2015年07月

共幻文庫がスタートしました

rakugoこの度、私が所属している文芸サークル「共同幻想ノベルスデザイン」が新しく
「共幻文庫」と言う電子書籍レーベル」を立ち上げました。
共幻文庫
ここでは設立を記念して、「短編小説」コンテストを開催しています。
優秀賞は電子書籍化されます! 僅かですが賞金も出ます(印税と選択)
初回は8/11締め切りとなっていて、お題が「30秒の物語」で千字以上一万字以内となっています。
誰でも参加出来ますので、宜しくお願い致します。

それと、私事ですが、この共幻文庫のHPで落語のコラムを担当する事になりました。

風速健二の落語コラム

風速健二とは、私の新しいペンネームです。こちらも宜しくお願い致します。


氷菓二次創作 奉太郎とえる~その愛 第2話 北へ!

昨日の続きです。構想ではこの後もあるのですが、現在書けていません。何時か必ず書くつもりです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 窓に降り始めた雨粒が特急列車の窓に乱れた網様を描いていた。雨は本降りになっていた。

 列車は静かに神山駅を離れ名古屋に向けて走りだした。もう、暫くはこの風景ともお別れだ。そして、正直、当分の間は帰って来たくはなかった。

 心残りと言えば正直、千反田の事だった。何の力にもなれなかった己の甘さと無力を呪うばかりだった。

 家を継がなくてはならない千反田にとって、結婚は甘いだけの話では無い事ぐらい、とっくに理解していなくてはならなかったはずだ。それを忘れて、未だに高校時代の余韻に浸っていた自分が哀れと言うか酷く幼く思えてしまった。そう、千反田には俺よりも相応しい人間が居ると思った。財力があり俺よりも有能な人間が、あの家の婿に収まるべきだった。千反田の言葉はそれを改めて認識させてくれた。ただ、それだけだったのだ。列車は段々と速度を上げて行く。神山が次第に遠くなって行く。

 不意に携帯のメールの着信音が鳴った。開いてみると里志からだった。黙って居なくなったのでメールを寄越したのだろう。文面を読んでみると信じられない事が書かれてあった。

『ホータロー、千反田さんが言った事は嘘で、交際している者なんかいないんだ。だから、今直ぐ戻って来て欲しい』

 まさか……続けて着信音が鳴った。今度は登録していないアドレスからだった。これも開いてみると

『千反田です 摩耶花さんからアドレスを教えて戴きました。先ほどの事は忘れて下さい わたしは今でも……』

 最後の言葉はなんだったのか そして先ほど言った事は嘘だったのか だが、俺は気がついてしまった。千反田の隣に立つ男は俺では無いと……俺では不足なのだと……

 二人に返信をする。

『今度の事で俺は理解した。俺は千反田にとって相応しく無いと、もっと相応しい人間が居るはずだと……だから俺は東京に帰る。その人物が千反田の隣に立つだろう 二人共元気で居てくれ』

 そう入力して、送信ボタンを押す。そして電源を切る前に以前から頼まれていたボランティアに参加の旨を書いて送信した。

 頼まれていたボランティアとは、北海道の植物園での作業で、植物の手入れだという。何でも関東よりひと月遅く開花する花菖蒲の株分けと植替えの作業をするのだという。聞いたところによると、関東では七月の始めか早ければ六月の終わりには植え替えの作業をするのだという。本来、花菖蒲は三年に一度株分けをしなければならす、これは手作業で行われるので人出が必要らしい。そこで、大学にもボランティアの募集があり、教授の勧めもあり考えていたのだ。勿論千反田との事が上手く行けば、参加はしないつもりだった。最低限の交通費と滞在中の宿泊先や食事は出して貰えるそうだ。

「北の大地で夏を過ごすのも悪くはない」

 列車はトンネルへと入って、神山が次第に遠くなって行った。



 列車が去ってしまうと、改札を出て改めてタクシーに乗り、ホテルに向かいます。もしかしたら、福部さんか摩耶花さんが折木さんの連絡先を知っているかも知れないと思ったからです。どうしても折木さんと連絡が取りたいのです。わたしの浅はかな考えで彼を傷つけてしまいました。そのお詫びもしたいのです。

