2015年05月

ご報告

え~創作活動をひと月余りお休み致しますが、その前に、ある決断をしました。
「ノベルジム大賞2014」の事です。
今年の1月19日に二次発表があり、私の書いた「究極の借金の返済方法教えます!」が最終候補に残りました。
それからはや五ヶ月です……未だに何の発表もありません。かなりの方が作品を削除しています。こんな事態はやはり、おかしいですよね?
色々な噂が耳に入って来ます。そこでこの様な文章を作品のキャプションに書きました。

AMGレーベル設立おめでとうございます。 さて、私事ですが、ノベルジム大賞2014の二次選考の発表から既に五ヶ月経ちました。 通常よりも長い選考期間を設けていらっしゃるのは、何か含みがあっての事だと思いますが、何時迄も引き伸ばせば良いと言う訳でもないと思います。個人的に も気持ちに張りが無くなりました。 そこで、あとひと月後までに最終発表が無い場合、私自身退会させて戴くか、作品を削除させて戴くことに致しました。  噂によると受賞者には既に連絡が通知されているとのこと。(そんな噂も飛び交っています。)何の連絡も無い私ですから、この噂が事実ならば、私の作品は 落選と言う事だと思います。それならば、無くなっても構わないと思った次第です。ここに書かさせて戴いたのは予告みたいなものです。どうか、よろしくお願 い致します。                                                                                                                     まんぼう

 と言う事です。
「ぎょーしょ!」のしゅれねこさんの件もありましたし、何か信用度が下がって来てしまいました。
取り下げて大幅改稿してみようかとも思っています。

「氷菓」二次創作  「あなたの暮らす街」

 新幹線「のぞみ」は滑るように東京駅のホームに到着しました。わたしは少しばかりの荷物を持つとホームに降り立ちます。折木さんの住む街東京にやって来たのです。

  東京には何度か訪れていますが、今までは常に誰かが一緒でした。子供の頃は両親が一緒でした。高校を卒業して、わたしと折木さんとが別々の街で暮らす事が 決定的になると、わたしは折木さんの住むアパートに引っ越しの手伝いをしに来ました。だから、たった一人でやって来たのは初めてなのです。

 わたしも大学生です。一人で京都から東京までやって来るのは訳もありません。でも、今回の上京について、わたしは心にある不安を抱えていたのです。

  山手線に乗り換えて数駅。そこで地下鉄に乗り換えます。そしてまた幾つかの駅を乗り過ごすと折木さんが住んでいる街に到着します。東京は本当に大きいと思 います。神山ならとっくに市街を出てしまっています。わたしの住んでいる京都も神山に比べると大きいと思いましたが東京はその比ではありませんでした。

 エスカレーターを登り最後は階段を駆け上がるように昇るとやっと地面に出ます。お陽様がわたしを照らしてくれました。これは東京も神山も同じと思います。

 商店街を歩きながら「買い物をして行こうか」迷いますが、後にする事にしました。今は少しでも早く折木さんのアパートへ直行したいからです。


  神山高校を卒業した古典部の面々は、福部さんと摩耶花さんが県内の同じ大学に進学しました。今では岐阜市内で一緒に暮らしています。わたしは京都の大学の 農学部に進みました。それに対して折木さんは東京の大学で「農業経済学」について学ぶ事を決意したのです。それが、やがてはわたしの為、ひいては千反田家 の為であり、将来は神山の為だと信じていたからでした。

 正直、その事を告げられた時はショックでした。「一緒に暮らせる」と信じていたわたしは遠くはなれた地で暮らす事なぞ思いも依らなかったのです。

「大丈夫だ。新幹線ならすぐだし、それにたった四年間だ。すぐ過ぎてしまうよ。携帯で毎日やり取りすれば寂しく無いし、声も聴ける」

  そんな事を言ってはいましたが、それが折木さん特有の強がりだと、すぐに判りました。お互いどの様な所に住むのか確認し合いました。合鍵も交換したので す。それが今年の春でした。大学に入ると想像以上に理系は大変でした。一年から実験があったからです。勿論、ゼミのではありません。実験科目の実験です。 それのレポートの提出も思ったより大変でした。

 何しろ、わたしも一人暮らしは初めてでしたので、色々な事に慣れるまで時間がかかったのです。

  きっとそれは折木さんも同じだと思います。入学当初は長い時間のやりとりだった携帯での会話も、段々と短くなり、時にはおざなりな感じになって来ました。 そして時には会話さえしない日も出て来ました。これではいけないと思いますが、なんせ自分も部屋に帰って来て電話しようと時計を見て十時を遥かに過ぎてい ると携帯を開ける手が停まってしまいます。

「遅くかけると、迷惑かも知れない」

 ……ううん、本当は違います。

「出なかったら、どうしよう? 電源が切れている圏外と言われたら……」

 そんな弱気な想いがボタンを押す手を緩めさせるのです。本当はそんな事無しに

「きっとわたしの電話を待っていてくれるはず……」

 そう想いたいのにです。

 一度、思い切って電話をしてみました。時間は十時を少し過ぎた頃でした。

「……留守番電話が要件を伺います。ピー」

 そこで通話のボタンを切りました。何かの用事で電話に出られないのですね。仕方ありません。もしかしたら、着信記録を見てこちらに掛けてくれるかも知れません。

 携帯を手にベッドに潜り込みます。着信のランプが光るのを見逃さないように手に握りしめます。でも夜半まで着信のランプが光る事はありませんでした。気が付くと朝日が登っています。

