2015年01月

「露子と新太郎」  第11話

「露子と新太郎」  第11話

 飯島の家に帰ると今日は今までと違い、いつも露ちゃんがやる作業が待っていた。庭の掃除や夕食の手伝いなどだ。庭の作業は何でもないが、夕食の手伝いは問題だ。景子と一緒に作業しなくてはならないからだ。わたしのことがバレる可能性もあるからだ。美香は
「多分、姿形からは判らないと思うけど、もしかして麗子さん料理苦手?」
 やはり判るのかと苦笑いした。
「じゃあ、何とか考える……あ、良い事考えた。買い物に行って貰うというのが良いわ。忘れ物をして、それを麗子さんに買いに行って貰うの。どう?」
 そんなことを言っていたら美香の携帯が鳴った。相手は母親の景子だった。
「麗子さん。安心して! お母さん出かけるんだって。お父さんが忘れ物したから会社に届け出て、ついでに友達とご飯食べて帰るから、夕飯は二人で何か作って食べなさい。だって。良かってね麗子さん」
 何はともあれ、助かったのは事実だが、景子も母親としてはどうなのか? 未成年の娘二人を残して適当に食べておけって……少し無責任ではないかと思った。気がついたかも知れないが、あれから美香は、前の「ママ」という呼び方は変えている。
 飯島の家に帰ると美香が
「何を作る? 麗子さんの好きなものでいいよ」
 そう言われても好き嫌いはないが特に好きというものもないのだ。これは意外に困ることだ。
「何でも良いんだけど。何があるの?」
 美香が見せてくれた材料は、豚肉(バラ)、竹の子、人参、ピーマン、椎茸、玉葱、それにパイナップルの缶詰だった。
「酢豚しかないじゃない」
 わたしのひと言で「酢豚」に決まった。
 水煮の竹の子を小さな乱切りにする。人参も、椎茸もピーマンも、そんな感じに切り、ボールに入れておく。
 玉葱は皮を剥くのだが、わたしが目から涙を流してると美香が笑ってる。そういえばこの子、前は笑ったことなんてなかったと思い出した。
 向いた玉葱は縦に四つに切り、それを更に横に半分に切る。八分の一になったのを更に細かく切る。野菜はこれで準備完了。次はばら肉だ。
 塊なのでこれを二センチ四方の大きさに切る。これは美香が切り分けた。この子、包丁を使い慣れてると思った。
「毎日、露子に教えて貰っていたからね。これぐらいは出来るよ」
 それが自慢なのだろう。そう言った顔が嬉しそうだった。
 この肉を、醤油、胡麻油、お酒の混ぜた調味料に漬けておく、これは十分もあれば良いそうだ。
 酢、醤油、砂糖、お酒、みりん、片栗粉を混ぜて「甘酢あん」の元を作っておく。
 味の付いたバラ肉に片栗粉をまぶして、沸いた油の中に入れて揚げる。上がったら、野菜も軽く油通しをして軽く火を通しておく。
 揚がったら、フライパンに野菜と肉を入れて手早くかき混ぜる。
 混ざったら、「甘酢あん」の元を入れて軽く混ぜ続ける。
 次第に火が通り、とろみが出て来て、透明感が出て来たら完成。ほとんどを美香がやってくれた。わたしは玉葱の皮を剥いただけだった。
 出来上がった、茶色の透明な「酢豚」をお皿に盛りつけながら美香が
「わたし安心した。麗子さんでも苦手なものがあったのね」
 そう言って嬉しそうな顔をしている。
「当たり前じゃない。わたしなんか苦手なものばかりよ」
「でも、麗子さんて、露子の恋の応援はするし、学校だっていい所に通ってるし、美人だし、スタイル良いし、万能なんだと思ってた」
 ああ、この年頃にある「年上の人コンプレックス」だとは思ったが
「そんなことないよ。さあ熱いうちに食べよう!」
「そうですね」
 お互いにそう言って笑い、夕食のテーブルについた続きを読む