 ホテルに到着して同期会の会場に戻ります。すぐに摩耶花さんと福部さんが来てくださいました。

「間に合わなかった

「はい、折木さんを見つける事は出来ませんでした。列車も後ろの方しか確認出来ませんでした。多分乗っているとは思うのですが……」

「判った 折木にメールしてみる。ちーちゃんにも教えてあげるから連絡してみて」

 摩耶花さんは赤外線で折木さんのメールアドレスを教えて下さいました。電話番号は福部さんが教えて下さいました。これで何時でも連絡出来ます。

 わたしも、摩耶花さんに続いてメールを打ちます。わたしからだと判らないかも知れませんが出来れば読んで欲しいです。

『千反田です 摩耶花さんからアドレスを教えて戴きました。先ほどの事は忘れて下さい わたしは今でも……』

 最後の部分はこの次に逢った時に直に伝えたいのです。『お慕いしています』と……

 でも、暫く間があって摩耶花さんとわたしに同時に着信がありました。

『今度の事で俺は理解した。俺は千反田にとって相応しく無いと……もっと相応しい人間が居るはずだと……だから俺は東京に帰る。その人物が千反田の隣に立つだろう 二人共元気で居てくれ』

 そんな訳はありません

 わたしは、大きな間違いをしてしまった事に今更ながら気が付いたのでした。わたしのために折木さんを不幸には出来ないと思いつつ、では、他の誰かが自分の隣に立つ事なぞ思いもしなかった……それが事実です。一人で陣出と一緒に沈んで行く覚悟だったのです。でも、それが間違いだったと気が付いたのです。

「大丈夫 供恵さんに東京の住所を教えて貰うから、暇を作ってそこに行けば良いと思う 直に逢って、想いを伝えれば良いと思う」

 摩耶花さんはそう言ってわたしを励まして下さいました。わたしはこんな事態になって、自分がどんなに折木さんの事を想っていたのか、改めて判ったのです。

「もうすぐ中締めだから、希望者は二次会に行くと思うの、ちーちゃんは行かないでしょう

 摩耶花さんが時計を見ながら確認します。そうです、折木さんの居ない会には出ても仕方がないと思いました。

「そうですね……出来れば、折木さんの実家に行って供恵さんに東京の住所を尋ねたいと思います」

 摩耶花さんには本音を伝えます。何としてでも東京に行き折木さんと直接お逢いして誤解を解きたいのです。

「判った わたしもそれが良いと思う 供恵さんにはわたしから連絡しておくわ」

「ありがとうございます

 会場では司会者の方が最後の挨拶と連絡事項を述べていました。

「え~楽しい時間も、そろそろ終了が近づいて参りました。名残惜しいですが、一次会はこれで終了致したいと思います。この後二次会がありますので、どうぞ多くの方の参加をお待ちしています。その前に、神山高校の校歌を斉唱して、三本締めで終わりたいと思います」

 そして、神山高校の校歌の演奏が流れ始めました。二百名の同期がそれぞれ校歌を口ずさんでいます。わたしも口ずさんでいると、不意に、古典部での楽しかった事が思い出されて来ました。「氷菓」の文集づくり、夏の合宿、映画騒動、文化祭、そしてわたしにとって忘れられない、二人で図書館に行った事、お正月の初詣と納屋に閉じ込められた事、折木さんの本質が垣間見えたチョコレート事件。そして、何と言っても「生き雛祭り」での告白。学年が変わったマラソン大会での事、更に折木さんの過去を聞いた稲荷社の掃除。全てがわたしにとって忘れられない出来事ばかりでした。それなのに……いつの間にか頬を熱いものが流れていました。

 三本締めが終わると、急いでエレベーターに乗り玄関に向かいます。折木さんの実家に行き供恵さんから東京の折木さんの住所を訊く為です。わたしはこの時、時間さえ合えばそのまま、すぐに東京に行くつもりだったのです。

 見覚えのある家の玄関の呼び鈴を押すと、供恵さんが出てくれました。

「えるちゃんいらっしゃい 伊原さんから連絡貰ったわ。よく来てくれたわね。さあ、上がって

「ご無沙汰しています。今日は、どうしてもお訊きしたい事があってやって参りました」

 わたしのただならない様子に供恵さんも事情を察してくれて

「何かあったのね。もしかして奉太郎と何かあったのね

 わたしは、そこで今日あった事を全てお話しました。

「全く……単細胞なんだから……女心を全く判っていないのね……えるちゃんも苦労するわね。ごめんね、あんな間抜けな弟で」

 さすが供恵さんでした。わたし達の深い事情も察して下さいました。そしてペンでメモ用紙に詳しい東京の住所と最寄りの駅からの地図まで書いて下さいました。

「でもね、もしかしたら、あいつ何処かに行くかも知れないわよ」

「え、どういう事でしょうか

 わたしは、直ぐには供恵さんの言っている意味が理解出来ませんでした。

「あのね、あいつの事だから、夏休みだし、何処か別な所に行く気がするわ。毎年夏休みはボランティアをしているから、今年もやると思うのよね。だから、東京を離れる可能性があると思うの」