「今夜こそ掛かって来るかもしれない。いいえ、お昼休みには……」

 そんな虚しい期待を込めて大学に行く為に部屋を出ます。睡眠不足には初夏の太陽は余りにも眩し過ぎました。

 そんな時でした、かほさんが京都に用事でやって来たのです。大学の休みに家の用事を兼ねて京都にやって来たのでした。勿論当初は日帰りだったのですが、かほさんが余裕を保たせたのでわたしの部屋で一泊することになりました。

「やっほー える元気だった?」

「かほさん。元気ですよ。かほさんも元気そうで」

「うん、相変わらずやっているわ」

 そんなやり取りがとても嬉しいです」

「える、少し痩せた?」

「え、そうですか?」

「うん、何か痩せたというよりやつれた感じが……何か心配事があるのね。良かったら相談に乗るわよ」

 やはり幼い頃からの親友には顔色を見ただけで判ってしまうのですね。わたしは自分の不安を正直にかほさんに述べました。

「行ったら良いと思う」

「え? 東京にですか?」

「そう、実際に行って顔を見てくれば良いと思う」

 かほさんの答えは大胆でした。沈着冷静な印象が強いかほさんですが、意外と行動派なのです。

「ここで毎日暗くなって考えるより、行って見て話をすれば良いと思う。わたしなら、そうする。その為の時間を作るわ」

 わたしも行けるなら、そうしたいとは思っていました。でも今は実際に連絡も満足に取る事が出来ません。

「何言ってるの! 何の為の合鍵なの! 部屋の中には入れるから最低でも野宿はしなくても済むでしょう。遅くなっても折木くんが帰って来れば話は出来るじゃない」

 そうでした。わたしは自分でも知らず識らずに逃げていたのだと、その時自覚したのです。

 それからは、東京に行く為の時間を拵える事が重要になりました。実験のレポートも一番に早く書きあげて提出します。それやこれやで、やっと土日を利用して一泊二日で東京に行く事が出来るようになりました。その旨をメールで連絡します。すぐに電話で返事がありました。

「大丈夫なのか? 俺なら心配するな! ちょっと忙しいだけだ。何の問題も無い」

 喜んでくれている声でした。それを耳にしただけでも胸が熱くなります。『同じだった』そう感じました。折木さんもわたしと同じ想いだったと……

「行きます! ……行きたいんです。駄目ですか?」

 本当は心の中のことを全て言ってしまいたいのですが、それ以上言葉が出ません。

「俺も逢いたい……だが、お前はこの時期にこちらに来て、大丈夫なのか? 俺はそれが心配だ。だから遅くなると電話は勿論、メールも遠慮していたんだ」

 万が一、心が遠くなってしまったのか? という不安はありましたが、杞憂でした。わたしの折木さんは、そのような人ではありませんでした。

「何時来る?」

 日時を言うと声が曇りました。

「その日はバイトなんだ。以前シフトを変わって貰ったから、どうしても休めないんだ。すまん」

「大丈夫です。留守の間にお邪魔してご飯作って待っています」

「すまん……いや、ありがとう!」



 初夏のお陽様に照らされて、地下鉄の駅から数百メートル歩き、商店街を抜けた場所に折木さんの住むアパートはありました。二階建ての白い建物で、一階は二間の間取りの部屋割りになっていて家族向きになっています。二階は六畳の間取りの部屋が幾つも並んでいます。

 階段を登り突き当りの部屋に向かいます。茶色のドアの鍵穴に鍵を差し込んで廻すと鍵が解かれました。ドアノブをゆっくりと廻すとドアが開きました。

 最初に感じたのは折木さんの匂いでした。久しく触れていなかった恋しい人の記憶がフラッシュバックのように蘇ります……正直、これだけだけでも来た甲斐があると思いました。

 靴を脱いで部屋に上がります。上がった場所が三畳ほどの台所です。その奥に六畳の部屋があります。右側にはトイレと、お風呂が並んでいます。

 部屋はカーテンが掛かっていて薄暗くなっています。台所の小さなテーブルに荷物を置いて六畳の部屋に向かいます。カーテンを開けると陽の光が一斉入り、部屋の様子を一変させます。

  ベッドの上には起きたままの布団の形がそのまま残っています。その上には脱ぎっぱなしのパジャマ。その向かいには机と本棚が並んでいます。確か、この本棚 は折木さんが実家の自分の部屋から持ち込んだものです。そこに何冊もの本が並んでいます。その殆んどが経営関係の本です。それと農業関係の本もあります。 それらの内の何冊かはわたしが送った本です。ちゃんと読んでくれている跡があり嬉しくなります。電話で言っていた事は本当でした。

 ベッドメイクをしてパジャマを畳みます。どうやら洗濯したてのようで、昨晩降ろしたみたいでした。これは洗濯する必要は無いと思いました。

  お風呂の脇にある洗濯機を覗きこむと幾つかの洗濯物が入っていました。洗剤を入れてスイッチを入れます。洗濯機が動き出したので、冷蔵庫を開けてみます。 中にはコーラやコーヒーのたぐいの飲み物以外は入っていませんでした。シンクを見ると渇いています。長く水を使った形跡がありませんでした。

 只、寝るだけに帰って来ているのだと思うと少し悲しくなりました。わたしさえ傍に居れば、こんな事にはならなかったと……いつの間にか自分を責めていました。

  ふと壁に掛かったカレンダーに目が行きます。それには今日の日が赤く囲んでいました。そして赤い字で『千反田』と……その文字、自分の名を見た瞬間に心の 中から熱い想いが湧きだして涙が頬を伝わりました。何故だか自分でも判りません。只、嬉しかったのです。赤い丸で囲むほど待っていてくれたのかと……


