と言う訳で、また氷菓二次創作です。
「小春日和」
初冬の太陽の光が窓の外から降り注いでいます。こんな日を「小春日和」と言うのでしょう。窓から校庭を見ていると、先ほどお別れの挨拶をした摩耶花さんと福部さんが手を繋いで校門に向かって歩いて行きます。大日向さんではありませんが、仲の良い人を見るのは楽しいものです。わたしと折木さんは他の人からはどう見られているのでしょうか……
「千反田早いな」
その声に振り返ると折木さんでした。
「いいえ、そんなに早くはありません。わたしが来た時は摩耶花さんと福部さんがいらしていました」
「里志達は何故そんなに早く来たのだ?」
「何でもこれから市の図書館に行って勉強するのだそうです」
「また、里志の赤点対策か?」
「でも楽しそうでしたよ」
「なら他人が何か言う事ではないな」
折木さんはそう言うと何時もの席に座って鞄から文庫本を取り出しました。直ぐにページを捲ると読書に集中してしまいました。わたしはお茶を入れて折木さんの前に置きます。
「ああ、ありがとう。お前の入れてくれるお茶が一番旨いな」
折木さんはわたしがお茶を入れて持って行く度に、そう言ってくれます。でも普通に入れているだけなのです。
本当に暖かくて、のんびりとしたくなる気分です。窓際の折木さんも同じように思ったのか、本を読むのを中止して窓の外を眺めています。
わたしは自分のお茶を入れて机の上に置いて、わたし自身読みかけの本を出してページを捲ります。暫く本に集中してしまいました。
気が付くと、寝息のようなものが聞こえます。振り向くと折木さんが机に突っ伏して寝ていました。
あらあら、いくら小春日和でも寝てしまったのでは風邪を引きます。わたしは持って来た膝がけを折木さんの背中に掛けてあげます。多少の効果はあると思うのです。そして自分の席に戻ると読書の続きを始めました。
二人だけの地学講義室。下校時刻までは誰も入って来ません。わたしと折木さんだけの空間です。
気が付くと、肩に何かが掛かっていました。どうやらわたしも眠ってしまったみたいです。肩に置かれたものを見ると黒の学生服でした。ハッとして振り向きます。窓際の席では折木さんがわたしが先ほど掛けた膝がけを肩に巻いて読書をしていました。
「起きたのか。良く寝ていたからそのままにしていたんだ。風邪を引くと良くないから俺の学生服を掛けておいた。お前が俺に掛けてくれた膝がけは、折角だからそのままにさせて貰ったよ」
なんて事はありません。お互いに羽織るものを交換しただけでした。折木さんは立ち上がると二つの湯のみにお茶を入れてくれました。そして、片方のわたしの茶碗を目の前に置くと
「たまには俺の入れたお茶もいいだろう。お前ほど上手く入れられないけどな」
そう言って笑っていました。
わたしは折木さんの入れてくれた暖かいお茶を飲みます。折木さんの心のような暖かさが体中に広がるのが判ります。
同じお茶を折木さんも飲みながら二人の心が通うのが判ります。そんな時幸せを感じるのです。
「自分でやってみると本当にお前の有り難さが良く判るよ」
こんな事は二人だけの時しか言ってくれません。でも、それでも良いのです。わたしの気持ちと折木さんの気持ちが通じている事が判ればそれで良いのです。
やがてお陽様が山の陰に隠れようとしています。
「千反田、お茶を飲み終えたら、暗くなる前に帰ろうか。途中まで一緒に帰ろう」
本当は反対方向なのですが、折木さんは途中まで一緒に歩いてくれます。そんな気持ちも嬉しいのです。
これから神山は長い厳しい冬に入ります。でも、わたしには折木さんが居てくれれば暖かい冬を過ごせると思うのでした。
<了>