 東京を離れて何処に行くのでしょうか……不安だけが募ります。

「いいわ、ちょっと待ってなさい。調べて見るから、時間は掛らないから上がって待っていて」

 お言葉に甘えて上がらせて戴きます。リビングに通されて、アイスティーを入れて下さいました。その間に供恵さんは何箇所か連絡をしています。そして……

「判った事があるわ。今年もボランティアの紹介があるそうよ。これはわたしのツテであいつの学科に居る者から聞いたのだけどね、まあ、「女郎蜘蛛の会」の関係なんだけどね。あいつの性格なら、今年も、そのボランテイアに応募すると思うのよ」

 供恵さんはわたしの考えていた以上の事を話されました。ボランテイアですか……

「何処に行くのでしょうか

「何でも北海道だって……植物園での作業らしいわ。札幌の郊外にあるそうよ……」

 北海道……北の大地です そして、わたしの想像外の場所でした。でも、折木さんがそこに居るなら、その場所に行けば逢えるなら行かねばなりません。わたしは、今後の予定の事も考えながらも北海道に行く気になっていました。

「詳しい事が判ったら連絡を入れるから」

 供恵さんが、そう言って下さいましたので、わたしの携帯番号とメールアドレス、それに京都の住所を教えました。

「わたしの方が、奉太郎よりえるちゃんに詳しくなっちゃったわね」

 明るく冗談を言いながらの供恵さんの言葉にわたしは安堵感を覚えるのでした。




 新幹線が新横浜を過ぎ、降りる支度をする。携帯の電源を再び入れるとメールセンターに留まっていたメールが一気に到着した。幾つかあったが、里志と伊原からのものが殆んどだった。その他にはボランティアの返信もあり、こちらの希望通りの日程になったとの返信だった。これで三日後から北海道に行けると思った。

 そして千反田からも一通届いていた。開いて見ると、姉貴から東京の住所を教わった事が書かれていた。東京に着いた頃に電話すると書かれてあった。

 千反田は、彼女なりに俺の事を考えてくれたのだろう。それが二人が結ばれない道筋だったとしても、家を存続させるためには仕方が無かった事なのだろう。それは俺にも判る。甘かったのは俺の方で、今更ながら自分の力で何とかなる、等と思っていた事が恥ずかしかった。俺は千反田には兎も角、あの家には相応しく無い……そう思い込む事にした。そうで無ければ自分の気持ちが、どうにかなりそうだった。

 列車が品川に到着した。デッキに出て降りる事にする。ここから山手線に乗り換えて数駅。更にそこから私鉄の駅で三つ目が俺のアパートがある街だ。今日は何も考えずに眠りたい。酷く疲れた感じがした。

 アパートに帰ってコーヒーを沸かしていると携帯が鳴った。知らない番号だった。千反田かも知れない。今は余り話したく無かったが取り敢えず出て見る事にする。

「はい、折木ですが……」

『ああ、よかった 千反田です 千反田えるです

 やはり千反田だった。かなりテンションが高い。

『折木さん、逢って戴けますか どうしてもわたしの本当の気持ちをお話したいのです』

「今日、逢って話したろう あれでは不足なのか

『はい わたし、勘違いしていました。そして嘘も……自分の事ばかりで、折木さんの本当の気持ちを考えていなかったのです。だから、直接お逢いして自分の気持ちを伝えたいのです』

 千反田が嘘をついていたと言う事は里志がメールで教えてくれたが、本質はそうではない。俺は気がついてしまったのだ。千反田家に婿として入るのは俺では駄目なのだと……俺では能力不足なのだと……