 荷物を解いて買い物に行く事にします。今日は何にしましょうか? 折木さんの好きな献立にしましょう。台所の隅にあったお米入れをみると半分ほどありました。先日、実家から送って貰った千反田のお米です。でも自炊する暇もないとは思いませんでした。

 商店街の小さな個人でやっているスーパーに入りました。このようなお店は以外と値段と品質のバランスが整っているのです。

 最初に野菜を買います。色々な野菜を買ってしまいました。良く考えれば今日届くように実家から送って貰えば良かったかな? とも思いましたが、ここは自分が頑張らなければと思い直します。

  お肉も買って帰路につきます。帰ったらお部屋を掃除してから料理に取り掛かります。そうです! お風呂も掃除しなくてはなりません。先ほど少し覗いたら、 普段はシャワーだけなのでしょう。湯船は渇いていました。追い焚き機能があるお釜でしたから、湯船に浸かっていれば水のなごりがあるはずです。

 帰って来て買い物を冷蔵庫に入れると、掃除に取り掛かります。埃や汚れのあるお部屋で折木さんを過ごさせたくありません。お風呂場も掃除をしておきます。帰ったら気持よくお風呂に入って欲しいです。


夕食の献立は「南瓜の煮物」「茄子のしぎ焼き」「豚肉の生姜焼き」にしました。もっと凝った献立でも良かったのですが、以前、このようなのが好みと言っていた記憶があります。

 気が付くと既に暗くなっていました。陽の長いこの時期なら時間は既に夜間と呼ばれる時間になっていました。正直、夕方には帰って来ると思っていましたから、少し心細くなりました。

 そんな事を思っていた時でした。ドアが開いて

「ただいま~ える来てるのか?」

 今までで一番聴きたい声でした。

「おかえりなさい! 来ちゃいました!」

思い切り笑顔を作って出迎えます。そんなわたしを見て折木さんは

「ありがとう。こんな俺の為に京都から来てくれて……それなのに遅くなってすまん。残業までやっていたから……でも、そのおかげで、明日は一日一緒に居れられる。お前が帰るまでずうっと一緒だ」

 その言葉を最後まで聴く前に折木さんの胸に飛び込みます。そして背中に腕を回して思い切り抱きしめます。同じように折木さんもしっかりとわたしを抱きしめてくれます。

「逢いたかった……」

「わたしもです……」

 その後は言葉になりませんでした。言葉で伝えなくても心が通い合ってると実感した瞬間でした。

「神山を出てからそう月日が経っていないのに、考えるのはお前のことばかりだ。京都でどうしてるのか、上手くやっているのだろうか? とかそんな事ばかり考えている。全く困ったものだと自分でも呆れているんだ」

「同じです……今日もこちらに来て見て、冷蔵庫に何も入っていないので悲しくなりました。わたしが傍についていれば、とつくづく思いました」

 そんな事を言った途端唇が塞がれました。折木さんの熱い想いがわたしの想いと交差して重なり合いました。

「折木さん」

「千反田」

 もう一度想いを交差させます……

 台所の小さなテーブルに座って落ち着きを取り戻します。

「部屋に来てみて、何も無いのに驚いたか?」

「はい、飲み物しかありませんでしたから、驚くと言うより悲しくなりました」

「すまん。実は食事はバイト先で出してくれるので、食費を浮かしているんだ。朝は食べずに昼は学食で済ます事もあるしな」

 そう言えば少し痩せた感じがします。先ほど抱きしめた時にも感じました。

「食費を浮かせなければならないほど苦しいのですか?」

 つい思っていた事が口から出てしまいました。まさか本当に苦しいとは思っていませんでしたが、折木さんの口から出た言葉は意外なものでした。

「千 反田、今回はお前がこうして京都から来てくれて本当に嬉しいよ。でもこれから先は、お前はこちらに来るのが難しくなるだろう。そんな顔をするな。いいか い、これから先はお前はゼミに入るだろう? そうすれば色々な研究が待っている。一旦研究を始めれば結果が出るまで休む訳には行かなくなる。そうすれば京 都を離れられなくなる。俺はその時に備えてバイトをしてお金を貯める事にしたんだ」

 正直、折木さんの言ってる内容が理解出来ませんでした。

「折木さん。何故、わたしの研究が忙しくなると折木さんがバイトしてお金を貯める事になるのですか?」

 わたしの質問に折木さんは前髪を触りながら

「東京と京都を行き来するにはお金が掛かる。まさか、そんな費用まで親に頼る事は出来ない。だから俺はバイトして貯金する事にしたのだ」

「ですから、その意味が……」

「俺が京都に行く! お前を支えに俺が京都まで出向く。今回、お前が来てくれたように、俺がお前のアパートまで出向いて色々と世話をしてやるよ。炊事、洗濯、掃除、何だってやってやるよ」

 意外でした。まさか、そんな事を折木さんが考えてくれているなんて、全く思っていませんでした。

「理系はな、結構実験が大変なんだぞ。ウチの姉貴も実験では相当遅くなる日もあったし、時には日曜で研究室に出向く日もあった。お前の様な農学部なら実験の結果も長期間見なければならないだろう? そんな時、少しでもお前の役に立てれば良いと思っている」

「そうだったのですか……でも、折木さん自身は大丈夫なのですか?」

「だから、なるべく多くの科目を取っている。四年までには殆どの単位を取ってしまおうと思っている。大学に行くのは週一ぐらいになるようにな。その頃、お前はきっと実験やら進学で大変だろう?」

