表で車が停まる音がした。誰が来たのかは判らないが、どんな人なのかは判った。千反田は恐らくその人物を知っているのだろう。顔色が悪い……
「折木さん、OB会の会長は恐らく折木さんは会った事はないと思います。でも実はわたし達に関係の深い人物なのです」
自分達に関係が深いとは、共通の知り合いだと言う事だろうか? 兎に角考えている暇は無かった。お袋さんが玄関に迎えに出て行った。
「こちらに居ますよお兄さん」
何と言ったのだろうか? 「お兄さん」とは……
千反田のお袋さんは関谷家の生まれだ。関谷純とは兄妹になる。まさか……他にも兄弟がいたのだろうか?
お袋さんの招きで入って来た人物は六十を幾つか過ぎてると思った。
「折木くん、こちらはわたしの兄で、『神山高校OB会』の会長でもある関谷喬よ。お兄さんこちらが、えると将来を誓い合った折木奉太郎さんです」
紹介された関谷喬と言う人物は中肉中背の歳相応の人物だった。千反田やおふくろさんに似ていると思った。
「はじめまして、関谷喬です。そう言うよりも、あなたには、関谷純の双子の弟と言った方が馴染みやすいかな」
俺はこの時ほど驚いた事は無かった。関谷純に双子の弟が居たとは……
「相 当驚いたみたいだね。無理もない。当時を知っているものは、もう神山には少なくなった。あの騒動の本当の責任者は実はわたしだったのだ。学校側が責任者を 追求した時、兄がわたしの代わりに名乗り出てくれた。そしてわたしに『俺は恐らく退学になるだろう。だから関谷の家はお前が継げ! これは兄としての命令 だ』そう言って自分は『悲しき英雄』となったのだ。それが本当の真相だよ。その後、わたしは神山高校を卒業し、大学に進み、やがてこの街に戻って関谷の家 を継いだ。兄はその頃から海外に行くようになり、知っての通り9年ほど前に行方不明になった。葬儀までしたのは知ってると思う。わたしが何故OB会の会長 に収まったかというと、これは兄の意志を継いだからだ。あの時、わたしの代わりになってくれた兄の希望は末永く神山高校に関わり、優秀な人材を輩出する事 だった。その意志を継いだのだ。勿論、今や実質的な事は鉄吾くんがやってくれているし、行政面では陸山鷹芳くんがやってくれているからね。わたしは単なる お飾りでしか無いがね」
そこまでを関谷喬と名乗る人物は一気に話した。それは俺にとって驚きでしか無かったのだが、考えてみれば関谷純が「悲しき英雄」になるのには後顧の憂いがあってはならないはずだと思った。双子の兄弟がいればそれは消える。
「わたしの会長の座ももうすぐ終わる。次は鉄吾くんか、陸山だね」
「陸山というと……」
「そう先年まで生徒会会長 をしていた陸山宗芳くんのお父さんで、現岐阜県会議員にして次期知事の噂も高い陸山鷹芳くんだよ。どちらが会長になってもOB会は安泰だ」
陸山宗芳の親が議員だったとは知らなかった。ついこの前まで何も知らない一介の高校生だった俺がこうして生臭い話に巻き込まれるとは思ってもみなかった。
「えるは美しい娘に育った。兄がどんなにこの子を可愛がっていたかは、君も聞いて知っているだろう。そのえると一緒になると言う事は、兄関谷純の意志を継ぐ事に他ならない。それは納得して貰えるね」
関谷喬がそこまで言うと千反田が
「おじさま、わたし達は未だ高校生です。OB会などは未だ先の事です。今は学生の本分を全うしたいです」
そう言って俺の肩に手を回した。
「ま あ、そうなのだが、千反田の家を継ぐという事は色々なしがらみも背負って行く事なのだよ。今日は折木くんにそれだけを判って欲しかったんだ。話はそれだけ だ。折木君、話に聞くと君は中々優秀らしい。だからあえて言うが、君なら純が成し得なかった事を達成出来ると信じているよ。それでは……繰り返すがわたし はもうじき会長の座を退く。そうしたら二度と会う事も無いかも知れない。だから、こうしてやって来たんだ。今日は会えて良かった」