「逢うのは構わんが、俺は暫く遠くに行く事になっている。三日後から東京には居なくなる。だから暫く逢えない」

『北海道に行くと供恵さんから教えて戴きました』

 何と言う事だ。姉貴はそんな事まで調べ上げていたのか……そうか「女郎蜘蛛の会」か、俺の学科に後輩だが神山高校出身者の女学生がいた事を思い出した。そこから情報が漏れたのか、やはり油断のならない奴だと改めて思った。

「北海道までは来れないだろう。秋になってからでも逢うしかないな」

『いいえ 折木さんが北海道にいらっしゃる内にお伺いします わたし本気なんです

 本気……そこまで思ってくれているなら、俺の方には何も無い

「判った。ボランティア先の植物園の事を話そう」

 俺は、ボランティア先の植物園の住所や連絡先等を教えた。

「ありがとうございます 必ずお伺いします

 千反田の弾んだ声が耳に残った。だが、逢って話をしたところで、そうは考えが変わるものでは無いだろう。それは現実と言うものがあるからだ。こればかりは致し方無いのだ……

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氷菓二次創作 奉太郎とえる~その愛 第1話 初めての同期会

 氷菓の二次創作の休筆宣言をしてから未だ二ヶ月なのですが、この間、沢山の方からメッセージやコメントを戴きました。私の様な者に本当にありがとうございました! その中 でも新作の事を書いて下さった方がかなりいらっしゃいました。いつも出来の悪い拙作でしたが、そんな事を言われたのは始めてでしたので、本当にありがた かったです。
 そこで、秋から冬の頃にでも投稿出来れば良いと思い、少しずつ書いていました。大凡半分ほど書き上がったのですが、ここに来て個人的な事情により、すぐには最後まで書く事が出来なくなってしまいました。ボツにする事も考えたのですが、 ある方に相談した所「ここまででも良いので公開した方が良い」とアドバイスを受けました。
 そのうち時間が出来ましたら後半も書いてみたいと思います。

第1話 「初めての同期会」

 夏の香りのする風に吹かれながら駅からの帰り道を急ぐ。東京に住み着いて三年になり、やっとこの街の喧騒にも慣れてきた。そうなると不思議なもので、最近、神山の夢をよく見る。色々な神山が夢に出て来るのだが、最後は悲しそうな女性の影で目が覚める。自業自得……それ意外に言葉が見つからない……

 アパートの郵便受けを覗くと、普通の手紙の封書よりやや大きめの封筒が投函されていた。宛名は勿論俺、折木奉太郎。差出人を見ると「姉より」とだけ書いてある。部屋に帰り封書を開封するとメモと葉書が入っていて、メモの方を読むと

『高校の同期会の知らせが来たから転送したわよ あんた、誰にも住所教えていないの

 そんな意味の言葉が走り書きされていた。

「知ってる奴が幹事じゃないんだろう」

 独り言を口にしながら葉書を読むと、どうや神高を卒業して初めての同期会のお知らせらしかった。

 神山高校を卒業して早三年の月日が流れている。大学に進学した者は三年になっている。今年の秋からは就職戦線に嫌でも飛び込まなければならない。その前に同期会を開いて旧交を温め合おうと言う趣向らしかった。

 薬缶に水を入れてガス台に掛ける。火を点けて湯が沸くまでの間に同期会の期日と幹事の名前を読んで行く。

 期日は七月二十五日だった。会場は俺たちが神高を卒業してから立てられたホテルで、時間は午後一時開始としてあった。その他に会費なども書いてあり、参加の場合は書かれている捨てメールに返信して欲しいとあった。昔みたいに返信はがきで、と言う事ではなかった。続けて幹事の名前を見ると、その中に里志と伊原の名前があった。

「あいつら幹事だったのか……正月に会った時は何も言っていなかったのにな」

 また独り言を呟いて苦笑する。そう言えば最近独り言が多くなったと実感した……

 沸いた湯をコーヒーカップにドリップバッグをセットしておいた上に静かに注ぎ込む。泡が膨らみ膨張していく。更にその上から湯を注いで行く。何も無かった部屋がモカの香りで包まれる。並々と注がれたコーヒーを口にする。熱さと苦味と酸味が口の中で調和してゆっくりと体内に降りて行く。今の俺の至福のひと時だ……


 高校を卒業した古典部四名の進路だが、里志と伊原は県内の大学に進学して、今では神山は離れたものの大学の傍で一緒に暮らしている。千反田は京都の大学の農学部に進学した。「生雛祭り」で言った事を実行したのだ。「皆が豊かになる方法」を千反田なりに求めた結果だった。