「進学ですか?」

「ああ、お前ほどなら、きっと大学に残る話も出るかも知れない。そんな時俺が足を引っ張っては申し訳ないからな」

 折木さんは、そんな先の事まで考えてくれていたのでした。わたしは目の前の事しか頭に入っていませんでした。

「ありがとうございます! 嬉しいです。でも……」

「でも? ……」

「もっと声を聴きたいです。お話もしたいです! せめて離れているなら……」

 わたしの声が終わらないうちに抱きしめられました。

「すまん……寂しい想いをさせて本当にすまん」

 思い切り折木さんの胸で甘えます。本当にわたしが求めていたのは、これだったのかも知れません。


「さあお腹が空いた。今日はバイト先で食事をしないで帰って来たんだ」

 勿論、そうだと思っていました。お味噌汁を温め、ご飯をよそいます。お茶碗を持つ手の指先が触れ合うだけで喜びが体を駆け抜けるのが判ります。

「旨い! やはり俺はお前の味付けが一番だと実感するよ」

「沢山食べてくださいね」

 何気ない言葉のひとつひとつが嬉しさを含んでいます。

 食事の後は、ベッドに腰掛けて折木さんの膝に抱かれながら一緒にテレビを見ます。幸せとは、このようなものでしょうか? 今、わたしは何も要らないと思いました。傍に折木さんさえ居れば良い。そう考えていました。

「お風呂湧いていますよ」

 先ほどお風呂のスイッチを入れておいたのでした。

「狭いから一緒には入れないな」

 冗談とも本気とも言えない事を笑顔で言って、折木さんはお風呂に向かいました。

 その後、わたしもお風呂に入ります。上がると折木さんが冷たい飲み物を出してくれました。コーラを飲めないわたしに別な飲み物を買って来てくれました。

 汗が引くと折木さんが

「明日は何処へ行く? どこか行きたい所あるか」

 わたしはどこでも良いのです。折木さんと二人で居られるなら何処でも構いません。

「どこでも良いです。明日は夜の新幹線で帰りますから大丈夫です」

「そうか、なら何処か綺麗な花が咲いてる所にでも行こうか。神山なら色々な場所があるけどな」

「はい! 楽しみにしています」


 その後、折木さんが部屋の明かりを消しました。先に横になります。わたしも隣に並んで横になります。

「客布団出せば良かったかな?」

「いいえ、要りません」

 既に折木さんの手が私の体を弄っています。その仕草に体が喜びを感じます。

「千反田……」

「える、と呼んでください」

「える、愛しているよ……」

「嬉しいです……」

 二人だけの夜が過ぎて行きました。


 翌日、東京を折木さんが色々な場所に案内してくれました。折木さんが暮らすこの街……

 わたしはこれから何回もはこの街に来られません。でもこの都会で折木さんが暮らして行くのだと実感する事が出来ました。

 決して忘れません……あなたの暮らすこの街を……


                                   了

足立が独立した日

adachi-ayase3 東京都には二十三区があるのは殆どの人は知っているだろう。千代田、中央、新宿、港の俗に都心四区と呼ばれる地域は有名だし全国区だとは思う。それに渋谷も有名だ。
 西の方ではついこの前まで草原と田圃しかなかったのに今や上流階級の人が住むと言われる世田谷。でも高級住宅地の田園調布は大田区なんだけどね。
 そんな事はさておいて、世間から、というよりは、殆どの国民から半場バカにされている区もある。その代表が葛飾と足立だ。江戸川もと言いたいが、江戸川は都内屈指の金持ち区だ。恐らく二十三区でもトップクラスだろう。癪だがここは抜かす。
 まあ、足立とか葛飾はろくなイメージがない。僅かに、葛飾は寅さんやこち亀の両さん。最近ではサッカーの「キャプテン翼」などで有名だ。足立は、やはり金八先生だろうか? 尤もあれには葛飾でも撮影していたのでお相子かも知れない。
 足立はともかく、葛飾は不便だ。JRが殆んど通っていないからだが、江戸川との区境に近い南に自殺で有名になりつつある「新小岩」がある。そして北のハズレには「綾瀬」「亀有」「金町」があるのだが、残念ながらこの駅は今や千代田線の駅となっている。
 区内の交通は京成電鉄に頼っているのが現実だ。区内に張り巡らされた路線で陸の孤島にはなっていないが、都心に出かけるにも乗り換えるのでめんどくさい。京成が乗り入れてる都営浅草線は都心を避けて走っているので役に立たない。
 だから区内にはろくなスーパーが無い、イトーヨーカドーが綾瀬、四ツ木、亀有、金町にあるが、亀有を除いて規模は小さい方だ。それに千代田線は区の北のハズレを通っているので葛飾というより足立の為の施設となっている。
 だから俺は買い物をするのでも一々綾瀬まで出かけるのだ。ここは駅の手前までが葛飾で駅そのものは足立になっている。だから正確には葛飾の駅では無いのだが……
 そこには一応色々な店があり、買い物には不自由しない。「サボテン」の高いトンカツも買えるし、吉野家や松屋、すき家もあり値段に応じて牛丼も食べられる。それに、この辺りは原宿に一本で通えるので、南青山あたりで修行した美容師さんが多く住んでいる。都心に出店するには費用がかるので、この辺りに出店するケースが多い。だから美容室がやたら多いのだ。洒落た店構えの店が多く、その点では原宿に負けないかも知れない。この綾瀬の南に堀切という場所があるのだが、ここも美容室が多い。それは綾瀬で競争に負けた店がそちらに行くのだそうだ。美容室も中々大変だ。都心の流行の先端で修行した美容師ばかりなので、技術的には原宿を凌ぐそうだ。尤も俺は千円カットで済ませているが……

