の入力に支障が出るなんて考えられないと思った。

 ところがですよ、先日タスクマネージャを立ち上げて見ていると、何やら知らない常駐ソフトが動いているじゃありませんか!
 CPU使用率も何もしていないのに70%にも及んでいる。これは異常だと判断しましたよ。
 変なものをインストールした覚えは無い! ではそれは何かというとRaptr Desktop Appというもの。何の為のソフトかというと、どうやらゲームの支援をするものらしい。AMDのデスプレイドライバーを更新すると勝手に入って来るそう。自分は全くゲームはやらないのでアンインストールを実行しました。すると、完全ではありませんが、かなり速くなりました。この程度ならどうやら使えそうです。ちょっと一安心。
 
 もうAMDの乗ったパソコンは買いません!
 これ結構有名でAMDのPC使いでは有名だそうです。当てはまる人は注意してください!

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