 あの日、俺は確かに意識したはずだった。千反田の想いを受け止めて俺なりの答えを返してやるはずだったが……結局言えなかった。いや、あの千反田の背負ってる荷物を一緒に背負う気構えが足りなかったのだ。

 言えなかった……想いは遂に口にする事が出来なかった。結局、何も言えぬまま、卒業した。実は千反田の気持ちは薄っすらと判ってはいた。心の底では「千反田の想いに答えてやりたい」と想いながらも口にする事は出来なかったのだ。

 卒業の後で千反田は俺が告白してくれる事を望んでいたのかも知れないが、俺はそれも口には出来なかった。その時の千反田のどこか寂しげな眼差しは忘れる事が出来ない。

 謝恩会の二次会の後で千反田をタクシーに乗せた時に千反田が俺に紙切れを握らせた。その時はそのままタクシーを走らせてしまったのだが、後でその紙切れを開いてみると携帯の番号が書かれてあった。恐らく京都に行くので携帯の契約を結んだのだと理解した。俺も携帯を持つ事になったからその辺の事情は理解出来た。

 俺の進学先は東京の大学になった。理由はやはり東京は数多くの大学があるので、学ぶにしても選択の幅が広がると思ったからだ。最初は色々な学部を考えていたが、気がついてみると「農業経営」を中心に選んでいる自分に気が付き苦笑した。想いは断ち切れていなかったと気がついた。ならば、千反田の傍に居てやれなくても、何処かで繋がっている事が出来るならばと今の学科「農業経営学科」を選択した。どうって事はない、三年経った今でも俺は想いを残していたのだ。だから、千反田に逢えるならと僅かな期待をしてメールに「参加」と書いて返信した。

 偽善かも知れない……千反田の携帯の番号を知りながら、この三年間一度も掛けたことは無かった。それなのに今更逢ってみたいだなんて悪い冗談としか思えないのでは無いかと感じた。

 だが、この三年間で俺なりに判って来た事もある。色々な情報を取り寄せて千反田が迫られている問題も知る事が出来た。今なら……淡い期待だろうか……

 コーヒーを飲み終えてもう一杯ドリップをする。そういえば千反田はコーヒーは全く駄目だったと思い出した。

「カフェインのある飲み物を飲むと凄い事になってしまうのです」

 そう言っていた。アルコールを飲むと、どうなるのかは偶然にも判ったがカフェインに関してはついぞ判らなかった。だが、後で気がついたが、あいつが良く飲んでいたココアにだってタップリとカフェインが入っている……恐らくは気のせいだとは思うのだが……

 思わず普段思い出さぬ事まで思い出してしまった。苦い思いと一緒にコーヒーを飲み込むとメールの返信があった。見ると伊原からだった。どうやら俺に宛てた葉書には伊原のメールが書かれていたらしい。文面を読むと

『参加受付ました。 折木、当日は楽しみにしてるわよ。それからちーちゃんも参加する見込みだからね。楽しみにしていなさいよ』

 こんな事を書いて来るのは、全く幹事として越権行為では無いだろうかと感じた。

 千反田に逢えたら何を言おう……どんな事を話そうか……そう思いながら眠りに着いた。


  夏休みになりバイトの都合をして休みを都合三日つけて神山に帰って来た。帰郷そのものは他の大学生とそう変わり無く帰って来ていると思う。文系は理系と違って研究と言うものは無いからだ。勿論文系のレポートや論文はあるが、それは極端に言えばそれを書くのは何処でも構わない。理系の研究は研究室に縛られるのとは、そこが違っていた。

 朝一番の新幹線に乗り名古屋で乗り変えて東京から都合四時間弱、俺は神山の市街に降り立っていた。半年ぶりの神山は僅かに湿った風が吹いていた。何処で雨でも降っているのかも知れない。空を見ると曇っていて、この後雨が降ってもおかしくない空模様だった。

 目的のホテルは目立つ場所に立っていたからすぐに判った。この時は、何も無ければ明日の夜に東京に帰るつもりでいた。

 実家に帰ると姉貴が

「おかえりなさい  同期会行くなら、もっとお洒落してから行きなさいよ。えるちゃんも来るんでしょう

 そう言って早くも先制攻撃を加えられた。先日、里志から千反田が参加するという事は伝えられていた。正直、逢えると思うだけで心が弾む。ゲンキンなものだ。それだけ想っているなら、何故電話のひとつも掛けてやらなかったのか 甘りにも自分に都合が良く虫の良いと自分でも思う……