 今日も原付きを動かして綾瀬に買い物に出かけたのだが、区の境まで来ると、柵が設けられていて、そこ何やら衛兵みたいな格好をした男が二人立っている。手にはマシンガンのような銃を持っている。まさか、映画のロケに入り込んでしまったのかと自分を疑った。柵の場所まで行くと
「すいませんが、本日午前零時を持って足立は独立を致し、足立区から足立国に名称も組織も変わりました。只今、独立を認証しない日本国との間で交渉が続けられています。その為、足立国に入国をする一般人の制限を行なっています」
 衛兵は思ったより丁寧な言葉で説明してくれた。
「ただ、ヨーカードーに買い物に行きたいんですよ。それでも駄目なんですか?」
「いや、制限をしているだけです。所定の手続きを済ませれば、ここから一時間に二本出ているバスに乗る事が出来ます。現在、ここから足立国に入国する方法はこれしかありません」
「では、そのバスに乗る方法を教えて下さい」
 俺が尋ねると衛兵は柵の左側にある昨日までコンビニだった建物を指して
「あそこが国境事務所です。詳しくはあそこでお尋ねください」
 そう言った。確かに看板には「足立国境事務所」と書かれた看板が「ローソン」と書かれたロゴの上に貼り付けてあった。
「郷に入れば郷に従え」と言うけれど、今朝のニュースでも足立が独立したなんて言っていなかったぞ」
 独り言のように呟くと先の衛兵が
「私も驚きましたよ。「自衛隊足立事務所」で昨日まで事務とっていたんですからね。それが一夜明ければ「足立国軍」の兵士ですからね」
 そう笑って言うが、そんな顔で言う事かと思う。仕方ないので「足立国境事務所」のドアを開け、元レジカウンターの中に居る人物に問い合わせると
「入国のバスに乗るには日本国のパスポートと足立国が発行する臨時ビザが必要です。臨時ビザはこちらで発行しております。ちなみに費用は千円です。期間は七日間です」
「パスポートが居るんですか? これは驚いた……」
「国外に出るのですから当然です」
「でも日本は足立国を認めていないって……」
「でも、足立国は日本国を認めています。一日も早く国交を結びたいと思っています」
 俺はここで何を言っても仕方ないと思い、一旦家に帰る事にした。家に帰って昨年グアムに行った時に作ったパスポートを持って来るつもりだった。
 原付きのエンジンをかけて自宅に向かう。見れば葛飾の方からも警官がやって来ていた。日本側は警察だが、足立は一応国軍だ。そんな違いも面白かった。
 家に帰ると箪笥にしまってあったパスポートを出す。まさか今年のうちに国外に出るとは思わなかった。
 再び、原付きに乗って先程の「足立国境事務所」に急ぐ、到着すると、「足立国境事務所」の看板の隣に、何か書かれた紙が貼ってあった。
「日本国臨時出国審査所」
 俺は、ここに至って「なるほど」と感心をしてしまった。足立側が入国のスタンプを押しても日本側が出国のスタンプを押さなかったら「不法出国」となるのだと悟ったのだった。
 入り口のガラスドアを開けると僅かに昨日まで売っていた唐揚げの匂いが鼻をつく。そういえば綾瀬の「松の家」で四百九十円のトンカツ定食を食べるつもりだった事を思い出して腹の虫が鳴った。
 いつの間に作ったのか判らないが足立側とは反対側(日本国側)にカウンターが造られていて、男女二名の係員が座っていた。
「足立に出国する方はこちらで出国の手続きをしてください」
 何処かで見た顔だと思ったら中学の同級生の松尾だった。
「よお、どうしたい? そういえば国家公務員試験に合格したと聞いたが……」
「ああ、お前か……実家が近いからこっちに派遣されたんだ。仕方ない……貧乏くじだ」
 松尾が私語を言うと隣のメガネをかけた、学校の先生みたいな女が
「松尾所長、私語はベッドの中だけにしてください。ここでは、ご遠慮願います」
 そう言って睨んだ。この女、松尾と出来てるのかと思う。

 パスポートに出国のスタンプを押して貰い、今度は足立側に向かう。係員は屈強な男だった。
 あっけにとられる日本国側の係員松尾を尻目にビザの申請をする。形式ばかりの手続きをして千円を支払う。これで今日から七日間は足立に居る事が出来るのだ。そんなに用は無いのだがな。そして入国審査でスタンプされたパスポートを受け取る。
「ようこそ足立国へ! お買い物ですか? 観光ですか? お仕事ですか?」
 そう尋ねるので
「サイトシーイング」
 と答えてやった。
 コンビニいや、事務所の外に出ると、バス停に一台のバスが停まっていた。ここから綾瀬駅まで歩いても十五分とかからないだろう。だが衛兵らしき者が
「現在は独立まもなくであり、若干の紛争状態にあるため、入国なさった方は、皆このバスに乗って戴きます」
 そう言われては仕方が無い。第一衛兵は皆、本物の銃を持っている。ここは既に日本ではないのだ。あの銃で打たれても文句は言えないかも知れないと考えた。
 大人しくバスに乗り込むと、バスは、ほぼいっぱいで、俺が乗り込むとすぐに発車した。するとガイドらしき女の子が前に立ち(多分制服からして東武バスのガイドさんだったのだと思った)
「皆様、ようこそ足立国へ。このバスは足立の入り口綾瀬駅へと向かっております。足立は消費税がありません! 買い物天国です。皆様には色々と特典もご用意しております。どうか足立での楽しいお買い物のひと時をお過ごしください」
 そう言ってマイクを降ろした。そうか、消費税が無いのか! もとより綾瀬は物価が安い。だから俺も良く買い物に来るのだが、消費税が無いとなればこれは頻繁に来なくてはならないだろう。
 やがてバスは綾瀬の駅前のバスターミナルに到着した。そういえば駅で乗り降りする人はどうするのだろうか? ちょっと興味が湧いたので駅に行ってみる。
 綾瀬は常磐線の快速は止まらないので、これに乗車した人は何の問題も無いのだろう。降りられないのだから国内を通過しても仕方ないのかも知れない。これは、以前キューバの上空をアメリカの旅客機が何の通告も無しに通過していた事と同じだと思った。
 見ていると、パスモやスイカで乗り降りする乗客には自動的に情報がカードにインプットされるみたいだ。綾瀬から乗る客に対しても同じらしい。
 問題は切符、乗車券で来た客は改札の横で俺がやった通りのビザの発行と入国審査を行なっている。どうやらパスポートなどは、持っているはずが無いので身分証明者が代わりになるみたいだ。後日入国のシールが送られて来るので、それをパスポートに貼るシステムだと言う。では日本国側の出国はどうなるのか? と思ったのだが、それについては良く判らなかった。