「露子と新太郎」  第10話

「露子と新太郎」  第10話

 結局、何だかんだと言っても、素麺は茹でた分全て食べてしまった。娘も
「あ~食べ過ぎちゃった。夜は減らそう」
 そんなことを言って笑ってる。その顔が本当に露ちゃんに似ている。娘は先を聞きたがってるが、引っ越しに向けての作業もしなければならない。
「残りは夜にでも話してあげるわ。でもそんなに気になる?」
「それは、そうでしょう。写真見た時に他人のような気がしなかったの。お母さんの従姉妹と聞いて納得しちゃった」
 何気ない会話だが、わたしには、色々と思い出させる会話でもあった。娘は本能的に何かを感じてるのかも知れない。
 素麺が入っていた器を洗いながら、あの頃のことを思い出す。わたしも良く人の恋路に夢中になったものだ。それも美香まで巻き込んで……
 夫が帰って来て夕食になる。食器なども大分しまってしまったので、ここの所同じ器が顔をだす。それを娘がおどけてからかう。
「おや、君は今朝も、昨夜も、その前の晩も活躍した子だね。引っ越しが終わるまで、頑張ってくれ給え」
 そんなことを言って笑いを取った。
 夕食後、わたしは、話の続きを語り始めた。横では夫が聞いている。きっと夫の目線では違って来るのかも知れない。何かあるなら、その時にきっと言うだろうと思い、娘に続きを話すことにした。

 それから暫くは、美香も手伝ってくれて上手く行っていた。そして自然とわたしと美香は多くの時間を共有するようになった。そんな頃、美香の好きな人について話をすることがあった。
「その人はどんな人なの? 年上? それとも同級生かしら」
 わたしの質問に美香は年頃の少女らしく恥じらいながら、
「実は、通ってる塾でアルバイトをしている、ひとつ年上の高校生なの」
 そう言って嬉しそうな顔をした。美香は露ちゃんと比べると容姿は劣るが、特別に悪い方ではない。飯島の優れた容姿を引き継ぐ父親の平吾に似れば良かったのだが、母親の景子に似てしまったのだ。でもこれは自分の責任ではない。
 ちなみに、露ちゃんは母親似で、わたしの母と露ちゃんの母親は姉妹で、わたしの母親が姉の方なのだ。二人も良く似ていて歳も近かったので双子か? と言われたそうだ。
「バイトって、高校生で講師でもしてるの?」
 もし、そうなら大変な秀才だ。
「違うんです。雑用をしていて、掃除だとか、教材の用意とか、プリントを配ったりとか授業の補佐っていうのか、そんなことをやってるの」
 そうか、それなら完全に見込みがない訳ではないと思った。
「一度、見学ということで、見に行こうかな。そして、妹が進学塾を探していて、とか言ってその子に色々訊き出して、どんな子か探るというのはどう?」
 わたしの提案に美香は目を開いて驚き
「麗子さんて、こういうことを考えるの天才的なのね」
 そんなことを言って驚いているが
「どう? 乗る」
「はい、宜しくお願いします」
 美香はそう言って頭を下げた。
 翌々日は美香が塾に行く日だ。わたしも講義が早く終わったので、美香と待ち合わせをして一緒に塾に同行した。 続きを読む