 姉貴に言われた通りで、自分では割合きちんとした格好をしたつもりになって鏡を見ていたが、細かい指摘を姉貴から受けて修正された。

「三年も放ったらかしておいたんだから、ちゃんとして来なさいよ」

 変な激励を受けて家を後にした。

 ホテルに到着して三階のホールに向かう。会場の入口には「神山高校第◯期同期会」としてあった。確かにここで間違い無かったと一安心する。入り口から会場の中を見てみると準備中で、幹事が忙しく動いていた。その中のひとりが俺の姿を見つけて近寄り

「折木、今日はちーちゃんと、きちんと決着つけなさいよ。伸ばすにもほどがあるからね」

 挨拶の言葉も無しにいきなり俺に寸鉄を食らわした。三年経っても相変わらずだと思った。もっとも、こいつとか里志とは何回か会っているのだがな……

「ちーちゃん、本当は卒業の時にあんたの告白を待っていたのよ。それが、何も言わないから、今まで時間だけが無駄に過ぎてしまって……」

 伊原の言う事は尤もで、今の俺には何も言えた義理は無い。そもそも本当に今日、千反田は来るのだろうか それを伊原に言うと

「来るわよ。ちーちゃんだってあんたに逢いたいんだから」

 変なもので、そう言って貰えると俄に嬉しくなるゲンキンなものだ。


 定刻通りに同期会は始まった。色々な旧友と再会して旧交を温めたが未だ千反田の姿は見つけられなかった。里志に尋ねたところ、同期三百五十名のうち二百名が参加しているのだという。そうは簡単に見つけられないと思った。

「折木君久しぶり」

 振り返ると十文字だった。

「やあ、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

「もう、えると逢った

「いや、未だ見つけられない」

「おかしいわね来てるはずなんだけど……探して来るわね」

 その言葉だけ残して十文字は人混みの中に消えて行った。

 会場は基本的には立食形式になっていて、会場の隅に幾つかのテーブルと椅子が用意され、疲れた者や座って食べたい者らが利用していた。その部屋の隅でも特に目立たない場所に、俺が先ほどから探している人物が座っていた。

「折木くん、える、あそこに座っているわよ。早く行って来なさい ぐずぐずしていると誰かに取られちゃうわよ

 十文字に気になる言葉を言われて、はやる心を抑えて静かに足を向ける。段々と心臓の鼓動が早くなって来るのが自分でも判る。

 五メートルほど傍に近づいた所で千反田が俺に気がついて立ち上がって会釈をした。三年ぶりに見る千反田は卒業の頃より一段と美しくなっており、長い髪は相変わらず艷やかで、その表情からは、僅かに残っていた幼さは影を潜め、大人の落ちつきと憂いさを兼ね備えていた。ありきたりだが『綺麗だな』そう口から言葉が溢れた。

「久しぶり……元気そうで何よりだ」

 三年ぶりに逢ったのだ、もう少し気の効いた言葉を掛けても良かったと思ったが後の祭りだった。

 千反田は俺の言葉を頷きながら聴いて、静かに

「本当、お久しぶりでした。折木さんもお元気そうで何よりです。今日は心の底からお逢いしたかったです」

 憂いを帯びた瞳が怪しく輝くのも以前の通りだと思った。

「大学は大変だろう 理系だから実験が大変なんじゃないか

「そうですね。でもそれは判っていた事ですから……それよりも折木さんは学問の方は進んでいますか

「ああ、大学では『農業経営論』を学んでいる」

 それを聴いた時に僅かに千反田の顔に陰りが出た。

「農業……経営……ですか……そうですか……」

 テーブルに座る千反田の隣に座る。

「隣、座っても良いかな

「どうぞ」

 千反田はソーダのようなものを飲んでいて、俺に水割りを持って来てくれた。

「ありがとう」

 礼は言ったが、話が続かなくなって来たので、一気に話を本題に入って行く事にする。

「千反田、これは俺の言い訳と詫びだが、三年前、卒業の時に俺は遂にお前に言葉を掛けてやる事が出来なかった。あの時、俺にはお前の背負ってる余りにも大きな荷物を一緒に背負う覚悟が出来ていなかった。いつか、覚悟が出来たら、その時告白しようと思って逃げてしまったんだ。だから今日は、その時の詫びを言いに来たんだ」