 駅を離れた俺は腹が減っていたので駅前の「松の家」に入る。ここは「松屋」が経営するトンカツ専門店で、トンカツ定食が税込み四百九十円で食べられるのだ。トンカツが食べたくなるとここに来るのだ。
 店の自動ドアを開けて店内に入ると食券を発行する自販機に張り紙がしてある。
「日本国からお見えの方には四百円で提供しております」
 そう書いてあった。消費税が無い上に観光客として優遇してくれるのか、それはありがたい。何回か来ればビザの千円も元が採れると思った。
 買い物も、そうで、日本から来た観光客には特典が満載でビザにポイントが付いて来て、それを足立国内では現金として使えるのだ。
 イトーヨーカドーのサービスカウンターで入国時に作ったビザを書類からカード型に変えて貰う。これで、七日が過ぎても、入国時に現金をチャージすればビザが認証される。ポイントが貯まっていれば、それで支払えるのだ。ポイントは凄い、買い物価格の十%が付くのだ。これは消費税分と特典分だそうだ。つまり、何時でも一割引という事だ。これは大きい。

 このシステムが広く知れ渡ると足立国は買い物天国となって行った。日本国中から我も我もと買い物客が殺到した。色々な外国資本がそれらを狙って次々に大型店舗を展開する。
 すると翌年の春節に中国から大勢の観光客が押し寄せ、嵐のように買い物客でごった返したのだった。
 今や足立は商業国家として国連にも認知されている。日本もしぶしぶだが認知をして、色々な法整備を急いだ。
 まず、ノービザでのお互いに行来出来るようにした事。犯罪における犯人引き渡し協定、入国管理の簡素化その他色々な協定を結んだのだった。
 
 俺は、今日も買い物に綾瀬に行く。足立国には北千住という商都もあるのだが、俺にはどうも行き難い。綾瀬が性にあっていると思うのだ。
 そういえば貯まったポイントで何を買おうか考える俺だった

ラジオが流れる

 若い頃からラジオが好きだった。と言っても工作として、ラジオを作るのが好きだった訳ではない。ラジオの放送を聴くのが好きだったのだ。だから今でも良 く聴いている。テレビなぞよりよっぽど好きだ。最近はエフエムが中波みたいになってしまって、話ばかりやっている。音楽を聴きたいからエフエムを聴いてる んだろう! とラジオの前で叫んでも仕方ないのだが、つい愚痴りたくなる。そう思っていたら、今年の暮れあたりから中波がエフエム化するのだという。電波 状況の改善の為に中波の放送局がエフエム波でも放送するのだという。帯域は以前アナログテレビで使っていた帯域だという。これで我が家のおんぼろラジカセ も目出度く復活する。そりゃテレビがデジタルになってからは、この辺りにチューニングしても聴こえるのは砂の嵐の音だけ。悲しい状態だったが、これで中波 を音の良いエフエム波で聴く事が出来る。これは、ひょっとすると既存のエフエム放送局はヤバイですよ。だって、中波は夜になると今でも音楽番組を結構やっ てるんですよ。野球が終わった後に海外のヒット曲を流していたり、渋いロックバンドの曲がかかったりしているんだよ。でも、音が悪いから所詮作業用とあき らめていたけど、音さえ良くなれば録音する価値も出ようと言うものだ。そんな楽しみもあるラジオ。俺は好きだな……
 
 今日もラジオのスイッチを入れる。雑音が混じった向こうから、陽気な声が聴こえる
「ハ~イ、みんな元気だった? 今日もリクエストをガンガン掛けるからね。必ず最後まで聴いていてね!」
 もう何年も続いているのだろう? 最初に聴いた時は確か二十代だった。それが今や四十の坂を越えたろうと思う。
「お互い元気で良かったよな」
 どんな姿をしているか知らないが、この声を聴くだけで生きて行く力が湧いてくる。生きていて良かったと、そこまでは思わないが、何か古い知り合いに逢っ た気分にさせてくれる。一度ぐらいリクエストはがきを書いても良いのだが、元来の筆不精だから、それも儘ならない。しかし、いったいだれが他にリクエスト はがきを書いているのだろう? そもそも、この放送は何処から出ているのだろう?
 地球が、外宇宙の生命体から攻撃を受けて滅亡寸前まで行ったのがこの前の事だ。俺は山の中で暮らしていて助かったのだ。そして、暫くしてラジオ放送が始 まった。俺は最初、俺たちの誰かが生き残って放送しているのだと思ったが、放送を聴いているうちに、そうではない事に気がついた。
 違うのだ……何かが違う……昔、俺が聴いていた頃の放送とは何かが違う……
 いったい、お前は誰だ? この放送をしている奴は誰なんだ? 俺たち人類は殆んど滅びたはずだ。誰が放送しているんだ? そう思うが今日も俺は放送を聴く、最後の人類としての義務として……