「露子と新太郎」  第9話

「露子と新太郎」  第9話

 最初の入れ替わりから二日後、学食でお昼に冷やし中華を食べていたら、新太郎がやって来て
「この前はありがとうな。お陰でゆっくりと逢うことが出来たよ。本当に恩にきるよ」
 そうお礼を言った。新太郎は、本当に嬉しそうだ。結構な期間逢えなかったのだと改めて思う。
「次はいつの約束なの?」
「実は、未だ決めていないんだ。僕としては今夜でも良いけど、そうも行かないからね」
 確かに家族が皆揃ってる時に、のこのこ入り込むのは得策とは言えない。なるべくならこの前のように人が少ないと良いのだが、暫くはそんな日はないような気がする。
「久しぶりに逢ってどうだった?」
 わたしの質問に新太郎は本当に嬉しそうに
「ああ、最高だった。露ちゃんが僕の名前を呼びながら抱きついて来た時は思い切り抱きしめてしまったよ。夢中だった」
 わたしは本当は二人の仲がどの程度進展してるのかは良くは知らない。桜を見に行った時にキスをしていたのは知っているが、そこまでだ。第一それからは、ろくに逢ってないのだから、進展もないだろうと思っていた。
「兎に角、次の日が決まったら。すぐに連絡するよ、なんて言っても山本が頼りだからな。でもこうして見ると本当に似ていたんだな。今まで気が付かなかったよ」
 新太郎はそう言ってわたしの顔を覗きこむように見ると、軽いため息をついて
「山本が露ちゃんだったら、何の問題もなかったよな」
 そんなことを言ったのだ。それって軽い気持ちで言ったのかも知れないけれど、何かわたしの存在が軽く見られたようで、正直面白くなかった。それが判ったのか
「怒ったか? ゴメン、深い意味はないんだ。只、僕としては自由に露ちゃんと逢いたいという意味なんだ」
 それは判っていた。判った上で納得してやっているのだ。自分でもそれは判っていたはずだが、何か違って来ていた感じだと気がついたのだ。
「ゴメン、もう講義だから行かなくちゃ。決まったら連絡頂戴」
 人の顔を覗きこんで心配してる新太郎に嘘を言ってその場を去る。何故だか判らないが、新太郎と二人だけで長く一緒にいてはならないと思った。
「ああ、判った。連絡する」
 新太郎の返事を背中で受けて、空になった冷やし中華のお皿を返して、学食を出た。別に行く場所は決めていなかった。
 何故だろう? 新太郎の顔をまともに見ることが出来ない。今まではそんなことなどなかったのに……
 露ちゃんになりきろうと一生懸命にやっていたのに、気がつけば、自分の心がおかしくなっていたなんて、全く自分らしくない。
 その日はどこも寄らずにまっすぐ家に帰った。するとすぐに露ちゃんから連絡が入った。
「露子です。新太郎さんから、麗子さんが具合が悪そうだって連絡が入ったので、心配して電話してしまいました」
 やはり露ちゃんだ。本気でわたしのことを心配してくれている。それなのに、わたしは……
「大丈夫よ! それより露ちゃん、あの後だけど美香はどう? 何か変化があった」
 わたしは一番気になることを訊いてみた。
「特に変わりはないですが、母親べったりだったのが、少し距離を置いて来た感じがします。思春期ですから、心境の変化などがあったのかも知れません」
 そうなのかとも思うが、あんなことをそれも露ちゃんと信じてるわたしに尋ねたのだ。いいや、この場合は露ちゃんに尋ねた。とした方がスッキリする。
 もしかして、美香も誰かに恋をしたのかしら? あり得ないことではない。中学三年生ともなれば恋の一つや二つしていてもおかしくはない。わたしは、次の機会に、美香が何か言って来たらそれとなく訊き出そうと思った。
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「露子と新太郎」  第8話

「露子と新太郎」  第8話

 その日がやって来た。金曜日で、美香は土曜休み。景子と平吾は泊まりがけで町会の旅行に行っている。そんな日を選んだのだ。
 わたしは、「聖華」の制服に身を包み飯島家の家の庭に佇んでいた。露ちゃんの部屋から潜り込もうと思っていたのだ。
 庭を歩いて露ちゃんの部屋の窓に向かおうとした時だった。後ろから声を掛けられた。
「そこに立ってるのは誰?」
 間違いない、美香の声だった。これは不味い。ここで見つかっては全てが台無しになると思って、少々焦りが生まれる。だが、それを現してはならない。そこで落ち着いた気持ちで露ちゃんの声を真似て
「露子です。お月様がとても綺麗なのでお庭に出て見ていました」
「なんだ露子か。今夜はわたし達だけだから玄関は締めてしまうから、裏口から入ってね」
 それだけを言うと中に入ってしまった。ガチャリと鍵を締める音がした。気が付かれていない! それが判っただけでも良い。しかも裏口が開いてると情報も貰った。露ちゃんは玄関も裏口も鍵を持っているから、わたしが入って鍵を締めても自由に出入り出来るとことが判った。
 何だか今夜の美香は美香らしくない。親の景子がいないと弱気になるのだろうか? やはりそこは未だ中学生だ。子供なのだと理解した。
わたしは、携帯を出すと露ちゃんに小声で電話をする。
「もしもし、わたし、今から裏口から入るね。いまさっき、美香に見つかったけどバレなかったよ。大丈夫みたい」
「判りました。でも良かったです」
 そうだろうと思う。一刻も早く新太郎に逢いたいに違いない。わたしは、結構堂々と飯島家の裏口から入り、鍵を締めた。
 家の中は既に主な灯りは消されていて、飯島家の長い廊下には所々豆球が点いているだけだった。この暗さなら正面から見られても誤魔化せるかも知れないと思った。
 廊下を進み露ちゃんの部屋のドアを軽く叩くと音もなくスッと開いた。中には露ちゃんがわたしと同じ「聖華」の制服を着ている。緊張の中でも嬉しそうな感じが体から出ている。
「表に新太郎が待ってるよ。行っておいで」
「ありがとうございます。十二時前には帰って来ます」
 小声でやり取りをすると、露ちゃんはそうっと表に出て行った。わたしはそれを見送ると裏口の鍵を締めた。何と言っても今この家にいるのは美香とわたしだけなのだ。用心に越したことはない。
 何回も入ったことのある露ちゃんの部屋だが、いつも綺麗に整頓されている。その点ではわたしとは大違いだ。
 まだ八時を回ったばかりだ。十二時までは四時間ほどある。なんなら、美香が明日の朝起きて来る前までに帰って来れば良いのだ。 続きを読む