 俺の言葉を頷きながら聴いた千反田は。視線を俺から外して

「それは判ります。あの時折木さんにわたしの本音を話したのも折木さんだけにはわたしの気持ちを理解して欲しかっただけなのです。でも一緒に居てくれるなら……等と甘い夢も見ました。でも現実は陣出はもう惨憺たる有り様なのです。こんな現状にある環境に折木さんに来てくださいとは言えません」

 千反田の言葉は俺の想像外だった。

「誤解しないでください。わたし、折木さんのことをお慕いしていました。これは本当です。この三年間で一層その想いは強まりました。だからこそ陣出に折木さんを迎える事なんて出来ないと思いました。不幸になるのはわたしだけで沢山だからです」

「千反田、それでも俺は構わないと言ったら……俺もこの三年で色々な事を学んだ。日本の農家が抱えている問題についても色々と学び、対策も自分なりに考えてみた。だから、前よりもお前の役に立てると思って今日はここに来たんだ。」

 俺が覚悟の事を言うと千反田は悲しそうな瞳をして

「ごめんなさい わたし、すでに、お付き合いしている方が居るんです

「え……」

「両親や親戚の勧めで……」

 千反田はそれだけを言い残すと俺の隣から立ち上がり人混みの中に消えて行った。俺は黙ってその後ろ姿を目で追うだけだった。いや、動こうにも体の力が抜けて動けなかったのだ。

 甘かった……俺は己の甘さを呪った。そうなのだ千反田ほどの女性なら婿になり手は腐るほど居る。それも名家の御曹司ばかりだろう。俺みたいな平民の家の出で「何処の馬の骨」かも判らない者では無いだろう。

「終わった……全ては遅かったのだ」

 俺は再び自分の甘さを痛感したのだった。

「ホータローどうしたんだい

 気が付くと里志が隣で心配そうにしていた。

「何だか気の抜けた顔だったからね。どうしたのかと思ってさ」

「千反田にふられた。千反田には既に交際している人物が居るそうだ。全ては遅かったよ。それとも三年前の報いかな……ははは、ザマはない」

「ホータロー、千反田さんが何を言ったのかは知らないが、千反田さんは今でも待ってるはずだよ。誰かと交際しているなんて何かの間違いだと思う」

「それが、そうでも無かったんだな……」

 俺の言葉を耳にして里志は何処かへ連絡をしていた。その通話が終わると

「ホータローは何時帰る予定なんだい

 意味ありげに尋ねるので

「予定では明日の夜だったが、もう、今夜でもいいし、これからすぐに東京に帰りたいくらいだ」

「いや、それは駄目だよ 予定通りにしておいてくれ いいね 動いては駄目だからね

 それだけを言い残すと里志も人混みの中に消えて行った。何をしに行ったのか判らないが俺は千反田本人の口から直に聞いたのだ。間違いは無いはずだ……

 馬鹿な話だ。何時かはあいつの傍に立って、支えてやりたいと思い、今の学科を選択した。あの時は言えなかった事を今度逢ったら言おうと思っていた。みんな自分に都合の良い考えばかりだった。時は再び戻っては来ないんだと、改めて思い知らされたのだった。



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「ノベルジム大賞2014」の評価シートが送られてきました。

久しぶりの更新です。

昨日ですが、ノベルジム様より「ノベルジム大賞2014」の評価シートが送られてきました。
私は、発表寸前で辞退してしまったので貰えないと思っていましたので、意外でしたし、ありがたく思いました。
改めてノベルジム運営様に御礼を申し上げます。

詳しい内容は公表してはならぬ決まりなのでここに詳しくは書けませんがw
二枚ありまして、一枚は無署名のもの……恐らくこれがノベルジムとしての評価だと思います。
もう一枚が「自由テーマ部門」の特別審査員の榎本秋先生の署名入りの評価でした。

二枚を比べてみると、かなり評価が違うのですね。それが面白いですね。
ここに書けないのが惜しいほどですw
全体的には榎本先生の方が厳しいですね。と言うより、ノベルジムの方が長所を、
榎本先生のほうが短所を指摘くれていました。
 これも素直にありがたかったです。

 メールにですね、次回も是非参加を、と書いてありました。
やるんですね!……凄いな……そう思ってしまいました。

 と言うところで、また~   次回から作品を載せます!
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