関谷喬はそう言うと千反田のお袋さんに連れられて玄関から出て行った。千反田が見送りに出て行き、帰って来て
「おじは悪性の癌で余命幾ばくもないのです。きっと最後にどうしても折木さんに伝えたかったのだと思うのです。それを判って下さい」
「千反田、本当に今日は驚いた。まさか関谷純が双子だったとは……お前はどうして今まで教えてくれなかったんだ?」
俺の質問に千反田は小さな声で
「実 は、わたしは喬叔父とは余り仲が良くありませんでした。兄の純叔父とは幼い頃から親しく接していましたが、エリート教育を受けた喬叔父はどちたかと言うと 子供嫌いでした。そんな訳で関谷の家とも疎遠になっていたのです。本当は早くから言わなければならなかったのですが、今まで言えませんでした」
言いたくない事や出来れば秘密にしておきたい事は、人それぞれあるものだ。折木の家にも小さな事だが色々とある。ましてや旧家の千反田なら、これからも俺が驚く事はあるだろう。今は千反田を責める事は出来ない。
「怒ってないと言えば嘘になるが、この事でお前を責める事はしない。ひょんな事からOB会の秘密を知ってしまったが、今はこれも受け入れていくしかない。きっと、俺が将来入会した時には、もっと色々とあるのだろう。今は俺に言えない事もな……」
「折木さん!……」
千反田が俺に抱きついて来た。優しくそれを受け止める。思えばこいつは自分の意志というより家の意志を強制的に受け入れさせられて来ていたのだろう。それを思うと千反田えるという人間もある意味犠牲者だと思ったのだ。
「大丈夫だ。俺は今やそんなヤワな人間じゃ無い。将来、俺がOB会を仕切るようになったら。色々な改革をしてみせるよ。安心しろ」
お袋さんが俺の言葉を聴いて僅かに笑みを浮かべた。「お手並み拝見」という事なのだろう。今の俺には「お前と共に生きて行く」という事しか言えないと思ったのだった。
このシリーズ 了
「折木さん、OB会の会長は恐らく折木さんは会った事はないと思います。でも実はわたし達に関係の深い人物なのです」
自分達に関係が深いとは、共通の知り合いだと言う事だろうか? 兎に角考えている暇は無かった。お袋さんが玄関に迎えに出て行った。
「こちらに居ますよお兄さん」
何と言ったのだろうか? 「お兄さん」とは……
千反田のお袋さんは関谷家の生まれだ。関谷純とは兄妹になる。まさか……他にも兄弟がいたのだろうか?
お袋さんの招きで入って来た人物は六十を幾つか過ぎてると思った。
「折木くん、こちらはわたしの兄で、『神山高校OB会』の会長でもある関谷喬よ。お兄さんこちらが、えると将来を誓い合った折木奉太郎さんです」
紹介された関谷喬と言う人物は中肉中背の歳相応の人物だった。千反田やおふくろさんに似ていると思った。
「はじめまして、関谷喬です。そう言うよりも、あなたには、関谷純の双子の弟と言った方が馴染みやすいかな」
俺はこの時ほど驚いた事は無かった。関谷純に双子の弟が居たとは……
「相 当驚いたみたいだね。無理もない。当時を知っているものは、もう神山には少なくなった。あの騒動の本当の責任者は実はわたしだったのだ。学校側が責任者を 追求した時、兄がわたしの代わりに名乗り出てくれた。そしてわたしに『俺は恐らく退学になるだろう。だから関谷の家はお前が継げ! これは兄としての命令 だ』そう言って自分は『悲しき英雄』となったのだ。それが本当の真相だよ。その後、わたしは神山高校を卒業し、大学に進み、やがてこの街に戻って関谷の家 を継いだ。兄はその頃から海外に行くようになり、知っての通り9年ほど前に行方不明になった。葬儀までしたのは知ってると思う。わたしが何故OB会の会長 に収まったかというと、これは兄の意志を継いだからだ。あの時、わたしの代わりになってくれた兄の希望は末永く神山高校に関わり、優秀な人材を輩出する事 だった。その意志を継いだのだ。勿論、今や実質的な事は鉄吾くんがやってくれているし、行政面では陸山鷹芳くんがやってくれているからね。わたしは単なる お飾りでしか無いがね」