「露子と新太郎」  第7話

「露子と新太郎」  第7話

 二人の絆が深まったのは良いが、困ったことが持ち上がった。飯島の家では露ちゃんを、萩原の家では新太郎を逢わせないように、その行動にチェックを入れ始めたのだ。
 特に酷いのが言わずもがな飯島の家で、露ちゃんの時間割を調べて、帰宅時間が遅くなると、いやらしく追求するのだ。それは本当に執拗だったと露ちゃんが言っていた。
 萩原の家でも毎日のように
「飯島の娘さんはとても綺麗でいい娘らしいが、なんせこちらは加害者の一族だ。本来逢ってはならない間柄だ。交際は自重するように」
 と言われていたらしい。大学で新太郎と会うと
「山本、参ってしまったよ。毎日毎日ああも言われたら、逆に何としてでも露ちゃんと一緒になると決意してしまうよ」
 かなり弱気になっている
「でも電話は毎日出来るのでしょう?」
「ああ、それはね……それまで出来なくなったら俺死んじゃうよ」
 冗談とは言い切れないことを言って新太郎は去って行った。
 新太郎の後ろ姿を見送りながら、わたしは何か良い案がないか考えていた。窓の外はもう新緑が鮮やかになっている季節だった。二人が出会ったのが四月だから、既に今月で三月近くになると思った。
 ふと、窓に写ってる自分の姿を見ていて、わたしは、ある考えが閃いた。成功するかは判らないがやって見る価値はあると思った。
 その晩早速露ちゃんに連絡をする。
「もし、もし、露ちゃん?」
「ああ、麗子さん。こうやって電話でお話するのもお久ぶりです。お元気でしたか?」
「うん、元気よ。露ちゃんは新太郎と逢えないので、辛いでしょう?」
 わたしが、水を向けると露ちゃんは新太郎への恋心を切々と話し始めた。
「電話でお話が出来るので、まだ良いと自分に言い聞かせているのですが、どうしても新太郎さんにお逢いしたくてたまりません。新太郎さんのことを想うと切なさで胸が張り裂けそうです」
 露ちゃんは切々とこんな風にわたしに訴えてた。そこでわたしは、あることを露ちゃんに提案した。
「ねえ露ちゃん、新太郎に逢えるなら少し冒険になるけどいい考えがあるのだけどな」
 わたしの提案に露ちゃんは乗って来た
「どんなことですか? 新太郎さんと逢えるなら、少し危ないことでもやります!」
 どうやら、逢えないことで露ちゃんの気持ちに火が点いてしまったみたいだ。
「ねえ、じゃあ二人で同じ髪型にしない? どう」
 そのわたしの言葉で露ちゃんはわたしが何を考えているのか理解したみたいだ。
「まさか……でも大胆ですねえ。麗子さんにそんなことまでさせてしまっては、申し訳ありません」
「露ちゃん、いいのよ。このまま、あなた方が逢えない関係になったら、わたしの方こそ寝覚めが悪いわ」
 こうして、わたしが考えた作戦は露ちゃんの知るところとなった。その作戦とは、露ちゃんとわたしが入れ替わるというものだった。
 今日、大学で窓に映った自分の姿を見て、同じ髪型にすれば似ていなくもないと思ったのだ。元々従姉妹だから似ていたことは事実だ。新太郎が最初にわたしと露ちゃんを見た時に姉妹と思ったほどだった。
 勿論、堂々と昼間から入れ替わってはいくらなんでもバレてしまう。成功するなら夜だと思った。露ちゃんと同じ髪型にして、同じ服を着て、同じような仕草をする。それならば短時間なら入れ替わっても判らないのではないかと考えたのだった。
 これを新太郎に伝えると、最初は全く取り合わなかったが、わたしと露ちゃんが真剣に考えていると判ると協力することになった。続きを読む
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