「やっぱり、来週のラジオドラマにするにはインパクトが弱いですね」
 編集の代田が俺に書き直しを命じる。これで三度目だ。俺だってそうは面白い話が浮かぶ事なんてありはしない。そうだろう? 
「これ駄目か? 結構良いと思ったんだがな」
「先生、良いんですが、最後のパンチが弱いんですよ。もっと、強いインパクトが欲しいですよね」
 インパクトか……
「なら、最後にいきなりゴジラが登場して自分も殺されるとかか?」
「それいいですね! ちょっと変化させて登場させましょうよゴジラ」
 代田がそう言ったすぐ後で、真上からゴジラが彼を踏み潰した……
 だから言ったろう、ラジオを舐めてはイケナイと……
 ラジオの世界は何でもありなんだから……

      了

氷菓二次創作 「甘い嘘」

 放課後を告げるチャイムが鳴って、部活動がある生徒は、おのおのその目的の場所に向かい始めていた。
 俺も鞄に教科書とノートをしまうと、特別棟の四階にある地学講義室に、足を向き始めた。だがいきなり知った顔にで食わした。
「やあ、ホータロー。丁度良かった、今行こうとしていたんだ。実は総務委員会の引き継ぎの連絡事項があるから、二三日古典部には顔を出せないんだ。だから千反田さんに伝えておいて欲しいんだ」
 薄い茶の瞳を僅かに曇らせた里志は、済まなそうに俺に言うと
「じゃあ頼んだよ」
 そう言って階段を降りて行った。俺はそれを見送ると
「ご苦労さんなこった」
 誰にも聞かれない程度の小声で呟くのだった。
 地学講義室に出向くと、部屋の入口は鍵が解かれてあった。引き戸に手を掛け引くと、それは簡単に開いた。部屋の中には千反田が一人で座っていた。
「あ、折木さん。今日は福部さんも摩耶花さんもいらっしゃらないので、わたし一人かと思っていました」
 どうして、里志と伊原が休むと俺まで休むことになってしまうのかが、良く判らなかった。だが、当人はそんな事はどうでも良かったみたいだった。
「今日は、久しぶりに古典部で二人だけですね。ちょっと嬉しいです」
 俺と千反田の関係は以前とそう変わりはない。既にお互いの親の公認の元で交際をしている常態に変わりが無いと言う意味だった。だが、三年になり、僅かの間に俺は色々な事実を知った。それはこれからの俺の人生に於いて大事な事になるはずだった。
 
 何時もの席に座り読みかけの文庫本を取り出してページをめくり始める。すると、千反田が
「今日は場所を変えますね」
 そう言って席を俺の向かい側から隣に移って来た。勿論椅子は接近させてある。
「近い……」
 そうは思ったが、こいつの距離感は独特なのを今更思い出した。
 部室の中には俺の本のページをめくる音、千反田が数学の課題をやっている音。ペンをノートに走らせてる音がするだけだった。
 不意に入口がノックされた。いきなりだったので千反田がビクッと体を震わせた。俺が立ち上がり入口を開けると二年生の総務委委員だった。
「あのう、こちらに福部先輩はいらっしゃいますでしょうか?」
 おかしい、里志なら今日は総務委員会の引き継ぎがあると言っていたはずだが……
 その旨を伝えると二年生は
「それは昨日でした。今日は特別無かったのですが、尋ねたい事が出来まして、こちらにならいらっしゃると思い尋ねたのですが、いらっしゃいませんか?」
「今言ったように、引き継ぎとしか聞いていないから、ここには居ない」
「そうでしたか、では明日にでもお伺いします。おじゃましました」
 二年生はそう言って頭を下げて帰って行った。この地の果てまで来て手ぶらで帰るとはご苦労様なことだ。だが、そうなると里志は俺に嘘を言ったことになる。
「どう言うことでしょうか折木さん。福部さんが嘘をついてまで行わなければ行けなかった事とは……わたし気になります!」
 いかん! 千反田の「わたし気になります」が出てしまった。こうなったら仕方ない。本意ではないが考えてみよう。
「そう言えば摩耶花さんも図書委員の……」
「千反田、多分それも嘘だ。気になるなら調べに行ってみれば良い」
「調べるって……?」
「図書室に行けば判る。図書委員なら図書室の自習室で会議を開くのが普通だろう」
「そうでした! わたし見て来ます!」
 千反田は課題の道具をしまうと鞄を置いて部室から出て行った。ご苦労なことだと思う。
 が、程なく千反田は帰って来て
「今日は図書委員会は無いそうです」
「随分早いな」
「そこでクラスの図書委員にあったので訊いてみたのです。そうしたら、今日は無いそうです」
 やはり思った通りだ。里志と伊原は一緒に何処かに行ったのだ。しかも、その目的は俺と千反田には知られてはならない事なのだ。
「折木さん、一体何でしょうか?」
 千反田は俺に体を寄せて尋ねる。最近慣れたとは言え、千反田にこうも接近されると俺もさすがに理性を失いかねない。
「なあ、近すぎるとは思わんか?」
「そうでしょうか? 近すぎると言うより怪しいと思います」
 いや、そうでは無いのだが……まあいい、これについては俺が慣れなければならないのだろう……
 