そこまでを関谷喬と名乗る人物は一気に話した。それは俺にとって驚きでしか無かったのだが、考えてみれば関谷純が「悲しき英雄」になるのには後顧の憂いがあってはならないはずだと思った。双子の兄弟がいればそれは消える。
「わたしの会長の座ももうすぐ終わる。次は鉄吾くんか、陸山だね」
「陸山というと……」
「そう先年まで生徒会会長 をしていた陸山宗芳くんのお父さんで、現岐阜県会議員にして次期知事の噂も高い陸山鷹芳くんだよ。どちらが会長になってもOB会は安泰だ」
陸山宗芳の親が議員だったとは知らなかった。ついこの前まで何も知らない一介の高校生だった俺がこうして生臭い話に巻き込まれるとは思ってもみなかった。
「えるは美しい娘に育った。兄がどんなにこの子を可愛がっていたかは、君も聞いて知っているだろう。そのえると一緒になると言う事は、兄関谷純の意志を継ぐ事に他ならない。それは納得して貰えるね」
関谷喬がそこまで言うと千反田が
「おじさま、わたし達は未だ高校生です。OB会などは未だ先の事です。今は学生の本分を全うしたいです」
そう言って俺の肩に手を回した。
「ま あ、そうなのだが、千反田の家を継ぐという事は色々なしがらみも背負って行く事なのだよ。今日は折木くんにそれだけを判って欲しかったんだ。話はそれだけ だ。折木君、話に聞くと君は中々優秀らしい。だからあえて言うが、君なら純が成し得なかった事を達成出来ると信じているよ。それでは……繰り返すがわたし はもうじき会長の座を退く。そうしたら二度と会う事も無いかも知れない。だから、こうしてやって来たんだ。今日は会えて良かった」
関谷喬はそう言うと千反田のお袋さんに連れられて玄関から出て行った。千反田が見送りに出て行き、帰って来て
「おじは悪性の癌で余命幾ばくもないのです。きっと最後にどうしても折木さんに伝えたかったのだと思うのです。それを判って下さい」
「千反田、本当に今日は驚いた。まさか関谷純が双子だったとは……お前はどうして今まで教えてくれなかったんだ?」
俺の質問に千反田は小さな声で
「実 は、わたしは喬叔父とは余り仲が良くありませんでした。兄の純叔父とは幼い頃から親しく接していましたが、エリート教育を受けた喬叔父はどちたかと言うと 子供嫌いでした。そんな訳で関谷の家とも疎遠になっていたのです。本当は早くから言わなければならなかったのですが、今まで言えませんでした」
言いたくない事や出来れば秘密にしておきたい事は、人それぞれあるものだ。折木の家にも小さな事だが色々とある。ましてや旧家の千反田なら、これからも俺が驚く事はあるだろう。今は千反田を責める事は出来ない。
「怒ってないと言えば嘘になるが、この事でお前を責める事はしない。ひょんな事からOB会の秘密を知ってしまったが、今はこれも受け入れていくしかない。きっと、俺が将来入会した時には、もっと色々とあるのだろう。今は俺に言えない事もな……」
「折木さん!……」
千反田が俺に抱きついて来た。優しくそれを受け止める。思えばこいつは自分の意志というより家の意志を強制的に受け入れさせられて来ていたのだろう。それを思うと千反田えるという人間もある意味犠牲者だと思ったのだ。
「大丈夫だ。俺は今やそんなヤワな人間じゃ無い。将来、俺がOB会を仕切るようになったら。色々な改革をしてみせるよ。安心しろ」
お袋さんが俺の言葉を聴いて僅かに笑みを浮かべた。「お手並み拝見」という事なのだろう。今の俺には「お前と共に生きて行く」という事しか言えないと思ったのだった。
このシリーズ 了