「伊原は何か言っていなかったのか?」
「どんな事でしょうか? 特別には……」
 恐らく、千反田にさえ知られてはならない事なら、普段の会話も注意してうただろう、とは容易に想像がつく。
「お前は、何時伊原が今日部活を休むと聞いたのだ?」
「はい、昨夜遅く電話を戴いたのです。あんな時間に摩耶花さんから電話を貰うのは珍しかったので時間まで覚えています」
「それは何時頃だ?」
「午後十時を少し廻っていました。お風呂から上がって寝ようと思っていた時だったです」
 午後十時か……俺が里志から今日休むと聞いたのは放課後になってからだ。伊原が千反田に休む事を伝えたのが午後十時過ぎ……それからは普通の家には電話しずらい。だが二人は携帯を持っている。ある意味時間に関係なく連絡は取れる訳だ。
 千反田に今日休む事を伝えて、その後里志の携帯に連絡を入れる。そこで今日放課後に二人で何処かに行く約束をした……いや、決まっていた事を確約したと言った方が良い。
 俺はそれまでの事を千反田に判り易く説明した。
「いったい、何処に行ったのでしょう? 病院に行ったとかでしょうか?」
「急に具合が悪くなったのは無いから病院では……」
 そこまで言って、まさかと思った。同時に千反田も何か気がついた様で
「折木さん、まさか摩耶花さんは……」
「ああ、もしかしたら里志が、一緒でなければならない場所、ではないだろうか……」
 まさかとは思うが、二人は交際している。現実にあり得る問題だと思った。
「でも、今は良い判定薬もありますし、とりあえず、それで確かめると言う事もあるのではないでしょうか?」
「千反田、俺はそこまで決めつけていない。それに別な可能性もあるし……」
「でも、お二人は交際してもう一年を過ぎています。深い関係になっていても可笑しくありません」
 一方的な決めつけも良くないが、それにしても千反田の発想も大胆だ。
「正直、少し羨ましいと思ってしまいました。わたしと折木さんも、お布団の中で抱き合って朝まで一緒に寝たこともありますが、それだけです。熱い想いを交換した訳ではありません。人それぞれだとは思いますが、身近な人がそんな事をしていると思うと体が熱くなります。
 そんな事を言って千反田は更に俺との距離を縮めた。もう殆ど触れているほどだった。「折木さん、わたし達ももう少し関係を進めても良いとはおもいませんか? きちんとしていれば誰にも迷惑をかけないと思うのです。いけませんか?」
 真っ赤な顔をして千反田は俺に訴えて来る。どうしろと言うのだ。まさか本当にそんな事を望んでいるのだろうか?
 俺の目の前で千反田は目を瞑って少し顎を突き出していた。これは……いいだろう、学校でまさか部室でこんな事をするとは思ってもみなかったが、千反田が望むなら致し方無い。俺は千反田の肩を引き寄せると、その唇に自分の唇を重ねた……
「……」
 ゆっくりと離れると千反田が
「折木さん、いきなりだったので驚きました。でも嬉しかったです。何回もキスはしましたが、まさか学校でそれも古典部の部室でするなんて思っても見ませんでした」
 は? 何を言っているのだ? お前が望んだのでは無いのか?
「いやですわ、折木さん。わたしは折木さんの髪に糸くずが付いていたので、取ってあげたのですよ」
 完全な勘違いだったと言う訳だ。全くこれだから困ってしまう。
「でも、高校を卒業したら同じ大学に行きましょうね。そして一緒に住んで……」
 千反田の瞳がキラキラしている。そうか、千反田の頭の中では既成事実となっているのだと実感したのだった。
「でも、摩耶花さんが心配です。どうするのか、事実が判ったらわたし達も相談に乗ってあげましょうね」
「ああ、本当だったらな」
 その日、千反田はいつもより、俺に積極的だった。
 
 翌日、部室に顔を出した里志と伊原に千反田が言いにくそうに
「あのう、昨日は何処へ……」
 すると里志が
「ああ、もうバレてしまったんだね。嘘をついて御免ね。摩耶花一人では不安だから僕も一緒に行ったんだよ。責任の半分は僕だからね」
「やっぱり、そうだったのですか! それで摩耶花さんは……」
 里志の後ろに居た伊原が
「ごめんね。心配かけたくなかったから、嘘を言ったの。本当に御免なさい」
「それは良いのです。でも体はもう大丈夫なのですか?」
「うん。それはもう終わったから、大丈夫。後は処置だけだから」
「それでも大変でした。水くさいです。どうして事前に相談してくれなかったのですか? 神山なら良いお医者さんも知っていましたのに……」
 それを聞いていた里志が
「いや千反田さん。医者じゃなくて歯医者だよ!」
「歯医者ですか?」
「う ん、摩耶花はホワイトデーに僕があげたクッキーを食べ過ぎて虫歯が酷くなってしまったんだ。僕が、早く歯医者に行った方が良いって言ったのに中々行かない から痛くなってしまったんだ。一人で行くのが怖いって言うから僕が付き添いで行ったのさ。まさか高校生になって一人で歯医者に行けないなんて恥ずかしくて 言えないから嘘をついたんだよ」
「ええ! じゃあ……医者じゃなくて歯医者に行ったのは……」
「そうだよ……あれ? ホータローも千反田さんもどうしたの?

  これを期に俺と千反田の関係は進んだような、留まったような感じだった。
  
  
        了            
   
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